2010 年 12 月 11 日(土) 「ヨーロピアン・グローバリゼーションと諸文化圏の変容」公開講演会(東北学院大学、押川記念講堂) 「ヨーロピアン・グローバリゼーションとイスラーム文化圏ディアスポラ・コミュニティ—ヨーロッパ、ギリシア、アルメニア、ユダヤ」 近世オスマン社会とヨーロッパ人 堀井 優 はじめに ●中世、近世、近代のヨーロッパ世界の拡大。 →中東イスラーム世界との接触:地中海からインド洋へ。 ●東地中海(レヴァント) : ・東西交通の要衝、イスラーム圏とヨーロッパとの大規模な接触の場。 ・イスラーム圏の拡大:7・8世紀「アラブの大征服」 、11−15 世紀トルコ系ムスリムの進出。 ・11 世紀〜ヨーロッパ人の活動圏の拡大、レヴァント貿易の持続性。 →イスラーム勢力圏とヨーロッパ商業圏、イスラーム社会に受容されたヨーロッパ商人。 ●16−18 世紀(近世) :オスマン帝国(1299-1922)の東地中海支配、広域的な統合と対外的な自立性。 オスマン帝国の枠組の明確さと曖昧さ。 ・オスマン王家が支配するムスリム王朝、 「神に守られたる諸国土(Memalik-i Mahruse)」 。 ・オスマン社会の多様性(ムスリム、ユダヤ教徒、キリスト教諸宗派信徒) 、集団独自のネットワーク。 1 オスマン条約体制とヨーロッパ人 ●イスラーム・ヨーロッパ間の条約規範 ★イスラーム法の原則。 ・人間世界=「イスラームの家」と「戦争の家」 。ジハード。 ・人間=ムスリムと非ムスリム(偶像崇拝者/「啓典の民」 ) 。 ・異教徒の処遇: ズィンマ(保護)の賦与、ズィンミー(被保護民)制度。 ジハードの中断、アマーン(安全保障)の賦与、ムスターミン(被安全保障者)制度。 =アフド(‘ahd 契約、盟約、条約) 。 ★ヨーロッパ商人の居留・活動条件を中心に多種多様な規定の成立。 ●オスマン帝国のアフドナーメ(ahdname 条約の書、=capitulations) ★賦与の相手:キリスト教徒の属国、ヨーロッパ諸国。 ★16 世紀のドゥブロヴニク(ラグーザ) 、ヴェネツィア、フランスへのアフドナーメの諸条項。 ・領域:不可侵、領土画定。 ・海上秩序:友好国の艦隊・船舶と敵対者(海賊)との区別。 ・人間移動:商人の来訪。逃亡者(奴隷、債務者、犯罪者)の取扱。 ・法的地位: 「ハラージュ」 (人頭税)貢納/免除規定。=オスマン領内における法的地位(ズィンミー/ムスターミン) 。 ・居留集団の運営:主にバイロ・領事に関する規定。 ・現地社会における利害調整:主に裁判規定。 ★法的地位と居留集団。 ・ドゥブロヴニク:ハラージュ貢納規定。 ・ヴェネツィア・フランス:ハラージュ免除規定。=ムスターミンとしての滞在期限の緩和。 ・ヴェネツィア人・フランス人居留集団のバイロ・領事職に関する規定。=例:領事裁判権。 ★現地社会における利害調整。 ・責任の範囲=連帯責任の禁止。 ・調整の方法=カーディー(イスラーム法官)による裁判。 ムスターミンの権利拡大、法的地位の差異の縮小化傾向。 法廷で同国人を証人に立てる権利(ドゥブロヴニク・ヴェネツィア) 。 法廷の帳簿と証書に証拠能力を認めてもらう権利(フランス) 。 通訳の出席を判決の要件とする権利(ヴェネツィア・フランス) 。 ・背景に、オスマン臣民の台頭、多種多様な商人諸集団の共存・競合。 アフドナーメの互恵的性格。 オスマン権力の立場:オスマン臣民とヨーロッパ人の利害を調整。 2 オスマン社会のなかのヨーロッパ人 ●全体傾向 ★遠隔地商業の担い手の多様化 ・ヨーロッパ商人 中世〜、ヴェネツィア・ジェノヴァ。 16 世紀後半・17 世紀初頭〜、フランス、イギリス、オランダ。 ・オスマン臣民 15 世紀中葉〜:イスタンブル周辺のユダヤ教徒・ギリシア正教徒、徴税請負から国際商業へ。 ラグーザ人のバルカン内陸商業・ヨーロッパ商業。 16 世紀後半〜、ムスリム商人のヴェネツィア進出。 →多種多様な商人諸集団の共存・競合。 ・ヨーロッパ人集団内部の変容 イスタンブル(ガラタ・ペラ)のヴェネツィア人(Dursteler, Venetians in Constantinople) : 商人貴族から非貴族の代理人へ。市民権所有者・非市民権者、ドゥブロヴニク・キプロス出身者も。 ★ヨーロッパ人の居住形態の多様性 「初期近代のヨーロッパ人諸居留集団につき、イスタンブル(迷路のようなガラタおよびペラ) 、イズミル(開放的な ヨーロッパ人通り) 、アレッポ(半ば要塞化された商館)は、それぞれ固有の環境による特有の文化的輪郭にしたが うので、形態が異なる。 」 (Eldem et al., The Ottoman City, p.15) →商館での閉鎖的居住。/多宗教・多宗派信徒の雑居。/開放的な都市構造。 ●エジプトの事例から ★オスマン期:1517 年(マムルーク朝[1250-1517]滅亡)-1798 年(フランス軍のエジプト侵攻) 。 ★12−15 世紀(アイユーブ朝・マムルーク朝時代) 。 ・ヨーロッパ人の居留地を地中海沿岸部とりわけアレクサンドリアに限定。 ・アレクサンドリア:内陸の後背地(エジプト)/前面の海上空間(地中海)の接点・境界。 ・ヨーロッパ商人(ヨーロッパ・レヴァント沿岸部)/ムスリム商人ネットワーク(エジプト、シリア、マグリブ、紅 海、イラン、インド洋)の接点。 ★オスマン期。 ・都市部で徴税請負制の導入。ユダヤ教徒が海港の貿易管理を主導、カイロ・アレクサンドリア間の商品流通を掌握、 同胞ネットワークをつうじて対ヨーロッパ貿易も。 ・ヴェネツィア人は、総督の許可を得て、1553 年に領事館をカイロに移転。以後カイロがヨーロッパ人の主要な居留 地に。 →境界の曖昧化、商業の多様化。 ★カイロの「ヨーロッパ人地区(Harat al-Firanj)」 : (Behrens-Abouseif, Azbakiyya, pp. 37-43; Hanna, Habiter au Caire; Raymond, Artisans et commerçants, vol. I, pp. 198-200.) ・ミスル運河西岸の一部およびアズバキーヤ池北岸のキリスト教徒地区(Harat al-Nasara)は、オスマン期に拡大発展。コ プト教会、アルメニア教会、シリア教会派信徒のほかムスリムも居住。 ・ヨーロッパ人地区は、キリスト教徒地区の発展と関連しつつ、市街中心部と周縁の間に形成。地区内ではヨーロッパ 人その他のキリスト教徒、ムスリムが雑居。ヨーロッパ人とムスリム商人の間はユダヤ教徒・キリスト教徒が仲介。 むすび オスマン帝国の現実に対応・適応するヨーロッパ人。 参考文献 Ashtor, E., Levant Trade in the Later Middle Ages, Princeton, 1983. Behrens-Abouseif, D., Azbakiyya and Its Environs from Azbak to Isma‘il, 1476-1879, Cairo, 1985. Dursteler, E. R., Venetians in Constantinople: Nation, Identity, and Coexistence in the Early Modern Mediterranean, Baltimore, 2006. Eldem, E., D. Goffman and B. Masters, The Ottoman City between East and West: Aleppo, Izmir, and Istanbul, Cambridge, 1999. Hanna, N., Habiter au Caire: La maison moyenne et ses habitants aux XVIIe et XVIIIe siècles, Cairo, 1991. Horii, Y., “Capitulations and Negotiations: The Role of the Venetian Consul in Early Ottoman Egypt,” Mediterranean World, vol. XIX (2008), pp. 207-216. ---, “Some Characteristics of the Ottoman Capitulations in the Sixteenth Century: The Cases of Dubrovnik and Venice,” Mediterranean World, vol. XX (2010), pp. 199-207. Inalcik, H., and D. Quataert (eds.), An Economic and Social History of the Ottoman Empire, 1300-1914, Cambridge, 1994. Raymond, A., Artisans et commerçants au Caire au XVIIIe siècle, 2 vols., Damascus, 1973-1974. Winter, M., Egyptian Society under Ottoman Rule 1517-1798, London and New York, 1992. 堀井 優「オスマン帝国とヨーロッパ商人−エジプトのヴェネツィア人居留民社会−」深沢克己編『国際商業』 (近代ヨ ーロッパの探究9)ミネルヴァ書房、2002 年、233−259 頁。 ---「中世アレクサンドリアの空間構成」歴史学研究会編『港町のトポグラフィ』 (港町の世界史2)青木書店、2006 年、245−270 頁。 ---「近世初頭の東地中海−オスマン帝国とエジプト海港社会−」 『史学研究』第 260 号(2008 年6月) 、38−54 頁。
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