生分解性ポリマーブレンドのフィルムに関する考察

東京理科大学Ⅰ部化学研究部 22 年度月曜班
生分解性ポリマーブレンドのフィルムに関する考察
1,要旨
自然界に多数存在するポリマーをポリマーブレンドすることにより生分解性ポリマー
の作成を行った。デンプンを使用したものは容易にシャーレから剥がすことができたが、
PVA を使用したものはなかなかシャーレから剥がすことができなかった。これらの違い
について考察することができた。
2,目的
従来のプラスチックは強くて長持ちしたり、特別な機能を持たせるなど、さまざまな
面で活躍してきた。しかし、このプラスチックの長所である”強くて長持ちする”という機
能は廃棄するときに短所となった。つまり、埋め立てても嵩があまり減らず埋め立てて
も嵩があまり減らないため、埋立地不足を加速させている。焼却するにしても低い温度
で焼却するとダイオキシンが発生し、化石資源の有効利用にならない。つまり、従来の
プラスチックは”現在”のことのみを考えて作られており使用後のことは考えられていな
かったのである。そこで使用後のことを考えて作られたのが生分解性ポリマーである。
このポリマーは使用後に土に埋めると微生物の働きにより水と二酸化炭素に分解され自
然界に戻る。これにより資源の問題の解決には至らないが環境をこれより汚染するとい
ったことは起こらない。
月曜班はこの生分解性ポリマーを研究し、最終的には日常生活ではプラスチックとし
て機能するが土に埋めると迅速に分解するポリマーを作ることを目的とする。生分解性
ポリマーの研究は、ポリマーと微生物という二通りの研究対象があるが今回は時間の関
係上ポリマーのみを扱った。化学研究部の実験室では分解度を見る設備がなく、これを
評価するには正確ではないのだが見た目で判断するのが一番早いという結論に至り、そ
こで今年度はいかに評価しやすい薄くて表面が滑らかなフィルムを作成するということ
に重点を置いて実験を行った。
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3,原理
・ポリマーブレンドについて
ポリマーブレンドとは互いに異なる高分子を混合させることであり、混合したものを
ブレンドポリマーあるいはポリマーアロイという。ブレンドの方法は、供給される高分
子の形態に合わせて、様々な方法と操作が考えられる。以下の表 1 に概略を図示する。
表 1・ブレンド方法の概略
今回の実験では粉末状態のモノマーを溶媒に溶かしこれを混合、これにアセトンを加
えることで共沈させ練りブレンドとしてポリマーブレンドを作成する。
・PVA の分解について
PVA 分解菌は二種類の細菌が共同作業をしている。それは分解を担当しているⅠ型菌
(シュードモナス属の細菌)と、これと共存するⅡ型菌(シュードモナス属の細菌か、
場合によってはアルカリゲネス族細菌)である。PVA の分解にとってⅠ型菌は特異的で
あり分解に必要な酵素を生産する。これに対しⅡ型菌は、特異性は低いが PVA 分解に必
要な酵素の増殖因子を供給している。この増殖因子の授与関係はⅡ型菌の培養液を添加
することによってⅠ型菌が単独で PVA を分解できる様になったことからわかった。この
増殖因子はピロロキノリンキロン(PQQ)と同定されている。これが細菌のメタノール
分解酵素の補酵素でも有り、数多くの酸化還元酵素中に含まれている。微生物による PVA
の分解反応は PVA の水酸基の酸化と続いて起こる加水分解の二段階に分かれている。こ
の反応はそれぞれ PVA-オキシターゼ及び酸化 PVA-ヒドロラーゼという酵素によって触
媒されている。
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5,試薬
・デンプン
植物の最も重要な貯蔵栄養源で、細胞内で粒状に存在する。α-1,4 結合のアミロースと
α-1,6 結合の側鎖が加わったアミロペクチン複合体である。
<アミロース>
<アミロペクチン>
・ポリビニルアルコール (PVA)
ポリ酢酸ビニルの加水分解によって得られる。無色の粉末。水に可溶。一般の有機溶媒
に不溶。ビニロンの原料。接着剤、分散剤、水溶性フィルムなどに用いる。
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・アセチルセルロース
セルロースと無水酢酸により合成される。アセチルセルロースの成分は自然界に 存在す
るため生分解性を示すと思われる。
・セルロース※
繊維素ともいう。植物体の木質、表皮細胞の主成分で天然の植物質の 1/3 を占め、地球上
で最も多く存在する炭水化物である。β-グルコース分子が直鎖状に重合したもの。
※本実験では実際には用いなかったが、用いた場合のことを考察に書いたためここに載
せておく。
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4,操作
Ⅰ, アセチルセルロース・デンプン系生分解性フィルムの作成
・器具:ホットプレート、300mL ビーカー、シャーレ、ガラス棒
・試薬:50% 酢酸水溶液 100mL
アセトン
アセチルセルロース 1.0g,デンプン 2.0g
アセチルセルロース 1.5g,デンプン 1.5g
アセチルセルロース 2.0g,デンプン 1.0g
・操作
1) 300mL ビーカーに 50% 酢酸水溶液 100mL を調製した。
2) この酢酸水溶液にアセチルセルロースを加え、よく撹拌した。
3) 更にデンプンを加え、ホットプレートで加熱しながらよく撹拌した。
4) 得られた溶液をシャーレに展開した。
5) シャーレをホットプレート上で加熱乾燥した。
6) アセトンを加え、共沈させた。
7) その後、約 2 日間自然乾燥させた。
Ⅱ, アセチルセルロース・PVA 系生分解性フィルムの作成
・器具:ホットプレート、300mL ビーカー、シャーレ、ガラス棒
・試薬:50% 酢酸水溶液 100mL
アセトン
アセチルセルロース 1.0g,PVA2.0g
アセチルセルロース 1.5g,PVA1.5g
アセチルセルロース 2.0g,PVA1.0g
・操作
1) 300mL ビーカーに 50% 酢酸水溶液 100mL を調製した。
2) この酢酸水溶液にアセチルセルロースを加え、よく撹拌した。
3) 更に PVA を加え、ホットプレートで加熱しながらよく撹拌した。
4) 得られた溶液をシャーレに展開した。
5) シャーレをホットプレート上で加熱乾燥した。
6) アセトンを加え、共沈させた。
7) その後、約 2 日間自然乾燥させた。
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5,結果
アセチルセルロース・デンプン系の実験について。当初の予定では 10%酢酸溶液を用い
てアセチルセルロースを溶解させるつもりであったがこの濃度では溶解するのに時間が
かかったため濃度を 50%にあげて使用した。当然のことながらアセチルセルロースとデ
ンプンを加えると酢酸溶液の粘度が上がった。この溶液をホットプレート上でシャーレ
に展開しフィルムを作成した。このフィルムはアセチルセルロースの割合が多いほど穴
の少ないものが作成できた。また、スパチュラを用いてフィルムを剥がしたところ比較
的綺麗に剥がすことができた。作成したフィルムの重量を測定すると表 2 のようになっ
た。
表 2・デンプン・アセチルセルロース系結果
デンプン
1.0 g
1.5 g
2.0 g
アセチルセルロース
2.0 g
1.5 g
1.0 g
収量
2.76 g
2.62 g
2.15 g
収率
92.0 %
87.3 %
71.7 %
次に、アセチルセルロース・PVA 系の実験について。こちらの実験でも 50%酢酸溶液
を使用した。アセチルセルロース・デンプン系と同様の手順で実験を行ったところ、こち
らは目の粗いフィルムができた。アセチルセルロースの割合が大きいほど目の粗いもの
ができた。また PVA の割合が大きいものはシャーレにくっついてしまいスパチュラを用
いてもうまく剥がすことができなかった。
次のページにデンプン・アセチルセルロース系のフィルムの写真を記載した。
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<でんぷん 2.0 g アセチルセルロース 1.0 g>
<でんぷん 1.5 g アセチルセルロース 1.5 g>
<でんぷん 1.0 g アセチルセルロース 2.0 g>
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6,考察
アセチルセルロース・デンプン及びアセチルセルロース・PVA 系を酢酸溶液に溶解させ
それをそのままシャーレに入れ乾燥しフィルムの作成を試みたが、溶液の量が多く 1 週
間では乾燥しきれなかった。そこでシャーレに展開した後にこれをホットプレート上で
加熱し溶液を飛ばし乾燥しようと試みた。しかしこの方法ではフィルムが茶色く変色し
てしまい、またシャーレに焦げとして張り付いてしまったため使用を控えた。最終的に
はホットプレートを用いてある程度溶液を飛ばした後に自然乾燥を行う、という方法で
落ち着いた。
アセチルセルロース・デンプン系の実験では結果にも記載したように比較的綺麗に剥
がすことができたが、穴が開いていたり変形してしまった箇所が存在するなどよいフィ
ルムの作成に成功したとは言い難い。表面の滑らかなフィルムと成らなかった原因とし
ては加熱にあると思われる。結果に示した写真のように表面にボツボツとした穴が開い
てしまった原因としては溶液を飛ばす際にホットプレートを用いて加熱を行ったためで
あると考えられる。また変形してしまった原因としては急激に加熱を行ったために溶液
内の空気が膨張し、これが溶液の粘度が大きかったために外に出ることができず一点に
集まり膨張して固まってしまった結果であると考えられるからだ。また表 1 からわかる
ようにデンプンの量を増やすとだんだんと収率が減少してしまった。主な原因としては、
フィルムがシャーレに付着してしまいうまく剥がすことができなかったことにあると考
えられる。
アセチルセルロース・PVA 系がシャーレに張り付いてうまく剥がせなかったのは PVA
が洗濯ノリに含まれていることからもわかるように、ノリとしての性質をもつためであ
る。先に述べたように今回の実験ではいかに薄いフィルムを作成するかが目的であるた
め、PVA を使用したフィルムは評価がしにくいため実験としてはあまりよい素材ではな
いといえるだろう。過去に行われた実験ではデンプンを使用したフィルムは虫に食べら
れるという理由からフィルムには向かないとされていたが今回行った範囲ではそのよう
な虫食いは見当たらなかった。アセチルセルロース・デンプン系のフィルムは PVA 系よ
りも上手くフィルムの作成は出来たが表面に凹凸が見られ、これを目視で分解性を見る
ことは難しいと思われる。薄くて表面が滑らかなフィルムの作成を目指して実験を行っ
たが写真からわかるように実験は成功したとは言い難い。改善策としては折り曲げるこ
とが可能な大きなプラスチックの皿などを用意し、そこに溶液を展開すれば薄くて綺麗
なフィルムの作製が可能であると思われる。
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今回の実験は元々セルロースとアセチルセルロースを用いて比較実験を行う予定であ
ったが、セルロースの方の実験を行うことができなかった。そこでもし今回セルロース
を使用して実験を行っていたらどのような結果を得ることができたであろうか考えてみ
る。ポリマーブレンドの強度がより強いものとなるためにはポリマー同士が強くからま
りあえばよい。ここで、ⅰ) ポリイオンコンプレックス、ⅱ) 水素結合コンプレックス、
ⅲ) ファンデルワールス力コンプレックス、ⅳ) 電荷移動錯体の4通りがポリマー同士を
結びつける要因になっていると考えられていることから、これらを起こしやすい方がよ
り強く引かれあい絡みつくと考えられる。アセチルセルロースとセルロースの違いは、
ヒドロキシ基とアセチル基の有無である。PVA とデンプンの構造は 5.試薬の欄に記した。
これよりわかるようにこれらには強い酸塩基となる官能基はついておらず、ⅰ) ポリイオ
ンコンプレックスの反応は起こらないと考えられる。-また、錯体を形成しうるとは考え
にくいためⅳ) 電荷移動錯体も起こらないと考えられる。よって、起こりうる可能性があ
るのはⅱ) 水素結合コンプレックス、ⅲ) ファンデルワールス力コンプレックスであると
考えられる。これら二つを考えると水素結合の方がファンデルワールス力より強いため
水素結合コンプレックスの起こりやすいセルロース・デンプン系の方がアセチルセルロ
ース・デンプン系よりもより強度のあるポリマーブレンドが得られると考えられる。
7,反省と展望
当初の予定ではセルロースを用いた実験や、作成したフィルムを土に埋めて分解性を
見る実験を行う予定であった。セルロースを用いたものではアセチルセルロースを用い
た場合との比較や、3 種類以上のものをブレンドした場合にどのような特性が現れるかを
調べたかった。しかし今年度は 6 号館の部室塔の工事があり長期間実験室の使用ができ
なかったことがあり十分な実験環境を確保できなかったため実験を断念した。また、作
成したフィルムに関しても分解度を測定する明確な案がなかったことが今回の反省点と
して上げられる。
将来的な展望としては 3 種類以上の生分解性物質をブレンドしたポリマーの作成や、
温度や湿度による分解性の違いなどの研究が出来れば面白いと思う。
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8,参考文献
題名
ポリマーアロイ 基礎と応用 第 2 版
実践ポリマーアロイ
高性能ポリマーアロイ
ポリマーアロイとポリマーブレンド
生分解性プラスチックの実際技術
出版社
東京化学同人
アグネ承風社
丸善株式会社
東京化学同人
シーエムシー
9,メンバー
チーフ
サブチーフ
サブチーフ
2K
2K
2C
2K
2OK
2C
2C
荒井貴裕
廣川純子
小寺彩加
倉本亘
山本智貴
川口啓介
渡辺健人
1K
1K
1K
1K
1K
1C
飯塚大介
古川祥太
山中健太郎
吉田幸史
和田悠平
筒井友紀
10
著者
小澤 美奈子
大柳 康
海老原 熊雄
植木 厚
島 健太郎