第 4 講 わかる:私たちの智恵

科学・技術の世界
深く地球を考える-科学と哲学と地質学と-
第4講
▼
2006 年 5 月 2 日
小出良幸
わかる:私たちの智恵
私たちの知恵の程度をはかる
1
思考実験
思考実験とは、非常に便利で、いろいろな使われ方がされてきた。
例:永久機関
永久機関(Perpetual motion)とは外部からエネルギーを入れいることなく、
永久に仕事をする機関のことである。
もしこのような装置ができれば、
無尽蔵のエネルギーを得ることができる。
第一種永久機関
第一種永久機関とは、外部から何も受け取ることなく、
仕事を外部に取り出すことができる機関である。
科学者、技術者の精力的な研究にも関わらず、このような機関を作りだすことは出来なかった。
機関が仕事をするためには
「外部から熱を受け取る」、「外部から仕事をなされる」
のどちらかが必要で、それを望む形の仕事に変換するしかないのである。
これを定式化したのが熱力学第一法則(エネルギー保存の法則と等価)である。
時計 回 り に機 関 を 回転 さ せる
と、上部でおもりを乗せた棒が
倒れるため、支点からの距離が
長くなり、機関の右側がさらに
重くなって回転が続く。しかし、
機関の左のほうがおもりの数が
多くなってしまい、機関は左右
がつりあってしまい回転は停止
する。
浮力を利用した永久機
関 黄色い浮きの浮力
(アルキメデスの原理)
によってベルトが反時
計回りに回ると考えた。
毛細管現象によって細管を上った
水が落下することにより反時計回
りの水流が起こると考えられた。ロ
バート・ボイルの名前を冠して
Boyle's Self Flowing Flask(フラ
スコ)と呼ばれる
第二種永久機関
エネルギー保存の法則(熱力学第一法則)を守る永久機関のこと。
仕事を外部に取り出すとエネルギーを外部から供給しなければならない。
仕事を行う部分を装置内に組み込んでしまい、
ある熱源から熱エネルギーを取り出し
これを仕事に変換し、仕事によって発生した熱を熱源に回収する装置が考えられた。
このような装置があればエネルギー保存の法則を破らない永久機関となる。
しかし、これでは装置の中ではいいが、
装置からものやエネルギーを取り出すと、永久機関は崩壊する。
宇宙全体を一つの系と考えると、第 2 種永久機関になるのではないか。
熱力学の第二法則で否定されている。
例 1:マクスウェルの悪魔
二つの小部屋があり、その間は小窓で仕切られている。分子レベルの小さな悪魔が窓を開閉する。
悪魔は、自分の部屋に速度の速い分子が来たら窓を開け、それ以外の場合には窓を閉める。その結果、
片方の部屋では速度の遅い分子のみ、もう片方の部屋は速度の速い分子に分けられ、温度差が作られる。
例 2:ファインマンの「ブラウン・ラチェット」
周囲の分子のランダムな運動より、分子の運動量を選択的に取り出す装置のこと。
周囲の温度より低い場合にのみブラウン運動からエネルギーを引き出すことができる。
生物の分子モータの原理でもある。
2
普遍的な知恵(論理)
普遍的な知恵とは、「地球」だけでなく、「この世」どこでも通用するものとする。
それは、地球人以外の知的生命にも共通するようなものである。
そのようなものを、私たち人類は持っているだろうか。
本当に普遍的な知恵は、どうして確かめればいいだろうか。
思考実験で考えてみる。
例 思考実験:ETI とのコミュニケーション
他の遠くの星に住む知的生命とのコミュニケーションを考える。
準備
道具は電波を使う。
送る信号はシンプルなもので、ピー(○)、プー(×)だけを使う。
そんな信号を一方的に送る。
ETI とのコミュニケーションの方法:一例
Step 1
○× ○× ○× ○× ○× ○× ○×
・・・・・・・・・・10 セット送る
人工的な信号であることを知らせる。
○×
○×
○×
:1 セット
Step2
○× ○○× ○○○× ○○○○× ○○○○○× ○○○○○○×
○○○○○○○× ○○○○○○○○× ○○○○○○○○○×
○○○○○○○○○○× :1 セット
・・・・・・・・・・10 セット送る
1 から 10 までの数字を伝えた。
必要なら 1000 でも 1 億でも、同じ方法で送ることができる。
Step3
○× ××
○× ××
○× ××× ○○×
○○× ××× ○○○×
○× ×× ○○○× ××× ○○○○×
○× ×× ○○○○× ××× ○○○○○×
・・・・・・・・・・
10 セット送る
ETI が、私たちと同じ程度に賢ければ、
ここで送った信号が、足し算だと気づくはず。
つまり
××:+
×××:=
を意味する。
Step4
Step3 と同じ要領で、
掛け算 ×:××××
引き算 -:×××××
割り算 ÷:××××××
などと決めて、実例をたくさん送れば、
四則計算を伝えることができる。
Step*
同じやり方で、
少数、分数、方程式、微分、積分などの定義を示して送れば、
数式で書ける、ありとあらゆる算数、数学は伝達可能となる。
何の前提を設けなくても、
人類程度に賢ければ、私たちの知識とそこで展開する論理は
伝えることが可能である。
3
学問の普遍性
以上のような思考実験は、それが正確に伝わるかどうかが問題である。
知識は伝えることができるが、感情は心など、
デジタルにできないことは、伝えられない。
それを配慮した上で、次のステップに行く。
私たちの学問が、「この世」的なのか、
それとも地球でしか通じない「地球弁の科学」なのかは
このような思考実験を通じて、評価することができる。
常に、「この世」を意識して学問体系を概観する。
すると、そこからより普遍的な何かが見えるかもしれない。
あるいは、私たちの学問のレベル、程度、限界などが見えるかもしれない。
▼
1
数学
2 進法
先ほどおこなった ETI とのコミュニケーションの思考実験は
2 種類の信号しか使ってない。
これは、0 と 1 だけでおこなう 2 進法の考え方である。
この 2 進法はコンピュータが採用している手法である。
2 進法でも、時間をかけて、基礎的な知識を定義して共有していけば、
コンピュータでおこなっていることは、すべて伝たえられるはずである。
手段が 0、1 だけしかなくても、
ありとあらゆる知識を伝えることがでる。
2
論理だけの世界
数学では、いくつかの基本的公理や定義から出発して、
証明という手法で、多くの定理がつくられ、最後には体系としてまとめられている。
その最初の段階や、その体系で使っている数学的なあらわしかたさえ、伝えることができれば、
あとの論理は、非常に単純で規則的な書きかたですので、伝えやすい学問であるといえる。
つまり、数学は、「この世」的な学問体系であるといえる。
▼
論理と数値
1
論理の形成
自然に関する科学は、一般的に次のようなプロセスをとることが多い。
・観察、計測、観測、実験
自然のものをいろいろ測りデータを得る。
そのデータからから何か傾向や規則性を調べていく。
・データの蓄積
何かの規則性が見出せそうなら、
その規則性に関係のあるデータを
必要な数だけ、必要な精度で得る。
・規則の抽出:帰納
データから、ある規則を正確に見出す。
・規則の適用:演繹
その規則が、本当に確かかどうか、
規則を導き出した以外のデータを使って検証して行く。
また、その規則がどこまで適用できるか、調べる。
このような帰納と演繹の繰り返しで確かさを増す。
Y
Y
1
2
X
X
Y
Y
xx
3
x
x x
X
2
数値
論理的でさえあれば、その内容は伝えることができる。
x xx
x
xxx
4
X
しかし、いったん数値を入れだすと、不確かさが出てくる。
それは、地球やあるいは人類につごうのいい値を規準にしているからである。
物理の基本的単位は、地球あるいは人類固有の非常になまりの強い方言といえる。
ほかの星の知的生命には、理解しがたいものもある。
質量の決めかた
長さや時間、温度の基本単位は、決め方が普遍的、宇宙的なので、伝えることができる。
しかし、質量は地球でしか通用しない値を用いている。
他の基本単位である光度、質量数、物質量、電流は、
質量と関係する単位となっている。
つまり、「地球弁」として、なまっている。
数学的に組み立てられている部分、
論理の部分に関しては、伝えることができるが
数値が入る出すと、とたんに訛りの強い内容となる。
▼
物理学
1 古典力学 3 法則(ニュートン、1687 年)
・慣性の法則(第 1 法則)
物体に働く合力が 0 のとき、物体は静止か等速度直線運動を続ける
F = -m・a
F は慣性力の大きさ(N)、m は物体の質量(kg)、a は観測者の加速度(N)
・運動の法則(第 2 法則)
a = F/m(運動方程式)
物体に力 F(N)が働くとき、物体には力の向きに加速度 a(m/s2 )が生じ、
その加速度の大きさは物体の力の大きさに比例し、物体の質量 m(kg)に反比例する
・作用・反作用の法則(第 3 法則)
物体 A から物体 B に力を働かせると、
物体 B から物体 A に同じ大きさで反対方向の力が働く
・万有引力の法則(ニュートン、1687 年)
質量を持つ 2 つの物体は、両者の質量に比例し、
距離の 2 乗に反比例する引力をおよぼしあっている。
f = G・m1・m2/r2
f(N)は万有引力の大きさ、m1 、m2(kg)は物体の質量、r(m)は距離、
G は万有引力定数(6.6726×10-11 N・m2 /kg2 )
2
論理も進化する
論理は検証、あるいは実験可能な範囲で調べて確かめられる。
しかし、調べる技術が進んで従来の限界以上の実験ができるようになると、
今まで検証されていた範囲以外のでは、
従来の論理が破綻することがある。
従来の理論の破綻は、新しい理論創生のきっかけとなる。
Y
X
Y
X
3 相対性理論
・特殊相対性理論(アインシュタイン、1905 年)
相対性原理
すべての慣性系は相対的である
光速不変原理
すべての慣性系で真空中の光速度は不変である
光速度:3.00×108m/s
・一般相対性理論(アインシュタイン、1916 年)
拡大された相対性原理
すべての観測者の立場は相対的である
等価原理
物体の持つ慣性質量と重力質量の値は等しい:重力と加速度は同じ
4 相対性理論も書き換えられる
ハッブルの法則(ハッブル、1929 年)
遠くの銀河ほど速く後退している→宇宙は膨張している(膨張宇宙論)
v = H・r
v は相対速度、r は距離、H はハッブル定数(20×10-6km/s・光年)
▼
化学
1
元素
元素は、宇宙共通の基本的要素である。
限られた種類しかない。
他の知的生命にとって、元素の記号や名前はもちろん違うだろうが、
同じものへとたどり着くはずである。
・物質は原子からできている(ドルトン、1803 年)
原子は 90 種の元素からできている
→原子も複数の素粒子からできている
・原子は不変である
原子は永遠に不変である
しかし、後の不変でないものもあることを発見した。
→放射性同位体の発見(ベクレル、1896 年)
→原子核崩壊の発見(ラザフォード・ソディー、1902 年)
→原子核分裂の発見(ハーン他、1938 年)
2
周期律表
元素を、質量の小さい(軽い)ものから大きい(重い)ものへと、
順番にならべることは、誰でも思いつくはず。
そして何個かごとに、似た性質の元素が繰り返されていることがわるはず。
そこで、折り返して並べれば、
どこでも同じような元素の表、周期律表ができる。
周期律表
1
H
3
4
Li Be
11 12
Na Mg
19 20
21
K Ca Sc
37 38
39
Rb Sr
Y
55 56
57
Cs Ba La*
87 88
89
Fr Ra AC**
22
Ti
40
Zr
72
Hf
Tc
75
Re
26
Fe
44
Ru
76
Os
27
Co
45
Rh
77
Ir
28
Ni
46
Pd
78
Pt
29
Cu
47
Ag
79
Au
30
Zn
48
Cd
80
Hg
5
B
13
Al
31
Ga
49
In
81
Tl
63
Eu
64
Gd
65
Tb
66
Dy
67
Ho
68
Er
69
Tm
23
V
41
Nb
73
Ta
24
Cr
42
Mo
74
W
25
Mn
43
62
Sm
*
58
Ce
59
Pr
60
61
Nd Pm
**
90
Th
91
Pa
92
U
例
6
7
8
C
N
O
14 15 16
Si P
S
32 33 34
Ge As Se
50 51 52
Sn Sb Te
82 83 84
Pb Bi Po
70
Yb
H2 O
1 番目の要素が 2 個と、8 番目の要素が 1 個からできている物質は、
地球だけでなく、宇宙のどこでも H2O の性質を示す。
・質量保存則(ラボアジェ、1774 年)
化学反応の際に反応する前と後では物質の全質量は変化しない
→エネルギーの放出によって変化することがある
・質量はエネルギーと等価(アインシュタイン、1905 年)
E = m・c2
エネルギー(E)と質量(m)は互いに変換できる
3
地球の化学の特徴:有機物
地球の化学は、人類自体が生命なので、
生命を作る有機物という物質の知識が多い。
有機物とは、生物をつくり、働かせるための物質。
71
Lu
2
He
9 10
F Ne
17 18
Cl Ar
35 36
Br Kr
53 54
I Xe
85 86
At Rn
炭素(C)という 6 番目の元素を中心につくられている。
有機物とは、もしかすると、地球固有のくせのある物質なのかもしれない。
化学という学問は、有機化学だけに詳しい、
理解しづらい地球語の方言になっているかもしれない。
しかし、元素や有機物以外の無機化学は、
宇宙語として、共通の知識となるかもしれない。
▼
熱力学:物理、化学、数学(統計学)の融合
熱力学は、物理的測定の数値が利用される。
従って、地球の固有性が持ち込まれていることになる。
しかし、その意味するところは、非常に深く、
「この世」の基本概念が導き出せる。
1 熱力学第 0 法則(熱平衡)
物体 A と B、B と C がそれぞれ熱平衡ならば、A と C も熱平衡にある。
A=B かつ B=C ならば A=C である
という 3 段論法の適用事例となる。
あるいは、温度の違うものを接しておいておくと熱平衡に達する
温度が一意に定まることを示している
→温度の概念が誕生
2
熱力学第 1 法則(エネルギー保存則)
仕事と熱の等価性
ΔU = Q + W
気体に与えた熱量 Q(J)と仕事 W(J)の和は、
気体の内部エネルギーの増加ΔU(J)として保存される
3
熱力学第 2 法則(エントロピー増大の法則)
熱現象の不可逆性
熱はつねに高温の物体から低温の物体に移るだけ(クラウジウスの原理)
仕事をすべて熱に変えることはできるが、熱をすべて仕事に変えることはできない(トムソンの原理)
巨視的な動的現象は一般には不可逆変化である
孤立系のエントロピーは不可逆変化によってつねに増大する
第二種永久機関(エネルギー保存の法則を破らずに実現しようとした永久機関)は存在しない
孤立系の熱平衡状態はエントロピーの極大状態である。
エネルギーには終わりが存在する
エントロピーという概念
「乱雑さ」
ΔS = ΔQ/T
エントロピーの変化(ΔS)は、
物資状態が変化するとき出入りする熱量(ΔQ)をその時の温度(T)で割ったもの
と定義される。
宇宙のエネルギーは一定で、
宇宙のエントロピーは増大し、
やがて宇宙は熱的平衡に達し「熱的死」を迎える(クラウジウス)。
4
時間の矢:タイムトラベル
宇宙の不可逆過程がエントロピー増加の方向でしか時間が進行しない
この熱力学の第 2 法則があるため、
少なくとも過去へいくタイムトラベルはありえないのとなsる。
5
熱力学第 3 法則:絶対エントロピーの定義
エントロピー自体が絶対零度で有限の一定値ゼロになる(ネルンスト・プランクの熱定理)
絶対零度よりも低い温度はありえないことを示している。
散逸構造(プリゴジン、1971 年)
非平衡から平衡への自発的過程は不可逆過程で、系のエネルギーが仕事に転化しない散逸過程
系が非平衡状態で形成する時間的、空間的な動的秩序
これによって生命が誕生するという考えができる。
カオス
もしエントロピー最大となる点がカオスであれば、
その点は不安定し、物質が複雑な方向に変化する。
これによって生命の多様性を作り上げることが可能かもしれない。
▼
生物や地質学
宇宙に通じるような学問かどうかは、わからない。
少なくとも人類は、「この世」に通じるものにしようという意図はなかった。
現段階では、生物学とは地球生物学で、地質学とは地球地質学のことだからである。
しかし、地球外生命の探査や、惑星探査などによって、
地球生物学、地質学はより一般的なものになろうという視点は生まれてきた。
今後、「この世」の生物学や地質学へと、
宇宙生物学や宇宙地質学へと、発展して変わっていくべきであろう。
深く地球を考える-科学と哲学と地質学と-
科学・技術の世界
第4講
▼
1
2
▼
私たちの知恵の程度をはかる
Y
X
Y
数学
X
2 進法
論理だけの世界
3 相対性理論
・特殊相対性理論(アインシュタイン、1905 年)
相対性原理
光速不変原理
・一般相対性理論(アインシュタイン、1916 年)
拡大された相対性原理
4 相対性理論も書き換えられる
ハッブルの法則(ハッブル、1929 年)
論理と数値
1 論理の形成
・観察、計測、観測、実験
・データの蓄積
・規則の抽出:帰納
・規則の適用:演繹
Y
▼
Y
1
2
X
X
Y
Y
xx
3
x
x xx
x
x x
X
2 数値
質量の決めかた
▼
小出良幸
わかる:私たちの智恵
1 思考実験
例:永久機関
第一種永久機関
第二種永久機関
例 1:マクスウェルの悪魔
例 2:ファインマンの「ブラウン・ラチェット」
2 普遍的な知恵(論理)
例 思考実験:ETI とのコミュニケーション
3 学問の普遍性
▼
2006 年 5 月 2 日
物理学
1 古典力学 3 法則(ニュートン、1687 年)
・慣性の法則(第 1 法則)
・運動の法則(第 2 法則)
・作用・反作用の法則(第 3 法則)
・万有引力の法則(ニュートン、1687 年)
2 論理も進化する
xxx
化学
1 元素
・物質は原子からできている(ドルトン)
・原子は不変である
2 周期律表
例 H2 O
・質量保存則(ラボアジェ)
・質量はエネルギーと等価(アインシュタイン)
3 地球の化学の特徴:有機物
4
▼ 熱力学:物理、化学、数学の融合
X 1 熱力学第 0 法則(熱平衡)
2 熱力学第 1 法則(エネルギー保存則)
3 熱力学第 2 法則(エントロピー増大の法則)
エントロピーという概念
4 時間の矢:タイムトラベル
5 熱力学第 3 法則:絶対エントロピーの定義
散逸構造(プリゴジン、1971 年)
カオス
▼
生物や地質学