有機金属分子ワイヤーの合成とその物性:電子伝達能制御と高次元化 東京工業大学資源化学研究所 1. 田中 裕也 分子ワイヤー 酸化・還元、光照射などの刺激感知ユニットをπ共役系で架橋した化合物は一方の感知 ユニットに与えた刺激が他方へと伝達されることから分子ワイヤーとしての応用が期待さ れる。[1]当研究室では酸化還元活性な FeCp*(dppe)ユニットを用い様々な多核π共役錯体を 合成しその金属間相互作用を調査している。 これまで一次元構造を有する二核ポリイン ジイル錯体として当研究室では当時として 最長のドデカヘキサインジイル錯体(炭素数 Fe-(C≡C)6-Fe 12 個)を合成した。[2]しかし様々な金属フ oxidation reduction, irradiation etc... ラグメントによる一次元分子ワイヤーの報 告があるにもかかわらず機能性および高次 π-conjugated spacer M M 元分子ワイヤーについての報告は未だ少な Ru く未解明の部分が多い。本発表では有機金属 Ph Fe Ph P P Fe P Ph Ph Ph Ph 分子ワイヤーの機能化および高次元化につ Ph P Ph Ph Ru Ph P P Scheme 1. Molecular wire Class + M 分子ワイヤーの性能評価 分子ワイヤーとしての性能評価は一電 M X M -e- + M X X M M M M 子酸化したときに生じるカチオンラジカ M ルの非局在化度によってなされ Robin-Day らによって Class 分けされてい が局在化している状態を ClassI、その中 間を ClassII とし、ClassIII は最も分子ワ イヤーとして性能が良いことを示す。 M Ⅲ M M Ⅱ M X Ⅰ X + M Ⅱ (小さく非局在化) + Ⅲ (局在化) (非局在化) IVCT band Ⅲ M X 状態 + M E1 E2 る。電子が完全に非局在化している状態 を ClassIII、まったく相互作用がなく電子 Ph P Ph Ph Ph いての結果を紹介する。 2. P Ph Ph Fe M Ⅱ Ⅱ M Ⅲ KC = exp (|E1-E2|×F/ RT) 200 1000 wavelength / nm 2000 Scheme 2. Classification of molecular wire 実験的な Class 分けには電気化学的方法(均化定数:KC)と分光学的方法(電子カップリ ング:Vab)が主に用いられている。良好な分子ワイヤーではサイクリックボルタモグラム (CV)において金属由来の二段階の酸化還元波が観測され、その二つの波の幅が大きけれ ば KC 値も大きくなり生じたラジカル種(混合原子価種)が安定であることを示す。このラ ジカル種は近赤外領域に金属-金属間遷移に特有の吸収(IVCT バンド)を有しており、そ の吸収に基づき Vab 値が決定される。KC、Vab 値は共に大きい値をとると金属間の相互作用 が強いということを示している。 分子スイッチ:フォトクロミック分子による電子伝達能の制御 3. [3] 分子ワイヤーの電子伝達能をコントロールすることはいまだ困難な課題の一つである。 ジチエニルエテンは紫外光・可視光により中心のシクロヘキサトリエンが開閉環するフォ トクロミック化合物である。開環体ジチエニルエテン錯体 1o は CV において一つの可逆な 酸化還元波しか観測されないことから金属間相互作用は極めて弱いことがわかる。一方で 紫外光照射により得られる閉環体 1c では二つの可逆な酸化還元波が観測され混合原子価 種が比較的安定であることが示唆された。閉環体 1c に可視光を照射することで開環反応が 進行することも確認している。電子伝達能評価の基準となる KC および Vab から閉環体は ClassII 化合物、開環体は ClassI 化合物であることが明らかとなり光刺激により電子伝達能 のスイッチが可能であることがわかった。またアセチレンを介さず金属フラグメントを直 接 DTE に結合させた錯体ではフォトクロミズムだけではなく酸化により閉環反応が進行 するエレクトロクロミズム挙動も観測されている。[4] Scheme 3 F2 F2 F2 F2 F2 F2 n+ n+ UV S Ph Fe Ph P P S Fe P Ph Ph Ph Fe Ph P P Vis Ph Ph 1o KC S Ph P Ph Fe Ph Ph <13 Vab S 1c P Ph P Ph Ph Ph 510 381 cm -1 n=1 not observed 有機金属錯体のπ配位による電子伝達能制御 4. より柔軟な電子伝達能制御を目指し、有機金属錯配位を用いた調整法を開発した。 (i)RuCp*フラグメントを用いた電子伝達能向上機能[5] RuCp*は芳香環にη6 配位し、ナフタレンに配位した場合には配位した環の芳香族性が向 上することが知られている。芳香環のビスエチニル-9,10-ナフタレン錯体 2、 およびその Scheme 4 [PF6] Ru n+ n+ Ph Fe Ph P P Ph Ph Fe P Ph Ph 2 Ph P Ph n+ Ph Fe Ph P P Ph Ph Fe P Ph Ph 3 Ph P Ph Ph Fe Ph P P Ph Ph Fe Ru 4 KC 5.6 x 105 8.2 x 105 1.3 x 106 Vab n = 1 2125 cm-1 2205 cm-1 not measured -1 -1 not measured J n=2 -526 cm < -1000 cm P Ph Ph [PF6] Ph P Ph RuCp*付加体 3、4 の CV を測定したところ Fe に由来する二つのよく離れた酸化還元波が 観測された。大きな KC、Vab を示したことから 2、3 は ClassII∼ClassIII 化合物であると帰属 した。KC、Vab ともに 3 の方が大きく、RuCp*フラグメントの配位位置が異なる錯体 4 では 更に大きい KC 値を示した。またその他にも RuCp*フラグメントが磁性相互作用(J)につい ても大きな影響を及ぼすことがわかっている。以上の結果から RuCp*のη6 配位を利用した 架橋配位子の芳香族性制御によって Fe-Fe 間の電子的相互作用が向上することが明らかと なった。 (ii)可変抵抗器機能:ジコバルトカルボニル錯体を用いた電子伝達能制御 ジコバルトオクタカルボニルのアルキンπ配位によって Fe-Fe 間の電子伝達能を調整で きることを明らかにした(Scheme 5) 。ジチエニルエチン錯体 5 にジコバルトオクタカルボ ニルを室温中作用させるとコバルトのアルキンπ配位錯体 6 が定量的に得られた。CV から は 5 で見られる離れた二つの可逆な酸化還元波が 6 ではオーバーラップしており KC 値も大 きく低下していることから、コバルトが電子伝達阻害剤として働いていることが明らかと なった。コバルトπ配位によるアルキンの立体的なねじれ、およびコバルト錯体の電子吸 引性の影響から Fe-Fe 間の電子伝達能が減少すると考えられる。後者についてはカルボニ ル配位子をより電子豊富なジホスフィン配位子に置き換えた錯体 7 で KC 値が増加すること からも支持される。またモノカチオン種の NIR 測定の結果では通常の Fe-Fe 間に帰属され る IVCT バンドが観測された錯体 5 と異なり、錯体 7 では Fe-Co 間の IVCT バンドのみが 観測されたことから電子移動プロセスにコバルトが関与していることが示唆される。この ようなコバルトアルキン錯体 6, 7 はフッ化物イオンなどを作用させることで可逆的にアル キン錯体 5 を再生する。 Scheme 5 Co2(CO)8 Ph Fe S Ph P P Ph Ph Fe S 5 KC = 1519 P Ph Ph P Fe P Ph Ph S Ph P Ph TBAF or Me3N O Ph Ph C C S Ph Fe P Ph P Ph Ph OC Co Co CO CO OC CO CO 6 KC = 79 Co2dppm(CO)6 dppm Me3N O Ph Ph P Fe P Ph Ph S C C OC Co OC Ph2P S Ph Fe P Ph P Ph Ph Co CO CO PPh2 7 KC = 608 このような錯体配位による電子伝達能制御では分子設計、錯体選択により金属間相互作 用を自在に増減させることが可能であり、今後より大きな電子伝達能変化を誘起する錯体 系の構築や機能性錯体への展開が期待される。 5. ジャンクション:分子ワイヤーの高次元化[6] 分子ワイヤーの高次元化は分子回路構築の上で機能化や分岐化をするために重要となる がこれまで体系的な研究はなされていなかった。テトラフェニルエチレン骨格を有する四 核錯体 8 およびヘキサアリールベンゼン六核錯体 9 において CV を測定したところ共に一 つのブロードな酸化還元波が観測された。より詳細な議論を行うためにディファレンシャ ルパルスボルタンメトリー(DPV)測定を行った。錯体 8, 9 ともに非対称な酸化波が観測 されたことから各フラグメントが段階的な酸化過程を経ていることが示唆された。また直 線状錯体との KC 値の比較によりヘキサアリールベンゼン錯体ではσ結合だけではなく周 辺ベンゼン環のπ-π相互作用による電子伝達も生じていると示唆されている。 Fe Scheme 6 Fe Fe Fe Fe Fe Fe Fe Fe Fe = Cp*Fe(dppe) 8 6. Fe 9 謝辞 本研究の一部はフランス・レンヌ第一大学、Lapinte 教授、Hamon 教授の下で行ったもの あり、両教授ならびにフランスへ快く送り出してくださった東京工業大学・資源化学研究 所 穐田宗隆教授に深く感謝いたします。また吉沢道人准教授、稲垣昭子助教、小池隆司助 教には日々様々な助言を頂きここに感謝いたします。 References [1] Paul, F.; Lapinte, C. Coord. Chem. Rev. 1998, 178, 431. [2] Sakurai, A.; Akita, M.; Moro-oka, Y. Organometallics. 1999, 18, 3241. [3] Tanaka, Y.; Inagaki, A.; Akita, M. Chem. Commun. 2007, 1169. [4] Motoyama, K.; Koike, T.; Akita, M. Chem. Commun. 2008, 5812. [5] Tanaka, Y.; Shaw-Taverlet, J. A.; Justaud, F.; Cador, O.; Roisnel, T.; Akita, M.; Hamon, J-R.; Lapinte, C., submitted for publication. [6] Tanaka, Y. Ozawa, T.; Inagaki, A.; Akita, M. Dalton Trans. 2007, 928.
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