SAGA9シンポジウム要旨集

第 9 回 SAGA シンポジウム
動物園:人と自然をつなぐ懸け橋へ
スケジュール
11 月 11 日(土)10:00~20:00
【1 日目】
名古屋大学IB電子情報館・中館
9:30~10:00 受付
10:00~12:30
シンポジウムⅠ「野生と動物園をつなぐ」@2 階大教室
座長
10:00~10:05 開会の辞、趣旨説明
五百部裕(椙山女学園大学)
五百部裕(椙山女学園大学)
第一部「フィールドからの現状報告」
10:05~10:20
久世濃子(京都大学)
「スマトラ島およびボルネオ島のオランウータンの現状」
10:20~10:35
小川秀司(中京大学)・伊谷原一(林原類人猿研究センター)・坂巻哲也(京都大学)
「タンザニア西部におけるコンゴ及びブルンジ難民のチンパンジー生息地への影響」
10:35~10:40
田代靖子(林原類人猿研究センター)
「コンゴ民主共和国ワンバ森林のボノボの現状」
10:40~11:05
Damien Caillaud(フランス・モンペリエ大学)
「中央アフリカにおけるゴリラの減少:エボラ出血熱ウィルスの影響」
11:05~11:15 休憩
第二部「野生を紹介する場としての動物園」
11:15~11:45
黒邊雅実(東山動物園)
「動物園に働く者から見た野生動物〜アフリカゾウとアジアゾウを中心として〜」
11:45~12:15
山極寿一(京都大学)
「野生の窓としての動物園」
12:15~12:30
12:30~13:30
総合討論
SAGA 世話人会@1 階 012 教室
1
13:30~14:30
シンポジウムⅡ「動物園における展示と教育」@2 階大教室
座長
友永雅己(京都大学)
13:30~14:00 上野吉一(京都大学)
「動物園で見せるもの:ショーの是非」
14:00~14:30 大坂豊(野毛山動物園)
「動物園における展示と教育」
14:30~14:45
ジェーン・グドールさんご挨拶@2 階大教室
15:00~16:15
分科会@1階 013・014 教室
自然保護
座長
橋本千絵(京都大学)
飼育と動物福祉
座長
友永雅己(京都大学)
斎藤成也(国立遺伝学研究所)
「ヒトと類人猿の種内DNA変異」
長谷川寿一(東京大学)
「チンパンジーの内分泌と社会行動―三和化学集団における行動実験と非侵襲的測定」
16:30~17:50
ポスター発表@1階プレゼンテーションスペース
ポスターの掲示は、9:30 から可能です
ポスターは懇親会終了時刻までに撤去して下さい
この時点までに撤去されなかったポスターは、実行委員会で廃棄させていただきます
18:00~18:30
分科会報告と総合討論@2 階大教室
18:45~20:00
懇親会@1階プレゼンテーションスペース
下記の関連した催しも 1 階 015 教室で並行して開催されます
NPO 紹介ブース(10 時~18 時)
関連書籍販売(10 時~18 時)
2
【2 日目】
11 月 12 日(日)9:30~15:30
9:30~11:00
エンリッチメント大賞関連行事@動物会館レクチャーホール
東山動物園
司会:落合知美(市民 ZOO ネットワーク)
大橋民恵(市民 ZOO ネットワーク)
石田おさむ(東京都多摩動物公園)
並木美砂子(千葉市動物公園)
11:00~12:00
飼育施設部門大賞
来園者施設部門大賞
細田孝久(東京都恩賜上野動物園)
市民 ZOO ネットワークより
「エンリッチメント大賞について」
特別賞
「オランウータン舎」
「観察シート」
「展示の工夫(カナダヤマアラシ、ナマケモノ)」
「今年度の大賞発表!」
NPO 活動報告@動物会館レクチャーホール
以下の NPO による活動報告が予定されています(順不同)
ポレポレ基金、JGI-Japan、カリンズ森林プロジェクト、ビーリア保護支援会
サンクチュアリ・プロジェクト
13:00~15:30
パネルディスカッション「動物園は研究機関とどのように連携するか」
@動物会館レクチャーホール
司会:上野吉一(京都大学)
話題提供者
竹田正人(天王寺動物園):動物園の展示に研究者の提言を活かす
竹ノ下祐二(日本モンキーセンター):動物園組織の中の研究者
小林弘志(東山動物園):東山動植物園再生計画の中での調査研究部門の位置づけ
成島悦雄(多摩動物公園):多摩動物公園の野生生物保全センターと研究機関との連携
その後、話題提供者を交えた討論
下記の関連した催しも並行して開催されます
NPO 紹介ブース@中央休憩所
11:30~12:00 飼育係のトーク@類人猿園舎前
関連行事日程
類人猿の書いた絵の展示
ジェーン・グドール講演会
2006 年 10 月 11 日(水)~11 月 12 日(日)
2006 年 11 月 11 日(土)
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東山動物園動物会館内
17:00~18:30 南山大学
シンポジウムⅠ「野生と動物園をつなぐ」 11 月 11 日(土) 10:00~12:30
講演要旨
スマトラ島およびボルネオ島のオランウータンの現状
久世濃子(京都大学大学院理学研究科)
オランウータンは有史以前にはアジア大陸南部からジャワ島に至る、東南アジア全域に 100 万頭以上
が生息していたと推定されている。しかし最新の報告によれば、スマトラ島に約 7,500 頭、ボルネオ島
に約 56,000 頭、合計約 62,500 頭が生息するにすぎない。
以前はボルネオ島とスマトラ島に生息するオランウータンは「亜種」とされていたが、現在では、そ
れぞれ独立した種として扱われている。さらにボルネオ・オランウータンは 3 亜種「Pongo pygmaeus
pygmaeus」、「P. p. morio」、「P. p. wurmbii」に分類されている。またこれらの亜種間での遺伝的、
形態的な変異も大きいことが知られている。
オランウータンの長期研究は主にインドネシアのスマトラ島で続けられていたが、1990 年代に内戦
が激化し、研究者は調査地に入れなくなってしまった。一部の研究グループは中央カリマンタン(ボル
ネオ島インドネシア領)に新しい調査地を開拓し、地域比較の研究が盛んに行われるようになった。2005
年にスマトラ島を大津波が襲ったが、これをきっかけとして多くの諸外国がこの島に関わった結果、長
く続いていた内戦が終結することとなった。今年になって、スマトラ島の閉鎖されていた調査地は再開
のきざしをみせている。
一方ボルネオ島インドネシア領では 1990 年代から国立公園内での違法な森林伐採が横行し、いくつ
かの調査地では調査の継続が困難な状況に陥っている。しかし 1990 年代後半から、オランウータンの
調査がほとんど行われていなかったボルネオ島マレーシア領で、我々を含む新たな研究グループが調査
を開始している。特にマレーシア領サバ州では、オランウータンを含む当地の自然を活かしたエコツー
リズムが盛んで、保護活動についても進展をみせている。
今回の発表では、スマトラ島およびボルネオ島の現状を紹介する。
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シンポジウムⅠ
タンザニア西部におけるコンゴ及びブルンジ難民のチンパンジー生息地への影響
小川秀司(中京大学)・伊谷原一(林原類人猿研究センター)・坂巻哲也(京都大学)
タンザニアにおける難民の活動がチンパンジーの生息に与えてきた影響を報告する。タンザニア政府
はこれまでに多くの難民を隣接国から受け入れてきた。その内 1970 年代にブルンジ難民を受け入れた
ミシャモ・キャンプはチンパンジーの生息地から約 30km離れた場所(5°43’S,、30°46’E)に設けられ
た。しかし 30 年にわたる生活の間に難民の一部はチンパンジーの生息するカロブワ地域(ンタカタ、
カクング、カパラグル等)(05°51’-06°10’S、29°55’-30°31’E)でも狩猟・漁労・伐採・耕作を行ってき
た。カクングのチンパンジーが捕らえられたこともある。2003 年の小川による調査では同地域のチン
パンジーの生息密度は 0.03 頭/km2だった。この値は人為的な影響がない状態での最低密度であるウガ
ラ地域の 0.08 頭/km2を下まわる。また 1997 年にはマラガラシ川北岸のリランシンバ地域(05°05-14’S、
29°58’-30°20’E)に隣接してコンゴ(旧ザイール)難民を受け入れたルグフ・キャンプが設けられた。
1995-96 年の調査によると約 300km2という狭い地域に 30-40 頭のチンパンジーが他集団とは孤立して
生息していた所である。難民には一定の食料等が配給されたものの、現実には彼らはキャンプ区域外で
狩猟・漁労・伐採・耕作を行い、哺乳類・魚類・薪・炭・建材・農作物等を得てきた。チンパンジーも
捕らえられて食べられた。2001 年と 2006 年の小川と坂巻による調査では幸いにしてチンパンジーは生
き残っていることが確認できた。しかし生息地の破壊によって同地域の個体群が絶滅してしまう恐れは
依然として高い。難民の受け入れには緊急の対応が要求されるが、一方では周辺環境への影響も考慮し
た長期的な管理政策が重要だと考えられる。
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シンポジウムⅠ
コンゴ民主共和国ワンバ森林のボノボの現状
田代靖子(林原生物化学研究所
類人猿研究センター)
ボノボはコンゴ民主共和国(以下、DR コンゴ)のみに生息する類人猿で、チンパンジーやゴリラに
比べて野生群の調査開始は遅く、社会や生態に関して未解明の部分が多い種である。しかし、密猟など
による個体数の減少が続いていると考えられ、現在の生息個体数は 10000 頭以下という推定もある。
1973 年から長期調査が行われているワンバ森林においても、DR コンゴの政治的混乱がボノボの生存を
脅かしている。本発表では、内戦によるボノボの生息状況の変化とその原因、ボノボを保護するための
取り組みについて報告する。
ワンバ森林での長期調査は、1991 年の首都キンシャサでの動乱、1996 年からの二度の内戦によって
中断を余儀なくされた。2003 年から調査を再開したが、内戦前にワンバ森林で確認されていた 6 群の
うち 3 群しか観察されず、遊動域も大幅に変化している。このことより、ワンバ森林全体のボノボの個
体数は減少していると考えられる。戦争中、ワンバ周辺に駐留した兵士などによるボノボの密猟が個体
数減少の一因であろう。また、一次林の伐採による生息環境の悪化も、ボノボの減少に影響している可
能性がある。
ボノボの調査活動自体も、困難な状況にある。研究者に対して、医療・教育・道路整備など様々な生
活支援が要求されている。以前から文房具の寄付や広範囲の雇用によって利益が広く行き渡るように努
力してきたが、戦前に比べてその要求は過大になり、調査や保護以外の活動に大きな労力を払わなけれ
ばならなくなった。それに応えるため、ワンバ村では、以前から計画していた診療所の建設に着手した。
また、より広域の人々が利用する道路整備への協力、村々の代表者への奨学金授与などを行っている。
これらの活動を通じて、ボノボの保護と現地住民の生活の向上を両立させていきたいと考えている。
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シンポジウムⅠ
Gorilla decline in central Africa: detailed impact of Ebola virus.
Damien Caillaud(University of Montpellier 2 and University of Rennes 1, France)
The four gorilla taxons are currently classified either as endangered or as critically
endangered on the IUCN red list. Although habitat disappearance affects some populations, bush
meat trade and Ebola outbreaks are the two main identified threats gorillas are facing. The impact
of these factors has been mainly studied at a large geographical scale through indirect density
measurements, allowing a crucial but only global perception of human and Ebola-induced mortality.
But how gorilla social structure is affected is still poorly known. This question is however important
to understand whether or not gorillas can recover and how. The gorilla population frequenting
Lokoué clearing, in Odzala-Kokoua National Park (Republic of the Congo) has been studied since
2001. It was affected by an Ebola outbreak in 2004. The daily identification of individuals visiting
the clearing before, during and after the outbreak allowed investigating how the virus spread
within and among gorilla social units. Gorilla social structure appeared as deeply disturbed.
Solitary and group-living individuals were dramatically but disproportionately affected. Within
group contagion was responsible for the death of 95% of females, immatures and breeding
silverbacks. Solitary males suffered less from the outbreak, 77 % of them disappearing. This
sex-biased susceptibility to the virus is worrying since the intrinsic capacity of the population to
recover relies on females. The way conservation strategies can handle the Ebola issue will also be
discussed.
(上記の翻訳)
中央アフリカにおけるゴリラの減少:エボラ出血熱ウィルスの影響
IUCN のレッドリストによると、四つのゴリラ分類群が、現在絶滅危惧類に指定されている。生息地
の破壊がいくつかの個体群に影響を与えているのは事実だが、現在は、野生動物の肉取引とエボラウィ
ルスの爆発的な感染がゴリラにとって最も大きな脅威となっている。こうした要因の影響については、
これまで間接的な指標に基づいた密度推定などから、広範囲にわたって考察されることが多かった。し
かし実際にゴリラの社会構造が、どのような影響を受けているのかは、いまだ明らかになっていない。
一方でこうした問題は、いかにゴリラの個体数を回復させればよいのか、あるいはそもそもそうしたこ
とが可能なのかということを検討する上では、たいへん重要なことである。コンゴ共和国オザラ・コク
ラ国立公園に生息するゴリラ個体群は 2001 年から観察されている。そして 2004 年にこの個体群にエ
ボラの流行が発生した。開けた場所に現れたゴリラを識別し、エボラの流行以前、流行中、流行後で比
較することで、このウィルスが個体群にどのように広がっていったのかを検討することができた。ゴリ
ラ個体群はこの流行によって深刻な影響を受けた。ただし、単独生活者と群れのメンバーでは、影響に
違いが見られた。群れ所属のメス、未成熟個体、そしてシルバーバックの 95%が死亡した。一方、オス
の単独生活者では 77%が消失した。このメスに偏ったウィルスの影響の性差は、ゴリラの個体数の回復
に重要な役割を果たすメスの減少を招いており、深刻な問題であると考えられる。さらにこの報告では、
エボラ対策を考慮した保護の戦略も合わせて考察する。
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(文責:五百部裕)
シンポジウムⅠ
動物園に働く者から見た野生動物〜アフリカゾウとアジアゾウを中心として〜
黒邉雅実(名古屋市東山動物園)
世界の動物園は約1100園、そのうち日本の動物園は91園で、わが国は動物園王国といえる。東
京の恩賜上野動物園は日本最古で120年の歴史がある。当地の東山動物園は来年に開園70周年を迎
える。動物園は時に権力の象徴として利用されるなど、その時代の社会背景を色濃く受けている。有史
以前の3万〜1万年前は動物が人よりも多い時代であり、先人は洞窟に多くの動物絵を畏敬の念をもっ
て描いていた。その後、紀元前3千年の四大文明の一つメソポタミアにすでに動物園が存在していたと
される。近代動物園は1752年設立のオーストリア・シェンブルン動物園が最初とされ、学術研究を
目的に開設された「The Zoo」ことロンドン動物園以降は世界各国に広まった。日本においては当初は
学術目的で運営されたが、高度成長期の動物園はレジャー施設的な側面が強調された。そうした中で、
市場経済の発展とともに、世界規模で自然が破壊され、多くの野生動植物が絶滅の危機に瀕している。
昨年の愛知万博では自然の叡智がテーマに掲げられ、一般市民の環境問題・自然保護に対する関心は高
いものがある。東山再生計画はこうした動物園の役割の変化に対応するものとして議論が重ねられてい
る。動物園に対する期待もただ単に「楽しさ・驚き」だけでなく、自然が感じられる場、人と自然の架
け橋としての役割が求められている。今、動物園は大きな転換期にある。
私は2004年にアフリカのサバンナ、2006年にスリランカへ行く機会を得た。どちらも1週間
足らずの短い期間であったが、動物園に働く者として野生動物を見るという貴重な経験をしたので報告
する。残念ながら、野生の霊長類に遭遇することはできなかったが、アジアゾウとアフリカのゾウを例
にとって動物園と野生動物の関わりについて考えてみた。
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シンポジウムⅠ
野生の窓としての動物園
山極寿一(京都大学大学院理学研究科)
動物園という施設は 19 世紀のヨーロッパに登場し、発展した。最初は王侯貴族の威容を示し、未知
の世界への憧れと興味を満たすものだった。それが移動動物園となり、一般大衆がさまざまな動物と出
会う公共の施設となり、動物について学ぶ博物館となるまでには長い歴史がある。類人猿が生息するサ
ハラ以南のアフリカにはつい最近まで動物園はなかった。野生動物を欧米へ送る動物商は 19 世紀から
活躍していたが、動物園はできなかったのである。これは、野生動物を捕らえて飼うという発想がアフ
リカには育たなかったことと、それを趣味とする王侯貴族がいなかったことが原因であろう。1970 年
代にザイール共和国(現コンゴ民主共和国)に国立公園を作る際、モブツ大統領は「わが国に動物園は
要らない。国が丸ごと野生の動物園だからだ」と述べた。しかし、ケニア共和国のように国立公園のそ
ばに動物孤児院を併設することもあった。最近、カメルーンやウガンダでこういった動物孤児院に多く
の類人猿孤児たちが収容されるようになり、動物園として公開されるようになってきた。ウガンダのエ
ンテベでは、「野生動物研修センター」と名づけられ、多くの子どもたちが学校教育の一環として訪れ
ている。動物園に収容されるのは原則として自国に生息する野生動物に限られ、可能であればやがて野
生に復帰させる目的で飼育されている。訪問者は動物の姿だけでなく、動物たちが生息する自然環境や、
そこで今起こっている動物たちと人間との間のコンフリクトについても学ぶことが期待されている。こ
れはアフリカに起こった新しい動きであり、若い世代の動物観を大きく変えようとしている。この動き
を追い、日本の動物園が果たす役割を考えてみようと思う。
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シンポジウムⅡ「動物園における展示と教育」11 月 11 日(土) 13:30~14:30
講演要旨
動物園で見せるもの:ショーの是非
上野吉一(京都大学霊長類研究所)
動物園は動物を見せるための施設である。しかし、かつてのように動物の姿形を見せれば十分ではな
くなってきた。最近巷をにぎわしている旭山動物園のように、行動を主体として見せ方すなわち「行動
展示」の工夫をしているものがある。あるいは、天王寺動物園のように、生態環境を模した中に観客自
体が浸り込むような感じで動物を見せる「ランドスケープ・イマージョン」といった工夫がある。さら
に、動物を人為的に操作し、その動きや振る舞いを見せようともの、いわゆる「ショー」というものも
ある。近年の傾向としては、ショーの在り方が疑問視されてきている。しかし、動物園でショーの何が
問題なのかは、これまで明確にする議論は日本においてはほとんどなかったと言える。
たとえば、レッサーパンダの風太君が立ち上がったことで盛り上がり、立ち上がりの展示が”競争”
になったことは本当に問題にすべきことなのか。水族館では数多くおこなわれているイルカなどの「シ
ョー」は”亜流”の展示なのだろうか。最初に述べたように、動物園は人々に動物を見せ、さらには動
物を通じてその生活・生息環境にまで目を馳せてもらう施設である。その意味では、「ショー」という
見せ方も1つの方法と成立する。動物福祉の観点から言っても、人の目的のために適切な形での動物の
利用は許される。つまり、動物園の展示という目的に対し、人為的なあるいは本来のものではない行動
を見せることが、適切か否かが問題になる。このように捉えるならば、「ショー」の是非はそれ自体と
して一義的に判断すべきものではないことが分かる。
どのような形態での展示をするということ自体、動物に何らかのコストを背負わせているのである。
私たちは「ショー」という展示形態の是非についてではなく、さまざまな展示形態を含めそれで何をど
う見せるのかこそが議論すべき問題だろう。
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シンポジウムⅡ
動物園における展示と教育
大坂
豊(横浜市立野毛山動物園)
先史時代より野生動物の飼育と展示は、人類の文化史の一端を占めて来た。コンラット・ローレンツ
はその著書「ソロモンの指輪」の中で、・・・・生物を「飼う」とは、その動物の全生活環を我々の目の前
で展開させる試みをさす・・・・と述べている。
動物園の定義は博物館法により、
「生きた動物を収集し、飼育し、展示して、教育的配慮のもとに、一般公衆の利用に供し、その教養、
調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせて動物に関する調査研究をす
ることを目的とする機関」
とされている。
動物園は組織された永続性のある施設である。重要なことは、その目的が教育的で美的なものであり、
専門のスタッフを擁し、野生動物を所有し、活用し、飼育し、そして系統的なスケジュールに沿って大
衆に動物を展示することである。
博物館と共に展示が動物園活動の根本をなすことは論を俟たない。
これからの動物園展示はランドスケープ・イマージョン展示が主流となりつつある。しかしながら、
この展示手法は観客への効果に重点が置おかれているため、必ずしも動物ニーズを充たしていないと云
う批判もある。
一方、環境エンリッチメントの考え方からすれば、動物行動学的展示こそ観客と動物双方のニーズを
充たしたものとの議論もある。
21世紀に相応しい動物園展示は、人類の自然欲求への対応と自然保護への役割分担を目的とし、動
物の野生での生息地環境を丸ごと再現して、動物の生活を中心とする自然的展示を希求した「自然生態
動物公園」的なものに移行すると考えられている。
動物園が環境学習の場であるための「ランドスケープ・イマージョン」と動物福祉のための「環境エ
ンリッチメント」、一見両立し難い命題のように思えるが、展示場のみでなく寝室やサブ運動場・雨天
展示室の活用など、この2つの命題を融合させる知恵こそが将来の動物園展示を完成させる鍵であろう。
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パネルディスカッション「動物園は研究機関とどのように連携するか」
11 月 12 日(日)
13:00~15:30
講演要旨
動物園の展示に研究者の提言を活かす
竹田正人(大阪市天王寺動植物公園事務所天王寺動物園)
天王寺動物園では、1965 年に建設された旧チンパンジー舎の老朽化が進んだことから、1992 年にチ
ンパンジー舎を新築した。旧チンパンジー舎はコンクリート製の床に小さな鉄製ジャングルジムを設置
しただけの狭い展示場であった。新チンパンジー舎では、屋外展示場の拡大、土利用と草本類植栽、大
小様々な擬木擬岩と人工蟻塚の配置などを行った。また、背壁全面にチンパンジーの生息地の写真を貼
り、雰囲気をかもし出すよう努めた。しかし、チンパンジーの利用空間が少なく、定点に留まる時間が
長いなどチンパンジーの行動が徐々にパターン化されるようになった。
そこで、京都大学霊長類研究所人類進化モデル研究センター(上野吉一助教授)に協力を仰ぎ、チン
パンジーの行動の活性化と福祉の向上を目指して屋外展示場の改修計画を立案、実施した。計画立案に
あたっては、1995 年に生態的展示を主眼に立案した天王寺動物園将来計画「ZOO21 計画」の概要、飼
育個体の性格と能力を熟知している飼育担当者の意見、予算的な制約について同センターに事前説明し、
意見交換を行った。同センターに改修前後の行動調査を依頼し、その結果を設計に反映するとともに、
事後調査によって計画の有用性について検証した。工事は、鉄骨と丸太を利用した櫓、壁面のプラット
ホームおよびロープの設置と蟻塚の改修を行った。事後調査の結果、チンパンジーの行動は改修前と比
して明らかに活動域が増加した。
動物園と研究者が協働して動物舎の建築・改修を行う際、園側の方針、個体情報、予算面などを研究
者に説明し理解を得る必要がある。十分な事前調整と相互理解がなされれば、今回のような有用な結果
が得られると思われる。また、実施した改修に関し、研究者と協力して評価しデータを蓄積することは、
さらなる改善を進める上での有効な資料となる。
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パネルディスカッション
動物園組織の中の研究者
竹ノ下祐二(財団法人日本モンキーセンター)
財団法人日本モンキーセンター(JMC)は、今年で設立 50 周年を迎える。霊長類の研究、繁殖、供給、
および教育を目的として 1956 年に設立され、その目的を達するため、世界サル類動物園を運営してい
る。その目的と経緯から、JMC には設立以来、常勤の研究者がいる。現在は専任の研究員として、形
態学系、生態学系の 2 名の霊長類学者がリサーチフェローとして在籍している。私はその一人だ。
動物園組織の中の研究者とは、どのような存在なのだろう? その答えを私は持たない。私は JMC の
中で、好きなことを好きなようにやっている。研究テーマを縛られることもなく、動物園活動へのかか
わり方も定められてはいず、その都度自分で考えたり、相談しながらやっている。その結果、現在の私
は JMC の中のある位置を占めているが、それは「こういうものです」と言葉にできるものではなく、
仮にできたとしても、それは一般化できない「JMC の中の竹ノ下」でしかない。
つまり、「動物園組織の中の研究者」がどういう存在になるかは、動物園と研究者との組み合わせの
数だけあるということだ。もっとも、そんなのは当たり前だ。大学組織の中の研究者だって同じだろう。
大学組織の中の研究者は星の数ほどいるので何か共通パターンが見えるが、動物園組織の中の研究者は
少ないのでパターンが見えないということかもしれない。
だが実は、そのことこそが、日本における「動物園組織の中の研究者」の特徴ではなかろうか。社会
に認知されたパターンがないがゆえに、動物園組織の中の研究者は「何でもあり」なのだ。少なくとも
JMC では何でもありだ。
また、大学の利用者になるには入試に合格しなくてはならないが、動物園の利用者には誰でもなれる。
この開かれた運営形態は、動物園に集う人を多様にし、研究者と社会との接点を増やす。それが「何で
もあり」をさらに拡大する力となっていると思う。
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パネルディスカッション
東山動植物園再生計画の中での調査研究部門の位置づけ
小林弘志(名古屋市東山動物園)
わが国の動物園では欧米の動物園と比べ、研究部門が立ち遅れている現状にある。東山動物園におい
ても専門の研究部門がないこと、専門の職員がいないこともあり、調査研究は十分に行われていないの
が現状である。
現在、東山動植物園では再生計画の基本計画を策定中である。再生の目標は「人と自然をつなぐ懸け
橋へ」であり、動物を生息地の環境の中に展示する生態展示により、環境教育のできる動物園を目指し
ている。生態展示、環境教育をする上で大切なことは、しっかりとした学問的な裏づけをすることであ
る。
動物園における調査研究項目としては、繁殖、疾病、飼育技術、行動学、生態学、教育方法、展示方
法、環境保全などがある。この中で比較的進んでいる項目としては、繁殖、疾病、飼育技術がある。こ
れらは、動物園の日常業務に密接に結びついている事柄で業務として進められていること、動物園の職
員が獣医師や畜産学出身者であること、関連大学や研究機関とも協力の得られやすいこと等の理由によ
る。
これら以外の項目が進まないのは、どちらかといえば動物園業務に関連が少ないこと及び動物園職員
にノウハウが充分なかったことによる。今後、動物園に求められている広範囲に亘る調査研究に対応す
るためには、広く外部の大学や研究機関の協力が不可欠である。現在、動物園における調査研究業務を
充実させるために、再生計画の中で大学や研究機関との連携の方法や調査研究部門の設置を検討してい
るところである。
14
パネルディスカッション
多摩動物公園の野生生物保全センターと研究機関との連携
成島悦雄(東京都多摩動物公園)
近年、動物園の保全活動は希少動物の飼育繁殖(域外保全)に加えて、生息地での保全(域内保全)
にまで活動領域が拡大している。2005 年に世界動物園水族館協会が発表した世界動物園水族館保全戦
略も、地元の動物保全に焦点を当てるべきと指摘している。このような背景のもと、2006 年4月、多
摩動物公園に野生生物保全センターが発足した。保全活動全般を組織として位置づけ、より効果的に野
生生物の保全に貢献することを目的としている。センターの専従職員は5名、域外保全、域内保全、バ
イオテクノロジーの応用、および都立動物園(多摩動物公園のほか上野動物園、井の頭自然文化園、葛
西臨海水族園)が行う保全活動の調整推進を活動の柱としている。
域外保全ではオガサワラシジミ、ニホンイヌワシ、ニホンコウノトリなどを対象として飼育繁殖に取
り組む。域内保全活動は新たな取り組みで、東京産のメダカ、多摩のイモリ、小笠原諸島の動物など地
元東京に生息する希少種を中心に展開している。アジアの動物園の一員として東南アジアに生息するオ
ランウータンの域内保全への貢献も予定している。PCR による鳥類の性別判定、性ホルモン測定、冷凍
動物園の推進などバイオテクノロジーを応用して動物の繁殖を効果的にすすめていくことも活動の大
きな柱となっている。
希少動物の保全については技術、情報、人脈を持つ研究機関と連携することで、動物園水族館の保全
活動がより質の高いものになりうる。このため都立動物園水族館も博物館、大学、研究所等の協力を得
て保全活動に取り組んでいる。特にチーターやゾウの飼育繁殖、精子の凍結保存、性ホルモン分析など
重点プロジェクトにおいては大学と共同研究契約を結び対応している。現状では仕事を進めるうえで研
究機関の好意に負うところが大きいが、動物園側がいかに“片利共生”から“共利共生”に持っていく
かが今後の課題である。
15
SAGA9ポスター発表
11 月 11 日(土)16:30~17:50
1 階プレゼンテーションスペース
P01
酪農学園大学野生動物医学センターにおけるサル類の寄生蠕虫症診断およびその疫学調査事例につ
いて(概要紹介)
P02
浅川満彦(酪農学園大・獣医)
シロテテナガザルにおけるランドマークを使用した回転・置換課題
井上悦子(京都府立中丹養護学校)・井上陽一
P03
チンパンジーの月経周期にともなう認知課題遂行の変動について
井上紗奈(京都大・霊長研)・松沢哲郎
P04
チンパンジー展示施設における空間利用:旭山動物園と天王寺動物園の場合
上野吉一(京都大・霊長研)・戸塚洋子・丸一喜
中島野恵・早川篤・坂東元・西岡真・竹田正人
P05
テナガザルのくらしを豊かにする:具体的な工夫のいろいろ
P06
チンパンジーの tiletamine・zolazepam 合剤による麻酔経験2例
打越万喜子(京都大・霊長研)
鵜殿俊史(三和化学・熊本霊長類パーク)・森裕介・寺本研・早坂郁夫
P07
尿中 8-hydroxyguanosine(8-OHdG)量測定に基づく飼育下チンパンジー(Pan troglodytes)の健康評価に
関する予備的な研究-特にヒト蟯虫 Enterobius vermicularis 寄生個体との比較
大島由子(酪農学園大・獣医)・水尾愛・洲鎌圭子・伊谷原一
上林亜紀子・高橋悟・大沼学・翁長武紀・萩原克郎・浅川満彦
P08
動物園を中心にした社会教育施設での環境教育
P09
ゴリラ幼児の発達に対する社会構造の影響と個体導入に向けた予備的調査
岡本明子(環境カウンセラー)・上野吉一
小倉匡俊(京都大・霊長研)・上野吉一
P10
大型類人猿飼育施設を対象とした調査より明らかになったこと
落合(大平)知美(京都大・霊長研)・倉島治・赤見理恵
長谷川寿一・平井百樹・松沢哲郎・吉川泰弘
P11
フサオマキザルの行動選択─困ったときの次の一手
16
狩野文浩(京都大・理)・長尾充徳
P12
飼育下チンパンジーにおける自生植物の採食行動
川地由里奈(中部大・応用生物)・森村成樹・洲鎌圭子・南基泰・伊谷原一
P13
オランウータン担当者ネットワークアンケートについて
P14
大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)の成果と課題
木村幸一(名古屋市東山動物園)・渡辺正
倉島治(東京大・農学生命科学)・落合-大平知美・赤見理恵
吉川泰弘・松沢哲郎・平井百樹・長谷川寿一
P15
日本モンキーセンターの新施設「モンキースクランブル」について
小池純(日本モンキーセンター)・堀込了意・倉内隆光・星野智紀
P16
チンパンジーが採食競合場面で餌場を占領する際の行動戦略
佐藤義明(京都大・霊長研)・林美里・松沢哲郎
P17
飼育下チンパンジーにおける掻痒症と爪の長さの関係
洲鎌圭子(林原 GARI)・不破紅樹・楠木希代
P18
フサオマキザルにおける contrafreeloading の検証
須田直子(京都大・霊長研)・上野吉一
P19
放飼場内のニホンザルにおける推論と文脈の効果
高橋真(京都大・文)・上野吉一・藤田和生
P20
京都大学ポケットゼミナール「動物園の行動学」2006 報告
田島知之(京都大・農)・澤田紘太・寶田一輝・友永雅己・上野吉一
P21
チンパンジーとテナガザルにおける「食物」カテゴリーの認識
田中正之(京都大・霊長研)・打越万喜子・堀鈴香
P22
野生ベルベットモンキーにおける連続した3項目の心的表象操作:減算とのアナロジー
堤清香(京都大・文)・藤田和生
P23
動物園ボランティア「リスクを小さくしメリットをより大きくするには」─欧米動物園にみるボランティア活動管
理法の紹介
戸塚洋子(京都大・霊長研)・上野吉一
P24
チンパンジーを探せ!─チンパンジーにおける顔写真の視覚探索─
友永雅己(京都大・霊長研)・伊村知子
P25
シロテテナガザルにおける発情期の不機嫌行動について
P26
飼育チンパンジーの糞食:同じ群れでも飼育環境が広くなると低減する
長尾充徳(京都市動物園)・釜鳴宏枝
中島麻衣(岐阜大・応用生物)・落合知美・松沢哲郎
17
P27
東山動物園における転入チンパンジーの群れへの導入経過について
中山哲男(名古屋市東山動物園)
P28
研究所と教育現場をつなぐ試み-類人猿研究センターにおける高校生の研究参加について-
難波妙子(林原 GARI)
P29
島を利用したチンパンジー・サンクチュアリを求めて:西表島調査報告
野上悦子(京都大・霊長研)・松沢哲郎
P30
チンパンジーにおける自発的な身振りと他者の視線認識
P31
予備的報告:タンザニア・マハレ山塊国立公園中北部のチンパンジーと哺乳類の生息状況と人為撹乱
服部裕子(京都大・文)・友永雅己・藤田和生
花村俊吉(京都大・理)・Mtunda Mwami・Mwami Rashidi
P32
ボノボの森を守るために ~ボノボの現状と地域住民の生活支援~
P33
飼育下チンパンジーの発情雌所有行動
ビーリア(ボノボ)保護支援会
久川智恵美(わんぱーくこうちアニマルランド)・大地博史・清家晴男
P34
チンパンジーの行動目録:ビデオクリップライブラリ
廣澤麻里(岐阜大・応用生物)・荒川信一郎・田崎麻衣子
中島麻衣・宮脇慎吾・和田千里・飯田あゆみ・後藤真里
渋谷あゆみ・知念晴香・野澤更紗・藤田美宇・光田佳代
中島のぞみ・松本千聖・近藤麻実・落合知美
P35
チンパンジーの遊具「ヤムヤム・キャッチャー」
P36
野生チンパンジー(Pan troglodytes) はどんなときに他者を覗き込むか
福守朗(高知県立のいち動物公園)・山田信宏
藤本麻里子(滋賀県大・人間文化)
P37
Reproductive endocrine patterns in female and male sumatran orangutan (Pongo abeii) assessed by fecal
hormone analysis
Putranto HD(岐阜大・連合農学), Kusuda S, Hashikawa H, Kimura K, Naito H, & Doi, O
P38
Comparative analysis of monoamine oxidase genes polymorphism in apes
Hong K-W(岐阜大・連合農学), Hayasaka I,
Murayama Y, Ito S, & Inoue-Murayama M.
P39
野生チンパンジーの「迷子」の発するロスト・コールへの母親の反応
松阪崇久(滋賀県大・人間文化)・カブンベAカトゥンバ
18
P40
Vocal identity recognition of familiar persons by chimpanzee and human subjects using an auditory-visual
matching-to-sample task.
Martinez L(京都大・霊長研), Matsuzawa T
P41
動物園で飼育されるニシローランドゴリラ(Gorilla gorilla gorilla)の尿中 8-OHdG 量による健康評価に
関する予備研究-特に原虫感染個体との比較
水尾愛(酪農学園大・獣医)・大島由子・今西亮・北田祐二・笠原道子
和田晴太郎・松永雅之・高井進・大沼学・翁長武紀・萩原克郎・浅川満彦
P42
オランウータン舎放飼場に新設した運動具について
P43
岐阜大学ポケットゼミナールの活動の紹介
水品繁和(市川市動植物園)・入倉多恵子
光田佳代(岐阜大・応用生物)・後藤真里・渋谷あゆみ・知念晴香・野澤更紗
藤田美宇・飯田あゆみ・中島のぞみ・松本千聖・落合知美・松沢哲郎
P44
JGI-Japan による野生チンパンジーのエコツーリズムの検討
P45
ウガンダ・ンガンバ島のチンパンジーサンクチュアリ
P46
チンパンジーの相互利他的なコイン投入行動を規定する要因
森豊彦(京都山の学校)・森正恵
山本真也(京都大・霊長研)
山本真也(京都大・霊長研)・田中正之
P47
東山動物園「オランウータンとアブラヤシ」展来園者アンケート結果について
渡辺正(名古屋市東山動物園)・木村幸一
P48
アフリカゾウの行動観察を通して~東山動物園ボランティア行動観察班からの報告~
野村朋子(東山動物園ガイドボランティア観察班)
P49 緑の回廊プロジェクト経過報告〔ツリープロテクター(ヘキサチューブ)導入以後〕
長谷川亮(ハイトカルチャ株式会社)・松沢哲郎・
マカン=クルマ・山越言・タチアナ=ハムル
19
P01
P02
酪農学園大学野生動物医学センターにおけるサル
シロテテナガザルにおけるランドマークを使用した回
類の寄生蠕虫症診断およびその疫学調査事例につ
転・置換課題
いて(概要紹介)
井上悦子1・井上陽一2
(1京都府・中丹養護学校、2京都府・西舞鶴高)
浅川満彦
(酪農学園大・獣医、野生動物医学センター)
Call(2003)は大型類人猿を対象に、二つカップ選
2003 年度から酪農学園大学は文部科学省ハイテ
択課題で、隠し場所の位置を移動してから選択する
クリサーチ助成を受け、附属動物病院構内に野生動
課題(swap 課題と Lotaion 課題)をおこなった。その
物医学センターWild Animal Medical Center
結果、手がかりにランドマークを使用すると成績が悪
(WAMC)が設立され、2006 年 1 月には日本野生動
くなり、6個体のうち全ての課題を通過したのは言語
物医学会から寄生蠕虫症センターの指定を受けた。
訓練を受けたオランウータン1個体のみだった。
羽村市動物公園のシロテテナガザル・さつき(7 歳
そのようなことから、飼育および野生化のサル類の寄
生蠕虫症診断や疫学調査などの業務が増加した。
7 ヶ月齢)はすでにランドマークでの二者択一課題
本大会で発表される水尾および大島の報告もその一
(回転無し)を通過しているので、ランドマークを使用
環で行われたものである。また、国内で実験動物とし
した 180 度の回転・置換課題を行い、その結果を大
て飼育されるアカゲザルやカニクイザルにおける舌
型類人猿と比較することにした。手続きは以下の通り
虫症の確定診断、関東地方における有害駆除された
である。
ニホンザルおよびタイワンザルの蠕虫類保有状況の
実験Ⅰ:2 個のカップの片方(食べ物が隠されてい
把握、東京都内動物商およびペット用サル類の疫学
る)の上にランドマークを5秒間載せて取り、カップを
調査などを実施した。舌虫類は爬虫類を終宿主とす
手 で 180 度 回 転 さ せ て ど ち ら か を 選 択 さ せ る
る。実験動物として輸入はされていても、(中国の)係
(landmark+swap 課題)。
実験Ⅱ:2 個のカップの片方(食べ物が隠されてい
留・繁殖場での飼育環境がこのような感染を許容す
るものであることが推し量られた。また、野生ニホンザ
る)の上にランドマークを5秒間載せて取り、提示台を
ルでシラミ類 Pedicinus 属 2 種の濃厚寄生が認められ
180 度 回 転 さ せ て ど ち ら か を 選 択 さ せ る
た個体については、両種の詳細な寄生部位の記録
(landmark+rotation 課題)。
1セッション8回試行し、それぞれ3セッション実施
を行い、健康管理の基盤情報となった。国内某離島
で外来種化したタイワンザルからは線虫
した。なお、手続きを理解させるために各実験に先だ
Streptopharagus pigmentatus が発見されたが、この種
ち数回の練習を行った。さつきはいずれの実験にお
はニホンザルにも寄生するので外来性かどうかは不
いても高い正答率を示した。
明である。ペットサル類 5 科 15 属 22 種 96 個体が調
回転・置換課題は、空間認知と短期記憶の二つの
べられ、特に、リスザルとタラポアンは調べたすべて
能力を同時に必要とする課題で、ヒトでは 3~4 歳に
に蠕虫が認められた。愛玩動物として人気が高い種
ならないとできないとされる。ランドマークを使用する
なので警戒が必要とされた。今後も、WAMC は霊長
場合は、さらにランドマークによって食べ物を表象す
類を仲立ちにした医学、獣医学および保全生態学の
る能力も要求される。これら三つの能力を同時に働
学際領域、保全医学でも貢献をしたい。
かせるという高度な課題をテナガザル・さつきが達成
したことは、テナガザルの表象能力をさぐる上で、非
常に興味深い。
20
P03
P04
チンパンジーの月経周期にともなう認知課題遂行の
チンパンジー展示施設における空間利用:旭山動物
変動について
園と天王寺動物園の場合
井上紗奈・松沢哲郎(京都大・霊長研)
上野吉一1・戸塚洋子1・丸一喜2・中島野恵3・早川篤
3
・坂東元2・西岡真2・竹田正人2
(1京都大・霊長研、2 旭川市旭山動物園、3大阪市天
ヒトでは、月経周期にともない認知課題の遂行に
王寺動物園)
変動が見られる。本研究では、チンパンジー1個体
(アイ:30歳)でこの現象を検討した。アイは、2000
年に息子を生んだ後、通常の月経周期が再開した。
近年日本の動物園においても、動物の行動特性
メンスが見られてから次のメンスが見られるまでを1周
に配慮して展示スペースのデザインが考えられるよう
期とし、6周期分の月経周期を記録した。ここでは、
になってきた。樹上生が強いチンパンジーに対して
性皮の腫脹を0(腫脹なし)から4(最大腫脹)までの5
は、地上から離れた空間をどのように導入するかが工
段階に分類する毎日の目視評定と、実験中に採取し
夫されている。霊長類研究所の「トリプルタワー」を1
た尿サンプルから得た黄体形成ホルモン(LH)の変動
つのきっかけとして、円山動物園をはじめとするいく
から同定した排卵期を指標とした。またこの期間、ア
つかの動物園では類似のタワー型が作られた。また、
イに難易度の異なる2つの認知課題(数字系列の単
旭山動物園では今年、チンパンジーの動きを間近に
純追跡課題と記憶課題)を与えた。課題の一般的な
見ることを1つのコンセプトとした「スカイブリッジ」を核
手続きは、タッチパネルモニタにあらわれた「0から9
とし、その周辺に森をイメージした遊具を配置した施
までのアラビア数字を小さい順に選ぶ」ものである。
設が新たに作られた。天王寺動物園では昨年、従来
単純追跡課題では、最後の数字を選び終えるまです
の展示施設をもとに丸太やロープを利用し立体的に
べての数字がモニタに呈示された。一方、記憶課題
空間が利用できるよう工夫した施設への改修がおこ
では、あらわれた数字のうち最小の数字に触れると同
なわれた。
時に、残りのすべての数字が白い四角形に置き換わ
このように各園のさまざまな事情や展示コンセプト
った。そのうえで、置き換えられる前の数字の小さい
によって、作られるものは当然ながら多様である。環
順に四角形を選ぶことが要求された。これらの資料か
境エンリッチメントの視点からは、こうした工夫がチン
ら、月経周期の各段階における認知課題の遂行を分
パンジーの環境に対する要求に対しどのように、ある
析したところ、記憶課題において、LH サージで示さ
いはどれほどに応えているのかを評価することが必
れる排卵期にのみ正答率の落ち込みと試行間間隔
要である。こうした各園での工夫を定量的に調査し整
(ITI)の遅延が見られた。一方、単純追跡課題では
理することによって、チンパンジーの飼育環境をより
変化はみられなかった。記憶課題では、四角形で置
良いものにするためには、どのような機能を導入する
き換えられる前の数字の順序を記憶することが求めら
ことが必要かを検討することができる。そこで今回は、
れ、より高い注意の持続が必要とされる。また、1試行
旭山動物園と天王寺動物園のチンパンジーの空間
は、アイが画面上のスタートキイに触れると始まるセ
利用に関する検討を試みた。天王寺動物園に関して
ルフスタート式であり、ITI の長短は、アイの課題への
は昨年も発表したが、今回は回収後 1 年経過し十分
モチベーションに左右されるといえる。よって、チンパ
に施設になれた状況に関するデータも含め検討をお
ンジーにおける認知課題の遂行は、注意やモチベー
こなう予定である。
ションの高い持続がより必要とされる課題において、
こうした作業は、また、実施した環境エンリッチメン
排卵期で示されるホルモンの大きな変動に影響され
トを評価しさらに今後につなげるポイントを明確にす
ることが示唆された。
るという実践的な意味に加え、従来余り十分には進
められてこなかった動物園と研究者の協力体制の構
21
築という意味においても意義があるという点も忘れて
P06
はならないだろう。
チンパンジーの tiletamine・zolazepam 合剤による麻
酔経験2例
鵜殿俊史・森裕介・寺本研・早坂郁夫
P05
(三和化学・熊本霊長類パーク)
テナガザルのくらしを豊かにする:具体的な工夫のい
ろいろ
塩酸ケタミンは、その安全性の高さからチンパンジ
ーを含むサル類の麻酔薬として国内で広く用いられ
打越万喜子(京都大・霊長研)
ているが、2007 年 1 月以降の麻薬指定により、使用
アジルテナガザル父子3個体を対象にした、飼育の
には手続き上大きな制約を受けることとなった。その
工夫を紹介する。生得的な欲求行動(採食、運動、
ため、塩酸ケタミンに替わる安全で筋肉内投与が可
探索、社会的な行動、など)を発現できることが「生活
能な麻酔薬の導入が求められている。そこで、欧米
の質」を高めるという理念のもと、飼育環境の改善に
で既に広く用いられている tiletamine+zolazepam 合
努めている。生態を記載した文献、および他の施設
剤によるチンパンジーの麻酔を行ったので、その経
での手法を参考にしている。現在までの具体的な取
過を報告する。
り組みを記す。①採食:野生テナガザルは日中の活
用いた麻酔薬は Vibrac 社製 Zoletil50(1バイアル
動時間帯にほとんど間断なく移動し、採食し続けてい
中 tiletamine 125mg・zolazepam 125mg、融解液 5ml
ると言われる。そこで、日に最低 3 回は給食し、加え
同梱)で、海外より個人輸入されたものである。対象
て、竹筒やラバーボールに食物を詰めて渡すことで、
個体は臨床上健康と思われた 9 歳の♂(個体名:コナ
時間をかけて食べさせている。②運動:自然な運動
ン、三和産)および推定 24歳の♀(個体名:マユミ、
を誘発するために、食物片を分散して置く。天井に置
野生由来)で、投与量は Lee & Fleming(1993)の報告
いた場合には、とりわけ多様なぶらさがり姿勢で食べ
に準じ、推定体重に対し単回 3mg/kg としたが、麻酔
る行動が出た。ケージ上部で身体遊びができるように、
後の体重測定で 2.6 および 3.1mg/kg となった。
ハンモックとロープを吊るした。ケージの仕切りを変え
麻酔の効果は 2 例で大きく異なり、1例
ることで、空間を変化させる。バッタやトンボをケージ
(♂,2.6mg/kg)では約 35 分間全身の筋弛緩、眼瞼反
内に放して捕まえさせる。③探索:新奇な食物とおも
射消失、口内乾燥が見られたのに対し、1例
ちゃを定期的に与えて、吟味させる。定番のものはロ
(♀,3.1mg/kg)例では、継続的に体動と流涎が見られ
ーテーションで与える。おが屑で隠したミールワーム
た。2 例とも心拍数、呼吸、血圧、体温に大きな変動
を見つけ出させる。④社会的な行動:現在、父は個
は見られなかった。覚醒期の興奮や発声は見られず、
別飼育になっているので、金網越しに息子と接触さ
自力で座るまでの時間はそれぞれ投与後 54 分、42
せている。あらかじめ背中に種子を貼り付けて相互に
分だった。投与約 4 時間後には 2 例とも摂餌可能な
グルーミングさせる、長いつるを与えて引張りっこをさ
までに覚醒した。
せる、などの交流をもたせている。以上、様々な取り
今後使用経験を積み投与量を検討する必要はあ
組みをしてきた。いずれもわずかな経費でできる内容
るが、本剤は塩酸ケタミンに代替しうる麻酔薬である
だった。しかし、本当に「生活の質」が向上したのかど
と考えられた。
うかの客観的評価はなされておらず、今後の課題だ。
つねに情報を収集して、より良い手技を取り入れた
い。
22
P07
つつある動物福祉の面でも推奨されることから、今後
尿中 8-hydroxyguanosine(8-OHdG)量測定に基づ
もその基礎および応用に関する調査の継続が望まれ
く飼育下チンパンジー(Pan troglodytes)の健康評価
る。
に関する予備的な研究-特にヒト蟯虫 Enterobius
vermicularis 寄生個体との比較
P08
1
1
2
2
大島由子 ・水尾 愛 ・洲鎌圭子 ・伊谷原一 ・上林亜
3
3
4
1
動物園を中心にした社会教育施設での環境教育
1
紀子 ・高橋 悟 ・大沼 学 ・翁長武紀 ・萩原克郎 ・
浅川満彦1
岡本明子1・上野吉一2
(1酪農学園大・獣医、 2林原GARI、 3釧路市動物園、
(1環境カウンセラー(フリー)、2京都大・霊長研)
4
国立環境研究所)
この 5 年ほど、動物園を中心とした社会教育施設
【はじめに】身体的あるいは精神的な負荷がかかる
で、環境教育を試みてきた。これらの試みの実例を
ことで生じる余剰活性酸素により、脂質や核酸などの
紹介すると共に、参加者によるアンケート結果などか
生体成分が酸化損傷を受けることはよく知られている。
ら、動物園などの施設を利用した環境教育の可能性
こうして損傷される遺伝子 DNA の構成成分である
について考えたい。
deoxyguanosine の代謝産物・8-OHdG は、血液を経
15 年以上前から自然保護活動や自然観察会など
て尿中に排出される。酸化ストレスの生体指標として
を通した環境教育を行ってきた。しかし、参加者は最
ヒトの老化や疾病の評価に用いられている 8-OHdG
初から環境に関心のある人ばかりの上に、固定化し
を、今回は動物福祉の側面で注目されその飼育がよ
て、広がらないのが残念でならなかった。そこで、だ
り困難とされる類人猿・チンパンジーへの応用を模索
れもが気軽に訪れる動物園などの社会教育施設で、
した。【材料と方法】2002 年~2006 年本州および北
環境について考える機会を提供できないかと以下の
海道の施設で飼育されているチンパンジー10 頭(♂
ような試みを通し試行錯誤してきた。
4,♀6)の自然排尿された尿(測定まで-20℃で凍結
1)学校への出前授業:動物園内で撮影したビデオ
保存)を使用し、同時期の糞便により蟯虫検査を行っ
や写真を活用した総合学習などを行った。
た。尿は、8-OHdG 特異的競合 ELISA キット(商品名
2)動物園内での講座:
New 8-OHdG Check、日本老化制御研究所)を用い
・生涯学習センター(名古屋市)などからの依頼による
て測定した。測定値は尿中クレアチニンで補正した
講座の講師
(単位 ng/mg creatinine)。【結果と考察】採尿期間中、
臨床的にも行動観察による評価でも健康と見なした
・ なごや環境大学共育講座として、企画・運営・講師
などを行う
個体群に由来する 100 サンプルの値は 0.0-92.9(中
・ 中学・高校依頼によるフィールド講座
央値 3.0-21.1)であった。日内変動や季節、性による
生き物を通じて様々な事(生息地保護・絶滅危惧
差は認められなかった(P>0.05)。ヒト蟯虫感染が長
等)を考えるきっかけとする。
期間にわたって認められた 4 個体とその他の個体と
3)動物園以外の社会教育施設での講座:水族館・
の比較では、今回の検討では特に有意な差は見ら
科学館・博物館・愛知万博
れなかった。今回健康と見なしたチンパンジーの値を、
『環境』という視点から展示物を紹介。
ニホンザル(6.9-203.2)および共同演者の水尾らが実
このような視点で見た事はなかったと好評だった。
施したゴリラ(6.04-193.0)と比較した場合、よりヒトの正
動物園などの施設と見学者との間に、私が仲介者と
常値範囲(2.0-30.0)に近かった。今回のように、非侵
して存在する事により、より深く、今までとは異なった
襲的に健康状態を評価するためのサンプルを得る方
視点から見る事ができる様になったとの感想もあっ
法は、検査自体による負荷を軽減し、近年求められ
た。
23
『ゾウさんは、こんなにたくさん食べるのだから、葉
察をおこなった。
っぱがたくさんあるところじゃないと、生きていけない
その結果、アイと母親との社会交渉が減少し、アイ
ねーー』この保育園児の言葉があったから、私は動
の単独での採食時間の増加が確認された。また、ア
物園での活動を続けている。以前は臭いと走って通
イが他個体と近接している時間が減少し、単独でい
り過ぎていた園児達が、ゾウの食べ物の話を聞いた
る時間
後、じっと観察するようになった。そしてこの発話。仲
の増加が見られた。母親離れが進んでおり、アイの
介者の必要性を痛感している。
順調な成長が示されていると考えられる。今後、個体
導入までの各過程で同様のデータを収集・比較して、
アイの社会交渉に与える変化を調べる計画である。
P09
ゴリラ幼児の発達に対する社会構造の影響と個体
P10
導入に向けた予備的調査
大型類人猿飼育施設を対象とした調査より明らかに
小倉匡俊・上野吉一(京都大・霊長研)
なったこと
落合(大平)知美1・倉島治2・赤見理恵3・長谷川寿一4・
飼育下においてゴリラの幼児が健全な成長を遂げ
ることができない例がこれまで知られている。その原
平井百樹5・松沢哲郎1・吉川泰弘2
因は主に、母親の不完全な育児や非血縁個体から
(1 京都大・霊長研、2 東京大・農学生命科学、3 に本
の妨害など、他個体との社会関係にある。ゴリラの幼
モンキーセンター、4 東京大・総合文化、5 東京女子
児の健全な成長を確認し、社会関係が発達に与える
医大・国際統合医科学)
影響を検討することを目的に、東山動物園のゴリラ群
大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)および旧ナシ
の観察をおこなった。
東山動物園では 3 頭のニシローランドゴリラ(Gorilla
ョナルバイオリソースプロジェクト・チンパンジーフィー
gorilla gorilla ) が 飼 育 さ れ て い る 。 こ の う ち 、 ア イ
ジビリティスタディでは、国内で飼育されている大型
(2004 年 2 月 27 日生)は現在日本で飼育されている
類人猿の基本情報を収集および公開するとともに、
ゴリラの中で、最も若い個体である。これまでの観察
廃棄される遺体の有効利用など、非侵襲的な方法で
で、行動時間配分とオトナ個体(母親と非血縁メス)と
の研究利用の推進をおこない、飼育動物の生活の質
の近接関係の変化では適切な成長が確認された。
(QOL)の向上などにつながる研究の促進と、その研
一方、移動様式の発達において母親への強い依存
究成果のフィードバックに取り組んできた。基本情報
の延長が認められ、社会構造の単純さが適切な発達
の収集においては、大型類人猿を飼育する施設を実
を阻害する要因となっていることが示唆された
際に訪問し、大型類人猿 1 個体 1 個体について今ま
(SAGA7 で発表)。
での経歴をまとめ、写真撮影や資料収集をおこなっ
東山動物園では、オーストラリアのタロンガ動物園
た。また、飼育施設の組織や飼育体制などについて
よりオス個体が導入されることが計画されている。そ
のヒアリングもおこなってきた。現在、日本国内には
れに先立ち、これまで常に一緒に飼育されていた既
チンパンジーが 56 施設 352 個体(2005 年 12 月 31
存の 3 頭の分離などもおこなわれる予定である。その
日現在)、ゴリラが 11 施設 29 個体(2005 年 9 月 30 日
ため、アイと既存個体との社会関係に変化が生じ、ア
現在)、オランウータンが 24 施設 53 個体(2004 年 12
イの発達に影響を与えることが予想される。アイのこ
月 31 日現在)飼育されている(社団法人日本動物園
れまでの発達の状態を確認するとともに、今後の社
水族館協会の血統登録より)。GAIN では、そのうち
会構造の変化の影響を調べるための予備的データ
44 施設のヒアリングを終了したので、その結果明らか
を収集することを目的として、2006 年 9 月・10 月に観
になったことについて報告したい。
24
P11
(目的)一般に霊長類の食物の選択基準は栄養価
フサオマキザルの行動選択─困ったときの次の一
値と結びつけて論じられるが、給餌のみで栄養的に
手─
充足している飼育下チンパンジーでも放飼場内植物
を採食する。こうした飼育下チンパンジーによる植物
1
狩野文浩 ・長尾充徳
1
2
の採食利用を調べることで、栄養価値並びにそれ以
2
( 京都大・理、 京都市動物園)
外での選択基準を明らかにすることができる。現在、
植物をどのように選択し、採食しているかは分かって
野外の観察から、フサオマキザルは時に驚くほど
いない。そこで本研究では放飼場内植物の利用状
複雑な採餌行動をとることが知られている。そうした
況と植生や給餌条件との関係を調べた。
行動はどのように獲得されたのだろうか? この疑問
(方法)対象は林原類人猿研究センターで飼育さ
を彼らが困難な課題に直面した時の行動選択から考
れているチンパンジー5 個体とした。植生を把握する
察する。飼育下の 3 つの事例から示唆を得た。第一
ために、植物種の同定、植物種の被度の算出、植物
の事例では、フサオマキザルに広く見られる「叩く」行
のフェノロジーの記録をおこなった。チンパンジーの
動を取り上げる。カンタという個体に餌を入れたペット
食性を把握するために、直接観察、食痕調査、糞分
ボトルを与えた。この個体は普段ふたをひねって開け
析をおこなった。直接観察では、植物種、部位、植物
るが、このときはふたを硬く閉めたためあけられなか
への接近のしかた等を記録した。そして、給餌された
った。カンタはペットボトルを両手で持ち、何度も叩い
食物については給餌量(g)とカロリーを算出した。以
た。第二の事例は、胡桃を地面に固定した時の観察
上の調査を月 1 回(5 日間)、9 ヶ月間実施した。
例である。フサオマキザルは、胡桃を取ろうとする試
(結果と考察)放飼場内で生育している 47 科 165
みの中で、「指先で小突く」という行動を見せた。第三
種のうち 26 科 60 種の採食が確認された。そのうち、
の事例では、トンキチという個体が硬いナッツを割る
全個体が採食したのは 7 科 7 種だった。1 年中放飼
時の行動を取り上げる。噛んでも割れなければ腰を
場内に葉がある常緑種の採食は 8 科 8 種であった。
おろした姿勢で叩くが、それでも割れなければ全身
また、各植物が採食される頻度は月ごとに異なった。
を動かして叩く。より打撃力を高めようとする行動に見
被度の高い植物を高い頻度で採食したが、3 月には
えるが、打撃力は腰を下ろした姿勢のときよりも弱くな
ヒサカキの花を高頻度で食べるというように時期によ
っていた。3 つの事例はアライグマがパンを洗う行動
っては特定の種/部位を集中して利用した。さらに、
に例えられるかもしれない。野外では効率的な行動
採食する植物種、部位によって植物への接近のしか
が飼育下ではかえって非効率的である点が類似して
たが異なった。給餌によって、1 個体あたり平均 2680
いる。恐らくフサオマキザルには生得的に選択されや
g、2229kcal を摂取し、栄養的に満たされていた。こ
すい行動があり、複雑な行動の獲得はある程度ガイ
れらのことから、飼育下で栄養的に満たされているチ
ドされているのだろう。それだけに、彼らの行動選択
ンパンジーにおいても、放飼場内の植物が利用可能
は適切な環境の下で初めて効率的に機能するのか
な場合「抽出的な採食」をすることが明らかとなった。
もしれない。
P13
P12
オランウータン担当者ネットワークアンケートについ
飼育下チンパンジーにおける自生植物の採食行動
て
川地由里奈1 ・森村成樹2・洲鎌圭子2・南基泰1・伊谷
木村幸一・渡辺正(名古屋市東山動物園)
原一2(1中部大・応用生物、2林原GARI)
1999 年 2 月 18 日、東山動物園において「オランウ
25
ータン繁殖検討委員会拡大会議」が開催され、オラ
ンキーセンター、4東京女子医大・国際統合医科学、5
ンウータンの飼育上の情報交換や問題解決が迅速
東京大・総合文化)
に行えるように、担当者ネットワークを作ることが合意
された。1999 年から毎年アンケートを実施している。
ライフサイエンスの基盤整備として文部科学省は
オランウータン飼育園館数は 23 園館(2005 年度)~
ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)を 2002
26 園館(2000 年度)である。アンケート内容は、定型
年度より開始した。これは研究資源(モデル生物、細
的なものと特定的なものがある。定型的な内容は、担
胞株、DNA など)の収集、保存、配布システムの構築
当者に関すること、昨年度の飼育上の変化、今年度
を目的としていた。NBRP の部門としてチンパンジー
の予定等である。特定的な内容は、オランウータン飼
を含めるべきか、含める場合どのようなシステムを構
育上の留意点(1999 年度、2000 年度)、個体別給餌
築するべきかが 2002-2003 年度に調査検討された。
量及び栄養価(2000 年度)、エンリッチメントについて
チンパンジーをはじめとした大型類人猿は、研究対
(2001 年度)、獣舎の構造について(2002 年度)、病
象として高い需要がある一方、いわゆる「モデル生
気・怪我について(2003 年度)、オランウータンの問
物」とは異なる絶滅危惧種であり、飼育や実験には高
題と考えられる行動(2005 年度)である。今回は特定
度な動物福祉的配慮を必要とする。このため、モデ
的アンケート内容のうち「個体別給餌量及び栄養価」
ル生物とは異なる研究資源システムが必要であり、大
と「オランウータンの問題と考えられる行動」について
型類人猿情報ネットワーク(GAIN)を 2004 年度に立
報告する。
ち上げた。GAIN は国内飼育大型類人猿を対象に、
1.個体別給餌量及び栄養価:アンケート回答園館
その研究支援と飼育個体群の保全を目的として、大
数 18 園館/26 園館
型類人猿飼育施設と研究者のネットワークを整備し
各園館別の給与品目数は 8~23 品目と幅がある
てきた。大型類人猿由来の研究試料と情報という資
が、10~15 品目給与に多数の園が集中している。給
源を GAIN が収集し、飼育施設と研究者の双方へラ
与 カ ロ リ ー も 、 オ ス で ,880.6cal ~ 3124.9cal 、 メ ス
イブラリとして提供してきた。研究試料配布では、事
で,488.8cal~2842.4cal と幅があるが、オスで 2000~
前に各飼育施設へ個体の移動時や麻酔時、そして
2200cal、メスで 1500~1800cal に多数の園館が集中
死亡時に非侵襲的に採材可能な試料と個体情報や
している。
施設情報の提供を依頼した。また、こうした資源の研
2.問題として考えられる行動:アンケート回答園館
究利用希望者を事前登録し、研究需要の把握をおこ
数 20 園館/23 園館
なった。これまでに死亡個体由来試料 16 個体 166 件、
問題行動として回答された行動の種類は 14 種類
生体由来非侵襲試料 7 個体 29 件の配布をおこなっ
に及んだ。ツバ飛ばし(10 個体)、吐き戻し(8 個体)、
た。情報整備としては、社団法人日本動物園水族館
フンいじり(8 個体)、食糞(3 個体)、常同行動(3 個
協会が管理している血統登録の基礎情報(個体名、
体)、破壊(3 個体)、移動停止(3 個体)、フン投げ、
亜種、生年月日、両親、出生地と現在の施設など)に
誤食、マスターベーション、物投げ、かみつき、水か
加えて、各飼育施設からの情報(個体の外見や行動
け、頭突きがそれぞれ各 1 個体で見られた。
特性、飼育経歴など)を収集し WEB 上で公開してき
た。今後の課題として、研究成果情報を収集し、個体
の飼育情報と研究情報が集約されたデータベースを
作成することがあげられる。
P14
大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)の成果と課題
倉島治1・落合-大平知美2・赤見理恵3・吉川泰弘1・松
沢哲郎2・平井百樹4・長谷川寿一5
(1東京大・農学生命科学、2京都大・霊長研、3日本モ
26
P15
P16
日本モンキーセンターの新施設「モンキースクランブ
チンパンジーが採食競合場面で餌場を占領する際
ル」について
の行動戦略
小池純・堀込了意・倉内隆光・星野智紀
佐藤義明・林美里・松沢哲郎
(日本モンキーセンター)
(京都大・霊長研)
モンキースクランブルは動物たちが本来持ってい
集団生活をおこなうチンパンジーでは,餌場をめぐ
る能力を十分発揮し、その能力が来園者に感動をあ
る競合が起こり,それを回避している可能性がある。
たえることを目的に作られた。この施設はフクロテナ
餌場を占領する者に代わって別の個体が占領しよう
ガザルを展示する「ビッグループ」、ジェフロイクモザ
とする際,身体的接触や,表情の表出などの行動が
ルを展示するモンキースカイウェイ」、ボリビアリスザ
みられる。本報告では,そのような場面で誰が占領し
ルを展示する「リスザルの島」の3つの施設からなり、
ているのか,どの占領者に誰が近づくのか,占領まで
この 3 種と、来園者(ヒト科ヒト)の4種がそれぞれ交差
にどのような行動をとるのか,霊長類研究所で飼育さ
することからモンキースクランブルと命名した。
れている 1 群 10 個体のチンパンジーを対象として実
「ビッグループ」にはテナガザルの特徴である、ス
験的に調べた。競合を引き起こす餌場として,細い枝
ピード感のある腕渡りが十分でき、彼らが本来生活し
などを小さな穴に挿入して蜂蜜に浸す装置を屋外放
ている高さに近づけるため最高部が14.8m 総延長2
飼場の 2 ヶ所に設置した。この装置付近のチンパン
00m、のウンテイを設置した。「モンキースカイウェイ」
ジーの様子をビデオ記録した。30 分間の蜂蜜呈示の
には、島間の移動のためのだけに使われていたつり
前後 5 分間,合計 40 分間の記録である。蜂蜜舐め実
橋を生活の場とするため全長95m、柱の最高部が1
験を,過去 3 年間ほぼ週 1 回の頻度でおこなった。
1m高さの平均が6mのつり橋を設置した。その結果、
本報告では 2006 年度の 13 回分のビデオを詳しく分
「リスザルの島」のすぐ横をクモザルが渡るつり橋が通
析した。実際に装置を占領した 3 個体(分析開始時
るようになった。
の年齢で,Am 男性子ども 6 歳 4 ヶ月,Pl 女性子ども
新施設に展示後、彼らがどのように利用するか観察
6 歳 0 ヶ月,Ak 男性おとな)について,装置の占領持
を行った。「ビッグループ」では、彼らの利用する場所、
続時間,および装置に隣接する領域に入ってから装
腕渡りの距離と速度を記録した。テナガザルたちは、
置を占領するまでの期間(隣接期間)に生じた個体
個体差があるもののウンテイ上部をよく利用し、以前
間の相互作用を調べた。「押す」,「顔を近づける」,
より腕渡りの距離、速度も増加した。「モンキースカイ
「手を近づける」などの行動である。その結果,占領 1
ウェイ」では、つり橋の利用回数と滞在時間を記録し
回あたりの持続時間についての分散分析では,個体
た。雄の利用回数・滞在時間が雌にくらべて多く、雌
の効果が有意傾向で,Ak,Am,Pl の順に多かった。
では順位の高いものが広範囲に多く利用していた。
これは,男性のおとながこの餌場で優位だという可能
「リスザルの島」では、新たに出現した行動を観察し
性を示唆している。誰が誰に近づくのかをみると,Ak
た。クモザルに対して群れ全体で威嚇したり、雄が協
→Pl(占領中の Pl に Ak が近づき代わって占領した),
力して群れを守ろうとするなど、行動レパートリーが豊
Pl→Am,Am→Ak は生起頻度が高く,その逆向きは
かになり、群れに緊張感がでた。
低かった。つまり,「三すくみの関係」があった。「押
それぞれの種でより野生に近い行動が出現したこ
す」行動,「とっくみあう」行動,「顔を近づける」行動,
とから、モンキースクランブルが本来持っている能力
「手を近づける」のような,隣接期間にみられた相互
を以前の施設に比べ発揮できているといえる。
作用を種類別に詳しく調べ,特定の個体間で顕著に
みられるものについて報告する。
27
P17
とが重要である。
飼育下チンパンジーにおける掻痒症と爪の長さの関
係
P18
洲鎌圭子・不破紅樹・楠木希代(林原 GARI)
フサオマキザルにおける contrafreeloading の検証
飼育下のチンパンジーでは、爪が長くのびている
須田直子・上野吉一(京都大・霊長研)
個体をみることがあるが、野生や十分運動できる放飼
場で飼育されている個体では、日常の活動の中で爪
飼育環境の改善の具体的方策として環境エン
が削れ、爪甲の先端は指の先端と同じ高さあるいは
リッチメントが試みられている。福祉目標を実現
やや長い位置で維持される。2006 年に当センターで
するにあたって、動物の行動欲求に応じたエンリ
みられた 2 件の掻痒症の症例では、昼夜体をかきむ
ッチメントの適切な評価が不可欠である。これま
しることにより通常黒い爪下皮がピンク色に露出し、
での採食エンリッチメントの代表的な試みとし
爪が指の先端よりも短く削れるなど形態的な変化が
て餌の入手に操作を要するようなフィーダーな
みられた。チンパンジーでは、緊張やストレスでも体
どが用いられてきた。しかしこれらの評価はいず
をかく動作がみられる。そのため、観察のみでは病的
れも、採食時間の延長や単にフィーダーの利用と
な痒みと一時的な痒みの区別がつきにくく、掻痒が
いう観点からのみであり、選択の主体性といった
おさまっているのか悪化しているのかという判断は困
観点からはあまり検討されてこなかった。
難であった。
一 方 で 、 動 物 の 採 食 場 面 に お い て
そこで、実際に掻痒を示した個体と正常な個体で
contrafreeloading(以下、CFL)という現象が知ら
爪の長さ(爪上皮上端から爪先端)を測定し、痒みや
れている。CFL とは、自由に得られる餌があるに
皮膚の状態と爪の長さの変化を比較した。また、爪の
もかかわらず、コストをかけて得る餌に対して選
成長速度を調べるために爪甲の爪上皮上端に印を
好性を示すことである。これは、最小限のコスト
つけ、伸長量を測定した。
で最大限のエネルギーを得るという最適採餌に
測定期間中における爪の長さの最大変化量(最大
矛盾すると考えられている。つまり、単純な餌に
値-最小値)は、掻痒を示した個体で 5.45mm、示さ
対する cost-benefit ではなく、他の何らかの動機づ
なかった個体で 2.87mm であった。1個体は、治療を
けによって維持されていることを示唆している。
開始した時点から測定を開始したため、爪の長さは
これまでに、ハトやムクドリを用いた実験では報
現在まで増加傾向を示している。別の個体では、掻
告されているが、霊長類においてはほとんど調べ
痒が激しくなった後、抗ヒスタミン外用剤により一時軽
られていない(ゴリラ:上野ら, 2004,チンパン
快したかのようにみられた。しかし、爪の長さは減少し
ジー:Menzel, 1991)。霊長類の採食エンリッチ
続け、保湿剤と抗ヒスタミン外用剤の混合塗布を頻繁
メントをより適切に進めるためには、CFL につい
に行った結果、爪の増長傾向がみられた。各個体に
てさらなる検討が必要である。
お け る 爪 の 成 長 速 度 の 平 均 値 は 0.135 ~
そこで、京都大学霊長類研究所のグループケー
0.201mm/day であった。
ジで飼育されている 4 個体のフサオマキザル
爪の長さは激しい掻痒の発生、継続を示す特徴と
(Cebus apella)を被験体とし、CFL が生じるか否
なりうるが、爪の成長速度が遅いため、治療効果を判
かを実験的に検討した。手順としては、約 18 ㎡
定するためには 1 週間から 2 週間を必要とした。
のサンルームに餌場を 2 ヶ所(90×60 ㎝の合板)
爪は健康状態を鋭敏に反映し、その成長は性別
設け、一方に約 1 ㎝角に切ったリンゴ 160 片を並
や季節によっても変化するといわれていることから、
べ、もう一方に同量のリンゴを入れたフィーダー
計測を継続して正常な爪の発達、状態を把握するこ
を設置した。
フサオマキザルを 1 個体ずつ放飼し、
28
それぞれのリンゴの採食個数と採食に費やした
た、推論課題の成績と文脈に有意な差はなかった。
時間などを観察した。現在まで 1 個体につき 50
文脈と同様に、個体の年齢、社会的順位、所属する
セッションおこない、4 個体中 3 個体で CFL の現
集団に有意な関係はなかった。この結果は、文脈や
象が確認された。今回はこの結果について報告す
個体の特性がニホンザルの推論能力に影響を与え
る。
ていない可能性を示すが、さらなる研究が必要であ
る。
P19
P20
放飼場内のニホンザルにおける推論と文脈の効果
京都大学ポケットゼミナール「動物園の行動学」2006
1
2
高橋真 ・上野吉一 ・藤田和生
1
1
報告
2
田島知之1・澤田紘太2・寶田一輝2・友永雅己3・上野
( 京都大・文、 京都大・霊長研)
吉一3
(1京都大・農、2京都大・理、3京都大・霊長研)
動物が生活する環境の情報は必ずしも完全なもの
が得られるとは限らない。断片的な情報を推論により
統合できるならば、推論能力は非常に広範な種に存
「動物園の行動学」は京都大学の新入生向け少人
在する可能性がある。しかし、その能力が万能である
数セミナー(ポケットゼミ)として 2002 年度から京都大
ことはその維持にコストがかかるため、特定の文脈に
学霊長類研究所で開講されている講義である。本発
対して特化したほうが適応的であるかもしれない。近
表では、このセミナーの教育目的の紹介に加え、今
年の研究から、ヒトの推論はいかなる文脈においても
年度、東山動物園と名古屋港水族館で行われた学
同じように働くものではなく、課題の文脈に影響を受
生の観察実習の結果を報告する。
ける領域固有な能力である可能性を示されているが、
これまで動物園が動物の行動や生態に関する研
ヒト以外の動物の推論研究において、こうした可能性
究の場として利用されることはほとんどなかった。しか
はあまり検討されていない。そこで、文脈の違いが推
し、動物園は野生環境と実験環境の中間的な環境と
論に影響及ぼすかどうかを調べるため、構造の類似
位置付けることができ、飼育動物を観察することは野
した非社会的文脈と社会的文脈の推論課題をニホン
生動物を理解する上でも重要であるといえる。そこで
ザルに提示して、その成績を比較した。また、推論能
このセミナーでは動物園の飼育動物を対象に、動物
力と発達、社会的地位、および、生活環境との関連
の行動観察に関する基本的な技術を実習形式で学
を調べるため、個体の年齢、社会的順位、所属する
ぶとともに、レクチャー形式で飼育動物を対象とした
集団と推論課題の成績も分析した。非社会的文脈の
研究の実際、生命倫理、動物福祉や環境エンリッチ
課題は以下のような課題である。まず、動物に 1 つの
メントについての見識を深めることを目的としている。
食べ物を見せ、動物に分からないように、2 つの入れ
今年の参加者は1回生 1 名(理)、2回生 1 名(理)、
物の内、1 つに餌を入れ、どちらか一方の入れ物の
3回生 1 名(農)、4回生 1 名(工)であった。参加した学
中身を動物にみせる。このとき、どちらの入れ物を選
生が実際にどのような観察をしたのか、簡単に紹介
択するかをテストする。社会的文脈の課題は以下の
する。
ような課題である。まず、2 つの入れ物それぞれに 1
寶田一輝(理学部 1 回生):ポケゼミ 5 期生
つずつ餌が入るのを動物に見せる。どちらか一方の
「シンリンオオカミのオスとメスの関係」
餌を他個体が取ったのを見たとき、どちらの入れ物を
東山動物園のシンリンオオカミ 4 頭の行動を観察した。
選択するかをテストする。この 2 つの課題の成績、年
特に 3 頭のメスが 1 頭の若いオスに近接する時間と、
齢、順位、集団、それぞれを分析した。その結果、ニ
その際にオスがとる行動を観察した。
ホンザルはどちらの課題も解決することができた。ま
澤田紘太(経済学部2回生):ポケゼミ 4 期生
29
「クマノミ類 3 種のイソギンチャク近接度と卵保護行動
判断される傾向がみられた。典型性の低い果実につ
の観察」
いては、すべての被験者で有意に高い比率で食物と
名古屋港水族館で飼育されているクマノミ類 3 種に
して選択され。チンパンジーでは年齢群間で差が見
おいてイソギンチャクへの近接度と卵保護行動を観
られ、生育歴の影響が示唆された。調理された食品
察し、種間・雌雄間で比較して考察を行った。
の写真では、すべての個体で高い選択率を示した。
田島知之(農学部3回生):ポケゼミ 3 期生
チンパンジーの成体 3 個体とテナガザルでは、訓練
「バンドウイルカの社会行動の観察」
事例との間でも選択率に差が見られなかったのに対
名古屋港水族館のバンドウイルカ 6 頭の社会行動を
して、チンパンジー幼児 2 個体では訓練事例よりも有
観察し、個体間の社会関係に関する考察を行った。
意に選択率が低かった。この結果についても、生育
歴の差による影響が考えられた。
P21
チンパンジーとテナガザルにおける「食物」カテゴリ
P22
ーの認識
野生ベルベットモンキーにおける連続した3項目の
心的表象操作:減算とのアナロジー
田中正之・打越万喜子・堀鈴香(京都大・霊長研)
堤清香・藤田和生(京都大・文)
飼育下のチンパンジー6 個体(成体 3 個体、幼児 3
個体)とアジルテナガザル 1 個体を対象として、「食
動物性の食性をもつ生物にとって、見え隠れする
物」カテゴリーの弁別訓練をおこなった。「食物」は、
複数の獲物を心的に表象し、その表象を操作して最
すべての生物にとって生存上重要なカテゴリーであ
終的な獲物の位置を予測することは、心的表象操作
る。しかしヒトなどの雑食性動物にとって、「食物」とい
を経ずにランダムな捕食戦略をとるよりも採食効率が
うカテゴリーは事例間の多様性が大きく、知覚的類似
よいと考えられる。我々はこれまでに、果実や葉の他
性が低いカテゴリーである。また、何が食物か、という
に小動物や昆虫を捕食することもあるベルベットモン
判断は、個体がもつ経験にも依存する。そのため、食
キーが、その採食場面において、2項目の減算とア
物レパートリーが異なるヒトとチンパンジー、テナガザ
ナロジーの関係にあるような心的表象操作を行うこと
ルの間では何を食物として認識するかというカテゴリ
を確認しているが、本研究ではそれがさらに複雑なア
ー判断に差が出ることが考えられる。本研究では、飼
ナロジーになった場合(3項目の心的表象操作)につ
育下チンパンジーとテナガザルにカテゴリー判断を
いて、野外実験による検討を行った。実験では、野生
おこなわせ、その結果をヒトの典型性評定と比較検討
ベルベットモンキーの採食場面において、様々な個
する。さらに、ヒトによって養育された成体チンパンジ
数の食物片を見え隠れさせ、サルの食物に対する反
ーとテナガザルに対して、母親に養育され群れの中
応を記録した。食物片の個数と動きは、それが心的
で育った幼児のチンパンジーの間での比較もおこな
な 3 項の減算となるように実験的に統制した。例えば、
った。課題は、モニター上に提示される 4 つの写真の
2 個の食物片をサルに見せたあと、それを不透明な
中から、1 枚だけある食物の写真を選び出すというカ
カップの中に入れ、そこから 1 個を取り出した後、さら
テゴリー選択課題であった。典型性評定値が高く、被
に 1 個を取り出すと、残りの食物片の個数は
験者が日常的に目にする果物や野菜の写真で訓練
「2-1-1=0」となるはずである。このような動きを様々な
をおこない、その後のテストでさまざまな食物の写真
個数の食物片についてサルの前で行い、最後にカッ
を提示した。その結果、ヒトで典型性評価の低かった
プをサルに呈示した。サルが3項目の心的表象操作
果実や草本の葉は、テナガザルでもチャンスレベル
を行うならば、最初に取り出された食物片の数と、次
と差がなかった。一方、チンパンジーでは食物として
に取り出された食物片の数から、最終的にカップに
30
残っている食物片の個数を推測することができ、残数
つけるためトレーニングプログラム(時に有料)を用意
があるときにはカップにアプローチするが、なければ
し動物園の意向に沿った活動をうながす。3)アフタ
アプローチしないと予測された。残数がある条件とな
ーケア;ボランティア活動が動物園にとってメリットで
い条件とでカップへのアプローチが異なるかを検討し
あることを認識し感謝する機会を持ち、活動者のモチ
たところ、メス 2 個体では残数に関係なくカップにアプ
ベーションを保つ。活動を継続してもらうことでより頼
ローチしたが、オス 2 個体では、残数がないときに比
りがいのあるボランティア活動へつながる。
べて残数があるときのほうがカップへのアプローチ率
が高かった。しかし、そのオスでも、異なる残数間で
アプローチ率の差はなかったことから、ベルベットモ
P24
ンキーの表象操作能力は 2 項目までである可能性が
チンパンジーを探せ!─チンパンジーにおける顔写
考えられる。
真の視覚探索─
友永雅己1・伊村知子2
(1京都大・霊長研、2関西学院大・文)
P23
動物園ボランティア「リスクを小さくしメリットをより大
チンパンジーやヒトを対象にした視覚探索実験で
きくするには」─欧米動物園にみるボランティア活動
は、表情、視線、正立/倒立など、顔刺激を用いた場
管理法の紹介
合、呈示される刺激数に応じて反応時間が単調に増
戸塚洋子・上野吉一(京都大・霊長研)
加するという非効率的(系列的)探索が優位に見られ
る。しかし、顔以外の刺激の中から顔を見つけること
ボランティア活動とは、自由意志にもとづいて無償
が非常に容易であることは、われわれの日常的な経
で行う活動のことである。時として、有償で働いている
験でも観察されるし、ヒトを対象にした実験室での知
人よりも活動への意欲は熱いことがある。つまりボラン
覚・認知実験でも報告されている。ヒトにとっては顔は
ティアを受け入れる側が、活動を管理しなければ大き
注意を容易に捕捉する刺激なのである。そして、顔
なリスクを背負うことになる。欧米の動物園ではボラン
に向けられた注意は視線などの社会的手がかりによ
ティアが事務の雑用から研究、教育、イベント、ツア
って容易にひきはがされ、視線の方向にシフトする。
ーガイド、警備、飼育、保全活動など多岐にわたり受
では、チンパンジーではどうだろうか。チンパンジー
け入れられ動物園の歯車の一部として重要な役割を
では、視線などの社会的手がかりによって注意が反
担う。ボランティアを取り入れることで、動物園スタッフ
射的にシフトすることは起きにくい。これが、顔への注
だけでは時間的に難しかった来園者の多様なニーズ
意が不十分であるためなのかを検討するため、成体
に応えることができる。また飼育環境の質の向上、調
のチンパンジーを対象に、チンパンジーの顔、バナ
査研究のデータ収集、活発な教育活動などが可能
ナ、家、自動車の写真などさまざまな刺激を用いた視
になり、よりプロフェッショナルな仕事が実現できる。
覚探索課題を行った。標的刺激には上記 4 種類の顔
本発表ではリスクを最小限にとどめ、より大きなメリット
を用い、妨害刺激にはそれ以外の多様な写真(たと
を引き出すための欧米動物園にみるボランティア活
えば、コップ、盆栽、鳥など)を呈示した。妨害刺激が
動の管理方法に関する以下のような具体例を紹介す
すべて同一の写真の場合(単純な画像弁別)、標的
る。1)専属のボランティアコーディネーター;さまざま
刺激の種類に関係なく効率的な探索が認められたが、
な年齢や特技、性格、動機をとりまとめボランティア一
妨害刺激が同一の知覚的カテゴリーだがすべて異な
人一人にとってもメリットがあり、動物園にとっても生
る写真の場合(たとえば、すべて異なるコップ)や、す
産的な活動につながるようにする。2)育成プログラ
べて異なるカテゴリーの写真の場合には家や自動車
ム;活動中に必要となる知識や好ましい姿勢を身に
が標的の場合には非効率な探索が見られ、チンパン
31
ジーの顔では効率的な探索が維持された。これらの
された。これは、要求に応えない飼育員に対してのス
結果は、チンパンジーでも、ヒト同様に、顔は容易に
トレス発散と見て取れ、小型類人猿であるテナガザル
検出ができ注意を捕捉する刺激であることを強く示唆
でも、月経周期と感情の起伏が関係している1例では
している。
ないだろうか。
P25
P26
シロテテナガザルにおける発情期の不機嫌行動に
飼育チンパンジーの糞食:同じ群れでも飼育環境が
ついて
広くなると低減する
長尾充徳・釜鳴宏枝(京都市動物園)
中島麻衣1・落合知美2・松沢哲郎2
(1岐阜大・応用生物、2京都大・霊長研)
これまで、ヒトやチンパンジーにおける認知課題の
遂行が、月経周期と相関しているとの報告がなされて
飼育チンパンジーの行動の中には、野生ではほと
いる。これは、対象動物の感情の起伏も大きな要因
んど見られないいくつかの異常行動がある。自然の
であると考えられる。今回、飼育中のシロテテナガザ
生息地とは異なった環境におかれることで、心理的ス
ルの発情期に、飼育担当者に対し攻撃的になる、口
トレスなどの負荷がかかるためと考えられる。本研究
の開閉をすばやく繰り返す、興奮による不規則なブラ
では、飼育チンパンジーでよく観察される「糞食
キエーション、グレートコール回数の増加などの、不
(Coprophagy)」に注目し、糞食の発生頻度や持続時
機嫌行動が観察されたので、月経周期との関わりを
間が飼育環境や個体によってどのように違うか比較
検討した。
調査をおこなった。
現在飼育中のペアは、長期間(約 11 年)同居飼育
京都大学霊長類研究所の 14 個体のチンパンジー
していたが、交尾行動が確認されたことがなかった。
のうち、男性 1 個体、子ども 3 個体を含む、計 10 個体
そこで、1997 年 1 月~1998 年 9 月にかけて人工授
からなる集団を調査対象にした。この群れは、土曜日
精を実施し、1999 年 3 月 20 日にオス1頭が誕生した。
には、高さ 15m のトリプルタワーがあり、高さ 12m まで
そして、2度目の人工授精を目指し、2004 年 8 月に
の大小さまざまな木や多量の草が生育し、長い人工
ペアを分離飼育し、月経日の確認を目視により行い、
の小川も流れている「屋外放飼場(695 ㎡)」で暮らし
尿中 LH の測定を行った(2004 年 7 月 6 日~2005
ていた。日曜日には、高さ 8m のタワーがあり、わずか
年 4 月 3 日)。
に木が成育し、短い小川のある「サンルーム(100
結果は、月経周期 21~28 日、尿中 LH<12.5
㎡)」とそれに隣接する5つの居室で暮らしていた。観
IU/L、で周期的に変化していた。尿中 LH のピークは、
察方法はアドリブサンプリングとスキャンサンプリング
最終月経日より 10±4 日で、最終月経日より 10 日前
を併用した。アドリブサンプリングでは、糞食だけに注
後に排卵しているものと思われた。
目し、その生起の開始時刻と終了時刻を記録した。
また、不機嫌行動は、最終月経日より、9±3 日に
スキャンサンプリングでは、1 分毎のタイムサンプリン
集中しており(15~21 日も数回確認)、1~3 日間継
グ法で、全個体についてその時点での行動を記録し
続した(2004 年 7 月 6 日~2006 年 9 月 23 日)。
た。観察は土日ともに 11:00 から 12:00、14:00 から
尿中 LH の推移と不機嫌行動は、同期しているとこ
16:30 におこなった。合計で 1 日 3 時間半の観察であ
ろもあり、排卵日と不機嫌行動は密接に関わっている
る。
可能性も考えられる。また、人工保育で育ったらしい
今回の報告では、2006 年 6 月から 10 月に得られ
対象個体は、飼育員に対し交尾を要求する行動が
たデータを分析した。総観察時間は、屋外放飼場で
頻繁に見られ、この行動は、不機嫌行動中にも確認
1890 分、サンルームで 1890 分、合計 63 時間である。
32
その結果、屋外放飼場では、糞食が 37 回観察され、
のため、もう 1 頭の既存の雌個体を含めた雌 3 党の
その平均持続時間は 45 秒間だった。サンルームで
同居ができるまでに1か月程要した。転入個体と押す
は、糞食が 35 回観察され、その平均持続時間は 78
との同居については、同居後雄個体からの攻撃によ
秒間だった。屋外放飼場とサンルームでの糞食頻度
り転入個体が小さな怪我を負った段階で分離した。
に有意差はみられなかったが、1 回の糞食に要する
そのため怪我の治癒も早かった。しかし、2 年目以降
平均持続時間は、狭いサンルームのほうが広い屋外
は怪我の程度が大きくなり、治療に要する時間も長く
放飼場より有意に長かった。個体ごとの糞食頻度の
なり同居回数も減少した。同居回数は 1 年目は 5 回、
比較では、糞食を頻繁にする個体(レイコ・クレオ)と、
最長同居日数は 24 日であったが、2 年目は同居回
まったくしない個体(アキラ・クロエ)と、その中間の個
数 2 回、最長同居日数は 20 日であった。3 年目の今
体の3つのグループに分かれた。レイコとクレオは祖
年は同居回数 1 回、同居日数 17 日である。今後雄と
母と孫だが、クレオの母にあたるクロエは糞食をしな
の同居をどのように行っていくか苦慮している。
い。全体として、順位や年齢との関連性はなかった。
相対的に緑が少なくタワーが低く土地が狭い「サン
ルーム」条件では、緑が多くタワーが高く小川も長い
P28
「屋外放飼場」条件と比較して、糞食の平均時間が
研究所と教育現場をつなぐ試み-類人猿研究センタ
長くなったとことから、「同一の群れでも飼育環境が改
ーにおける高校生の研究参加について-
善されると糞食が低減する」と予測できる。糞食を規
定する「飼育環境要因」と「個体要因」について考察
難波妙子(林原 GARI)
したい。
地域の社会教育施設として、または専門知識を得
る場所として、学校の児童生徒が研究施設を利用す
P27
る場合がある。本発表では、当センターを利用した学
東山動物園における転入チンパンジーの群れへの
習活動の例を取り上げ、その特色と意義について述
導入経過について
べる。
本活動は、岡山県立倉敷天城高等学校(文科省
指定スーパーサイエンスハイスクール)理数科 1 年生
中山哲男(名古屋市東山動物園)
を対象に、 2006 年①5 月 12 日、②19 日、③26 日、
東山動物園ではチンパンジーを 1954 年から飼育
④6 月 16 日の計 4 回実施したものである。
してきた。過去最大飼育頭数は 1990 年の 8 頭(雄1
生物分野の専門研究への興味・関心を喚起し、研
頭、雌 7 頭)である。繁殖は 1990 年、91 年、97 年の
究方法について理解を深める授業の一環として、霊
3 回あった。しかし、2001 年、02 年、03 年にそれぞれ
長類研究の一端に触れることを目的とした。事前に
雌個体が死亡したこと等から、飼育頭数が 4 頭(雄 2
①「霊長類の特徴」②「類人猿研究概要」に関する授
頭、雌 2 頭)に減少した。また、この時点で繁殖可能
業をおこなった上で、③類人猿研究センターにて「ナ
な雌がいなくなったことから、数頭の雌の導入を計画
ッツ割り実験」に参加し、赤ちゃんチンパンジーと他
したが、結局 2004 年に長崎鼻ガーデンパークから雌
個体の空間的位置や各個体の行動を追跡記録した。
を 1 頭導入できたのみである。導入から 2 年間にわた
④収集したデータは、学校に持ち帰り整理した。
り、この転入個体を既存個体 4 頭と同居させるべく
実施に先立ち、2006 年4月より担当教員と授業構
色々な組み合わせのパターンを試みた。当初は既存
想を具体化し、実際にセンターで実施される研究へ
の個体のうち面倒見の良い雌と同居させた。転入個
の参加が決定した。題材としたのは、本見学の約 1 ヶ
体はこの個体と打ち解けることができたが、転入個体
月前からはじめた、ナッツ割り時における母子間の行
は挨拶行動(姿勢)が全くできないことがわかった。そ
動と個体間関係についての研究である。生徒は、同
33
研究の第 14 回目に参加し、研究員と同じ手法で直
「西表島(いりおもてじま)」の近海に浮かぶ無人島、
接観察および記録をおこなった。
内離島(うちばなれじま)と外離島(そとばなれじま)の
当日は、悪天候下での観察となったが、生徒たち
調査をおこなった。西表島は、天然記念物に指定さ
には前向きに取り組む姿勢が見られた。学校が実施
れているイリオモテヤマネコの生息が知られている。
した自己評価の結果では、「探究心」や「観察力」な
今回の聞き取り調査で西表島本島から数百メートル
どが向上したという報告があった。
離れた無人島にもイリオモテヤマネコが泳いで往来
今回の取り組みは、生徒たちにとって実際の研究
していることが示唆された。また、遠浅の海岸で囲ま
に直接触れる機会になるとともに、センター側にとっ
れた島は、大潮の干潮時に隣接する二つの無人島
ては、生徒たちの学習活動が研究データの収集につ
がつながるだけでなく、西表島本島とも距離が狭まる
ながる有意義な活動であった。また、教育的にも、一
ことからチンパンジー・サンクチュアリとしてこの無人
般社会が研究現場を身近に感じるという意味におい
島を利用することは困難だろう。しかし、日本にはま
て、効果的なものであったと考える。こうした取り組み
だ数多くの無人島が存在する。瀬戸内海や長崎の五
は、地域と研究所の相互理解に向けた、大きな契機
島列島などほかの無人島について事前調査をおこな
となる可能性がある。
い、今後のサンクチュアリ実現に向けて検討したい。
P29
P30
島を利用したチンパンジー・サンクチュアリを求めて:
チンパンジーにおける自発的な身振りと他者の視線
西表島調査報告
認識
野上悦子・松沢哲郎(京都大・霊長研)
服部裕子1・友永雅己2・藤田和生1
(1京都大・文、2京都大・霊長研)
日本には動物園や研究所、動物プロダクションな
ど 56 施設に 352 個体のチンパンジーが生活している
自然状況下での観察報告などから、ヒト以外の霊長
(2005 年 12 月 31 日現在, チンパンジー国内血統登
類も他者と意図伝達をする際、相手の様々な視線の
録 東京都多摩動物公園)。これまでのところ日本に
状態を考慮して多様な身振りを生成していると思わ
は、チンパンジーのサンクチュアリは存在しない。欧
れる。しかしながら、これまでどの程度視線を認識し
米や生息地であるアフリカでは、行き場のなくなった
て身振りを生成するかを調べた実験では、テーブル
チンパンジーを保護し、生涯を通じて世話する施設と
の上に置かれた2つのカップのうち餌の入っている方
して「チンパンジー・サンクチュアリ」が存在する。その
を指し示すといった行動や、2 人の実験者のうち自分
ひとつ、アフリカのウガンダにあるンガンバ・サンクチ
を見ることのできる方に餌をねだるといった状況など、
ュアリでは、ビクトリア湖に浮かぶ 0.4 ㎢の島に 33 個
被験体にとって不自然な行動指標や状況が用いら
体のチンパンジーがほぼ自然に近い状態で飼育さ
れてきた(Kaminski et al.,2004, Povinelli & Eddy,
れている。日本では、群れ飼育が進められていく一
1996)。そこで本研究では、チンパンジーを対象に、
方で余剰になる大人オスやどうしても群れに入れな
飼育室において実験者と被験体との間で日常的に
い個体などチンパンジー飼育に関する課題は多くあ
行なわれるより自然な行動と状況を用いて、彼らがど
る。今後、これらの課題を解決するために、日本でも
の程度他者の視線を認識して身振りを生成している
チンパンジー・サンクチュアリが必要になってくると考
のかを調べた。実験条件は実験者が①被験体を見る、
えられる。今回、ウガンダのンガンバ・サンクチュアリ
②餌を見る、③目を閉じる、④背を向ける、の4種類
をモデルとした「島」を利用したサンクチュアリの実現
の視線状態に関して、それぞれ実験者が餌を持って
が日本で可能かどうか検討するために、南国の島
いる場合と餌がテーブルの上に置かれている場合の
34
計8条件を提示し、被験体の身振りの回数を調べた。
川沿いに公園中央部にあるイルンビまで往復し、公
結果、実験者が餌を持っている場合には、条件①と
園北方に位置するカトゥンビ村まで踏破した。その間、
③の間に差が見られるなど細かな視線の状態に対し
チンパンジーをはじめとする大型哺乳類の直接観察、
て異なる反応が見られたが、餌がテーブルの上に置
糞、食痕、足跡、ベッド、鳴き声、について記録した。
かれている時にはこうした差は見られなかった。この
また、野火の跡のあった場所を GPS によって記録し
ことから、チンパンジーは実験者が持っている餌をね
た。
だるというコミュニカティブな身振りは生成するが、テ
結果と考察
ーブルの上に置かれている餌を取ってもらうための
チンパンジーを直接観察することはできなかった
身振り、つまり実験者の注意をテーブルの上の餌に
が、食痕などからその生息は再確認できた。大型哺
向ける参照的な身振りは生成しないことが示唆される。
乳類では、バッファローを直接観察したほか、ゾウの
先行研究ではチンパンジーは細かな視線の状態は
真新しい糞や食痕を発見した。しかしこれら豊かな動
考慮しないと報告されてきたが、用いられた状況が適
物相に関する情報が得られた一方で、特に公園の北
切ではなかったため行動指標に正しい被験体の能
側の境界付近には野火の跡を多数確認し、公園の
力が反映されなかったと考えられる。
中央部でも密猟者と思われる足跡やゾウの白骨死体
を発見した。これらの地域のチンパンジーを含む動
物の生息には少なからぬ人為撹乱があることが懸念
P31
される。ゾウが密猟によって殺されたと推測される状
予備的報告:タンザニア・マハレ山塊国立公園中北
況証拠は見つからなかったが、密猟や野火を防ぐ公
部のチンパンジーと哺乳類の生息状況と人為撹乱
園のレンジャーを、特に公園東部・北部の境界域へ
再配置し、警備の強化を検討する必要があると考え
1
2
2
られる。
花村俊吉 ・Mtunda Mwami ・Mwami Rashidi
( 1 京 都 大 ・ 理 、 2Mahale Mountains Chimpanzee
Research Project)
P32
ボノボの森を守るために ~ボノボの現状と地域住
目的
タンザニア・マハレ山塊国立公園の北西部では、
民の生活支援~
特定のチンパンジー単位集団について、1965 年以
ビーリア(ボノボ)保護支援会
来継続して調査がおこなわれてきた。近年では観光
客の増加に伴い、別の隣接集団を人づけするプロジ
ェクトも開始されている。しかし、公園の北西から南東
ボノボの唯一の生息地であるコンゴ民主共和国では、
にかけてそびえるマハレ山塊主稜の東側の動物相に
長く続いた内戦が終わって 5 年になろうとしている。
関する報告は数少ない。また、北西部以外の地域で
私たちが 30 年以上にわたって調査を続けているワン
は常駐の公園職員や調査者がおらず、チンパンジー
バでは、ボノボの研究活動を再開する一方で、今住
をはじめとする大型哺乳類の生息状況や人為撹乱
民がもっとも必要としている空港、道路、橋といった交
の程度についての情報が著しく不足している。そこで、
通・運輸手段への支援や、戦争中にすっかり崩壊し
マハレ山塊国立公園の中北部の動物相と密猟の実
てしまった医療体制への支援に手探りで取り組んで
態について、予備的調査をおこなった。
いる。戦後の国際的な援助に対する依存を強めるこ
方法
の国では、住民の過剰な期待と支援する側の資金の
調査期間は、2006 年 8 月 13 日から 17 日までの 5
限界、さらには、支援によって依存体質をさらに強め
日間である。マハレ山塊国立公園の北西部カソゲか
てしまうことへ警戒のバランスをとるのがとても難しい。
らマハレ山塊主稜を越え、主稜東部を流れるカベシ
まあ、地元住民への支援の先にある地域開発が、森
35
林やボノボの保全と相対立するという可能性も無視
年 12 月には、ミミ(1967 年生まれ)に対する所有行動
できない。研究対象としていたボノボの集団は大きく
が激しくなり、分離が困難になる。2005 年 2 月からミミ
数を減らすことなく内戦を乗り越えたが、周辺にいた
に対し治療を兼ね低用量ピルを投与すると、激しい
はずの集団のいくつかは姿を消している。せっかく生
所有行動が消失した。代わってローラに対する所有
きのびたボノボが平和になってから絶滅するというよう
行動が復活した。並行して、コータの抜毛や目をこす
なことがないように、保護活動と支援活動のあり方を
り続ける常同行動が徐々に悪化し、誇示行動の頻度
真剣に考えなくてはならない。
が増え、雌個体が怪我をすることが多くなった。コー
タの精神状態と群れの安定を考え、2006 年 8 月より
発情雌と同じ個室に収容するようにした。
P33
飼育下チンパンジーの発情雌所有行動
P34
チンパンジーの行動目録:ビデオクリップライブラリ
久川智恵美・大地博史・清家晴男
(わんぱーくこうちアニマルランド)
廣澤麻里1・荒川信一郎2・田崎麻衣子1・中島麻衣1・
わんぱーくこうちアニマルランドで飼育しているチ
宮脇慎吾1 ・和田千里1 ・飯田あゆみ1 ・後藤真里1 ・渋
ンパンジーの雄(コータ・1989 年 11 月 27 日生まれ)
谷あゆみ1 ・知念晴香1 ・野澤更紗1 ・藤田美宇1 ・光田
が発情雌に執着し強い所有行動を示した。コータの
佳代1・中島のぞみ 1・松本千聖1 ・近藤麻実3 ・落合知
行動の経緯を紹介する。
美4
(1岐阜大・応用生物、2 岐阜大・医、3 岐阜大・農、4 京
コータは、1989 年 11 月 27 日に東京都多摩動物公
園で生まれ 1995 年に当園に来園した。東京都多摩
都大・霊長研)
動物公園では自然保育されていた個体である。当園
では、それまでに交尾のできない成雄個体(タロー・
動物の行動、生態、文化を理解する上で行動目録
1963 年生まれ)を飼育しており、コータは将来の繁殖
は重要である。チンパンジーの行動目録は、いくつ
雄として来園した。その経緯から、競合をさけるため
かの論文などで示されている。映像は行動を一目瞭
タローとは分離して飼育した。1999 年、9 歳で父親に
然に、かつ、何度も繰り返して見ることができる。しか
なった。その後、2000 年の亜種調査の結果、亜種間
し、飼育下での行動目録は、飼育観察ができるのに
雑種と判明。2001 年 10 月、チンパンジー専門家会
もかかわらず、整備されていることが少ない。そこで、
議での「チンパンジー亜種の取り扱い」の提言を受け
霊長類研究所で飼育されているチンパンジー14 個
パイプカットを施した。1日のスケジュールは、9 時か
体を対象に、ビデオクリップ版の行動目録を作成し、
ら 16 時まで屋内展示場において 1~3 個体の成雌、
ウ
1999 年生まれの子供雄と同居し、夜間は個室の寝
( http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/koudou-shinkei/shikou/
室で過ごす。
gifu-poke-web/index.html)上に公開した。
ェ
ブ
サ
イ
ト
2002 年 5 月から同居中の雌(ローラ・1990 年 10 月
原則として、週に 1 回、霊長類研究所の屋外 1 階
9 日生まれ)が発情すると、個室の寝室に収容する際、
からサンルームまたは屋外放飼場を 1 時間撮影した。
入り口をふさぐ、同じ寝室に入ろうとする、ローラが離
撮影には、DV カメラ(SONY DCR-PC300)と 60 分
れようとすると叩く、噛みつく、つかむ等の行動を示
DV テープ(SONY DVM60)を使用した。撮影した映
すようになった。また、同年 9 月には朝夕の個室で過
像から、チンパンジーの行動エピソードを 10 秒前後
ごす際、スクリームを発し続けるようになった。2004 年
の映像として切りだした。行動を選ぶ際には、チンパ
には朝夕のスクリームが消失、代わって発情雌が収
ンジーの行動目録(Goodall, 1989)を参考にした。こ
容されている側の壁を激しく蹴るようになった。2004
の作業には、DV ウォークマン(SONY GV-D900)とビ
36
デオ編集ソフトウェア(超編 -Ultra Edit-)を使用した。
ーが餌を操作するのを手伝える体験・参加型の遊具
切りだした映像は、移動・姿勢・ひとりあそび・その他
となっている。維持管理が容易なように、観覧側にド
(ひとりでの行動)・親和的行動・敵対的行動・ディス
アを設け、餌の供給や清掃が適宜行えるようになって
プレイ・社会的行動・性的行動・その他(誰かとの行
いる。また、アクリル製の底板は二分割されており、取
動)・表情・発声、の 12 カテゴリーに分けて配置した。
り外し可能である。さらに、底面に排水口があるため
また、それぞれのエピソードについて、誰が何をして
水洗い時の排水や乾燥もスムーズである。
遊具完成後、最も早い個体(推定28歳,♀)は開始
いるかという説明を加えた。
現在、131 のビデオクリップが整備され、一般から
して約50分で仕組みを理解して使いこなすようにな
見られるようになっている。各エピソードについて 14
った。初日に3頭が利用するようになり、現在では全
個体それぞれの映像を集めると明らかなパタンが見
個体(6頭)が利用できるようになっている。社会的序
えてくるかもしれないと期待している。しかし、まだビ
列が劣位の個体ほど道具使用の技術習得には時間
デオクリップにはばらつきがある。例えば、遊びに関
を要す傾向にあり、優位個体は試行錯誤の機会が多
しては、パルという 6 歳の個体が頻繁に登場する。そ
く得られるため、上達が早いと考えられる。
の一方で、ビデオクリップには 1 度も出てこない個体
なお、この遊具の名称を公募したところ愛称は「ヤ
もいる。また、姿勢のカテゴリーの中には、立つ・座
ムヤム・キャッチャー」に決定した。yum は英語の幼
る・横たわるといった基本的な行動のビデオクリップ
児語で「おいしい」の意である。
が少ない。今後は、これらのばらつきを少なくし、ウェ
ブサイトを充実させていきたい。
P36
野生チンパンジー(Pan troglodytes) はどんなときに
P35
他者を覗き込むか
チンパンジーの遊具「ヤムヤム・キャッチャー」
藤本麻里子(滋賀県大・人間文化)
福守朗・山田信宏 (高知県立のいち動物公園)
チンパンジー (Pan troglodytes)は 5~30cm の距
近年、動物をより豊かな環境で飼育することによっ
離から 5 秒以上視線を固定して他者の口元や手元を
て、本来の行動や能力を発揮できるよう配慮し、来園
じっと覗き込む行動 (Peering behavior)を示すことが
者に観察してもらえるような施設が各地の動物園で
知られている。2005 年 5 月から 2006 年 4 月の 1 年
注目を集めている。
間タンザニア、マハレ山塊国立公園の M グループの
のいち動物公園ではチンパンジーと来園者を隔て
チンパンジー約 60 個体を対象に行った調査から、チ
るガラスが破損したことを機に展示施設の改修工事
ンパンジーの覗き込み行動について報告する。ただ
を行い、東京都多摩動物公園の「UFOキャッチャ
し、本発表では 2005 年 12 月から 2006 年 4 月の 5 ヶ
ー」を参考にした遊具を新設した。これは、直径 100
月間のデータのみを扱う。この期間に、全 264 例の覗
㎝、高さ 150 ㎝のアクリル製の円筒が上下2段に分か
き込み行動が観察された。その内訳は採食時 59.8%、
れており、側面には直径 20 ㎜の穴が多数空けられて
グルーミング時 26.1%、休息中の個体に対するもの
いる。チンパンジーが円筒内の食べ物を棒で上段か
が 4.5%だった。また、覗き込みが観察された個体間
ら下段へ操作し、一番下の取り出し口へ餌を落とした
の組み合わせについては、メスのコドモからオトナメ
ら、それを得られる仕組みとなっている。チンパンジ
スへの覗き込みが 13.3%、オトナメスからオトナオス
ーが道具を利用する姿を通して、その知能の高さや
への覗き込みが 12.1%だった。また、最も頻繁に他
指先の器用さを実感できるであろう。観覧者側にも遊
個体から覗きこまれるのはオトナのオスで、37.9%、
具の側面に穴が空いており、棒を使ってチンパンジ
最もよく覗き込みを行うのが、オトナメスの 25.0
37
%、続いてメスのコドモで 23.5%だった。
two male Sumatran orangutans (#689: 42 years of age,
採食場面について、どのような食べ物が覗き込ま
#2951: 2 years of age) housed at Nagoya Higashiyama
れたのか、そのリストを示す。採食物は、果実、葉、髄、
Zoo, and stored at -20°C immediately after collection.
樹皮、花、昆虫、肉、土だった。採食物による覗き込
The fecal steroids were extracted with 80% methanol
みの頻度は、果実 56.3%、葉 16.5%、髄 8.9%、昆虫
and were determined by enzyme immunoassay with
7.6%、肉 7.0%だった。1つでも分配が可能な大型の
progesterone (P4), pregnanediol-glucuronide (PdG),
果実を Fruit 1、1つでは分配不可能な小さな果実を
estradiol-17β (E2), estrone (E1) and testosterone (T)
Fruit 2 とすると、Fruit 1 に対するものが全体の 43.7%、
antibodies.
Fruit 2 に対するものが全体の 12.7%だった。これらの
menstruation was lasted for a mean (± SEM) of 3.1 ±
結果から、チンパンジーはオトナオスが大型の果実
0.3 days and the menstrual cycle was 23.9 ± 0.3 days.
を採食しているときに最も頻繁に覗き込み行動を行う
The ovarian cycle based on fecal PdG and E2 profiles
といえる。今後、未分析の 2005 年 5 月から 11 月につ
was 27.1 ± 1.6 and 26.8 ± 3.0 days, respectively. The
いて分析を進める。また、採食品目によって採食可
peak E2 values tended to be followed by increased
能時期や頻度が異なることを考慮して分析する必要
PdG. Fecal P4 and E1 did not show cyclic changes. In
がある。
female #2158, fecal contents of P4, PdG, E2 and E1
In
non-pregnant
female
#1073,
during late pregnancy were significantly greater than
those during non-pregnancy (14.8 ± 0.6 vs 3.9 ± 0.3,
P37
16.6 ± 1.5 vs 3.6 ± 0.4 and 28.7 ± 3.4 vs 7.1 ± 0.6
Reproductive endocrine patterns in female and
µg/g). In sexual mature (#689) and immature (#2951)
male
males, fecal T contents was 1.2 ± 0.0 and 1.0 ± 0.1
Sumatran
orangutan
(Pongo
abeii)
µg/g, respectively, and there was not significant
assessed by fecal hormone analysis
difference. We concluded that fecal P4, PdG, E2 and
12
1
3
3
Putranto HD , Kusuda S , Hashikawa H , Kimura K ,
E1 analyses are useful to diagnose pregnancy, and
Naito H3, & Doi O4
fecal PdG and E2 are helpful to demonstrate estrous
(1Graduate School of Agricultural Science, Gifu Univ.,
cycle
2
endocrinological method may be able to utilize and
Univ.
Bengkulu,
3
Nagoya
Higashiyama
Zoo,
4
in
female
Sumatran
orangutan.
This
investigate their reproductive status in the wild
Applied Biological Sciences, Gifu Univ.)
populations.
According to the 2006 IUCN Red List of
Threatened Species, Sumatran orangutan (Pongo
abeii) is classified as Critically Endangered and this
P38
species considered to be facing a very high risk of
Comparative analysis of monoamine oxidase
extinction in the wild. Fecal steroid hormone analysis
genes polymorphism in apes
as a non-invasive tool to assess the reproductive status
have been used in various primates such as baboon,
Hong K-W1, Hayasaka I2, Murayama Y3, Ito S4 &
macaque and cynomolgus monkey. The purpose of
Inoue-Murayama M4
this study was to investigate non-invasively ovarian
(1Graduate School of Agricultural Science, Gifu Univ.,
cycle and pregnancy of females and reproductive
2
status of male in Sumatran orangutans. Fecal samples
Animal Health, 4Applied Biological Sciences, Gifu
were collected about twice a week from two female
Univ.)
Sanwa Kagaku Kenkyusho, 3National Institute of
(#1073: 34 years of age, #2158: 19 years of age) and
38
Monoamine oxidase (MAO) is an important
レの野生チンパンジーを対象に、「迷子」のロスト・コ
enzyme involved in the degradation of various
ールを聞いた母親の反応を調べた。その結果、以下
biogenic amines such as dopamine, serotonin and
のことがわかった。(1)母親以外の個体が近くにいて
epinephrine. There exist two isozymes, MAOA and
も、子供はロスト・コールを発する。(2)「迷子」になる
MAOB,
X
頻度は、母子が互いの視界外に離れることが増える3
oxidizes
-4歳頃に急増し、さらに年齢があがると少なくなる。
serotonin and catecholamine, whereas MAOB
(3)ロスト・コールの開始直後に母親が子供の所に駆
preferentially
In
けつける例は少ない。とくに、下に妹や弟のいる子供
humans, several polymorphic regions were found in
のロスト・コールには、母親は反応しないことが多い。
both genes and the clinical studies reported the
しかし、ロスト・コールの開始後数分~数時間後に母
associations with mood disorders including panic
親が子供の所に現れる例はあり、子供の位置をモニ
disorder and bipolar/unipolar disorder. Therefore,
ターするために母親がロスト・コールを用いていること
the MAOA and MAOB loci might be new useful
が示唆された。
and
chromosome.
both
loci
MAOA
oxidizes
are
located
preferentially
on
β-phenylethylamine.
markers for primate personality study. In the
previous report, we estimated the effect of variable
number of tandem repeat (VNTR) polymorphism of
P40
apes
activities
Vocal identity recognition of familiar persons by
(Inoue-Murayama et al., 2006). Because of low
chimpanzee and human subjects using an
diversity in chimpanzees, VNTR of MAOA was
auditory-visual matching-to-sample task
MAOA
on
their
promoter
difficult to use as a genetic marker in the
personality study. In this study, we newly surveyed
Martinez L, & Matsuzawa T
two dinucleotide repeats, (CA)n and (GT)n in intron
(Primate Research Institute, Kyoto Univ.)
2 of MAOA and MAOB, respectively, using
chimpanzees, gorillas, orangutans, agile gibbons,
Chimpanzee’s social groups are characterized by a
siamangs and Japanese macaques.
large number of individuals which spend most of the
time in temporary subgroups that frequently merge
(fusion) and split (fission) with flexible composition.
P39
In this social context, the ability to discriminate the
野生チンパンジーの「迷子」の発するロスト・コール
identity of each individual from his/her voice may
への母親の反応
play an important role to efficiently communicate
using auditory signals. As an auditory parallel to the
松阪崇久1・カブンベAカトゥンバ2
1
facial identification process, recognizing voices might
2
( 滋賀県大・人間文化、 マハレ山塊チンパンジー調
be affected by the familiarity with the vocalizer as
査プロジェクト)
well as by several interconnected parameters such as
the acoustic patterns and the emotional and semantic
多くの哺乳類の子供は、遊動中に母親とはぐれる
meaning of the message. This study aimed to
と不安を示す音声(ロスト・コール)を発しながら歩き
investigate the individual vocal recognition of familiar
回ることが知られている。この音声には、母親を子供
humans and chimpanzees by using an Audio-Visual
の元に呼び寄せる機能があると一般的には考えられ
Matching-To-Sample task. We tested chimpanzee and
ているが、ロスト・コールに対する母親の反応を体系
human subjects that were required to match playbacks
的に調べた研究は無い。本研究は、タンザニア・マハ
of chimpanzee pant-hoot and human speech segments
39
with the corresponding vocalizer’s’ pictures. One
全個体の 8-OHdG 値の範囲は 4.3-193.1、各個体の
adult female chimpanzee named Pan, an expert in
中央値の幅は 6.8-52.4 であった。同一個体における
audio-visual tasks, performed better than the human
調査期間内(約半年間)での値もほぼ一定で、個体差
subjects at recognizing chimpanzee voices, while
および性差は無く、原虫陽性個体と陰性個体との比
humans appeared to be better at discriminating human
較でも有意差は無かった(P<0.05)。
voices. This Recognition was consistent when the
【考察】8-OHdG 値の幅について、ヒト(2.0-30.0)、チ
voices were shortened or the pictures were varied.
ンパンジー(0.0-92.9)と比較すると、ゴリラの下および
However, Pan showed difficulty in discriminating the
上限値はこれらをわずかに上回っていた。しかし、ニ
voices of familiar 5-years-old infant chimpanzees.
ホンザルとはほぼ同程度(6.9-203.2)であった(各種健
康個体の値)。臨床症状を示さない程度の軽度の原
虫感染では、酸化ストレスの上昇はないと考えられた。
P41
また、非侵襲的に健康状態を評価できる今回の方法
動物園で飼育されるニシローランドゴリラ(Gorilla
は、その基礎および応用に関する調査の継続が望ま
gorilla gorilla)の尿中 8-OHdG 量による健康評価に
れた。
関する予備研究-特に原虫感染個体との比較
水尾愛1・大島由子1・今西亮2・北田祐二2・笠原道子
P42
2
オランウータン舎放飼場に新設した運動具について
3
3
3
4
・和田晴太郎 ・ 松永雅之 ・高井進 ・大沼学 ・翁長
1
1
武紀 ・萩原克郎 ・浅川満彦
1
(1酪農学園大・獣医、2上野動物園、 3京都市動物園、
水品繁和・入倉多恵子(市川市動植物園)
4
国立環境研究所)
市川市動植物園では現在3頭のオランウータ
【序】身体的・精神的な負荷がかかることで、生体
ンを飼育している(父親、イーバン 1988 年生。
内に余剰な活性酸素群が生じ、脂質や核酸などの
母親、スーミー1988 年生。仔、ウータン 2003 年
生体成分に酸化損傷を与える。これを酸化ストレスと
生。)。仔のウータンは、生後 2 年を過ぎ母親と
称 し 、 こ れ に よ り DNA の 構 成 々 分 で あ る
離れている時間が増加したことに伴い運動量も
deoxyguanosine が酸化され、8-hydroxyguanosine(以
徐々に増加し、行動の幅にも変化が見られ始めた。
下、8-OHdG)が発生し、血液を経て尿中に排出され
これに伴い主に子供オランウータンの身体機能
る。このことから、8-OHdG は酸化ストレスの生体指標
増進を目的として放飼場に新たな運動具を設置
として、ヒトの老化や疾病の評価に用いられている。
した。オランウータンの寿命は 40 年以上ありと
今回は、飼育下のニシローランドゴリラについてその
ても長い。長い人生を健康で丈夫に過ごすために
応用を試みた。
は幼児期の過ごし方は非常に重要であると考え
【方法】東京都内の動物園のゴリラ 6 頭及び、京都
られる。今回我々は、子供が健全に発育するため
市内の動物園のゴリラ 3 頭の尿を検査材料とし、測定
の 1 要素として運動機能増進に着目した。運動機
は、ELISA を原理とする市販キットを用いた。測定値
能増進を目的とし設置するにはオランウータン
は尿中クレアチニンで補正した(ng/mg creatinine)。
が自発的に利用するものでなければならない。自
同時に糞便検査(ショ糖浮遊法および沈殿法)を実
発的利用を促すためには機能的であることが重
施した。
要である。彼らの骨格的特徴や自然界での行動を
【結果】4 頭で Balantidium coli (シスト)および/ある
考え、今回は縦に伸びる木を鉄パイプで、それに
いは Isospora sp.(オーシスト)が検出されたが、臨床
巻きついて成長する「つる」には麻ロープを用い
症状を呈するものは皆無で、健康個体と見なされた。
て機能的なエッセンスとして再現した。運動具自
40
体はシンプルで特別目新しいものではないが、実
補助となっているほか、学生たち自身がチンパンジ
際に安全で効果的に利用させるにはいくつかの
ーについて学習する機会となっている。今回はこの
ポイントがあることがわかった。また運動具の設
毎週の活動の詳細について紹介したい。
置にあたっては費用、設置に要する時間、展示上
の効果、同一の放飼場を共有するアダルトオス、
アダルトメスが安全で使いやすいものであるこ
P44
とを同時に意識して最適なものになるよう模索
JGI-Japan による野生チンパンジーのエコツーリズ
した。
ムの検討
森豊彦・森正恵(京都山の学校)
P43
岐阜大学ポケットゼミナールの活動の紹介
エコツーリズムは元々、開発途上国の自然保護の
ための資金調達手法として取り入れられ、自然観光
1
1
1
1
による地域開発からはじまった。現在では、自然環境
1
澤更紗 ・藤田美宇 ・飯田あゆみ ・中島のぞみ ・松
だけでなく、人の歴史文化も対象とした幅広い観光と
本千聖1・落合知美2・松沢哲郎2
して発展している。タンザニアにおけるエコツーリズム
(1:岐阜大学、2:京都大学霊長類研究所)
は、草原性動物を車上から見学するゲームサファリを
光田佳代 ・後藤真里 ・渋谷あゆみ ・知念晴香 ・野
1
1
1
示す場合が一般的である。また、一般人が野生チン
愛知県犬山市にある京都大学霊長類研究所の思
パンジーを観察できる地域は、交通の便の悪さから
考言語分野では、主にチンパンジーの知性に関する
ゴンベ国立公園に限定されているといえよう。今回、
研究をおこなっている。ここでは 2001 年から、岐阜大
ジェーン・グドール研究所日本支部(JGI-J)の会員及
学の学生によるチンパンジーの行動観察が継続して
び関係者によるタンザニアにおけるエコツーリズムが
いる。「岐阜大学ポケットゼミナール」と現在呼んでい
2006 年 8 月に行われた。本報告では、ツアー参加者
るものだ。毎週日曜日の 9 時 45 分から 17 時 30 分ま
に対する観察をもとに、野生チンパンジーとその他の
で活動している。2006 年度は岐阜大学 9 人の 1 年生
野生生物のエコツーリズムの意義を検討した。参加
が参加している。活動としては、研究所の 14 人のチ
者の自然体験地域は、チンパンジーが生息するゴン
ンパンジーを対象にしたビデオ撮影と行動観察をお
ベ国立公園とサファリの野生動物が生息するミクミ国
こなっている。放飼場にいるチンパンジーを対象とし、
立公園であった。調査方法は、調査者がツアーの一
参加者の人数にあわせ交代しながら、フォーカルサ
員として同行して食住を共にしながら、ツアー参加者
ンプリング法とイベントサンプリング法でビデオ記録を
及びチンパンジー等の行動を観察した。そして、①ツ
おこなっている。フォーカルサンプリング法では、子
アー参加前の日本における準備行動、②ツアー中の
供たちが誰の近くにいるのかを明らかにするために、
行動・生態、③チンパンジー等の野生動物に対する
毎週 1 回1時間、子供のチンパンジー3 人のうち 1 人
参加者の反応、④ツアー終了後の行動に対する参
に焦点をあてて撮影している。イベントサンプリング法
加者の反応の3点から分析した。これらの調査結果
では、撮影する個体を特定せず、ジェーン・グドール
から、ツアー前の準備行動では、山登りのための体
博士の行動目録を参考に、毎週1回1時間撮影して
力作りをしてきた人は 9%、タンザニア訪問歴の無い
いる。これらをもとにビデオ版の行動目録を作成して
人の割合は 81.8%であった。ツアー中の行動では、
公開している。また、敷地内の果樹園の果物などの
マラリア蚊防除に万全の対策を講じているが、予防
収穫をおこない、チンパンジーの採食品目を増やす
薬は飲まない又は中断した人の割合が 54.5%であっ
環境エンリッチメントの手伝いをしている。これらの活
た。チンパンジー発見における参加者の反応とゲー
動は、休日の人目が少ない時のチンパンジーの監視
ムサファリにおける野生動物発見に対する反応は顕
41
著に異なった。ツアー終了後、報告としてまとめた人
ーの群れを合流させる際の有益な指針となると考え
もいた。本報告では、これらのデータを元に、野生チ
られる。
ンパンジー等の観察によるエコツーリズムの意義に
関して考察する。
P46
チンパンジーの相互利他的なコイン投入行動を規定
P45
する要因
ウガンダ・ンガンバ島のチンパンジーサンクチュアリ
山本真也・田中正之(京都大・霊長研)
山本真也(京都大・霊長研)
社会的な場面では、働き手と利益の受け手が同じ
2006 年 6 月、ウガンダのンガンバ島チンパンジー
個体であるとは限らない。このような場面でヒトは相互
サンクチュアリを 2 泊 3 日の日程で訪問した。このサ
に利他的に協力しあうことができるが、ヒト以外の動物
ンクチュアリは、野生生物の福祉と保護に貢献してい
でこのような行動を実証的に調べた研究は少ない。
る5つの組織のパートナーシップからなる「チンパンジ
本研究では、チンパンジー2 個体の間に相互利他的
ーサンクチュアリ・アンド・野生生物トラスト
な関係が成立するのか、どのような要因がこの関係に
(CSWCT)」によって運営されている。島は、国際空
影響を及ぼすのかを、「利他的コイン投入課題」を用
港のあるエンテベから南西 23km のビクトリア湖上に
い実験的に調べた。この課題では、2 つのブースに
位置し、熱帯雨林に覆われている。訪問時、約 40 ヘ
自動販売機が 1 台ずつ設置され、この自動販売機に
クタールの敷地に合計 39 個体のチンパンジーが生
コインを投入すると隣のブース、つまり相手に食物報
息していた。森で得られる食物だけでは足りないため、
酬が出る仕組みになっていた。京都大学霊長類研究
1 日 4 回の給餌(6 時半・11 時・14 時半・17 時半)が
所において群れで飼育されている母子 3 組とおとな 4
おこなわれている。夜間は、7 部屋からなる約 200 ㎡
個体を対象に、次の 3 つの条件をおこなった。1)1 枚
の居室(屋根付、鉄格子・コンクリート製)内で寝ること
交互供給条件:1 試行ずつ 2 個体に交互にコインを 1
が多い。森に留まろうと思えば留まれるが、居室で夕
枚ずつ供給した。2)2 枚-20 枚交互供給条件:1 試行
食を与えているため、飼育員の指示に従い全個体ス
に供給するコインの枚数を 2 枚、5 枚、10 枚、20 枚と
ムーズに入っていた。天井に小さなハンモックが多数
増やし、2 個体に交互に供給した。3):500 枚同時供
吊るされ、そこで個々に眠っていた。泊まり台があっ
給条件:各 500 枚のコインを 2 個体に同時に供給した。
たり古タイヤが置かれたりと環境エンリッチメントが施
1 枚交互供給条件では、おとな 2 組では交互のコイン
されていたが、居室の狭さが印象に残った。チンパン
投入が継続したが、母子 3 組では、継続しなかった。
ジーの数に対する設備の狭さは、予想外の受け入れ
母子で先に投入しなくなったのは子どものほうだった。
数増加に起因するものだという。1998 年の設立当初
2 枚-20 枚交互供給条件では、おとな 2 組中 1 組で、
は 19 頭のチンパンジーを受け入れていたが、その後
1 試行に供給されるコインの枚数が増えるにしたがっ
2 年間で 20 頭ものチンパンジーを受け入れることとな
て、コインが投入されない割合が増加した。500 枚同
った。設立当初からいるオトナ群と新たに加入したワ
時供給条件では、おとな 2 個体が役割交代しながら
カモノ群は、しばらく 2 群にわけられていたが、2006
コインを投入する場面もみられたが、コイン投入は継
年 3 月より群れを合流させる努力がなされ、2006 年 6
続しなかった。この条件では、コインの投入枚数に 2
月時点で、36 頭が 1 群で生活している。残る 3 頭(う
個体間で不均衡がみられた。これらの結果から、2 個
ちオス 1 頭)も合流させる試みが続けられている。この
体間の社会関係・1 回の投資量・2 個体間の均衡性
ような大規模な群れの合流が試みられたのは世界的
がチンパンジーの相互利他的なコイン投入に影響を
にも初めてであり、今後飼育下においてチンパンジ
及ぼすことが示唆された。
42
P47
ンティア行動観察班からの報告~」
東山動物園「オランウータンとアブラヤシ」展来園者
野村朋子1・植田恵1・岡本明子1・神谷亜季菜1・中村
アンケート結果
公平1・前田智恵子1・松濤美江子1・江口敬子1・戸塚
洋子1;2・上野吉一2
渡辺正・木村幸一(名古屋市東山動物園)
(1.東山動物園ガイドボランティア観察班 2.京大霊
東山動物園で 2006 年 3 月からオランウータン室内
長研)
観覧通路で「オランウータンとアブラヤシ」展を行って
いる。展示開始に際してアンケート用紙を 200 枚設置
東山動物園では、ボランティア、研究者、動物園が
し、観覧者に自由記入してもらった。開始後 15 日間
連携してアフリカゾウの行動観察行っている。動物園
で用紙は全て回収箱に入った。アンケート設問は回
における飼育動物の環境エンリッチメントの効果を評
答者の年齢、性別、3種類の観覧感想の合計 5 種類
価するための行動観察という研究自体がまだまだ少
である。観覧感想の設問は「オランウータンの生息数
ない日本の現状において、このような学術研究にボラ
が減少していることが理解できたか」(以下「Q3」と略
ンティアが参加していることは極めて珍しい。 今年
称)、「この展示を見てあなたの起こす行動」(以下
の 10 月でこの行動観察のボランティア活動を開始し
「Q4」と略称)、「東山動物園に望むこと」(以下「Q5」と
て丁度1年が経過し、慣れない作業に戸惑いながら
略称)である。各設問の解答は解答選択肢から選ぶ
も、ある程度のデータと経験を蓄積してきた。今回の
方法を採用し、Q3~Q5 は複数回答可とした。
発表では、ボランティアの活動報告をするととともに、
有効回答数は 189 名であった。回答結果は、年齢
活動1年という節目に行動観察のボランティア活動か
では、10 歳以下が 82 名(44%)、11 歳から 20 歳まで
ら得たこと、考えたこと、これからのボランティアとして
が 55 名(30%)であった。性別は女性が 126 名
の在り方を考えたい。
(67%)、男性が 56 名(33%)であった。Q3 に対する
回答は、「以前から知っていた」という回答が一番多
かった(41%)。その次が「この展示を見て知った」と
P49
いう回答(30%)。「よく分からなかった」という回答も全
緑の回廊プロジェクト経過報告〔ツリープロテクター
体の 25%あった。Q4 に対する回答は、「食べ物など
(ヘキサチューブ)導入以後〕
を無駄にしない」という回答が一番多かった(42%)。
その次が「家族・知人に話す」という回答(25%)であっ
長谷川亮 1 ・松沢哲郎 2 ・マカン=クルマ 3 ・山越言 4 ・タ
た。「保護団体などへの寄付」という回答も 22%あっ
チアナ=ハムル5
た。Q5 に対する回答は、「さらに繁殖に取り組んで欲
(1 ハイトカルチャー株式会社、2 京都大・霊長研、
しい」という回答が 56%、「オランウータンに関する情
3IREB、4 京都大・アジアアフリカ地域研究、5Univ.
報をさらに提供して欲しい」という回答が 36%あった。
Wisconsin, Madison)
若い世代と女性の関心が高いことが分かった。また、
展示に関心を示す人はオランウータンの生息数の減
緑の回廊プロジェクトでは、’97年から地元の人々
少に関して予備知識を持っていることを窺わせた。今
と協力し、日本政府、ギニア政府、ギニアの日本大使
後もいろいろな情報を提供して、オランウータン保全
館の援助を受けて、植林を進めている。ボッソウとニ
に関する関心を高めていきたい。
ンバ山の間のサバンナ地帯に幅 300m、長さ 4km に
わたって木を植えるというもので、ボッソウのチンパン
ジーとニンバ山に住むチンパンジーとの往来を可能
P48
にすることを目的としている。その緑の回廊プロジェク
「アフリカゾウの行動観察を通して~東山動物園ボラ
トに’05年8月にツリープロテクター(ヘキサチュー
43
ブ)のサンプルを緑の回廊に持ち込み、同年12月に
た木々の成長が良好であった。簡単な堀取り調査を
は試験導入することとなった。サバンナでは植栽木に
行ったところ、成長が良かったマニオク畑地だけが土
とって様々な害があると思われ、その害を取り除ける
壌が柔らかく、土壌中に十分な空気が含まれている
かという期待を込めての導入であった。特に乾季の
ようだった。このことから、サバンナに木々を植栽する
乾燥、放牧されている草食動物の食害を防止できる
場合、耕耘することが木々の成長と生存を助けるもの
のではないかと考えた。’06年8月の時点での残存
と思われ、’06年の植栽は植栽と同時に農作を行う
率は8割程度であり、高い残存率となっていた。しか
方法を中心に行うこととした。その他、早期の林冠閉
し、木々の成長については樹種や場所によって差が
鎖をねらって、試験的に植栽間隔を狭めた植栽区画
みられた。最も樹高成長が旺盛だったのは Uapaca で
を設けるなど、今後の植林活動により有効な手法を
あった。また、5区画の内マニオク畑に植栽されてい
見出すための模索も行っている。
44
エンリッチメント大賞受賞者講演
11 月 12 日(日)9:30~11:00
大橋民恵(市民 ZOO ネットワーク)
「エンリッチメント大賞について」
石田おさむ(東京都多摩動物公園)
飼育施設部門大賞 「オランウータン舎」
並木美砂子(千葉市動物公園)
来園者施設部門大賞 「観察シート」
細田孝久(東京都恩賜上野動物園)
特別賞 「展示の工夫(カナダヤマアラシ、ナマケモノ)」
市民 ZOO ネットワークより
「今年度の大賞発表!」
45
市民 ZOO ネットワーク
「エンリッチメント大賞 2005」受賞者講演
および「エンリッチメント大賞 2006」発表!
市民 ZOO ネットワークでは、エンリッチメントに取り組む動物園や飼育担当者を応援すると同時に、来園者で
ある市民がエンリッチメントを正しく理解・評価することにより、市民と動物園をつなぎ、市民の動物園に対する意
識を高めることを目指して、「エンリッチメント大賞」を実施しています。
第 1 回目エンリッチメント大賞では、旭山動物園が「飼育施設部門」と「最優秀動物園賞」の W 受賞に輝きまし
た。それから現在まで、動物園やエンリッチメントに対する世間の関心も大きく変わりました。地域活性の目玉と
して動物園のリニューアルが予定されたり、飼育員などによるエンリッチメントへの積極的な取り組みがおこなわ
れたりするなど、動物園は現在大きな変革期を迎えています。2005 年には、第 4 回目のエンリッチメント大賞が
決定しました。また今年、エンリッチメント大賞 2006 が決定します。
エンリッチメント大賞 2005 では、4 名の審査委員による二段階の審査がおこな
われ、77 件の応募の中から「飼育担当者部門」「飼育施設部門」「来園者施設部
門」の大賞と、「特別賞」が選ばれました。今回は、「飼育施設部門」大賞のオラ
ンウータン舎(スカイウォーク、飛び地/東京都多摩動物公園)について、同園
副園長の石田おさむさんから、「来園者施設部門」大賞の観察シート(千葉市動
物公園・千葉市動物公園協会)について同公園の並木美砂子さんから、「特別
賞」受賞の東京都恩賜上野動物園の展示の工夫(カナダヤマアラシ、ナマケモ
ノ)について、同園の細田孝久さんから、その取り組みについてご紹介いただき
ます。
また、講演の最後には、エンリッチメント大賞 2006 の発表と、その紹介をおこな
います。
▼飼育担当者部門(受賞者からの講演はありません)
福田愛子さん [ 東京都多摩動物公園 / 東京都 ]
ユキヒョウは現在、絶滅の危機に瀕しており、国内でも繁殖例の少ない
動物です。そうした状況の中で、同園のみならず、他園館での飼育個体
の情報などを収集・分析し、飼育環境作りをおこなった結果が認められま
した。また、情報収集には先輩や同僚だけでなく、来園者からの情報を取
り入れるなど、その情報収集力と広い視点が評価されました。2組の繁殖
の成功は、飼育動物に対する環境エンリッチメントの成果の証であると考
えます。
▼飼育施設部門
オランウータン舎(スカイウォーク、飛び地) [ 東京都多摩動物公園 / 東京都 ]
樹上性のオランウータンの生活を考慮して、樹冠部に相当する高い空間
を、ロープを伝うことで利用させる。そうした前例は、アメリカスミソニアン動
物園のオーラインや旭山動物園のタワーなどでありましたが、今回の多摩
での導入により、今後のオランウータン舎を新設する際の一つの標準にな
ると思われます。また、園内に残されている多摩丘陵を活用した飛び地で
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のオランウータンの生活は大変に豊かなものであると推測され、評価すべき施設だと思います。
▼来園者施設部門
観察シート [ 千葉市動物公園・(財)千葉市動物公園協会 / 千葉県 ]
レッサーパンダやゴリラのモモタロウの観察シートをはじめ、各種の手作り
の観察シートを来園者が気軽に利用できるように蓄積をしてきたことがとて
も素晴らしいです。子どもたちに動物についての「知識」を与えるのではなく、
動物そのものをじっくり観察させようという一貫した姿勢は、現代における動
物園のひとつの役割を認識する上でも重要なものであると思われます。
▼特別賞
展示の工夫(カナダヤマアラシ、ナマケモノ)[ 東京都恩賜上野動物園 / 東京都]
それぞれの動物の習性を熟知、利用した上で従来の「囲み」の中から動物たちを出して生活を見せる、いわば
“オープン展示”ともいえる新しい発想に注目が集まりました。観客の目の
前やすぐ頭上に動物がいます。飼育される動物にとっては行動空間の拡
大、来園者にとっては動物との距離が圧倒的に縮まるという結果になりまし
た。エンリッチメントと展示の融合という点からも面白い試みです。既存の樹
木を活用するという手軽さにより、他園での導入も始まっているとのことで、
その影響力も評価できます。
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