クモの糸 6年 溝口 統元 担当教諭 坂元 教久 はじめに 日常のふとした瞬間,茂みに隠れている生き物に目を向けてみるだけで,彼らを中心にたくましく, 時に残酷な自然のドラマを垣間見ることが出来る。互いが自らの生に執着し食うか食われるかの瀬戸 際で織り成される光景。それは人類が有史以前の昔に捨て去った「野生」を刺激し,我々の心を大き く揺さぶる。そのような目を背けたくなる様な世界で常に強者であり続ける存在がいる。その存在は 有史以後にも日本の『平家物語』の「土蜘蛛」,『賢渕』の「水蜘蛛」に代表されるように人間が根源 に持つ恐怖として深く根付いている。蜘蛛である。(以降クモで表記) 前述のように,クモと聞くと多くの人が「恐怖」や「嫌悪」の感情を抱き,クモへの恐れが酷い人 では直視すらままならないであろう。しかし,そのような人々は全生物の中でもクモだけが有する「糸」 という特性について知る機会を失ってしまう。森林や砂漠等世界のいたるところに潜み,自らの糸を 用いて住居を構え,獲物を待ち伏せし襲い掛かる。そのような狩人としての一面までも見落としてし まうのである。サバンナを駆けるライオンや木立の間を飛ぶ梟よりも獰猛で狡猾な狩人がクモである。 しかし,何故自然界の中でも小さく,矮小な存在であるクモが狩人なりえるのか。その事について 考えてみると二つの要因に気付く事ができた。一つはクモがほかの狩猟生物の様に獲物を追わず「待 ち伏せ」する点,二つ目はクモが「糸」を出し補虫に役立てているという点である。今回の研究で調 べた生態と糸について知って貰い,クモに興味を持って欲しい。 研究方法 ・ クモの体質と糸に関する文献調査 ・ 生息分布に関する探索調査 ・ クモの走性に関する実験 ・ クモの糸の耐久性に関するモデル実験 目次 第1章 クモについて 第1節 クモとは 第2節 クモの分布について 第 1 項 分布作成 第 2 項 乾燥帯と湿地帯の比較 第 3 項 高所と低所の比較 第 4 項 生息地周辺との関係 第2章 クモの糸について 第1節 糸の種類と用法 第1項 住居・捕虫網 第2項 しおり糸 第3項 かくれおび 卵のう 第4項 第2節 走性反応 第1項 走牲反応とは 第2項 自然刺激に対する反応 第3項 人為刺激に対する反応 第3節 巣の強度 第1項 局部的圧力に対する強度 第2項 散在的圧力に対する強度 第3章 まとめ 第1章 クモとは 第1節 クモについて クモとは屋外の茂み,建造物内や水中など地球上の何処にでも生息している生物である。昆虫と混 同されがちだが,昆虫のように頭部・胸部・腹部からなるのでなく。頭胸部・腹部からなる節足動物 の一種であり,蠍や百足に近い生物である。また,鮮やかな体色と 4 対 8 本の歩脚,八つの目などの 醜悪な体型をしており,古来より人間に嫌われて数々の物語の悪役として登場する。また,その種類 も豊富で蜘蛛科には約 40,000 種が確認されており,日本には約 1,200 種が生息している。 今回の研究対象であるコガネグモ(図 1)は体長 20~25mm の 大きさであり,直径 50~120cm の円形網を張る。 名の由来に, (虫が)網に掛かる事を知り誅して食らう者という 説があり,網に掛かったのを走性(後述)で知る。 体色は鮮やかな黒と黄の縞模様,食性は肉食で昆虫をはじめ, 蛙や同種のクモ等,巣に掛かる生物は何でも食べる。 (図 1)コガネグモの雌 分類:クモ形網真正クモ目新疣亜目無篩疣類完性或類三爪類 第2節 クモの分布について 第1項 分布作成 クモが獲物を捕らえる際に大切なことは捕食対象の高密度生息地帯へのポジショニングであろう。 そこで比較的発見しやすく,1 日毎で巣を張り替えることの無いコガネグモを対象に分布の作成を行 った。 ア 方法 ・春・夏 2 回に分け,3 日に 1 回周期で 1 ヶ月間コガネクモの数を記録する ・1 度確認済みのクモについては記録しない(累計記録) ・網上の虫は記録し食紅で染めて次から記録しない(新規記録) イ 全体の仮説 捕食対象の高密度生息地帯は,捕食対象の生物の発生・生息に適した環境と同一条件なのでクモ も同じ所に生息していると考えられる。よって,適度な水気があり,適当に高い場所と考えた。 第2項 乾燥帯と湿地帯の比較 ア 仮説 極度に乾燥した所では獲物となる虫も居らず,クモの体も乾燥するという点から湿地帯だけに生 息していると考えた。しかし,タランチュラと呼ばれるトリクイグモ科のクモが砂漠に生息している ため同種のクモが記録できる可能性があるとも考えた。 イ 夏季の計測結果 乾燥帯の生息個体数2匹。湿地帯の生息個体数 9 匹。(グラフ 1)(グラフ2) 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 6/3 6/6 6/9 6/12 6/15 6/18 6/21 6/24 6/27 6/30 1 1 1 1 1 1 1 2 2 2 23 24 23 26 22 23 24 25 22 24 1 2 0 0 0 2 0 0 1 0 グラフ 1 グラウンド・テニスコートのクモ生息個体数 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 6/3 6/6 6/9 6/12 6/15 6/18 6/21 6/24 6/27 6/30 3 3 4 6 6 6 7 8 8 9 19 21 19 23 19 20 21 22 18 20 4 2 2 3 0 1 3 1 1 0 11/26 11/29 0 0 グラフ 2 プール周辺・並木の木陰のクモの生息個体数 ・ グラウンドには 0 匹,テニスコートに 15 ㎜程度のクモが 2 匹生息していた ・ プール周辺に 3 匹,木陰には 4 匹が生息していた ・ 木陰に生息していたクモが最も大きく体長 20~25mm であった ウ 秋季の観測結果 乾燥帯の生息個体数 1 匹。湿地帯の生息個体数 3 匹。(グラフ 3)(グラフ 4) 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 11/1 11/4 11/7 11/10 11/13 11/17 11/20 1 1 1 1 1 0 0 14 12 12 10 11 10 12 12 12 10 2 0 0 0 1 0 0 0 0 0 グラフ3 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 11/23 0 グラウンド・テニスコートのクモ生息個体数 11/1 11/4 11/7 11/10 11/13 11/17 11/20 11/23 11/26 11/29 1 1 1 1 2 2 2 1 1 1 12 10 11 10 9 9 10 11 8 9 1 0 0 2 1 1 0 0 0 1 グラフ4 プール周辺・並木の木陰のクモの生息個体数 ・ グラウンドには 0 匹,テニスコートに 1 匹が生息していた(夏季の個体と同じ可能性有) ・ プール周辺に 1 匹,木陰に 1 匹が生息していた ・ 巣の移動が見られて,観察が出来なくなった個体もいた エ 考察 グラウンドに生息していなかったのは約 1,5k㎡の面積に水源となる物が無く,縦幅 200m・横幅 75m を横切り飛んでいく獲物がいないからであろう。その点,テニスコートの近くには水道や雨樋な ど僅かながらの水気があり,乾燥地があまり広大で無い事からクモの生息が確認されたのであろう。 一方,プール周辺や木陰などの湿地帯はどちらにも共通して餌となる様な生物の生育を育む環境(豊 富な水源とそれを取り巻く草木の存在)があり,さらに時々紛れ込んでくる栄養価の少ない 1 種類の 虫を狙うテニスコートのクモよりも様々な種類の餌を食べる木陰のクモのほうが大型になるのも当然 であろう。 これらの結果よりクモの生息に適しているのは,湿潤で多様な生物を育む草木の周辺地帯であると 判明した。 第3項 高所と低所の比較 ア 仮説 高層マンションの上階のほうでは虫も出ないと聞いた事があるので,同じようにクモも一定以上の 高さより上には生息していないと考えた。また,クモは事前に天気を予測し巣の高低を変えるとも聞 いたので低過ぎる所にも存在しない。雨の前日は高いところに巣を張るクモが見られると考えた。 イ 夏季の観測結果 高所の生息個体数 7 匹。低所の生息個体数 8 匹。(グラフ 5)(グラフ 6) 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 6/3 6/6 6/9 6/12 6/15 6/18 6/21 6/24 6/27 6/30 6 6 6 6 7 7 7 7 7 7 23 24 23 26 22 23 24 25 22 24 4+? 2+? 0+? 0+? 0+? 1+? 3+? 0+? 0+? 1+? グラフ 5 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 高所のクモの生息個体数 6/3 6/6 6/9 6/12 6/15 6/18 6/21 6/24 6/27 6/30 6 6 7 8 8 8 8 8 8 8 23 24 23 26 22 23 24 25 22 24 2 2 1 2 0 4 2 0 0 1 グラフ 6 低所のクモの生息個体数 体育館(高さ 11m)には 4 匹,寮 4 階(高さ 7m)には3匹が生息していた 同じ場所の高低を比較したが変わりはなかった 6 月 15 日は雨なのに巣の高さは変わってなかった ウ 秋季の観測結果 高所の生息個体数 0 匹。低所の生息個体数 1 匹。(グラフ 7)(グラフ 8) ・ ・ ・ 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 11/1 11/4 11/7 11/10 11/13 11/17 11/20 11/23 11/26 11/29 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 14 12 12 10 11 10 12 12 12 10 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 11/17 11/20 11/23 11/26 11/29 1 1 1 1 1 グラフ 7 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 高所のクモの生息個体数 11/1 11/4 11/7 11/10 0 0 1 1 14 12 12 10 11 10 12 12 12 10 0 0 1 2 0 0 0 1 0 0 グラフ 8 11/13 1 低所のクモの生息個体数 体育館と寮のどちらにも居らず,寮の 1 階に小型のクモが生息していただけだった 寒さの為クモの姿が見られなくなってきている エ 考察 巣に掛かっていた虫の数を見る限りでは高所の方が多くの餌があるのに生息個体数に注目すると 数に違いがない。そこで,クモが巣を張る場所は虫の有無に関係ないかとも思った。しかし,乾燥帯 と湿地帯の比較を見る限りではクモが餌の有無で巣を張ることが分かっているので逆に獲物が多過ぎ る所には巣を張らない。もしくは,何らかの理由で巣が無くなるのではないかと考えた。 ・ ・ 第4項 周辺環境との関係 ア 仮説 前項の高低の比較でクモが獲物の多過ぎる所には巣を張らない。もしくは,獲物が多過ぎる事によ り巣が壊れるということが推測された。そこで,虫が大量に発生する所・発生しない所の比較をした。 前項の問題があるが,それでもクモの分布は虫が大量発生する所に大きく偏ると考えた。尚,観測対象 としたのは学校の西側(森林や水田等豊富な自然を有する)と学校の東側(自然を開発してできた総 合運動競技場を有する)である。観測は 1 ヶ月に限定して行った。 イ 観測結果 西側の個体数 12 匹。東側の個体数 6 匹。(グラフ9)(グラフ 10) 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 9/2 9/5 9/8 9/11 9/14 9/17 9/20 9/23 9/26 9/29 7 7 9 11 12 12 10 10 9 11 24 25 24 22 26 27 24 24 22 21 12 2 5 4 2 3 3 2 3 0 グラフ 9 個体数 (匹) 気 温 (℃) 網上の 虫(匹) 西側のクモの生息個体数 9/2 9/5 9/8 9/11 9/14 9/17 9/20 9/23 9/26 9/29 4 4 6 6 6 6 6 6 6 6 24 25 24 22 26 27 24 24 22 21 0 1 0 2 4 1 1 2 2 1 グラフ 10 東側のクモの生息個体数 西側の個体数は東側の個体数の 2 倍 補虫率は 2,7 倍 学校南西に巣の残骸を発見(巣の持ち主のクモは不在) ウ 考察 仮説通り虫が多く発生する西側にクモも多く生息する事が解る結果となった。また,西側ではハエ のような小さい羽虫だったが,東側では大型のバッタやアブなどが掛かっていた。西側に比べて多く の虫は掛からないが一つ一つの獲物が大きいために生き抜いていけるのだろうと考えられる。個体の 大きさも東側の方が 2~3mmの差ではあるが大きかった。 前項の考察で生じた仮説については南西部の木立に掛かっていた比較的大型の巣(1m)が破壊さ れ一方の枝に絡まっていた。付近には肥料用の肥だめがありそこから発生する虫が多く掛かったのか, 近くの電線に止まっている鳥により破壊されたのかは解らなかった。 ・ ・ ・ 第2章 クモの糸について 第1節 糸の種類と用法について 「はじめに」でも触れたがあらゆる生物の中で糸というのはクモだけが有する特殊能力である。糸 の太さは約 0,03mm 何種類かの用途に分かれる糸にそれぞれ対応する糸腺と呼ばれる構造がある。 (図 2)ここで生成されたフィブロインと呼ばれるグループに属するタンパク質が糸疣より出され,約 6 種類の糸が作られる。(図 3) 図2 クモの製糸の構造 図3 糸の分化の過程 第1項 住居(nest)・捕虫網(web) 住居は壺状腺から出される縦糸と鞭状腺から出される横糸から作り出される。産卵や越冬などクモ の生活を支え,集合線から出される粘液をまとった横糸を活用することで捕虫網としても利用される。 何故クモは自らの糸に掛かることは無いのかというと,この縦糸の上を歩き横糸の粘液の玉を踏まな い様にしているからというのと,爪の先が油性分なので掛からずに巣の上を歩く事が出来るのである。 この網は何匹ものハエが掛かっても破れること無い強度を誇り,雨にも強く先の観察の結果からも 最低でも 2 週間の耐久が確認された。元来クモは地上を徘徊していて何時の頃から糸を持つようにな ったのかは解明されていない。しかし 3 億年前の石灰期の森に生きていたクモが発達した糸疣を有し ていたのが確認されている。 第2項 かくれ帯 コガネクモ科のクモにだけ見られる特徴で,巣の中央近くの横糸と横糸の間にジグザグに糸を張り X 字の模様としてその上にクモが乗っている。この理由には様々な説があり「巣を強化するため」 「クモの擬態」「乾燥を防ぐ日傘」等。しかし,最近 1 番有力なのは「かくれ帯を用いて巣の存在を 明らかにし,鳥が突っ込まないため」という説です。実際,学校の南西にある巣の多くは破壊されて おり,虫による破壊かと考えていた。だが,クモを餌として食べる鳥も居るというのにクモのほうが 自らの存在を示すものなのなのか。謎が残ったこの件については巣の強度の実験の際再び触れる。 第3項 しおり糸(drag jine) クモを手で捕まえたときに糸を使って地面に逃げようとするがこの時使われるのがしおり糸(垂下 糸とも呼ばれる)である。数本の糸が束なって出来ており,最も古くにクモに備わった能力である。 何種類かのクモのメスが引くこの糸をオスがたどって行く事もあるという。 第4項 卵のう(egg―cocoon) 卵のうはしおり糸の次にクモが獲得した技術で急激な気温の変化,乾燥から卵を保護するために柔 らかい糸で生まれてきた卵を覆うものである。過去にクモを飼育する実験を行ったのだが,そこから 飼育箱内で飼育した卵と野外で発見される卵の色が異なることに気付いた。前者は白色なのに後者は 黒ずんだ茶色なのである。両方の卵を切り開いても中の色は表面と同じ色であった。この事と前述の かくれ帯の用例から推察するにクモには擬態能力が備わっているのではないかと考えた。 第3節 走性反応 第1項 走性反応とは 走性とはある何種類かの生物が有している習性で光・音・重力などの要因に対して向って行く(正), またはそれから遠ざかる(負)反応のことである。例として,ガの光走性(正)がある。 クモが狩をする際にも掛かった虫が一瞬にして逃げ出す事も有る為,振動に対する正と負の走性が ある。虫が巣に掛かり,もがいているときの振動と大型の生物(例えば人間)が巣に接触していると きの振動を感じ分け,近づくかどうかを判断するのである。その後,捕帯(swathing band)と呼ば れる糸で獲物を縛り上げ,牙を突きたてて,タンパク質分解酵素を含む毒を打ち込み,体外消化を行 なった後ポンプ式の吸胃で液状に分解されたタンパク成分を吸い上げる。 第2項 自然刺激に対する反応実験 生物を巣に掛けてみるとアリ・ハエなどは食べていたが,クモでも不思議と死んでいる生き物には 近づいてこなかったので,幾つかの条件を用意し,どの様な状態の餌にクモが近付いて来るのかを記 録した。使用した餌はアリ・ハエ・ハチ・カナブン・カエルを用意した。(全て生体と死体を用意) ア 仮説 最もクモが近づくのは日頃から常食していると思われるハエ,次にハチ・アリと続き残りの餌につ いては体の硬過さ,日頃の餌と重さが違いすぎるなどの原因で振動から遠ざかると考えた。 死体については他と比べると重量のあるカエルなら気づかれるのではないかと考えた。 イ 生体の結果 ハエ・ハチ・カナブン・カエル・アリの順に速く近づいた。(グラフ 11) 巣の外周付近 アリ ハエ ハチ カナブン カエル グラフ 11 巣の中央付近 × ○ ○ ○ △ ○ ○ ○ ○ ○ ○(近づき捕獲した) △(近づくが逃げられた) ×(気づかなかった) クモの走性記録(生体) ウ 死体の結果 全ての対象が気付かれなかった。 エ 考察 二つの実験を比較した所,アリを外周付近に乗せた時に気付かれなかったという事と死体を乗せた 時に全てに反応しなかった事より,クモを引き寄せる最大の要因は振動であると考えられた。また, 風の振動に反応しないのは走性が特定のリズムか音波の高低に関係しているからと考えられた。 第1項 人為的刺激に対する反応 前項 の二つの実験の比較によりクモの 走性が働くのには振動のリズムと音波の高低が関係してい ると考察された。そこで人為的な刺激をクモに与えどのような振動がクモを引き付けるのかを調べた。 実験はクモの巣に対して強弱の刺激を与えるもので柄付き棒・マッサージ器・携帯電話を使いそれぞ れの振動を与えた。音波については音叉を用いて波長を変えていった。波長については C 調・E 調・ A 調の音域で変える。 ア 仮説 振動のリズムは 虫の動きを再現すればよいので単調なマッサージ器の刺激よりも柄付き棒による 刺激に反応すると考えた。音波の波長は触れ幅の小さい高音の方が羽ばたくハエ等の虫とテンポが近 いのでクモが反応すると考えた。 イ 振動のリズムに対する反応の結果 携帯電話・マッサージ機器の順に反応し,柄付き棒には反応を示さなかった(グラフ 12) 巣の外周付近 柄付き棒 マッサージ器 携帯電話 グラフ 12 ウ 巣の中心付近 × ○ ○ × × ○ クモの走性記録(振動) 音波に対する反応の結果 巣の外周付近 巣の中心付近 C調 × ○ E調 ○ ○ A調 ○ × グラフ 13 エ ○(近づき捕獲した) ×(気づかなかった) ○(近づき捕獲した) ×(気づかなかった) クモの走性記録(音波) 考察 第4節 巣の強度 これまでの実験や調査を通して巣のポジショニングや獲物が掛かった時のクモの反応は獲物を捕ら えるのに適した手段だということが解った。しかし,それらのクモの行動を支え直接的に捕虫に貢献 しているのはクモの巣である。特にその強度が種の存続の要となったとも言えるのである。なぜなら クモが巣を持たないと仮定した場合長く動かし難い足は鈍重で,純粋な力比べにも特出した所は無く 体外消化で獲物が溶解するまで他の生物から守る術も無い。その様に脆弱な存在なのである。 その様なクモを強者としている重要な糸は 0.07 デニール(約 4 万mで 340g)ととても軽い物質な のである。そんな細い糸を特定の形に編むだけでカエルをはじめとする自らの重さよりも大きな獲物 すらも拘束し,強風にすら耐えうるのである。そこでクモの巣がどの程度の強度を持っているのかを クモの巣を模倣して作ったモデル(図 4)(図 5)で計測した。(単純に縦と横に糸を張っただけの縦 横型とクモの巣の形を真似たクモの巣型。糸の太さは 1 ポンド約 0.45kg の重さに耐えられる糸。) 図4 縦横型 図5 クモの巣型 第1項 局部的圧力に対する強度 重さ 5kg の鉄アレイを 25cm 毎の高さから落とす。糸が切れたところを強度限界とする。 ア 仮説 テニ スやバドミ ントンのラケットなどに見られるように効率良く力を分散させる構造は縦横型と 考えられえるので縦横型の強度限界は強い。しかし,クモの巣にも何かしらの工夫が施してあると想 像出来るので縦横型に近い強度限界を持っている。 イ 結果 クモの巣の居度限界のほうが僅かに強かった。(グラフ 14) 25cm 50cm 75cm 100cm 125cm 縦横型 ○ ○ ○ ○ × クモの巣型 ○ ○ ○ ○ ○ グラフ 14 強度実験(局部的) ウ 考察 実験を繰り返すうちに結果が不安定なことに気づいた。おそらく 25cm から磨耗が蓄積されて強度 が一定でなくなると考えられる,そのため5回の結果を平均して結果とした。その結果よりクモの巣 型のほうが強いことが解かった。それは良いポジショニングをしたとしても機会は限られてくるため, 巣に負荷が掛かるとその一点を中心に全体の糸が弛んで獲物を逃がさない様にするクモの工夫と考え られる。実際,鉄アレイを落とした時に縦横型とクモの巣型で前者は鉄アレイが高く弾み糸は弛まな かったが,後者は落しても弾む事はなかったが一度落す度に糸に弛んでいた。そして糸が弛んでいな い縦横型のほうが先に強度に限界がきた。つまり糸と糸を編んで面にしたような物体で物を捕らえる 時には弛んだ糸で編んだ物の方が接触時の衝撃と物体の持続性の点で適していると考えられる。 第2項 散在的圧力に対する強度 重さ 5kg・4kg・2kg の鉄アレイを 2 個ずつ用意し高さを 25cm に固定し軽い物から順にある程度 離して落す。糸が切れたところを強度限界とする。 第 2 節のかくれ帯の項でクモの巣にはかくれ帯という構造があり,その役割はクモの巣に鳥が飛び 込んで来るのを防止するためということに触れた。しかし,分布図を作成する際に学校の特定の地域 に破壊された巣が多数固まっていることを発見した。この破壊された巣の端に捕帯で巻かれる事なく 死んでいる獲物の姿があった。これを発見して私は巣が壊れた原因がクモの巣に許容数上回る勢いで 虫がついたためでないかと考えた。そして,クモの巣がどの程度の重さまで耐える事が出来るのかに ついて調べた。 ア 仮説 前項 の実験の結 果から二つの模型の強度さが僅かだった事と分布作成で発見した手掛りからも判 断すると,散在的な圧力に対する強度は両者で変わりが無い。 イ 結果 クモの巣型の方が極端に散在的な圧力に弱かった。(グラフ 15) 5kg (5+2)kg (5+2+2)kg (5+4+2)kg (5+4+4)kg 縦横型 ○ ○ ○ ○ × クモの巣型 ○ ○ × × × グラフ 15 強度実験(散在的) ウ 考察 散在的な圧力に対してクモの巣型の強度が弱い原因は糸の組み方にあると考えられる。クモの巣型 はある点に力が加わるとその点を中心に力を吸収する。だから,前項で触れた様に獲物をバウンドさ せずに包み込む事が出来るのである。しかし,この実験のように同時に複数の点に圧力を掛けられた 場合は一点毎に対応する面積が減少してしまい力を吸収しきれずに巣が壊れてしまうのである。 一方,縦横型はどの点に物体が落ちてこようとも全体で力を分散させ,反発する。そのため一点 毎 の強度は弱いが同時に複数の圧力が掛かっても一点に陥没するようなことが無いので面積はそのまま 圧力を跳ね返す。 これらの事から破壊されていたクモの巣は鳥による破壊ではなく大量に発生した虫が巣を破壊した ことが解かった。 第3章 まとめ 「クモが何故獲物を捕らえられるのか」という問について,クモは自らの本能を頼りに獲物の動向 を読んで巣を張り,何種類もの糸を使い分け獲物を捕らえるという目的のために生きていたからこそ 獲物を捕らえ得るのだという事が解かった。 太古から人類はクモを嫌ってきた。しかし,すぐにで も気づくべきでないだろうか,この生物のすばらしい技 術に。例えば第 2 章の強度実験の結果からクモの巣の機 能美を理解していただけただろう。これらの技術は私達 が石器を用いて獣を追回す時代よりも前から完成されて いたのである。実際に工場現場ではこの技術を応用し活 用している。 (図 6)クモの巣の衝撃の吸収性と従来の縦 横で組まれた網を融合させたスパイダーネットという安 全ネットである。他にも電子顕微鏡の視野確定に使われ る十字の照準線にはクロゴケグモの糸が利用されている。 また現在バイオテクノロジーの分野でもクモの糸の利用 図6 スパイダーネット 法やたんぱく質分解性の毒の利用法などの研究が進んで いて,奈良県立医科大学ではコガネグモ 100 匹から 3 ヶ月かけて長さ 10cm,太さ 2,6mm を作りこ れをハンモックの一端として利用体重 65kg の人間を支えるのに成功している。このようにクモに関 する研究はこれから発展を遂げるであろう。そして,それが人間社会に有益な技術となって帰ってく ると考えられる。 また私はクモを通して人間の自然破壊の現状を思い知らされた。クモの分布図の作成時に学校の一 区画に破壊されているクモの巣を大量に確認した。それは大量に発生した虫によって巣を破られてい たのである。一見すると自然現象のように思えるかもしれない。しかし,これらの虫は水田という事 業のために人間が作った自然が原因で大量に発生したのである。学校の東側では山を切り崩し運動競 技場として,西側では一見すると自然に溢れているがそれも仮初に過ぎない。自然を害しては,人工 的に自然を作り生態系を崩す。緑が多いと呼ばれている五ヶ瀬町でもこのような変化を確認すること ができるのである。都市化の進んでいる地方での自然破壊はより顕著であろう。つまり,私たちが幾 ら声高らかに「自然」を求めてそれを体現化してもそれは生物にとっては人工でしかないのかもしれ ない。クモは生態系の中では比較的上位の生物であるがこのままの状況では,近い未来私たちは望ま なくてはクモを見る事が出来なくなるかもしれない。だからこそ,クモを含めた全ての生物に慣用で あるべきだと考える。確かに気持ち悪い,汚らわしいように見える。だからこそ私たちがこの生き物 に目を向けなくてはならないのである。先人が毒を恐れてできなかった研究ができるようになってい るのだから。全ての生物を知り,生物の全てを理解し共存に努めなくてはならない。それが私たちの 環境を守っていくことの第 1 歩であるのだから。 参考文献 ・八木沼建夫『原色日本クモ類図鑑』 (保育社,1988 年) ・ マイケル・チナリー『クモの不思議な世界』 ・防災工事現場 http://www16.ocn.ne.jp/~hirefuri/bousaikj.html ・Laboratory of Natural Products Chemistry Jr. http://npchem.blog44.fc2.com/blog-entry-93.html (株式会社晶文社,1997 年)
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