地域のマーケティングからみる中国(CHINA)世界遺産

地域のマーケティングからみる中国(CHINA)世界遺産
岩田貴子(日本大学)
Keyword: 世界遺産、中国、マーケティング
【はじめに】
近年、中国は目覚ましい経済成長も落ち着き次のステ
ップに入っていかなくてはならない状況が垣間見られる。
も一度消えてしまえば二度と出現しないようなものをい
かに守っていくのか、という保護と保存が大きな意味合
いを持っていた。
そのような状況下で中国においては世界遺産というのは
しかし、今日の世界遺産というのは、それが登録され
どのような位置づけになっているのか、地域とのかかわ
ることによる地域振興、観光振興が大きな意味を持つと
りはどのようになっているのか、マーケティングの観点
いうことが往々にして存在してしまう。さらに、ユネス
から思考するのがこの研究の目的である。
コは世界遺産の認定は行うものの、その後の遺産保護の
中国は拡大戦略を推し進め GDP では世界第 2 位の国
計画は各国に依頼される1)。
になった。経済的な生活向上は画期的な事ではあるが、
日本の世界遺産誘致にしても中国の世界遺産に関して
スピードが優先された建造物への手抜き工事、環境汚染
も世界遺産頼みの観光振興はかなりの頻度で見受けられ
などへの課題も指摘される。
る。世界遺産というブランド化(お墨付き)が、地域を
そのような経済の急速な成長と何千年もの歴史を懐に
ひいてはその国家の経済をおしあげてくれるという事象
抱いている国情で、世界遺産という価値物をいかに位置
は、数々の地区で成功事例が取りざたされることによっ
づけ、国としてそして地域としてとらえているのであろ
て加速しているようにも見受けられる。その成功事例を
うか。中国は世界遺産が現時点で 47 ヶ所(2014 年現在)
目の当たりのした他の地域もわれ先へと登録申請を行う
あり、イタリアに次いで世界で 2 番目に多い国である。
動きは各地で見られる。
地域の価値物という観点からすると、我が国における世
2.中国における世界遺産の位置づけ
界遺産の概念、英国においての文化財等のとらえ方、は国
中国は 1985 年に世界遺産委員条約に加盟し、1986 年
によって異なる様相が見て取れた。中国に関してはそれら
から世界遺産申請が始まった。現在中国には 47 ヶ所の世
と同様なもの、また異なる視点が存在するのか。
界遺産があるが、それ以外にも 500 件近い文化遺産を保
中国は巨大な国土を有しており、その中で国の政府と地
護しており、世界の中でも非常に遺跡が多い国である。
域の自治体がさまざまな連携を取りながら施策を計画し運
現在の世界遺産登録申請中の地区が数十ヶ所あるとも言
営している。その関係性を保ちながら地域経済の発展を考
われており、日本人が考える世界遺産とは少し異なると
え、さらに地域の住民の充実した生活も検討していかなく
らえ方になっている。
てはならない。
また、登録の選考基準も遺産の価値によっての順番付
国の重厚長大を主軸とする経済発展モデルから、地域住
ももちろんあるが、その地域がどの程度その遺産登録に
民の豊かな生活を基調とする方策を盛り込んだ政策への転
よって恩恵が受けられるのかということも国内において
換が図られているのか。地域におけるマーケティングはい
の選考基準としては大きなものがあるといわれる。
かにそれと関わっているのか、それを分析する。
この報告は中国の世界遺産の地域を 18 ヶ所調査し、世
界遺産という地域価値が中国においていかなる位置づけに
あるのかの整理の試みである。
3.消費環境
中国人の世帯年収は年々増加し、大都市の上層中産階
級の世帯年収は 30 万元(約 369 万円)を超えている2)。
しかし、全体的な所得の向上はもちろんあるものの、
①格差が非常にある、②このような成長は継続せず、お
【研究内容】
そらく、今後伸び率は鈍化が予想される。奢侈品消費の
1.世界遺産とは何か
成長は現に鈍化しており、2012 年は 2011 年の水準を下
世界遺産とは何か。世界遺産条約はこのままでは消滅
回ることが確実視されている3)。また 2012 年の第 3 四半
してしまう恐れのある価値物をいかに世界的に保護して
期のGDPが7.4パーセントで7四半気連続の減速となっ
いくのか、ということが大きな意義であった。世界的に
たことが示された4)。
4. 観光の状況
は若年層が多いのに対し、日本の観光客は中高年層が多
中国は 1978 年から始まった改革開放路線を行うこと
く若年層は少ない 10)。
によって沿岸部と内陸部の経済格差を生んだが、それの
日本人観光客は世界遺産のブランドに非常に価値を置
是正を試みている。そこで注目された一つの産業が観光
いており、現地ツアーのパンフレットや日本で募集する
業であり「少数民族地区経済を振興させる突破口」と位
中国ツアーにも、当該地区が世界遺産かどうかで行先を
置付けるようになる5)。
決める傾向が強い 11)。
中国の国内観光客は 2005 年までは年間約 10 億人であ
ったが、
2011 年においては年間 26 億人にまで増加した 。
6)
7.事例
麗江(1997 年世界遺産登録)
1)地域背景:中国雲南省麗江市は 124 万人中 30 万人
国際的な観光も年々増加し、中国人観光客が海外で消費
がナシ族という少数民族が多く生活をする地域である。
した額は 2010 年、
2011 年とも連続で約 30 パーセント増
1995 年までは地元の人々がゆっくり生活をしているよ
である7)。観光業の収入も 24.97%増を記録し、中国経済
うな地域であり、特別に観光地域としては著名ではなく
8)
が減速する中で観光が経済を牽引する形になっている 。
興味のある一部の人が訪れていた地区であった。国外観
5.観光政策
光客は年平均 28 万人くらいで国内観光客よりは多かっ
中国は共産党の政治主導で観光の政策も決まってきた。
たが、まだ国内には知られていない地域であった。その
それゆえに観光キャンペーンもそのときどきの時勢を反
当時は古い中国の街並みや少数民族文化を訪問したい西
映してのものになっている9)。観光を後進地域、貧困地
欧人がのんびりと訪問していた。
域への統合的な政策として国は大いに後押ししている。
それが大きく変わったのが 1996 年にあった大地震で
世界遺産登録を進めるにあたり地方政府がまずは主導
ある。貴重な街並みが壊れたということで、被害や地名
的立場をとる。さらに国に計画をあげ、その後ユネスコ
が中国国内に急速に知られるようになり街並みなどを保
に申請を行う。地域住民の文化のため、あるいは遺産の
護しなくてはならないという気運が一気に高まった。翌
保護などの目的はあるものの、世界遺産登録後の経済発
年 1997 年に世界遺産に登録されたことなどから 1998 年
展のためというのが大きいようである。しかし、2010 年
には観光客は 173 万人になり、2004 年には 433 万人、
の第 12 回目の 5 ヵ年計画で転換期に差し掛かった。それ
2009 年には 750 万人、2011 年には 1184.05 万人になっ
までの経済発展を何が何でも推し進めるということでは
た 12)。
なくして、GDP も世界 2 位となり社会全体が次の段階へ
2)世界遺産にともなう多面性の価値や商品
の成長へと舵を切ることになる。重工業一辺倒の経済政
(1) 文化的視点:麗江古城の中はもともと地元の
策からソフト化へも加味されることになった。その中で
人が住んでいたが、観光地化が進み収入が見込めるよう
の観光は非常に重要な産業としても位置付けられるよう
になると外来者がそこに入ってくる。地元の人は外来者
になった。
に土地や物件を賃貸し自らは郊外に移り住む。そこに外
6.ターゲットをどのようにとらえるか
1)中国国内観光客
中国では経済格差があるが、中級以上の富裕層におい
来者がさまざまな観光ビジネスを行うことによって元来
の文化とは異なる、外来者が理解するあるいは観光客に
受けの良い文化が創造されていく。
ては観光がブームになっている。中国国内はもちろんの
新文化としてのバーに訪れる若者へのアピールは「出
こと、世界各国にさまざまな目的で旅行をする。目的は
会いの街、麗江」である。1996 年に「さくらや」という
ショッピング、各国の歴史文化見学、リラックスなど多
バーが最初に麗江に出来、2002 年からは増加の一途をた
様である。
どる。現在は川筋に 27 件のバーが立ち並び夜にもなると
2)国外観光客
音楽を店の外まで流して集客を図っている。
2011年度までは国外観光客の中で日本から中国への観
現在の麗江はトンバ文化、若者文化、リラックス文化
光客は韓国に続いて 2 番目というのが定位置であった。
の融合になっていてそれぞれの年代や旅の目的によって
2009 年度は日本が韓国を抜いて1位ではあったがその後
それらが複雑に混合されている。
は 2 位になっている。旅行目的は韓国が観光/レジャーが
(2) 自然的視点:麗江は自然に関しては北約 15 キ
多いのに対し、日本はその年によって会議/ビジネスが多
ロにある玉龍雪山(最高峰 5596 メートル)を代表として
かったり観光/レジャーが多かったりする。韓国の観光客
街の内外に素晴らしい自然が残っている。気候が良く、
夏は涼しく冬でも日中が 15 度前後になり温かく、観光を
たのか」を表紙テーマにし創刊された。その後も同じよ
するのにちょうどいい気候である。黒龍潭景区という池
うな特集(
「麗江の柔らかい日々」など)を組む雑誌が出
を中心とした水の公園が市内にはありその中にはトンバ
版されている。2005 年以降は「情事(恋愛)の街」とい
文化研究所も開設されている。
うことで、古くはナシ族の心中の物語から発して出会い
(3) 歴史的視点:トンバ教などのナシ族の歴史と
の街、新婚写真撮影の街、などに変化している。過去に
文化を柱としている。トンバ文字はトンバ老師しか読み
はナシ族は「夜不閉戸、路不拾遺(夜でも戸を閉めなく、
書きができないと言われる貴重な象形文字であるが、そ
路に物が落ちていても誰もそれを自分のものにしない。
れを展示する博物館などがある。納西古音楽会は古城の
世の中が良く治まっていて社会の秩序が守られているこ
中にあり、歴史のある建物の中でナシ族の正統な音楽を
とのたとえ)
」としてこぢんまりとしながらも落ち着いた
聴くことが出来る。
生活を営んでいたが、外来者(観光客およびビジネス目
麗江古城の北西 4 ㎞には束河古鎮、北へ 12 ㎞には白沙
的などで移住する人)が増え、そのような環境は薄れて
というナシ族の村がありそこではナシ族の暮らしや古い
いる。1996 年に初めてのバーができ、その後も数が増え
建物が存在する。
夜の街の顔も見せている。
3)プロモーション戦略
5)現在の問題点
TV ドラマ「木府風雲」は大変人気があり、何度も再放
(1) 新しいビジネスと歴史ある建物との融合をい
送(中国国営テレビ CCTV1or8)がされている。また高
かに図っていくのか
倉健主演の「単騎、千里を走る」などの映画で中国国内
急激な観光客の増加に街が必死で対応を図っている努
および日本においての知名度が上がった。今後もこのよ
力が見られる。道路、鉄道、航空、パーキングなどあら
うなプロモーションは少しずつ行う予定である。市役所
ゆる新しい建造物がそこかしこで建設中である。現在開
では「天雨游芳(ナシ族文化の言葉で「学びなさい、本
発を南側で行っているがそれを徐々に北側に広げていく
を読みなさい」の意)
、
「夢幻麗江(夢のような麗江)
」と
計画である。雑誌などで作られる麗江のイメージが果た
いうキャッチフレーズを特に国内に向け発信している。
して麗江の人々のイメージとあっているのか、疑問が残
張芸謀(チャンイーモウ)監督他が監修した「印象麗江」
る。
という屋外シアターで催される舞踊パフォーマンスは玉
龍雪山をバックに非常に人気があるショーとなっている。
また国内の伝統的な祭り 13)および新しいイベント、雪
(2) 管理方法がそれぞれの遺産によって異なるこ
と 15)
麗江には文化遺産(麗江古城)
、自然遺産(三江併流、
山音楽祭(若者向けのロックコンサート)などで集客を
玉龍雪山)
、記録遺産(トンバ文字・文化)という 4 つの
図っている。
おもな遺産があるが、それぞれの管轄役所が異なってい
4)世界遺産登録前と後の変化
る。日本の役所にも見られることでもあるが、管轄が異
(1)観光客数の急増:1995 年までは年間 30 万人く
なるためにそれぞれがばらばらのことを行っており、統
らいであったが、世界遺産登録後の 1998 年には 173 万
一性という意味での管理が難しい。また、何か改善点な
人に増加した。2008 年 625.49 万人、2009 年 758.14 万
どが見つかってもそれを上にまでとおしていくのに複雑
人、2010 年 909.97 万人、2011 年 1184.05 万人と急増し
な経路があり、そこの整理が必要になってくるのではな
ている
14)
。
(2) 観光施設の増加:目立って増加しているのは
いか。
(3) 急速な観光客増加への対応
高級ホテル、著名レストラン、ショッピングセンターで
短期間のうちに急激に観光客が増加したために当初の
ある。麗江古城の中の小規模なお土産屋、カフェ、バー
予想ではおいつかない事象が表れてくる。例えば玉龍雪
などはさらに変化が大きく見られ、次々にオープンと改
山のロープウェイであるが、出来た当初の数倍もの観光
装を繰り返している。観光業に従事する人数も増加して
客が訪れているために待ち時間が 2 時間もかかる日があ
おり他地域からの流入が大きい。
ったり、通路など幅が狭く安全面などでの問題がある。
(3) 文化の変遷:登録後特に国内メディアの注目
を集め、メディアが競って新しい文化や流行を喧伝し始
【検討結果】
めた。2002 年の雑誌「新週刊」は「あなたは麗江へ行っ
1.世界遺産のとらえ方:世界遺産頼みの地域振興がか
なりの頻度で見られる。世界遺産のブランドが地域を、
国 21』vol.3、p.44.
ひいては国家経済を押し上げてくれるという事象が加速
6)
してきた。
http://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20120817/Record
2.中国の観光産業:鉱工業重視の経済政策からソフト
china_20120817022.html(2012 年 9 月 26 日現在)
産業化へも拡充が図られており、観光はその中でも特に
7)
資源が乏しい地域では珍重される。
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=6495
3.国・地方の政策と住民:双方からみて観光は迅速に
5&type(2012 年 9 月 26 日現在)
さほど苦労なく簡単に収入増につながると捉えられてい
8)
る。しかし、乱開発も多々見られ、住民生活の進歩など
http://www.cnta.com/html/2012-10/2012-10-7-17-55-10
と観光産業のバランスがなかなかうまく進んでいない地
165.html(2012 年 10 月 9 日現在)
域もある。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121008/chn12100
818150005-n1.htm(2012 年 10 月 9 日現在)
【今後の展開】
世界遺産は大きな経済効果を産出する。したがって国
9)高山陽子、2007『民族の幻影-中国民族観光の行方
-』東北大学出版会、p.42.
家としても力を入れているプロジェクトの一つにもなり、
10)中国国家旅游局、2012 年 12 月『旅行統計』
.
それゆえに候補地の地域同士の競争も激しい。その中で
11)
バランスの良い地域の価値保存および開発は諸所の困難
http://topics.jp.msn.com/wadai/recordchina/article.aspx
もある。
?articleid=1484994(2012 年 11 月 4 日現在)
中国は現在世界第 2 位の世界遺産登録数であるが、近
12)中国雲南省麗江中國國際旅行社 付 Gang 監事、王
い将来にさらに上を目指している。現時点までの中国政
一乃氏、和茂林氏におけるインタビューに基づく(2012
府および地方自治体の計画を概観すると、それも遠くは
年 11 月 19 日、20 日、21 日)
。
なさそうである。数においての世界一は実現することに
13)中国は国の伝統的な祭りを現在も重要視しており、
はなりそうではあるが、課題も山積しておりそれをいか
またさらに少数民族の伝統行事も大切に行われている。
に解決していくのかが問われることになろう。
14)麗江市観光局 麗江市観光業状況(2012 年 11 月 7
日現在)
【引用・注】
http://www.stats.yn.gov.cn/canton_model17/newsview.a
1) 張天新・山村高淑、2007「世界遺産登録と観光開発」
spx?id=1665060
『世界遺産と地域振興』世界思想社、p.27.
http://www.stats.yn.gov.cn/canton_model17/newsview.a
2) 参考消息電子版
spx?id=1054822
http://topics.jp.msn.com/world/china/article.aspx?articl
http://www.stats.yn.gov.cn/canton_model17/newsview.a
eid=1445509(2012 年 10 月 4 日現在)
spx?id=1054438
3)
http://www.stats.yn.gov.cn/canton_model17/newsview.a
http://www.stats.gov.cn/was40/gjtjj_detail.jsp?channeli
spx?id=1053466
d=19761&record=31(2012 年 8 月 19 日現在)
麗江市政府情報公開ウェブサイト(2012 年 11 月 27 日現
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120821/chn12082
在)
108590000-n1.htm(2012 年 10 月 10 日現在)
http://lj.xxgk.yn.gov.cn/LJ_Model/newsview.aspx?id=10
4)
85597
http://www.stats.gov.cn/tjfx/jdfx/t20121018_402843330.
http://lj.xxgk.yn.gov.cn/LJ_Model/newsview.aspx?id=10
htm(2012 年 10 月 18 日現在)
71901
http://topics.jp.msn.com/world/china/article.aspx?articl
http://lj.xxgk.yn.gov.cn/canton_model56/newslist.aspx?
eid=1471625(2012 年 10 月 20 日現在)
classid=125635
5)曽士才、1998「中国のエスニック・ツーリズム‐少
15)麗江市役所観光局局長室 張真氏におけるインタビ
数民族の若者たちと民族文化」愛知大学現代中国語会『中
ューに基づく(2012 年 11 月 21 日)
。