ロッシーニとベルカントの歌唱技巧

第 70 期一橋フォーラム
第 1 回 『ロッシーニとベルカントの歌唱技巧』テキスト
ロッシーニとベルカントの歌唱技巧
水谷彰良
水谷彰良(みずたに あきら)
1957 年東京生まれ。日本ロッシーニ協会事務局長。国立音楽大学及び同大学院非常勤講師。フェリス女学院大学オープンカレッジ、朝日
カルチャーセンター(新宿)各講師。著書:『プリマ・ドンナの歴史』(全 2 巻。東京書籍)、『ロッシーニと料理』新版(透土社[絶版])、『消え
たオペラ譜』『イタリア・オペラ史』『サリエーリ─モーツァルトに消された宮廷楽長』(第 27 回マルコ・ポーロ賞受賞。以上、音楽之友社)。
共著:『魅惑のオペラ』(全 20 巻。小学館) 他。
第一部 ベルカントとは何か、18 世紀末までの声楽技巧の発展
◎ベルカントとはなにか。再定義とその特質
オペラの世界や声楽教育の現場では、ベルカントbelcanto(もしくはベル・カントbel canto 1 )の用語が広く使われる。しかし、
その意味するところは多義で使用者間に一致をみず、しばしば矛盾する意味を付与され混乱を招いている。
実際には 19 世紀の初頭まで、belcantoやbel cantoは音楽用語として使われていない。初期の事例は 1820 年代に見出せ、
その後の用例は主に、過去の(失われた)声楽様式を指している。筆者はこれに関する論考を発表し、ベルカントが歴史的概念で
あり、16 世紀末から 1840 年頃までのイタリアの伝統的な声楽様式と定義すべきであるとし、その様式上の終焉をロッシーニ
に求めた(参照:水谷彰良「ベルカントの歴史様式とその解釈」『日本声楽発声学会誌』第 33 号 2006 年所収)。
筆者の定義に基づくベルカントの声楽的特質は、次のように要約できる。
(1)
(2)
(3)
(4)
色彩とニュアンスに富む滑らかな歌い方(カント・スピアナートcanto spianato 2 )
アジリタと母音唱法に基礎を置く装飾的な歌い方(カント・フィオリートcanto fiorito 3 )
高度に様式化された表現
歌手の創意で自由に変奏する技術(ヴァリアツィオーネvariazione 4 の適用)と即興性、写実よりも音楽の自律性に依拠す
る声の用法
◎装飾的で技巧的な歌唱の誕生(1570~80 年代のフェッラーラ)
ベルカントのはじまりは 1570~80 年代の北イタリア、フェッラーラ宮廷における「貴婦人たちのコンチェルト concerto
delle dame」の活動と、彼女たちのもたらした歌唱の転換に求められる。
1575 年か少し後にそれ以前とは非常に異なる或る歌い方が始まり、これが続く数年間に、一つの楽器の伴奏に乗せて独
唱する歌い方の原則となった。[中略]そしてマントヴァとフェッラーラの貴婦人たちの間で、素晴らしい能力を競い合う
ようになった。音色や声の配合だけでなく、過剰に走らず適切な音の連結から導かれる優雅な楽句を競うのである。[中略]
そして声を強くもしくは弱く増減し、細くあるいは太くしながら、時には声を長く延ばし、時には甘美な溜め息でそれを途
切らせ、時には長い装飾楽句をレガートやスタッカートで付け、グルッポ、跳躍句、長いあるいは短いトリッロ、甘くか細
い装飾楽句を伴い、そこから不意にこだまの応答が聞こえる。そして音楽と言葉の概念に適った顔の表情、眼差し、身振り
を付け、決して身体や口や手の下品な動きをせず、言葉を非常にはっきり発音することによってそれぞれの単語の語尾を聞
こえるように歌い、パッサッジやその他の装飾で言葉を途切れさせたり押し隠したりすることはなかった。
(ヴィンチェンツォ・ジュスティニアーニ『音楽論 Discorso sopra la musica』[1628 年]より)
★ルッツァスキ作曲のマドリガーレ《あなたを愛さずにはいられない Ch’ io non t’ami》の後半部 演奏:Musica Secreta Amon Ra CD- SAR 58
[CD] 1:23
次頁の楽譜参照
◎感情表現を豊かにする装飾(バロック歌唱の本質)
装飾は詩句に備わる感情を豊かに表現するための手段であり、そのための技術の発達をみた。なかでも重要なのが平易な旋律
1
2
3
4
bel canto(美しい歌)は一般的なイタリア語にすぎず、音楽用語とはいえない。正規の音楽用語や術語 technical term としては belcanto(日本
語表記はベルカント)を用いるべき。
canto spianato 原義は「なめらかな歌」「落ち着いた歌」。19 世紀初頭には名詞化したカンタービレ[il]cantabile とカント・スピアナー
トが同義とされる。
canto fiorito 原義は「華やかな歌」「装飾的に展開した歌」。カント・スピアナートと対比をなす「華麗な楽節 passi di bravura」を具えた
装飾的で華やかな声楽様式を指す。
variazione 原義は「変奏」。声楽においては歌手が反復部に適用する変奏歌唱や、長い音価の音符を細かな小さな音価の音符に分割するディ
ミヌツィオーネ[後述]を意味する。
1
を細かな音符に歌い替える「ディミヌツィオーネ diminuzione」(デミヌツィオ / ディミヌツィオ deminutio / diminutio[羅]、ディ
ミニューション diminution[英]語義は「縮小」)と呼ばれる技術で、このディミヌツィオーネが装飾・変奏・即興の基礎をなすと共
に、細分化された小音符を敏捷に歌う技術として「アジリタ agilità」
(声の敏捷さ agilità della voce の略)が発達を遂げた。バロック時代の声
楽技巧の基礎をなすアジリタは、うがいを行なうように喉を震わせ
る「うがい唱法 cantar di garganta」(カント・ディ・ゴルジア canto di
gorgia とも称される)により可能になる。
★世俗音楽における新たな歌唱様式/カッチーニ〈私があなたの美しい手を
握ると〉 歌:ナイジェル・ロジャース Amadeo PHLK-20007-8[LD] 4:37
◎初期のオペラに引き継がれる宮廷歌手の技巧
例1:モンテヴェルディ《オルフェーオ》(1607)第 3 幕〈力強い
精霊よ〉
★歌:ナイジェル・ロジャース EMI CC33-3525-26 [CD]
1:17
モンテヴェルディ《オルフェーオ》(1607)第 3 幕〈力強い精霊よ〉の
旋律原型と作曲者自身による技巧的な装飾例
ルッツァスキ《あなたを愛さずにはいられない》の後半部
例 2:ガリアーノ《ダフネ》(1608)第 6 景アポッロの歌
★歌:ナイジェル・ロジャース ARCHIV 437074-2 [CD]
1:41
◎カストラートによる声楽技巧の完成
バロックから古典派の時代における理想的歌手がカストラート castrato[伊]だった(エヴィラート evirato、ムジコ musico、エウ
ヌーコ eunuco の名称も使われる)。カストラートとは少年期に手術して人工的に変声を止めた男性ソプラノや男性コントラルト歌
手を指し、その声は柔軟さと力強さを併せ持ち、驚くほど長く息を保持でき、コロラトゥーラのパッセージを敏捷に歌うことが
できた。その秘密は、変声前の去勢で人為的に獲得した特殊な発声器官を、大人の肉体と肺活量で活用したことにある(その声は
輝かしく小回りの利くピッコロ・トランペットに譬えられる)。奇跡的歌唱で一世を風靡したカストラート、ファリネッリ Farinelli[本
名カルロ・ブロスキ](1705~82) に関する証言を次に掲げる。
(ファリネッリの歌唱は)法悦だった! 感激だった! 彼の兄が作曲した有名なアリア〈私は揺れる船のように Son qual
nave ch’agitata〉において、ファリネッリは最初の音をとても柔らかく歌い始め、それをまったく段階を気づかせずに驚く
べき強さへと膨らませ、再びそれを和らげていった。そのため 5 分間も拍手が鳴り止まなかった。次に彼は、輝かしい巧み
な速さで続きを歌い始めたため、当時のオーケストラは彼の拍子についてゆくのが困難になってしまった。[中略]しかし、
ファリネッリが他の歌手より優れていたのは速さだけではなかった。彼は他の偉大な歌手それぞれの卓越した要素を一人で
併せ持っていたのである。彼の声には力と艶と幅広い音域があり、その歌唱法には繊細な情緒、優美、テンポがあった。彼
以前も以後も、一人の人間に同時に見出すことのできない多様な長所を彼は具えていた。
(バーニー『フランスとイタリアにおける音楽の現状』1770 年 8 月 25 日)
★カストラートのメカニズムについて 『蘇ったカストラート』(「たけしの世界まるみえテレビ」2002 年?) 3:36
★フェリネッリを描いた映画『カストラート』より 3:21
2
◎後期バロック歌唱の基本技巧
バロック期を通じて歌唱技術は極限まで追及され、さまざまな技巧の確立をみた。基本技巧は次のとおり。
1
2
3
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7
8
アジリタ agilità──細かな音の連続を、一息に、敏捷に歌うテクニック。さまざまなアジリタの型の組み合わせにより、
技巧的なパッサッジョ passaggio が作られる。
アジリタ・マルテッラータ agilità martellata──四つの音の最初を高いポイントで強く打ち、これに三つの音を続ける
アジリタの型の一つ。
アルペッジョ arpeggio──分散和音唱法。
ヴォラータ volata またはヴォラティーナ volatina(飛翔)──オクターヴ間を駆け上がる、もしくは駆け下りるテクニック。
一オクターヴ内のそれをヴォラティーナ・シンゴラ volatina singola(単純なヴォラティーナ[ヴォラティーナ・センプリチェ
volatina semplice]ともいう)、2 オクターヴに及ぶそれをヴォラティーナ・ドッピア volatina doppia(ダブルのヴォラティー
ナ)と呼ぶ。
サルト Salto またはズバルツォ Sbalzo(跳躍)──かけ離れた音域に、高くあるいは低く、素早く移るテクニック。
装飾音(時代によって用語と解釈は変化する)
トリッロ Trillo(トリル)──一つ上の音との間を素早く行き来するテクニック(初期バロックでは同音反復のトレーモロ
Tremolo やリバットゥータ ribattuta が主流だった)。
モルデンテ Mordente──一つ下の音との間を素早く行き来すること。
グルッポ Gruppo またはグルッペット Gruppetto──一つの音を中心に転回すること(ターン turn[英]ともいう)。
アッポッジャトゥーラ Appoggiatura──前打音による装飾や、言葉のアクセントの音楽への移し替え。
メッサ・ディ・ヴォーチェ Messa di voce──一つの長い音を小さな声で歌い始め、最大の音量まで膨らました後に再び
最小の音量に運ぶテクニック。
◎女性歌手による高度な技術の習得(ヴィヴァルディ《グリゼルダ Griselda》1735 よりアリア〈二つの風に揺さぶられ Agitata da due venti〉)
★歌:チェチーリア・バルトリ POLL 1124[LD] 4:57
◎カストラートの超絶技巧と現代の歌手の演奏
例:リッカルド・ブロスキ《イダスペ Idaspe》(1730)より〈戦場の武装した戦士のように Qual guerriero in campo armato〉
→ ヴィヴァルディ《バヤゼット Bajazet》(1735) イレーネの同題のアリアに借用
★歌:ヴィヴィカ・ジュノー Virgin Classics 7243 5 45676 2 9 付録 DVD
3
ブロスキ《イダスペ》(1730)より〈戦場の
武装した戦士のように〉 (歌唱パートの
み抽出)
◎人声の限界への挑戦(超人的技術の追求とベルカントの完成)
歌唱面での技術向上とは別に、音域の拡大も 17~18 世紀の歌手によってなされた。男声の最低音は初期バロック・オペラで
獲得され、女声の最高音は 18 世紀を通じて極限に達した。
男声の驚異的低音(C):ステーファノ・ランディ《聖アレッシオ Sant’
Alessio》(1632)より
★歌:クライヴ・ベイリー Erato WPCS-5749/50 [CD]
1:44
オペラにおける女声の最高音(3 点 f):モーツァルト《魔笛》(1791)より
夜の女王のアリア
《聖アレッシオ》初版楽譜の該当部分
★歌:ナタリー・ドゥセ[デッセー] 2000 年パリ・オペラ座上演映像
2:53
モーツァルト作品の女声の最高音(3 点 g):コンサート・アリア〈テッサ
ーリアの民よ!~永遠の神々よ、私は求めない〉K316(二点 c から三点 g
への上昇パッセージ)
★歌:エディタ・グルベローヴァ London POCL-2496~2500 [CD]
モーツァルトが記譜した女声の驚異的高音 (4 点 c。
ルクレーツィア・アグヤーリの歌唱を書き留めたもの)
4
第二部 ロッシーニのオペラとベルカントの終焉
【ロッシーニの略歴】
ジョアキーノ・ロッシーニ Gioachino Rossini(1792-1868)── 1792 年 2 月 29 日イタリ
アのペーザロ生。ボローニャでプリネッティに師事し、12 歳で早熟な才能を顕す《四重奏
ソナタ》を作曲。ボローニャの音楽学校在学中の 1810 年、ヴェネツィアでデビュー作《結
婚手形》を発表して認められ、1 幕ファルサ《絹のはしご》《なりゆき泥棒》《ブルスキ
ーノ氏》により喜劇的天分を開花させた。オペラ・ブッファは《試金石》(1812) と《アル
ジェのイタリア女》(1813) が出世作となり、ほどなく《セビーリャの理髪師》(1816)と《チ
ェネレントラ》(1817)の傑作を生み、オペラ・セーリアのジャンルでは《タンクレーディ》
(1813)が最初の成功作となる。1815 年にナポリの王立劇場音楽監督に就任し、華麗で技巧
的な歌唱を駆使する力強い作風に転じ、定型的序曲やレチタティーヴォ・セッコの廃止、悲
劇的フィナーレ採用などの改革を行なう。1823 年まで 8 年間続いたナポリ時代の代表作
は、《オテッロ》(1816)、《エジプトのモゼ》(1818)、《湖の女[湖上の美人]》(1819)、《セ
ミラーミデ》(1823)。24 年のパリ定住後はフランス語オペラを連作し、ロマン派歌劇の先
駆けをなす《ギヨーム・テル》(1829)を最後に 37 歳の若さでオペラの筆を折る。その後非
公開の約束で《スタバト・マーテル》(1832/41)を作曲、歌曲・重唱曲集《音楽の夕べ》(1835)
を出版したが、フランス政府の終身年金を得ると帰国して引退生活に入った。1855 年には
再度パリに移住して創作意欲がよみがえり、私的演奏の目的で 150 曲にのぼるピアノ曲と声楽曲、《小荘厳ミサ》を作曲し
た。68 年 11 月 13 日パリ近郊パシイにて没。歌唱技巧を極限にまで開花させたロッシーニのベルカント様式は 20 世紀後半
に見直され、全 39 作のオペラ再上演も達成されている。
(『音楽小辞典』音楽之友社の項目ロッシーニより。水谷彰良・筆[一部改稿])
19 世紀イタリア・オペラ作曲家の中にあってロッシーニは特別な位置を占める。バロック・オペラの流れを汲む装飾的で技
巧的なベルカント歌唱を極限にまで高めると同時に、この様式にみずから終止符を打ってしまったからである。イタリア・オペ
ラの古典的ジャンルであるオペラ・セーリア(真摯な歌劇)、オペラ・ブッファ(喜歌劇)、オペラ・セミセーリア(中間的な性質の歌劇)、
ファルサ(単幕の軽喜劇)の表現可能性もロッシーニによって汲み尽され、終焉を迎えることになる。
◎初期作品の声楽技巧(ベルカントの継承と独自の様式化)
★《なりゆき泥棒》(1812)よりベレニーチェのアリア〈あなた方は花嫁を求め Voi la sposa pretendete〉のカバレッタ部分 1987 年ロッシーニ・オペラ・フ
ェスティヴァル上演映像 ベレニーチェ:ルチアーナ・セッラ(S) 2:26
◎オペラ・ブッファのジャンルにおける喜劇的天分の開花(1)
★《アルジェのイタリア女》(1813)よりイザベッラのカヴァティーナ〈むごい運命よ〉 1998 年パリ・オペラ座上演映像 イザベッラ:ジェニファー・ラーモア
4:36
◎オペラ・ブッファのジャンルにおける喜劇的天分の開花(2)
★《アルジェのイタリア女》(1813)より第 1 幕フィナーレのストレッタ 2006 年 7 月エクサン・プロヴァンス音楽祭上演 イザベッラ:クリスティアンネ・ストテ
イン、リンドーロ:マキシム・ミロノフほか BelAir BAC025 [DVD] 3:20
◎近代テノールの誕生とファルセットーネによる超高音の獲得
★ベッリーニ《ビアンカとフェルナンド》(1828)より第 1 幕フェルナンドのカヴァティーナ末尾。1991 年カターニア、マッシモ・ベッリーニ劇場ライブ録音
フェルナンド:グレゴリー・クンデ Nuova Era 7076/77 [CD] 1:06
★ベッリーニ《清教徒》(1835)第 1 幕より 1989 年カターニア、マッシモ・ベッリーニ劇場ライブ録音 タルボ:ウィリアム・マッテウッツィ
Nuova Era 6842/43 [CD] 1:19
◎ロッシーニ・テノールのドラマティックで技巧的な歌唱
★《リッチャルドとゾライデ》(1835)第 1 幕導入曲よりアゴランテのアリア末尾(主題だけで c’-c’’’の 2 オクターヴ) 1990 年ペーザロ・ロッシーニ・オペラ・
フェスティヴァル上演映像 アゴランテ:ブルース・フォード 4:06
◎ロッシーニのオペラ・セーリアの魅力と特質(《タンクレーディ》を例に)
★《タンクレーディ》(1813)よりタンクレーディの追加アリア。N16-iiia ロンド〈なぜ平安を乱すのか〉1992 年シュヴェツィンゲン音楽祭上演映像 タンクレ
ーディ:ベルナデッテ・マンカ・ディ・ニッサ パイオニア PIBC2048 [DVD]
4:32
★《タンクレーディ》(1813)よりオリジナルのハッピーエンド・フィナーレ 同前 2:46
★《タンクレーディ》改訂版(1813)における悲劇的フィナーレ 2002 年トリエステ・ジュゼッペ・ヴェルディ劇場上演映像 タンクレーディ:ダニエラ・バルチ
ェッローナ Kicco Classic KCOU9004 [DVD] 2:58
5
◎ロッシーニのオペラ・セーリアにおける劇作上の革命
★《オテッロ》(1816)第 3 幕フィナーレより 1988 年ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル上演 オテッロ:クリス・メリット デズデーモナ:ジューン・アンダー
ソン 3:27
◎ロマン派オペラへの架け橋となるオペラ・セーリアとグラントペラ、ヴェルディの先駆者としてのロッシーニ
★《モイーズとファラオン》(1827)第 4 幕フィナーレより 2004 年ミラーノ・スカラ座上演映像 モイーズ:イルダル・アブデュラザコフ 5:34
★《ギヨーム・テル》(1829) イタリア語版《グリエルモ・テル》より 1988 年ミラーノ・スカラ座上演映像 アルノルド:クリス・メリットほか 3:51
◎早期引退の謎とその解釈
★資料映像より ムーティとパヴァロッティの見解 1:40
付録:ロッシーニ・オペラ作品目録
1 デメトリオとポリービオ Demetrio e Polibio(ドランマ・セリオ 2
21 泥棒かささぎ La gazza ladra(メロドランマ 2 幕)初演: 1817 年 5
幕。1810c 作曲)初演: 1812 年 5 月 18 日ローマ
月 31 日ミラーノ
2 結婚手形 La cambiale di matrimonio(ファルサ・コミカ 1 幕)初演:
22 アルミーダ Armida(ドランマ 3 幕)初演: 1817 年 11 月 9 日ナポリ
1810 年 11 月 3 日ヴェネツィア
23 ブルゴーニュのアデライデ Adelaide di Borgogna(ドランマ 2 幕)
3 ひどい誤解 L'equivoco stravagante(ドランマ・ジョコーゾ 2 幕)初
初演: 1817 年 12 月 27 日ローマ
演: 1811 年 10 月 26 日ボローニャ
24 エジプトのモゼ Mosè in Egitto(アツィーネ・トラージコ=サクラ
4 幸せな間違い L' inganno felice(ファルサ 1 幕)初演: 1812 年 1 月 8
3 幕)初演: 1818 年 3 月 5 日ナポリ
25 アディーナ Adina(ファルサ 1 幕。1818 作曲)初演: 1826 年 6 月 12
日ヴェネツィア
5 バビロニアのチーロ、またはバルダッサレの没落 Ciro in Babilonia,
日リスボン
ossia La caduta di Baldassare(ドランマ・コン・コーリ 2 幕)初演:
26 リッチャルドとゾライデ Ricciardo e Zoraide(ドランマ 2 幕)初演:
1812 年 3 月 14 日フェッラーラ
1818 年 12 月 3 日ナポリ
6 絹のはしご La scala di seta(ファルサ・コミカ 1 幕)初演: 1812 年
27 エルミオーネ Ermione(アツィオーネ・トラージカ 2 幕)初演: 1819
5 月 9 日ヴェネツィア
年 3 月 27 日ナポリ
7 試金石 La pietra del paragone(メロドランマ・ジョコーゾ 2 幕)初
28 エドゥアルドとクリスティーナ Eduardo e Cristina(ドランマ 2
演: 1812 年 9 月 26 日ミラーノ
幕)初演: 1819 年 4 月 24 日ヴェネツィア
8 なりゆき泥棒 L' occasione fa il ladro(ブルレッタ・ペル・ムジカ 1
29 湖の女[湖上の美人]La donna del lago(メロドランマ 2 幕)初演:
幕)初演: 1812 年 11 月 24 日ヴェネツィア
1819 年 10 月 24 日ナポリ
9 ブルスキーノ氏、または替え玉息子 Il signor Bruschino ossia Il
30 ビアンカとファッリエーロ、または三頭会議 Bianca e Falliero, o
figlio per azzardo(ファルサ・ジョコーザ 1 幕)初演: 1813 年 1 月 27
sia Il consiglio dei tre(メロドランマ 2 幕)初演: 1819 年 12 月 26
日ヴェネツィア
日ミラーノ
10 タンクレーディ Tancredi(メロドランマ・エローイコ
2 幕)初演:
31 マオメット二世 Maometto II(ドランマ 2 幕)初演: 1820 年 12 月 3
11 アルジェのイタリア女 L' italiana in Algeri(ドランマ・ジョコー
32 マ テ ィ ル デ [ ・ デ ィ ] ・ シ ャ ブ ラ ン 、 ま た は 美 貌 と 鉄 の 心
1813 年 2 月 6 日ヴェネツィア
日ナポリ
ゾ 2 幕)初演: 1813 年 5 月 22 日ヴェネツィア
Matilde(di)Shabran, ossia Bellezza e cuor di ferro(メロドラン
12 パルミーラのアウレリアノ Aureliano in Palmira(ドランマ・セリ
マ・ジョコーゾ 2 幕)初演: 1821 年 2 月 24 日ローマ
オ 2 幕)初演: 1813 年 12 月 26 日ミラーノ
33 ゼルミーラ Zelmira(ドランマ 2 幕)初演: 1822 年 2 月 16 日ナポリ
13 イタリアのトルコ人 Il turco in Italia(ドランマ・ブッフォ 2 幕)
34 セミラーミデ Semiramide(メロドランマ・トラージコ 2 幕)初演:
初演: 1814 年 8 月 14 日ミラーノ
1823 年 2 月 3 日ヴェネツィア
14 シジスモンド Sigismondo(ドランマ 2 幕)初演: 1814 年 12 月 26
35 ラ ン ス へ の 旅 、 ま た 金 の 百 合 亭 Il viaggio a Reims, ossia
L’albergo del giglio d’oro(ドランマ・ジョコーゾ 1 幕)初演: 1825
日ヴェネツィア
15 イギリス女王エリザベッタ Elisabetta, regina d'Inghil-
年 6 月 19 日パリ
terra(ドランマ 2 幕)初演: 1815 年 10 月 4 日ナポリ
36 コリントの包囲 Le siège de Corinthe(トラジェディ・リリク 3 幕)
16 トルヴァルドとドルリスカ Torvaldo e Dorliska(ドランマ・セミセ
初演: 1826 年 10 月 9 日パリ
リオ 2 幕)初演: 1815 年 12 月 26 日ローマ
37 モイーズとファラオン、または紅海横断 Moïse et Pharaon, ou Le
17 セビーリャの理髪師 Il barbiere di Siviglia(コンメーディア 2 幕)
passage de la Mer Rouge(オペラ 4 幕)初演: 1827 年 3 月 26 日パ
[アルマヴィーヴァ、または無益な用心 Almaviva, ossia L’inutile
リ
precauzione の題で初演]初演: 1816 年 2 月 20 日ローマ
38 オリー伯爵 Le comte Ory(オペラ 2 幕)初演: 1828 年 8 月 20 日パ
18 新聞 La gazzetta(ドランマ 2 幕)初演: 1816 年 9 月 26 日ナポリ
リ
19 オテッロ、またはヴェネツィアのムーア人 Otello, ossia Il moro di
39 ギヨーム・テル Guillaume Tell(オペラ 4 幕)初演: 1829 年 8 月 3
Venezia(ドランマ 3 幕)初演: 1816 年 12 月 4 日ナポリ
日パリ
20 ラ・チェネレントラ、または勝利した善意 La cenerentola, ossia
La bontà in trionfo(ドランマ・ジョコーゾ 2 幕)初演: 1817 年 1 月
25 日ローマ
6