【経営学論集第 86 集】自由論題 (06)ドイツにおける金融投資家の 活動について 日本大学 平 澤 克 彦 【キーワード】プライベート・エクイティ・ファンド(Private Equity Fund),ヘッジ・ファンド(Hedge fund),セ カンダリー・パーチェス(Secondary Purchase),サプライヤー・システム(Supplier system),リストラ(Restructuring) 【要約】戦後ドイツ経済の発展を規定した大量生産・大量消費を基盤とする経済体制は,1970 年代末葉からその矛 盾を露呈するに至り,金融を基軸とする蓄積体制へと転換を遂げてきた。とりわけ 2000 年頃から金融面での規制 緩和を背景に,ドイツでも金融投資家の活発な活動が見られるようになった。本稿の課題は,実証的な研究をもと に,金融投資家の実際の活動を検討し,金融投資家の活動が社会・経済にいかなるインパクトを及ぼすのかを検討 することにあった。 一般に金融投資家の活動は,資本参加や企業買収にあたり,自己資金のみならず,レバレッジによる外部資金を 活用し,投資した自己資金も特別配当などを通じて回収し,リストラを断行して企業価値を高め,更なる売却によ り収益を上げるというプロセスをとっている。そのため,企業の破綻や雇用不安が懸念されるが,投資の対象がコ ンツェルンのコア事業にはない子会社などであることから,金融投資家はサプライヤー・システムの再編を加速す る役割を担っていたとみることができる。 1.は じ め に 本稿の課題は,第二次世界大戦後のドイツ経済の発展過程において,これまで営々と構築されてきた大 量生産・大量消費を基盤とする経済体制の基調転換,とりわけ金融を基軸とする蓄積体制,いわゆる金融 市場資本主義(Finanzmarkt-Kapitalismus)への転換と,経済のグローバリゼーションの進展を背景に登場 した,金融投資家(Finanzinvestor)(1)のドイツにおける活動を検討し,金融投資家活動の企業経営への影 響を明らかにすることにある(2)。そこでまず,このような課題を設定した問題意識から検討していくこと にしたい。 2.問題の所在と課題の限定(3) 第二次世界大戦の戦火によって多大な被害を被ったヨーロッパ諸国では,大戦後,ファシズムの台頭を 許したという反省から,資本主義経済に対し,さまざまな規定が行われるようになった。戦後,ヨーロッ パ経済はこうした規制を経済活動の枠組みとして,経済発展を遂げて行くことになる。社会的ヨーロッパ (Social Europe)(4)に関わる問題である。この社会的な規制を前提に,経済発展を可能にしたのが,大量生 産・大量消費を基調とする経済構造の構築であった。 周知のように大量生産体制の構築には,膨大な資金が必要となる。この膨大な資金需要をいかに充足す るのかが経済発展にとって重要な問題となる。一般にイギリスや北東欧諸国では,こうした資金需要は株 式による資金調達,いわゆる直接金融を通じて充足されてきたのに対し,フランスや,南ドイツから南欧 にかけての国々では,企業の資金調達は,銀行からの借り入れ,すなわち間接金融を中心に行われてきた (06)-1 のである。本稿で検討するドイツでも,資金需要は銀行からの融資を通じて充足され,この融資をもとに 銀行と企業とは密接な関係におかれてきた。したがってドイツにおける企業経営の大きな特徴の一つとし て,融資を基軸とする銀行と産業経営との密接な関係,いわゆる「ドイツ株式会社」 (Deutschland AG)と いう問題を指摘できる。 このような資金調達のあり方は,広範な中小零細企業(Mittelstand)の存在を基盤にしているのである (Siehe dazu, Kamp, L.u.a. 2005)。一般に日本経済は「中小企業論の母国」といわれるほど,膨大な中小零 細企業が存立し,経済発展に寄与してきたが,ドイツでも広範な中小零細企業の存立が経済の構造を特徴 づけているのである。EU では,従業員 250 人以下,売上高,5,000 万ユーロ以下,あるいは資産総額 4,300 万ユーロ以下の企業が中小企業と定義されている。政策の指標としてこの EU の規定が用いられることも あるが,これまでドイツでは,中小企業の定義として,ボンにある中小企業研究所の定義が用いられてき た。これによると,従業員 500 人未満,売り上げ 5,000 万ユーロ以下の企業が中小企業となる。2012 年 には 365 万社の中小企業が存在し, ドイツ企業の 99.6%を占めている。 またドイツ経済の売上高の, 35.3% を中小企業が占めている。このように,ドイツ経済においても,広範な中小零細企業の存在が高い経済発 展を可能にしてきたといえる。 その際,次の点に注意することが必要である。つまりドイツでは,「すでに多彩な企業があって,産業 のインフラストラクチャーができていて,その上に新しい自動車産業ができあがった」(ヴァルデンベルガ ー, F. 1998; 142)ことであろう。自立した企業の存在を前提に重化学構造が発展したことから,ドイツの 中小企業の多くは,生産や販売などにおいて自立的な意思決定を行う経済単位でありえたと考えられる。 たしかにドイツの中小零細企業も,大企業の経済構造に組み込まれているとはいえ,日本の中小零細企業 の多くが,いわゆる下請構造に組み込まれて,生産や価格決定などの面で親企業から指示を受けるのに対 し,ドイツの中小企業は,メッセなど市場での取引を基盤に,相対的に「自立」して存立しているのであ る。この「自立的」な中小企業が,大学や大企業との共同の研究開発などを通じてドイツ経済の高い国際 競争力を生み出してきたと考えられる。 ところで John Grahl によれば,金融のグローバルリゼーションはいくつかの段階を経て進められてき た。だが,今日の金融市場のグローバリゼーションを規定しているのは,規制緩和の展開とアメリカの金 融部門の国際化であり,その転機となったのが,EC 域内市場と通貨同盟の形成であったとされている。 EU では,1999 年に「金融機関の国際競争力の強化と投資家・預金者・保険加盟者などの顧客保護の法 制を強化する」 (Grahl, J. 2003; 19ff)ことを目的に「金融サービス行動計画」が策定され,投資信託に関 する規制など 42 の項目で EU 加盟国での金融市場の統合が進められた。さらに 2001 年にはラムファル シー委員会の報告書が出され,行動計画を実施するために投資信託などの投資ルールの見直しや上場要件 の見直しなどの課題を提起することになる。こうした改革をもとに 2004 年には「金融商品市場指令」 , および「企業買収指令」などが採択されるのである(5)。 ドイツでも,EU での改革をもとに規制緩和が進んだ(6)。規制緩和の進展とともに,資本市場での取引 が進み,機関投資家や投資会社などのプレゼンスが高まるとともに,シェアホールダーバリューが重視さ れるようになったのである。さらに 2004 年には投資現代化法によりヘッジ・ファンドが認めら,その活 動が増大することになった。かくしてドイツでも,1990 年代末までに経済構造の基調転換,いわゆる金 融市場資本主義への転換が進められた(Siehe dazu, Köppen, M. 2007; 51)。それとともに「ドイツ株式会社」 の解体や,共同決定体制の変容が注目されるようになった。ドイツ経済の構造転換とともに進められてき たグローバリゼーションは,戦後営々と築きあげられてきたドイツにおける企業経営のあり方の転換を迫 っているように思われる。 本論文の課題は,グローバリゼーションの進展に基づくドイツ経済の基調転換と,それにともなうドイ ツ企業に対する影響を明らかにするという問題意識を含みながら,さしあたり金融グローバリゼーション の企業経営への影響を明らかにするために,金融投資家の活動と,中小企業,ファミリー・ビジネスに対 する影響をいくつかの研究に依拠しながら明らかにすることにある。 (06)-2 3.ヨーロッパにおける金融投資家の活動 これまでドイツ企業の資金需要は,金融機関からの与信により充足され,その期間は 10 年から 15 年 に及び,金融機関は資金提供を受ける企業の監査役会に役員を派遣するなど,金融機関と企業は密接な関 係におかれてきた。けれども 1990 年代中葉以降,金融機関は関連する企業の株式を売却すすめ,さらに 2000 年頃から規制緩和が進展するなか,金融投資家の活動が進められた。 ローターカンプらの研究によれば(Kamp, L.u.a. 2005),ドイツで活動する金融投資家には,①プライベ ート・エクイティ・ファンド,②ヘッジ・ファンド,③リアル・エステート投資トラスト,④年金ファン ドなどがあるという。なかでも重要なのが,プライベート・エクイティ・ファンドとヘッジ・ファンドで ある。 プライベート・エクイティ・ファンドは,「何年もの間,大規模に構造改革を行っている企業に資本参 加し,こうした対象企業から,たいていの場合投資している間,高い配当を支払わせ,資本参加を終える 『退出』にあたりできるだけ高い販売価格をつけようとする」投資家である。ヨーロッパにおけるプライ ベート・エクイティ・ファンドによる企業の買収額は,2006 年には 1,680 億ユーロに達しており,2005 年に比べて 42%の増加であった。プライベート・エクイティ・ファンドは,ベンチャーキャピタル・フ ァンドやバイアウト・ファンド,さらにターンアランド・ファンドなどに分類されるが,ドイツで活動す る金融投資家としてアメリカの KKR やブラックストーンなどの活動が知られている。 これに対しヘッジ・ファンドは,「評価の低い企業の株式や,通貨・原材料価格の変動から生じる収益 に投資し,わずかな資本参加で企業の戦略に介入」するものとされる。2007 年にはヘッジ・ファンドの 管理する金融資産の額は,全世界で 3 兆 5,000 億ドルになるとみられている。とりわけアクティビスト・ ヘッジ・ファンドの場合,ヘッジ・ファンドは一般に,投資の対象となる企業に 1~2 年間資本参加し, 出資する期間に高い配当や利益の増大を求めて,投資対象の企業の経営戦略に影響を及ぼすことになる (Kamp, L. 2007a; 596)。 後述するようにドイツでは金融投資家の投資対象として,中小企業(Mittelstand)が好まれるとされて いる。ドイツの中小企業は,一般に従業員 500 人未満の中小企業を意味するが,その特徴として同族支配 という点が指摘される。いわゆるファミリー・ビジネスに関わる問題である。このような企業が投資の対 象とされるのは,中小企業の生産する製品の質が高いものの,同族で経営を行っているためにリストラの 余地が残されており,しかも自己資本比率が低いことがその理由となっていると指摘されている。それに 加えて,イギリスなどに比べドイツでは,このファンドの分野での競争があまり激しくないこともあげら れている。このような点から中小企業,とりわけファミリー・ビジネスが金融投資家の買収や資本参加の 対象となるものとみられている。 ドイツでも中小企業の事業継承が問題とされ,後継者問題が注目されてきた(ボッセ, F. 1997)。この中 小企業の事業継承の一つのあり方として,プライベート・エクイティ・ファンドの問題が注目されている。 ファミリー・ビジネス財団の研究(Stiftung Familienunternehmen 2008)では,ファミリー・ビジネスでの プライベート・エクイティ・ファンドの資本参加は比較的良好な評価がなされている。とりわけ所有者側 からの依頼でプライベート・エクイティ・ファンドの少数持分が実現されていると指摘されている。いく つの実証的な研究をみると,金融投資家の活動は,企業の経営にポジティブな影響だけでなく,ネガティ ブな影響も及ぼしている。 ドイツでは,金融投資家の活動は,ドイツにおけるコーポレートガバナンスの改革や中小企業の自己資 本の充実に寄与するとともに,買収あるいは資本参加の対象となる企業の業績を改善するなどの主張がな されているという (Siehe dazu, Kamp, L.u.a. 2005)。しかし EU 委員会なども指摘するように (EU Commission 2009),金融投資家の活動に関するデータはかならずしも十分なものではない。そこでこの論 文では,ドイツにおける企業経営に対する金融投資家の活動の影響をみるために,いくつかの事例を中心 に中小企業に対する影響について検討することにしよう。 (06)-3 表1 ドイツの中小企業 (企業数) 2012 年 企業規模 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 2009 年 2010 年 2011 年 小企業 3,009,249 3,051,068 3,119,903 3,152,470 3,188,110 3,158,065 3,170,671 3,182,402 3,191,049 中企業 406,606 404,731 419,099 425,806 434,943 426,695 436,474 452,748 458,002 3,415,855 3,455,799 3,539,002 3,578,276 3,623,053 3,584,760 3,607,145 3,635,150 3,649,051 10,757 11,326 12,238 12,989 13,442 12,488 13,431 14,247 14,381 3,426,612 3,467,125 3,551,240 3,591,265 3,636,495 3,597,248 3,620,576 3,649,397 3,663,432 99.7% 99.7% 99.7% 99.6% 99.6% 99.7% 99.6% 99.6% 99.6% 中小企業 ・合計 大企業 合計 中小企業 の比率 (出所) www.ifm-bonn.org(2016 年 12 月 6 日アクセス)より作成。 (注)小企業は,従業員 9 人以下,年間売上高,100 万ユーロまでの企業を意味する。 中企業は,従業員 10 人~499 人,年間売上高,100 万~5,000 万ユーロ。 4.金融投資家の戦略 すでにみたように,90 年代中葉までドイツ企業は,間接金融を基盤に金融機関と密接で,かつ長期的 な関係の下におかれてきた。けれども,2000 年初頭から進められた規制緩和を背景とする金融投資家の 活動が進むにつれ,企業に対する出資の期間は短くなっている。例えばプライベート・エクイティ・ファ ンドでは企業に対する投資の期間は,最長 7 年間となっており,この投資を行っている期間に企業をさら に売却するための「合理化」を進めているとされている。では,金融投資家は実際に資本参加をおこなっ た企業で,どのような活動をしているのかをみることにしよう。しかし,EU 委員会でも指摘されている ように,金融投資家の活動に関する情報やデータはかなり限られている。そこでまず,Hans-Böckler 財 団の研究をもとにドイツで活動する金融投資家の資本参加した企業での戦略を見ておくことにしよう。 Hans-Böckler 財団の研究(Böttger, C. 2006)では,5 つの金融投資家の構造と戦略が紹介されている。 このうちの 3 つの金融投資家の戦略と活動領域を概観する。まず Goldman Sachs からみてみよう。 Goldman Sachs は,ドイツではドイツ最大のネットワーク会社 Kabel Desutschland を買収したことで 知られている。 1869 年ドイツ移民の Marcus Goldman により創業された Goldman Sachs の活動分野は, 資産管理や M&A,有価証券の発行,投資の調査などであり,その戦略は重要な経済地域での株式や不動 産への投資というリスク分散にあるとされている。その際,重要な対象になるのが,安定した非上場の企 業の買収である。 これに対し Texas Pacific Group は,消費財・稀釈消費財を扱っている企業や,技術系企業,航空会社 などを主たる活動領域にしており,ドイツでは後述する Grohe や Mobilcom に資本参加していることで 注目された。1987 年に設立された Carlyle は,投資領域として航空業界,自動車や輸送車両のメーカー などを投資活動の重点としており,戦略的な持分参加やリストラを戦略の中心にしている。その際①バイ アウト,②リスク資本,③不動産,④リバレッジなどの方法がとられている。 3 つの金融投資家の活動を,Hans Böckler 財団の調査をもとに概観した。3 つの金融投資家の活動領域 やその戦略については,必ずしも共通のものを見出すことはできない。このことは,投資活動により収益 の見込める場合,金融投資家によりさまざまな戦略がとられる可能性があることを示唆している。そこで 次に,2002 年から 2007 年にかけてセカンダリー・パーチェスの対象となった企業について扱われた研 究をもとに(Linnenbrügger, T. 2008),ドイツにおける金融投資家の活動の実態をみることにしよう。 Linnenbrügger の研究によれば,ドイツにおける金融投資家のセカンダリー・パーチェスの特徴とし て次のような点が指摘される。 ①地域でみると旧西ドイツ地域,とりわけバイエルンやノルトライン・ヴェストファーレンなどに立 地する企業が対象とされている。周知のようにノルトライン・ヴェストファーレンは,石炭や製鋼 など重工業が集積する,ドイツのかつての基幹産業の中心地である。これに対しバイエルンは, BMW やジーメンスなどの本社が存在する一方,バーデン・ヴュルテンベルクとともに,中小企業 (06)-4 の多い地域でもある。 ②産業別にみると装置や機械などのメーカーが資本参加の対象にされることが多い。この産業部門は, ドイツの高い競争力を支えている領域でもある。 ③金融投資家のセカンダリー・パーチェスの対象とされるのは,一般的に長い伝統があり,特殊な能 力をもち,かつ安定的な収益をあげている企業である。 ④この時期にセカンダリー・パーチェスの対象となったのは 157 社にのぼるが,その取引には,140 社の金融投資家が関わっていた。とりわけ Hannover Finanz など 6 つの金融投資家が 3 社以上の 売却,買収に関わっている。 ⑤セカンダリー・パーチェスの際,売却側のプライベート・エクイティ・ファンドの国籍をみると, ドイツ 42.8%,イギリス 27.2%,アメリカ 16.1%,買収側では,ドイツ 40.6%,イギリス 19.4%, アメリカ 13.9%となっている。その意味で本稿の対象となるのは,ドイツにおいて活動をする金 融投資家であり,ドイツに本社を置く企業,金融投資家に限定されない。むしろ経済のグローバル 化のなかで,ドイツ国内において金融投資家がいかなる活動を行い,ドイツにおいて活動する金融 投資家の戦略がドイツで活動する企業,とりわけ中小企業,ファミリー・ビジネスにいかなるイン パクトを与えているのかが注目される。 ⑥金融投資家の戦略についてみると,金融投資家が,セカンダリー・セールスを決定した理由として, 国内市場の拡大という回答がもっとも多く,60 社となっている。これに対しリストラという回答 は,12 社に過ぎない。 ⑦買収された企業の 60%が,4 年以内に再度売却されている。金融投資家が 16 年近く資本参加して いる例もみられるが,134 社中 61 社は,3 年以内に再度売却されている。このように金融投資家 が,買収した企業を保有する期間はきわめて短いことがわかる。 ⑧セカンダリー・パーチェスの取引額は,2003 年の 3 億 4,000 万ユーロから 2007 年の 8 億 3,000 万ユーロに増加している。 このようにドイツにおける金融投資家のセカンダリー・パーチェスの例を見ると,ドイツの金融投資家 だけでなく,イギリスやアメリカなどの金融投資家がドイツ企業の売買に関わっていることがわかる。企 業買収の対象とされるのは,バイエルンやノルトライン・ヴェストファーレンなど伝統的な工業地域に立 地し,かつ安定的な収益を上げている企業となっている。金融投資家は,こうした企業に資本参加し,資 本参加している間に合理化を行い,さらに再度,企業譲渡を行っているのである。そこで次に金融投資家 が資本参加している時期に展開される,こうしたリストラ・「合理化」の内容について検討することにし よう。 5.金融投資家とリストラ ドイツでは, 「イナゴ(7)」論争に象徴されるように金融投資家の活動はネガティブなものとみられてき た。しかし,A.T.U や Wincor Nixdorf などにみられるように,ファンドの介入で事業が好転したケース もあり,近年,後継者不足や自己資本不足に直面する中堅企業,とりわけファミリー・ビジネスから金融 投資家への関心が高まっている。実際,すでにみたように,ドイツでも金融投資家の活動は雇用の創出や 企業の業績の改善をもたらすという見方もあり,実証的な研究も行われている。だが,実証的な研究とは いえ,科学的な根拠に乏しく,かつ十分なデータが蓄積されていないために,ここでは Lothar Kamp ら の研究を中心に金融投資家の活動に関わる具体的な事例をみておくことにしよう。 5-1.雇用,企業業績の改善と金融投資家 すでにみたようにドイツでも,金融投資家の活動が職場の創出や企業業績の改善に寄与するといったポ ジティブな評価が行われている。事実,金融投資家による企業への資本参加や買収により,職場が創出さ れたり,業績が改善された事例も報告されている(8)。まず,金融資本家の資本参加により,雇用の創出や 企業業績が改善された事例をみることにしょう。 (06)-5 5-1-1.Autoteile Unger(A.T.U.) Autoteile Unger 社(A.T.U.)は,2002 年に後継者がいないために,Private Equity Fund Doughty Hanson に会社を譲渡した。Doughty Hanson 社は 2 年にわたり A.T.U.社の上場の準備を進めるものの, 上場は失敗し,予想していた収益を実現することはできなかった。この上場の準備のために A.T.U.社の 負債額は,2002 年の 4 億 9,000 万ユーロから 2004 年には 8 億 9,400 万ユーロに増加した。 そこで 2005 年には,KKR が A.T.U.社の持分の 80%を取得することになった。 「完全に搾り取られた もはや売却できない」として,KKR は 2 年から 7 年かけて A.T.U.社のグローバル化と,再度,上場を進 めることになった。ドイツでは,この KKR による A.T.U.社の買収以降,2,500 もの雇用が創出されたと 指摘されている。ただし,再投資のための蓄積されたキャッシュ・フローは,KKR にすべて使い果たさ れるという結果になっている。 5-1-2.Wincor Nixdorf Wincor Nixdorf 社は,ジーメンス・グループに所属する貨幣取扱い機械のメーカーである。Wincor Nixdorf 社は 1999 年に,KKR とゴールドマン・サックスに譲渡された。会社を譲渡してから,この会社 では 3,200 名の従業員を採用するとともに,株式市場への上場を果たしたのである。そして譲渡から 4 年 間は,金融投資家によってこの企業の保有する資金が利用されることはなかった。その結果自己資本比率 は,18%となり,さらに会社譲渡直後,同社の負担する負債額は 5 億 1,600 万ユーロにのぼったが,その 後,負債額は 1 億 5,000 万ユーロにまで減少した。 5-1-3.Sirona Sirona 社は,1997 年にジーメンスから独立した会社である。2003 年 EQT に買収されたが,2005 年 にアメリカのファンド,Madision Dearborn にさらに売却された。EQT は Sirona 社の国際化を推進し, その結果同社では売り上げの 70%以上を海外で達成するようになった。このような海外戦略により従業 員数は倍増し,1,600 人となった。しかし,その過程で外部から資金の調達が行われ,負債が増加するこ とになった。 5-2.金融投資家と企業経営 この 2 社の事例に見られるように,金融投資家による資本参加や買収により,雇用が増え,企業業績が 改善するなど,金融投資家の活動が企業経営にポジティブな影響を及ぼすこともある。だがその一方で, 金融投資家の資本参加や買収により,負債額の増大といった問題が生じていることを看過することはでき ない。そこで次に,金融投資家の活動が企業経営に深刻な影響を及ぼしているケースについて検討してお くことにしよう。 5-2-1.MTU Air Engines(9) ダイムラー・クライスラーの子会社 MTU Air Engines 社は,2003 年末,アメリカのプライベート・エ クイティ・ファンド KKR に 14 億 5,000 万ユーロで売却された。買収後,MTU Air Engines 社は有限会 社(GmbH)から株式会社に転換したが,株式市場への上場によって生み出された収益は,KKR が確保す ることになった。さらに 2004 年には,MTU Air Engines 社では研究開発に 2 億 3,400 万ユーロを投資 していたが,その後研究開発への投資額は 1 億ユーロにまで減少することになった。この研究開発費の削 減とともに,売り上げも低下していった。それと同時に同社の従業員,約 1,000 人が職場を喪失すること になったが,その一方で同社の生産性は上昇した。だが,銀行からの借り入れにより,同社では 2005 年 には 6 億 2,100 万ユーロの負債をかかえることになった。 5-2-2.Grohe(10) ドイツにおける「イナゴ」論争のきっかけとなったのが,Grohe 社の事例であった。Friedrich Grohe 社は,金融投資家に買収されるまで従業員 5,900 名,売り上げ 8 億 6,500 万ユーロの世界的に著名な計器 メーカーであった。 1999 年 7 月 Grohe は, イギリスの機関投資家である BC パートナーズに買収された。 Grohe 社は企業規模そのものは大きかったが,株式の大半は家族(Familieneigentuemern)により掌握さ れ,経営管理も家族メンバーに担われてきた(Sindezingue, C. 2007; 61f)。そのため Grohe 社は,企業規模 は比較的大きかったものの,ドイツの中堅企業(Mittelstand)に分類されてきた。 BC パートナーズの Grohe 社買収の目的は,新市場の開拓にあったとされる。実際 Grohe 社は,買収 (06)-6 後,ヨーロッパ以外にも事業を拡張するとともに,大規模なリストラを断行することになった。その結果, 売り上げは買収時の 7 億 6,900 万ユーロから,2004 年には 9 億 1,100 万ユーロまで増加した。だが,BC パートナーズは,最高益を計上した 2004 年に Grohe 社をアメリカの金融投資家,テキサス・パシフィッ ク・グループ(TPG)とクレジット・スイス・ファースト・ボストン社(CSFB)との連合に 180 億ユーロ で売却し,多額の売却益を得たのである(購入金額 9 億ユーロ)。 テキサス・パシフィック・グループ(TPG)とクレジット・スイス・ファースト・ボストン社(CSFB) によって買収された 2004 年,Grohe 社では安定化計画が策定され,マッキンゼーの介入によりリストラ を断行することになった。 リストラとともに部品企業や納入業者を 6,000 社から 1,500 社に減少し, 18,000 あったプロダクトを 12,000 に減少させることになった。また同社では海外比率を高め,人件費を削減す るために約 1,000 名の従業員の雇用調整が計画された。さらにブランデンブルクの工場を閉鎖し,300 名 の従業員が削減された。金属産業労働組合(IG Metall)によれば,同社の経営状況が悪化した理由は,金 融機関からの借り入れにより自己資本を他人資本に代替し,もともとの自己資本を BC パートナーズが収 奪した結果であったとされている。 5-2-3.IWKA(11) IWKA は,工作機械,ロボットなどを製造するメーカーであり,自動車部品のサプライヤーでもあった。 だがアメリカの投資ファンドが,この企業のロボット部門に着目し,工作機械部門に資本参加することに なった。アメリカの投資家の代表は,この企業が市場で過小評価されていると主張し,ロボット部門に同 社の事業を集中することを提案するにいたる。投資家は当初その案を実施することに失敗したが,執行役 会にさらなるファンドの利害関係者を送り込み,執行役会において基幹部門への集中を提案し,基幹部門 への事業の集中が進んだ。 6.金融投資家とリストラ 6-1.金融投資家とリストラ EU 委員会の研究によれば(EU Commission 2009),プライベート・エクイティ・ファンドもヘッジ・フ ァンドも,資本参加や企業の買収のためにレバレッジを用いて外部資金を利用することでは共通している が,2 つのファンドはビジネス・モデルにおいて大きな違いがあるという。ヘッジ・ファンドは,経営者 にリストラを求めることのできる少数持分(minority)を掌握するのに対し,プライベート・エクイティ・ ファンドは,多くの場合,多数の持分(majority)を保有しているのである。もっとも Lothar Kamp らが 指摘するように,近年,両者の区分はあいまいになっているのである。 プライベート・エクイティ・ファンドは,企業の買収のためにレバレッジを用いることになるが,買収 先の選定に際して,買収価格だけでなく,キャッシュ・フローやレバレッジ効果も重要な基準となる。投 資の対象となる企業の買収したあと,プライベート・エクイティ・ファンドは次のようなリストラを展開 することになる(EU Commission 2009; 17f)。 まず,プライベート・エクイティ・ファンドは,買収した企業のコア事業に直接関係しない事業分野や 資産を売却し,買収した企業のキャッシュ・フローの改善を進めた。こうして生み出された資金は,金融 投資家が投資対象となる企業の買収のために使った資金の回収に使われたのである。このような事例とし て,すでに IWKA 社の事例があるが,さらにドイツのフォトサービスの会社,CeWe Colour 社の例を指 摘することができる。この会社では,主としてアナログ分野での活動を中心にしていたが,この会社では デジタル部門への転換を進め,転換のための資金が準備されていた。この資金に着目したヘッジ・ファン ドは,CeWe 社の株式の一部を取得してこの会社の決定に関与し,事業転換のための資金を株主への特別 配当として支出してしまったのである(Siehe, Kamp, L. 2007b)。 第 2 の手法として,企業買収のための費用を買収した企業に転嫁するファイナンシャル・リエンジニア リングを指摘できる。Dividend Recap に関わる問題である。すでに周知のように Dividend Recap とは, 企業の買収後,買収対象とされた企業の資本構成の変更を行い,特別配当などを通じて買収ファンドが買 収に当たって投下した資本を回収する手法である。このような手法は,これまでに考察した事例にもみる ことができるが,それ以外にも例えば 2002 年に Carlyle に買収された Edsha 社の事例をあげることがで (06)-7 きる。この会社では,金融投資家による企業買収の翌年に外部からの融資を行いながらも,ファンドに特 別配当を支払っていったのである(Siehe, Kamp, L. 2007b)。 こうした金融面でのリストラとともに,金融投資家は,買収した企業の長期的な能力を高めるために, ビジネス面でのリストラを断行することになる。その代表的な事例が Grohe 社の事例であろう。すでに みたように Grohe 社では,セカンダー・セールののち,マッキンゼーのアドバイスのもと,リストラが 断行されたのである。このリストラにより,取引をするサプライヤー数の減少や,海外移転や不採算部門 の閉鎖などによる雇用喪失をともなってすすめられてきたのであった。 もちろん,このようなリストラは,買収した企業のさらなる売却,いわゆる退出(Exit)のために行わ れてきたのであり,さらなる退出のために企業価値の向上が重視されることになる。この企業価値を向上 させるために,買収企業での業績の改善が進み,新たな職場が生み出されることもあるものの,金融投資 家の買収の実際の事例をみるかぎり,多くの場合,企業業績の悪化,企業再編,人員削減などの問題が生 じているといえる。こうした問題は,いずれの国でも共通してみられるように思われる。だが,リストラ のあり方は,国ごとに異なっていると指摘されている。そこで次に Lotahr Kamp の扱っている事例を見 ながら,金融投資家によるリストラの国ごとの違いを見ておくことにしよう(12)。 6-2.金融投資家と社会的規制 Gate Grourmet 社は,もともとスイス・エアラインの傘下にあったグループ企業であった。同社は機 内食などを扱う企業であり,そのためスイス・エアラインの就航にともない多くの国々で活動を展開して いた。だが,2001 年 9 月の同時多発テロの影響で,親会社の旅客数の減少とともに業績は悪化した。企 業業績が悪化するなか Gate Groumet 社は,2002 年にアメリカのプライベート・エクイティ・ファンド, Texas Pacific Group に買収されることになった。そして 2005 年には Texas Pacific Group では,経営安 定化計画が策定されることになった。この安定化計画に基づき,イギリスでは,2,200 人の従業員のうち 675 名が削減されることになり,さらに賃金の引き下げ,社会給付の削減など労働条件の引き下げが意図 されていたのであった。 だが,労働組合に加盟していた従業員たちは,この安定化計画の実施を拒否し,そのため深刻な労働争 議へと発展することになった。これに対し会社側は,職場の閉鎖を計画していたにもかかわらず,派遣労 働者(Leiharbeitskräfte)を採用し,彼らを使って同社の事業を再開することになったのであった。これに ついて従業員側は,経営者たちに説明を求めたが,会社側は,従業員たちに会社側の条件を受け入れるよ うに促したものの,従業員たちはその受け入れを拒否するに至った。そのため会社側は,彼らのストライ キは違法であると主張して,670 人の従業員を解雇することになった。新たに設立された Gate Gourmet 社の子会社,Versa Logistics 社では,解雇された従業員に代わって,賃金の安いポーランド人たちを派 遣労働者として採用することになったのである。 イギリスの Gate Gourmet 社の従業員たちは,同じ組合に加盟している Britisch Airways の従業員と ともに,ヒースロー空港などでストライキを行った。その結果,2005 年 9 月に従業員たちは会社側の補 償協定を受け入れ,解雇者の多くが職場に復帰したり,補償による解決という方法をとった。かくしてイ ギリスでは,金融投資家による厳しいリストラが進められてきたといえる。 ドイツの Gate Gourmet 社でも,イギリスと同じように,安定化計画が策定され,それをもとにリスト ラが断行された。ドイツでも,この安定化計画に基づいて,労働時間の延長や休暇期間の短縮,さらにシ フト手当の廃止などが進められた。このようなリストラに対し,組合側は 176 日に及ぶストライキを行っ た。結果的に労使の間で妥協が行われ,2009 年まで経営都合による解雇は行わないという協定が締結さ れたものの,他方では労働時間の延長,労働時間の弾力化などが導入されたのである。それにもかかわら ず,ドイツではイギリスのような激しいリストラには至っていない。その大きな理由の一つに,ドイツに おける強力な労働組合の存在と,組合による社会的な規制があるように感じられる。 実際,イギリスのプライベート・エクイティ・ファンド 3i に買収された Deutz Power System 社では, 従業員たちが,法的に規定されている監査役会への労働者の参加と経営評議会(Betriebsrat)の情報権な どをもとにして,早い段階から会社側の売却計画などの情報を入手し,コンサルタント会社とともに買収 を希望するファンドの戦略の分析を行ったり,売却後のリストラ計画などについてファンド側に質問する (06)-8 などの活動を進めていた。こうした経営への経営参加やファンドについての情報などをつうじて従業員側 は,買収後の雇用保障やリストラに対する規制を勝ち取ったのである(Betriebsrat der Deutz Power System 2007)。 このように金融投資家は,投資活動を行う国では,国籍に関わりないリストラを断行しているものの, Gate Gourmet 社の事例にみられるように,社会的な規制や労働側の対応によってリストラのあり方は国 によって大きな違いが生じているものと思われる。だが,それにもかかわらず,社会的な規制が金融投資 家の活動をある程度変えることができたとしても,企業経営に及ぼす金融投資家の影響を大きく転換させ ることはないように思われる。 7.金融投資家の影響について EU では 2011 年の金融規制により金融投資家の活動は,減速したように思われる。この論文の課題は, いくつかの実証的な研究に基づいて,ドイツにおける金融投資家の企業経営に対する影響,とりわけ中小 企業への影響を検討することにあった。これまで検討してきたことを要約しながら,金融投資家の影響に ついて考えることにしよう。 金融投資家には,さまざまなタイプが存在している。なかでも重要なのが,ヘッジ・ファンドやプライ ベート・エクイティ・ファンドである。このようなファンドは,伝統的な融資形態と区別してオルタナテ ィブ投資と位置づけられている。すでにみたようにヘッジ・ファンドもプライベート・エクイティ・ファ ンドも,資本参加や企業の買収を行うために自己資金だけでなく,レバレッジを使って銀行や年金ファン ドなどから資金を調達するところに大きな特徴がみられる。 資本参加や買収を行ったのちに,金融投資家は特別配当などを使って買収などに使用した自己資金を回 収することになる。ここでも,レバレッジが重要な役割を果たすことになる。そして自己資金の回収とと もに,買収した企業のさらなる売却のために,企業価値の向上が重要な課題となるのである。そのために 買収した企業のコア事業への集中,不採算部門の売却,事業の海外移転といった事業の再編成が進められ ることになる。それとともに賃金の切り下げや社会給付の再編,労働時間の延長など労働条件の悪化,さ らに大量解雇などが行われているのである。 このように金融投資家の活動は,経済や社会に深刻な影響を及ぼすものと考えられている。たしかに特 別配当による資産の収奪や,レバリッジを契機とする企業債務の増加は,企業の存立を脅かしているので あり,さらに企業再編の契機となっていると考えることができる。さらに企業価値の向上を課題とするリ ストラの展開は,賃金や労働条件の悪化をもたらすとともに,企業や不採算部門の閉鎖,さらに大量解雇 などによる雇用不安を掻き立てているといえる。けれども,金融投資家の活動についての具体的な事例を みるかぎり,事業の破綻といった事例はあまりみられない。 その際,金融投資家の投資対象が,自己資本比率が低いにもかかわらず,長い伝統を持ち,比較的安定 した収益を上げてきた中小企業であることに注目する必要があろう。すでに指摘したようにドイツの中小 企業は,わが国の中小企業に比べ相対的に「自立」しており,一定の専門領域に特化し,大企業や大学と の共同開発などを通じて,ドイツ企業の高い国際競争力に寄与してきた。実際,われわれの調査したケム ニッツ工科大学では,大手自動車メーカーと中小企業が共同で研究開発を行っており,その貢献度に応じ て成果を配分していた。もちろん,相対的に「自立している」といっても,事業の性質から,完成品メー カーへのユニットや部品などの納入が主たる事業となり,そのため大企業の外注政策のもとで,部品の納 入などをめぐって複数企業による競争や,それに基づく選別が行われてきたといえる。こうしたサプライ ヤー間での競争と,親企業の外注政策を通じてサプライヤー間での分業システムが構築されてきたのであ る。 そしてサプライヤー間での競争が,サプライヤーたちに高い品質を追求させることになり,大企業や大 学などとの共同開発というイノベーションに結びついてきたといえる。金融投資家たちのターゲットとさ れたのは,このような中小企業であった。中小企業の側でも,後継者不足や自己資本不足などから,金融 資本家の資本参加に対する関心が高まっている。かくして金融資本家の活動は,こうした中小企業,さら にいえばサプライヤー・システムに影響を及ぼすものと考えられる。 (06)-9 とはいえ,これまでドイツのサプライヤー・システムに大きな影響を与えるには至っていない。すでに みたように金融投資家は,特別配当に象徴されるような自己資金の回収とともに,「退出」戦略として企 業価値を高めるようなリストラを断行してきたのであった。たしかに不採算部門やコア事業以外の事業の 分割・売却,さらに賃金・労働条件の引き下げなどが行われるとしても,リストラの目的が,企業価値の 向上にある以上,コア事業の存続,効率的な運営が進められることになる。しかも金融投資家たちの投資 の対象とされるのが,コンツェルンの基幹的ではない事業分野であるとすれば,金融投資家の活動がドイ ツのサプライヤー・システムに大きな影響を及ぼすとはいえないように思われる。むしろ金融投資家の活 動は,サプライヤー・システムの再編を加速させる役割を担っていたと評価できるであろう。 8.お わ り に これまでドイツにおいて活動する金融投資家の企業経営に対する影響について,実証的な研究をもとに 検討してきた。金融投資家の活動に関わる若干の事例を通してわかることは,金融投資家は,自己資本だ けでなく,レバリッジを活用し,外部から資金を調達することで企業の買収や資本参加を行っていた。そ して対象企業の買収や資本参加してからは,買収対象の経営者に圧力をかけ,特別配当などを使い,買収 や資本参加のために使った自己資金の回収をはかってきた。さらに企業価値を向上させるため,不採算部 門やコア事業ではない部門の売却,さらにコア事業でのリストラを進め,最終的に別の金融投資家や金融 機関に売却することで収益を上げていた。 このような金融投資家の活動は,企業の存続を危うくしたり,職場閉鎖にともなう雇用不安をもたらす ものとみられていた。だが,金融投資化の投資対象が,コンツェルンの子会社や中小企業であり,とりわ け基幹的な地位にない企業が対象とされたために,ドイツ企業の国際競争力を規定するサプライヤー・シ ステムに大きな影響を及ぼすことはほとんどみられなかった。むしろ,不採算部門やコア事業ではない事 業が対象とされたために,金融資本家の意義は,サプライヤー・システムの再編を加速した点にあると考 えられる。だが,この点については,十分に証明されたとはいいがたい。今後,ファンドの研究を深める なかで検討していきたいと考えている。 ( 1)機関投資家ではなく,金融投資家という概念を使ったのは,プライベート・エクイティ・ファンドやヘッジ・ ファンドなどの特徴を明らかにするためである。両者の関連については,今後検討することにしたい。 ( 2)本稿は,ドイツの金融投資家の活動を考察の対象とするものではなく,グローバリゼーションを背景とする規 制緩和のもとで,ドイツにおいて活動する,アメリカやイギリスなどの金融投資家の活動を対象に,ドイツにお ける企業経営の影響・変化を明らかにすることを課題としている。 ( 3)ここでのドイツ経済についての認識は,平澤克彦・谷川孝美(2009)に基づいている。基本的な認識は変わら ないが,可能な限り修正を行っている。 ( 4)中野聡は, 「ソーシャル・ヨーロッパの概念は,従来,戦後の社会的市場経済の根幹の維持とネオリベラリズム 後の社会労働政策および福祉国家の再編を包括する」 (中野聡 2002; 90)ものと指摘されている。 ( 5)この点については,相澤幸悦(2008)などを参考にした。 ( 6)バーゼルⅡの研究によれば,EU での方針は,たとえばドイツなどでの議論を経て,国内法へと具体化されてゆ くことになる。 ( 7)金融投資家をめぐる「イナゴ」論争は,Grohe 社の買収,リストラなどを契機に行われた。これについては, Kamp, L., u. Krieger, A. (2005) ならびに Sindezingue, C. (2013) などを参照されたい。 ( 8)以下の 2 つの事例については,Kamp, L., u. Krieger, A. (2005) をもとに,Kamp, L. (2007a),Kamp, L. (2007b) を参考にして作成した。 ( 9)この事例についても,Kamp, L., u. Krieger, A. (2005) をもとに,Kamp, L. (2007a),Kamp, L. (2007b) を参 考にして作成した。 (10)Grohe 社の事例については,Sindezingue, C. (2013) の研究をもとに Kamp, L., u. Krieger, A. (2005),Kamp, L (2007a),Kamp, L. (2007b) を参考にして作成した。 (11)この事例についてはも,Kamp, L., u. Krieger, A. (2005) をもとに,Kamp, L. (2007a),Kamp, L. (2007b) を 参考にして作成した。 (12)Gate Groumet 社の事例については,Kamp,L. (2007b) を参照にした。 (06)-10 <参考文献> Betriebsrat der Deutz Power System (2007) Finanzinvestoren und Arbeitnehmervertretung: Partnerschaft oder Konflikt, IG Metall. Böttger, C. (2006) Strukturen und Strategien von Finanzinvestoren, Hans-Boeckler-Stiftung. EU Commission (2009) The impacts of private equity investors, hedge funds and sovereign wealth funds on industrial restructuring in Europe as illustrated by case studies. Grahl, J. 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(2013) Finanzierung von Restrukturierungen in der Krise bei Mittelständischen Unternehmen, Grin. Stiftung Familienunternehmen (2008) Private Equity in Familienunternehmen, Books on Demand. 相澤幸悦(2008)『国際金融市場と EU 金融改革-グローバル化する EU 市場の動向-』ミネルヴァ書房。 ヴァルデンベルガー,F.(1998)「ドイツ人研究者が見た日本の産業組織と中小企業」 『中小商工業研究』第 54 号。 中野聡(2002)『EU 市場統合とソーシャル・ヨーロッパ』創土社。 平澤克彦・谷川孝美(2009)「EU の中小企業・コミュニティ金融」斉藤正・自治体問題研究所編『地域経済を支える 地域・中小企業研究』自治体研究社。 ボッセ,F.(1997)「ドイツにおける後継者問題」『中小商工業研究』第 63 号。 (06)-11
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