STRUCTURED FINANCE BULLETIN 2009年11月号PDF

STRUCTURED FINANCE BULLETIN
2009 年 11 月
カーボンリスク
Ⅰ.
Ⅱ.
Ⅲ.
Ⅳ.
~
地球温暖化対策が不動産証券化に与える影響
不動産証券化取引におけるカーボンリスク
東京都排出量取引制度の概要
実務上検討すべき対策
今後の展望
森・濱田松本法律事務所
弁護士 武川 丈士
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Ⅰ. 不動産証券化取引におけるカーボンリスク
地球温暖化に対する危機意識を背景に、世界的に温室効果ガスの排出を抑制する政策が導入されて
いる。我が国も例外ではなく、法律・条例レベルで様々な政策が導入されつつある。政策の基本的な
方向性は、温室効果ガスの排出を「コスト」化することにより、排出量を削減させるというものであ
る。これにより新たなコスト要因が生じ、様々な産業が影響を受けることになる。これが「カーボン
リスク」と呼ばれるリスクである。
カーボンリスクは通常、製造業について語られることが多い。しかし、不動産証券化もその例外で
はない。我が国においては、製造業が排出する温室効果ガスは徐々に減少しつつある一方、オフィス
などの業務部門が排出する温室効果ガスが著しく増大している。このため、オフィスビルを主要なタ
ーゲットにした温暖化対策が打ち出されるなど、不動産の所有者・利用者に対する視線は厳しさを増
しており、カーボンリスクは無視できない存在となりつつある。本稿では、不動産証券化におけるカ
ーボンリスクの具体例、とりわけ、東京都が導入した排出量取引制度を紹介するとともに、実務上必
要となる対策について解説する。
1. 現行法制度の概要
現行法律上、不動産の所有者・利用者に温室効果ガスの排出削減を義務づける制度は存在しない。
但し、エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)及び地球温暖化対策の推進に関する法律
(温対法)により、一定規模以上の事業者や事業所に対して、エネルギー使用量や温室効果ガス排出
量の算定・報告が義務づけられると共に、省エネを実施する努力義務が課されている。
2009 年 4 月に施行された改正省エネ法及び温対法においては、エネルギー使用量や温室効果ガス
排出量の算定単位が事業所単位から事業者(法人)単位に変更された。これに伴い、例えば、小規模
の不動産を多数保有している事業者が新たに算定・報告義務の対象となるなど、制度の対象範囲が拡
張された。こうした法制度の変更は不動産証券化にとってのコスト増加要因となるが、不動産の管
理・運営に根本的な変化をもたらすものではない。
2. 東京都排出量取引制度
その一方で、条例レベルにおいては、極めて注目すべき動きが進行中である。東京都は 2008 年 6
月に「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」(条例)を改正し、都内の一定規模以上の事
業所の所有者に対して、温室効果ガスの削減義務を課したのである。削減義務を達成できない場合に
は、いわゆる排出権を購入することにより義務を達成することが求められ、かかる義務も達成されな
当事務所は、本書において法的アドバイスを提供するものではありません。具体的案件については個別の状況に応じて弁護士にご相談頂きま
すようお願い申し上げます。
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い場合には、違反事実の公表、知事による排出権の購入(代執行)及び購入代金の支払義務が課され、
最終的には罰金(上限 50 万円)が課される。金額的な面でのインパクトはさておくとしても、我が
国において初めて温室効果ガスを削減すべき法的義務が民間企業に課されたことの意味は大きい。
この制度(本制度)の最大の特徴は、制度の主要なターゲットをオフィスビルその他の業務部門と
考えていることである。不動産証券化取引の対象となる大規模物件の中には、本制度の対象となる物
件も存在する。条例は既に施行されているが、事業所の所有者に削減義務が課されるのは 2010 年度
(2010 年 4 月 1 日)からであり、現在、その準備作業が進行中である。
Ⅱ. 東京都排出量取引制度の概要
東京都排出量取引制度の全容を紹介することは紙幅の関係上困難であるが、不動産証券化に関連す
る部分について制度の概要を解説する。
制度対象に関する基本的な考え方
制度の対象となる基本的な単位は「事業所」である。知事が一定の要件に該当する事業所(建物な
ど)を指定し、当該事業所の所有者等が温室効果ガスの削減義務を負う。このため、本制度の対象と
ならない小規模の不動産を多数保有している者は(合計排出量が多かったとしても)削減義務の対象
とはならないが1、大規模物件を共有・区分所有している場合には(自己の排出量それ自体は少なか
ったとしても)削減義務の対象となる。
事業所のカテゴリー
事業所所有者の主な義務
指定地球温暖化対策事業所
・毎年「地球温暖化対策計画書」を作成提出
(エネルギー使用量が原油換算で年間 1,500kl 以上) ・統括管理者・技術管理者の選任
特定地球温暖化対策事業所
・指定地球温暖化対策事業所の義務
(3 カ年連続してエネルギー使用量が原油換算で年
・温室効果ガス排出総量の削減義務
間 1,500kl 以上)
東京都の資料によれば、削減義務の対象となるオフィスビルは約 1060 事業所、工場は 240 事業所
と推計されている(平成 18 年度の実績をベースに算出したもの)。つまり、東京都内の上位 1000
位程度に入る規模の物件であれば制度の対象となる可能性があり、必ずしもランドマーク的な一部物
件に限られた話ではない。
削減義務を負う者
温室効果ガスの削減義務を負う者は、原則として、特定地球温暖化対策事業所の所有者である。従
って、テナントが入居しているため、所有者が物件を使用していない場合であっても、あくまでも所
有者が削減義務を負う。温室効果ガスを削減するためには、所有者が行うべき行為(例えば、共用部
分の設備更新を行うこと)のみならず、実際に不動産を使用しているテナントが実施すべき行為(例
1
但し、エネルギー管理の連動性がある場合や同一所有者が保有する建物が隣接・近接している場合には、複数の建
物を一つとみなす場合があるなど、事業所の範囲のとらえ方には様々なルールが存在する点には注意が必要である。
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えば、消灯等を徹底するといったこと)が存在するのだが、条例上の削減義務はあくまでも所有者の
みが負担する。不動産の所有者にとっては、テナントの協力を如何に得るかという点が課題となる。
テナントの義務
指定地球温暖化対策事業所にテナントが存在する場合には、所有者は、テナントと協力して温室効
果ガスの削減を進めるための体制を整備する義務がある(条例第 7 条 1 項)。大規模テナント(具体
的には床面積 5,000 平米以上又は 1 年間の電気使用量が 600 万キロワット時以上のテナント)は「特
定テナント等事業者」として「体制に参画」する義務を負い(同条 2 項)、それ以外の小規模テナン
トは体制に参画する努力義務を負っている(同条 3 項)。また、特定テナント等事業者は、毎年度、
独自に温暖化対策計画書(特定テナント等地球温暖化対策計画書)を作成し、知事に提出しなければ
ならない(同条 5 項)。
不動産証券化の特例
以上に述べたように、削減義務を負うのは原則として不動産の所有者である。しかし、不動産証券
化取引において一般的に見られるように、特別目的会社(投資法人も含まれると解される2。)又は
信託受託者が事業所の所有者である場合には、所有者以外の者が所有者に代わって削減義務を負うこ
とが認められている(下表参照)。また、不動産証券化の場合に限らず、不動産全体の排出量の 5
割以上を占める大規模テナントは、所有者等と連帯して削減義務を負うこともできる(以上、条例施
行規則第 4 条の 4)。
所有者
特別目的会社
所有者に代わり削減義務を負うことができる者
・ 特別目的会社から、当該事業所の事業活動に伴う温室効果ガスの排出に
係る主要な設備等の設置又は更新(設備更新等)に係る業務を委託され
た者(実際には、特別目的会社から建物の管理業務の委託を受けるプロ
パティ・マネージャー若しくはマスターレッシー又は物件の管理処分に
ついて権限を有する資産運用会社等がこれに該当することが多いと思
われる。)
信託受託者
・ 受益者
・ 信託受託者に対する事業所の設備更新等に係る指図の権限を当該信託
の当該信託の受益者から委託された者(受益者が特別目的会社であるケ
ースで、特別目的会社のアセット・マネージャーがこれに該当する。)
第三者が所有者に代わって削減義務を負うのは、当該第三者が削減義務を負う旨を知事に届け出た
場合に限られる(条例第 5 条の 8 第 2 項)。特に届出がなされない限りは、原則通り所有者が削減義
務を負う。
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特別目的会社は、
「資産の流動化に関する法律第 2 条第 3 項に規定する特定目的会社及び事業内容の変更が制限されて
いるこれと同様の事業を営む事業体をいう」と定義されている(条例施行規則第 4 条の 4 第 1 項 3 号)
。投資法人もこれ
に含まれると解することも可能であると思われる。
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削減義務の具体的内容
削減義務の具体的内容は、2010 年度から 2014 年度の 5 年間において、事業所から排出される温室
効果ガスの総量を 8%削減することである(但し、削減率は事業所の種類等によっても若干異なる。
条例施行規則第 4 条の 16)。実際の温室効果ガス排出削減が目標の 8%に満たない場合には、種々の
排出権を購入し、これを都に対して譲渡することによっても義務を達成することができる(条例第 5
条の 11)。
Ⅲ. 実務上検討すべき対策
以上で紹介した本制度の内容に照らせば、不動産証券化取引という文脈において検討すべき対策と
して以下の各点を挙げることができる。
1.
物件所有者関係
まず、東京都排出量取引制度の対象となる物件の所有者が検討すべき事項として、以下の点を指摘
することができる。
削減義務者の確定
前述のとおり、特に届出が行わない限り、温室効果ガスの削減義務を負うのは所有者である。不動
産証券化における物件所有者は信託受託者又は特別目的会社であり、温室効果ガスの削減を主体的に
実行することは困難であると思われることから、状況に応じて、アセット・マネージャー、プロパテ
ィ・マネージャー、マスタ・レッシー又は資産運用会社等が所有者に代わって義務を負うことを検討
する余地がある。
この点については、物件所有者は本制度に基づく義務に限らず、不動産を所有することに伴う様々
な義務を元々負担しているのであるから、本制度により温室効果ガスの削減義務が課されたからとい
って特別な考慮は不要であり、原則通り所有者が削減義務を負担しつつ、温室効果ガスの削減に必要
な業務を第三者に委託すれば足りるという考え方もあり得る。その一方で、不動産を保有することに
伴う通常の義務とは異なり、本制度の場合には、義務を履行するために要する金額が温室効果ガス排
出量に応じて変動しうるためリスクの定量化が困難である点や、温室効果ガスの削減義務という従来
の法令上見られなかったタイプの義務を課される点を重視し、削減義務の主体を所有者以外の者とす
ることもあり得る。
テナント対策
前述のとおり、特定地球温暖化対策事業所に入居するテナントには、その規模に応じて温室効果ガ
スの削減体制に参画する義務又は努力義務が条例上規定されている。しかし、こうした法令上の義務
(又は努力義務)のみを根拠に、所有者がテナントに対してどの程度の対策を求めることができるか
は不透明である。その点に鑑みると、今後賃貸借契約を締結する際には、温室効果ガス排出削減のた
めの具体的な義務をテナントに対して課したり、削減目標が達成できない場合の費用負担をテナント
に対して求めたりといった条項を設けることも考慮に値する。
また、前述のとおり、指定地球温暖化対策事業所に入居する大規模テナントは、特定テナント等地
球温暖化対策計画書の作成・提出を義務づけられる。このため、所有者としては、テナントが入居し
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ている物件が指定地球温暖化対策事業所に該当することや、当該テナントのエネルギー使用量等の情
報を適時にテナントに対して提供しなければならず、所有者はそのための体制を整備しなければなら
ない。こうした点が物件の魅力・競争力にも影響を与える可能性がある。
不動産証券化取引における情報開示
不動産証券化取引の対象不動産が本制度の対象となった場合、金額的なインパクト等も踏まえたう
えで、投資家に対する情報開示の要否・内容を検討する必要がある。
また、排出削減義務者となった者は、条例上の削減義務を課されたことや、排出削減対策が順調に
進んだために売却可能な排出権を取得したことを企業会計上どのように処理すべきかという点につ
いても検討する必要がある。この点は、例えば投資法人が排出削減義務者となった場合などに問題と
なる可能性がある。
排出量取引に関する会計上の取扱については、企業会計基準委員会(ASBJ)「実務対応報告第 15
号 排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」(最終改正平成 21 年 6 月 23 日)が存在する。そ
れによれば、排出権の取得・売却に伴う会計処理は基本的にオフバランス処理され、削減目標の達成
又は未達成が確定した段階(例えば、東京都排出量取引制度で言えば 5 年間の期間が経過した段階)
で初めて会計上認識される。しかし、実務対応報告第 15 号は、あくまでも京都クレジット3や自主的
な排出量取引制度を前提にしたものであって、「企業ごとに排出量削減義務が課された場合の会計処
理は取り扱っていない」旨が明確に記載されており、直ちに本制度に適用されるものではない。本制
度に伴う会計処理については、現在東京都が検討中であるが、検討結果を踏まえて、ASBJ において
指針を定めることが予定されているようである。
2.
物件取引関係
次に、新たに物件を取得する局面について検討する。都内の大規模物件を取得しようとする場合に
は、当該物件が指定又は特定地球温暖化対策事業所として指定されているかを確認するべきである。
また、より本質的には当該物件からの温室効果ガス排出量を確認・把握することが望ましい。
制度期間中に制度対象物件が譲渡された場合の取扱い
東京都の説明によれば、制度の対象期間中に物件が譲渡された場合には、物件の新所有者が削減義
務を負うことになる。例えば、2013 年度の途中に物件が譲渡された場合であっても、新所有者が負
担する義務は「当該物件において 2010 年度から 2014 年度に排出される温室効果ガスの総量を 8%削
減する義務」である。このように、新所有者は、物件取得時点で当該物件から(既に)排出された温
室効果ガスの量を引き継ぐことになる。別の表現を用いれば、譲渡時までに大量の温室効果ガスを排
出している物件は、潜在的に大きなカーボンリスク、カーボン債務を負っている状態にあるというこ
とになる。とすれば、物件取得時のデュー・ディリジェンスにおいて、当該物件における過去の温室
効果ガス排出量を確認することが望ましい。また、物件取得時の不動産売買契約や受益権売買契約に
おいて、この点について一定の表明保証を盛り込むことも検討に値しよう。
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京都議定書に基づく排出権であり、日本国が京都議定書に基づいて負っている削減義務(1990 年比マイナス 6%)を達
成するために用いることができる。温対法に基づいて経済産業大臣・環境大臣が設置・運営する登録簿に記録すること
により取引され、現時点においては法律上の根拠を有する唯一の排出権である。
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Ⅳ. 今後の展望
本稿においては、東京都排出量取引制度を中心に不動産証券化取引に潜むカーボンリスクを紹介し
た。周知のとおり、鳩山内閣は温室効果ガスの排出を 1990 年比で 25%削減する目標を打ち出し、こ
れを達成するために炭素税・国内排出量取引制度(キャップ・アンド・トレード制度)の早期導入を
表明している。国内排出量取引制度が本格的に導入された場合、その内容如何によっては、不動産取
引に更に大きな影響が生じる可能性があり、今後の動向が注目される。
地球温暖化対策を実施することはコスト増加要因であることは間違いないが、その一方で、温暖化
対策の進んだ物件の魅力・競争力が向上するという効果をもたらす。長期的な視点で不動産投資・運
用を考える場合には、地球温暖化対策を「コスト」「リスク」ではなく、むしろ「チャンス」と捉え
るべきであるように思われる。森・濱田松本法律事務所では、今後もこの分野の情報を積極的に発信
していく予定である。
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