11月号(No.352)

ていよう
綴葉
'16
11
No.352
あなたが創る生協の書評誌
▶
話題の本棚
アンガス・マクラレン著『性的不能の文化史』
ウィリアム・ウォルターズ著『統治性』
特集/実用書
新刊コーナー/新書コーナー/戦国時代への誘い/私の本棚
〒606-8317 京都市左京区吉田本町
Tel:771-6211 / E-mail:[email protected]
綴葉HP: http://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/
京大生協綴葉編集委員会
話題の本棚
医者が媚薬を売り、凄惨な外科治療がおこなわれた。二〇世紀初頭、
るようになる。マスターベーション・パニックが席巻し、インチキ
は身体的問題として扱われ、口にしてはいけない悲劇として扱われ
て扱われた。しかし、一七・八世紀以降の理性/科学の時代、不能
もした。不能は罪や悪魔、魔女のせいにされ、嘲笑の的、喜劇とし
衆の面前で勃起能力を証明させる恐怖の離婚裁判がおこなわれたり
インポテンツをめぐる喜劇と悲劇
性的不能の文化史
アンガス・マクラレン著
山本規雄訳
作品社
精神分析家ははじめて「心理的要因」を発見したが、相も変わらず
身、原因論、意味付けが時代ごとに大きく変化してきた様を克明に
リシャから現代までの膨大な議論を整理することで、性的不能の中
それは時に想像を絶する。本書は、「性的不能」をめぐる、古代ギ
わる。《男女同時のオーガズム》が説かれ、その裏返しとして、今
とのフェミニストのスローガンには、今や《オーガズムを!》が加
にこそ男性の性的能力の証があるとされる。女性に《参政権を!》
子づくりだけでなく、女性を性的に《目覚めさせ満足させる》こと
二〇世紀はじめの決定的転換は、幸せな結婚生活は円満な性生活
を前提にするという考え方が広まったことだ。以後、単なる勃起や
その原因を《冷感症の妻》や《母親支配》になすりつけた。
描き出し、研究が遅れてきた男性の性と「男らしさ」の問題にかつ
や《早漏》までもが《インポテンツ》の一種として問題化され、射
《私は、兵士として戦うつもりでしたが、武器がなくなったので
す》。「勃たない」ことへの男たちの不安と恐怖。《主の意志にも欲
てなく鋭く切り込んでいる。五〇〇頁超えの大著だが(注はウェブ
精を《我慢し先延ばし》できない男性は非難の対象となった。
イ ン ポ テ ン ツ
上に掲載されている)、非常に読みやすく、引用される史料はいち
望にも服従せず、勝手気ままに振る舞うペニス》への失望と怒り。
いち面白く、内容はどこまでもショッキングで、全く飽きない。
そが相手を打ち負かす支配の証だった。それゆえに、挿入できない
魅力的とされていた。勃起した男根は力の象徴であり、「挿入」こ
亀頭がむき出しのペニスは醜く、少年のような包茎短小のペニスが
すばかりだ。本邦で流行っている「草食系・絶食系男子」もこの種
えって勃起を危機に陥れている》。セックスへのプレッシャーは増
起の振りも可能となった。製薬会社は男性の不安を煽り続け、《か
現代はどうか。フェミニストはオーガズムの振りをする女性を抑
︽冷 感症女︾のせいにし、︽性に貪欲な女性︾に震える男たち
圧の犠牲として嘆いてきたが、自分もそうだと男性が声を上げ始め
なにが「不能」かは、なにが「能力(男らしさ)」かに依存する。
よく知られるように、古代ギリシャ・ローマ文明では、大きすぎる、 たことは衝撃的だ。一九九七年のバイアグラの登場以来、もはや勃
ことが「不能」とされ、格好の罵倒の的だった。
の攻防の所産だろうか。全ての人に読んでもらいたい。 (れくた)
月刊)
(五一七頁 税込三九九六円 中世のキリスト教社会では、性交こそが結婚の完成だとされ、公
8
2
話題の本棚
フーコーを使う、理論を使う
統治性
フーコーと真剣に出会い続けるために
副題の「批判的な出会い」である。ここで出会いとは予期せぬ邂逅
それでは、この病に有効な処方箋はあるのだろうか。万能薬はな
いが、予防することはできる。その方法として著者が提示するのが、
ウィリアム・ウォルターズ著
であり、概念の道具箱を携えた分析者が往々に直面する、新たな現
フーコーをめぐる批判的な出会い
阿部潔・清水知子・成実弘至・
実に対する道具の不足や不具合である。こうした場合に、「使えな
い」とすぐに道具を投げ捨てるのでも道具に合う現実だけを見るの
月曜社
小笠原博毅訳
として確立するほどの研究蓄積がある。本書はその名の通り統治性
断片的に現れたに過ぎないが、英語圏では統治性研究という一領域
性』である。統治性という主題はフーコーの議論においてきわめて
フーコーの理論を「知る」ことと、それを「使う」こととの間に
あ る ギ ャ ッ プ。 こ れ を 埋 め る 手 助 け を し て く れ る の が 本 書『 統 治
が生まれてきた由来を問い直すという手段を取るのだ。
だけの適用主義が生まれる。著者はこの事態を避けるために、概念
概念は理論的背景と独立して化石化し、それを無批判に当てはめる
れるに至った経緯や文脈は削ぎ落とされてしまいがちだ。こうして、
せる。ある概念を取り巻く議論が蓄積されるほど、それが必要とさ
でもなく、慎重かつ大胆にそれを変えていくことが必要なのだ。そ
に的を絞った内容だが、理論の「適用主義」に警鐘を鳴らす議論は
最後に、本書の批判する適用主義に加えて、「適用主義の適用主義」
にも注意を促したい。つまり、なにか小難しげな概念を使っている議
フーコーの名前を聞いたことのある人は多いはずだ。パノプティ
コンなどの用語を知る人も少なくない。だが現実の分析に彼の理論
汎用性が高い。経験的研究に理論を活かそうとする、すべての人に
大切なのは、ある分析道具を使うことで、どのような新しい視座が得
の時初めて、この出会いは「批判的」なものになる。
読んでほしい一冊である。
られるのかと問い続けることだろう。そのことを本書は教えてくれ
を活かそうとすれば、うまく使える人はあまりいないようだ。
著者が一貫して批判する適用主義とは、特定の話題や対象にただ
分析概念を当てはめるだけの、規格化されたルーティンワークを指
る。本書は統治性研究の手引きであると同時に、より広く、理論を適
著者はこの骨の折れる作業を、統治性を系譜学との連関のなかで
捉えるという、フーコー自身の方法へと立ち返ることで実践してみ
す。刑務所や教室を見ればそこにパノプティコンを見出し、人々が
適用主義という病
一定の行動に導かれているのを感じ取っては生権力だと名指す、と
3
論をみると、すぐに適用主義とレッテルを貼りたくなる誘惑である。
いった具合である。これは思想好きな学生のかかる流行り病という
切に使うための手引きともいえる。
(投稿・ぷよまる)
(三三三頁 税込二七〇〇円 月刊)
だけでなく、しばしば「知識人」の持病にもなっている。
7
綴 葉
実
用
書
ほぼ日刊イトイ新聞著、
編
マガジンハウス
皆さんは「手帳」にど
んなイメージを持って
い ま す か? ス ケ ジ ュ
ール管理・目標のための
予定表。
「手帳の使い方」
が雑誌で扱われること
が多く、それは目標に向
かって自分を管理して
いく使い方がほとんどです。
でも少し立ち止まって、改めて手帳の在り
方を考えさせてくれるのが『ほぼ日手帳』と
ガイドブック(『ほぼ日手帳公式ガイドブッ
ク 2017』)。ロフト手帳部門で 12 年連続一位
として売れ続けているこの手帳は、決まった
使い方から距離をとり、自由に使ってほしい
︿特集﹀
ほぼ日手帳公式ガイドブック
2017 This is my LIFE.
2016. 11. 10
!
という創作者の思いが詰まっています。
管理する手帳から、自由になる手帳へ。
2017 年の手帳ガイドブックをめくっても、
正しい使い方はどこにも書いていません。た
だそこで紹介される 39 人の手帳の使い方が
十人十色で、改めて手帳の使い方が人間性を
表すと共に、人の何気ない手帳がとても面白
い読み物に思えるのです。
恋人たちの交換日記から、教材としての手
帳、絵日記や野球観戦記。多くの「手帳の使
い方」を眺めながら、その人の人生を少しだ
け眺めているように感じます。そして使用者
が口をそろえていくのが、振り返って思い出
せる手帳がそこにあることが、宝物だという
こと。ふとしたメモ、挟まれた映画の半券、
何も書けなかった余白も自身を思い出せる切
っ掛けなのかもしれません。
デザインや素材にこだわりながらも、使い
読書の目的の一つに「情報を得る」が
あります。「なんかうまくいかんなあ、
どないしよう」「これ、どうゆうふうに
やったらええんやろう」……日常生活の
方を拘束しない手帳。2017 年の始まりを考
些細なコマッタをほろ苦く味わう手引き
え る 時 期 に、 手 帳 に 少 し こ だ わ っ て み て
として、本特集をどうぞご利用ください。
は……。
(きもの)
(明)
(160 頁 税込 1620 円)
4
綴 葉
No.352
社会科学系のための「優秀論文」作成術
考えすぎて書けない人のための
1分間メール術
川㟢 剛著 勁草書房
神垣あゆみ著 フォレスト出版
―プロの学術論文から卒論まで
卒論、修論、博論、査読
論文……。冷や汗までは出
ないけれど、胃がきりきり
してくる。論文執筆をもっ
と効率的に、楽しみながら
進める方法はないのだろう
か。
「論文が書けない/評価されない」。その背
景には、専門的・内容的問題に加え、論文を
どう組み立てたらいいか、何をどう書けばい
いかが不鮮明という問題があることが少なく
ない。
しかし、特に社会科学系では、理系や心理
学ほどにそれらが明確ではない。本書は、政
治学、社会学、経済学、歴史学などの学徒に
向けて、論文の「型」をマスターし、高品質
な学術論文を作成し、学位論文や査読論文を
「攻略」する秘伝術を指南するものだ。やや
文章は硬いが、類書に比べてその体系性、汎
用性、実用性は群を抜く(学部 1、2 回生の
初学者には戸田山和久著『論文の教室』
(NHK
出版)が読みやすくお薦め)。
本書によれば、論文とは「懐疑心満々の読
者(特に指導教員や査読者)を説得するため
の手段」であり、目的、中心命題、問題と解
決、中心命題がもつ含意、という四つの構成
要素を不可欠とする。ありがたいのは、よく
ある論文の 4 種類の「型」、すなわち「概念
の検討・整理」「仮説検証」「仮説創設」「新
事実の提示」それぞれに見合った効果的なロ
ジックの組み立て方、説得術、自説の事前防
御策などを、具体例を交えつつ、詳しく教え
てくれる点だ。博論執筆計画、研究計画書の
立て方、実施戦略の指南もありがたい。
論文執筆で何をすべきかが明確になり、苦
しくないどころか、楽しくなる。 (れくた)
5
(182 頁 税込 2052 円)
就活の時期ともなれば、
丁寧なメールも打たなけれ
ばいけない機会も増えるは
ず。もちろん、苦労なく書
ける人はいい。問題は、た
いしたことのない内容なの
に、送信ボタンを延々と押
せないような人。
押せない理由は、きっと、「この言葉は失
礼じゃないか」「こんな裏読みがあるのでは」
と考えすぎるためだろう。ならば考えなしに
行こうではないか。本書は、いたってシンプ
ルな文例集である。ビジネス本にありがちな、
自己啓発チックな雰囲気がないのが良い。別
に印象に残る必要なんてない、先方の機嫌を
損ねないよう、とにかく無難に生きていきた
い人向け。
構成としてはビジネス場面や用途別に章が
分けられており、実際のメール文面例が左頁
に、右に NG フレーズ等の解説があるという
形式。1 例を挙げてみると、カドを立てずに
断りたいとき、≪「願ってもない機会なので
すが」「参加が難しい状況です」≫というフ
レーズ。使えると思う。なぜだかわからない
けれど、≪「部長は中国語がおできになりま
すか」≫よりも≪「部長は中国語をお話にな
りますか」≫というほうが、確かに印象良く
聞こえる。ちなみに本書にはコピペ用 HP が
用意されており、そっくりそのまま使ってよ
いのかは微妙だが、もしメールの文面を考え
るのに時間を使いすぎているのなら、大変便
利であろう。
ところで評者の知るかぎり、ビジネスメー
ル教本は数あれど、アカデミックのほうは見
たことがない。本書はやはり慇懃さが否めな
いので、『教授へのメールの書き方』があっ
たらぜひとも欲しい。
(投稿・もじゃ)
(251 頁 税込 1404 円)
綴 葉
2016. 11. 10
人生がときめく片づけの魔法
いちばんやさしい教える技術
近藤麻理恵著
サンマーク出版
向後千春著
永岡書店
大学生活が再開して何か
塾講師や家庭教師のアル
とやることがあるのに部屋
バイトで生徒に何かを教え
が散らかって困るという人
ている方も多いと思うが、
にオススメしよう。本書は
そうでなくてもサークルや
米 国「TIME」 誌 の「 世 界
部活動で新人さんや初心者
で 最 も 影 響 力 の あ る 100
の方に何かを教えた経験は
人」の中に選ばれた著者が
あるだろう。そのとき「ち
指南する片づけ本である。
ゃ ん と 教 え た の に で き て な い、 ま っ た く
「一度片づけたら絶対に元に戻らない」こ
……」と苛立たしく感じたり、「どうやって
とをモットーに著者の実体験をまじえながら
説明したらいいんだろう……」と途方にくれ
片づけのノウハウを本書は披露してくれる。
たりした経験はないだろうか。そんなときに
要点は二つ、「モノを捨てるかどうか見極め
手に取ってほしいのが、インストラクショナ
ること」と「モノの定位置を決めること」だ
ルデザイン(教え方のデザイン)を研究し、
そうだ。そして捨てる際の判断基準が「とき
「教え方」を教えている著者による、本書だ。
めき」なのである。
相手に何かを教える。その結果、その人は
本書と他の片づけ本との大きな違いは、片
できなかった何かができるようになる。その
づけを一度に終わらせる、というテクニック
ときの教える目標は、次の 3 タイプに尽くさ
であろう。著者自身が言うように、日頃から
れる。(1)一輪車に乗る、オーボエを吹くと
片づけるという習慣がないために家の中が散
いうような「運動スキル」、(2)フランス語
らかる。しかし習慣はそう簡単には身につか
の単語を覚える、ゼミ発表のレジュメを作る、
ない。ならば思い立った時に一気に片づけて
という「認知スキル」、(3)サークル運営に
モノが少ない状態を作ってしまおう、という
積極的に参加する、というような「態度スキ
発想の転換はドラスティックである。
ル」である。これらにはそれぞれ適した方法
本書は片づけ本の中ではかなり文章量の多
があり、それに則ることでうまく教えられる
いものに入ると思われるが、重要部分は太字
ようになる。このとき著者が強調するのは、
で書いてあるのでそこだけを飛ばし読みして
結果が出なければ責任はすべて教える側にあ
も片づけの知識は身につくはずだ。
る、という「学習者検証の原則」。やる気を
ただし仕事関係など、「ときめき」が少な
引き起こすのもその仕事、というのは教える
くても捨ててはいけないモノが多い場合の対
側にとって大変厳しいが、分かりにくい説明
処法は書いていない。そして、この片づけ方
を繰り返されて困惑していた学習者にとって
はモノを少なくすることが前提のため、モノ
は朗報だろう。
を買い込む習慣のある人には効果が少ないか
本書の内容を心理学上の裏付けとともに詳
もしれない。
しく知りたい人は同『上手な教え方の教科
ともあれ、年末も少しずつ近づいている。
書』(技術評論社)を。また、同『教師のた
大掃除の前に本書を読んでおくと片づけが捗
めの「教える技術」』(明治図書)は「教員採
るのではないだろうか。
(ねこ)
(270 頁 税込 1512 円)
用試験受かった」という人向けだ。
(明)
(192 頁 税込 1080 円)
6
No.352
綴 葉
Cooking for Geeks
タロットの書
――料理の科学と実践レシピ
レイチェル・ポラック著 伊泉龍一訳
株式会社フォーテュナ
Jeff Potter著 水原文訳
オライリージャパン
「実用」といえば、まず
即物的な何かを連想するか
もしれない。しかし、私た
ちの生を根本的に前進させ
ためには、自らの置かれて
いる状況を十全に理解し、
整理し、コントロールする
力を得ることが必須だ。自分では意識できて
いない、現在の自分の性質を認識できれば、
世の中に料理の本は多か
望ましい在り方に気づくことができる。その
ために、神秘的な知のシステムに頼ることは
有効であろう。常識的な思考様式の外部から
の「神託」を受け取る手段として、タロット
占いを始めてみるのはどうだろうか。
著者レイチェル・ポラックはアメリカタロ
ット界の大家であり、数多くのタロット専門
書を執筆している。特に浩瀚な本書では、タ
ロットの歴史記述から開始し、その後、膨大
的である。例えば調理の際に食材はどのよう
な紙幅を費やして大アルカナと小アルカナの
78 枚のカード全てについて、神話・哲学・
精神分析・文学等の比較的専門的な知見を織
り込んだ極めて精緻な図柄分析を行うと同時
にリーディングにおける注目点が指示される。
全カード解説の後は、タロット占いの実践方
法を丁寧に指導してくれるのが有り難い。ポ
ラックの説明は、客観的で信用できると同時
に独創的で印象に残りやすく、説得力がある。
本書のお供にはウェイト版タロットデッキ
が適当だろう(評者のお薦めはカード裏面が
ゴールデン・ドーンの薔薇模様+パメラのサ
イン入りのデザインになっているスミス・ウ
ェイト・センテニアル版)。タロット占いを
通して私たちは、過去へ反省的に遡り、自由
意志と使って現在の決断を行い、輝かしい未
来を形成していくことができる。人生の根本
に迫ると同時に一流タロティストへの道を指
南してくれる、神秘的実用書。 (ミント)
(454 頁 税込 3240 円)
7
れど、それはたいていレシ
ピの紹介や、調理のテクニ
ックの解説に終始する。だ
から自分で調理することに
興味がない限り、料理本を
読んで面白いと思うことは
少ないのではないだろうか。しかし、食欲だ
けでなく、知識欲の対象としても料理は魅力
に変化しているのか知りたくはないだろうか。
こと科学や技術に関心のある人なら、なおさ
ら料理を科学として理解したいと思うに違い
ない。
本書では、料理についてその技術的側面が
科学・技術オタク的視点から網羅的に解説さ
れる。(出版社名から推測のつく人も多いだ
ろうが)体裁としてはまさに技術書のそれで
あり、一から十までとにかく詳細に書かれて
いる。例えば、どの料理入門書にもキッチン
に揃えるべき道具の紹介は載っているだろう
が、フライパンの素材の比熱と熱伝導度まで
数値付きで解説するのはいかにもそれらしい。
風味それ自体の理論の紹介や、タンパク質の
変性温度の解説あたりは類書にもありそうだ
が、真空調理法など最先端の話題や食品添加
物の使用法を非常に詳しく扱っている点は本
書ならではだ。もちろん、料理のレシピもそ
の前後で解説される技術の具体例として豊富
に載っている。
全体的に、料理とはこれほど科学的なもの
だったのかと思わせる一冊である。料理をも
っとうまく作りたい人はもちろん、物理や化
学に興味のある人はぜひ一読を薦める。普段
自炊していなくとも、読めばきっと今日の夕
飯を自作したくなるはずだ。
(蕨餅)
(424 頁 税込 3672 円)
つの事例」を超えた一般性をもちうるかは定
したものだ。だから、本作がどこまで「ひと
版)同様その七転び八起きの体験をレポート
名を高からしめた『母がしんどい』(中経出
作者は心理学や精神医学の専門家や援助者
ではなくむしろ当事者であり、本作は作者の
そのメカニズムに気付いていき……。
本書は、ヘーゲルの『精神現象学』を中心
としつつ、彼の著作の展開に沿いながら解説
かを問う。
を通して人間が自由に生きるとはそもそも何
で あ る。 本 書 は、 ヘ ー ゲ ル が 問 う た「 自 由 」
本書である。それこそが「自由」という概念
ゲル哲学に一つの共通概念を読みとったのが
る錯綜したようにみえる概念などが多々あり、
の言葉づかいには何がなんだがわからなくな
か で は な い し、 ま た「 キ レ 」 を「 自 傷 他 害 」
していく。では自由とは何か、それは決して
かしエイコはその過程で自分の怒りの原因や
という現象の内に位置づけることも本作だけ
新刊コーナー
些細なことにイラ
イラ、身近な人に当
では難しいかもしれない。しかし個人的な体
~夫をグーで殴る妻をやめるまで~
田房永子著
竹書房
由ではない。なぜなら我々は世界の自然法則
一筋縄ではいかない。だが、その難解なヘー
たり散らしてあとで
自由気ままであるという自己の欲望などに関
キレる私をやめたい
ひたすら自己嫌悪。
する個人的なものではないし、それは真の自
0
験レポートだからこそ、その苦悩と切実さ、
0
それを繰り返して悩
そして解決ののち夫とようやく出会った場面
0
んでいるなら、得るところがあるかもしれな
に確実に縛られているから個人的な自由は制
限されている。ヘーゲルはこのような個人的
な場を崩壊させることによって真の自由が開
かれるという。端的に言うと、個だけに閉じ
こもらないで世界という他なるものに開かれ
ったり精神科にかかったり、各種セラピーに
は必死に様々な方法を試みる。書籍を読み漁
を杖で殴るバアさんに…なっちゃう‼ どう
しよう… どうすればいいんだよぉ」。エイコ
その書物が難解で、現在、読むに値する書物
その知っている人も
っている人は少ない。
なことをしたのか知
ヘーゲルの名を知
る人は多いが、どん
知ることもときには必要だ。それを思い知ら
てこそ真の自由は実現するということである。
参加したり自己啓発に励んだり……。これら
される一書である。
(ういろう)
(二六八頁 税込二三七六円 月刊)
自由に生きるために
髙山 守著
左右社
ヘーゲルを読む
(一三六頁 税込一〇八〇円 0
い。本作は「夫をグーで殴」っていた作者が
の感動は、測りえないほど深いのだ。 (明)
月刊)
それを克服した経緯を綴ったコミックエッセ
イである。
主人公・エイコは夫と二歳の娘の三人暮ら
し。普段は温厚だが、なぜか夫に対して「そ
こまで怒ることじゃないのに…破裂するよう
は一見怪しいとか、解決方法として方向違い
なのかと疑問に思うだろう。確かにヘーゲル
9
私たちの日常の根っこを問おうとする。根を
かもしれない。だが、哲学とはそんなもので、
これまで書いたことは非常にわかりにくい
と思う、そしてかなり遠回りの説明に感じる
とか、そのように思われるかもしれない。し
な怒りが 爆発」してしまう。「なる…私も夫
7
2016. 11. 10
綴 葉
8
Jポップで考える哲学
自分を問い直すための 曲
戸谷洋志著
講談社文庫
世に学問は数あれ
ど、特に哲学という
ものは最も抽象的に
紹介される思想も一般の入門書にない一捻り
スムーズに頭に入ってくる。議論の進み方や
常に振り回されるよりも、大事なように思え
こうして歩いていることの方が、あくせく日
ものである。いつも以上に思索にふけり、今
って、徹底的な思考特有のある種の凄味が喪
ヘンリー・ソロー
ヘンリー・デイヴィッド・ソローとはその
ような大事さを誰よりもわかっている人だっ
た。一日に四時間も散歩の時間を確保し、家
族のことも仕事のことも考えないで、森の不
思議さを探求し、ふと浮かぶ自身の言葉に耳
を傾けた。彼にとって散歩とは自立のための
行為であり、書物や学校よりも、自然がなに
よりもの教師だった。ソローが生前残したの
は二つの本と膨大な日記である。誰に向けら
れたわけでもない、一人思索に耽った記録が、
今もこうして読まれ続けているのは、その記
録に人類の普遍的な思考が宿っているからか
れている。
る。休憩のはずがも
い世界から距離をと
例えば疲れたとき
吉田山を歩いてみる。
日々忙しさに追われ続け道草をしていない
人々へ。この本を片手に哲学の道を歩いてみ
「野生」から学ぼうとした彼の姿勢だ。
野生の学舎
もしれない。
本書の最大の特徴は、対話篇の形式を取っ
ていることである。女子大生の麻衣と先生が
っと歩きたくなり、哲学の道に足を延ばし、
てはいかがだろうか……。
今福龍太著
みすず書房
てくるのだ。
がなされていて、唸らされる。
しかし同時に、歌詞から内在的に哲学的思
索が遂行されているというよりも、生活上の
共感を思想という枠組みで説明しているので
はないか、という印象も受けた。実人生の感
慨を精緻な論理で考えるのはそれ自体として
寄せ付けぬ奥の院に
われている面も否めない。読者諸氏にも是非
面白いが、そのような人生哲学的タッチによ
鎮座するかのごとくである。しかし遂に、J
して、あたかも人を
ポップの歌詞という最も身近な言葉で哲学を
読んで考えて欲しい。
(投稿
・蟷螂)
(三五二頁 税込七三四円 月刊)
語る本が出た。なぜJポップなのかと言えば、
Jポップが哲学と同様言葉に重きを置くジャ
ンルであり、またその言葉がストレートな共
感を呼ぶからだ。哲学的な問題を自分の問題
として考えるのに最適な素材がJポップとい
う訳である。著者は博士課程在籍中の若手研
J ポ ッ プ の 歌 詞 を 読 み な が ら、「 自 分 」「 恋
ベンチに座って落葉を眺めてみる。見知らぬ
この本はわかりにくいソローの思想をコン
パクトにまとめている。雑誌連載が土台にな
愛」「時間」「死」「人生」といったテーマに
植物の名前を調べて、歩きながら湧いてくる
(二八八頁 税込四一〇四円 (きもの)
月刊)
その根底にあるのは文明社会から距離をとり
っている本書は、各テーマが独立しているが、
ついて、実感に基づきつつ語り、考えるとい
森の中に入って忙し
うスタイルで議論が進む。平明達意の文章で、
究者。それゆえか、若々しい感覚が全編に溢
9
アイディアを手帳に綴る。散歩とは不思議な
9
15
折に触れ紹介される哲学者達の思想も非常に
7
綴 葉
No.352
ペルーの異端審問
フェルナンド・イワサキ著
八重樫克彦訳 新評論出版
日系人だからとい
って、文化的共通性
を探ろうとするのは
島国に住むわれわれ
の悪い癖だろう。イ
め切りに追われながら書評を書いている。こ
いう綴葉の編集委員もここだけの話、毎月締
夜して仕上げたという逸話はよく聞く。かく
の掟があるにもかかわらず、いやそれがある
中浮遊体験とを同一視する信者。厳格な宗教
からこそ、抑圧された淫欲に聖職者や信者た
吉本ばななも手塚治虫も、みんな締め切りに
が集められている。夏目漱石も谷崎潤一郎も
本書には明治期から現代に至るまで総勢一
〇〇名近くの作家・編集者による締め切り談
の時期には締め切りと聞いて顔が青ざめる人
ちが狂ったように溺れることができる。
も読者諸氏の中におられるだろうか。そんな
直情的な信仰心に深く巣食う情欲の無際限
悩める人に一読を薦めたい。
さ。そんな中世を愚かな時代として暴くとき、
即物的な資料の羅列では読者は胸くそ悪くな
るだけであろう。それを人間の愚かさという
普遍的な笑いに変えてしまうイワサキの語り
苦しめられていた。そして締め切りにまつわ
る煩悶の数々、筆が進まないという共通の悩
は、文学的な歴史として読まれなければなら
ないひとつの幻想文学のあり方を確かにわれ
み。本書を読めば、あの著名な作家でさえ書
ワサキの本作品は、そんな安易な想定など不
要にするある種の「新鮮さ」を与えてくれる。
楽になるかもしれない。他方、編集者側の視
点も合わせて載っている。締め切りに苦しむ
ころか互いに補い合う関係にあるべきジャン
あろう。レポート・
通り過ぎたい、歓迎
締め切り、といえ
ば誰しも耳を塞いで
まさに「人生は長く、締め切り日は短し」。
喜こもごもの様子は人生の縮図とも見える。
〆切本
のは急かす編集者も同じなのだ。締め切りを
巡る作家と編集者双方の心理・人間模様がこ
ルであることに目を開かされる。
論文・学会発表など学生生活において身近な
こに垣間見える。
中世ペルーにおける異端審問の猥褻な裁判
の珍事をイワサキは綿密に調べ上げ、それを
ところに締め切りの魔の手は常に迫ってくる。 ただし締め切りは守りましょう。
夏目漱石ほか著
左右社
けないことに悩んでいたと知って少しは気が
それはおそらく、本書のエピソードがいずれ
われに示している。 (投稿
・ようすけ2 )
(五九九頁 税込一七二八円 月刊)
も歴史的資料に基づきながらも、きわどいユ
ーモアで読者の意表を突く中世欲情短編集で
あるからだろう。
しばしばわれわれは歴史と文学は決して相
容れないと考えがちである。だが本書を読め
ば、 歴 史 と 文 学 は い ず れ も な る ほ ど 物「 語
自らの語りにのせ描きだす。悪魔と寝た女を
(ねこ)
月刊)
らこそ始まりがある。締め切りから生じる悲
らないのもまた事実である。終わりがあるか
不思議なことにこうして怨嗟の的になって
いる締め切りだが、それがないと行動が始ま
尋問する際に陰部を「調べる」聖職者、イエ
小学生の頃、夏休みの宿題を提出日前夜に徹
(三六三頁 税込二四八四円 9
すべからざるもので
スと寝たことを競い合う女性、性的高揚と空
り」として親近性があるだけでなく、それど
7
2016. 11. 10
綴 葉
10
に運命を呪うのもありがちだ。
のある話題を見つけられるだろう。中にはト
れ、ときにはイカサマ治療の汚名を着せられ
リビア的なものもあれば、宇宙・生命の誕生
さて、その「偶然」や「運」にまつわる科
学を、様々な角度から紹介したのが本書であ
この本は、脳が損傷から人を立ち上がらせ
る能力をもった器官であるということを提示
や人類の進化のように非常に大きなスケール
がちな東洋医療と中枢神経系の可塑性という
するのと同時に、身体と脳の分かちがたい関
のものもある。例えば裁判における誤謬を解
る。これはイギリスの一般向け科学雑誌から
発達がある程度完
了してしまえば、傷
係を強く印象づける力を持っている。脳科学
説した記事などは、損をしないためにも必見
基 盤 を 共 に し つ つ も、 彼 ら の ア プ ロ ー チ が
ついた中枢神経系に
に関心のある読者のみならず、神経と身体の
選りすぐりの解説記事を収録したもので、題
もとづく機能は二度
融合によって支えられる有機体としての「ヒ
ことを確認させる。
と再生しない、とい
だ。またじゃんけんの戦略の解説なども、知
「科学」の強靭なバックグラウンドに基づく
う説明はすでに過去のものだ。特に、人が遠
ト」に関心のあるすべての読者にとって有意
論はもちろん、運をものにするための心構え
脳はいかに治癒をもたらすか
―神経可塑性研究の最前線
ノーマン・ドイジ著
高橋洋訳 紀伊國屋書店
い祖先から受け継いできた脳機能の基盤とな
義な書だろう。
(五九一頁 税込三二四〇円 「偶然」
と
「運」
の科学
れば人に話したくなるだろう。確率論や量子
のような心理学的な話題も扱われている。章
立てはテーマ別にされているが、基本的に一
つの話題につき一記事という構成なので、好
きなところからつまみ食いするのも楽しい読
それぞれ多岐にわたり、一人は歩き、一人は
介される。それぞれの治療家の用いる手段は
よらなかった場所で
ない。例えば思いも
識する瞬間は少なく
日頃生活していて、
偶然というものを意
る一冊だろう。
それほど関心のない人も読み物として楽しめ
のだ。科学一般に興味のある人はもちろん、
み方かもしれない。
頭部に光を照射し、一人はモーツァルトを聴
知り合いに出くわしたときの驚きや、たまた
マイケル・ブルックス他著
水谷淳訳 SBクリエイティブ
材は本当に多岐にわたり、誰でもなにか興味
る構造においては、身体からのボトムアップ
(トロ)
月刊)
な働きかけが、一度は失われた働きを取り戻
させることができると、公に示すことのでき
る時代がきているのである。
本書は、八章五〇〇ページ強にわたり、脳
機能の障害を原因とする症例群に対し、可塑
性を活かしたアプローチで取り組む「ニュー
く。彼らの治療法は、その治療法を用いる動
まゲームに勝てたときの嬉しさは誰でも経験
(二九六頁 税込一八三六円 (蕨餅)
月刊)
然もまたその対象として非常に面白いものな
しかし、本書を読めば実感できるように、偶
人によっては科学といえばどこか確実なも
のを扱うというイメージがあるかもしれない。
機となった興味深い人生経験のみならず、そ
ロプラスティシャン」による治療の事例が紹
の学術的知識の豊かさによって支えられる。
したことがあるだろう。あるいは不運のとき
11
7
このことは、西洋の「科学的」医療と対置さ
9
綴 葉
No.352
た。その折、続編の
う活かすかはあなた次第」と心から思わせる
きのお供か研究動向の確認か。「この本をど
「あとがき」の記す通り城郭研究が軍事研
究として忌避された時代は既に過ぎた。山歩
ととらえれば不快でもなかろう。
問である城郭研究を背負う著者二人の気負い
批判が些か攻撃的すぎる気もするが、若い学
を持つ研究者等にも利益があろう。先行研究
マも織り込まれ、他分野から城郭研究に興味
の関連など二〇一六年現在の最新の研究テー
期の城郭の発生や軍事的要地と宗教的聖地と
経症などの精神疾患等を切口に考証する。
アレルギーや自己免疫疾患、自閉症や強迫神
査し、微生物が心身に対して果たす役割を、
道に乗った頃であった。著者はその成果を走
明を可能にし、共生微生物群の研究も漸く軌
計画が生んだ解析技術
折しもヒト・ゲマノム
イ
ク
ロ
バ
イ
オ
ー
ム
が、人体に棲む共生微生物のゲノム総体の解
よる、全身体的な機能不全である。
っていた微生物の多くをも死滅させたことに
歴史家の城歩き
存在をほのめかして
昨年十一月号の本
誌企画にて評者は歴
史考古学を特集し
あなたの体は 割が細菌
微生物の生態系が崩れはじめた
それが特に深く作用すると考えられる肥満、
トの免疫系を共に構成しているという事実で
ある。それらはそれぞれに固有のDNAを持
ち、ヒトの栄養摂取に関わるのみならず、ヒ
ト遺伝子に働きかけさえする。たとえば肥満。
食べ物からどれだけのエネルギーを引き出す
かは、腸内細菌の組成が決定するのみならず、
対談本というと「お手軽」イメージが強い
が実際の城郭を教材として写真や縄張り図を
ある「縄張り図」の作成を中心に展開する。
を余儀なくされる。数ヵ月後、抗生物質が遂
患し、薬漬けの生活
調査後、感染症に罹
生物学者であった
著者は、マレーシア
すべきかの示唆が興味深い。
ある知見を踏まえ、それを実生活にどう活か
読んでいると、自分の身体を新しい目で見
られるようになるはずだ。積み重ねられつつ
それらはまた脂肪をどのように貯蔵するかを
ふんだんに駆使する本書はそれにはあたらな
に病原菌を駆逐すると、今度は別の多種多様
長」として働くのである。
(犬)
月刊)
クロバイオームはまさに、「ヒトゲノムの延
ヒト遺伝子に命令しもするのだという。マイ
い。武蔵滝山城で城下町の発生を論じ、播磨
な不調が彼女を襲った。原因は、感染症細菌
でのコウモリの生態
三木城で陣城(野戦築城)について語るなど
(三五二頁 税込二一六〇円 8
じんじろ
入門のみならず発展的内容も多く含む本書は
を殲滅した抗生物質が、生命活動の枢軸を担
アランナ・コリン著
矢野真千子訳 河出書房新社
マ イ ク ロ バ イ オ ー タ
いたが、ちょうど一年後の本号で扱うのにふ
まず驚かされるのは、ヒト細胞の約十倍に
ものぼる数の微生物が人体に棲みついて、ヒ
中井均・齋藤慎一著
新泉社
さわしい本を見つけることができた。
刺激に満ちた一冊。
(ヒス
トリア)
(二七二頁 税込二七〇〇円 月刊)
本書は山城の研究法について書かれた対談
中心の啓蒙書である。著者の中井均は山城研
究で知られる関西の考古学者、齋藤慎一は同
じく山城研究者ながら関東の文献学者と立場
を異にする。しかし対談は異種格闘技的に異
分野の知見を戦わせるというより、城郭の設
5
学習目的にも利用可能である。また、南北朝
計計画「縄張り」の研究法とその復元図面で
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綴 葉
12
反フランス革命から現代日本まで
保守主義とは何か
「DNAのメス」
クリスパーの衝撃
ゲノム編集とは何か
保守主義とは何か、このような問いは数多
くなされたが、それらは自らを保守であると
るとすれば――。近年注目を集めている「ゲ
た」部分を、自分の思うままに「編集」でき
寿命や健康や容姿は、その大部分が生まれ
持 っ た も の で あ る。 も し そ の「 生 ま れ 持 っ
小林雅一著 講談社現代新書
このタイトル、どこかで見たぞと思う方も
多いだろう。少し前にネット上で話題になっ
名乗る人々の思想表明にすぎなかった。それ
宇野重規著 中公新書
た、京都を東京に当てはめて説明した地図が
に対し本書の著者は保守主義に与せず学問的
もし京都が東京だったらマップ
岸本千佳著
イースト新書Q
本書の主要なコンテンツの一つである。
を現実化しようとしている。本書では、そん
は非常にわかりやすいが、北大路が二子玉川
そ の 相 手 と は、 フ ラ ン ス 革 命・ 社 会 主 義・
ぞれ手際よく紹介されている。
本書の展開もそれに沿ったものとなっている。 およびこの技術が引き起こす諸問題が、それ
な「神の」技術の発見と深化、それを新たな
保守主義とは、歴史上なんらかの敵対者と
対決をしてきた相対的観点からの産物であり、 商機と見て既に動き出したバイオ企業の動向、
ノム編集」の技術は、まさにそのような願望
中立を保っている。ではその視点からの保守
その対応にはなるほどと思うものもあれば、
主義とは何なのか。
そう言われればそうかなというくらいのもの
というのは解説を見ないといまいちピンと来
もある。例えば岡崎が上野、吉田が本郷など
ないかもしれない。とはいえ、あくまでざっ
経緯と展望に関する概説がなされる。第二章
第一章では、「ゲノム編集」技術と従来の
「遺伝子組み換え」技術の違いやその発見の
かいことは気にせずに楽しむのがよいだろう。 だからといって保守主義は、単なる相対的な
では「生命科学」の基礎的知識が浚われ、第
「大きな政府」または日本の保守主義である。
ものであると断ずることはできない。本書で
くりと比べてみることが主眼であるから、細
また、本書のもうひとつのテーマとして観光
なっているが、共通することもある。
であると思っているなどという驕りに対して
でもその「実効性」は疑えない。その動向は
味さが集約されていると感じられるが、それ
め遺伝子と関連づけて思考する遺伝学の不気
三章、第四章でこの発明をめぐる社会的動き
ということがある。地図もそのような視点か
地ではなく住むための街として京都を眺める、 展開されている思想は、時代や地域などは異
ら、町の雰囲気やそこに住む人のライフスタ
一見すると首都圏向けのような本書だが、
京都をある程度知っている人なら楽しめるこ
反省を与えるものである。本書は日々自己中
じっくり注視していきたい。
イルを中心に解説される。
や倫理的問題が解説される。
それは、まさに人間が大いなるものについ
て反省することから始まるということである。 従来の技術とは比べ物にならない正確さを
ほこるこの技術には、すべての人間事象を予
とうけ合いである。むしろ東京に馴染みのな
心的になりつつある人間への保守主義を通し
13
保守主義とは、人間が自らの理性などを完全
い京都在住者や、京都で家を探している人こ
(二五六頁 税込八六四円 8
そ重宝する一冊かも知れない。
ての未来への提言でもある。 (ういろう)
(二一八頁 税込八六四円 月刊)
(犬)
月刊)
(蕨餅)
月刊)
(二○八頁 税込八六四円 9
6
綴 葉
No.352
戦国時代への誘い
「戦国オタク」リスタート
二 つ の 特 論 も 引 き 込 ま れ る。 同 じ 柏 書 房 か ら 出 た 兄 貴 分 た る 同 編
『真実の戦国時代』とあわせてお勧めしたい。
研究としての戦国時代
軍事
戦国オタクを自任するものは世に多いが、とにかく研究の更新が
早い分野でもあり、「リタイア」された方も多いだろう。本稿では
初心者のみならず、「小和田哲男や今谷明は好きだったけど、最近
軍事史研究が忌避されがちだった戦後史学では、戦国時代という
名称とは裏腹に必ずしも「合戦」研究は進展していなかった。平山
員で武田氏研究に精励してきた著者が考察を試みた一書である。
優著『検証 長篠合戦』(吉川弘文館)は時代小説やテレビ番組を
巻き込み論争が続いた長篠の戦いの様相について、山梨県の高校教
の戦国ものはよくわからない」ような方にも向けて二〇一〇年代に
出版された戦国時代の本を紹介していきたい。なお「中世史」寄り
の原稿であり、織豊期については別稿を期したい。
戦国研究の理論と実際
いざ勉強をというと理論的に学びたい人と細部の知識を手に入れ
たい人に分かれよう。
その本質を見出そうとする。戦国大名を、村と家臣団(家中)の存
は残念だが、文献のみならず考古資料も用いた分析は軍事史的な戦
すその姿勢には大変感服した。史料状況もあり言い切りが少ないの
編成できるのか。先行研究を鵜呑みにせず、既存の論点を悉く見直
田 氏 は 鉄 砲 を ど う や っ て 入 手 し た の か、 決 戦 場 と な っ た 長 篠
し武
た ら が は ら
設楽ヶ原は果たして築城されているのか、日本の在来馬で騎馬隊は
立に責任を持ち自己の力量で統治する擬似領域国家としてとらえ、
国研究の明日を予感させる。
黒田基樹著『戦国大名』(平凡社新書)は前者向きである。カオ
スそのもので概説書を書きにくい戦国大名の性格について検討し、
領域内平和を追求する経営体の実像を追いかける本書は西洋史との
交流などを経て理論的に進化した最新の戦国像を表してあまりある。 畿内の戦国時代
それに対して後者には渡邊大門編『戦国史の俗説を覆す』(柏書
房)を紹介したい。本年十月刊行の本書では練達の戦国研究者であ
東の錯綜した政治情勢の解読も魅力の一つである。
「農民闘争」まで、様々な評価を得たこの一揆について史料用語の
の研究史を持つ山城国一揆について考察する川岡勉著『山城国一揆
と戦国社会』(吉川弘文館)を紹介したい。「戦国の国民議会」から
への
関西出身者・在住者が大半の本学では畿内・関西の戦国時ひ代
ろゆき
興味も深かろう。ここでは京都帝大国史学の開創たる三浦周行以来
また、著者は「戦国期東国の雄」後北条氏研究の権威で、戦国期関
り著述家である渡邊のもとに集結した研究者が戦国時代の諸々の俗
叙述スタイルであり、一般書から専門論文や一次史料への架け橋と
城地域へと読者を誘おう。戦前から研究史を丹念に振り返る緻密な
説を縦横無尽になぎ倒していく。天下布武の指す「天下」とは何か、 語義まで遡り多面的な考察を試みる本書は宇治や木津川などの南山
秀吉の朝鮮出兵は「誇大妄想」なのか、などの学界の難題から、関
とい
ヶ原の戦いでの「問鉄砲」や忍者の実像といった後世の軍記物の潤
もなるだろう。
(ヒス
トリア)
色まで。本編の十三章は勿論、「城郭」と「忍者」をテーマとする
14
私の本棚
皮膚の美学
の問題を、多数の美術図版と美学の本から実験的に考えてみよう。
内部にある内臓・外部にある衣服をサブテーマにして、表層と深層
は存在するのだろうか。私たちに最も身近な表面である皮膚・その
表面は魅惑的だ。深奥に未知のものを隠しているように期待させ
るからだ。しかし、表面に対応すると想定される深層など、実際に
クラーク著『ザ・ヌード』(ちくま学芸文庫)は、古代ギリシャに
範を取った均整のとれた理想的裸体の表現としての nude
と、現実
皮膚と内臓の総体である身体=裸体にも少し触れたい。ケネス・
衣服、そして境界面
に前科学的な思想の下にある奇想的な絵画が多くて面白い。
トに載せられた内臓イメージには医学史上の資料的価値もあり、更
味を付与され、表象されてきたのかを解説する。美術のコンテクス
表面を剥がす――皮膚、内臓、
衣服
谷川渥著『鏡と皮膚』(ちくま学芸文庫)は、鏡、聖骸布、マル
シュアスの皮剥ぎの物語、解剖学的・美術的価値をもつエコルシェ
的・偶然的なはだかである
し、衣服の華麗なる全歴史を視覚的に網羅する。各時代の思潮・美
る衣服だ。深井晃子監修『世界服飾史』(美術出版社)は、懸衣か
ら宮廷衣装、オートクチュール、ゴスロリまで、図版を豊富に掲載
に触れる、裸体論の名著。さて、裸体を覆うのは、第二の皮膚であ
を対比した上で、裸体の芸術作
naked
品及び言説をクリティカルに捌き、ヌードの官能性についても慎重
心臓、肝臓、子宮等々)其々が西洋美術史の中で如何なる象徴的意
等々、皮膚や表面を巡って縦横無尽に探求し、美/醜、真理/虚偽
等の哲学・美学的問題へと優雅に切り込んでいく、卓越した表層/
紀感覚論の議論等を追いつつ、皮膚を主題とする文学作品やアート
術の動向・機能性の要請等、外部条件によっても衣服のデザイン=
深層論だ。クラウディア・ベンティーン著『皮膚』(法政大学出版
局)は、視覚能力に対し劣位に置かれてきた触覚の歴史や、十八世
パフォーマンス、触覚の近接性を打破するサイバー・セックス技術
襞は変化し、それが包み込む人間を規定することに気づく定番書。
=身体/衣服の複合であり、襞の畳み込み及び展開方法によって規
を扱う、皮膚と自我の問題を引き継いだ、皮膚論の決定版である。
定される折り紙的モデルで把握した私たちの存在を、表層/深層の
内臓を見つめる
るのが知性だ。ジョルジュ・ディディ=ユベルマン著『ヴィーナス
を開く』(白水社)は、クレメンテ・スジーニによる、内臓の各部
対立から逃れた非境界的な純粋な面として考えることもできるかも
多数の表面というと、ジル・ドゥルーズ著『襞』(河出書房新社)
を参照したくなる。内部/外部から襞を形成する有機体/非有機体
分の分解/組み立てが可能、又は花弁の如く内臓を露出させた、二
閉ざされ、隠されているものがあれば、表面を開き、暴きたくな
体の解剖学習用女性蝋人形を考察する。悍ましい内臓を包む袋とい
しれない。兎に角、今回紹介した本を入手し、ヴァレリーよろしく、
4
奥深い表面の世界を撫でてみてほしい。……おっと、「深さ」など
4
う皮膚の側面を意識させ、残酷さと死を連想させるこのヴィーナス
4
のエロティックな裂開を、精神分析を援用し、真理との関係で論じ
は幻想であった。表面こそ真実なのだから。
(ミン
ト)
る好著。小池寿子著『内臓の発見』(筑摩書房)は、内臓(眼球、
15
綴 葉
2016. 11. 10
編集後記
当てよう!図書カード
読書や執筆で行き詰まったら、とにかく
「歩く」ことにしている。足を動かすうちに、
自然と考えがまとまることがあるからだ。
先日も、新学期が始まり賑わうキャンパス
内を一人徘徊していた。決して“ポケモン
GO”のためではない。しかし、正門横の広
報カウンターの前をとおりがかった時、電光
掲示板の奇妙な文字列が目に入ってきた。
《京大が仕掛ける/究極めんどくさい/ス
マホゲームが誕生》《こじらせ系キャラが仕
掛ける/超マニアックなクイズをクリアしよ
う!》《さぁ、耐えられるか/究極のめんど
くささに》。アイドルオタク風の「イカ京
(?)」がぐるぐる回っている。
我が目を疑った。どんなモンスターだ。ま
とまりかけたアイディアが吹っ飛んだ。
調べると、「探検!京都大学」という中高
生向けの京大公式ゲームで、すごろくを通じ
て京大構内を探検できる。同時に、京大が大
事にしてきた「回り道」の精神に触れ、「す
ぐに答えが見つからない「めんどくささ」を
「楽しい」と思える体験を提供します」とあ
る。壮大なコンセプトだ。怖くてまだプレー
できていない。
もうすぐ 11 月祭。かつて「イカ京コンテ
スト」なるものがあったらしいが、今年はど
うなんだろう(そもそも「イカ京」って何?)。
久しぶりに足を運んでみようか。何か閃くか
もしれない。
(れくた)
この秋はプロ野球で広島東洋カープが 25
年ぶりにリーグ優勝を果たしたことが話題と
なりました。前回優勝時に選手だった緒方孝
市監督が今回は采配を取っていますが、それ
では前回優勝時の広島カープ監督は誰でしょ
う?
1.古葉竹識 2.阿南準郎
3.山本浩二 4.三村敏之
(ねこ)
《応募方法》読者カードに答えを書いて生協
のひとことポストに入れてください(または
e-mail:[email protected])。正解者の中から抽
選で 5 名の方に図書カードを進呈いたします。
締切りは 12 月 15 日です。
7月号の解答
7 月号の解答は、2.デマーカス・カズン
ズでした。他の選手は 23、つまりマイケル・
ジョーダンの番号をつけています。図書カー
ドの当選者は、ゆーふぉさん、たらこさん、
せみさん、是我痛さん、ねこさん(順不同)
です。おめでとうございます。
(犬)
読者からひとこと
――三五〇号では三〇〇号からの綴葉をふり
かえる特別企画を編成しましたが、そちらに
いくつかご感想をいただいています。
○三五〇号、おめでとうございます!
(工学部・きゅあ)
○企画構成のための努力など、編集委員会の
様子が伺われ、興味深かった。
(防災研・アスター)
○面白い企画だった。三〇六号・三一四号の
バックナンバーを見てみたいと思った。
(工学部・
)
――大変な部分もありますが、今後もよりよ
o
s
o
S
い本を幅広く紹介していけるよう、一同兜の
緒をシメて頑張っていきます。バックナンバ
ーは生協webサイト上で公開されています
ので、ぜひご覧になってください。
○物語っぽい本がもっと知りたいです!
(文学部・えり)
――物語ですか……。たしかに、誌面にはま
じめっぽい本が多い気がしますね(けして物
語 が ふ ま じ め と い う こ と で は ……)。 そ こ で
来月号では、「古典」を大きなテーマとして
特集を組む予定です。興味をもっていただけ
る作品が見つかるかもしれません。 (トロ
)
16