米国発 セキュリティ最前線

米国発
セキュリティ最前線
#4 パリス・
パリス・ヒルトン騒動
ヒルトン騒動の
騒動の裏の裏-②-:
大川 健
2007年6月、ロサンゼルス市郊外の小さな刑務所の前に、国内外からの報道カメラ
が殺到した。そして26日の午前0時15分(現地時間)、22日間の収監生活を終えたパ
リス・ヒルトンが満面の笑みで姿を現すと、一斉に焚かれたフラッシュのために辺り一面
は真昼のような明るさになったという。
注目度の高い彼女が起こした今回の騒動に対する司法の対応は、常に迅速だった。昨年
の暮れから今年にかけて、免停中であるはずのパリス嬢が車を運転している事実が度々報
道され、それを黙認していたロサンゼルス市警に対して非難の声が高まった。すると市警
は2月27日、保護観察中に無免許運転をしていた彼女をスピードオーバーと無灯火運転
の現行犯で逮捕。5月4日、ロサンゼルス地裁は極めて妥当且つ公平と思われる量刑であ
る「45日間の実刑」という判決を下し、6月3日の23時38分にパリス・ヒルトンは
収監された。
ところがロサンゼルス郡保安官であるリー・バカ氏の一存によって、最短でも23日間
が通常であるその刑期は僅か3日と数時間に短縮されて、パリス嬢は6月7日に仮出所し
た。彼女の祖父とバカ保安官は、保安官選挙の度に選挙資金用の献金を授受する間柄。更
に、セレブリティ好きと強欲さで知られるこの白人保安官は、これまでにもメル・ギブソ
ンなどのセレブリティが逮捕された際に金銭と引き換えに証拠を揉み消すなどといった収
賄疑惑を数え切れないほど抱えている曰く付きの人物だ。そしてパリス・ヒルトンの知名
度によって、このロサンゼルスの司法の闇と恥は、瞬く間に全米中どころか世界中の電波
に乗った。
「富豪」「白人」「有名人」と三拍子揃ったパリス嬢への「司法の不公平」に対する多く
の米国民の反発は、ロス暴動の引き金となった2つの判決の根底にあった「司法の不公平」
と異質ではなかった。そして検察と地裁は異例の早さで動く。釈放した翌日6月8日の朝
にはパリス・ヒルトンの再収監を言い渡し、ロサンゼルス郡警察に対しても「受刑者の仮
出所に関する決定権を有さない」と手厳しく忠告して、騒ぎの鎮静化を図ったのである。
抵抗勢力の調整や事務処理に膨大な時間を要する点だけを考慮しても、これら一連の対
応をこれほど迅速に指揮出来るのは、市単位の部署やシュワルツェネッガー州知事でない
ことだけは明らかだ。そこで報道関係者の間では、国土安全保障省(註)の指示であったこと
が有力視されている。
国際テロ組織アルカイダの幹部が国内に潜入するとの有力情報を受けて、当時の米国政
府はその対策に神経を尖らせていた。そんな時期に、警察機能が停止し軍隊が出動したロ
ス暴動のような非常事態という「好機」をテロ組織に与えるわけにはいかない。そのため
には、反発の原因となる可能性を含む「司法の不公平」への対応だけではなく、その一つ
一つを全国版ニュースにしてしまうパリス騒動自体にも終止符を打つ必要があった。
パリス・ヒルトンが正式に釈放された翌朝、米 MSNBC のニュース番組「モーニング・
ジョー」にて、女性ニュースキャスターのミカ・ブレジンスキー氏が「こんなくだらない
ニュースをトップに読み上げるなんてうんざりだわ」と言い放ち、用意されていたパリス
嬢の出所に関する原稿を破いてシュレッダーにかけるというハプニングが起きた。この「パ
リスのニュースはもうたくさん!」というアピールは全米中の賛同を浴びた。しかし報道
関係者たちは、芝居がかった彼女の台詞回しと、ケーブル局とはいえ画像の切り替えなし
に最後まで撮影が続行された矛盾点に苦笑する。
女性キャスターの父親ズビグニュー・ブレジンスキー氏は元大統領補佐官。担当は「国
家安全保障」だった。
(註) 同時多発テロ後の2002年に「緊急事態への準備と対応」を目的の一つに掲げてブ
ッシュ大統領が設立した、国防総省に次ぐ大規模な官庁。司法省の国内緊急事態支援チー
ムや国内対策室も組織内に含み、各州には国土安全保障局が配置されている。