特 集 ロシア自動車市場と関連産業 第12回 ベラルーシの自動車事情 ロシアNIS経済研究所 調査役 服部 倫卓 はじめに ク自動車工場」 (MAZ;http://www.maz.by)だ。 このコーナーでは毎回、NIS諸国のうちの 今日においても、ベラルーシの最重要企業で 1カ国を取り上げ、最新の話題を提供してい ある。ただし、ドイツMAN社と1997年に設立 る。今回は、ロシア自動車特集に合わせて、 したセミトラクター生産の合弁「MAZ-MAN」 ベラルーシの自動車事情について簡単に紹介 は、業績が伸びていないようだ。 してみたい。 同じくミンスクに所在し、自動車およびト ベラルーシは人口1,000万人弱の小国であ ラクター用のディーゼルエンジンを生産する り、日本から遠く離れた資源のない国という 「ミンスク・モーター工場」(http://www.po- こともあって、NIS諸国のなかでも影の薄い mmz.minsk.by)も見逃せない存在である。 存在である。しかし、その経済がロシアのそ ミンスクから程近いジョジノという街には、 れと密接に結び付いていることから、ロシア その名も「ベラルーシ自動車工場」(BelAZ; でビジネスを展開するうえでも、視野の片隅 http://belaz.minsk.by)という大企業もある。た に入れておいて損はない国と言える。 だ、こちらは生産品目が大型ダンプカーや建 今年5月に首都ミンスクで開催されたモー ターショー(http://www.motorshow.by)は、5 設機械なので、一般的な自動車の範疇からは、 やや外れる。 万人の来場者が詰めかけ盛況だったという。 もうひとつ注目しておきたいのが、当国南 また、以下に見るように、最近になって外国 東部のボブルイスク市にある「ベルシナ」 の自動車メーカーが、ベラルーシで現地生産 (http://www.belshina.biz)というタイヤ・メ に乗り出す動きも出始めている。 ーカーである。乗用車向けのタイヤも生産し ているが、前出のBelAZのような大型特殊車 ベラルーシの自動車産業 天然資源の乏しいベラルーシは、製造業立 両向けのタイヤなどにとくに強みを発揮して いるようである。世界的な鉱山開発ブームも 国である。ソ連時代から、乗用車工場こそな あり、ベルシナ製品はよく売れているようで、 かったが、自動車産業はそれなりに発展して 筆者の知る限り、少なくともつい最近まで、 いた。まずはその概要を紹介してみたい。 某大手商社の日本人がわざわざベラルーシに その代表格は、首都ミンスク市に所在する 大型トラックおよびバスのメーカー「ミンス ロシアNIS調査月報2007年11月号 長期滞在してベルシナのタイヤを買い付けて おられた。 79 特集◆ロシア自動車市場と関連産業 モスクワの見本市でのMAZの展示 把握しにくい乗用車市場の全体像 同じくベルシナの展示 実は、最近までベラルーシでは税法の不備 統計や販売データが整っているロシアあた により、法人が自動車を輸入するよりも個人 りと違って、ベラルーシの乗用車市場につい が輸入する方が税率が低くなっていた。それ ては断片的な数字が得られるのみであり、全 ゆえに、一部の市民が個人の資格で、他人の 体像を把握するのが難しい。 委任を受けたという形をとり、外国から自動 これまでのところ、ベラルーシでは本格的 車を買い付けて販売するビジネスが盛んだっ な規模の乗用車生産が行われていないので、 た。当然、これは税収の低下につながるので 輸入台数≒販売台数、と考えて差し支えない。 (2006年から2007年第1四半期にかけて関税 そして、貿易統計によれば、乗用車の輸入台 収入を1.7億ドルも低下させた)、ベラルーシ 数は、2004年:8万8,700台、2005年:13万1,300 当局は最近、税率を一本化する法改正に踏み 台、2006年:15万6,900台、と推移している。 切っている。 ちなみに、2006年のロシアの乗用車市場の 規模は209万台だったから、ざっくり言うと、 ベラルーシの市場規模は、その13分の1程度 表1 2006年のベラルーシの相手国別乗用車輸入 ということになろうか。両国の人口差を考え 数量 (1,000台) れば、ほぼ妥当な規模であろう。 ただ、ベラルーシには近隣のEU諸国から少 合計 金額 (1,000ドル) 156.9 804,152 134.6 517,038 なからぬ量の中古車(一部は盗難車?)が流 ①「不明の国」 入しているはずで、それが上掲の数字にしか ②ドイツ 5.7 83,308 るべく含まれているのか、定かでない。輸入 ③日本 2.2 50,884 相手国の内訳を見ると、「不明の国」とされて ④フランス 3.0 30,737 いるものが圧倒的に多く(表1に見るように、 ⑤ロシア 4.8 30,283 2006年には台数ベースで全体の86%) 、どのよ ⑥韓国 0.8 11,245 うな状況になっているのか、判断に苦しむと ⑦チェコ 0.7 10,957 ころだ。「不明の国」は単価が4,000ドル弱と (出所)ベラルーシ統計・分析省。 安いので、この部分が中古車なのだろうか。 80 ロシアNIS調査月報2007年11月号 ベラルーシの自動車事情 表2 ベラルーシにおける2006年の外国新車販売台数 (各セグメントの販売台数とトップ3) A00 (A) A0 (B) A (C) B (D) C (E) 408台 1,223台 2,049台 1,473台 505台 ①Daewoo Matiz(384) ①Dacia Logan(515) ①Skoda Octavia(366) ①VW Passat(378) ①Toyota Camry(263) ②Chevrolet Spark(8) ②Skoda Fabia(241) ②Toyota Corolla(237) ②Mazda 6(139) ②Audi A6(83) ③Fiat Panda(8) D (Premium) ③Opel Astra(221) MPV (MPV) 87台 ③VW Polo(74) 4WD (SUV) 2,188台 ③Ford Mondeo(119) ③Chrysler 300C(34) CDV T5 (LCV) (ミニバス) 677台 572台 838台 ①Mercedes-Benz S(43)①Chevrolet Niva(353)①Renault Scenic(144) ①Peugeot Partner(200)①Lublin 3(114) ②Audi A8(14) ②Toyota L. Cruiser(210) ②VW Touran(134) ②VW Caddy(162) ③BMW 7(8) ③Toyota RAV-4(176) ③Ford Fusion(92) ③Renault Kangoo(132)③VW LT(107) ②VW Caravelle(111) (出所)ベラルーシ自動車協会まとめ。 ようやく立ち上がってきた輸入新車市場 台数は2.0万台に達し、その後も2008年:2.8 正規のルートを通じた輸入外国新車の販売 万台、2009年:3.6万台、2010年4.5万台、2011 台数については、当国のディーラー等が結成 年:5.5万台という具合に拡大していくと予想 する「ベラルーシ自動車協会」がまとめてい している。 る比較的信頼できる数字がある。ただし、経 余談になるが、この「アトラントM」はロ 済統合のパートナーであるロシアは国内扱い シアでも大手に属するディーラーなので、名 ということなのか、この統計はジグリなどの 前を聞いたことのある方も多いかもしれない。 ロシア純国産車の数字を含んでいない(ロシ もともとは1991年にベラルーシで設立された アの工場で組み立てられた外国モデル車を含 会社であり、現在はロシア、ウクライナ、ベ んでいるかどうかは未確認)。 ラルーシを股にかける国際ディーラー・グル これによれば、ベラルーシにおける外国新 ープに成長している。ベラルーシではフォル 車の販売台数は、2005年の4,900台から、2006 クスワーゲンの総代理店を務めている 年の1万20台へと、ほぼ倍増した。2007年上 (http://www.atlant-m.by)。同社につき詳しく 半期にも、前年同期比112%増と、さらに勢い は、本誌2007年2月号61~62ページを参照し が加速している。それを支えている大きな要 ていただきたい。 因として、自動車ローンの普及が挙げられて いる。また、上述のように、最近になって法 人向け・個人向けの輸入関税率が一本化され、 市場概況 前出のベラルーシ自動車協会の発表値にも それにより正規ルートの新車販売が増加して とづいて、2006年のベラルーシの輸入新車市 いるという側面もあるようだ。 場の概況を見てみよう。 大手ディーラーの「アトラントM」では、 すでに述べたように、2006年に正規のルー 2007年のベラルーシにおける外国新車の販売 トで販売された輸入新車は、1万20台であっ ロシアNIS調査月報2007年11月号 81 特集◆ロシア自動車市場と関連産業 た。そのセグメント別内訳と、各クラスのモ 後ローエンドのセグメントが伸びていくであ デル別トップ3、それぞれの販売台数を、表 ろうことは、容易に予測できる。すでに発表 2に示した。 されている2007年第1四半期のデータからも、 ここで注意しなければならないのは、どう その傾向は読み取れる。 もクラスの名称がベラルーシ独自の方式らし く、ロシアのそれとも異なるという点である。 そこで、表2では、対応するロシアのクラス 名をカッコ内に付記することにした。 イラン車と中国車を組み立て すでに述べたように、もともとベラルーシ には自動車産業の基盤はあったものの、乗用 特徴的なのは、4WDのセグメントが最も厚 車工場は立地していなかった。ただ、以下に みがあることであろう。以下、Aクラス、B 見るように、ベラルーシと関税同盟の間柄に クラスと続く。ただ、2006年にとりわけ大き あるロシアの大市場をにらんで、ベラルーシ く伸びたのはコンパクトカーであり、A00ク で新たに自動車生産を立ち上げようとする試 ラスは実に前年比1,175%増、A0クラスも みが、これまで何度か浮上している。 162%増を記録している。 2006年のメーカー・ブランド別販売台数は、 1996年、米・ベラルーシの合弁企業「フォ ード・ユニオン」が設立され、ミンスク郊外 ①フォルクスワーゲン(1,544)、②トヨタ の工場でフォード・ブランドの乗用車「エス (1,061)、③ルノー=ダチア(1,025) 、④シュ コート」、ミニバス「トランジット」のノック コダ(698)、⑤プジョー(472) 、⑥大宇(431)、 ダウン生産が試みられた。しかし、生産その ⑦フォード(425)が上位で、以下オペル、起 ものは順調に立ち上がったものの、主戦場と 亜、三菱などが続く形であった。 位置付けていたロシア市場で苦戦し、1998年 一方、2006年の全カテゴリーを通じたモデ のロシア通貨・金融危機で決定的な打撃を受 ル 別 ベ ス ト 10 と そ の 販 売 台 数 は 、 ① Dacia けた。フォード・ユニオンの生産は2000年頃 Logan(515) 、②Daewoo Matiz(384) 、③VW に打ち切られ、米フォードは撤退してしまう。 Passat B6(378)、④Skoda Octavia(366) 、⑤ その後、フォード・ユニオンの後継企業と Chevrolet Niva(353)、⑥Toyota Camry(263)、 して、「ユニゾン」という会社が設立された ⑦Skoda Fabia(241)、⑧Toyota Corolla(237)、 (ベラルーシ・英国合弁企業)。 そうした折り、 ⑨Opel Astra(221)、⑩Toyota Land Cruiser イランの自動車メーカー「ホドロ」社 (210)、となっている。 (http://www.ikco.com)がロシアで現地生産の 注目されるのは、Passat、Camry、Land Cruiser 場所を探したが見付からず、次善の策として といった比較的高価な車が十傑に入っている ベラルーシのユニゾン社に白羽の矢を立てた。 ことであり、現時点のロシアやウクライナの 2006年8月から、Samandモデル(プジョー405 構図とは異なる。つまり、ベラルーシではこ をベースとした車)の乗用車のSKD生産が始 れまでのところ外国新車を買うのがほぼ富裕 まった。そして、本年5月にイランの大統領 層に限られ、ロシアのようにミドルクラスが がベラルーシを訪問した際に、ユニゾンとホ 中・低価格帯の外車を買うという現象がまだ ドロの共同生産をより一層本格化するための 本格化していないわけだ。 一連の文書が調印された。ホロド側がユニゾ ただし、コンパクトカーの急成長、とりわ ンに資本参加することや、溶接・塗装ライン けロガンの躍進を見れば、ベラルーシでも今 を供給することなどが主な内容で、これに先 82 ロシアNIS調査月報2007年11月号 ベラルーシの自動車事情 立ってイラン輸出入銀行による4,000万ドル いることがあるとされる。 の融資も決まっている。2008年には1.5万~2 さて、このユニオン・モータースというの 万台、2009年には5万~6万台の生産をめざ は、ベラルーシにおけるフォード車のディー す。同時に、ローカルコンテンツを50%以上 ラーであり、前出の「フォード・ユニオン」 に高め、それによりロシアをはじめとする および「ユニゾン」とは別物なので注意が必 CIS諸国の市場に参入することを目標に掲げ 要である。ユニオン・モータースはすでにハ ている。 フェイ車の販売に着手しているようだが、な 一方、やはり2007年5月には、ベラルーシ ぜフォードのディーラーが中国車の現地生産 で中国車を生産するプロジェクトが浮上した。 まで手がけなければならないのか、外部から ベラルーシ政府の肝いりで、「ユニオン・モー は分かりにくいところである。 タース」という企業が、中国の自動車メーカ このように、最近になってイラン車および ー「ハフェイ」(http://www.hafeiauto.com.cn) 中国車をベラルーシで生産するプロジェクト のBrioというモデルを組み立てるという案で が相次いで浮上しているものの、現地でもそ ある。生産場所はこれから政府が選定するが、 の有望性について疑問視する声は少なくない。 溶接および塗装ラインが導入される予定であ ローエンド・モデルのノックダウン生産で収 り、中国側は5,000万~7,000万ドルを投資する 益を挙げるためには、年産10万台程度の規模 意向と伝えられる。いずれローカルコンテン は確保したいが、ベラルーシの国内市場は狭 ツ50%以上を達成し、ロシア市場に輸出する 隘であるうえに、当然のことながら消費者は ことをめざす。 欧米や日本のメーカーの方を向いている。し なお、一部情報によれば、中国メーカーが たがって、ロシア市場への輸出がプロジェク ベラルーシでの現地生産に傾いている背景に トの成否を決めるが、そこではベラルーシ以 は、ロシア政府が特典措置「工業アセンブリ 上に厳しい競争が待ち受けているわけである。 ー」を中国メーカーに適用することを渋って モスクワの自動車見本市に出展した イランのホドロ社(IKCO) 一番良い場所を確保しており、 意欲がうかがえる ロシアNIS調査月報2007年11月号 83
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