第16回中国塾:2016年10月29日

日中産学官交流機構
第 16 回中国塾
日
講
時: 2016 年 10 月 29 日
師: 田中 修氏(塾頭 日中産学官交流機構特別研究員)
テーマ: 「7-9 月期 GDP と当面の経済対策」
I.
9 月及び 1~9 月期の主要経済指標
1~9 月期の実質成長率は前年同期比+6.7%で、付加価値に占める三次産業のウエイトは 52.8%と高い。
成長率への寄与率は消費が 71.0%と三次産業と消費が経済を支えている。(1)物価は①消費者物価は 9
月に+1.9%と若干上昇。②工業生産者出荷価格は 9 月に+0.1%と 54 ヶ月ぶりにプラスに転じた。③住宅価
格は市場が活気づく 9 月にも関わらず上昇都市数は頭打ち。(2)工業は+6%前後だが、自動車は+31.5%と
好調。(3)消費は+10.7%で、自動車+13.1%、インターネット商品・サービス小売額+26.1%が支えている。(4)
投資は①都市固定資産投資は、1~9 月+8.2%と下げ止まり傾向。②不動産は 1~4 月の+7.2%から落ちた
が、1~9 月は+5.8%と若干持ち直した。分譲住宅は面積も販売額も上昇し、在庫は減少。③民間固定資産
投資は 1~9 月+2.5%と下げ止まり傾向。(5)対外経済は①1~9 月の輸出は 1 兆 5370 億ドル(前年同期比
-7.5%)だったが、輸入が 1 兆 1407 億ドル(同-8.2%)となり 3964 億ドルの黒字。②外資利用は 1~9 月+4.2%
と低調。③外貨準備は 9 月末で少し減少し 3 兆 1664 億ドル。(6)金融は 7 月+10.2%であった M2 は、9 月
+11.5%と伸長。社会資金調達規模残高は 9 月末 151.5 兆元で前年同期比+12.5%、うち、人民元貸出残高
67.8%(前年同期比+0.6 ポイント)、委託貸付残高は+0.6 ポイント、信託貸付残高は-0.1 ポイントであった。(7)
財政収入は減少。景気減速に加え、5 月実施のサービス産業減税措置による税収減が原因。地方政府基
金収入は、国有地の土地使用権譲渡収入が前年同期比 14%増。(8)社会電力使用量は二次産業が 1~9
月で+2.0%。(9)雇用は 1~9 月で 1067 万人と目標 1000 万人を達成。(10)所得は都市+5.7%、農村+6.5%
で、都市・農村所得格差は 2.82:1 と縮小。(11)省エネは 1~9 月 GDP 単位あたりのエネルギー消費が前
年同期比-5.2%と順調。
II. B20 における習近平演説
9 月 3 日、20 カ国工商サミット(B20)開幕式で習近平は次のように演説。中国は今新たな歴史の起点にあ
る。それは①改革の全面深化、②経済発展方式の転換、③世界に向けた開放の 3 つの新起点である。その
ための政策として、
(1)改革全面深化で経済を中高成長させる。(2)イノベーションによる発展。(3)グリーン発展の推進。(4)
民衆の福祉を増進し、5700 万人の農村貧困人口をゼロに。(5)対外開放を拡大し、人民元レートの市場化
や資本市場を開放する。これは①各方面の共同参加を歓迎し、②各国の共同発展を支援、③各国が共に
享受できる百花公園を建設するものある。
III. 「中国-ポルトガル語圏国家経済貿易協力フォーラム」(10 月 11 日)
李克強は開幕式で中国経済について次のように述べた。上半期は、消費・サービス業の経済成長への寄与
率が高まり、工業は伸び、企業収益は増え、投資は安定化・反転上昇し、雇用も安定、中国経済は予想より
順調。ただ、下振れ圧力はあり、サプライサイド構造改革を進め、総需要の強さを維持しなければならない。
債務リスクはコントロール可能。非金融企業の高いレバレッジ率は問題だが、資本市場の発展や直接金融
を増やし、徐々にリスクを解消できる。
IV. 中央財政と地方財政の区分
8 月 16 日国務院は中央と地方財政の権限と責任区分についての意見書を発出。中国の基本公共サービ
スは、中央・地方政府の財政権限と支出責任の区分があいまいで法的根拠に欠けており、改革が必要との
意見。
具体的な改革の内容は(1)国防、外交、国家安全、出入国管理、国防用道路、国境の重要河川・湖、伝
染病対策、大規模な環境対策などは中央の責任とし、一方、地方の社会治安、地方公共交通、農道、都
市・農村コミュニティ事務などは地方の責任、義務教育・高等教育・科学技術研究開発・社会保障などは中
央と地方の共同責任とする。(2)中央と地方各々の権限については支出責任を持つ。中央が地方に委任す
る場合は中央特別移転支出で財源を手当てする。年金、公共衛生サービス、義務教育などは共同で資金
を負担。区分争議の処理を明確化。補助金や移転支出制度を整備し、サービスの重複は整理する。
この指導意見に基づく改革は三段階で実施。①2016 年、具体的案作成、②2017-18 年、教育、医療・衛生、
環境保護、交通運輸などの公共サービスを区分、③2019-2020 年、財政関係法をつくり、法に基づき区分整
理をする。
V. 企業コストの引き下げ
国務院は 8 月 22 日、「企業コスト引き下げに関する政策方案」を公表。
①税費用負担の引き下げ.②資金調達コストの引き下げ、③制度的取引コストの引き下げ、④人的コストの
上昇抑制、⑤エネルギーコストの引き下げ、⑥物流コストの引き下げ、⑦資金回転効率の引き上げ、⑧ICT
利用、⑨コスト引き下げの関連措置として、企業イノベーションの支援、インターネット+など様々な政策と合
わせて体制メカニズムを改革していくとしている。
2017 年 3 月末までに政策の実施状況について総括的な評価を行い、その後も毎年評価を行うとしてい
る。
報
告: 磯野 凪沙氏(京論壇 2016 代表)
テーマ: 「京論壇 2016 活動報告-11 年目を迎えて」
京論壇は 2005 年に日中関係が悪化、反日デモが活発になったことを受けて、東京大学
と北京大学の学生によって設立された学生討論団体。「共創未来」という理念に基づき、両大の学生が議論
を通じて、日中の未来を共に作っていく関係を構築することを目的にしている。
第 11 回目の 2016 年は、9 月 3~9 日の北京セッションは北京大学で、10 月 2~8 日の東京セッションは東
京大学と代々木オリンピックセンターで開催。参加者は双方から 19 名、計 38 名。北京では万里の長城を一
日観光、日本ではオムロン京都太陽株式会社を北京大生 9 名、東大生 3 名、計 12 名で訪問し、身障者と
健常者が同じ職場で働く現場を見学でき、非常に感銘を受けた。メンバーは 3 月に北京で両大学の議長が
決定したトピックごとに三分科会に分かれ議論。そして、10 月 8 日、議論した内容をもとに東京大学にて最終
報告会を開催。
1.
リーダーシップ分科会
中心命題を「他国のリーダーシップの実情とは?」とし、「一党独裁」、「少数民族弾圧」、「投票率の低い日
本の選挙が正当なリーダーを選んでいるのか」などをケーススタディとして議論した。結果、国の安定を求め
る中国は、経済発展と安定成長を導くリーダーに対する信頼が高く、一方、日本は第二次世界大戦の経験
から強いリーダーに対する恐怖がリーダー不信につながっていることが判明。双方がもつリーダーシップに
関する課題についての考察を深めた。
2.
人口と発展分科会
中心命題を「人口問題対策の政策を許容できるか?」とし、「一人っ子政策を容認できるか」、「定年問題」、
「出生率上昇政策」などを議論。日本側は一人っ子政策は人権侵害だとしたが、中国側は一人は産めるし、
深刻な人権侵害ではなく、人口増は資源不足―貧困増の悪循環を生むので、一人っ子政策は容認できる
という。人口問題政策は社会的状況を踏まえた社会規範との親和性と個人の人権をどれくらい譲れるのか
で決定されるという結論になった。
3.
社会的正義分科会
「両大学生は共通の正義感を持つか?」を中心命題とし、「累進課税などによる富の再配分」、「政府の検閲
と言論の自由」、「沖縄米軍基地や福島原発にみる犠牲のシステム」をケーススタディとして議論。ところが、
正義という価値観では日中間で違いがなく、中国は安定を、日本は個人の権利を重視することが、政策に
対する評価の違いを生んでいるという結論となった。
京論壇の活動は 11 年目を終えたが、今後、組織改革を通じ、活動内容を見直す必要がある。代表 1 人、副
代表 3 人による運営を 3 倍程度まで人数を増やす。活動内容によってメンバーを割り振り、北京大学との交
流だけでなく、講演会やアラムナイとの情報交換、懇親会などの連携を深め、活動の幅を広げていきたい。
講
師: 大久保 勲氏(福山大学 名誉教授)
テーマ: 「人民元の回顧と展望及び中国の債務問題について」
50 年代から 71 年 12 月までの固定相場時代、人民元相場は 2.4618 元/US$で固定
されていた。71 年 8 月、米ドルの金交換が停止、73 年 3 月から西側諸国は変動相場制
に移行し、中国も人民元を変動させた。対外開放で人民元の対ドル相場は徐々に下落し、93 年末には外
貨調整センターレート(8.7 元/US$)取引が取引全体の 8 割、残り2割が公定レート 5.8 元で、公定レートが実
勢とかけ離れるようになった。そして、94 年 1 月に外為体制改革で人民元相場は 8.7 元に統一。人民元相場
は徐々に市場化されるなかで、弱い米ドルの下で徐々に切り上がり、2015 年 7 月~9 月にピークになった。
2015 年 8 月 11 日から人民元は急落、世界同時株安が起きたが、人民元実質実効相場はこのときピークに
なっていた。今後、人民元実質実効相場は徐々に水準を下げていくと予想される。しかし、外貨準備高が 9
月末現在 3.2 兆ドル近くあり、クロスボーダー資金流動もコントロールされているので、対米ドルで大きく下げ
ることはないが、米経済の動向には影響されるだろう。
中国の債務問題は、特に地方政府債務と非金融企業債務が注目されている。
10 月 6 日ワシントンで周小川・中銀総裁が記者会見で、地方政府債務はまだ増えていると認めている。非金
融企業債務の高すぎるレバレッジ率については、IMF が今年の 4 条協議で指摘し、8 月には国際決済銀行
も指摘したが、中国政府も認識しており、レバレッジ率を減らすことが今年の五大重点任務の一つになって
いる。レバレッジ率の高さと国有企業改革の遅れは表裏一体をなす。ただ、既に国内発行の債券でデフォ
ルトが起きている状況であり、レバレッジ率を短期に下げることは難しく、4 月下旬のフィナンシャル・タイムズ
の社説では楽観的にみても 10 年はかかるとしている。しかし、中国が債務圧縮を迫られ資産価値の崩壊が
起こるとする「ミンスキー・モメント」を迎える可能性は低い。それは慎重に進められる資本取引の交換性、高
い貯蓄率、潜在的経済成長力があり、債権者・債務者とも主として国有企業であり、国家財政は健全で、財
政支援の余地があるからである。しかしながら、広東省で起きた外資に不義理をするケースはまた発生する
可能性はある。
銀行の不良債権については国有大型商業銀行の収益率が最近落ちてきており、要注意先債権の増加も
見られる。しかし、90 年代終わり、1 兆 4000 億元の四大銀行の不良債権を資産管理公司に帳簿価格で移し
たが、最近、資産管理公司の株式化、商業化が進んでいる。資産管理公司で不良債権を処理する方法は
成功し、また、地方の各省で資産管理公司を作れることになっており、結果としては銀行の不良債権問題は
大事に至らないと期待されている。中国の市場経済化は時間がかかっているが、市場経済化には膨大なコ
ストがかかり、30 年余りの高度成長で蓄積した富と、高い成長率で生み出す経済力で改革を進めていくしか
ない。
中国の対外開放は、①一人舞台を演じるということではなく、各方面の共同参加を歓迎するもの、②勢力
範囲を追及するものではなく、各国の共同発展を支援するもの、③自己の裏庭を建設しようとするものでは
なく、各国が共に享受できる百花公園を建設しようとするものであると習近平も言った。
最近の中国の外交にはある変化が見られる。9 月末、東京-北京フォーラム(ホテル・オークラ)には唐家
璇元国務委員はじめ多くの中国の関係者が来日、これは日本との対話を重視しているからと考えられる。朱
建栄東洋学園大学教授を中心に毎月、愚人会という名の勉強会を国会記者会館で行っているが、10 月 25
日に、中国外交部が南京大学朱鋒特別教授等 4 人の学者を連れてきて愚人会と意見交換会をやった。中
国経済は 2020 年に一人当たり GDP1 万ドルを達成したあと、中所得国の罠にかからず 2 万ドル達成できる
かについて中国側から説明があったが、中国側は中所得の罠を乗り越えられるとし、またこれからの 30 年が
重要だと強調していた。
そのため、南シナ海問題を契機に対外的に孤立しないよう、海外の意見も聞き、中国の立場を理解してもら
う対話重視に方針を変えているように思われる。中国にとって 2 万ドル達成という経済発展は重要で、近隣
諸国との友好環境を整備しなければ難しいと考えているのではないだろうか。レバレッジ問題、債権デフォ
ルト問題は中国国内でも非常に関心が深く、IMF、国際決済銀行からの指摘も重視していると言っていた。
中国の経済発展には日本に対する中国の期待も非常に大きいので、対話重視が今後徐々に進展すれば
いいと考えている。