第 7 回:アメリカ アメリカにおける才能のある学習困難な 子どもへの学校教育の取り組み のぞえ きぬこ ● 早稲田大学大学院教育学研究科 教育基礎学専攻博士後期課程3年。 専門は教育方法学、比較教育学。 ─ 2E 教育の可能性を探る─ ● 野添絹子[早稲田大学大学院教育学研究科教育基礎学専攻博士課程] アメリカでは、学習障がい児の才能を見いだして学力を高めようと とは、愛媛県の特別支援教育体制推進事業(05 年度)による する学校教育の取り組みがある。才能も障がいもある 「二重に特別 調査において、多い学校では通常学級に在籍する児童生徒の な」 (twice-exceptional[2E] )子どもたちを対象とすることから、こ 10 ∼ 20% に「学習や行動に気になるつまずきがある」(心理 うした教育方法は「2E教育」 と呼ばれている。 的、環境的問題も含む)と報告されていることとほぼ一致する。 本報告では、2E教育とはどのようなものなのか、理論的・実践的研 筆者は今まで、塾の講師、家庭教師、中学・高校での非常勤講 究の第一人者であるニューロッシェル大学のスーザン・バウム名誉 師等を経験してきたが、その中で、診断名が下されるほどでは 教授と、2E 教育実践のパイオニアである南ウェストチェスター ないが、明らかに認知の偏りがあったり、暗記が非常に困難で BOCES( Bord of Cooperative Educational Service)のロイ あったりする子どもたちを大勢見てきた。それらの子どもたち ス・ボールドウィン特殊教育部長にインタビューを行った。2人は理 には、通常の教え方では対処できないもどかしさがあり、筆者 論研究と教育実践の橋渡しを共同で行っている。 は長い間、その原因となるものや、効果的な学習法について考え また、2E教育の実践について知見を得るため、その発祥地である てきた。通常の学級にいるこうした子どもたちに有効な支援が ニューヨーク州ウェストチェスター郡の公立学校と、2Eの生徒だけ 行えていない点は、日本の教育が抱える大きな課題であろう。 を対象に大学進学のために学習支援を行うカリフォルニア州ストゥ また、日本の特別支援教育が抱える課題として、治療的・補 ディオシティの特別学校を訪問した。インタビューと授業観察の結 償的教育によって障がいを補うことが重視され、得意な分野を 果を報告する。 開発し、才能を伸長させ、子ども自身が自己の価値を見いだす ような教育を提供する、といった発想を軽視してきたことが指 日本の特別支援教育の課題点 42 摘できる。 日本では改正学校教育法の施行を受けて、2007 年度から特 この原因として、日本における「才能教育」への抵抗感が 別支援教育の実施が本格化した。従来の特殊教育が対象とした 挙げられる。特に、能力を IQ 等で数値化し、一部の生徒を対 障がい児に加えて、LD(学習障がい) 、ADHD(注意欠陥/多 象に特別な教育を提供するような措置に対しては、 「エリート 動性障がい) 、高機能自閉症などの軽度発達障がいを持つ子ど 教育」だという批判も少なくない。筆者もその種の教育には もたちがその対象に加わった。 懐疑的であるが、才能(長所)を伸長させるという発想が特 文部科学省の全国調査では、こうした子どもたちは全体の約 別支援教育になければ、LD 児は自分に価値を見いだすことが 6% とされている。しかし、この数字には、知的発達等の遅れ できず、自信をなくし、二次的障がい* 1 を引き起こすような がありながら、通常学級にいる子どもは含まれていない。その 事態になることもあるだろう。才能教育の手法を日本社会に ため、このような子どもたちまで含めると、特別支援教育を必 適するようにアレンジして、生徒一人ひとりが持つ、それぞ 要としている子どもは、1 割近くになると推定される。このこ れの長所を伸長させるような教育を行うことは、特別支援教 図表[1]認知処理様式に基づく指導方略 継次処理型指導方略 同時処理型指導方略 段階的な教え方 いくつかの指導ステップを経て、指導のねらいに到達する ような段階的な指導 全体を踏まえた 教え方 部分から全体へ 注目させるべき刺激*を初めは部分的に提示し、徐々に全 体に広げていく指導 全体から部分へ 複数の刺激を一つの固まりとして初めから一度に提示し、 刺激全体を捉えさせてから細部へ移行させていく指導 順序性の重視 番号等を用いながら、課題解決への順序を重視した指導 関連性の重視 聴覚的・言語的手がかり 聴覚的・言語的な手がかりを用いて課題解決を図る指導 時間的・分析的 時間的な手がかりや分析的な手法を用いて課題解決を 図る指導 指導のねらいの本質的部分を含んでいるような課題を初 めから提示する指導 提示された複数の刺激間の関連性に注目させる指導 視覚的・運動的手がかり 視覚的・運動的手がかりを用いて課題解決を図る指導 空間的・統合的 空間的な手がかりを用いたり、統合的な手法で課題解決 を図る指導 *具体的には、教材の示し方や教具のことを指す 出典:藤田和宏ほか編著『長所活用型指導で子どもが変わる』より 育のみならず、個性化教育の一環として普通教育においても 必要であると考える。 認知処理様式を活用した指導・学習方法の例 2E の生徒の強い能力と弱い能力は、一般的に WISC-III * 3 と 以上のような問題意識を持って研究を続ける中で、筆者が出 いう知能検査に表れる特徴によって判別することができる。し 合ったのがアメリカで実践されている「2E 教育」と呼ばれる教 かしながら、WISC では、指導の際にどのような教え方や教具 育方法である。認知能力の数値化の効果が実証され、障がい児 を用いればいいのかということまでは分からない。 教育の試みに生かされてきたという経緯のある 2E 教育を紹介 その際に参考になるのが、日本の一部の特別支援教育にも用 することは、日本における特別支援教育の在り方について、何 いられているカウフマン夫妻 * 4 が提唱した、 「継次処理」と らかの示唆を与えてくれるものであると考える。本稿ではさら 「同時処理」という認知処理様式に基づく指導方略である(図表 に、その方法論を普通教育にも応用し、学習につまずきのある 1) 。継次処理は、情報を一つずつ時間的な順序で、連続的に処理 生徒の学力向上を促す学習方略についても考察する。 していく方法であり、同時処理は、一度に与えられた多くの情 報を空間的、全体的に統合し、処理をする方法を指す。 障がい児教育の新たな可能性としての 2E 教育 例えば、2E 児は同時処理に強く継次処理に弱い場合が多い が、このことは、通常の授業では不利に働くことが多い。つま ある「2E」と呼ばれる子どもたちの才能を伸ばす教育を指す。 り、授業は板書(同時処理)もするが、多くの場合、口答での 才能や障がいを脳の領域固有の機能として多義的に捉え、両者 説明(継次処理)が中心だからである。そのため、2E 児には、 を同じ領域にカテゴリー化することによって、才能児と学習障 同時処理を生かす学習方法が必要となる。 学習障がい児に限らず、一般の生徒もこれらの処理様式によ 特徴は、ハーバード大学のガードナー博士(H. Gardner)の って学習を行っている。一般の生徒でも苦手な科目がある場合 多重知能理論* 2 などに基づき、 「弱い能力」を「強い能力」で には、教材の選択を含めて授業や課題をより継次処理的にアレ 補う点などにある。ある領域で障がいがあったとしても、それ ンジしたり、同時処理的にアレンジしたりして工夫すること は、他の領域の学習機能には影響しない。より発達した他の能 で、苦手科目を克服できるのではないかと考える。 *1 LDが原因で良い成績が取れず、自信も気力もなくなり、不登校になった り、家族や周囲の者との間で軋轢を生じさせてしまったりすること等。 *2 人間の能力を言語的知能、論理数学的知能、音楽的知能、身体運動的知能、 空間的知能、対人的知能、内省的知能、博物的知能から成り立つと捉える 理論。すべての人間にこれらの能力が存在し、一人ひとり異なった形で機 能しており、幼少のころから特定の領域への傾倒を見せ始めるとする。 *3 ウェクスラー(D. Wechsler)が 1958 年に考案した児童生徒向けの知能 検査。個々の知的発達の状態がプロフィールで表示されるので、個人内 差という観点から障がいを総合的に分析することができる。 *4 カウフマン夫妻(A. S. Kaufman & N. L. Kaufman)は、1983年に「K-ABC 心理・教育アセスメントバッテリー」を作成した。 43 力で代償することによって、高い達成度を得ることができると いうものである。ガードナー博士はアメリカでは広く受け入れ られている研究者であり、知能指数だけで人間の能力を把握す るのではなく、一人ひとりの可能性を模索するという考えを基 にしている。 NO.11 がい児の教育に新たな可能性を見いだそうというものである。 2008 2E 教育とは、才能と障がいを併せ持つ二重に特別な存在で インタビュー1 2E 教育の理論的枠組みについて ● スーザン・バウム博士 Susan Baum コネティカット州、ニューロッシェル大学名誉教授。公立学校で障がい児教育、才 能教育に携わってきた。教育の個性化や才能児の障がい・情緒的問題・学業不振等について多く の研究論文や著書を発表、学会や講演で国際的に活躍。 Q 2E 教育のはじまりは? 1980 年代初頭に、連邦政府が「才能のある障がい児」の資金供 与プログラム実施校を募集した際、ウェストチェスター共同教育 左からボールドウィン博士、筆者、バウム博士 委員会の案が採用されました。同委員会の案は、才能教育と特殊 教育両方の優れたノウハウを活かして融合させたプログラムとな っており、その後、他の地域の実践モデルとなったので、2E 教育 訴えるものがいいでしょう。彼らなりの思考法、学習法を刺激し、 発祥の地と呼ばれています。 弾力的に対処をすればいいのです。学習には、これらの子どもたち 2E は、以前は「才能のある LD 児」という意味で、 「GT / LD (gifted and talented students with learning disabilities) 」と呼ばれ 2E に限らず LD の子どもにも同様のことがいえます。LD には、 ていました。しかし、LDは他の発達障がいと併存することもあるの 言語の操作に関係する能力は弱い代わりに、視覚的、空間的な操 で、学習障がいに限定せずに「広く学習困難を最適に処遇しよう」 作に関する能力は強いというように、個々の能力による違い(個人 という意図で、ここ数年、広く2Eと呼ばれるようになりました。 内差)があります。ですから、視覚に弱い生徒には、聴覚刺激を工 Q 2E の生徒が学習を成功させるためには? 「自分に合った学習法を見つけ出し、それを自分のものにするこ と」が大切です。例えば、読みに障がいがある子どもなら、歴史を 夫する方がいいのです。視覚的操作能力が弱いからといって、視覚 刺激ばかりを与えると、本人に過剰な負担を押しつけることにな り、かえって勉強嫌いになります。 強い能力(才能)に注目して、それを積極的に活用する指導が 漫画で学んでもいいし、教科書も図や絵を多く取り入れた視覚に 2Eの学習方略のベースにあります。 インタビュー2 刻化させてしまっているケースも見られます。 実践から見る2Eの目的と生徒の悩み ● ロイス・ボールドウィン博士 Lois Baldwin 南ウェストチェスター、BOCESの特殊教育部長。1~12学年の2Eの生徒たちの総合 的教育支援、及び教員研修を指導・監督する。コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで才能 教育、特殊教育、学校経営の博士号を取得。 Q 2E の生徒の悩みとは? 2Eの子は知的発達に顕著な遅れがないので、自分の状態がよく分 これらに対処するために、2Eのプログラムができました。そこ では特別クラスを編成しますが、他の子どもと隔離することはしま せん。また、アインシュタインや、レオナルド・ダ・ヴィンチのよ うな特別な子どもに育てようとするものでもありません(二人とも LD であり、脳機能が障がい部位を補償して天才になったといわれ ている) 。 Q 2E 教育の目的は? かり、そのことで深く悩んだり、周囲の反応を敏感に受け止めてし あくまでも「通常学級で他の子どもたちといっしょに学習でき まって不安を感じたり、自信をなくしてしまいがちです。IQの高さ るようになること」です。2E の子どもが自分の長所・弱点を認識 がそのまま良い成績や精神的自立につながるわけではないので、そ してその弱点を補うスキルを身に付け、学習する自信と意欲を持 の高さが逆に本人を追い詰めて、高い要求水準と現状とのギャップ ち、通常学級へ帰って行けるようにすることが私たちの仕事です。 から、自己不全感につながってしまうことがよくあります。これが 学習全般への抵抗感や意欲の低下につながっていってしまうのです。 また、障がいが軽度であることから周囲に理解されず、勉強の 44 の持つユニークさや独自性を生かす工夫が必要です。 そのために、才能教育の方法である「早修」と「拡充」プログラ ムを行っています(早修とは、通常の年齢で行われる標準カリキュ ラムよりも進んだ内容の学習であり、拡充は、多様な学習の経験 できなさを「努力不足、やる気のなさ」と思われてしまい、適切な を通して、理解の深化・拡充を図る) 。これらの子どもたちには、 対応がなされないこともあります。そのため、本来の原因から派生 認知機能的に、 「易しい内容よりも少々ハードルの高い内容の方が する困難の他に、二次的障がいを引き起こすことがあり、事態を深 適している」のです。 図表[2]個別化された時間割 4年生A君 月 火 水 木 金 8:40∼ 9:15 言語技術 口頭訓練 言語技術 口頭訓練 カウンセリング 9:20∼10:15 体育/文学 文学/算数 文学 文学 文学 10:30∼11:15 社会 音楽 社会 社会 社会 11:15∼11:55 理科 理科 理科 理科 理科 11:55∼12:45 ランチ ランチ ランチ ランチ ランチ 12:50∼ 1:35 算数 グループ 算数 算数 算数 1:40∼ 2:20 言語技術 生活スキル 美術 世界の言語 音楽 2:30∼ 2:50 自由時間 自由時間 自由時間 自由時間 自由時間 5年生B君 月 火 水 木 金 8:30∼ 9:15 読み 読み 読み 読み 読み 9:15∼10:00 ペン習字 算数 算数 算数 習字・キーボード 10:00∼10:30 算数 カウンセリング 単語・おやつ 習字・おやつ 算数 10:30∼11:15 図書室 音楽 体育 美術 体育 11:15∼11:55 理科 理科 理科 理科 理科 11:55∼12:45 社会 社会 社会 社会 グループ 12:50∼ 1:35 ランチ ランチ ランチ ランチ ランチ 1:40∼ 2:20 文学 文学 文学 文学 文学 2:30∼ 2:50 自由時間 自由時間 自由時間 自由時間 自由時間 学校事例 1 リンカーンにふんした演示発表。帽子は奇術用、黒ジャケッ トはお母さんのもの、ひげは水性ペンで 教科ごとに赤や青、黄色などで色分けされたポートフォリオ A 君は対人関係を築くのが苦手なので、社会的スキルを向上 のだろうか。筆者が訪問した二つの取り組みを紹介したい。 字の読み・書きを重視したカリキュラムが組まれている。これ は、視覚認知の弱さ、目と手の協応の悪さ、短期記憶の弱さ等 まず一つ目の実践事例として、ニューヨーク州ウェストチェ に対処するためである。水曜日と木曜日の三限の「単語」 、 「習 スター郡アーヴィントンを訪ねた。そこは、ボールドウィン博 字」が「おやつ」とセットになっているのは、苦手とする読み・ 士が長年 2E 教育を実践してきたところである。現在もメイン 書きに関する学習に、やる気を起こさせるための工夫である。 ストリート(Mainstreet)小学校(K ∼ 5 学年) 、アーヴィン B. 学習内容と方法 筆者がメインストリート小学校を見学に トン中学校(6 ∼ 8 学年) 、及びアーヴィントン高校(9 ∼ 12 学 行った時には、グループ学習において、学習成果のパフォーマ 年)の 3 校の公立学校において、4 ∼ 12 学年の各学年数名ずつ ンス(演示発表)として、生徒が歴史上の人物になりきってス がプログラムの対象になって 2E 教育が行われている。ここで ピーチをしていた(写真上) 。A 君のように対人関係能力が弱い は見学した 3 校のうち、メインストリート小学校の授業風景を 生徒には有効な試みで、級友の前で発表をすることによって言 報告する。 語能力を鍛えること、そして、発表にリアリティを持たせるこ 対象児の認定 とによって、興味を引き出そうというのが狙いである。 2E 教育の対象とするのは、近隣校からも集められた、必ず また、創作した文章をまとめて綴じた本の作成など、 「本物 しも発達障がいと認定されなくても、学習につまずきが見られ の成果」を創り出し、児童に満足感を与え、自信を付けさせて る子どもたちである。才能の認定は、知能テストだけに頼らず、 いた。同校での「本物の成果」とは、それぞれの職業の専門家 教師の観察など複数の評価方法を組み合わせて行っている。4 が創り出すように、社会生活と関連した、現実に意味のある、 ∼ 12 年生の各学年数名ずつが対象児である。 問題解決・創造的な学習を行った結果を指す。本の制作には、 学習活動 子どもの認知特性に応じて、手順を明確に言語化し、段階的に A. 時間割 児童一人ひとりに応じた時間割を、個別に作成す る(図表 2) 。 2008 それでは、2E 教育は学校現場でどのように実践されている させることに重点が置かれている。これに対して B 君には、文 NO.11 メインストリート小学校 順を追って説明しながら制作する継次処理型学習者向けと、絵 や図を用いて作業を図式化して制作する、同時処理型学習者向 45 けの方法とが取られていた。また、アニメを書くことが好きな 授業は少人数で行われている。2E の生徒特有の学習方略を用 児童は、漫画本を作っていた。そして、ゲーム性を授業に取り いて理解を促し、独特の学習スキルを身に付け、全員が大学に 入れて、友達と楽しく学習できるような工夫も行われていた。 進学することを目的としている。大学進学率は 90% である。進 例えば、算数の時間に数の概念形成を学ぶ際にはサイコロを 学先は、州内の大学が多いが、これまでに全国的に有名な大学 用いる。サイコロを振る、という運動的な動作と数字を対応さ を含めて 40 数校を数える。 せて具体的なイメージを持たせることで理解を促す。これは、 入学者の選定 同時処理的な工夫である。 また、児童が取り組んでいたのは、二つのサイコロを振って この学校では、入学者の選定に WISC-III を用いるが、入学 基準は言語性 IQ、動作性 IQ などのいずれかが高ければよく、 出た目の数の合計値を、確率の知識を使って求めるという、中 全検査(総合)IQ にはこだわっていない。そのため、個人内差 学校レベルの課題である。授業の最後で、教員が今回の授業内 のズレが大きい生徒が多い。また、深刻な症例を持つ場合や、 容を順番に説明していた。言語的手掛かりを用いて段階的に、 日々の治療が必要な生徒、反抗的、暴力的で行動に問題がある 順序性を重視して、継次処理的に理解をさせる工夫である。 生徒は受け入れていない。そこに、この種の学校の運営上の難 C. 評価 メインストリート小学校では、ポートフォリオで、学 しさがある。 習成果を教科ごとにまとめて、現実の問題解決や創造活動の観 学習活動 点から、それぞれの職業の専門家の観点で、成果の出来映えを A. 時間割 1 日 4 時間で時間割が構成されている。同じ時間割 評価する「本物の評価」を行っている。評価は、形式的な一律 を持つ生徒もいるが、配慮の必要な生徒については、先に紹介 の方法では行わない。 したアーヴィントンの学校と同様に、一人ひとり個別の時間割 ポートフォリオは、注意散漫や忘れっぽい子どものために、 が組まれている。 間違いなく収納できるように色ごとに分類され、大きな文字で B. 学習内容と方法 学習は、情報入力、処理、表現の各プロセ 。これは、刺激コントロール(行 書かれている(写真下、P.45) スで、聴覚と視覚をできる限り補い合う方法を用いて行われて わせたい行動があったら、その手掛かりとなる刺激を目立つよ いる。そのために、生徒は絶えずノートパソコンを携帯して利 うに提示)の手法を取り入れた工夫である。 用している。パソコンは必須アイテムで、コミュニケーション の手段にもなっている。休み時間に友達と話すときにも、パソ 学校事例 2 ブリッジズ・アカデミー 理科の授業では、継次処理の弱さを同時処理の強さで補うた 2E の生徒だけを対象に学習支援を行うブリッジズ・アカデ めに、発表内容をパワーポイントで作成し、それを用いてプレ ミーは、ロサンゼルスの郊外、ユニバーサルスタジオの近くに ゼンテーションを行っていた(写真、P.47) 。2E の生徒は単語 ある。 を瞬間的に取り出すことは困難だが、時間をかけて準備をすれ この学校は、1996 年にプロ並みにテニスを続けながら、大 ば、思考力の高さからアイデアを図式化したり、文書の概略を 学進学を目指すといった、特別な事情を抱える 2E の生徒らを あらかじめつかむことで内容の深い発表ができる。そのために、 支援する目的の小規模校が統合して「ブリッジズ・アカデミ このような発表形態を取っているという。テーマは生徒によっ ー」となった。2E の生徒だけを対象とする全米唯一の学校で て異なり、この日は「進化」 「ほ乳動物」などであった。 ある(他の地域での 2E 教育は、学区単位の公立学校で行われ C. 評価 生徒には LD 特有の能力のばらつきがあるため、特定 ている) 。そして、98 年にインディペンデント・スクール* 5 と の領域で才能があったとしても、内容を暗記し、それを記述す して認定を受け、現在に至る。この学校は、 WASC ( the るような学習には困難を抱えていることも多い。そのため、ペ Western Association of Schools and Colleges)の認定を受け ーパーテストなどを用いて成績を評価することが難しく、同校 ているので、大学進学が可能である。生徒数の増加に伴って校 では、生徒の達成度を測る指標として、ルーブリック(評価基 舎が 2 年前に移転し、現在は大阪産業大学 LA 校の 2 階にある。 46 コンを操作しながら談笑をしているたくさんの生徒を見かけた。 対象は 5 年生から 12 年生で、今年度の在校生は 82 人である。 *5 授業料や寄付金によって運営される非営利目的の学校で、国や地方自治体 からの資金援助はない。 (抜粋) 図表[3]パワーポイント・プレゼンの評価ルーブリック グラフィックスの使用 4 すべてのグラフィックスが魅力的である(大きさ、色)。それらが発表内容や テーマを支えている。 3 魅力的でないグラフィックスがあるが、それらすべてが発表内容やテーマを 支えている。 2 すべてのグラフィックスが魅力的である。しかしそれらが発表内容やテーマを 支えているようには見えない。 1 いくつかのグラフィックスが魅力的でない。そして発表内容やテーマがそれ ている。 0 グラフィックスがない。 内容の正確さ 4 すべての内容が正確である。事実誤認がない。 3 内容のほとんどが正確だが、情報が部分的に正確でない。 2 内容は一応正確だが、情報が部分的に明らかに間違っている。 もしくは一つ以上の間違いがある。 1 内容が混乱している、 0 オリジナルのものがない、 コピーである。 発表が生き生きとしているか 4 発表者は、大きな声で、かつ身振り手振りを交えて相手の目を見て行っている。 または身振り手振りを交えて相手の目を見て行っている。 3 発表者は、大きな声か、 2 発表者の声は小さく、動きもなく、相手の目を見ないで行っている。 1 発表者はただ棒読みをし、相手の目を見ない。 0 発表者はただ棒読みをし、相手の目を見ない、そして声が小さいので聞こえない。 準備 4 完全に準備ができていて、予行演習を行っている。 3 準備をよくできているが、予行演習がもっと必要である。 2 準備はしたようであるが、明らかに予行演習を行っていない。 1 発表の準備が足りない。 0 発表に慣れていない。明らかに誰かに手伝ってもらった跡がある。全然練 習をしていない。 パワーポイントを活用したプレゼンテーションの様子 均点は、全国平均が約 1580 点であるのに対し、1600 点台後半 である。 おわりに 軽度発達障がい児の部分的特性によって「勉強のできない生 徒」 「問題のある生徒」としてレッテルを貼ってしまうことは、 教育の可能性を制限してしまうことを意味する。このような生 徒には、治療的・補償的教育と同時に、将来への可能性を高め るような才能伸長の機会が必要である。それは、両博士へのイ ンタビューの際に強く感じたことである。障がいだけでなく、 才能も併せ持つという自覚、そして成績の向上が、子どもにや る気を起こさせ、自尊心を持たせているのである。 また、日本の通常学級においても、軽度発達障がいが疑われ 例えば、理科のパワーポイント・プレゼンテーションは、5 る子どもに加えて、学習上の困難や行動上の問題から特別な配 段階に分けられた 14 項目のルーブリックによって評価されて 慮・支援を必要とする児童生徒は数多く存在する。彼らには特 いるが(図表 3) 、評価基準は、生徒の学習・発表活動に観点別 別な学習方略が必要であり、その糸口として 2E 教育の方法論 に着目したものである。能力のばらつきを前提とした上で、生 が参考になるだろう。具体的にいうなら、授業を行う際に、同 徒の取り組みを適正に評価するための工夫がなされているので 時 ―継次処理の方法を教員が認識した上で、教え方を何通りか ある。 用意して生徒の反応を見ながら授業を行ったり、両タイプのプ うすればよいのかを、子どもが前もって知ることは重要である。 リントを作成したりすることである。 一人ひとりの子どもの得意な認知能力を活用して学習の改善 すなわち、成績を付ける上で必要な条件、情報が事前に提示さ を図ったり、さらなる促進を図ったりするという、もともとは れていれば、 「あらかじめ設定された基準」に沿って子どもたち 学習障がい児向けの学習方法が、普通教育の授業改善にも応用 は努力できるのである。教員による一方的な評価ではなく、基 でき、役立つ可能性がある。それは、学習につまずきのあるす 準が教員、生徒双方の共通認識であることによって、子どもた べての子どもへの新たなアプローチになるだろう。 ちは自分が評価されたいレベルに目標を設定することが可能と なる。 このように、2E の生徒に適したきめ細かな評価方法を用い ることは、学習到達度の向上にも役立っている。例えば同校の 生徒の SAT(大学入試で使用される全国統一学力テスト)の平 References ● Baum, S. M. & Owen, S. V. (2004) To Be Gifted &Learning Disabled:Strategies for Helping Bright Students with LD, ADHD, and More. Creative Learning Press. ● Gardner, H. (1999). Intelligence Reframed: Multiple Intelligences for the 21st Century. New York: Basic Books(邦訳:『MI:個性を生かす多重知能の理論』 松村暢隆訳/新曜社/2001年) ●『長所活用型指導で子どもが変わる∼認知処理様式を生かす国語・算数・作 業学習の指導方略∼』藤田和弘ほか編著 /図書文化社/1998年 2008 ルーブリックを用いる場合、よりよい評価を得るためにはど NO.11 準表)を広範に用いている。 47
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