アップル・サムスンのスマートフォン特許訴訟 ∼ソフトウェア特許の文言解釈∼ 米国特許判例紹介(102) 2012 年 12 月 10 日 執筆者 弁理士 河野 英仁 Apple Inc., Plaintiff-Appellee, v. Samsung Electronics Co., Ltd., et al., Defendants- Appellants. 1.概要 世界各国で繰り広げられているアップル・サムスンの特許訴訟の一つである。本事件 はサムスンが販売する Galaxy Nexus スマートフォンがアップルの特許権を侵害する として提訴したものである。 地裁は、特許権侵害を認め、差し止めを認める判決をなした。これに対し、CAFC は Galaxy Nexus スマートフォンがアップルの技術的範囲に属さないとして、差し止めを 無効とする判決をなした。 2.背景 (1)特許の内容 Apple(原告)は情報検索装置と称する U.S. Patent No.8,086,604(以下、604 特許とい う)を所有している。604 特許は、複数のデータ記憶領域を検索するための発見的モジ ュールを使用する統合検索装置に関する。参考図 1 は 604 特許の概要を示すブロック 図である。 1 参考図 1 604 特許の概要を示すブロック図 統合検索を行う場合、キーボード 5 等の単一のインターフェースを介して入力を行う。 統合検索装置は検索要求が入力された場合、複数のデータ記憶領域にアクセスし、検索 を行う。例えば、単一の検索要求入力により、装置のローカルメモリとインターネット とを同時に検索する。 (2)訴訟の経緯 サムスン(被告)は Galaxy Nexus(参考図 2 参照1)と称するスマートフォン(以下、イ号 製品)を販売している。被告のイ号製品には、Quick Search Box (以下、QSB)と称する Samsung 社 HP より 2012 年 11 月 26 日 http://www.samsung.com/us/mobile/cell-phones/SPH-L700ZKASPR 1 2 ソフトウェアがインストールされている。QSB は Google により開発されたオープンソ ースモバイルソフトウェアプラットフォームであるアンドロイドの一機能である。 参考図 2 Galaxy Nexus ソフトウェア開発者は携帯端末用アプリケーションを作成するためにアンドロイド を使用することができ、端末製造業者は装置にアンドロイドをインストールすることが できる。被告イ号製品は 300 以上あるアンドロイドスマートフォンの内の一つにすぎ ない。 原告は 2012 年 2 月イ号製品の差し止めを求め、被告を提訴した。なお、Google は 本訴訟における被告ではない。地裁はイ号製品が 604 特許を侵害するとして、イ号製 品の差し止めを認める判決をなした。被告はこれを不服として控訴した。 3.CAFC での争点 争点: 被告製品の構成がクレームの技術的範囲に属するか否か 本控訴審で争点となったのは 604 特許のクレーム 62である。クレーム 6 の内容は以 2 クレーム 6 6. An apparatus for locating information in a network, comprising: an interface module configured to receive an in-putted information descriptor from a user-input device; a plurality of heuristic modules configured to search for information that corresponds to the received information descriptor, wherein: each heuristic module corresponds to a respective area of search and employs a 3 下のとおり。 6. ネットワークにおける情報検索装置において、 入力された情報記述子 descriptor をユーザ入力装置から受信するよう構成されたイン ターフェースモジュールと、 受信した情報記述子に対応する情報を検索するよう構成される複数の発見的モジュー ルと、 各発見的モジュールは各検索エリアに対応し、異なる予め定められた前記各エリアに対 応する発見的アルゴリズムを有し、検索エリアは、装置によりアクセス可能な記録媒体 を含み、 前記複数の発見的モジュールにより検索された一または複数の候補情報項目を表示装 置に表示するよう構成される表示モジュールを備える。 クレーム 6 に示すように、ユーザが検索を行った場合、命令は各エリアに設けられる 発見的モジュールに出力される。発見的モジュールから出力された検索結果は、収集、 フィルタリングされ、最終的にユーザに表示される。 ここで、クレーム 6 は「各発見的モジュールは・・・異なる予め定められた前記各エ リアに対応する発見的アルゴリズムを有」すると記載されている。すなわち、クレーム 6 は各発見的モジュールが異なる発見的アルゴリズムを有すると規定している。 これに対し、イ号製品は、6 つのモジュールの内 3 つは異なるユニークな発見的アル ゴリズムを有するが、残りの 3 つは他のモジュールと同じ発見的アルゴリズムを有して いた。具体的には、イ号製品は以下の異なる発見的アルゴリズムを有するモジュールを 備えていた。 (i)Google:インターネット検索を行う。 (ii)ブラウザ:インターネットのブラウジング履歴を検索する。 (iii)People:ユーザの連絡リストを検索する。 ただし、他の 3 つのモジュールは上述したモジュールと同一の発見的アルゴリズムを different, predetermined heuristic algorithm corresponding to said respective area, and the search areas include storage media accessible by the apparatus; and a display module configured to display one or more candidate items of information located by the plurality of heuristic modules on a display device. 4 有していた。 このような場合に、イ号製品の構成が、クレーム 6 の構成要件を具備するか否かが問 題となった。 4.CAFC の判断 結論:各モジュールがそれぞれ別の発見的アルゴリズムを有すると解釈すべき 「複数の発見的モジュール、 各発見的モジュールは各検索エリアに対応し、異なる予め定められた発見的アルゴリズ ムを有する」 の解釈に関し、地裁は複数とは、 「少なくとも 2 以上」または「単に複数の状態」を意 味するから、6 つのモジュールの内、少なくとも 2 つの異なるアルゴリズムがあれば、 構成要件を具備すると判断した。 しかしながら CAFC はこれに同意しなかった。 「複数」との限定はあるものの、さら に特許権者は、 「複数の発見的モジュール」という文言に、「各発見的モジュールは、異なる予め定め られた発見的アルゴリズムを有する」というさらなる限定を課している。従って、604 特許のクレーム 6 は、各モジュールの全てがそれぞれ別の発見的アルゴリズムを有する と解釈した。 (1)comprising を用いた場合のクレーム解釈 原告は、クレーム 6 は、オープンエンド形式である「comprising」を使用しているこ とから、少なくとも 2 つの異なる発見的アルゴリズムを有していれば、侵害が成立する と述べた。 すなわち、イ号製品は、 「ブラウザ」及び「People」の 2 つのモジュールを有し、相 互に異なる発見的アルゴリズムを有している。従って、クレーム 6 の侵害に該当すると 主張した。 しかしながら、CAFC はクレーム 6 においては、各モジュールが固有の発見的アルゴ リズムを必要とする明示的な限定がなされているため、そのような主張は認められない と述べた。 (2)包袋禁反言の成立 604 特許の審査において、原告は先行技術 Andreoli と差別化すべく、以下のことを 5 述べていた。 「しかし Andreoli は、補正後のクレーム 1 に対して、各ローカル及び遠隔検索オペレ ーションが、検索要求に係る検索情報の関連領域を検索するための異なる発見的アルゴ リズムを有するということを開示していない。 」 当該主張は、クレームされた装置における各モジュールが異なる発見的アルゴリズム を使用しなければならないことを強く示唆している。 以上のとおり、クレーム 6 は、各モジュールがそれぞれ異なる発見的アルゴリズムを 必要としていることから、CAFC は、同じ発見的アルゴリズムを有するモジュールを有 するイ号製品は、クレーム 6 の技術的範囲に属さないと判断した。 5.結論 CAFC は、侵害が成立するとした地裁の判断を無効とし、地裁にさらなる審理を行う よう命じる判決をなした。 6.コメント アップルとサムスンとのスマートフォン訴訟の一つである。イ号製品に対しては 8 つ の特許を用いた権利行使が行われたが、控訴審において問題となったのはそのうちの 1 件である。 本事件では、文言解釈及び禁反言の法理に基づき、文言上イ号製品が特許の技術的範 囲に属さないと判断された。 判決 2012 年 10 月 11 日 以上 【関連事項】 判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができる[PDF ファ イル]。http://www.cafc.uscourts.gov/images/stories/opinions-orders/12-1507.pdf 6
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