病院職員における風疹アウトブレイクとその後の対策 ―医療経済効率の

967
病院職員における風疹アウトブレイクとその後の対策
―医療経済効率の検討―
1)
田上病院,2)鹿児島大学大学院医歯学総合研究科小児発達機能病態学分野
根路銘安仁1)2) 西 順一郎2)
武井 修治2) 吉永 正夫2)
藤山 りか1)2)
河野 嘉文2)
(平成 16 年 8 月 4 日受付)
(平成 16 年 8 月 27 日受理)
Key words:
rubella, antibody, vaccine, cost-effectiveness, hospital infection
要
旨
風疹の局地的流行は現在も続いており,先天性風疹症候群(CRS)の報告も増加しているが,本邦にお
ける風疹院内感染の報告は少ない.今回種子島にある当院でも患者から職員へ伝播した院内感染を経験
した.2003 年 3 月から 4 月に計 15 名の院内感染者を認め,院内感染対策として全病院関係者 259 名に風
疹抗体検査(赤血球凝集阻止反応;HI 法)を病院全額負担で説明を行い,同意を得て検査した.発症者
と拒否者 2 名を除いた 251 名が検査を受け,感受性者が 67 名みられた.発症者を除いた 53 名に風疹ワ
クチンを病院半額補助で勧奨接種した.その後速やかに終息し,職員から患者への伝播は無かった.発
症者 15 名のうち 9 名は,感染前の調査では,既往歴または予防接種歴があると答えており問診だけでは
信頼性に乏しいと考えられた.感受性者・発症者は高年女性,男性に多く,全年齢層に対策が必要と考
えられた.抗体検査,ワクチン費用補助で約 20 万円を要した.発症者の欠勤日数は平均 6 日,平均賃金
は約 12,000 円で,今回の院内感染で総額約 140 万円が病院の損失になった.女性の多い職場である病院
では妊娠に伴う問題があり,予防接種の時期や CRS の危険性等,風疹感染対策は重要であると考えられ
る.風疹の病院職員における流行は,発症者の賃金の損失だけでなく病院運営に支障をきたし収入面で
の損失の可能性もあり,事前の風疹感染対策は経営上充分に投資効果があると考えられる.
〔感染症誌
序
文
風疹は,1992 年以降全国的な大流行はないが,
完全に流行が阻止されたわけではなく,局地的な
1)
78:967∼974,2004〕
療法は無く,予防が重要である.風疹の流行年と
CRS の発生の多い年度は一致している.CRS は,
国立感染症情報センターの病原微生物検出情報に
流行は残っている .免疫の無い女性が妊娠初期
よると 2000∼2003 年に毎年 1 例であったが,
2004
に風疹に罹患すると風疹ウイルスが胎児に感染し
年はすでに 3 例報告されており,そのうち 2 例が
て.出生児に先天性風疹症候群(CRS)と総称され
2002∼2003 年に風疹の流行のみられた岡山から
る先天性心疾患.難聴.白内障の 3 大症状を含む
の報告である1).種子島では,これまで 1995 年の
障害を引き起こすことがある.CRS それ自体の治
流行を最後に風疹の流行はなかった.今回,鹿児
別刷請求先:
(〒891―3101)鹿児島県西之表市西之表
7463
田上病院小児科
根路銘安仁
平成16年11月20日
島県種子島にある当院でも島外で感染した風疹患
者を発端として,職員間での風疹院内感染を経験
した.風疹患者を確認した段階で院内告知し,検
968
根路銘安仁 他
査希望者に実費での風疹抗体検査を勧めていたが
月 1 日以前の出生)を義務接種前群,義務接種で
一部実施に止まり,1 名の 2 次感染者と 12 名の 3
あった世代(昭和 37 年 4 月 2 日から昭和 54 年 4
次感染者を認めた.風疹院内感染対策として全病
月 1 日間出生)を義務接種群,勧奨接種となった
院関係者に風疹抗体検査の必要性を説明し同意を
世代(昭和 54 年 4 月 2 日から昭和 62 年 10 月 1 日
得て検査したのち,風疹ワクチンを勧奨接種した.
間出生)を勧奨接種群とし,全病院関係者を 3 群
その後,2 名の 4 次感染者を最後に院内での発症
に分けて検討した.また既往歴・予防接種歴の有
者は認めなかった.風疹発症後の院内感染対策の
効性を確認するため,どちらかが有るとした群と
問題点とその費用効果,更に事前の風疹感染対策
両者ともに不明もしくは無しとした群の 2 群に分
の費用効果を医療経済面で検討したので報告す
けて検討した.統計処理はいずれも Student t 検
る.
定で行った.風疹発症者は発症日,休職期間,感
対象と方法
染状況を調査し,2 週間後の風疹抗体検査(風疹
対象は全病院関係者 259 名(病院職員 231 名,
IgM 抗体,風疹 HI 抗体)
で抗体上昇を確認し風疹
委託業者職員 27 名,実習学生 1 名)
,平均年齢は
と確定診断した.院内感染対策に要した費用は,
37.6±10.8 歳,男性 52 名の平均年齢は 37.6±10.6
抗体検査の病院負担額を一人あたり実費の 500 円
歳,女性 207 名の平均年齢は 39.7±10.9 歳である.
で,ワクチンは一人あたり実費の半額 1,400 円で
全員に風疹抗体検査(赤血球凝集阻止反応,He-
計算した.職員賃金については公休としたため,
magglutination inhibition;HI 法)の必要性を説
前月の賃金を前月勤務日数で除した平均 1 日賃金
明し同意を得た後,検査した.HI 抗体 8 倍以下の
を病院事務室の協力を得て計算し,これに休職日
者には風疹感受性者として予防接種(松浦株)を
数を乗した額を病院の損失賃金とした.
勧奨した.風疹 HI 抗体,風疹 IgM 抗体(EIA)
は,
成
績
株式会社ビー・エム・エルに依頼し測定した.風
1.院内における流行と対策の経緯(Fig. 1)
疹 HI 抗体陰性は 8 倍未満であるが,予防対策上 8
流行の発端は平成 16 年 3 月上旬に島外へ旅行
倍も陰性として対処することが勧められているた
していた 25 歳男性である.3 月 12 日発熱と発疹
め2),風疹 HI 抗体 8 倍以下を風疹感受性者とし
を認め,14 日 39 度の発熱と関節痛・頭痛を主訴
た.既往歴,予防接種歴,今後数年の妊娠予定,
に当院救急外来を受診.県内の他地方で風疹流行
現在の妊娠の有無をアンケート形式で調査した.
の情報があったため風疹を疑い抗体検査を行った
女性が風疹義務接種になる前の世代(昭和 37 年 4
ところ風疹 IgM9.34(正常値 0∼0.12)と陽性であ
Fig. 1 Distribution of cases of rubella among employees of our hospital , March
through May 2004
感染症学雑誌
第78巻
第11号
風疹院内感染と対策∼その医療経済効率∼
969
Table 1 The rubella HI titer and the result of questionnaires in our hospital employees
Group of the generation
pre-obligatory*
Obligatory**
Recommendatory***
Total
male
female
male
female
male
female
16(1)
89(5)
33(3)
100(3)
3(1)
18(2)
259(15)
Rubella HI test
seropositive
11(0)
58(0)
20(0)
95(0)
2(0)
15(0)
201(0)
seronegative
4(1)
28(2)
10(1)
4(2)
1(1)
3(2)
50(9)
Non-tested
Past history of rubella
1(0)
3(3)
3(2)
1(1)
0
10(0)
2(1)
28(2)
18(1)
16(2)
4(0)
35(2)
21(0)
0
0
3(0)
6(0)
92(6)
51(2)
4(0)
43(2)
13(1)
44(1)
3(1)
9(2)
116(7)
Yes
No
unknown
Vaccination history
0
8(6)
Yes
1(0)
3(0)
2(0)
35(1)
1(1)
10(1)
52(3)
No
11(1)
50(3)
17(3)
22(1)
1(0)
2(1)
103(9)
4(0)
36(2)
14(0)
43(1)
1(0)
6(0)
104(3)
unknown
Intention to pregnancy
Yes
―
4(2)
―
60(2)
―
12(0)
76(4)
No
Pregnant woman
―
―
85(3)
0
―
―
40(1)
6(0)
―
―
6(2)
1(0)
131(6)
7(0)
A number in parenthesis shows the number of the rubella cases
*the generation before the compulsory immunization program against rubella.** the generation under the
compulsory program against rubella, * * * the generation under the amended recommended immunization
program against rubella.
Fig. 2 The positive rate in rubella HI tests in each
generation group.
6 名が 8 倍以下で,妊婦を除く 5 名に予防接種を
奨めたが,女性 4 名は妊娠の可能性もあったため,
男性 1 名の接種にとどまった.27 日最初の患者の
いとこと同僚が発症し,当院外来を受診した.30
日には,14 日に患者の点滴処置を行った外来看護
師が発症した.この外来看護師から感染したと推
定される総看護師長 1 名,教育師長 1 名,医事課
長 1 名,および外来受診の 2 次感染患者から感染
したと推定される放射線技師 1 名,外来医事課職
員 5 名,看護師 2 名が 4 月 12 日から 16 日にかけ
て発症した.いずれも発症時から症状消失日まで
自宅隔離とした.医師 1 名はどちらから感染した
かはっきりしなかったが,3 次感染者として 12
名の院内感染者がでた.更なる院内感染の拡大が
懸念されたため全病院関係者 259 名に風疹 HI 抗
体検査の必要性を説明し,同意を得た後,病院負
担で検査した.感受性者への予防接種については
り風疹と診断した.診断と同時に,病院職員に一
半額自己負担で勧奨した.発症したため未施行の
部実費での抗体検査を勧めた.病院職員 231 名中
6 名を除く 253 名中 251 名(99.2%)に抗体検査を
32 名(13.9%)が風疹 HI 抗体検査を行った.うち
行った.その結果で感受性者 53 名に予防接種を施
平成16年11月20日
970
根路銘安仁 他
Table 2 Summary of the rubella cases
before onset
No.
sex
age
(year)
rubella HI titer
history of
rubella
Immunizaintention
tion
to pregagainst
nancy
rubella
date of
vaccination
Yes
two weeks after onset
date of
onset
total sick
days
3/30
4
15.53
1,024
4/12
7
10.77
1,024
rubella
IgM titer
rubella
HI titer
1
F
42
―
Yes
No
2
M
36
―
Yes
No
3
F
29
<8
Yes
unknown
Yes
4/13
6
10.27
1,024
4
F
45
―
Yes
No
No
4/13
7
13.01
256
5
6
F
M
48
32
―
<8
Yes
unknown
unknown
No
No
4/13
4/14
7
6
10.89
10.32
256
512
7
M
35
―
Yes
No
4/14
5
10.65
256
8
F
43
<8
No
No
4/14
8
9.67
2,048
4/14
8
8.3
512
4/14
4/15
8
5
8.97
10.11
512
256
4/1
Yes
9
M
49
<8
No
No
10
11
F
F
50
23
<8
<8
unknown
unknown
No
Yes
Yes
No
12
F
49
―
unknown
unknown
No
4/15
8
6.15
1,024
13
F
20
<8
unknown
No
No
4/16
5
5.73
512
14
15
M
F
24
40
<8
<8
unknown
unknown
Yes
Yes
5/1
5/1
7
5
7.89
4.35
256
8,192
行し,4 次感染者として 5 月 1 日に 2 名(外来看護
師,医事課職員)が発症し自宅隔離となったがそ
れ以降発症者はなく 5 月 22 日終息宣言した.
No
4/13
4/19
4/19
その他,関節痛などの副作用は認められなかった.
4.風疹発症者(Table 2)
発症者は 15 名(男 5 名,女 10 名)で,平均年
2.風疹 HI 抗体検査結果(Table 1,Fig. 2)
齢は 37.6 歳であった.関節痛,頭痛を強く訴えて
風疹 HI 抗体 8 倍以上の陽性者は,全病院関係
いたが入院には至らなかった.発症前に測定され
者 259 名から検査を拒否した 2 名を除く 257 名中
た風疹 HI 抗体価では 9 名全 員 8 倍 未 満 で あ っ
201 名(78.2%)
であった.義務接種前群は 65.1%,
た.発症者のうち 9 名は既往歴または予防接種歴
義務接種群は 95.0%,勧奨接種群は 83.3% 陽性で
があると答えていた.4 名は抗体陰性を確認した
あった.義務接種群の男女間で有意差が認められ,
のち予防接種を施行したが発症は防げなかった.
義務接種の効果が認められた(p<0.0001).また,
発症者は全員,風疹 IgM 抗体陽性であり,風疹 HI
義務接種前群と義務接種群の女性間でも有意差が
抗体価も 4 倍以上上昇していた.
認められた(p<0.0001)
.
3.風疹感受性者と予防接種
5.既往歴と予防接種歴(Fig. 3)
風疹の既往もしくは予防接種歴が有るとした群
風疹 HI 抗体 8 倍以下の者 61 名と風疹を発症
(130 名)と,その両者ともに不明もしくは無しと
し抗体検査未施行者 6 名,計 67 名(26.0%)を風
した群(127 名)の 2 群に分けて風疹感受性者の頻
疹感受性者とした.そのうち 11 名が予防接種前に
度を検討した(Fig. 3)
.感受性者は,それぞれの群
発症したためワクチン未施行で,53 名がワクチン
で 25 名 19.2% と 42 名 33.0% であり,既往歴・予
を接種し,3 名が辞退した.接種した中で 4 名が発
防接種歴のない群に,有意に感受性者が多かった
症した.1 人は 3 月中旬に抗体陰性が判明したが,
(p=0.014).風疹の既往もしくは予防接種歴が有
妊娠の可能性があったため 3 週間後に接種を行っ
るとした群にも,発症者が 9 名みられた.
たが発症した.予防接種辞退の理由としてアレル
6.妊婦および,妊娠の予定がある者
ギー体質,手術前,妊娠中の理由があった.予防
全関係職員 259 名中,207 名(79.9%)が女性で
接種のトラブルとして,てんかんの既往がある 1
あり,今後数年以内に妊娠の予定がある者が 76
名が,接種後数時間で短時間のけいれんがあった.
名(36.7%)であった(Table 1).うち風疹感受性
感染症学雑誌
第78巻
第11号
風疹院内感染と対策∼その医療経済効率∼
Fig. 3 The susceptibility rate against rubella in each
group with and without history of rubella or immunization against rubella.
971
て自己申告に基づいて風疹院内感染対策を行うの
は不確実であると考えられた.抗体検査も今回当
初当院で行ったような自発的参加に頼る方法で
は,実施率 13.9% と低率であった.他の報告でも
希望者を対象とした場合実施率は低くなってい
る3)∼5).風疹院内感染対策では,医療従事者に確実
な予防が求められることから,病院の強力な指導
のもとに充分な説明を行い,同意のもと抗体検査
を行うことが必要であると考える.風疹は,種子
島西之表保健所では 1988 年に定点あたり 38,
1992 年に 51,1995 年に 127 の報告数を記録して
以来流行がなかった.本検討では,男性 66%,義
務接種前群 75.4% と予防接種が行われなかった
世代で陽性率が低く,今回の院内感染で,義務接
種前群と男性が発症者の 3 分の 2 を占めたことか
ら,男性や義務接種群の女性が流行を促進した可
能性は否定できない.中年以降の年代の風疹抗体
陽性率が高いことを理由に若年者のみに対象をし
ぼる報告もあるが6)7),今回の検討から全年齢層に
積極的に対策をとる必要があると考える.
者 8 名中 4 名が発症した.今回妊娠している者は
風疹 HI 抗体陰性は 8 倍未満であるが,血清の
7 名であり,6 名 が HI 抗 体 16∼64 倍 で あ り,1
前処理でインヒビターを除去しきれず抗体陰性が
名は 8 倍であった.
偽陽性として誤判定されることや 2 倍程度の検査
7.風疹対策施行における費用と今回の病院の
誤差もありえることから臨床上 8 倍も陰性として
対処することが勧められており2),風疹 HI 抗体 8
損害額
今回抗体検査費用は 251 名に施行し 125,500 円
倍以下を風疹感受性者として予防接種を勧奨し
であった.また,ワクチン費用として 53 名に施行
た.米国疾病予防センター(CDC)は,計算上一
し 74,200 円 と な り,今 回 の 対 策 費 用 と し て 計
般の妊娠における奇形率 3% と比べ,風疹ワクチ
199,700 円を要した.発症者の欠勤日数は平均 6.0
ンを接種したことによる率は 1.3% と低いことか
日,平均賃金は 12,315 円であった.病院の損失賃
ら,これまでのワクチン接種後 3 カ月の避妊指導
金額は 1,198,437 円であった.
か ら 4 週 間 へ 短 縮 し て お り8)9),世 界 保 健 機 構
考
察
(WHO)では,過去 1,000 例以上の接種後の妊娠で
風疹は,アメリカにおいて 1969 年に風疹ワクチ
CRS の発症はなく,風疹ワクチン接種後に妊娠が
ンが導入され流行が少なくなったものの,1980
分かった場合でも中絶の適応にならないとしてい
年代に医療機関での流行が 多 く 報 告 さ れ て い
る9)10).流行時に妊娠がはっきりしていない場合,
る3)∼5).しかし本邦においては院内感染例の報告
ワクチン接種により CRS を出生した例は報告さ
6)
は少ない .風疹院内感染対策を行うに当たって,
れていないが,WHO,CDC,我が国でも妊婦への
自己申告をもとにする方法や自発的参加に頼る方
予防接種は不適当とされていることから2)8)10),風
法があるが,今回の調査では罹患歴もしくは予防
疹の院内発生が起こってからでは予防接種を行う
接種歴があると答えた群で風疹感受性者の割合は
のに時間的余裕がなく事前の対策が必要と考えら
有意に低かったが,9 名の発症者がみられた.従っ
れる.当院において,1 年前にワクチンにより予防
平成16年11月20日
972
根路銘安仁 他
Table 3 The cost-effectiveness of rubella immunization programs
Polk*
Our hospital
Outbreak year
Heseltine**
2004
1979
1982
No. of hospital employees
259
2,983
3,900
No. of participation in program
No. of vaccination
257
57
2,983
―
238
44
Vacccination Rate
94.60%
No. of rubella cases
15
cost of the rubella outbreak
$11,600(¥1,400,000)
cost of one rubella HI test
$4(¥500)
cost of rubella vaccinations
cost per one rubella case
$200(¥2,500)
$660(¥80,000)
95.60%
47
$50,000(¥6,000,000)
19
$18,500(¥2,220,000)
$2(¥240)
$1,000(¥120,000)
$4(¥480)
$900(¥110,000)
One dollar is converted into 120 yen.
* reference 3 ** reference 5
できる疾患に対しての抗体検査を含む対策が検討
れなかったが,抗体陰性者で妊娠中に風疹に罹患
されたが,初期導入費用の高さから見合わされて
する可能性は否定できない.風疹に対して免疫の
いた.しかしながら,その費用は今回の損失賃金
ある女性でも妊娠中に風疹に再感染したとき,き
額を越えない.あらかじめ対策を施行していれば,
わめてまれであるがその児に CRS を発症しうる
今回のような職員間でのアウトブレイクを防ぐこ
ことが明らかとなってきており,その感染前の HI
とができたかもしれない.接種におけるトラブル
抗体価は 64 倍まで報告されている1)12).その危険
として,添付文書に記載される副作用はなく,1
因子としてこどもからの感染と,職業上の風疹患
例みられた痙攣は今回の予防接種との因果関係は
者との接触があげられている12).当院では妊娠し
はっきりせず,風疹予防接種は安全に施行できる
ている者は 7 名おり風疹抗体価も 64 倍以下が 6
と考えられる.風疹ワクチンに関しては,感染曝
名で,周囲での流行があれば CRS を出生する危険
露後に接種しても必ずしも防御されるとは限らな
性が高いと考えられる.妊婦のうち 2 名が有給休
いが,発症しなかった場合でも免疫を付与するこ
暇を使って休職し,風疹 HI 抗体価 8 倍の妊婦は
とができ,風疹の院内感染を早期に収束させるこ
退職も検討していた.女性の多い職場である病院
とができると考え接種した11).発症した医療関係
では風疹感染対策は特に重要であると考えられ
者をすみやかに出勤停止させ隔離することは蔓延
る.
防止にきわめて重要である.しかし 2 次感染者で
風疹院内感染対策に対して,その経済的検討を
ある外来看護師をすみやかに出勤停止としたが,
行った報告は少ない.過去に報告された風疹の院
同看護師からとしか考えられない 3 次感染者が 3
内感染による経済的費用を示す(Table 3)
.Polk
名認められたことから,発症患者の隔離だけでは
らは,経済的損失額は,検査費用・賃金で約 50,000
蔓延防止には不十分と思われる.ワクチン接種後
米ドル(約 600 万円:1 米ドル=120 円として換
も発症者がでたが,ワクチンの接種により早急に
算)となったとしている3).発症者は 47 名で 1 人
集団免疫率が高まったことが,その後流行が終息
当たり約 1,000 米ドル(約 12 万円)の損失となっ
した原因のひとつと考えられた.したがって,院
ている.Heseltine らは,検査費用,賃金として約
内感染発生後の緊急ワクチン接種は,出勤停止等
18,500 米ドル(約 222 万円)
,発症者が 19 人で一人
の患者の隔離とともに,アウトブレイクの終息に
当たり約 900 米ドル(約 11 万円)の損失であっ
有効な手段であったと考える.
た5).当院においては,今回の風疹院内感染対策費
病院関係者は約 8 割が女性であり,そのうち約
として約 140 万円,一人当たり賃金で約 8 万円の
4 割に数年以内の妊娠予定があった.今回はみら
損失になった.風疹の院内感染による経済的損失
感染症学雑誌
第78巻
第11号
風疹院内感染と対策∼その医療経済効率∼
額は,発症数,どの職種が発症するか,病欠日数,
発症者の中に患者や妊婦が含まれるか,賠償責任
を負うかにより増減が起こってくると考えられ
る.数少ない報告であり,給与体系,物価等異な
る可能性はあるが,発症者 1 人あたりの賃金だけ
で,約数百名の抗体検査が可能である.当院の結
果から換算すると,今回の賃金損失額で約 2,800
名の抗体検査が可能であり,職員の平均在職期間
が約 10 年と仮定した場合は新入職員に抗体検査
を行っても約 100 年施行できることになり,発症
頻度が 100 年に 1 回以上おこるならば,投資効果
があると考えられる.現在のようにまだ,局地的
な流行が残っている現状では,発症頻度はそれ以
上になる危険性がある.Greaves らは,風疹の院内
感染時に免疫が無いものに予防接種を行うだけで
なく,暴露者は潜伏期間休職させ,妊娠の可能性
のあるものは院内感染が終息するまで休職させな
ければならないと勧告している13).この勧告に従
うと,今回当院の外来部門は機能できなくなる.
また流行が拡大すれば発症し欠勤するものや離職
を検討するものもいたことから機能を果たせない
部署が出てくることが予想され,病院運営に支障
をきたし収入面での損失が膨大になる可能性があ
る.風疹の院内感染対策は,賃金面に加え病院収
入面でも経営上充分に投資効果があると考えられ
る.
本論文の要旨は,第 126 回日本小児科学会鹿児島地方会
で発表した.
謝辞:稿を終えるにあたり,ご協力いただいた田上病院
職員,感染対策委員会および田上容祥院長,田上容正理事
長,資料を提供していただいた西之表保健所に感謝いたし
ます.
文
1)特集
献
風疹 1999∼2002 年.病原微生物検出情報
平成16年11月20日
973
Infectious Agents Surveillance Report ( IASR )
2003;24:53―63.
2)川上勝朗,寺田喜平,宮崎千明,植田浩司:風疹
予防接種 Q&A.小児内科 2000;10:1736―60.
3)Polk BF, White JA, DeGirolami PC, Modlin JF:
An outbreak of rubella among hospital personnel.
N Engl J Med 1980;303:541―5.
4) Orenstein WA , Heseltine PN , LeGagnoux SJ ,
Portnoy B:Rubella vaccine and susceptible hospital employees . Poor physician participation .
JAMA 1981;245:711―3.
5)Heseltine PN, Ripper M, Wohlford P:Nosocomial
Rubella-consequences of an outbreak and efficacy
of a mandatory immunization program. Infection
Control 1985;6:371―4.
6)西嶋攝子,笠原美香,近藤雅子,津田信幸:平成
9 年度の風疹流行における皮膚科受診患者と院内
感染防止対策について.日皮会誌 1998;108:
729―32.
7)宮崎千明:風疹ワクチンの接種.Infection Control 2000;9:32―6.
8)Centers for Disease Control(2001b):Revised
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after receiving a rubella-containing vaccine .
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9) Banatvala JE , Brown DWG : Rubella . Lancet
2004;363:1127―37.
10)World Health Organization:Accelerted control
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2002;77:169―75.
11)Red Book : Report of the Committee on Infectious Diseases26th edit . American Academy of
Pediatrics, Elk Grove Village, IL, USA, 2003;p
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12)特集 風疹 1995-1999.
病原微生物検出情報 Infectious Agents Surveillance Report(IASR)2000;
21:1―7.
13)Greaves WL, Orenstein WA, Stetler HC, Preblud
SR, Hinman AR, Bart KJ:Prevention of rubella
transmission in medical facilities. JAMA 1982;
248:861―4.
974
根路銘安仁 他
An Outbreak of Rubella Among Hospital Personnel and Measures Taken Against
Hospital Infection―Cost-benefits of the Measure―
Yasuhito NEROME1)2), Junichiro NISHI2), Rika FUJIYAMA1)2), Syuji TAKEI2),
Masao YOSHINAGA2)&Yoshihumi KAWANO2)
1)
Tanoue Hospital
Department of Pediatrics, Kagoshima University Graduate School of Medical and Dental Sciences
2)
There is no nationwide outbreak of rubella after 1992 in Japan, but a local outbreak remains. Recently, some cases of congenital rubella syndrome(CRS)
were reported after a local outbreak. An outbreak of rubella among hospital personnel occurred in our hospital located on Tanegashima Island on
March and April 2003 after a visit of one rubella patient. Fifteen employees, including 7 clerks, 6
nurses, one doctor, and one radiologist, experienced rubella. A total of 259 employees in our hospital
employees were examined for anti rubella hemagglutination inhibition(HI)tests with informed consent and recommended to take rubella vaccines. Sixty-seven employees(26%)among 257 examined
for tests were found susceptible to rubella, and 53 employees were vaccinated. After vaccination, the
outbreak was stamped out immediately. There was no rubella patient infected from employee. Nine
among the 15 infected employees had declared to have a history of rubella or rubella vaccines before
onsets, suggesting interviews are not reliable. There were many susceptible persons and rubella patients among elderly women and male personnel;therefore, measures are needed for elderly personnel as well as younger employees. In addition, adequate measures should be taken to prevent
CRS, because many female personnel capable of pregnancy work in hospitals. The cost of the rubella
HI tests and vaccination was approximately ¥200,000(about $1,600).The absence due to illness per
one person was 6 days, and the wage per one day was about ¥12,000(about $100)on the average.
The overall cost required in the outbreak was estimated to be approximate ¥1,400,000 ( about
$12,000).Considering that an outbreak of rubella causes not only a large amount of expenditure but
also loss of hospital income, the investment to prevent a rubella outbreak is quite valuable in the
management of a hospital.
感染症学雑誌
第78巻
第11号