鋼床版の疲労,これまでとこれから

特 別 寄 稿
鋼床版の疲労,
これまでとこれから
法政大学 教授
森 猛
概 要
1990年に「鋼床版の疲労」が土木学会より出版されている.当時の損傷事例としては,縦リブとの交差部の横リブに設
けられたスリットから発生して横リブを進展するもの,またトラフリブの突合せ継手部に生じる疲労き裂がほとんどであ
り,本書の興味もそこに向けられていた.しかし,最近では他の部位にも多くの疲労損傷が報告されている.特に,デッキ
プレートとトラフリブの溶接ルート部を起点としてデッキプレートへ進展する疲労き裂は,10年ほど前に発見されたこれ
までに経験のないものである.このき裂が進展すれば,舗装の損傷やそれに伴う路面の平坦性欠如が生じるだけではなく,
過度に進展すると路面陥没を引き起こし,大事故に繋がる恐れもある.このような背景から,研究論文や各道路管理機関で
の検討事例を調査し,その成果を2010年12月に
「鋼床版の疲労
(2010年度版)
」として出版した.2010年度版は,疲労損
傷事例や損傷の点検・調査方法,補修・補強方法に加えて,鋼床版の歴史,設計・施工・構造も理解できるような内容と
している.ここでは,本書の内容の一部を紹介するとともに,この出版活動を通して私なりに考えた事柄について述べる.
1.はじめに
鋼床版の疲労に関わる実務者や研究者だけではなく,一般
鋼構造シリーズ4として土木学会より1990年に「鋼床
の橋梁技術者や橋梁技術者を目指す学生にとっても有意義
版の疲労」1) が出版されている.当時の損傷事例として
と考えられる.また,今後疲労耐久性の高い鋼床版を開発
は,縦リブ‐横リブ交差部の横リブに設けられたスリット
する上で不可欠である.
から発生して横リブを進展するもの,またトラフリブの突
このような背景から,2008年春に鋼構造委員会内に
合せ継手部に生じる疲労き裂がほとんどであり,本書の興
小委員会を立ち上げ,文献調査や各道路管理機関での検
味もそこに向けられていた.しかし,周知のように,最近
討事例の調査を精力的に進めるとともに,「鋼床版の疲労
では他の部位にも数多くの疲労損傷が報告されている.特
(2010年度版)
」3)の内容について検討してきた.そして,
に,デッキプレートとトラフリブの溶接ルート部を起点と
読者への便宜を考え,疲労損傷事例や損傷の点検・調査方
してデッキプレートへ進展する疲労き裂は,10年ほど前
法,補修・補強方法に加えて,鋼床版の発展の経緯や設
に発見された2)これまでに経験のないものである.このき
計・施工・構造も理解できるような内容をめざすこととし
裂が進展すれば,舗装の損傷やそれに伴う路面の平坦性欠
た.本小委員会の各委員の惜しみない努力により,目的と
如が生じるだけではなく,過度に進展すれば路面陥没を引
した内容の冊子が完成したと自負している.
き起こし,大事故に繋がる恐れもある.また,デッキプ
ここでは,本書の内容の一部を紹介するとともに,この
レートと垂直補剛材の溶接部に発生する疲労き裂は1990
出版活動を通して私なりに考えた事柄について述べる.
年度版でも取り上げられていたものの,最近ではその発生
事例が飛躍的に増え,デッキプレートの陥没に繋がる恐れ
2.鋼床版の歴史
があるという意味では,先述のルートから発生するき裂と
橋梁用としての鋼床版の起源は,1930年代のアメリカ
同様,見逃すことのできない損傷といえる.その他,トラ
における Battledeck Floor とされている.これは,9.5
フリブの現場継手の上部に設けられるスカラップからのき
∼19mm厚の鋼板(デッキプレート)にⅠ断面縦リブを溶
裂,20年前には想定できなかったトラフリブと横リブの
接で取り付け,その縦リブを横リブで支持する構造であ
スリット部のトラフリブ側から生じてトラフリブを進展す
る.軽量で急速施工が可能であったことから,可動橋や床
るき裂なども報告されている.
版の補修に用いられた.
これら鋼床版の疲労損傷については,鋼床版橋梁を有す
同時期ドイツでは,格子構造による軽量鋼床版の開発
る各道路管理機関で精力的に検討され,損傷の発生原因や
が進められていた.この構造は,厚さ7mm程度の鋼板を
対策も明らかになりつつある.また,損傷の重大さから,
400mm程度の間隔で設置した縦リブと横リブで補剛する
大学や民間の研究機関においても数多くの検討がなされて
ものである.この床版を用いた4径間連続桁橋( Feldweg
いる.このような検討事例を冊子としてまとめることは,
橋)が,1934年に架設されている.しかし,デッキプ
2
片山技報 31
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
き裂発生部位
縦リブと横リブ(ダイヤフラム)の溶接部(スカラップ部)
縦リブと横リブ(ダイヤフラム)の溶接部(スリット部)
デッキプレートと垂直補剛材の溶接部
デッキプレートと縦リブの溶接部
縦リブ現場継手部スカラップ部の溶接部
デッキプレートと横リブ(ダイヤフラム)の溶接部
縦リブと縦リブの突合せ溶接部
縦リブと端ダイヤフラムの溶接部
横リブ(ダイヤフラム)と主桁ウェブの溶接部
デッキプレート
①
縦リブ(トラフリブ)
②
⑦
③
④
⑤
主桁ウェブ
⑨
①
⑥
②
⑧
垂直補剛材
横リブ(ダイヤフラム)
端ダイヤフラム
図−1 閉断面縦リブ鋼床版の疲労損傷分類
日本で現存する最も古い鋼床版は,1954年に建設され
レートのたわみが大きく,早い段階で舗装にき裂が発生す
た中里跨線橋(東京都)である.支間17.2mの単純下路桁
るなどの問題が生じた.
鋼床版を主桁の上フランジとして用いた最初の鋼床版橋
であり,縦リブには不等辺山形鋼が用いられている.その
梁は,1950年に建設されたKurpfalz橋である.1951年
後,新六の橋(1955年,東京都)や馬橋(1957年,京都
には,鋼床版を用いた中央径間316mの吊橋Mülheimer橋
府)など次々に鋼床版を用いた橋梁が建設された.1959
が架設されている.この橋の建設が,長大橋に鋼床版を用
年に完成した城ヶ島大橋(神奈川県)は,日本で初めての
いることによる死荷重低減とそれに伴う優れた経済性を証
3径間連続鋼床版箱桁橋であり,日本における本格的な鋼
明することとなった.
床版橋梁の先駆けである.1970年ころからは閉断面リブ
を用いた鋼床版が多く建設されるようになった.1969年
これら初期の鋼床版には,平鋼板や不等辺山形鋼などの
開断面リブが用いられたが,1954年には縦リブにUリブ
には初めてトラフリブが採用された新淀川大橋(大阪府),
を用いた最初の鋼床版橋梁であるWeser Bridge Porta,
1968年にはYリブを用いた首都高速道路多摩川橋(東京
トラフリブを用いたDuisburg-Homber橋が架設された.
都,神奈川県),1969年にはVリブを用いた南港大橋(大
その後,ドイツでは溶接量,鋼重,塗装量を低減できると
阪府)
,1975年には丸形断面リブを用いた江戸川橋(現・
ともに,優れた断面性能を有するUリブ,Vリブ,Yリブ
市川大橋,千葉県)が建設された.それ以降は,トラフリ
といった閉断面リブが多く使用されるようになった.
ブが主流となり,様々な場所において鋼床版橋梁が建設さ
アメリカでは,1963年に鋼床版の設計マニュアル4) が
れ,我が国は世界有数の鋼床版保有国となっている.
AISCより発刊された.これに基づき,カリフォルニア州
のDublin 580/680 Test橋(1965年)のほか,いくつか
3.鋼床版の疲労損傷と対策
の鋼床版を用いた試験橋梁が建設され,主に舗装の耐久性
鋼床版の縦リブは閉断面リブと開断面リブに大別される
試験が実施された.これらの成果に基づき,San Mateo-
が,ここでは閉断面縦リブ(トラフリブ)タイプの鋼床版
Hayward 橋(1967年)や,Coronado橋(1969年)が
について示す.
建設された.これらの鋼床版に用いられた縦リブは,トラ
閉断面縦リブ形式の鋼床版の疲労損傷は,図−1に示す
フリブであった.
9種類に大別される.なお,コーナープレートなどの特殊
3
片山技報 31
示す.交差部では縦リブを貫通させるため,横リブにスカ
⑨ 0.2%
① 0.9%
⑧ 1.7%
⑦ 5.7%
⑥ 2.3%
⑤ 0.6%
ラップとスリットが設けられている.このような構造に起
因して材片の密着精度や狭隘となるスカラップ・スリット
部でのまわし溶接の品質確保が難しく,まわし溶接止端部
② 38.2%
からき裂の発生している事例が多い.損傷としては,トラ
④ 18.9%
フリブ上部のスカラップから生じるもの(損傷①)とトラ
き裂総数 約7000件
フリブ下部のスリットから発生するもの(損傷②)がある
が,数としては②の損傷が多い.
スカラップのまわし溶接からの疲労き裂(①)の発生原
因は,直上を走行する車両により生じるトラフリブとデッ
③ 31.5%
キプレートのスカラップ内での面外変形が横リブで拘束さ
図−2 損傷の構成比率
れることにあると考えられている.そのためか,このき裂
な部材の損傷や対傾構ガセットプレートなど主桁に関連す
への対策として,2002年の道路橋仕方書ではスカラップ
る損傷は除いている.
を設けない構造を標準とするように定められた.ただし,
これらの損傷は,交通量が多く大型車混入率の高い橋梁
後述するように現在特に問題となっている損傷④について
で発生している.すなわち,鋼床版の構造詳細だけでは
は,スカラップ省略が悪影響を与えるとも考えられる 5).
なく,交通荷重の影響が大きいことを忘れてはならない.
今後は,スカラップの存在と損傷④の関連性に加えて,損
代表的な2つの都市内高速道路におけるこれらの損傷の構
傷①を防止するための適切なスカラップの形状や寸法,さ
成比率を図−2に示す.縦リブと横リブ(あるいはダイヤ
らに止端形状改善効果などについて検討する必要があると
フラム)の下側スリット部のまわし溶接部の損傷(②)が
考えている.
多く,全体の38.2%を占めている.その次に多い損傷部
損傷②の内,横リブ側止端から発生し,横リブを進展す
位はデッキプレートと垂直補剛材の溶接部(③)で全体の
るき裂(②−2)は,横リブの面内曲げ変形に主たる原因
31.5%を占める.次いでデッキプレートと縦リブの溶接
があると考えられている.このき裂への対策としては,ス
部の損傷(④)が18.9%となり,②∼④の損傷で全体の
リット形状を改善することによる応力集中の軽減が用いら
88%を占めている.ここでは,①∼④の疲労損傷の詳細
れることが多い.図−4に既設橋に適用されたスリット形
と原因,そしてそれらの損傷への対策を示す.
状改善例を示す.
3.
1 縦リブと横リブの交差部(損傷①②)
裂である.このき裂の発生原因は横リブの面内変形に伴う
損傷②−1も我が国ではこれまでに経験のない新種のき
縦リブの面外変形である.このき裂はいわゆる変位誘起の
縦リブと横リブの交差部に生じる疲労損傷を図−3に
スカラップ
デッキプレート
①-1
トラフリブ側止端き裂
①-2
トラフリブ
②-1
スリット
②-2
横リブ
横リブ
ウェブ
トラフリブ
a)損傷タイプ①,②
b)損傷事例①-1
横リブ
トラフリブ
トラフリブ
トラフリブ
横リブ側止端き裂
横リブ
c)損傷事例①-2
横リブ
トラフリブ側止端き裂
横リブ側止端き裂
d)損傷事例②-1
e)損傷事例②-2
図−3 閉断面縦リブと横リブ交差部のき裂損傷
4
片山技報 31
横リブ
溶接ビード
横リブ
溶接ビード
18
18
13
40
40
φ
Uリブ
Uリブ
18
き裂
18
図−4 スリット形状の改善
図−5 ストップホールによる補修
き裂と考えられ,ある程度進展すると,き裂の進展が遅く
し溶接部のデッキプレート側の溶接止端部(③−2)が多
なるものと考えられる.そのため,図−5に示すように,
いが,垂直補剛材側の溶接止端部から発生する場合もある
き裂先端に円孔を開けるストップホール法が用いられるこ
(③−1).垂直補剛材とデッキプレートのギャップが大き
とがある.また,損傷②−2の対策で紹介したスリット形
く,のど厚が小さい場合には,溶接ルートを起点とするこ
状改善も有効な対策である.この損傷の防止を目的とし
ともある(③−3)
.損傷③−2と③−3については,輪荷
て,トラフリブ内にリブを設けトラフリブの面外変形を緩
重による圧縮応力にも原因がある.
このき裂の予防対策としては,桁形式鋼橋梁の主桁上
和する構造が用いられることもある.
フランジと横桁フランジの間の補剛材,いわゆるウェブ
ギャップ版の疲労損傷対策にも用いられている半円切欠き
3.2 デッキプレートと垂直補剛材の溶接部(損傷③)
デッキプレートと垂直補剛材との溶接部に生じる損傷を
設置が行われている.その例を図−7に示す.これは,疲
図−6に示す.本損傷は,垂直補剛材上端の溶接部直上ま
労き裂が生じる垂直補剛材端部の高い応力集中の軽減を
たは近傍を大型車輪が通過することによりデッキプレート
狙ったものである.しかし,き裂が生じ,ある程度長く
に面外変形が発生し,垂直補剛材端部に高い応力集中が発
なった場合に,この補修の効果を期待することは難しい.
生することが原因とされている.き裂の発生位置は,まわ
そのような場合には,デッキプレートの上下から鋼板を当
デッキプレート
③-2
③-3
③-1
③-2
③-1
ウェブ
トラフリブ
垂直補剛材
a)③損傷タイプ
デッキプレート
デッキプレート
デッキプレート側止端から発生
垂直補剛材側
止端から発生
垂直補剛材
c)損傷事例③-2
b)損傷事例③-1
図−6 デッキプレートと垂直補剛材の溶接部のき裂損傷
5
片山技報 31
図−7 半円切欠きによる補修
図−8 L形鋼とリフトアップによる補修
デッキプレート
デッキプレート
デッキプレート
④-1
デッキプレート貫通き裂
ビード貫通き裂
トラフリブ
トラフリブ
トラフリブ
横リブ
c)④-2 き裂断面
b)④-1 き裂断面
a)④-1 損傷タイプ
デッキプレート
デッキプレート
横リブ
横リブ
トラフリブ
トラフリブ
d)損傷事例④-1a
e)損傷事例④-1b
デッキプレート上面(
舗装面)
トラフリブ溶接線上に貫通き裂
f)損傷事例④-2
g)損傷事例④-2
図−9 デッキプレートとトラフリブ溶接部のき裂損傷
3.
3 縦リブとデッキプレートの溶接部(損傷④)
てる方法が用いられる.ただし,デッキプレートの上面か
らの施工は困難であるため,図−8に示すように,L型鋼
デッキプレートと閉断面リブとの溶接ルート部から発
をジャッキアップして下から補強するなどの工法も検討さ
生する疲労き裂を図−9に示す.この部位から生じるき
れている6).さらに,鋼板による補強は行わずに,き裂を
裂は,溶接ビードに進展するもの(ビード貫通き裂)
(④−
ピーニング処理することによる補修効果についての検討も
1)とデッキプレートを進展するもの(デッキ貫通き裂)
行われている .
(④−2)に分けられる.ビード貫通き裂となるかデッキ
7)
6
片山技報 31
観察孔
図−10 ストップホールによる応急補修
図−11 縦リブの交換
図−12 SFRC舗装の断面構成の例
図−13 SFRCの施工状況の例
貫通き裂となるかはルート形状,溶接溶込み状態,溶接
だし,デッキ貫通き裂がある程度長くなると,ポットホー
ビード形状・寸法などに支配されると考えられるが,その
ルなど舗装の変状が生じることもある.このような舗装の
条件は明確となっていない.これらのき裂の発生原因は,
変状を利用したデッキ貫通き裂の調査も有効である.
輪荷重によるデッキプレートの面外変形とそれに伴うトラ
デッキ貫通き裂が長くなった場合には,き裂先端にス
フリブの面外変形にあると考えられる.
トップホールを穿孔した上で,デッキプレート上面に鋼板
縦リブは閉断面であるため,デッキプレートへの溶接は
を当ててボルトで接合する補修が行われる.
リブ外面からの片側すみ肉溶接とされていた.使用する閉
3.
4 デッキプレートのSFRCによる補強
断面リブ厚が6mmの場合は,自然開先での溶接が一般的
であり,多少のルートギャップを有したままでの施工が標
ここで示した損傷の多くは,デッキプレートの局部的な
準とされていた.しかし,当該溶接部は,2002年の道路
板曲げに起因するものである.したがって,デッキプレー
橋示方書で75%の溶け込み量を確保することが必要とさ
トを厚くすれば,損傷の防止に役立つものと考えられる.
れた.これは,イギリスのセバーン橋で多数のビード貫通
しかし,既設の鋼床版のデッキプレートを厚くすることが
き裂が検出され,その後の検討結果に基づき,イギリスで
非常に困難であることは容易に想像できよう.そのため,
は溶け込みを80%以上とされたことと関連している.
数十mm厚のコンクリート系材料をデッキプレートの上に
敷設するのが現実的であり,実際に適用されている.
ビード貫通き裂は,ビード表面に留まっていることも
コンクリート系材料としては,種々のものが提案され,
多いが,ある程度進展すると縦リブの母材方向に向きを
変えて進展することがある(④−1a,④−1b).前者のき
一部のものについては施工性や耐久性について実験的にも
裂については,き裂先端にストップホールを設ける補修が
検討されている.その結果,現在のところはSFRCが補強
行われることがある.その状況の例を図−10に示す.し
材料として用いられることが多い.その際に特に問題とさ
かし,このような補修ではき裂が生じる前の状態よりも疲
れたのがSFRCとデッキプレート付着である.付着が十分
労に対して厳しい状態となるため,一時的な補修にすぎな
でないと,両者の合成効果が期待できず,またSFRC自体
い.恒久的な対策としては,後述するデッキプレート上面
の耐久性の問題も生じるようになる.当初はスタッドを用
にSFRC( Steel Fiber Reinforced Concrete) 敷 設 が
いた接合が試みられていたが,SFRC厚が大きくなること,
行われることが多い.後者のき裂については,損傷した縦
スタッド上面に割れが生じやすくなることなどから,現在
リブを取り除き,その部分に開断面あるいは閉断面のリブ
では接着剤を用いた接合が多いようである.
舗装の断面構成の例を図−12に,SFRCの施工状況の
をボルトで接合する補修方法が用いられる.閉断面リブで
例を図−13に示す.SFRC敷設の効果については,実験
補修した例を図−11に示す.
的にも確かめられており,デッキプレート下面の応力が敷
デッキ貫通き裂は溶接ルート部からデッキプレートに進
設前の10∼20%になるという測定結果もある8).
展するため,鋼床版下面からの目視点検では検出ができ
ず,また舗装のために上面から検出することも難しい.た
7
片山技報 31
造物の疲労設計指針・同解説(2010年度版)
」10)では,疲
4.これからの鋼床版に関する私見
3.3節で示したデッキ貫通き裂は,我が国ではこれま
労限界状態を「疲労き裂が成長して,構造物の強度あるい
でに経験のない損傷であり,諸外国においてもこの種のき
は機能が損なわれる状態」と定義している.また,同指針
裂が現在は報告されているものの,防止策が確立されてい
に示される各継手の疲労強度は,疲労き裂が板厚を貫通す
るわけではない.損傷の原因は,デッキプレートの板曲げ
る程度までの繰返し数に相当する強度とされている.疲労
にあることは明らかになっている.鋼床版の総合的な耐荷
強度を求めるために通常用いられる軸引張を受ける継手の
力(例えばL荷重に対して)は高いものと考えられる.し
場合には,き裂が大きくなるにしたがって,その進展速度
かし,鋼床版は比較的薄い鋼板で構成されており,タイヤ
は加速度的に高くなる.そのため,疲労き裂の限界状態を
の大きさとリブ間隔の関係で,タイヤがトラフリブ内の直
板厚貫通あるいは板厚の半分とおいても,求められる疲労
上,あるいはトラフリブ間(横リブのない縦リブ支間中央)
強度はさほど変わらない.
に作用すると,デッキプレートに高い板曲げ応力が生じ
現在特に問題となっているデッキ貫通き裂の発生・進展
る.これを緩和できれば,デッキ貫通き裂の問題は解決で
挙動はどうであろうか.私たちの研究室では,日本橋梁建
きるものと思われる.この緩和策の一つがSFRC敷設であ
設協会と共同で,デッキ貫通き裂の発生・進展挙動につい
る.また,最近国交省から通達されたデッキプレートの増
て実験的な検討を進めている.途中経過であるが,結果の
厚(標準を12mmから16mmへ)もその対策である.アメ
一部を紹介したい.試験体は,デッキプレート・トラフ
リカでは16mm,ヨーロッパでは14∼16mmが標準とさ
リブ・横リブ接合部を模擬したものであり,トラフリブ2
れている.日本の鋼床版のデッキプレートは薄すぎたのか
つ(トラフリブ間隔320mm)と横リブ1つで構成されてい
もしれない.
る.試験体の形状と寸法を図−14に示す.試験体は,交
差部のスカラップの有無とデッキプレートの板厚(12mm,
我が国での鋼床版の疲労設計は,計算応力範囲と疲労強
度を比較する通常の方法ではなく,構造詳細を規定するこ
16mm)を組み合わせた4タイプである.これらの試験
とによって行われている .すなわち,鋼床版の仕様を規
体に,図−14に示すようにトラフリブ内上にシングルタ
定していることになる.このような規定は新しい鋼床版を
イヤが載荷された場合を想定した繰り返し荷重を与えて
開発する上で障害になるとも考えられる.計算応力範囲と
いる.疲労き裂の発生・進展状況を観察する目的で,図
疲労強度を比較する疲労設計法を鋼床版についても確立す
−15に示すように各トラフリブ内のトラフリブ内面から
る必要があると考えられる.その際の問題の一つとなるの
5mm離れた位置に単軸のひずみゲージ(ゲージ長3mm)
が,疲労限界状態の定義である.日本鋼構造協会の「鋼構
を貼付し,荷重繰り返しに伴うひずみ範囲の変化を測定し
9)
た.対象となる溶接線は,一つの試験体について4つであ
る.そして,き裂の深さとひずみ範囲変化との関係を明ら
載荷位置
かにした上で,き裂発生・進展性状を調べた結果を図−
16に示す.図中の溶接線
(AO,AI,BI,BO)については,
図−14を参照されたい.いずれの試験体,いずれの溶接
AO
AI BI
線においても繰返し荷重載荷直後に疲労き裂が発生し,荷
BO
重繰返し数に比例して進展している.12mm厚試験体では
9mm程度,16mm厚試験体では13mm程度までき裂深さ
が達すると,き裂の進展が遅くなり,ほぼ停留している.
先述のように通常の疲労き裂の進展はき裂が長くなるにし
たがって速くなるが,ここでの結果はこれとは逆になって
いる.12mm厚試験体では,荷重繰り返し数200∼250
万回でき裂深さが急変している部分があるが,この段階で
スカラップなし
スカラップあり
き裂はデッキプレートを貫通している.12mm厚試験体の
他の溶接線,また16mm厚試験体では,き裂はデッキプ
図−14 試験体
レートを貫通していない.デッキ貫通き裂は,以上のよう
な発生・進展挙動をするため,疲労限界状態をどのように
定義するかによって疲労耐久性は大きく左右される.鋼床
150
5
版の疲労設計法を確立するためには,鋼床版の疲労限界状
150
態を大胆に決める必要があろう.
なお,図−16に示す結果からは,き裂の進展速度がス
カラップを設けることにより,またデッキプレートを厚く
図−15 ゲージ貼付位置
することにより遅くなっていることがわかる.
8
片山技報 31
16.0
a/t = 1
12.0
き裂深さ (mm)
き裂深さ (mm)
12.0
デッキプレート厚:12mm
スカラップなし
6.0
AO
AI
BI
BO
0.0
0
250
4
荷重繰返し数(×10 )
デッキプレート厚:16mm
スカラップなし
8.0
AO
AI
BI
BO
4.0
0.0
500
0
250
4
荷重繰返し数(×10 )
500 1900 2000
16.0
6.0
a/t = 1
12.0
き裂深さ (mm)
き裂深さ (mm)
12.0
デッキプレート厚:12mm
スカラップあり
AO
AI
BI
BO
0.0
0
250
4
荷重繰返し数(×10 )
デッキプレート厚:16mm
スカラップあり
8.0
AO
AI
BI
BO
4.0
0.0
500
0
250
4
荷重繰返し数(×10 )
500 1900 2000
図−16 き裂進展曲線 (板厚方向)
2章で述べたように,鋼床版の縦リブにはトラフリブを
短いという特長が多少失われるかもしれない.また,経済
用いるのが一般的である.これは,溶接線を少なくできる
的にも難しくなるかも知れない.グースアスファルトの問
こと,また曲げ剛性が高いために横リブ間隔を長くでき
題は夏場のヤング率にある.冬場であれば,デッキプレー
ること,ねじり剛性が高いことが,その理由とされてい
トの局部曲げを緩和できるだけのヤング率を有するもの
る.しかし,現在では多電極型の自動溶接機が一般的と
の,温度依存性が高く夏場では大きな局部曲げの緩和は期
なっており,溶接線を少なくできることのメリットは小さ
待できない.グースアスファルトに代わる温度依存性の小
くなっているものとも考えられる.また,横リブ間隔やね
さい,そしてヤング率の高い,安価な舗装基層材料の開発
じり剛性についても,閉断面にこだわらずリブの形状を工
が期待される.
夫する,横リブとの取り合いを工夫するなどにより,疲労
トラフリブタイプの鋼床版が本格的に使用されて30年
耐久性の高い合理的な構造を作り上げることができるので
程度で今回のような深刻な問題が生じた.コンクリート床
はないかと思われる.例えば,アングル材を縦リブとして
版についても,これまでいろいろな問題を起こしてきたこ
用い,アングル材の下フランジを平鋼板で適当な間隔でボ
とは周知のとおりである.そのたびにコンクリート床版は
ルト接合するなど.工夫の余地はまだまだあるのでは,と
改善されてきている.荷重を最初に支える,そしてこれ
考えている.鋼床版のメリットは,コンクリート系床版に
まで多くの問題を抱えてきた床版に本体構造と同じ期間の
比べて軽いこと,工期が短いことである.経済性も加味し
耐久性を期待するのは難しいとも考えられる.その解決策
て,鋼床版の特長を活かした鋼床版構造を考える必要があ
の一つとして,取り換えやすい床版とすることが考えられ
ろう.
る.床版の長寿命化を目指すことは当然のこととして,そ
れと併せて取り換えやすい床版を目指すことも床板の安全
鋼床版の舗装は基層にグースアスファルトを用いるのが
性・経済性を確保する上で有効な手段と考える.
一般的である.SFRCはこれに代わるものとして,新設の
鋼床版に採用された例もある.しかし,このために工期が
9
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4) AISC:Design Manual for Orthotropic Steel Deck
5.あとがき
Bridge,1963.
事故が引き金となって技術が進歩することは,これまで
5) 森 猛, 原田 英明:鋼床版デッキプレート・横リブ・トラフリ
の経験から明らかであろう.鋼床版についても再度その構
ブ交差部の疲労試験と応力解析,土木学会論文集A1(構造・
造から考え直す時期に来ているのかもしれない.そのチャ
地震工学),Vol. 67, No.1,pp.95-107,2011.
ンスがまさに今である.
6) 森 猛, 原田 英明, 大住 圭太. 平山 繁幸:鋼床版垂直スティフ
ナ溶接部に生じる疲労き裂の補修・補強方法,鋼構造論文集,
謝辞:「鋼床版の疲労(2010年度版)
」の執筆に尽力いた
V0l.18,No.69,pp.51-59,2011.
だいき,また様々な有益な情報をいただいた土木学会・鋼
7) 石川 敏之, 山田 健太郎, 柿市 拓巳, 李 薈:ICR処理による面
構造委員会・
「鋼床版の疲労」改訂小委員会のメンバの方々
外ガセット溶接継手に発生した疲労き裂の寿命向上効果,土
木学会論文集A,Vol. 66, No. 2, pp.264-272, 2010.
に深く感謝いたします.
8) 小野 秀一, 平林 泰明, 下里 哲弘, 稲葉 尚文, 村野 益巳, 三木
千壽:既設鋼床版の疲労性状と鋼繊維補強コンクリート敷設
参考文献
工法による疲労強度改善効果に関する研究, 土木学会論文集
1) 土木学会鋼構造委員会:鋼床版の疲労,丸善,1990.
A, Vol. 65, No. 2, pp.335-347, 2009.
2) 菊池 孝雄,児玉 孝喜,後藤 和満:湘南大橋における鋼床版
9) 日本道路協会:鋼道路橋の疲労設計指針, 丸善,2002.
の疲労対策,鋼構造と橋に関するシンポジウム論文報告集,
10)日本鋼構造協会:鋼構造物の疲労設計指針・同解説,日本鋼
Vol. 10,pp.1-10,2007.
3) 土木学会鋼構造委員会:鋼床版の疲労(2010年度版),丸善,
構造協会標準,JSS IV 09-10,2010.
2010.
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