「学部卒業研究」 演示実験用のミューオン寿命測定 東京工業大学 理学部 物理学科 柴田研究室 岩井 將親 平成 23 年 2 月 24 日 要旨 本実験では、科学実験教室や大学の授業での演示実験のために、短時間 (1 時間程 度) でミューオンの寿命を測定する方法を確立することを目指し、ミューオンの寿命 測定実験を行った。ミューオンの寿命測定を通して、基本的な素粒子測定技術の習 得と弱い相互作用についても学んだ。 ミューオンの崩壊は、弱い相互作用の荷電流による相互作用であり、W ± 粒子が 媒介している。ミューオンの崩壊のようなレプトン過程から得られたフェルミ定数 とクォークが関与するセミレプトン過程・非レプトン過程から得られたフェルミ定 数は等しく、弱い相互作用の荷電流の普遍性として知られている。弱い相互作用は、 文字通り相互作用が弱いため理論が確立するのに時間がかかったが、1983 年に W ± と Z 0 ボソンが実験で確認されたことで標準理論として確立した。現在では、弱い相 互作用は電磁相互作用とともに電弱統一理論の枠組みの中で理解されている。 プラスチックシンチレータを 3 枚重ね合わせ、真ん中の厚さ 10 cm のプラスチック シンチレータに宇宙線ミューオンを静止させ、ミューオンが崩壊する際に放出され る電子あるいは陽電子を検出した。その際 TAC(時間差-波高変換器) を使い、ミュー オンが静止してから崩壊するまでの時間差を波高に変換し寿命測定を行った。そし て、得られた測定結果を素粒子実験のデータ解析用ソフトウェア root を用いて解析 を行い、ミューオンの寿命を求めた。 昨年度の卒業研究で用いられた測定装置 (A セット) と今年度前期に導入した測定 装置 (B セット) を用いて測定を行った。Aセットでは 4 マイクロ秒以前で指数関数 でフィットできないという問題点が、B セットでは 2 マイクロ秒付近に大きなこぶが あり全般に指数関数になっていないという問題点があった。この問題の原因を特定 し、解決することが私の卒業研究の課題である。 今実験では、シンチレーションカウンターの光電子増倍管 (PMT) にかける印加電 圧と Discriminator threshold について検討した。パルスが大変大きい場合には、本 来のパルスから約 0.5 マイクロ秒遅れて 2 つ目のパルス (アフターパルス) がでるこ とを見つけた。PMT 内の正イオンに起因するパルスと考えられる。アフターパルス がでないように PMT にかける高電圧を調整して下げて解決した。 その結果、A セット、B セットの測定装置共に、ほぼ全範囲を用いて指数関数で フィットできるようになった。 本実験では、A セット、B セットの 6 時間測定・12 時間測定において約 2 マイクロ 秒のミューオンの寿命を得ることができた。 6 台の測定装置を並べて 1 時間で測定することを計画している。 目次 第 1 章 はじめに 3 1.1 目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 1.2 私の卒業研究の課題 6 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 第 2 章 弱い相互作用とミューオンの寿命 7 2.1 弱い相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 2.2 ミューオンの寿命 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10 2.2.1 真空中でのミューオンの寿命 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10 2.2.2 物質中でのミューオンの寿命 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12 第 3 章 測定の方法 13 3.1 宇宙線ミューオン . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13 3.2 ミューオンと物質の相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15 3.2.1 ミューオンの飛程 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15 3.2.2 ミューオンのエネルギー損失 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16 ミューオン崩壊から放出された電子・陽電子のエネルギー分布 . . . . 17 ミューオン崩壊から放出された電子・陽電子のエネルギー損失 18 3.4 プラスチックシンチレータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19 3.5 光電子増倍管 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20 3.6 昨年度及び今年度前期の結果の検討 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21 3.3 3.3.1 第 4 章 実験装置 4.1 4.2 4.3 23 セッティング . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23 4.1.1 A セット . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23 4.1.2 B セット . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23 シンチレーションカウンター . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25 4.2.1 プラスチックシンチレータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25 4.2.2 光電子増倍管 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25 データ収集系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26 4.3.1 Discriminator (テクノランドコーポレーション N-TM405) . . 26 4.3.2 Coincidence Module (テクノランドコーポレーション N-TM103) 26 4.3.3 Delay Module (テクノランドコーポレーション N-TM307) . . 1 27 4.3.4 TAC (ORTEC 467 、ORTEC 566) . . . . . . . . . . . . . . . 27 4.3.5 ADC (Laboratory Equipment Co. 500) . . . . . . . . . . . . . 28 4.3.6 MCA (Laboratory Equipment Co. 510) . . . . . . . . . . . . . 28 4.3.7 パルサー (Phillips Scientific Model 417) 28 4.3.8 デジタル・フォスファ・オシロスコープ (Tektronix DPO 3034) 28 第 5 章 測定 29 5.1 5.2 原因の特定の作業 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29 5.1.1 エレクトロニクスモジュールの交換 . . . . . . . . . . . . . . . 29 5.1.2 #2のシンチレーションカウンターを交換 . . . . . . . . . . . 29 #2のシンチレーションカウンターの検討 . . . . . . . . . . . . . . . 30 アフターパルスの測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 30 プラスチックシンチレータの放射線入射位置依存性 . . . . . . . . . . 35 5.3.1 測定方法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35 5.3.2 測定結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35 PMT への印加電圧と Discriminator threshold の決定 . . . . . . . . . 39 5.2.1 5.3 5.4 5.4.1 5.5 . . . . . . . . . . . . #1、#3の PMT への印加電圧と Discriminator threshold の 決定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 39 5.4.2 #2の PMT への印加電圧と Discriminator threshold の決定 . 39 5.4.3 #2の Discriminator threshold の評価 . . . . . . . . . . . . . 40 ミューオンの寿命測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41 5.5.1 予備実験 (TAC を用いた ADC の時間校正) . . . . . . . . . . . 41 5.5.2 本実験 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43 第 6 章 測定結果と考察 6.1 6.2 47 測定結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 47 6.1.1 ・B セットの測定装置を用いた 12 時間測定の結果 . . . . . . . 47 6.1.2 ・B セットの測定装置を用いた 6 時間測定の結果 . . . . . . . 51 6.1.3 A セットを用いた 12 時間測定の結果 . . . . . . . . . . . . . . 54 考察 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 57 6.2.1 検出効率 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 57 6.2.2 ミューオン寿命測定の時間スペクトルについて . . . . . . . . 57 6.2.3 ミューオンの寿命 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 58 第 7 章 まとめと今後の課題 59 7.1 まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 59 7.2 今後の課題 59 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 付 録 A ソフトウェア ROOT を使用した関数の fitting 2 63 第 1 章 はじめに 1.1 目的 本実験の目的は、科学実験教室や大学の授業での演示実験のために、短時間でミュー オンの寿命を測定する方法を確立することである。我々が行っている科学実験教室 は 2 時間であり、大学の授業も 1 時間半なので、1 時間程度の測定を目指している。 宇宙線ミューオンの寿命測定を通して基本的な素粒子測定技術を習得し、同時に弱 い相互作用について学ぶことも目的である。 詳しくは後の章で述べるが、A セット、B セットと呼ぶ二つの測定装置を用いて、 ミューオンの寿命測定をそれぞれ行っている。 3 A セット A セットは昨年度の卒業研究で用いられた測定装置である。昨年度測定された時 間スペクトルは次の図のようである。横軸の 4000 チャンネルは時間に換算すると 10 マイクロ秒に対応する。 counts per channel ・測定結果 200 180 160 140 120 100 80 60 40 20 0 0 2 4 6 8 10 time (sec) ×10-6 図 1.1: A セットの測定結果 ・A セットの問題点 • 4 マイクロ秒以降のデータでフィットするとほぼ正しいミューオンの寿命が得 られたが、4 マイクロ秒以前は単純な指数関数になっていない。 4 B セット 今年度から新しく B セットを導入した。B セットで測定した時間スペクトルは次 に示すようである。A セットと同様に、横軸の 4000 チャンネルは時間に換算すると 10 マイクロ秒に対応する。 counts per channel ・測定結果 6000 5000 4000 3000 2000 1000 0 0 1 2 3 500 1000 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel 図 1.2: B セットの測定結果 ・B セットの問題点 • 2 マイクロ秒付近に大きなこぶがある。 • 全般に指数関数になっていない。 • 平成 22 年度前期大学院 (物理基本実験) でも A セットと B セットで測定が行わ れた。 5 1.2 私の卒業研究の課題 問題の原因として次のような可能性がある。 1. プラスチックシンチレータ 2. 光電子増倍管 3. エレクトロニクス (Discriminator、cincidence module、TAC、ADC、MCA) 私の卒業研究の課題は上記の問題の原因を特定し、解決することである。 上記の問題を解決することにより、正しいミューオン崩壊の時間スペクトルを得 ることができれば、フィットする範囲を広げることができ統計量をが増える。統計量 が増えることにより、測定時間の短縮につなげられると考えられる。 6 第 2 章 弱い相互作用とミューオンの 寿命 2.1 弱い相互作用 弱い相互作用は、原子核の β 崩壊で発見された。β 崩壊では、β 線つまり電子の持 つエネルギーが連続分布するのみならず、他に余分な粒子が放出される兆候が見ら れなかった。すなわち、エネルギー保存が破れているように見えた。W.A.Pauli は、 1931 年にこのエネルギーを持ち去る粒子としてニュートリノ仮説を唱えた。1935 年 に E.Fermi がこれを取り入れて最初の弱い相互作用の理論を提唱した。この理論は 当時よく知られていた電磁相互作用の類推で作られたものであり、時空四次元空間 の一点において、4 個のフェルミ粒子が直接に相互作用するとしたものである。これ を 4-フェルミ相互作用と言う。 弱い相互作用の型は β 崩壊のときに放出される電子とニュートリノの角度相関実 験によって、ベクトル型と軸性ベクトル型が必要であることが分かった。各種の角 度分布を測定することにより、軸性ベクトル型の結合定数はベクトル型の結合定数 の 1.25 倍であり、相対的に異符号であることが分かった。これを V-A 相互作用と言 う。フェルミ相互作用は、β 崩壊のみならず原子核による µ− の捕獲や µ 粒子の自然 崩壊にも適用できる。これら 3 つの現象において、それぞれの結合定数がほぼ同じ であることが 1948 年以降 G.Puppi などによって指摘されており、相互作用の型はい ずれも V-A であることが確かめられている。これを弱い相互作用の普遍性と言う。 1935 年湯川秀樹は、核力が π 中間子によって媒介されるという中間子論を提唱し た。この論文において、核子とレプトンの間で中間子が交換されることによって、β 崩壊が起こるという提案をした。これを湯川型の β 崩壊と言う。 湯川秀樹の考えは拡張され、現在では、質量が極めて大きい W ボソンが交換され ることによって β 崩壊が起こると理解されている。1983 年の、W ボソンと Z 0 ボソ ンの発見によって弱い相互作用の標準理論は確立した。 7 図 2.1: フェルミ理論による β 崩壊 図 2.2: 湯川型の β 崩壊 8 図 2.3: 標準理論による β 崩壊 9 2.2 2.2.1 ミューオンの寿命 真空中でのミューオンの寿命 ミューオンは電子、ニュートリノとともにレプトンの一種である。1937 年に C. D. Anderson により宇宙線の中で発見された。発見当初は、ミューオンは湯川理論の中 間子であると考えられたが、1947 年の π 中間子の発見によってそうではないことが 確定した。質量は mµ = 105.658369 ± 0.000009 MeV/c2 [2]、スピンは 1/2 である。 電荷の正負に応じて µ+ 、µ− と書く。弱い相互作用により次のように崩壊する: µ− → e− + ν̄e + νµ (2.1) µ+ → e+ + νe + ν̄µ 図 2.4 にミューオンの崩壊図を示す。 図 2.4: ミューオンの崩壊過程 弱い相互作用は現在では電磁相互作用とともに電弱統一理論の枠組みの中で理解 されている。電弱統一理論と強い相互作用の量子色力学 (QCD) とが素粒子原子核物 理の標準模型を形成している。β 崩壊は、弱い相互作用の荷電流による相互作用であ り、W ± 粒子が媒介する。ここでは仮想粒子として生成されるが、その到達距離は大 変短い。実粒子の W ± の質量は 80 GeV/c2 である。 時刻 t までに崩壊したミューオンの数 Ndecay (t) は、元のミューオンの数を N0 と すると Ndecay (t) = N0 (1 − e−t/τ ) (2.2) という式で表される。N0 e−t/τ は崩壊せずに残っているミューオンの数である。 今回、測定するのはこの時間変化なので、得られる結果は式 N0 −t/τ dNdecay = e dt τ 10 (2.3) に従う。 ミューオンの崩壊幅 Γ は V-A 理論により [1] Γ= ~ G2F = ・(mµ c2 )5・(1 + ) τ 192π 3 (~c)6 (2.4) で与えられる。ここで は高次の過程 (輻射補正) や位相空間の影響を考慮するため の補正項である。GF はフェルミ定数である。(2.4) 式に Particle Data Group[2] によ るミューオンの寿命 τ = 2.19703 ± 0.00004 (µs) (2.5) を代入すると、フェルミ定数 GF は、 GF = 1.16637 × 10−5 (GeV−2 ) (~c)3 (2.6) となる。 ミューオンの崩壊のようなレプトン過程から得られたフェルミ定数とクォークが 関与するセミレプトン過程・非レプトン過程から得られたフェルミ定数は等しく、弱 い相互作用の荷電流の普遍性として知られている。 弱い相互作用の荷電流によるミューオン崩壊反応の遷移行列 Mfi は、 Mfi ∝ g · 1 g2 Q2 →0 · g −→ Q2 c2 + MW 2 c4 MW 2 c4 (2.7) のように表される。 低エネルギーでは、Q2 → 0 となり、フェルミ定数 GF は、次のように表すことが できる。 πa g 2 (~c)5 GF = √ · 2 · 2 e MW 2 c4 (2.8) MW の既知の値を用いれば、g を決定することができる。 素電荷 e と弱荷 g の関係は、 e = g · sin θW である。θW は電弱統一理論における電弱混合角 (Weinberg 角) である。 11 (2.9) 2.2.2 物質中でのミューオンの寿命 正ミューオン、負ミューオンがそれぞれが物質中で起こす相互作用について述べる。 正ミューオン 正ミューオンは、物質中で単独で存在するものとミューオニウムを形成するもの の二種類がある。ミューオニウムとは、正ミューオンが物質中の電子を捕獲しあた かも原子核のように振る舞うものである。しかし、どちらの場合でも正ミューオン は、その後陽電子へと 100%崩壊する。そのため、寿命には影響は与えない。 負ミューオン 負ミューオンは物質中の原子核に捕獲され、K 殻の電子と置き換わりミューオン 原子を形成する。この場合、原子核との間の弱い相互作用により、 µ− + p → νµ + n (2.10) のように、核内の陽子が µ− を吸収して中性子に変わり、ニュートリノを放出する。 この結果、負ミューオンの寿命が見かけ上縮まったことになる。 ターゲット原子核が C の場合、 τµ− = 2.020 ± 0.020 (µs) (2.11) となり、真空中のミューオンの寿命 ((2.5) 式) と比べて 8.05 %減少している。 H の場合、 τµ− = 2.194903 ± 0.000066 (µs) (2.12) となり、真空中でのミューオンの寿命 ((2.5) 式) と比べて 0.097 %減少している。 プラスチックシンチレータは C、H から構成されており、ミューオンの寿命の短縮 が考えられるが、今測定の有効数字 1 桁の測定では、この物質による寿命の短縮は 重要な影響を与えない。 12 第 3 章 測定の方法 3.1 宇宙線ミューオン 宇宙線とは宇宙から飛来する粒子で、1911 年に Hess によって発見された。地球大 気に入射する宇宙線を一次宇宙線と呼ぶ。一次宇宙線は陽子を主成分とする原子核 でエネルギーが高い。これが地球大気中で、高度数十 Km で窒素や酸素などの原子 核と衝突して原子核を破壊したり、中間子を生成したりする。中間子は飛行中に崩 壊してミューオンやニュートリノになり、ミューオンの一部はさらに電子とニュート リノに崩壊する (図 3.1)。 図 3.1: 宇宙線の生成機構 13 崩壊モード π+ → 崩壊分岐比 µ+ + νµ (99.98%) π− → K+ → µ− + ν̄µ ” µ+ + νµ (63.44%) K− → µ− + ν̄µ (3.1) ” µ+ → e+ + νe + ν̄µ (' 100%) µ− → e− + ν̄e + νµ ” 上の例は π 中間子、K 中間子の崩壊、及びその後のミューオンの崩壊を示す。荷電 π 中間子は宇宙線の中で 1947 年 Powell によって発見された。核力の起源として湯川 秀樹が予言した粒子である。一次宇宙線と地球大気中の原子核の衝突によって発生 した粒子、およびそれの崩壊によって生じた粒子を総称して二次宇宙線と呼ぶ。荷 電 π 中間子はほぼ 100%ミューオンに崩壊する。荷電 K 中間子のミューオンへの崩壊 分岐比は 6 割程度であるが、残りもほとんどは荷電 π 中間子に崩壊し、結局ミュー オンに行き着く。したがって地表に降り注ぐ二次宇宙線はミューオンが大多数を占 める。そのフラックスは 1 cm2 あたり毎分 1 個程度である。 14 3.2 ミューオンと物質の相互作用 ミューオンや陽子など、電子に比べて質量が大きい荷電粒子が物質中に入射する と、物質中の原子と電磁相互作用を行い、電子を励起、電離し、自らは運動エネル ギーを失って減速する。荷電粒子が原子を電離することによって、密度あたりの厚 さ dx の物質中で失うエネルギー(エネルギー損失)は Bethe-Bloch の式で表される: dE Z 21 δ 2mc2 β 2 γ 2 2 − = D z 2 ln −β − (3.2) dx A β I 2 p A は物質の質量数である。 ここで β = v/c、γ = 1/ 1 − β 2 、Z は物質の原子番号、 e4 n A Z D= NA は電子密度、ρ は物質の密 ' 0.3071 (MeVcm2 /g)、n = ρ 4π20 mc2 ρ Z A 度、NA はアボガドロ数、I は物質の原子の平均励起エネルギーである。δ は密度効 果と呼ばれ、高々数パーセントの補正項である。 3.2.1 ミューオンの飛程 荷電粒子が物質中に侵入してから停止するまでに進む距離を飛程とよぶ。飛程は Bethe-Bloch の式により計算できる。 −1 Z T0 dE R(T0 ) = dT − (T ) dx 0 (3.3) ただし、T0 は物質に侵入時の荷電粒子の運動エネルギーである。荷電粒子の運動エ ネルギー T は全エネルギー E 、静止質量のエネルギー M c2 と次のような関係がある。 T = E − M c2 (3.4) プラスチックシンチレータ中でのミューオンの飛程 [3] を図 3.2 に示す。プラスチッ クシンチレータの比重は 1.032(g/cm3 ) とした。 ミューオンがシンチレータに鉛直下向きに入射する場合、実験に使用するシンチ レータの厚さは 10 cm なので、50 MeV 付近までの運動エネルギーをもつ粒子を静止 させることができる。 15 R [cm] 24 22 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 0 10 20 30 40 50 60 70 80 Kinetic energy [MeV] 図 3.2: ミューオンのプラスチックシンチレータ中での飛程 3.2.2 ミューオンのエネルギー損失 #2のプラスチックシンチレータに鉛直方向からミューオン粒子が入射したとき のエネルギー損失は次のようである。 左図は、minimum ionizing particle のミューオン粒子が厚さ 10 cm の#2のプラ スチックシンチレータを貫通したときである。このときのエネルギー損失は 20 MeV である。 右図は、50 MeV の運動エネルギーを持った粒子がプラスチックシンチレータ内で 静止するときである。このときのエネルギー損失は、50 MeV である。 16 図 3.3: ミューオンのプラスチックシンチレータでのエネルギー損失 3.3 ミューオン崩壊から放出された電子・陽電子のエネ ルギー分布 エネルギーと運動量の保存則から、 mµ c2 = Ee + Eν + Eν̄ (3.5) 0 = Pµ = Pe + Pν + Pν̄ p Ee = me 2 c4 + |Pe |2 c2 p Eν = mν 2 c4 + |Pν |2 c2 p Eν̄ = mν̄ 2 c4 + |Pν̄ |2 c2 (3.6) (3.7) (3.8) (3.9) (3.10) (3.6) 式は、ベクトルの各成分についての挙式であるから実際は 3 つの式である。式 7 つに対して、未知数は、Ee 、Eν 、Eν̄ 、Pe 、Pν 、Pν̄ の 12 個あり、電子・陽電子の エネルギーは一意には決まらない。 参考文献 [4] より、ミューオン崩壊から放出された電子・陽電子のエネルギースペ クトルは、 4Ee dN G2 2 2 E (3 − = m ) e µ dEe 12π 3 mµ と表される。G はフェルミ結合定数である。 17 (3.11) (3.11) 式をグラフ化したものを下図に載せる。これより、ミューオン崩壊から放出 される電子・陽電子の最大エネルギーは 53MeV、平均エネルギーは 37MeV である decay rate * 10E-19 ことがわかる 100 80 60 40 20 0 0 10 20 30 40 50 energy(MeV) 図 3.4: ミューオンの崩壊によって生じる電子・陽電子のエネルギー分布 3.3.1 ミューオン崩壊から放出された電子・陽電子のエネルギー損失 ミューオン崩壊から放出された電子・陽電子のプラスチックシンチレータ内での エネルギー損失を示す。図 3.4より、低エネルギー領域 (数 MeV) のミューオン崩 壊から放出された電子・陽電子のイベント数は全体のイベント数に対してほとんど ないので、数 MeV のエネルギー損失のイベントはほとんどないように思われる。 しかし、下図のように、高いエネルギー領域の粒子が、プラスチックシンチレータ の表層 (1 cm) 程度で止まり、最短距離でプラスチックシンチレータ外に出て行くとき 数 MeV というエネルギー損失のイベントが起きる。このことは、#2のプラスチッ クシンチレータの Discriminator threshold を決定する際に考えなければならない。 18 図 3.5: ミューオン崩壊により放出された電子・陽電子のエネルギー損失 3.4 プラスチックシンチレータ プラスチック・シンチレータは、ポリビニルトルエン [CH3 C6 H4 CHCH2 ]n (図 3.6) 等の有機物質に 2∼3%の蛍光物質を加えたものである。 プラスチックシンチレータ内を荷電粒子が通過すると、その経路に沿って荷電粒 子が運動エネルギーの一部を落とし、そのエネルギーにより分子がイオン化または 励起される。励起された分子は、すぐに元の状態に遷移し、励起状態のもつエネル ギーの一部を可視光-紫外光として放出する。発生したシンチレーション光は、光電 子増倍管で電流パルスに変えてから出力される。 プラスチックシンチレータは、荷電粒子の通過後数ナノ秒で光を放出し、無機シ ンチレータ (応答速度:数マイクロ秒) 等に比べ応答速度が速いという特徴がある。 プラスチックシンチレータは硬度的にもアクリルと変わらず、機械加工が容易で あり、様々な形状に加工することができる。また、比較的安価で手に入るため、加速 器実験や宇宙線実験では必ず必要とされる検出器の一つである。 19 図 3.6: ポリビニルトルエンの化学式 3.5 光電子増倍管 光電子増倍管 (Photo Multiplier Tube:通称 PMT) は、ランダムな雑音をあまり加 えることなく、微弱な光信号を増幅した電気信号の変える装置である。 光電子増倍管は、大きく分けて光電面と呼ばれる感光層と、これが結合する電子 増倍器から構成される。シンチレータ内部で放出された光子は、光電子増倍管の光 電面に集められる。シンチレータをそのまま光電子増倍管に接着する場合もあるが、 本測定では、プラスチックシンチレータと光電子増倍管の間にライトガイドを挿入 し、ライトガイドを通してプラスチックシンチレータで生じた光子を光電子増倍管 の光電面に集めている。 ライトガイドで導かれた光子のうち、ある比率のものだけが光電面で電子に変換 される。光電面に使われる材料としては N a2 KSb を基にした多アルカリ金属物質が ある。酸素やセシウムで活性化した N a2 KSb 物質は特にバイアルカリと呼ばれ、多 くの光電子増倍管で用いられている。光電面の感度は物質によって微妙に異なるが、 300-500 nm 程度にピークを持つものが多い。 作り出された光電子の数を、入射した光子の数で割った値を量子効率と呼び、光電 子増倍管の性能を示す指標となる。通常は、10-20 %の値をとる。電子増倍器は、十 数段のダイノード、そして増倍された電子を集めるアノード (陽極) から構成される。 一般には、光電面とアノードの間に 1000-2000 V 程度の電位差が生ずるように高 電圧をかける。光電面で生じた光電子は、電位差により一段目のダイノードに引き 寄せられ、電位差にほぼ比例した倍率で多くの2次電子を生み出す。増幅された電子 は次の段でさらに加速され、ねずみ算的に増幅された電気信号アノードから生ずる。 一般に、光電子増倍管は電荷増幅が非常に比例性良くおこなわれ、最初の光電子 数に比例した電気信号を出す。継続時間が短い光パルスに曝されたあと 20-50 ナノ秒 遅れて、もとの光パルスと同じ時間特性をもつ出力が得られる。 20 3.6 昨年度及び今年度前期の結果の検討 ・昨年度の実験結果 (A セット) シンチレーションカウンターの番号 Discriminator threshold (mV) 印加電圧 (V) #1 15 -2000 #2 15 -2000 #3 15 -2000 表 3.1: A セットの各種設定 項目 数値 測定時間 (s) 21600 (6h) カウント数 (counts) 5618 レート (/s) 0.26 2 χ /ndf 21.63/22 ミューオンの寿命 (s) 2.18 寿命の誤差 (%) 21 表 3.2: A セットの測定結果のデータ ・今年度前期の実験結果 (B セット) シンチレーションカウンターの番号 Discriminator threshold (mV) 印加電圧 (V) #1 15 -1750 #2 15 -1750 #3 15 -1750 表 3.3: B セットの各種設定 21 項目 数値 測定時間 (s) 65000 (18h) カウント数 (counts) 1516 レート (/s) 0.023 2 χ /ndf 22.35/22 ミューオンの寿命 (s) 0.71 寿命の誤差 (%) 10 表 3.4: B セットの測定結果のデータ A セット、B セット共に印加電圧はそれぞれの型番の推奨電圧をかけているが、そ の印加電圧に対して Discriminator threshold の値が小さいことが気になる。Discrim- inator threshold の値が小さいことにより、宇宙線によるシグナルだけでなくノイズ もひろってしまい、ミューオン崩壊の時間スペクトルが乱されている可能性がある。 昨年の卒業論文からは、シンチレーションカウンターにかける印加電圧と Discrim- inator threshold の設定の理由を得ることができなかった。 今後の測定においては、シンチレーションカウンターの印加電圧、Discriminator threshold の設定に対して明確な理由付けをする必要があると考えられる。 22 第 4 章 実験装置 4.1 セッティング 今実験では、A セット、B セットの二つの測定装置を用いて測定を行った。以下に、 A セット、B セットの概要を載せる。 4.1.1 A セット • プラスチックシンチレータ: バイクロン社製 • 光電子増倍管: 浜松フォトニクス社製 H7195 • Discriminator: テクノランド・コーポレーション N-TM405 • coincidence unit: テクノランド・コーポレーション N-TM103 • TAC(time-to-amplitude converter):ORTEC 566 • ADC:エレクトリック・ラボラトリー・コーポレーション 500 4.1.2 B セット • プラスチックシンチレータ: シーアイ工業社製 国産 • 光電子増倍管: 浜松フォトニクス社製 R7724 23 • Discriminator: テクノランド・コーポレーション N-TM405 • coincidence unit: テクノランド・コーポレーション N-TM103 • TAC(time-to-amplitude converter):ORTEC 566 • ADC:エレクトリック・ラボラトリー・コーポレーション 500 24 4.2 4.2.1 シンチレーションカウンター プラスチックシンチレータ 今回の測定では、表 4.1 のようなプラスチックシンチレータ#1、#2、#3を用 いた。#1と#3は面積 18 × 8 cm2 、厚さ 1 cm の板状のプラスチックシンチレータ である。#2は面積 16 × 8 cm2 、厚さ 10 cm のブロック状のプラスチックシンチレー タである。 プラスチックシンチレータ 面積 厚さ #1 18 × 8 cm2 1 cm #2 16 × 8 cm 10 cm #3 18 × 8 cm2 2 1 cm 表 4.1: プラスチックシンチレータの形状 4.2.2 光電子増倍管 光電子増倍管は浜松ホトニクス社製 R7724、H7195 を用いた。光電子増倍管はシ ンチレータからの光を光電面にあてて光電子を放出させる部分(光電面)と、その 電子をダイノードにあてて二次電子を増殖させて大きな電流として取り出す部分か ら構成されている。 H7195 • 印加電圧 : –2000 V 推奨、–2700 V 最大 • パルスの上昇時間 : 2.7 ns (typical) • 光電子増倍管の電子走行時間 : 40 ns (typical) • 光電子増倍管の電子走行時間拡がり : 1.1 ns (typical) 25 R7724 • 陰極陽極印加電圧 : –1750 V 推奨、–2000 V 最大 • 光電子増倍管の上昇時間 : 2.1 ns (typical) • 光電子増倍管の電子走行時間 : 29 ns (typical) • 光電子増倍管の電子走行時間の広がり : 1.2 ns (typical) 4.3 4.3.1 データ収集系 Discriminator (テクノランドコーポレーション N-TM405) 入力した信号があらかじめ設定したしきい値を超えたときのみデジタルパルスを 出力する装置。 • 入力 – 入力インピーダンス :50 Ω – スレッショルド : –10 mV ∼ –1 V – 最大繰り返し周波数 :80 MHz – 最小入力パルス幅 :約 3 ns • 出力 – 出力信号 :NIM 信号 – 出力パルス幅 :約 3 ∼ 70 ns 4.3.2 Coincidence Module (テクノランドコーポレーション NTM103) 2 個以上のデジタルパルスが時間的に重なって入力された場合のみデジタルパル スを出力する装置。Veto (Anti-coincidence) をかけることができる。 • ロジック入力 – 入力信号 :NIM 信号 – 最大繰り返し周波数 :90 MHz (ノーマル出力 5 ns の時) • VETO 入力 26 – 信号 :NIM 信号 • ノーマル出力 – 出力信号 :NIM 信号 – 出力パルス幅 :5 ∼ 80 ns – Coincidence 幅 :最小 3 ns 4.3.3 Delay Module (テクノランドコーポレーション N-TM307) 入力信号を時間的に遅らせて出力する装置。本実験では TAC-ADC-MCA の時間 較正に用いる。 • 入力 – START 入力 :1 (NIM 信号) – STOP 入力 :1 (NIM 信号) – VETO 入力 :1 (NIM 信号) • 出力 – 出力信号 :NIM 信号又は TTL 信号 (内部ジャンパーにて切換) – 遅延時間 :THROU, 100 ns, 1 µs, 10 µs, 100 µs,1 ms, 10 ms, 100 ms, 1 s – 出力信号のパルス幅 :100 ns, 1 µs, 10 µs, 100 µs, 1 ms, 10 ms, 100 ms, 1 s, LATCH 4.3.4 TAC (ORTEC 467 、ORTEC 566) Time to Amplitude Converter の略。Time to Pulse Height Converter(時間差–波高 変換器) と呼ばれることもある。時間間隔をパルスの高さに変換して出力する装置。 ORTEC 566 • 時間のレンジ : 50 ns ∼ 1 ms (Range および Multiplier つまみにより調整) • 時間分解能 : FWHM ≤ 0.01% of full scale plus 5 ps for all range • スタートからストップに切り替わる時間 : Minimum ≤ 5 ns • 出力 27 – 入力信号 : 0 V ∼ +10 V (Range : ) – 立ち上がり時間 : –250 ns – 立ち下がり時間 : –250 ns 4.3.5 ADC (Laboratory Equipment Co. 500) Analog to Digital Converter の略。入力されたアナログ信号を電荷に比例するデ ジタル値に変換する。デジタル値は 10 ビットで 0 から 1023 までのデジタル値を表す ことができる。 4.3.6 MCA (Laboratory Equipment Co. 510) Multi-Channel Analyzer の略。入力デジタル信号をチャンネル毎に積算する。 4.3.7 パルサー (Phillips Scientific Model 417) 矩形波を出力する。Rate は 10 kHz で 6 ns 幅の Pulse を出力する。 • 出力信号の立ち上がり時間: Typically 1.5 ns • 出力信号の立ち下がり時間: Typically 5 ns • Repetition Rate : Typically 10 kHz • 出力パルス高 : Typically -800 mV for resistive loads of 50 Ω to 10 kΩ 4.3.8 デジタル・フォスファ・オシロスコープ (Tektronix DPO 3034) 電気信号の波形を表示するための計測器である。縦軸が電圧で、横軸が時間で、高 速な電気信号の時間変化をグラフとして表示する。 28 第 5 章 測定 5.1 5.1.1 原因の特定の作業 エレクトロニクスモジュールの交換 エレクトロニクスの影響をみるために、シンチレーションカウンターはそのまま で A セットで用いていたエレクトロニクスモジュール (Discriminator、Coincidence module、Delay module、TAC、ADC、MCA) と B セットで用いていたエレクトロニ クスモジュールを交換して測定を行った。 A セット、B セット共に時間スペクトルに変化は見られなかった。これより、エレク トロニクスモジュールつまりエレクトロニクスには問題がないことがわかった。 5.1.2 #2のシンチレーションカウンターを交換 TAC のストップ信号である#2のシンチレーションカウンターの影響をみるため に、A セット、B セットの真ん中のシンチレーションカウンターのみを交換して測 定を行った。#2のシンチレーションカウンターが B セットで#1、#3のシンチ レーションカウンターが B セットのセットを A0 セットとする。同様に、#2のシン チレーションカウンターが A セットで#1、#3のシンチレーションカウンターが B セットのセットを B 0 セットとする。 この測定を行った結果、A0 セットの時間スペクトルの特徴は、B セットの時間ス ペクトルの特徴と一致しており、B 0 セットの時間スペクトルの特徴は、A セットの 時間スペクトルの特徴と一致していることがわかった。これより、この測定は#2 のシンチレーションカウンターがミューオン崩壊の寿命の時間スペクトルに大きな 影響を及ぼしていることが分かった。以下、#2のシンチレーションカウンターを 詳しく調べていく。 29 5.2 #2のシンチレーションカウンターの検討 B セットの測定装置を用いて#2のシンチレーションカウンターの検討を行った。 5.2.1 アフターパルスの測定 ・アフターパルス シンチレーション光計数やレーザーパルスの検出など、光電子増倍管でパルス計 測を行う場合、信号に対応する出力パルスの後に擬似パルスが観測されることがあ る。この様な出力パルスをアフターパルスと呼ぶ。これは強いパルス光の後の微弱 な信号を観測する際に邪魔になったり、エネルギー分解能の低下、パルス計数測定 においての誤差となったりする。今実験においても、ミューオンが静止した時の強 いパルス光によりアフターパルスが生じ、ミューオン崩壊による電子・陽電子によ るシグナルの前にアフターパルスにより TAC のストップがかかり、ミューオン崩壊 の時間スペクトルが影響を受けてしまう。 アフターパルスには信号パルス直後 (数ナノ秒-数十、数百ナノ秒) に発生する早い 成分と、さらに遅れて数マイクロ秒までに分布する遅い成分があり、各々原因は異 なる。一般にアフターパルスというと主に後者を表す。 早い成分の多くは第一ダイノードでの弾性散乱電子によって起きるが、時間遅れ が小さいため、後続信号処理回路の時定数に隠れてしまい問題とならない。 一方、遅い成分は PMT の残留ガスが電子との衝突によってイオン化され、この内の 正イオンが光電面などに戻る (イオンフィードバック) ため、多数の光電子を発生さ せるために起きる。この遅い成分のアフターパルスはイオンの種類、発生場所によっ て大きさが異なり、信号パルスからの遅れも通常数百ナノ秒から数マイクロ秒に渡 り、PMT の印加電圧に依存する。 30 ・アフターパルスの測定 #2の PMT に今年度前期の大学院物理基本実験でかけた印加電圧-1750 V をか ける。オシロスコープのストレージ機能を用いて積算する。ミューオン寿命測定と T 同じ回路でオシロスコープで#1 #2 (#3は veto) でトリガーをとり#2の raw signal を見る。測定モードをアクイジション・モードの Envelope にして 3 分間デー タを取り込む。図 5.1 が#2のアフターパルスの測定結果である。左側にある大きな パルス高は、スタート信号による#2の信号であり、中央右側の大きなパルス高は、 ミューオン崩壊により放出された電子・陽電子のイベントである。 #2の PMT への印加電圧が-1750 V の場合、0.4 マイクロ秒にピークを持ち、約 3 マイクロ秒に渡りアフターパルスが出ているのがわかる。 図 5.1: #2のアフターパルス (-1750 V) 縦軸フルスケール:500 mV, 横軸フルスケー ル:4 µs 31 ・アフターパルスの印加電圧依存性 #2の印加電圧を-1750 V からどこまで下げればアフターパルスの影響がなくなる かを調べる。 #2の PMT にかける印加電圧を-1700 V から-1200 V まで 100 V ずつ変えて上の 節と同様の測定を行った。 下図が測定結果であり、青い線がストップ信号 (#2の信号)、緑の線がスタート T 信号 (#1 #2 (#3 veto)) である。 縦軸の目盛りは、アフターパルスの出力パルス高に応じて-1700 V から-1400 V ま では 50 mV、-1300 V では 20 mV、-1200 V では 10 mV と変えてある。 #2にかける印加電圧を下げていくと、頻度は変わらないがアフターパルスのパ ルス高が減少していくことが下図よりみ見てとれる。 図 5.2: #2のアフターパルス (-1700 V) 縦軸フルスケール:500 mV, 横軸フルスケー ル:4 µs 32 図 5.3: #2のアフターパルス (-1600 V) 縦軸フルスケール:500 mV, 横軸フルスケー ル:4 µs 図 5.4: #2のアフターパルス (-1500 V) 縦軸フルスケール:500 mV, 横軸フルスケー ル:4 µs 33 図 5.5: #2のアフターパルス (-1400 V) 縦軸フルスケール:500 mV, 横軸フルスケー ル:4 µs 図 5.6: #2のアフターパルス (-1300V) 縦軸フルスケール:200 mV, 横軸フルスケー ル:4 µs 34 図 5.7: #2のアフターパルス (-1200 V) 縦軸フルスケール:100 mV, 横軸フルスケー ル:4 µs 5.3 プラスチックシンチレータの放射線入射位置依存性 PMT の印加電圧と Discriminator threshold の決める前に予備実験としてプラス チックシンチレータの放射線入射位置依存性を調べた。 5.3.1 測定方法 Cs 線源を用いて、8 cm×18 cm×1 cm の#1のプラスチックシンチレータと 8 cm×16 cm×10 cm の#2のプラスチックシンチレータの放射線入射位置依存性の測 定を行った。厚さ 2 cm の穴を開けた鉛板の穴の上に線源を置き、プラスチックシン チレータに放射線が当たる範囲を制限して測定を行った。下図のように 9 箇所で測 定を行い、それぞれオシロスコープでその出力パルス高を測定した。 5.3.2 測定結果 #1のプラスチックシンチレータは、PMT から見て縦方向は、根元側に比べて先 端側は出力パルス高つまり高尚が約 90 %に落ちていることがわかった。PMT から見 て横方向は有意な差は見られなかった。#2のプラスチックシンチレータは、PMT から見て横方向、縦方向ともに有意な差はみられなかった。プラスチックシンチレー 35 図 5.8: プラスチックシンチレータの測定箇所 番号 出力パルス高 (mV) 1 300 2 300 3 310 4 320 5 320 6 300 7 340 8 340 9 340 表 5.1: #1のプラスチックシンチレータの放射線入射位置依性 36 図 5.9: 実験の様子 番号 出力パルス高 (mV) 1 88 2 90 3 88 4 90 5 90 6 90 7 94 8 92 9 92 表 5.2: #2のプラスチックシンチレータの放射線入射位置依性 37 タは国産のシーアイ工業社製であり、光の減衰長は 90 cm-110 cm である。#1の長 さは 18 cm、#2の長さは 16cm であり、光の減衰長よりも十分短いので光の減衰が 減衰とは考えられない。また、#1で減衰が見られ、#2で減衰がみられなかった 説明にはならない。考えられるのは、#1のプラスチックシンチレータは、#2の プラスチックシンチレータに比べて厚さが 1 cm と薄いために、光がライトガイドに 到達する前に反射して光量が減少したことである。 38 5.4 PMT への印加電圧と Discriminator threshold の 決定 5.4.1 #1、#3の PMT への印加電圧と Discriminator thresh- old の決定 #1と#3はアフターパルスの影響は考えなくてよいので、推奨電圧の-1750 V あ たりの電圧をかけて、ノイズよりも十分高く、宇宙線のシグナルよりも低いところ に Discriminator threshold を決めた。 今測定では、#1、#3共に印加電圧-1700 V、Discriminator threshold を 50 mV と 決めた。 5.4.2 #2の PMT への印加電圧と Discriminator threshold の決 定 #2のシンチレーションカウンターからの信号は、ミューオン寿命測定における TAC のストップとして用いられており、アフターパルスの影響を考えなくてはなら ない。 #2の PMT には厚さ 1 cm のブロック状のプラスチックシンチレーターがついて おり PMT に入ってくる光量が多いので、推奨電圧よりも低い電圧で用いるようにす る。 前節のアフターパルスの印加電圧依存性の実験より、印加電圧を-1400 V のとき、 アフターパルスの大きさは 10 mV 程度であり、Discriminator threshold を 50 mV に 設定すれば、アフターパルスによるパルス高よりも十分高くなりアフターパルスの 影響が無くなると考えられる。 これより、#2の印加電圧は-1400 V、Discriminator threshold は 50 mV に決めた。 PMT の番号 印加電圧 [V] #1 -1300 #2 -1200 #3 -1475 表 5.3: PMT の印加電圧 39 5.4.3 #2の Discriminator threshold の評価 #2のシンチレーションカウンターは、宇宙線のシグナルをとらえると共に、ミュー オン崩壊による電子・陽電子のシグナルをとらえる役目もある。このことについて、 ミューオン崩壊によって生じた電子・陽電子のエネルギー分布より評価する。 #2のプラスチックシンチレータの厚さは 10 cm であるので、minimum ionizing particle が鉛直方向からやってきたとする約 20MeV のエネルギーを#2のプラスチッ クシンチレータ内で落とす。 4.2 節より、minimum ionizing particle の落とすエネルギー 20 MeV は、パルス波 高では約 600 mV であるので、#2の Discriminator threshold を 50 mV とすると約 2 MeV 以下のエネルギーを切っていることになる。2.3 節のミューオン崩壊によって 生じた電子・陽電子のエネルギー分布の図より、0-5 MeV の範囲にある電子・陽電子 のエネルギーの全体に対する割合は 0.16 %であり、#2の Discriminator threshold を 50mV としてもほとんどの電子・陽電子をひろうことができる。 しかし、3.3.1 節のようなイベントがあるので、アフターパルスの影響がないと いう条件内で Discriminator threshold は、できる限り下げた方がよいと考えられる。 今実験では、Discriminator threshold を下げていくことによりミューオン崩壊のイ ベント数がどう変化するかを調べることができなかった。 シンチレーションカウンターの番号 Discriminator threshold (mV) #1 50 #2 50 #3 50 表 5.4: シンチレーションカウンターの Discriminator threshold 40 5.5 5.5.1 ミューオンの寿命測定 予備実験 (TAC を用いた ADC の時間校正) ・実験 パルサーのパルスを用いて測定した。パルサーの信号を Discriminator でデジタル 信号に変換した。二つに分岐し、片方をそのまま TAC のスタートとした。もう片方 の信号を Delay Module を通し、オシロスコープでスタート信号、ストップ信号の時 間差を見ながら、Delay Module のつまみをドライバーで回して必要な時間差になる ように調整した信号を TAC のストップとした。このデータを ADC と MCA を用い てパソコンに出力し、パソコン上で NzMca を起動し、100 秒間データを取得した。 今測定では、1、2、4、6 µs の遅延時間でそれぞれデータの取得を行い ADC の時間 校正を行った。TAC のフルスケールは 10 µs に設定した。 ・時間校正の回路図 図 5.10: 時間校正の回路図 41 ・測定結果 時間 (µs) peak channel 1 444 2 897 4 1753 6 2602 表 5.5: 測定結果 (ADC) ・解析 energy [µ sec] Graph 6 5 4 3 2 1 500 1000 1500 2000 2500 channel 図 5.11: 時間差とチャンネル数の校正 時間差 time と ADC のチャンネル数 channel の関係は、 time = 0.002323 × channel − 0.05732 (5.1) となった。これをもとにして、チャンネル数を時間に変換することによりミュー オンの寿命を求める。 42 5.5.2 本実験 プラスチックシンチレーターを図 5.12 のように三枚重ねた。ミューオンの寿命を 測定するためには、宇宙線ミューオンを静止させる必要がある。本実験だは、#2 のプラスチックシンチレータで静止したミューオンを用いた。#2で静止するとい うことを言い換えると、#1を通過して#3を通らないということである。したがっ T て、#1 #2 (#3は veto) が#2の内部で止まったという条件である。光電子増 倍管からのアナログ信号を Discriminator でデジタル信号に変換し、Coincidence 回 路に通した。この信号を TAC のスタートとした。 静止したミューオンは時間が経つと崩壊し、その際に電子あるいは陽電子を放出 する。よって、#2からの信号を TAC のストップとした。TAC のフルスケールは 10 マイクロ秒に設定した。これを ADC と MCA を用いてデータを収集しパソコンに出 力した。 シンチレーションカウンターのセットアップ、回路図、タイムチャート、各種設定、 実際の実験の様子を以下に示す。 図 5.12: シンチレーションカウンターのセットアップ 43 図 5.13: ミューオンの寿命測定の回路図 44 図 5.14: ミューオンの寿命測定のタイムチャート: (a) ミューオンが#1、#2、#3 を貫通した場合、(b) ミューオンが#2で止まった場合 45 シンチレーションカウンターの番号 Discriminator threshold (mV) 印加電圧 #1 50 -1700 #2 50 -1400 #3 50 -1700 表 5.6: B セットの各種設定 シンチレーションカウンターの番号 Discriminator threshold (mV) 印加電圧 (V) #1 50 -1800 #2 50 -1315 #3 50 -1630 表 5.7: A セットの各種設定 図 5.15: NIM モジュールの配線 46 第 6 章 測定結果と考察 6.1 測定結果 チャンネル数は 4096 だったが、チャンネル数あたりのカウント数自体が少ないの で 12 時間測定では 200 チャンネルずつ、6 時間測定では 400 チャンネルずつまとめ てヒストグラムを作り直した。フィットレンジは 200-4000 チャンネルとした。(ADC の LLD で 60 チャンネル分切られているために最初の 1 ビンをデータから外した。) 6.1.1 ・B セットの測定装置を用いた 12 時間測定の結果 47 counts per channel 30 25 20 15 10 5 0 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel counts per channel 図 6.1: B セットの 12 時間測定の結果 (フィットなし) 30 25 20 15 10 5 0 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel 図 6.2: B セットの 12 時間測定の結果 (フィットあり) 48 計数率 (Hz) #1 11.85(±0.02) #2 2.37(±0.01) #3 T #1 #2 T T #1 #2 # 3̄ T T #1 #2 #3 10.25(±0.01) 0.826(±0.004) 0.589(±0.003) 0.29(±0.02) 表 6.1: B セットの 12 時間測定の計数率 項目 数値 測定時間 (s) 43200 カウント数 (counts) 124 レート (/s) 0.0028 2 χ /ndf 6.522/12 ミューオンの寿命 (s) 1.97 寿命の誤差 (%) 22 表 6.2: B セットの 12 時間測定のデータ 49 counts per channel 10 1 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel counts per channel 図 6.3: B セットの 12 時間測定の結果 (片対数;フィットなし) 10 1 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel 図 6.4: B セットの 12 時間測定の結果 (片対数;フィットあり) 50 6.1.2 ・B セットの測定装置を用いた 6 時間測定の結果 計数率 (Hz) #1 12.61(±0.02) #2 2.37(±0.01) #3 T #1 #2 T T #1 #2 # 3̄ T T #1 #2 #3 10.57(±0.02) 0.830(±0.006) 0.596(±0.005) 0.29(±0.02) 表 6.3: B セットの 6 時間測定の計数率 項目 数値 測定時間 (s) 21600 カウント数 (counts) 52 レート (/s) 0.0022 2 χ /ndf 1.415/5 ミューオンの寿命 (s) 2.11 寿命の誤差 (%) 36 表 6.4: B セットの 6 時間測定のデータ 51 counts per channel 14 12 10 8 6 4 2 0 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel counts per channel 図 6.5: B セットの 6 時間測定の結果 (フィットなし) 14 12 10 8 6 4 2 0 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel 図 6.6: B セットの 6 時間測定の結果 (フィットあり) 52 counts per channel 10 1 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel counts per channel 図 6.7: B セットの 6 時間測定の結果 (片対数;フィットなし) 10 1 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel 図 6.8: B セットの 6 時間測定の結果 (片対数;フィットあり) 53 6.1.3 A セットを用いた 12 時間測定の結果 計数率 (Hz) #1 375.2(±0.8) #2 5.76(±0.01) #3 T #1 #2 T T #1 #2 # 3̄ T T #1 #2 3 80.58(±0.04) 1.256(±0.005) 0.671(±0.004) 0.57(±0.03) 表 6.5: A セットの 12 時間測定の計数率 項目 数値 測定時間 (s) 43200 カウント数 (counts) 144 レート (/s) 0.003 2 χ /ndf 1.415/5 ミューオンの寿命 (s) 2.11 寿命の誤差 (%) 36 表 6.6: A セットの 12 時間測定のデータ 54 counts per channel 30 25 20 15 10 5 0 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel counts per channel 図 6.9: A セットの 12 時間測定の結果 (フィットなし) 30 25 20 15 10 5 0 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel 図 6.10: A セットの 12 時間測定の結果 (フィットあり) 55 counts per channel 10 1 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel counts per channel 図 6.11: A セットの時間測定の結果 (片対数;フィットなし) 10 1 0 1 2 500 1000 3 4 1500 5 2000 6 2500 7 3000 8 time [mu sec] 9 3500 4000 channel 図 6.12: A セットの時間測定の結果 (片対数;フィットあり) 56 6.2 6.2.1 考察 検出効率 スタート信号の数に対するミューオン崩壊のイベント数の割合が非常に小さかっ た。例えば、B セットの測定装置を用いて 12 時間測定を行ったときスタート信号のカ ウント数 36170 counts に対して、ミューオン崩壊のイベント数は 124 counts であり、 その割合は 0.34 %であった。その原因として、#2のプラスチックシンチレータの 有効領域が狭かった可能性がある。つまり、ミューオンが#2のプラスチックシンチ レータの表層で止まり、ミューオン崩壊から放出された電子が一番近いところからプ ラスチックシンチレータ外に出て行く場合、エネルギー損失が小さく Discriminator threshold を越えなかったということである。Discriminator threshold は、アフター パルスの影響がない中で、できる限り低く下げることが検出効率を上げる一つの方 法であると考えられる。ミューオンの入射角度によって、#1と#2のプラスチック シンチレータを通って貫通して行ったものもあるのでそれも検出効率低下の一つの 要因である。 しかし、これらのことを考慮しても検出効率は大幅に変化するとは考えにくい。検 出効率を下げている他の要因があると思われるが、結論は分からなかった。 6.2.2 ミューオン寿命測定の時間スペクトルについて B セットの測定装置では、昨年度前期の大学院物理基本実験においては、 • 2 マイクロ秒付近に大きなこぶがある。 • 全般に指数関数になっていない という二つの問題があった。 ミューオン寿命測定において TAC のストップである#2のシンチレーションカウ ンターを調べることにより、#2のシンチレーションカウンターから 0.4 マイクロ 秒にピークを持ち、数マイクロ秒に渡るアフターパルスが出ていることが分かった。 このアフターパルスが、2 マイクロ秒付近の大きなこぶの原因であり、全般に指数関 数になっていない原因であると結論付けた。 そのため、アフターパルスの影響がなくなるように#2の印加電圧と Discriminator threshold を設定して測定を行った。この測定の結果、200 チャンネルから 4000 チャ ンネルに渡り (ADC の LLD で切られているのでデータとして使わなかった。) 指数 関数でフィットできる時間スペクトルを得ることができるようになった。6 時間、12 時間測定ともに、ミューオンの寿命約 2 マイクロ秒という結果を得ることができた。 Aセットの測定装置では、 57 • 4 マイクロ秒以降のデータでフィットするとほぼ正しいミューオンの寿命が得 られたが、4マイクロ以前は単純な指数関数になっていない。 という問題があった。 A セットの測定装置においても同様の方法で、#2のシンチレーションカウンター の印加電圧と Discriminator threshold を設置して測定を行った。 B セットと同様に、アフターパルスの影響を無くしたことで 0-4000 チャンネルの全 範囲で指数関数でフィットできる時間スペクトルを得ることができるようになった。 当初の目的通り、フィットレンジを広げることができたが、ミューオン崩壊の計数 率が非常に低く統計量を増やすことはできなかった。 6.2.3 ミューオンの寿命 A セットの 12 時間測定、B セットの 6 時間測定と 12 時間測定において、測定時間 が短いため統計量は少なく誤差は大きくなってしまったが、ミューオンの寿命の中 央値として約 2 マイクロ秒の値を得ることができた。 58 第 7 章 まとめと今後の課題 7.1 まとめ • 光電子増倍管は、数マイクロ秒に渡りアフターパルスを出す。 • アフターパルスの出力パルス高は PMT への印加電圧に依存している。 • 厚さ 1 cm のプラスチックシンチレータは、放射線入射位置依存性がある。 • A セット、B セットの測定装置両方で、ほぼすべての範囲で指数関数でフィッ トできるようになった。 • 短時間測定で約 2 マイクロ秒の寿命を得た。 7.2 今後の課題 今後の課題は、6 台の測定装置を同時に用い、1 時間測定を行うことである。 下が、その配置図である。縦に二段、横に 3 列という構造を持つ。縦はいくらかス ペースがあるが、横は隙間をあまり作らないようにする。 今までは#2のプラスチックシンチレータの表層で止まり、すぐに外に出て行って しまった電子・陽電子は検出できなかった。それは、エネルギー損失が小さく Dis- criminator threshold を越えなかったためである。 下図のように、横の隙間を空けないように配置することにより、今まで検出でき なかった電子・陽電子を隣の測定器で検出できるようになる。これにより、測定器の 有感領域が広がるため、検出効率がよくなると期待される。 59 図 7.1: 6 台同時測定装置の正面図 図 7.2: 6 台同時測定装置の側面図 60 図 7.3: 6 台同時測定装置の長所 61 謝辞 本実験を進めるにあたり、柴田研究室の多くの方々に大変お世話になりました。 指導教官の柴田利明教授には、研究テーマの立案時から論文の執筆にいたるまで 様々な助言を頂きました。深く感謝致します。 中野健一助教には、実験装置の扱い方や解析の仕方などを教えて頂くと共に、実 験の進行状況に応じて多くの助言を頂きました。 三瓶恭佑氏は昨年度の卒業研究で「ミューオンの寿命の測定」を行いました。今 測定を行う際、昨年三瓶氏が用いていた装置を使わせて頂きました。ありがとうご ざいます。 小林慶鑑氏には、論文を書くために必要なコンピュータの設定や root の扱い方に ついて多くのことを教えて頂きました。 そのほか、Florian Sanftl、岡村勇介、宮坂翔、竹内信太郎、稲田聡明の各氏には 自身の研究で忙しい中、多くの助言、手助けをして頂きました。ありがとうござい ます。 62 付 録A ソフトウェア ROOT を使用 した関数の fitting 得られたデータに関数を fit するには実験テーマ A で使用した解析ソフト「ROOT」 [10] を用いるのが望ましい。ROOT では一次関数のみならず、任意の関数での fitting を行うことができる。ここでは、y(x) = p0 e−x/p1 + p2 の関数での fit 方法を紹介する。 あるデータに対し graph という名前のオブジェクトを TGraph, TGraphErrors な どのクラスで作成したとする。 graph = new TGraph(index, time, count); graph->Draw("AP"); このとき、y(x) = p0 e−x/p1 + p2 の関数で fittng を行うには、fit1 というヒストグ ラムを作成する TF1 *fit1 = new TF1 ("fit1", "[0]*exp(-x*1/[1])+[2]"); SetParameters でそれぞれ [0], [1], [2] (p0, p1, p2 に相当) の変数を指定する。 fit1->SetParameters( 1.0, 2.2, 1.0 ); graph に対して fit1 でフィットを行う。 graph->Fit("fit1"); fit の範囲を指定するときには、第 4、5 変数で指定する graph->Fit("fit1", "", "", 2.5, 10.45); 63 counts per channel χ2 / ndf 38.05 / 36 Prob 0.3761 p0 84.53 ± 6.126 p1 2.079e-06 ± 3.57e-07 p2 37.41 ± 3.092 200 180 160 140 120 100 80 60 40 20 0 0 2 4 6 8 10 time (sec) 図 A.1: フィットされた関数の例 64 ×10-6 関連図書 [1] B. ポッフ, K. リーツ, C. ショルツ, F. サッチャ 著 / 柴田利明 訳 「素粒子・原子核物理入門」シュプリンガー・ジャパン [2] C. Amsler, et al. [Particle Data Group], Physics Letters B667, 1(2008) [3] D. E. GROOM, N. Mokhov, and S. Striganov, Muon Stopping Power and Range Tables 10 MeV-100 TeV, Atomic Data and Nuclear Data Tables 78, 183-356 (2001) [4] F.ハルツェン・A.D.マーチン 著 「クォークとレプトン -現代素粒子物理学入門-」培風館 [5] 三瓶恭佑 学士論文 (2010) 東京工業大学 理学部 物理学科 柴田研究室 [6] 東京工業大学 大学院「物理基本実験」テキスト 平成 22 年度 [7] 東京工業大学 物理学科 3 年前期学生実験テキスト 「物理学実験第一」 [8] 東京工業大学 物理学科 3 年後期学生実験テキスト 「物理学実験第二」 [9] Particle Data Group の Cosmic Ray のページ, http://pdg.lbl.gov/2009/reviews/rpp2009-rev-cosmic-rays.pdf [10] CERN ROOT, http://root.cern.ch 65
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