「メディアミックス」で,コミュニ ケーションの新たな可能性を探る

情報活用による21世紀のリテラシー
「メディアミックス」で,コミュニ
ケーションの新たな可能性を探る
中 村
抄
録
正 則
本来,
『道具をかしこく使う』ことにあるのであって,
『か
筆者は,複数のメディアの中から,自分にとって真に
必要なものを主体的に選択・活用することは,効果的な
表現・伝達を可能とするとともに,コミュニケーション
能力の向上にもつながると考える。
しこい』道具を使うことではない,ということを教える
べきだ」と主張している〔2〕。
筆者は,学習者が「道具をかしこく使う」ようになる
ためには,複数のメディアの特徴を確かに把握し,目的
本研究は,身の回りにあるテレビ・電話・ファックス・
に応じて使い分けたり,組み合わせて使ったりできるよ
ビデオ・コンピュータ・書籍・人などのメディアを,学
うにしておくことが重要だと考えている。つまり,あく
習者が用途に合わせて選択し,効果的に組み合わせて使
までも目的はメディアの向こう側に存在する人や情報と
うメディアミックスにより,コミュニケーション能力 1
よりよくかかわることであって,そのために必要な道具
を育成することをねらいとしている。
を利用するという意識をもたせたいのである。
本稿では,山口県光市と沖縄県具志川市の小学5年生
〔1〕
そこで,本稿では,山口大学教育学部附属光小学校に
を
て行われた授業実践を振り返りながら,メディアミック
図ることを目的とした,メディアミックスを用いた授業
ス〔3〕 による新たなコミュニケーションの可能性につい
の概要と結果について報告する。
て探っていく。
を対象に,児童のコミュニケーション能力の向上
<キーワード>
メディアミックス,ローテクとハイテク,コミュニケ
ーション,テレビ会議,チャット
1
2
授業の概略について
(1)
目的
本単元は,暖かい沖縄県に住む人々の生活の様子や産
はじめに
業,文化などを調べていくことを中心にしている。ここ
コンピュータというインターフェースを通して,膨大
では,沖縄県のさまざまな事象と気候や地形などの関係
な情報ソースと繋がったり,他者と双方向的にやりとり
性を,人や資料等にかかわりながら追究していくことが
したりすることで,効果的に学ぶことができるようにな
大切になってくる。そこで,沖縄県についてある程度調
った。その功績は大きい。
べ学習をした後で,実際に沖縄県具志川市の天願小学校
半面,道具であるはずのコンピュータに振り回され,
の子どもたちや地域の人々と交流する活動を設定する。
多くの時間と労力を無駄にしてしまったという経験を,
目的に応じたメディアを利用できるようにしておくこ
学校現場における多くの指導者や学習者がしているのも
とで,学習者は,より円滑にコミュニケーションを進め
疑いようのない事実である。つまり,コンピュータを使
るであろう。そして,沖縄県の事象を調べる中で生まれ
っているつもりが,実は逆に使われていたという状況が
てきた驚きや疑問を実際に沖縄県に住む人々に問いなが
起こっているのである。佐伯胖氏 は,著書の中で,
「つね
ら,事象やその背後にある人々の生き様を探り出すこと
にことばの背後の人間とその生活・文化・実践への橋渡
が予想される。
しを心がけながら,しかし『便利な』コンピュータの便
このような活動を通して,沖縄の事象についての理解
利さと有効性を十分に活用できるようにしていかねばな
を深めるともに,沖縄県の地形や気候,文化などについ
らない」と述べている。また,
「テクノロジーというのは,
て実感的にとらえることができると考えた。
NAKAMURA
Masanori 山口大学教育学部附属光小学校(光市室積 8 丁目 4-1)
- 29 中村正則:
「メディアミックス」で,コミュニケーションの新たな可能性を探る
(2)
学習者の実態
などが届いた。
学習者は,これまでにテレビのニュースやドラマ,コ
ンピュータなど,多くのメディアを通して日本各地の情
報にふれており,とりわけ沖縄県に関しては強い関心を
示している。
このことは,前年度の小学4年生の時から,沖縄県の
天願小学校と,交流を深めていたことに起因する。とは
いえ,これまでの交流は集団対集団のかかわりがほとん
どで,実際には,互いが「顔の見えない他者」として存
在していたにすぎない。したがって,沖縄県に対する学
習者の見方や考え方は,人やメディアなどを通して一方
向的に受け取った断片的な情報が大半を占めることを余
儀なくされており,沖縄県に対する見方が一面的でステ
レオタイプ的なものもある。
(3)
目標
○沖縄県に住む人々の生活の様子や産業,文化などに興
味をもち,それらと進んでかかわる楽しさを味わうこ
とができるようにする。
写真1
学習者同士の出会いの場面
次に,3月には本校より,地域のことについて調べて
まとめた資料を送ることで,互いの地域の特色や産業な
どに対して関心を示し合うようになっていった。
さらに,指導者は,まだ集団の中の「顔の見えない他
○資料や人にかかわりながら,沖縄県の人々の生きる知
者」というかかわりしかもつことのできない相手と,何
恵や工夫,ものの見方や考え方などを進んで調べるこ
とか個人的なコミュニケーションをとりたいと願う学習
とができるようにする。
者の声に応じて,掲示板を開設している。
○沖縄県の人々は,暖かい気候に合わせて生活や産業を
ここで,「顔の見えない他者」とのチャットを行うの
工夫しながら自然環境に適応していることを理解で
に際しては非常に,慎重な指導が必要である。というの
きるようにする。
は,チャットはリアルタイムに情報交換できるという大
(4)
計画(総時間数6時間)
第1次
自分が疑問に思う沖縄のさまざまな事象につい
すると,修復が難しく,一歩誤れば互いが攻撃し合うよ
て調べる(3時間)
うな状況を招いてしまうことさえ,無いとは言えないか
・沖縄県の生活の様子,産業,文化
らである。
・沖縄県の気候,地形
第2次
きなメリットがあるが,他方では少しでも関係性が悪化
まず,学習者に対してチャットを利用する際のエチケ
調べたことをもとに,沖縄県の天願小学校の友
ットとマナーを指導し,チャット利用の目的は,前年度
達や沖縄県に住む人々とかかわりながら,さまざ
2月からの交流の延長線上にあるということで,学習者
まな事象について話し合う(3時間)
の意思統一を図った。
・生活の様子や産業,文化と気候とのかかわり
・気候に合わせた生活を工夫する人々の知恵
それに加えて,チャットに参加する手順として,パス
ワードを打ち込んで掲示板に参加できるようにするハー
ド面での整備と,自分の名前をきちんと告げてからチャ
3
授業の実際
(1)
学びのモチベーションを高める
ットを行うというソフト面での約束を徹底し,可能な限
り匿名性を排除し,互いに「顔の見える他者」として交
流できるようにしている。
小学5年生,40 名の本単元の学習対象者は,5月の本
指導者側の管理と,学習者におけるこれまでの学びの
単元に入る以前にも,沖縄県具志川市の天願小学校と交
経緯から生み出されたモチベーションとが相まって,こ
流している。
の掲示板は結果的に有効に機能したと言えるが,情報活
まず,前年度2月に総合学習で小学4年生同士が,第
1回テレビ会議を行った。そのことをきっかけとして,
同じく2月に天願小学校から附属光小学校へ,総合学習
の様子をまとめた資料や,手作りのさとうきび,黒砂糖
- 30 学習情報研究 2005.1
用のためのネット社会への参画態度については,場や状
況に応じた継続指導が望まれる。
実際に行われたチャットでは,資料1のようなやりと
りが見られた。
資料1
いるのかどうかを考えさせている。このことが契機とな
チャットの一例
山口けんたです。さとうきびありがとうございまし
た。あまいしるがでて,おいしかったです。
って,できるだけ本来の沖縄県を自分の目と耳で探って
沖縄あかりです。よかったです。こっちもありがとう
ございました。ふぞく小学校は,かんきょうがいいで
すね。
次の資料2は,第1次で自分なりに調べた情報が,本
いくためのストラテジーをもたせている。
当に正しいのかどうかを,自分なりの方法を選択し,再
調査していくための見通しを示すものである。
海にかこまれています。でも,まださむくておよげま
せん。おきなわは,あたたかいそうですね。
(以下省略)
写真2
チャットで交流する学習者の様子
資料2
学習者の活動の様子の一部
ジャ
ンル
名前
第1次で調べた
内容
調べた
方法
今回の調査内容と
利用するメディア
産業
洋子
サーターアン
ダギーの由来
や種類,作り方
インタ
ーネッ
ト
生物
幸司
沖縄にいる珍
しい生き物
インタ
ーネッ
ト
文化
昭子
シーサーの意
味や種類など
インタ
ーネッ
ト
・サーターアンダ
ギーはいつから
作られ始めたか
(テレビ会議)
・サーターアンダ
ギーは何のため
に作られたか(電
話)
・沖縄の動物はな
ぜ減っていった
のか(電話)
・今まで絶滅した
動物はいるか(イ
ンターネット)
・シーサーはなぜ
昔からあるのか
(テレビ会議)
・シーサーはどこ
からきたのか(メ
ール)
・シーサーにはど
んな種類がある
のか(電話)
実際にチャットを利用した学習者は,全体の3割程度
であるが,チャットを行わない学習者も,この交流の推
移に関しては,興味をもって見守った。指導者は,学習
者がチャットで得た情報に関しては,全体に公開するよ
うに随時働きかけ,情報が共有化される状況をつくり出
この3名の学習者は,第1次の調査方法では,いずれ
している。
こうして,互いの地域の様子を紹介し合うことから,
もインターネットを利用している。確かにインターネッ
次第に,互いの地域をもっと詳しく知ろうという思いが
トは,ホームページを上手に検索することで膨大な量の
芽生え始めた。
「仲間同士の教え合い」2の意識が,学習
資料を入手することができるというメリットがある。し
者のモチベーションをさらに高めていると言える。
かし,学習者によっては,インターネットを通じて得た
(2)
情報を安易に信用したり,もっと深く追究したいのにそ
学びのストラテジーをもたせる
沖縄のことについて知っていることにを話し合う時間
こで必要な情報を得られなかったりすることもある。こ
を設けた。すると,
れは,情報発信者から情報受信者に対する道筋が一方向
・台風の対応に慣れている
的であるというホームページ閲覧の特性によるデメリッ
・沖縄の人はリズム感がよく,ダンスが上手
トだと考えられる。
そこで,自分の入手した情報の妥当性を問うという意
・民族衣装を着ている
・海がきれいで,観光客が多い
味においても,複数のメディアが利用できる環境を整備
など,ここに取り上げた意見は,明らかにバイアスが見
することが重要である。さらに,そのことによって双方
このような声は意外と多く,学習
向的なコミュニケーションの重要性を学習者に体得させ
者が,特定の情報を鵜呑みにして,それを一般化してし
ることも可能となる。つまり,自分の得た情報を疑って
まっていることがある。
みるところに,情報の受け手としての価値がある。
〔5〕
られるものである。
ここで指導者は,揺さぶりをかけ,それぞれの情報源
あいまい
が曖昧で,本当に自分のイメージしている沖縄県は,現
(3)
新たな価値の発現を支援する
第2次では,実際に山口県と沖縄県の学習者が実際に
実の沖縄県と同一なのか,そして逆に,天願小学校の学
交流し合った。具体的には,以下のような複数のメディ
習者に対して,山口県光市の地域性が確かに理解されて
アの中から必要なものを選択し,利用できるようにして
- 31 -
中村正則:
「メディアミックス」で,コミュニケーションの新たな可能性を探る
す。手紙で話をするうちに分かってきて,よかったです。
いった。
テレビ会議,電話,チャット,ファックス,電子メー
手紙はたいへんだけど,ほんとうに知りたいことを聞け
ル,手紙
るのがいいと思います。」
学習者が,これらの手段を効果的に利用し,再調査を
行っていくために,指導者は機器の使い方や特性などに
ついてのアドバイスをしたり,個の質問に応じたりして
いる。そういう意味において,第2次には複数名で指導
にあたったのが,効果的だったと言えよう。
さて,交流による再調査の様子を資料3に示す。
資料3
学習者の再調査の様子の一部
◆テレビ会議で打ち合わせをした後,手紙でやりとりをし,結
果をホームページで公開し合った洋子
4
まとめと課題
身近にあっていつでも手軽に利用できるメディアを上
手に使うことは,自分にとって必要な情報を随時収集す
る上で有効である。そのために,複数のメディアを環境
として位置づけ,正しい操作の仕方を学習者に理解させ
ることが重要である。
目的に応じてメディアを活用することは,情報収集へ
サーターアンダギーについて,天願小の学習者にテレビ会議
の主体的なかかわりを生む。そして,メディアの向こう
で質問するとともに,自分の情報の少なさに気づき,電子メー
側にいる他者に,必要なことを尋ねる態度を育てるとい
ルで,知っていることを知らせてほしいという要望を出した。
うことが分かった。小学生においては,自分にとってさ
一方,「山口県には有名なお菓子がありますか」という質問
ほど必要ではない情報に流され,学びの方向が当初の目
を受け,「外郎」を紹介した。その後,互いに調べたことを郵
的とは異なる方向に進んでしまうということがある。そ
送し合っていった。
うならないためにも,必要なことを尋ねたり,逆に相手
◆互いに交流するうちに,自分たちだけでは解決できないこと
が必要としている情報を提供したりしようとする実践的
に気づき,沖縄県の博物館や施設を天願小の学習者に探しても
な態度の育成が必要であり,メディアミックスはその重
らい,そこに電話とファックスで問い合わせた幸司
要な役割を担うと考えている。
き
ぐ
絶滅危惧 種に着目した幸司は,テレビ会議で質問した。しか
あくまでも情報は,人によって切り取られたあるひと
し,専門的なことについては分からない。そこで,博物館を紹
つの断片である。いったん得た情報は,そこから変化し
介してもらい,確かな情報を入手していった。
ないが,人間は常に変化し続けている。その変化する状
◆シーサーについて調べていたが,交流から楽器にも関心をも
況を肌で感じるために,切り取られた断片を継続的に収
ち始め,天願小の学習者に即興で三線を演奏してもらった昭子
集できるようにする一つの方法が,メディアミックスに
天願小の学習者との手紙のやりとりから,昭子は,沖縄に住
む多くの子どもが,三線の練習をしていることを知った。そし
て,テレビ会議で,実際に三線の演奏をしてもらった。
よるコミュニケーション〔6〕である。
今後,学習者自身が各メディアの長短を知り,目的に
応じた活用方法を模索できるような授業を設計するため
ここで興味深いのは,洋子は郵便にて資料の受け渡し
には,機器の整備と維持が欠かせない。今回の実践では,
を行っているし,幸司は博物館の方の生の声を求めてい
準備に多くの時間を費やすことになったが,メディアミ
るということである。また,昭子は,手紙での交流を継
ックスを日々の授業実践に生かすためのシステム作りに
続している。いずれも昔からあるメディアを利用してい
ついて思案していかねばならない。
るのである。佐伯胖氏 は,前掲書にて「ローテクこそハ
イテク」という思想を徹底させることが大事だと述べて
いるが,まさにこの3名の学習者は,自然とローテクに
帰着している。昭子の授業の感想には,それが顕著に表
現されているので,一部を紹介する。
「インターネットで調べて,シーサーは守り神みたいに
して,沖縄の子どもたちはとても大事にしていると思っ
ていました。でも,私が思っているほどではなく,あま
りシーサーのことについて知らない人もいました。それ
よりも,三線という楽器を大事にしていました。家にお
客さんがあった時も,三線をひいたりするそうです。上
手でした。沖縄の人は,伝統を大事にするのだと思いま
- 32 学習情報研究 2005.1
【参考・引用文献】
[1] 山口大学教育学部附属光小学校「子どもとつくる“授
業のコミュニケーション”」明治図書 1996 年
[2] 佐伯胖「マルチメディアと教育」太郎次郎社 1999 年
[3] 水越敏行「NEW 放送教育―メディア・ミックスと新し
い評価」日本放送教育協会 1986 年
[4] 植田一博,岡田猛「協同の知を探るー創造的コラボ
レーションの認知科学」共立出版 2000 年
[5] 林徳治・宮田仁「情報教育の理論と実践」実教育出
版 2002 年
[6] 舩津衛「コミュニケーション・入門ー心の中からイ
ンターネットまでー」有斐閣アルマ 1996 年