自動車と環境問題を考える

自動車と環境問題を考える
いる。これ以降、自動車は金持ちのものとい
1.はじめに
客員レポート
来年、2003年12月は、アメリカ東海岸のキ
う通念を打ち破り、大衆に手の届くものとな
ティ−ホ−クでオ−ビルとウィルバ−の兄弟
車の有用性はますます定着し、技術改良も進
が、ニュ−マシン「フライヤ−」を使って初
んだ。日本では、戦後の1955年に、トヨペッ
飛行に成功してちょうど100年目にあたる。
ト・クラウンRSとダットサン110の本格的モ
そのときの飛行距離は、わずか260mでしか
デルが発表され乗用車生産の転機となった。
なかった。ところが、人類の長い歴史に比べ
その後スバル360が世に出て、日本の軽自動
てこのほんの100年の間でジャンボジェット
車(世界には軽自動車という概念はない。し
機、超音速旅客機、宇宙往還機など航空・宇
かたがないので英訳する場合“K−car”
宙の分野では想像を絶する進歩をとげてい
などとされている)の発展の基となった。
った。そして、二度の世界大戦を経て、自動
T型フォ−ドの生産開始からほぼ一世紀を
る。
一方、自動車に目を移すと19世紀の末に
経た現在、自動車は私たち日本人の日常生活
カ−ル・ベンツ、ゴットリ−プ・ダイムラ−な
には切っても切り離せない存在になってい
どによりガソリンエンジンが、またルドル
る。産業活動、都市の構造、市民のライフス
フ・ディ−ゼルによりディ−ゼルエンジンが
タイルなどいずれも自動車の存在が大前提と
開発された。ベンツ1号車の最高速度は13k
いって過言ではない。むしろ、次々に進めら
m/hといわれている。1900年前後には、日
れる道路整備、新型自動車の開発などは、私
本にも欧米の最先端の自動車が輸入され、そ
たちの意思とは別に自動車社会が自律的に進
れを参考にして国産の自動車製作が試みられ
んでいるような印象さえ受ける。
アメリカをはじめとする自動車先進国も、
ているが、今日の世界第2位の自動車生産国
を予想させるような出来栄えにはほど遠かっ
日本も、そして経済発展を目指している世界
たようである。このころまでの自動車は、国
の国々でも、自動車は増えつづけている。
内、国外とも、あくまでも富裕階層のスピ−
2000年の世界の自動車保有台数は、約7億5
ドに関心の強い人たちのものであったが、そ
千万台である。将来、どこまで増えると頭打
れを一変させたのがアメリカのヘンリ−・フ
ちになるのか想像もつかない状況である。自
ォ−ドである。
動車の利用は、我々人類にとってとにかく魅
力的なものである。一度その利用を経験する
彼が、フォ−ド・モ−タ−・カンパニ−を
設立したのが、ライト兄弟の初飛行成功と同
と、もう手放すわけには行かない。しかし、
じ年の1903年であった。そして、5年後の
このままその増加を放置して置いた場合、人
1908年にはT型フォ−ドの生産が開始されて
類と自動車との関係はどうなっていくのであ
- 23 -
価格が上昇してくれば、経済的な原則にした
ろうか。
がって石油代替燃料に移行していくであろ
ひとつは、交通事故の問題がある。平成10
う。また、このような事態になれば、自動車
年の日本全体の交通事故発生件数は803,878
社会を見つめなおすきっかけともなりうるで
件(前年比3.0%増)、負傷者数は990,675人
あろう。この石油代替燃料自動車のうちいく
(前年比3.3%増)である。(図表−1参照)
つかのものは、地域の大気汚染対策、地球温
平成10年の日本の全人口が1億2648万人であ
暖化対策にも効果があり、日本では低公害車
るから、国民のうち約128人に1人の割合で
という名称でその普及策が講じられて来てい
事故で負傷することとなっている。80歳まで
る。エネルギ−問題は、中東産油国をも含め
生きるとすると、一生のうちに事故に遭う確
た国際政治情勢に大きく影響を受けることか
率は1.6人に1人という計算になる。今後も、
ら、ふとしたきっかけで、ある日突然に対策
交通事故の状況が改善されないなか自動車が
を迫られる事態もありうることを考慮してお
増加し続けるとなれば、このような危険な道
く必要があろう。
具に対して私たち人間は、いつまでフレンド
リ−な関係を保ちうるのであろうか。
そして、これらの課題をクリヤ−したとし
ても、最後に残るのが環境問題である。本年
7月に環境省より公表された「2000年度(平
成12年度)の日本の温室効果ガスの排出量に
(図表−1)交通事故発生件数及び死者数等の推移
20,000
ついて」によると、日本全国の総排出量は13
100
負傷者数(万人)
18,000
90
16,000
80
14,000
70
12,000
死
者 10,000
数
8,000
60
発生件数
(万件)
50
死者数(人)
40
6,000
30
4,000
20
2,000
10
億3200万トン(二酸化炭素換算)となってい
る。日本に課せられた京都議定書の目標は、
発
生
件
数
・
負
傷
者
数
基準年(1990年)の総排出量(12億3300万ト
ン)を第一約束期間(2008年∼2012年の5年
間)までに、5年間の平均排出量ベ−スで
6%削減することであるが、2000年度の排出
結果は逆に8.0%の増加になっている。本当
0
0
昭21 23 25 27 29 31 33 35 37 39 41 43 45 47 49 51 53 55 57 59 61 63 平2 4 6 8 10年
に地球温暖化が人間活動による二酸化炭素の
排出で進んでいるのかどうかについて、批判
(出典)平成11年 警察白書
的精神の旺盛な我が国のマスメディアの間で
まったく議論がないのは不自然な感も否めな
次の問題は、資源・エネルギ−の問題であ
いが、それはそれとして、現時点で人類が知
る。石油資源が枯渇してくれば、自然自動車
りうる最大限の科学的知見を集め不確実性も
の燃料の形態は変わっていくこととなる。オ
考慮したうえで評価した報告書(例えば
イルショック、エネルギ−危機を契機に主に
IPCC Third Assessment Reportなど)を基にし
アメリカで、CNG、アルコ−ル、バイオデ
て、世界の政治家が判断し正規の外交ル−ト
ィ−ゼル、水素、電気などのさまざまな石油
で交わされた約束は、日本としても全力をあ
代替燃料が研究されている。現時点では、従
げて履行する必要があろう。今後残された期
来のガソリンエンジン車、ディ−ゼルエンジ
間(あと10年弱)に、思い切った対策の実施
ン車に比べて、性能、コストの両面で劣るた
が求められている。温室効果ガスの排出量を
め本格的普及には至ってないが、石油燃料の
部門別にみると、産業部門は1990年以降ほぼ
- 24 -
横ばいで推移しているが、運輸部門、民生部
動車34%となっており、この二つで全体の
門(家庭、業務)では着実に増加しており、
96%を占めるに至っている。この二つが、自
1990年度比で約20%の増となっている。この
動車の地球温暖化対策のタ−ゲットと認識で
両部門の今後の対策の成否が注目されている
きる。
(図表−3)は、2002年3月に決定された
ところである。(図表−2参照)
日本政府の「地球温暖化対策推進大綱」の運
輸部門の対策を整理したものである。このな
かには現在取組まれている施策、今後政府と
(図表−2)二酸化炭素の部門別排出量の推移
して実現したい施策が集められているようで
部門 2000年度排出量の伸び
ある。この計画の性格上やむをえないと思わ
(1990年度比)
500
産業 490百万t→495百万t(0.5%増)
前提のものであるので、チャレンジングな施
排 400
出
量
︵
単
位 300
百
万
ト 200
ン
C
O
2 100
︶
策(それだけに効果も大きく、積極的に取組
むことが望まれるような施策)は含まれてい
運輸 212百万t→256百万t(20.6%増)
ない。この政府の公式な取組みとは別に、実
民生(家庭)138百万t→166百万t(20.4%増)
民生(業務)124百万t→152百万t(22.2%増)
現の難易度は高くても、日本の、さらには世
エネルギー転換 77百万t→86百万t(11.4%増)
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
工業プロセス 57百万t→53百万t(6.1%減)
廃棄物(プラスチック、廃油の焼却)
1990
0
れるが、政府が責任を持って実施するという
界の先進国の自動車にますます依存していこ
15百万t→24百万t(57.5%増)
うとしている社会的流れを押しとどめ、健全
(年度)
な社会構築を目指すという見地からの基本的
なビジョン作り、それに基づく重点的施策の
(出典)環境省「2000年度(平成12年度)の温室
展開に挑戦していくことが望まれる。
効果ガス排出量について」
つぎに、自動車の単体対策(燃費向上対策
そこで、本稿では、自動車により生じてい
とほぼ同じ)について若干触れてみたい。自
る環境問題(以下自動車環境問題と呼ぶ)の
動車単体対策は、従来より「エネルギ−の使
現状をレビュ−して、世界的規模で自動車の
用の合理化に関する法律」に基づく自動車の
増加傾向を分析し、今後の自動車環境対策の
燃費基準により進められてきた。これは、も
在り方を考えてみることとしたい。
ともとは、オイルショックに対応した省資源
対策の一環として、アメリカのCAFE規制
の影響を受けて、1979年に制定された制度で
2.日本の自動車環境問題の現状
ある。自動車メ−カ−を対象に販売された自
動車の平均燃費を規制する制度であり、数度
(1) 地球温暖化問題
日本では運輸部門の温室効果ガス排出量の
にわたり規制強化が行われてきている。この
増加が著しく、その対策が重要課題の1つと
結果、自動車が大型化し、運転の快適性、容
なっていることは既に述べたとおりである。
易性が求められ、オ−トマチック車、カ−エ
日本の2000年度のデ−タでは、自動車が運輸
アコン・パワ−ステアリングの装着車が増加
部門全体の87.4%を占めており、鉄道(2.8%)、
していくなかで、つまり、これらの動きはい
船舶(1.9%)、航空機(0.2%)はいずれもシ
ずれも燃費を悪化させる原因となるものであ
ェアは小さい。また、自動車の中での内訳を
るが、この中にあって、燃費の劇的な改善は
推計してみると、自家用自動車62%、貨物自
見られなかったものの燃費の抑制に一定の効
- 25 -
(図表−3)運輸部門の具体的地球温暖化対策
施 策
具
①自動車単体対策
体
例
燃費基準の強化、低公害車の開発・普及、営業車へのアイドリングストップ
装置の搭載、大型トラックへの速度抑制装置の装備
②交通流対策
交通需要マネジメント(TDM)
、高度道路交通システム(ITS)の推進、
自転車利用の推進、路上駐停車対策、道路交通情報提供、路上工事の縮減、
信号の高度化、交通管制の高度化
③モ−ダルシフト・
物流効率化
内航海運の競争力強化、鉄道貨物輸送力の強化、車両の大型化・トレ−ラ−
化、国際貨物の陸上輸送距離の削減、共同配送施設の整備、
④公共交通機関の利
用促進
都市部での鉄道・新交通システム・中量軌道システムの整備、ICカ−ド・乗
り継ぎ改善など利便性向上、バス専用レ−ン・バス優先レ−ン・バス優先信
号など公共車両優先システム(PTPS)
⑤国民運動
エコドライブ
(出典)地球温暖化対策推進本部「地球温暖化対策推進大綱」2002年3月 より作成
果があったと評価されている。(図表−4)
(図表−4)ガソリン乗用車の燃費の平均値の推移
は、ガソリン乗用車の新車の燃費の推移を示
したものである。1976年以降徐々に向上して
いた燃費は、1982年をピ−クに悪化し始める。
その後1992年ころから横ばいに転じ1996年ご
ろからは再び改善の傾向が見られるようにな
っている。なお、図中、1991年までは10モ−
ド燃費のデ−タであり、1992年以降は10・15
モ−ドの燃費である。
(出典)太田 進 「自動車における地球温暖化
対策」環境研究2000NO.117などより作成
- 26 -
(図表−5)エネルギ−効率改善の可能性
可変バルブタイミング
燃焼室の改良
電子制御技術
ポンプロスの改良
エンジン摩擦の減少
トランスミッションの改良
空口設計の改良
転がり摩擦の減少
(出典)・Energy Technology Support Unit [ETSU] 1994,Appraisal of UK Energy Research
・Energy and Environmental Analysis [EEA] 1991, Fuel Economy Technology Benefits
・Transportation Technology Council of Japan [TTC] 1998, Strengthening of automobile fuel economy
standards
・Office of Technology Assessment [OTA] 1995, Advanced Automotive Technology : Visions of a SuperEfficient Family Car.
より作成
エンジンの改良を中心にした燃費改善技術
で競合する部分があるかどうかである。さら
はさまざまなものが研究開発され実用化され
には、次表の各技術を組み合わせた場合その
ている。逆にいうと、1つの方法で画期的な
対策効果は単純に加算できるものではないこ
改善が得られないため、各自動車メ−カ−は
となどである。
(2)大気汚染(二酸化窒素)
わずかなゲインしか期待できないさまざまな
方法を組合わせて、改善目標を達成している
足尾銅山、別子銅山の煙害事件、四日市ぜ
というのが現状である。これら技術の二酸化
んそく問題など、1980年ごろまでは大気汚染
炭素排出低減効果を収集し、整理したものが
問題の主要発生源は工場・事業場の煙突であ
図表−5である。ただし、各研究者、報告者
り、主要汚染物質は二酸化硫黄であった。工
は同一の前提条件で改善効率を求めているわ
場・事業場では、高煙突化、良質燃料への転
けではないので、これらの数値を評価する際
換、排煙処理装置の設置、燃焼技術の改善な
に注意すべき点がいくつかある。まずは、そ
ど対策が進み、徐々に汚染物質としては二酸
の技術の熟度がどの程度なのかということで
化窒素、浮遊粒子状物質に、そして発生源と
ある。つまり、研究段階、試作段階、市場投
しては自動車に社会的関心が集まるようにな
入企画段階、商業化段階それぞれに技術の成
ってきている。日本の自動車の排出ガス規制
熟度に大きな開きがある。次に、エンジンを
は、1966年のガソリン車に対する一酸化炭素
取り巻く他の制約、たとえば、炭化水素、窒
濃度の規制を皮切りに、日本版マスキ−法と
素酸化物、排気微粒子などの大気汚染対策、
いわれた53年度規制(乗用車の窒素酸化物平
騒音対策、エンジン出力、安全対策などの面
均排出量0.25g/km以下)が実施され、そ
- 27 -
して数次にわたる規制強化がディ−ゼル車も
の近くに設置)で395局中316局(80.0%)と
含めて行われてきた。この結果、自動車一台
なっている。さらに、大都市の自動車NOx
一台の汚染物質排出量は低減されてきたもの
法特定地域に限ってみると、
の、自動車走行量の増加、特にディ−ゼル車
一般環境大気測定局322局中310局(96.3%)、
の増加により大都市を中心として、二酸化窒
自動車排出ガス測定局172局中108局(62.8%)
素、浮遊粒子状物質による大気汚染の改善が
となっており、二酸化窒素による大気汚染対
不十分な状況にある。
策のタ−ゲットは自動車に絞られてきている
といってよい。(図表−6、図表−7参照)
ガソリンエンジン、ディ−ゼルエンジンと
も、窒素酸化物の発生を抑制する技術は、二
(図表−6)二酸化窒素の環境基準非達成局の分布
酸化炭素や粒子状物質の排出量の増加につな
がったり、また、騒音対策、安全対策を講じ
た結果車体重量が増し、二酸化炭素、窒素酸
化物の排出量が増えるといった関係があり、
エンジンメ−カ−の研究開発の努力も劇的な
汚染物質排出の削減にはつながっていない。
平成12年度の全国の大気汚染測定結果で
は、二酸化窒素については、環境基準達成測
定局は、一般環境大気測定局(特定の発生源
の影響を強く受けない場所に設置)で1,466
局中1,454局(99.2%)、自動車排出ガス測定
局(人が日常生活している空間で主要な道路
(出典)環境省「平成12年度大気汚染状況につい
て」 平成13年10月
(図表−7)自動車NOx法特定地域における二酸化窒素環境基準の達成状況
(出典)環境省「平成12年度大気汚染状況について」
- 28 -
平成13年10月
業場から2,765トン、自動車から7,129トンと
(3)大気汚染(ベンゼン)
いう数字になっている。
ベンゼンは、米国の労働環境の疫学調査で
人の急性骨髄性白血病との関係が明らかにさ
大気汚染防止法では、1995年から自動車燃
れていたが、日本では長い間規制対象物質か
料の品質規制が開始され、1999年からはガソ
ら外れていた。1997年になってやっと、生涯
リン中のベンゼン含有量1%以下という現行
リスクレベル10 (10万分の1)をベ−スに
の基準値になっている。環境濃度の推移をみ
して年平均値0.003mg/m 3以下という環境
るとこれら対策の効果が明らかで、徐々に低
基準が設定された。石油化学、石油精製・貯
下してきているものの、平成12年度の全国の
蔵、コ−クス炉など工場・事業場から発生す
測定結果では、沿道で87地点中37地点で環境
るほか、自動車からも排出されている。平成
基準を超過しており、環境基準達成率は
11年度の全国の排出量の推計では、工場・事
57.5%であった。(図表8参照)
-5
(図表−8)
平成12年度のベンゼンの環境基準超過状況
測定地点数
環境基準超過地点数
超過率(%)
平均濃度(μg/m3)
一般環境
208
23
11
2.0
工場周辺
69
14
20
2.4
沿 道
87
37
43
3.1
(出典)環境省「平成12年度地方公共団体等における有害大気汚染物質モニタリング調査結果」平成13年9月
気汚染による呼吸器系への健康影響の主要物
(4)大気汚染(光化学オキシダント)
工場、自動車から排出された窒素酸化物と
質として、この光化学オキシダント対策に力
炭化水素は、大気中で太陽からの強い紫外線
を入れている。一方、日本では、1978年の二
を受けて光化学反応を起こし、オゾン、パ−
酸化窒素環境基準改定、1987年の公害健康被
オキシアセチルナイトレ−トなどのオキシダ
害補償法の改定に関連して、二酸化窒素の大
ント(酸化力の強い物質の総称)を生成する。
気汚染がクロ−ズアップされたこともあり、
1970年7月に、東京都下の高校生がグラウン
光化学オキシダントはその影に隠れる形とな
ドで運動中に被害を訴えて、当時社会的にも
っていた感がある。
注目を集めた。1973年には、人の健康を保護
平成12年度の光化学オキシダントの測定局
するうえで維持されることが望ましい基準と
は1,188局であるが、環境基準を達成したと
して、1時間値で0.06ppm以下という環境
評価される局はわずか7局であった。これは、
基準値が設定された。発生源としての自動車
異常に低いレベルであるが、日本の関係者の
に対しては、窒素酸化物、炭化水素の排出基
関心はこちらにむいてはいないようである。
準が設けられ逐次規制強化されてきている。
(図表−9参照)
もともと光化学オキシダント対策は、アメ
リカのカリフォルニア州が先駆的であり、現
在でも世界の自動車排出ガス規制をリ−ドし
ているといえる。ヨ−ロッパの各国でも、大
- 29 -
(図表−9)光化学オキシダントの1時間値の最
(6)その他
高値のレベル別測定局数
日本全国では毎年約600万台の新車が新規
登録されているが、その一方で約500万台の
廃車が推定されている。(図表−11参照)こ
の廃車に関連していくつかの環境上の問題が
生じている。
(図表−11)全国の廃車台数
0.12ppm以上
0.06∼0.012ppm
0.06ppm以下
(出典)環境省「平成12年度大気汚染状況につい
て」
平成13年10月
(5)道路交通騒音
道路交通騒音については、自動車単体に対
しては1971年から規制が開始され、逐次規制
強化が行われている。現在では、自動車の種
(出典)(社)日本自動車工業会「使用済み自動車台
類ごとに定常走行騒音、加速走行騒音、近接
数の推移」より作成
排気騒音の規制値が定められている。この他、
車線規制、信号機の高度化、バイパスの整備、
物流拠点の整備などの交通流対策、低騒音舗
まず、カ−エアコンからのフロン回収であ
装、遮音壁、緩衝緑地帯などの道路構造対策、
る。我が国の自動車メ−カ−では、モントリ
沿道の計画的市街地整備などが総合的に進め
オ−ル議定書により規制される特定フロンの
られている。しかしながら、平成12年度の自
ひとつCFC12(R12)のカ−エアコンへの
動車交通騒音の調査結果(図表−10)を見る
使用を1994年時点でHFC134a(オゾン層
と、環境基準の達成率は面的評価で76.9%、
破壊物質ではないが、その後温室効果ガスと
点的評価では38.1%という姿になっている。
の指摘)へ切り替えている。したがって、今
後は廃車からこれらの冷媒を適正に抜き取
り、処理していくことが課題となっている。
(図表−10)
平成12年度の自動車交通騒音の面
つぎに、資源リサイクルの問題である。廃
的評価
棄物最終処分場の確保、資源の有効利用の観
点から自動車にもリサイクルの推進が求めら
れている。特に、経済的に自立しにくいシュ
レッダ−ダストのリサイクルが課題とされて
いる。
ディ−ゼル排気微粒子は、発がん性等の健
(出典)環境省「平成12年度自動車交通騒音の状
康影響が疑われており、IARC(国際ガン
況について」 平成14年5月
研究機関)による1988年6月時点の評価では
- 30 -
「人に対しておそらく発がん性を有する物質」
いることがわかる。
とされるなど、国際的に注目を集めているも
のである。2002年3月のディ−ゼル排気微粒
子リスク評価検討会報告書では、「ディ−ゼ
(図表−12)1999年の世界自動車保有台数(732百
ル排気への曝露と発がんリスクに関しては、
万台)
疫学調査では曝露評価の不十分さは指摘され
るものの、特にディ−ゼル排気曝露と肺がん
との関連性が、異なる疫学手法による調査に
基づいて、多くの国で、また曝露に関連する
種々の職業集団で報告され、そのリスクの大
きさについても類似した値を示している。さ
らに膀胱がんについてもディ−ゼル排気曝露
との関連性を示すいくつかの報告がある。…
…したがって、当検討会では、これまでの知
見を総合的に判断して、ディ−ゼル排気微粒
子の人に対する発がん性は強く示唆されてい
ると考える。」と結論づけており、今後の研
究結果の集積、具体的な対策の実施などが求
められている。
この他、路上放棄車の問題、自動車からの
(出典)
「International Road Federation, World
ごみのポイ捨て(散在ごみ)なども私たちの
Road Statistics, 2001」と「(社)日本自動車工業会
環境保全上看過し難い問題である。特に、道
世界各国の四輪車保有台数http://www.jama.or.jp」
路沿いで投げ捨てられたペットボトル、空き
より作成
缶、タバコの吸殻などが目立ち、各自治体の
図表−13は国別に保有状況を調べたもので
ポイ捨て禁止条例も有効に働いていないよう
あるが、これからは、アメリカ、日本、ドイ
に思われる。
ツ、イタリア、フランス、イギリスの主要先
進6カ国で世界の約6割の自動車を持ってい
3. 自動車の増加
ることがわかる。日本は、世界第2位の自動
世界の自動車保有台数(四輪車以上)は、
車保有国であり、第1位のアメリカとともに
2000年現在、748,712千台と推計されており、
世界の自動車環境対策のイニシアティブをと
人口1,000人あたり124台、8人に1台という
るべき立場にあるといえるが、現実には、
状況になっている。地域別の分布を概観した
ヨ−ロッパ諸国の活発な取組みが目立ってい
ものが、図表−12である(1999年ベ−スの
る。
デ−タ)。アフリカ、南アメリカ、オセアニ
アの占める割合はわずかで、北アメリカ、ア
ジア、ヨ−ロッパに偏在していることがわか
る。アジア地域では、日本が全アジアの50%、
韓国、中国を含めるとこの3カ国で66%を占
めることとなり、特定の国に偏って普及して
- 31 -
(図表−13)国別自動車保有台数(1999年)
(図表−15)日本の自動車保有台数の増加
(出典)国土交通省「自動車保有車両数(月報)」、
「平成13年版環境白書」から作成
※ここでは、二輪車等も含めた数値である。
ここで、世界の自動車保有台数の伸びを大
まかに予測してみよう。
(出典)「International Road Federation, World Road
自動車の保有状況は国民の経済的ゆとりに
Statistics, 2001」と「(社)日本自動車工業会 世界
左右されることは容易に推測できる。また、
各国の四輪車保有台数http://www.jama.or.jp」より
道路の整備状況、燃料の入手のしやすさなど
作成
とも関係してくるが、これらも間接的には国
の経済状況と密接な関係があると考えられ
る。つまり、国民一人当たりの国内総生産と
図表−14と図表−15は、世界の自動車の約
40%を占めているアメリカと日本の、自動車
国民一人当たりの自動車保有台数の間には、
保有台数の推移である。どちらの国も、20世
一定の関係が予想できる。
紀の後半、この40年間増加しつづけている。
O GDP
−= f (−−−)…………… (1)
p p
(図表−14)アメリカの自動車保有台数の増加
ここに O : 各国の自動車保有台数(台)
p : 各国の全人口(人)
GDP : 各国の国内総生産(米ドル換算)
上記の関係に、一次回帰式を仮定すると、
O GDP
−= k −−−
p p
…………… (2)
O= k GDP ……………
(出典) National Transportation Statistics 2000 より
(3)
作成
この関係をプロットしたものが図表−16で
ある。おおむね良好な相関関係が確認できる。
この相関係数は、アメリカ、日本の2点の存
- 32 -
在にかなりの影響を受けていると考えられ
これらを総合すると、世界全体の自動車保
る。そこで、原点近傍で塊状となっているプ
有台数の大まかな動向を把握し、将来を予測
ロットの分布を検証するため先進6カ国(アメ
する場合には、式(3)を用いることができる
リカ、日本、ドイツ、イタリア、イギリス、
と考えられる。この関係を使って、世界の自
フランス)を除外して解析してみたのが、図
動車保有台数の今後の動向を推計してみる
表−17である。ここでも高い相関を保ってい
と、図表−18、図表−19のとおりとなる。計
ることが確認できる。
算式は、次のとおりである。
O n = O×(1+r)n
(図表−16)世界各国の国内総生産と自動車保有
台数
ここに、On: n年後の自動車保有台数
O : 現在(1999年)の自動車保有台数
r : 国内総生産の実質成長率
以上の推計は、過去10年間の国内総生産の
実質成長率の平均が今後継続するという仮定
の下でのものである。もちろん、成長率の鈍
い国々が将来ともその水準にとどまるわけで
もないし、また逆に高い成長率を達成した
国々がそのレベルの発展を維持できる保証も
ない。しかしながら、世界的動向をマクロ把
握するには利用可能と思われる。
この推計結果では、世界の自動車保有台数
はおよそ10年で現在の1.5倍、20年で2倍、
(図表−17)世界各国の国内総生産と自動車(ア
30年で3倍に増加することになる。また、経
メリカ等主要6カ国を除く)
済の発展が著しい中国では急速に増加し、20
年後はアメリカに続く第2グル−プの日本や
ドイツと肩を並べ、30年後には抜き去ってし
まう。これだけの増加は、自動車環境問題に
対して重大な影響を想定しなければならな
い。
将来の自動車保有台数の伸びに関しての論
点を整理すると、i) ひとつは、アメリカ、日
本、ドイツなどの保有先進国にあって、いつ
まで自動車保有台数の増加傾向が続くのか、
飽和する時期が来るのかという点である。ii)
2つめは、特に多くの人口を抱える開発途上
国(中国、インド、インドネシアなど)で、い
つごろから爆発的増加が始まるのかという点
である。iii) ロシア、東ヨ‐ロッパの国々で
- 33 -
は、経済の回復につれてどの程度の自動車の
増加が見られるのかについても注目すべきで
あろう。
(図表−18)自動車保有台数の予測結果
自
国 (地域)
1999年
動
車
保
有
台
数
(千台)
2010年
2020年
2030年
世 界
732,486
1,072,822
1,517,713
2,147,098
日 本
70,818
81,187
91,926
104,085
韓 国
11,164
21,703
39,720
72,691
中 国
11,818
32,785
82,898
209,606
アメリカ合衆国
206,287
286,465
386,108
520,411
イ ギ リ ス
23,159
28,733
34,957
42,528
イ タ リ ア
34,301
40,361
46,794
54,253
ド イ ツ
44,875
61,918
82,971
111,182
フ ラ ン ス
33,090
39,874
47,242
55,971
4.考 察
(図表−19)自動車保有台数の予測結果
以上、自動車が原因となる種々の環境問題
をレビュ−し、併せて自動車の今後の増加を
予測してみた。自動車環境問題のなかには、
スパイクタイヤ粉じん問題、ガソリン添加物
による鉛の大気汚染、一酸化炭素による大気
汚染などのように既に効果的な措置が取ら
れ、過去の問題となりつつあるものもあるが、
ここに取上げたいくつかの問題のように、解
決に至っていないものも多い。状況の要点を
整理してみると次表(図表−20参照)のとお
りとなる。
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(図表−20)主要な自動車環境問題の状況
環
自動車環境問題
境
の
状
現在までの取組み(単体規制を中心に)
況
二酸化窒素大気
1973年に環境基準設定。大都市の道路沿
1973年より、窒素酸化物に対して排出ガ
汚染
いで、環境基準未達成地点が多い。自動
ス規制を開始し、数次にわたり規制強化。
車NOx法特定地域の自動車排出ガス測
1992年には自動車NOx法により、大都市
定局では37.2%が環境基準未達成。(平成
でNOx排出の多い古い型式のディ−ゼル
12年度)
車を強制的に廃車にする使用車種規制な
どを実施。
ベンゼン大気汚
1997年に環境基準設定。全国の沿道測定
1995年から自動車燃料品質規制を開始。
染
地点では、42.5%が環境基準未達成。(平
その後、1999年に規制強化。
成12年度)
光化学オキシダ
1973年に環境基準設定。全国1,188測定局
1973年より、窒素酸化物、炭化水素に対
ント大気汚染
のうち99.4%が環境基準未達成。(平成12
して排出ガス規制を開始し、数次にわた
年度)
り規制強化。
1971年に環境基準設定。面的評価では
1951年より道路運送車両法の保安基準に
23.1%が、点的評価では61.9%が環境基
より規制開始。1971年より本格的な規制
準未達成。(平成12年度)
が始まり数次にわたり規制強化。定常走
道路交通騒音
行騒音、近接排気騒音、加速走行騒音に
ついて規制されている。
地球温暖化
自動車からの温室効果ガスの排出量は増
1979年に燃費目標値を設定。その後数次
加の一途。京都議定書基準年(1990年) に渡り規制強化。低公害車の普及に各種
に比べ、121.2%。(平成12年度)
の補助・税制優遇の制度。
大まかにいうと、公害・環境問題が顕在化
ヤ−しているのが現実である。いままでのト
した30年ほど前に、環境基準を定め自動車に
レンドで想定すると、近い将来新技術で画期
対する規制基準を定めてきている。これらの
的低減というような展開は期待できない。
基準値は、その後逐次強化されてきており、
これに加えて、将来予測では日本の自動車
自動車メ−カ−も新しい技術の研究開発でこ
台数はさらに増えつづけるという結果になっ
れらの基準値をクリア−してきている。自動
ている。10年間で約1千万台ずつの増加が想
車一台一台の環境への負荷は着実に低減して
定される。自動車環境問題の将来(長い将来
来ているといえるが、全体としては環境の状
でもなく、10年後、20年後といったスパンで
況の改善につながっていない。
見ても)は、極めて困難な状況に立たされて
自動車排出ガス中の窒素酸化物、炭化水素、
いるとみて差し支えないのではなかろうか。
二酸化炭素を低減し、騒音を低くする技術に
ついて触れると、かつてのガソリン自動車の
以上自動車の単体対策を中心に論じてきた
三元触媒のように画期的低減が得られるよう
が、この分野での見通しが明るくないことか
な実用可能技術は見当たらない。小さな改良
ら、今後は自動車の走行量を減らす施策に力
技術を積み重ねて、やっとト−タルとして
点をおかざるを得ないと思われる。これにつ
数%から十数%の削減を達成し基準値をクリ
いては、紙面の関係もあり別の機会に論じる
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こととするが、自動車環境問題への取組みを
・環境省「平成12年度地方公共団体等における有
検討する際に特徴的なのはStakeholderが多い
害大気汚染物質モニタリング調査結果」
ことである。自動車メ−カ−をはじめ自動車
平成13年9月 ・環境省「平成12年度自動車交通騒音の状況につ
販売業者(新車、中古車、輸入車)、自動車
いて」
平成14年5月 整備業者、石油精製業者、石油小売業者、道
・(社)日本自動車工業会「使用済み自動車台数の
路建設業者、バス事業者、タクシ−業者、貨
推移」http://www.jama.or.jp
物輸送業者、マイカ−利用者、警察などの間
・ディ−ゼル排気微粒子リスク評価検討会「デ
で、複雑に利害が絡み合っている。すべての
ィ−ゼル排気微粒子リスク評価検討会平成13年度
関係者が、現在自動車から享受している利
報告」平成14年3月
・太田 進 「自動車における地球温暖化対策」
益・便益をそのまま存続させることを主張し
環境研究2000NO.117
あうようであれば、効果的な自動車環境対策
・ Energy Technology Support Unit [ETSU]
は浮かび上がってこないであろう。将来にわ
1994,Appraisal of UK Energy Research
たって、自動車を便利な道具として賢明に使
・Energy and Environmental Analysis [EEA] 1991,
うという認識のもとに、「持続可能な自動車
Fuel Economy Technology Benefits
の利用方法」を考える必要がある。
・Transportation Technology Council of Japan [TTC]
1998, Strengthening of automobile fuel economy
standards
・Office of Technology Assessment [OTA] 1995,
Advanced Automotive Technology : Visions of a
<参考文献>
・折口 透 「自動車の世紀」
Super-Efficient Family Car.
岩波書店
・ International Road Federation, World Road
・(社)日本自動車工業会 「世界各国の四輪車保
Statistics, 2001
有台数」http://www.jama.or.jp
・Bureau of Transportation Statistics, National
・警察庁「平成11年 警察白書 国境を越える犯
Transportation Statistics 2000 http://www.bts.gov
罪との闘い」http://www.npa.go.jp
・International Monetary Fund, International Financial
・環境省「2000年度(平成12年度)の日本の温室
Statistics Yearbook 2001
効果ガスの排出量について」 http://www.env.go.jp
・環境省「平成12年度大気汚染状況について」
(鳥取環境大学 環境政策学科 教授)
2001年10月 http://www.env.go.jp
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