「ツーリズム産業の将来性と求められる人材とは」

産学連携オープンセミナー(平成 23 年 2 月 9 日開催)
パネルディスカッション
「ツーリズム産業の将来性と求められる人材とは」
コーディネーター: 山内 弘隆 (一橋大学大学院商学研究科 教授)
パネリスト:
河本 宏子 (全日本空輸株式会社 上席執行役員 客室本部長)
田川 博己 (株式会社ジェイティービー 代表取締役社長)
橋本 俊哉 (立教大学観光学部観光学科 教授)
原口 宰
(東日本旅客鉄道株式会社 取締役
鉄道事業本部 営業部長)
【テーマの説明】
■山内 弘隆 氏
テーマの一つは、これからのツーリズム産業はどういう発展性があるのかということで
ある。ここに集まっている諸君も将来的にはこういう仕事に就きたい、あるいは興味があ
るということだと思うので、専門家から将来の姿、あるいはどう発展していくのかという
ことについて話をしていただく。もう一つは、このツーリズム産業ではどういう人材が求
められているのか。どういう人がこの産業に向いているのかについて、4 人の専門家の方々
にディスカッションしていただく。
諸君は就職活動真っ盛りだと思うが、その役に立つことを目的にしている。冒頭の観光
庁長官のお話にもあったが、これから学校を出て仕事をしていく中で、自分たちのスタン
スをどうしていくかということにも役立つようなディスカッションとしたいと思う。
セッション 1: ツーリズム産業の現状と課題
【発言 1】
■田川 博己 氏
いまツーリズム産業は変わろうとしている。JTB では、お客様の感動のために JTB な
らではの商品、サービス、情報および仕組みを提供していく。地球は舞台ということで、
新しい旅行業への大変革のために、今年から計画を進めようとしている。とくに交流文化
事業の核となるのは、地域交流ビジネスだ。
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もう一つのキーワードは DMC(ディストネート・マネジメント・カンパニー)である。
この一番重要な視点は、大きなマーケットから小さいマーケットに人を送るのではなく、
地域にお客様を送るための仕事は地域自らがやっていくのだということである。会社の体
制を発と受けの一体営業に変革する。昭和 30 年代、40 年代のまだ旅行業が一人前になる
前はこういう考え方が根強くあった。しかし、高度成長の中で海外旅行者が 1600 万を超
え、国内旅行も 3 億人を超えたときに、マスマーケットは移動。そのことによって観光地
へ送るということが旅行業の大きな仕事になってきた。
この成熟化社会の中で新しいツーリズムをつくるとすれば、受け地の発信する情報です
べての旅行の仕組みをつくり上げていく体制に変えなければいけない。これは世界におい
ても同じことだと思う。そこで、受け発一体の営業改革にいま取り組んでいるところだ。
そうでないと地域を基軸にした新しい価値を創造できない。この循環性の中で新しい旅行
事業は発展するのではないか。そういう意味でも、第 3 の開国ではないかと思っている。
JTB では今、47 都道府県の主要な支店長等を含めて「47DMC プロジェクト」というの
をつくっている。旅行の原点は開発と需要創造、それをどうやって売るか、もう一度見直
そうと。昨年、羽田空港がオープン、今年は九州新幹線、JR 東日本の東北新幹線が開業
する。このインフラを使ってどういう新しい価値を生み出すかというのが旅行会社の仕事
だとすれば、どうやって仕掛けるかが今年のキーワードではないかと思う。観光立国の原
点は、住んでよし、訪れてよしの国づくり、あるいはまちづくりであるから、旅行業、ツ
ーリズム産業はそこの原点にしっかりと事業体制と戻していくことが、これからの重要な
要素だと思っている。
■河本 宏子 氏
昨年 10 月、羽田の国際線ターミナルがスタートした。ANA グループでは国内、および
日本とアジア、世界の旅客・貨物輸送を担う航空事業を中核とする、アジアを代表する企
業グループを目指している。いま航空業界で起きている大きな変化はわれわれにとって大
きなピンチでもあるが、チャンスでもあると考え、ANA グループとしてはこれを何とし
てもチャンスにしていきたいという強い思いを持っている。
お客様が航空会社を選ぶ時には安全、定時性、運賃、ダイヤ、サービス等、さまざまな
要素があると思う。いまの私のミッションは、機内品質をアジアナンバーワンにしていく
ことである。客室乗務員には、こういった大きな環境変化のあるときだからこそ基本に立
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ち返り地道に小さなことをきちんと積み重ねていくサービスをしていこうと伝えている。
キーワードは「小さいことほど丁寧に、当たり前のことほど真剣に」というものである。
これを私たちの「おもてなしの心」として世界に、そしてアジアの国々に発信していきた
いと考えている。
■原口 宰 氏
鉄道は、ツーリスト産業の中でかなり重要なインフラを担っているという自覚がある。
ただし JR 東日本はインフラ、つまりハード部分だけではなくて旅行業、例えば「びゅう」
というブランドに象徴されるような旅行業にも取り組んでいる。鉄道は本質的に地域に密
着せざるを得ない産業なので、未来永劫、運命共同体としてそれぞれの地域と共生してい
かなければいけないという宿命を負っている。そういう意味で地域とどれだけ仲良くでき
るか、地域とともに何かをつくり出せるかというソフト面にも力を入れている。
新幹線の新青森は去年の 12 月 4 日に開業し、たいへん順調に動いている。青森の開業
までは、新幹線が青森に通じるという法律ができてから 38 年間かかっている。そういう
意味で青森の人たちにとっては待望のことであった。一方、青森は東京から見ると非常に
遠いところであったが、3 時間で結ぶことがどういうインパクトになるのか。それによっ
て地元とどう仲良くできるのかということについて、社内で激論を交わした。
例えば青森をどれだけ宣伝し露出していくのかについてもさまざまな意見があった。去
年 9 月ごろから暮れまで、三浦春馬さんが主人公のシリーズもののコマーシャルを流した
が、青森だけは去年の 3 月から流していた。JR 東日本が本当に地元と仲良くし、地元に
いろいろな資本を投下することを本当の意味でわかっていただくためには、具体的な事例
で示すしかないというところからスタートをした。
三浦春馬を除いてすべてのキャストを青森出身者にし、相手役は、14 歳から 22 歳まで
の青森県在住の女性から公募したが、全部で 6 万人弱の対象者のうち、3000 人近くが応
募してきた。このように、地元をどう盛り上げるかということにものすごく神経を使った
おかげで、そうとうの盛り上がりを見せ、JR が本気だということも、いくつかの事例で
わかっていただけたかと思う。
言うまでもなく新幹線の開業はゴールではなくスタートだが、ああいう大きなインフラ
をつくることで青森という土地とずっと共生していくわけで、青森と JR の幸福な関係と
いうのはスタートが大事だと考えて取り組み、だいぶコマーシャルを流した。
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今後は第 2 弾として、3 月 5 日にはやぶさ、そして「グランクラス」という、JR 東日本
としては初めてグリーン車の上をいく新しいサービスを導入する。新しい鉄道のサービス
を青森からスタートさせるわけだ。「グランクラス」は 1 車両 18 席なので希少価値のあ
る切符になって 10 秒で売り切れた。大変な人気であるが、これも商売のうちと思ってい
る。
もう一つ、4 月 23 日から青森で「ディスティネーションキャンペーン」を張りたいと考
えている。これは JR グループ旅客 6 社が共同で、ある一つのエリアに対するキャンペー
ンをある時期、一緒に張るものである。これは国鉄時代からの伝統ですでに 120 回以上重
ねている。これが観光素材の掘り起こしに非常に有効であると地元に認知され、たいへん
大きな取り組みとなっている。新青森開業だけで終わることのない、青森のブームをつく
り上げていきたい。
鉄道というインフラと同時に、地元との共生というソフト部分にも取り組んでいると、
JR を理解していただければ幸いである。
■橋本 俊哉 氏
人材を送り出す側の動きを簡単に紹介する。現在日本には観光関係の学部が 43 学部、
5000 人の規模となっており、この 20 年間に 20 倍になった。90 年の初めにはわずか 2 学
部で 240 名の定員であったことからすると、非常に増えてきているということだ。私ども
立教大学、横浜商科大学、それから東洋大学の 3 大学が老舗としてずっとやって来た。現
在はコースとか、あるいは科目を設置している大学は 80 を超えるということである。ま
た、一橋大学、首都大学東京、早稲田でも TIJ の寄付講座を進めているということで、観
光を学ぶ学生は非常に増えていることは間違いない。
観光学部の中身はなかなか真っ当に理解してもらえないところがある。観光関係にはい
くつか学部のタイプがあり、観光文化学科、観光交流学科、先ほど田川社長から交流文化
事業という話があったが、
私ども立教大学でも2006 年に交流文化学科を立ち上げている。
文化的な国際交流による社会的な効果は大切だと、
ここ 5 年ぐらい、
認識されてきている。
それからマネジメント系、観光系の学科を持つ大学があり、国際系の大学もある。地域と
か制作系の学科。そういったものをひっくるめて観光系大学と呼んでいる。
ベースがそれぞれ異なる特色ある学科が急増しているのが現在の日本の状況であるが、
この状態は産業界からも地域からも中途半端と言われたり、本当にちゃんとやっているの
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かとお叱りを受けたりすることがある。企業側、地域側のニーズと、大学との間のベクト
ルをいかにして一致させていくか、これから相互に理解を高めていくことが必要で、その
接点としての産学連携であり人材育成であると思う。そういった話について議論できれば
と思う。
セッション 2:ツーリズム産業の可能性
【発言2】
■原口 宰氏
日本がどうしても越えなければならないのは人口減少の壁である。人口は間違いなく減
ってきている。若い世代の同年代の数は団塊の世代などに比べて半分もいかない。JR 東
日本の収入は、ラフに言って 3 分の 1 が定期、3 分の 1 が首都圏の近距離電車区間のお客
様、あとの 3 分の 1 がツーリズムなどに密着する遠距離の新幹線とか特急列車のお客様か
らのものである。そのうち定期券は、人口が減るわけだから長い目で見て減らざるを得な
い。そういう中で、われわれが仕掛けてゼロから創り出せる需要は観光しかない。産業の
需要、例えば出張、通勤・通学の需要はわれわれが仕掛けて創り出せるものではないが、
観光の需要は間違いなく創り出せる。それゆえ、観光に大きな期待をかけて主体的に取り
組まざるを得ない。
新しい需要を創り出せる人間をこれからたくさん入れていかないと、JR 東日本は鉄道
業として社会で大きな役割を果たせなくなるのではないかという危機感がある。その裏返
しでわれわれは鉄道業の将来の可能性を確信しているし、使命感も持っている。決して座
して死を待っているわけではない。
来年度末には上野と東京の間に東北縦貫線ができる。いま新幹線の上にもう 1 本、複線
で線路を通す工事をしている。これによって、宇都宮線、高崎線、常磐線と東海道線、横
須賀線がシームレスに結ばれる。湘南新宿ラインは山手線の北側を通っているが、今度は
山手線の南側を通る。首都圏の旅客流動にものすごく大きなインパクトがあると思う。そ
して 2014 年度末になると新幹線は金沢に伸び、その翌年には函館まで伸びる。それと相
前後して、秋田新幹線のこまちにも 320 キロ運転が可能の、はやぶさと併結できる新型の
車両を大量に投下していく。インフラのハードの部分をきちっと整備することによって、
ツーリズム産業の未来を創っていくことができるのではないか。「観光」を大きくする手
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助けができないかと考えているところである。
■河本 宏子 氏
ANA グループも国内線を基盤に成長してきた会社だが、日本の人口の減少、JR の新幹
線の延伸で、パイの取り合いをするよりもパイをどう拡大していくかということを連携し
て考えていかないといけないのではないかと思っている。そういう意味でも羽田、成田の
デュアル・ハブ構想によってアジアからのお客様をたくさん取り込み、快適に国内のネッ
トワークを利用していい旅をしていただく。機内サービスを担当している身としては、そ
のなかで日本の「おもてなしの心」、日本の良さをしっかりと伝えていくことが必要なの
ではないかと考えている。
全日空は残念ながらボーイング 787 の導入が遅れているけれども、世界に先駆けてロー
ンチカスタマーとして導入していく 787 を主力機としながら、日本にたくさんのお客様を
お運びしたいと思っている。
■田川 博己 氏
鉄道、航空、道路、船が開発されたら、それをどう使っていくかということがわれわれ
の最大の仕事である。二つのキーワードをお話しする。
一つは「旅の五つの力」である。旅行はいろいろな要素を持っていて広がりもあり深掘
りもあるが、
まだまだこの五つの力は日本の国の中で使われ切れてないと思う。
世界でも、
まだ旅の力を活用していろいろなことがされているとは思わない。先ほどのお話のように
「おもてなしの心」という日本の持っている最大の武器があるが、こういう力を発揮させ
るという意味ではツーリズムの深掘りができる。
もう一つは「サステイナブル・ツーリズム」である。世界的に消費型の観光から環境共
生、観光と健康と環境というのは 3K で三つセットになっているが、そういうものは地域
とともに歩まなければいけないテーマだ。われわれだけで環境共生はできない。当然、ホ
テル等の施設も排水についての準備をしていくというような、環境共生型の観光になって
くる。これもまさにキーワードだと思う。
JTB は来年、創業 100 年を迎えるが、グループの経営理念を「地球を舞台に人々の交流
を創る。平和で心豊かな社会の実現に貢献する」と変えた。われわれツーリズム産業は平
和産業なので世界的には貢献できる産業である。日本人の海外旅行は 2010 年で 1600 万人
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台、訪日ツーリズムも 900 万人弱ということで、マーケットは山のようにある。先ほど舩
山会長から 8 億から 10 億、4、5 年後には 15 億という話が出たが、マーケット論で言え
ば日本の人口は減っていくが、世界の交流人口が増えることを考えれば、日本はどこにそ
ういうポジショニングをつくるか。
これからの若い人たちにはこれを考えていただきたい。
ブランドのスローガンも今年 1 月の新春講演会で発表した。4 月から新しくなる。「感
動のそばに、いつも」というのを英語、中国語、韓国語でもつくってある。「日本のおも
てなし」という非常にレベルの高いホスピタリティを生かして、旅の力の輸出の経済的な
効果をどう表すかということが重要なテーマである。それには地域の自治体なり経済界に
関心を持ってもらいたい。われわれ旅行業としては、どうやって企業の運動論としてやっ
ていくか。これが一番大きなテーマではないかと思う。若い人に期待したい。
■橋本 俊哉 氏
観光関係の事業は人がすべてなのでグローバル人材の育成は欠かせない。留学生を受け
入れることと、グローバルな意識を持っている学生をどう育てるかということの両面があ
ると思う。アジアから優秀な人材を招いて専門教育をし、日本の産業の中で活躍してもら
う。将来的には国に帰って、あるいは世界で活躍する。まず日本をよく理解してもらうこ
とが、アジア、世界へ向けて人材を発信するために非常に重要な事業だと思う。しかし残
念ながら事業仕分けの影響で今年度で終わる。王熙淵さんが第 4 期生であるが、そこでス
トップということになる。この 4 月から、立教大学では私費留学生というかたちでそのノ
ウハウを生かしていくことになる。
アジア人材の中の成果としては、ツーリズム産業で活躍する留学生を育成するための産
学連携のコンソーシアム体制を組み、実際に動かしているところだ。JTB、KNT、航空関
係では ANA、そして TIJ には全面的にサポートをいただき、ホテル関係でもホテルオー
クラ、外資のスターウッドグループの人事担当者の方々と議論をしながらカリキュラムを
組み立て、科目の中でも教えてもらうことでグローバルな人材を育て上げる事業を進めて
いる。
どういう人材を育てたいかについて、人事の方々と議論しながら整理したものが 4 点あ
る。1 点目は専門知識。観光関係の専門知識を持つのは当然のことである。2 点目がリー
ダーシップとマネジメント能力。組織の中で他者の意見に耳を傾けて協調し組織をまとめ
る。3 点目は外国語の運用能力。これはバイリンガル、トリリンガルの非常にスキルの高
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い留学生たちを迎えている中でよりスキルアップしていく。4 点目で大事なのは、アジア
の多様性に理解を持ちながら、日本で、アジアで、あるいは世界で活躍できる素養を兼ね
そなえることである。歴史、文化、芸術などの教養を持って、多様なマネジメントに対す
る理解の上で協調を保って活躍できること。こんなことを議論してカリキュラムを組み立
てている。
実際に授業を進めていて気付いたことは、メンター学生として日本人の学生についても
らっているが、かえってそのメンター学生に対しての効果のほうが大きいのではないかと
いうことだ。もちろん熱心な留学生たちの姿勢に学ぶということもあるが、それだけでは
なく、ものの見方を学んだり新しい学びの機会につながっていくと感じている。
いままでのカリキュラムのノウハウを継承しながら、これからも続けていきたい。それ
ぞれの大学が特徴を生かしながら、産学連携の学びの仕組みをいかにつくっていくかがこ
れからの課題と思う。
ツーリズム産業の求める人材とは
【発言 3】
■河本 宏子氏
ANA は定期国際線に就航して今年 25 年目。海外ベースの客室乗務員を導入して今年で
10 年目を迎えようとしている。これは世界に比べれば歴史が浅く、われわれもナレッジが
十分積み重ねられているとは言えない。しかしロンドンベース、あるいは上海ベースの客
室乗務員とともに乗務することによって互いに啓発し学んできたものは大きいと思う。こ
れは単に語学だけの問題ではなく、互いの文化を知りその違いを受け入れて、さらにチー
ムとしての強みを機内でつくり上げていくというプロセスにある。こうした中で、言葉の
問題は大きいと思うので、客室乗務員には、これからは英語だけではなく、中国語、韓国
語でお客様をウエルカムできるような勉強を進めていく環境も整えている。
そうは言っても、一朝一夕に語学は身につくものではないので台湾、韓国路線にはこの
4 月から通訳業務を中心に行うサービス補助員を乗務させることにしている。こうしたメ
ンバーとの共同作業を通じて、自分たちのグローバリゼーションも深めていくことができ
ればと思っている。
グローバル化の中で大切だと思っているのは日本の文化で、先ほどから「おもてなしの
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心」と言っているが、それは「以心伝心」が根底にあると思う。そしてこれから私たちは、
その以心伝心の間に「発信」を入れなければいけない。発信をする、つまり行動をする、
何か働きかける、声に出して発することができる、そういう人材が必要なのではないかと
思う。思っても、それを言葉に出さなければ、また行動を起こさなければなかなかそれは
相手に伝わらないのではないか。「おもてなしの心」を伝えるためにも、発信力を持つ人
材を育てていきたいと思っている。
■原口 宰 氏
サービス業を志望する人たちの最大の資質は、人を喜ばせることが好きだということに
尽きると思う。合コンの時にどうやってもてようかという人より、あのテーブルの飲み物
が足りなくなっているなということに最初に気付く人間がたいへん大事なのだろうと思う。
人の笑顔、人が喜ぶのを見るのが好きな人は絶対にサービス業に向いているし、それはも
のすごく大事なことだとつくづく思う。
そして人見知りをしないこと。確かに語学力があったほうがいいし、コミュニケーショ
ンのためにもしゃべれたほうが手っ取り早い。ただ、熱意と資質があれば言葉は何とか後
から追いつける。問題はその人の性格である。違う文化、違う考え方の中に飛び込めない
人は、これからのツーリスト産業のソフト面を担うのにはあまり向いていないかもしれな
い。
これは国外のことだけではない。例えばわれわれがいま一生懸命に取り組んでいる東北
の観光振興においても、地元の方々は、大きな会社の社員は 2 年、3 年したら代わってしま
い、何もしてくれなくなったという事例はたくさんあると疑いの目で見る。われわれはあ
なたの地方のために一生懸命にやると言って人を説得できるかどうか。それは人見知りを
しないで飛び込めるかどうかという、その人の資質にかかっている。しかし、そうでなく
とも意識して飛び込めば飛び込めるものだと思う。それは、こういう産業で働きたいと思
っている方には非常に大事な点だと思うので、その点を強調しておきたい。
■田川 博己氏
私がいつも大学で使っている資料には、JTB はいかなる人材を求めているか等々のこと
が書いてある。これはぜひ覚えておいていただきたい。そして、自らの現在の学生生活の
フィルターを通して、欠けているもの、あるものを意識したうえで、もう短期間ではある
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が一生懸命勉強していただきたい。
私は「社長はどうして JTB を選んだか」と学生に問われた時、「人を動かすのが好きだ
ったから」と答える。もちろん旅は好きだが、人を動かすことと旅が好きなのとはちょっ
と意味が異なる。そこの点が 40 年も続けることができた大きな理由かと思う。
いま、旅行業とかツーリズム産業が成熟化した結果、あまりよくないのではないかと思
っている方は社会的に見てもたくさんいる。JTB はこの 100 年、戦前、戦中、戦後を通じ
てどんな時代にもベンチャー的にやってきた企業だ。高度成長の時代にはマスのマーケッ
トがいっぱいあって何しろモノを売るということだったが、原点は新しいツアーを創り出
すことである。そこで 100 年前の原点に戻ろうという気持ちがある。いまのマーケットか
ら需要を掘り起こすことは大事であるが、それよりも新しい需要を創り出すことをやって
ほしい。例えばチャーターの制度を変えて、日本に新しい需要を創り出すために飛行機の
フライトをつくるといったことをやっていかないといけない。決まったものをやるのでは
なく、何かの制度を変えると新しく何かができるというような発想で開墾をするようなタ
イプの人を求めたい。
学生生活の中でいろいろやられていると思うが、例えばクラブ活動をやるとしたら、そ
の中で自分が主体的になれるような生活を送ってほしい。だれかに従うよりも自分で動く
人を求めたいと思っている。ぜひ、「稲刈り族」ではなく「開墾族」になってほしい。
学生に向けたメッセージ
【発言 4】
■橋本 俊哉氏
就職が厳しいと毎年のように言われているが、売り手市場の時も買い手市場の時もすん
なり決まって内定をもらう学生はいる。景気うんぬんということの前に、社会や、観光関
係の企業が求める人物像はそう変わらないという気がしている。
今、3 人の方々からそれぞれお話があったが、ただ、大学教育はストレートにそういう
ツーリズム産業が求める人材のための教育を目指せばよいのかというと、それだけではな
いと思う。
大学が高校までと決定的に違うことは何か。
皆さんに考えてみていただきたい。
それは学部、学科、ゼミを選ぶこともそうだが、まず科目を選ぶことで自ら学びたいこと
を選択することが基本になっている。学びたいことを組み立てる。まさに自分でつくって
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いくということで、それができることが前提となって大学の教育システムはできている。
つまり自主的に学ぶことが大学の本質であるということを改めて認識していただきたい。
観光関係を学ぶことになると、学びの選択肢は非常に広い。そういう中で自らの問題意
識に沿ってカリキュラムを組み、主体的に学んでいくことがまず欠かせない。それがある
から既成の価値観にとらわれないようなアイデアが出、応用が利くのだと思うし、そこか
ら気づき、意識するということも生まれるわけである。大学の授業で教えられる知識、技
術といったことはわかりやすいが、もっと深いところを少し考えてほしい。そのためには
考え方の道筋を学ぶことが非常に大事だ。問題を発見してきちんと説明する。その際に理
論的な枠組みがあることが応用につながってくるわけだ。大学の学びはそういう意識を持
つことが大事だという気がしている。
ツーリズム産業を目指す学生たちにとくに学んでほしいのは、観光のマインドである。
法学部のリーガルマインドと同じように、観光の場合にもそういうものがあると思う。例
えばエコツーリズムは事業として採算が合わないかもしれないが、なぜ大切なのか。地域
の良さを郷土愛につなげ住民に認識してもらう。このことが国を愛し守る意識につながっ
ていく。そういう文化的、社会的な意義を理解しサステイナブルにつなげていく。これを
いかに商品化しつなげていくかということを考えるベースが必要だということである。ま
たアセットマネジメントもホスピタリティ産業、精神の根源について理解するという意識
がないと、単なるマネーゲームに終わってしまうことになる。
観光のあり方についてきちんと理解する思考に支えられていないと、語学力が飛び抜け
ている、経営の知識があるといったことだけでは、社会を豊かにする人材にはなれないと
感じている。それを意識して学ぶことが大事だと思う。
総括:フロアへのメッセージ
【フロアからの意見・質問】(学生)
観光という枠組みの中で考えるのはすごく古いと思う。余暇時間には観光以外にもする
ことがたくさんある中で、日本は観光立国を目指すのではなく、世界で協力してツーリズ
ム産業をもっと魅力あるものにし、それを広めることがとても大切だと思う。
松下幸之助氏の自伝によると、彼は 60 年前にすでに、平和的に見ても観光立国になる
ことが大切で、日本の景観という資源を世界に伝え世界のために貢献しなければいけない
と説いている。世界から見て日本にはまだまだ魅力があるはずなのに、それを生かせてい
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ないというのは、すごく問題と思う。
なぜ日本に魅力がなく、来る人が少ないのか。そして、世界で協力していくために具体
的に何かできないか、ということをお聞きしたい。
■田川 博己氏
そのとおりだ。開かれた日本という意味でどうするか。これは政治、経済すべてと思う。
例えば TPP とか FTA という中でも日本の問題は常に議論されている。観光に関して言え
ば、日本に来るための制度、例えばビザの問題、飛行機の空港の問題といったインフラ的
な問題が非常に大きいと思う。観光問題を議論するとき、2 ウェイのコミュニケーション
を取るための道具としてのインフラをどうするかというのは最大のテーマである。いろい
ろ解決すべきテーマはたくさんある。ビザの問題は単にビザだけの問題ではなく、いまは
TPP とか FTA といったものとセットになっているので、そこが一番悩ましいところでは
ないか。
われわれがやるべきことは何か。日本のことを知らせるための政府観光局があるが、私
は、大使館、領事館といったところが日本の発信基地になると思う。その点、日本はまだ
遅れている。91 年 1 月 17 日に湾岸戦争が始まり、その月末にイギリスの観光大臣が日本
に来て誘客、集客のイベントをした。中東で NATO は争っている。しかし観光は別だと
言う。日本がこういう精神構造になれるか。ここが一番大きいのだろうと思う。
来年の4月 16~19 日の 4 日間、「ツーリズムサミット」が日本で開かれる。そういう中
でどれだけ日本を外に発信できるか。これは大きな礎となるのではないかと思う。
■原口 宰 氏
観光という枠にとらわれるのはおかしいじゃないかというのは全くそのとおりだが、
今、
発言された方には観光は出かけて名所・旧跡を見る物見遊山というイメージがあるような
気がする。そういう警鐘だったら全くそのとおりだと思う。われわれのツーリズム産業の
敵はまさにバーチャルで、観光はリアルに人が動いてもらわなければ全く意味がない。世
界のどこへ行ってもモンスターには出会えない。そういう体験ができないから、余暇の時
間の使い方としてバーチャルのほうがおもしろいとか、インターネットのほうがいろいろ
知ることができるということになる。観光で、楽しい、必要、おもしろい、想像もしなか
ったことが体験できる、というのをどれだけうったえられるかだと思っている。観光の古
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いイメージがあるのだったら、
もう、
観光という言葉は捨てたほうがいいのかもしれない。
【フロアからの質問】(学生)
私も人を動かすことがしたくて観光業界を目指している。
インバウンドは重要と思うが、
海外旅行でもトップシェアを持っている企業として、海外のディスティネーションの地域
との連携とか貢献、影響について、田川社長はどのようにお考えか。
■田川 博己 氏
日本は出国率が 15%弱。韓国はすでに 20%を超えた。人口の多い中国は 5000 万人出よ
うとしている。日本は平均的に 20%ぐらいになるためには、航空問題が非常に大きい。座
席がないと海外旅行は伸びない。そういう意味でも私は羽田のオープンが非常に大きな影
響を持っていると思うし、2 年前にチャーター制度が変わって、JTB も今年はそうとうチ
ャートを張る。そういうことが出てくると、大きく伸びるのではないか。1964 年に海外旅
行が自由化されて 46 年たつが、私は、これから第 2 の海外旅行の開国が始まるのだろう
と期待を持っている。そういう目で見ていただきたいと思う。
ヨーロッパを例に取ると、中国人の圧倒的な総量で日本人はホテルの部屋が取れないと
いう現実がある。出国者が少ないということは、そういう意味での地位が落ちるというこ
とである。日本の海外旅行者を増やすことは海外でそういう地位をつくることにもなるの
で、重要だと思っている。ディスティネーションから見ると、日本のマーケットは非常に
有望だ。それは、消費単価が高いからで、他国よりも日本から来てもらいたいわけだ。
その期待感に応えられるかどうか。これが日本と外国との関係をつくる大きな礎になると
思う。
総括:まとめ
■原口 宰 氏
バーチャルではなくてリアルな体験の値打ちをいかに魅力的に見せるか。難しいが極め
て魅力的な仕事だと私は思っているので、皆さんに仲間になっていただくことを期待した
い。頑張ってほしい。
■田川 博己 氏
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来たれ、ツーリズム産業へ。皆さんは話は聞くけれども違う産業へ行ってしまうので、
ぜひ来てほしいと思う。学生生活で楽しいことを考えるくせをつけて、この産業に来てい
ただきたい。
■河本 宏子 氏
気づきの感性を養っていただきたいと思う。きょう、この会場に来たら、寒桜、そして
ヨーロッパでは春を告げると言われるミモザの花が飾られていて、心がとても華やかにな
った。気づきがなければ発信はできない。いっぱいいいものを感じて、それをいろいろな
ところに伝えていってほしい。
■山内 弘隆 氏
3 人のパネリストの方々の言葉を十分にかみしめていただきたい。「来たれ、ツーリズ
ム産業へ」ということなので、ぜひ、頑張ってもらいたいと思う。
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