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サービス・デリバリ:
多様なサービス提供を築く
片田 保=文
みずほ情報総研 情報・コミュニケーション部 公共経営室長
ここ数年、行政の役割が大きく変わってきた。
多様化する住民ニーズに応えるため
行政は民間企業やNPOなどと協働する必要が高まっている。
こうした新しい公共の時代に
ITを活用した協働・アウトソーシングのための
仕組みづくりを探ってみたい。
多様化する行政サービスの提供形態
総務省は平成17年3月に発足した「地方公共団体におけ
る行政改革の推進のための新たな指針」の中で、行政の担う
べき役割の重点化を図るため、民間委託などの推進、指定管
理者制度の活用、地域協働の推進などを打ち出した。これま
では、公共サービスを担うのは行政の役割という考え方が当
たり前だった。しかし今後は、先日の衆議院選挙で大勝した
小泉政権の続投で、官業開放路線の改革にいっそう拍車がか
かると予想できる。
また、環境や保健福祉、教育などの分野で活躍するNPO
は、平成17年6月30日現在、全国で2万2,424団体が設立
され、地域における公共の新たな担い手としてその位置づけ
が高まっている。更に、民間企業も、利潤のみを追求するの
ではなく、環境への配慮や地域文化への貢献など、企業の社
会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)が
企業価値を測るバロメーターの1つとして重視されるように
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サービス・デリバリ:多様なサービス提供を築く
●地方公共団体における行政の役割の重点化
民間委託などの推進
旅費・給与などに関する事務や定型的業務を含めた事務・事業全般にわたり、
民間委託等の推進の観点から総点検を実施、
具体的・総合的な指針・計画を策定
指定管理者制度の活用
現在、
直営で管理しているものを含め、
すべての公の施設の管理のあり方について検証、
検証結果を公表
地方公営企業・地方公社の経営健全化、
第3セクターの抜本的見直し
地方公営企業について、
サービス自体の必要性、
地方公営企業として実施する必要性について検討
地方公社について、
経営改善等に積極的に取り組む。経営の改善が極めて困難と判断される公社については、
法的整理も含め抜本的に見直し
第三セクターについて、
統廃合、
民間譲渡、
完全民営化を含めた見直しを推進
出典:総務省「地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針」2005年3月28日
なり、公共を支える一員としての活動に期待が集まっている。
例えば、スポーツ施設運営をSWOT分析(*1)してみる
一方、行政としても、改善に明るい兆しが見えない財政状
と、団塊の世代が増えて需要が高まるという「機会」がある
況に加え、平成19年(2007年)からは団塊世代の職員の
が、民間施設も参入して競争が激しくなるという「脅威」も
定年退職が本格化する。限られた職員で行政サービスの水準
ある。一方、財政難で老朽化した施設の改築が難しく、職員
を維持し、更に、公共に対する住民の多様なニーズに応えて
の大量退職により人手が不足する「弱み」もあるが、健康づ
いかねばならず、組織機構の抜本的な見直しが迫られている。
くり事業との連携によって医療費抑制に寄与できるという
このように、市民やNPO、民間企業が公共の担い手となる
「強み」があるだろう。このような場合、施設管理でノウハ
のは明らかであり、いわゆる「新しい公共」のみならず、地
ウのある民間企業に運営を委託し、行政は保健福祉サービス
方行財政の限界からも、従前の「公共=行政」からの脱却が
との連携による健康づくりの促進に注力するという選択も考
迫られ、「地域協働」や「アウトソーシング」など、行政サ
えられる。
ービスの提供のあり方は大きな変革期を迎えている。
また、SWOT分析に加え、優先度を明らかにするABC
(Activity-Based Costing:活動基準原価計算)分析や
本来業務の見極めと再考を進める
BSC(Balanced Scorecard:バランスト・スコアカード)
といった手法を用いることで、本来のミッション(使命・目
そこで、まず考えなければならないのは、公共の担い手と
的)や行政コストを把握することができる。コスト高の要因
して、本来業務を見極めて、行政の役割と責任を再考するこ
が明らかになれば、民間企業への委託も視野に入れて事業を
とである。このところ注目を集めている市場化テストは、こ
見直し、行政として実施すべきサービスに注力するなど、行
れまで国や独立行政法人が行ってきた事業・業務を、民間企
政と民間企業、NPOとの協働を進めやすい。そうすること
業などへ市場開放することによって「小さな政府」に転換す
によって、サービスの利用環境が充実し、住民の多様なニー
ることを目的としている。地方自治体においても、指定管理
ズにも応えられるようになる。民間企業やNPOなどのサー
者制度の導入が進みつつあり、スポーツ施設や文化施設など
ビスを行政外部から調達して、地域の公共を総合的に形成す
の運営を民間企業に委託するケースが増えている。これから
るという発想の転換が重要なのだ。
は、民間企業やNPOでもできる事業は、行政以外に任せて
いくことになる。
*1:組織の強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威
(Threat)の4つの軸から分析する評価手法
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協働・アウトソーシングのための
仕組みづくり
報は、個人の健康状態や所得、家族構成など多岐にわたり、
民間企業がビジネスに利用したいと思われるような内容も含
まれている。情報セキュリティ・ポリシーに準拠した個人情
まず最初に、関係者の役割と責任をはっきりさせる必要が
報の管理方法やルールによって、個人情報保護対策をするの
ある。そして、NPOとの協働や民間企業へのアウトソーシ
はもちろんのこと、それぞれの役割と責任を明確に決めてお
ングを進めるためには、次に挙げるようなポイントが重要に
く必要があるだろう。
なる。これらのポイントに留意しながら、ITを活用した協
働・アウトソーシングのための仕組みづくりを紹介しよう。
②経営資源、住民ニーズとの需給マッチング
団塊世代の大量退職がもたらす2007年問題は、行政の現
●
情報共有、コミュニケーションの推進
場でも職員数が大幅に減少し、自治体によっては、現行のサ
●
経営資源の管理、住民ニーズとの需給マッチング
ービスを維持するだけでも困難な時代を迎える。だからこそ、
●
サービス品質のチェック
民間企業やNPOの活動も含めて、地域全体で公共を支える
基盤を築かなければならない。
①情報共有の管理、コミュニケーションの推進
住民やNPOとの協働で、特に重視すべき事項として指摘
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例えば、世田谷区が提供している「こそだてコンパス
(http://www.city.setagaya.tokyo.jp/kodomo/comp
されるのは、行政と住民との情報共有、コミュニケーション
ass/top_html/top.html)」では、区立の保育園だけでなく、
の推進である。どこで、何が起こっているか、問題は何か、
区が認定した保育室や保育ママ、認証保育所など民間が提供
だれがどんな対応をしているか、関係者はきちんと把握して
するサービスも含めて、利用可能な施設やサービス、空き状
おく必要がある。
況を検索することができる。住民にとっては、目的に応じて
児童を狙った犯罪・事件が後を絶たないことから、携帯電
官民のサービスを比較検討し、使い分けたり、組み合わせた
話などを利用した犯罪・事件情報の一斉メール配信システム
りしたい。行政だけではサービスが不足していても、民間企
を導入する地域が増えてきた。子どもたちが事件に巻き込ま
業やNPOが提供するサービスを併用することで、地域全体
れないように、犯罪直後の犯人の逃亡状況といった情報も配
として見れば総量で足りる場合もある。
信される。こうした情報が提供されることによって、連絡を
同様に、高齢者介護についても、行政が提供する保健や福
受けた親やPTA、地域の住民たちは、児童保護のために通
祉サービスに加え、民間企業やNPOによる介護サービスを
学路に立って目を光らせるなどの対策を迅速に行えるように
併用することで手厚い介護環境が整えられる。元看護師とい
なる。
った未就業看護師の登録を促して、専門技術を保有しながら
また、地域で活動するNPOとの協働で、GIS(地図情報
地域に眠っている貴重な人材を掘り起こし、官民を合わせた
システム)を活用したバリアフリー・マップを作成・提供す
サービス資源の充実に取り組んでいる自治体は多い。要介護
る例も増えてきた。人にやさしいまちづくりに取り組むため
の潜在的な需要となる後期高齢者の住所、健康状態、家族状
にも、現状や課題の把握、共有は不可欠だ。
況、NPOやボランティアの有無といった情報と、行政が提
とはいえ、行政と民間企業・NPOとの情報共有の際、個
供する保健・福祉サービスの現状、医療機関が提供するサー
人情報の保護を軽視してはならない。行政の保有する個人情
ビスの現状をGISで一元的に管理し、介護サービスの需給マ
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サービス・デリバリ:多様なサービス提供を築く
●新しい公共空間の形成
企業
市民
利益追求活動
私的活動
(家庭生活、趣味系活動など)
フィランソロピー(社会貢献)
)
CSR(社会的責任)
任)
公共交通
(電車・バス)
通信・放送事業
公益事業
(電気・ガス)
マンション管理組合
マン
ボランティア
ボーイ
ボー
(ガール)スカウト
PTA
NPO
公共
社会貢献活動
第三セクター
公営企業・公社
公営企
PFI*2
「新しい公共空間」
行政連絡員
官民共同出資
民生委員
PPP*1
行政
*1:PPP(Public-Private Partnership:官民連携)
*2:PFI(Private Finance Initiative:民間資金やノウハウを活用して公共施設の整備、公共サービスを提供する手法)
出典:総務省、分権型社会に対応した地方行政組織運営の刷新に関する研究会「分権型社会における自治体経営の刷新戦略―新しい公共空間の形成を目指して―」2005年4月15日
ッチングや災害時の初動対策に活かしている例もある。
③サービス品質のチェック
順、会議運営ルール)
ITそのものをアウトソーシングする
ITの世界では、提供されているサービスが一定の水準以上
であることを保証するために、SLA(Service Level
こうした取り組みは、ITを活用することで効率的に行える
Agreement:サービス品質保証制度)を交わすことが多い。
ようになるのだが、ITを導入すると相応の手間やコストが発
ここでは、委託者と提供者の双方の責任範囲を明確にし、サ
生するのが悩みどころだ。地方行政の改革として、①効率化
ービス水準が達成されなかった場合の補償方法も取り決めて
の推進と品質の向上、②サービスの提供・運用・管理、③個
おくべきだ。ITに限らず、新しい公共を支えるサービス水準
人情報保護とセキュリティの確保を推し進める一方で、その
を確保するためにも、NPOとの協働や民間企業へのアウト
道具であるITが大きな負担となっては本末転倒である。
ソーシングを行う際には、次のような項目を盛り込んだ委託
契約を交わし、定期的にチェックをしていく必要がある。
そこで、ITの管理・運営をアウトソーシングする自治体も
増えている。アウトソーシングには、委託者自身がシステム
を保有するケース、保有しないケースなどがある。最近では、
●
サービス水準(レベル)に影響を及ぼす前提条件
電子申請システムの導入にあたり、複数自治体による共同利
●
委託者が提供者に委託する業務範囲
用型のアウトソーシングも見られるようになった。システム
●
委託者と提供者の役割と責任の分担
の管理・運用だけでなく、GISなどに登録される情報を最新
●
サービス水準(レベル):測定可能な評価項目と要求水準
に更新するためにNPOと協働しているところも少なくない。
(算定方法や基準)
多様な住民ニーズに応えられるサービス提供体制を築くた
●
未達成時の具体的な対応方法
め、何かと重荷になりがちなITも、民間企業やNPOとの協
●
運用ルール(年次・月次の報告ルール、チェック方法や手
働によりスマートに使いこなす工夫ができるのだ。
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