2012年9号発行~海外のオンライン教育、オープン

DISCO
GLOB A L I NSIGH T
海 外 教 育 機 関 の 最 新 事 例 レ ポ ート
Vol.
9
9回目の連載となる今回から、3回にわたって、米国の高等教育機関において近年、急速に注目を集めつつある
オンライン教育、オープンエデュケーションなど、ITを活用した教育そのものの革新を試みているトレンドに
ついてレポートしてみたいと思います。
1 なぜ今オンライン教育、オープンエデュケーションに
注目が集まっているのか?
本連載において、今まで主に米国における高等教育機関で起きているIT活用、例えば学生募集、広報、寄付金
集め、タブレットPCなどのデバイスの導入状況についてレポートしてきました。
今回は改めて教育そのもの、
「学び、教える」
しくみで起きている大きな変化の一端をレポートしてみたいと思います。
この分野はまさに、今、現在進行形で進んでおり、こうした現象をオープンエデュケーションという言葉で表現
できますし 、インターネット上で 提 供される教育コンテンツに無 料で 参加できる大 規模 講 義のことを示す
Massive open online course( MOOC、ムーク、大規模公開オンラインコース)という言葉も、2011年くらい
から一気に注目が集まっている取組といえます。
また、主に教育関連で次々に生まれるベンチャー企業や加熱しつつある教育関連ベンチャーへの投 資等で
生まれつつある業界を示したエドテック(edtech=education x technology)という、言葉も出てきています。
*参照:MOOCについて
What You Need to Know About MOOC's / The Chronicle of Higher Education
http://chronicle.com/ar ticle/ What-You-Need-to-Know-About-MOOCs/133475
こうしたオンライン教育分野でイノベーションが起こる要因について、米ビジネス誌ファストカンパニーのシニア・
ライターであるアーニャ・カメネッツ氏(「教育の未来」というテーマに関する著作を多く持つ)が、わかりやすく
解説しています。
カメネッツ氏は、
「 コスト」、
「 アクセス」、
「 関連性」の要素により、急速に高等教育におけるオンライン教育の
革命が起きている、と2012年6月にハーバード大学バークマンセンターで行われた講義において指摘しました。
参照:アーニャ・カメネッツ氏のハーバード大学バークマンセンターでの講義
Who can Learn Online, And How?
Berkman Center for Internet and Society at Harvard University
http://cyber.law.harvard.edu/events/luncheon/2012/06/kamenetz
1つ目の「コスト」は、近年高騰する高等教育にかかる費用についてです。今日、米国の大学生は卒業時に平均
約2万7千ドルもの学生ローンを抱え、国家としても学生ローン残高が1兆ドル(約80兆円)を超え、教育機会の
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格差がますます拡大しているのです。
次に「アクセス」は、米国内でも高等教育機関で学位を取得する人が増え、また人口が増大する開発途上国で
も高等教育の機会・アクセスを求めている層がこれから一層、増加する事実が、課題として挙げられています。
そして「関連性」では、高等教育機関で提供する教育内容の質が、時代の変化に適したものであることの必要性を
語っています。デジタル世代の21世紀の働き方と学び方についての著作「Now You See It: How Technology
and B rain S cienc e W ill Transfor m S chools and B usine s s for t he 21s t C entur y」の著者である
キャシー・デビッドソン氏が語った、
「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に
今は存 在していない職 業に就くだろう 」との指 摘からもわかるように 、時 代に即した教育に対する切実な
ニーズが拡がっているのです。
こうした危機に対する21世紀初頭の回答が、日本の高等教育機関でも知名度のある、2001年に米国マサチュー
セッツ工科大学(MIT)
で提唱されたオープンコースウェア
(OCW: OpenCourseWare)の取り組みと言えるでしょう。
大 学 の正 規 履 修 講 義をインターネット上で 無 料 提 供し 、
高等教育の機会に恵まれない地域の人々への教育機会提供
を目的として始められたOCWの試みは、20 03年にMITで
本格的にサイト公開され、その後2007年にはすべてのコース
を公開しました。OCW は 2004 年以降米国以外の多くの
国 に拡 大し 、2 0 0 8 年 には 独 立した 非 営 利 団 体として
OCW コンソーシアムが発足し、現在の登録機関数は35カ国、
250以上に達しているほどです。
オープンコースウェア・コンソーシアムのホームページ
日本でも 2005年に主要大学を中心に組織化し、現在では42機関(24大学)が参加し、1800以上もの講義が
公開されるまでに活動の規模が拡大しています。その活動内容も少しずつ変化してきており、当初はテキスト中心の
講義ノートの公開が中心でしたが、最近では講義ビデオの公開が多くの比重を占めています。
参照:
「高等教育機関におけるオープンエデュケーションの内外動向」
( 大学における教育情報の活用支援と
公表の促進に関する協力者会議(第1回)資料)明治大学研究・知財戦略機構 福原 美三特任教授
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/44/siryo/__icsFiles/afieldfile/2011/06/24/1307643_03.pdf
ただ、OCWに対しての一定の評価はあるものの、専門的な内容で、かつ長時間の講義をそのまま視聴するには、
集中力の持続が困難であることなど、課題も数多くあります。そこで近年、新しい手法として注目されているのが
Massive open online course(MOOC、ムーク、大規模公開オンラインコース)です。
10分∼15分程度の細切れのオンライン動画を提供し、授業内容の理解を促進するためのミニクイズや、受講者
同士で授業内容に関してディスカッションできるフォーラム、そして近い地域の受講生同士が実際にオフラインで
会うためのミートアップのしくみなど、今までのオンライン教育の常識を覆すさまざまな工夫が盛り込まれています。
MOOCの詳細については次号でふれますが、今回はこうした細切れの短い時間で提供されるオンライン動画
コンテンツを活用することで革命的な変化のきっかけをもたらしたサービスの代表格である「カーン・アカデミー」
(Khan Academy)をご紹介します。
2 無料オンライン動画で世界中の誰もが学ぶことを可能にする
「 カーン・アカデミー」
カーン・アカデミー(Khan Academy)とは、数学、科学、物理学、そして歴史、経済学などを中心に現在3,300本を
超える無料ユーチューブ動画コンテンツを提供する米国の非営利団体です。
ビデオをクリックすると、画面上に創業者サルマン・カーンの生の声によるわかりやすい授 業が始まり、図や
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カーン・アカデミー(Khan Academy)のホームページ
手書きの文字、チャートを駆使しながら小学校から高校レベル
までのありとあらゆる内容に関して解説が行われます。
コンピュータの前で講義を受ける子 供たちは、まるで先生が
自分の隣に座って解説してくれるかのような親 近 感を持ち、
好奇心もそそられる10分程度の短い講義から、様々な分野を
体系だって学べる、というしくみです。
創業者のカーン氏はM I Tで数学と電子工学・コンピュータ・
カーン・アカデミー(Khan Academy)のホームページ
サイエンスの修士号を、そしてハーバードビジネススクールで
MBAを取得した秀才で、卒業後はヘッジファンドでアナリストとして勤務していた経験があります。2004年の
暮れ、遠く離れた故郷にいるいとこに数学をオンライン上のツールを活用して教えたところ、対面で教えるよりも
わかりやすいと評判だったのでオンライン動画共有サイトユーチューブに公開したところ、今まで会ったことがない
数多くの人からも好評を得ました。その後、ヘッジファンドの仕事を辞め、2006年9月から事業として専念する
ことを決意し、
「 カーン・アカデミー」を創業したのです。
その後コンテンツはますます話題になり、ゲイツ財団のビル・ゲイツやグーグル社CEOエリック・シュミットからも
高い評価を獲得しました。その後、それぞれの組織から約150万ドル、200万ドルの助成金を獲得することに成功、
調達金額の合計は現在1500万ドルを超えています。現在は元グーグルやフェイスブック等のベンチャー企業
出身者や元経営コンサルタントなど優秀なスタッフが次々に参画、スタッフの数も30名を超えています。
今日、
カーン・アカデミーは毎月400万人が受講し、
ユーチューブ動画の再生回数は合計で1億8千回を超えています。
米国のみならず中南米、
インド、
アフリカ等、世界中から受講されるまでに成長しました。米国内のカルフォルニア州の
いくつかの学校では授業の中でカーン・アカデミーのコンテンツを導入する試みが始められているほどです。
カーン・アカデミーの大きな特徴の一つに、オンラインの学習記録を通じ、一人一人の学習理解度の進捗などの
データがすべて記録・分析・可視化され、学習効率の向上に役立てることが可能であるということがあげられます。
どの生徒がどこでつまずいているかが一目瞭然で、教師が個別指導をしたり、また生徒同士で互いに教え合ったり
することも可能になります。
これまでの学校の授業は講義型の詰め込み式で行うのが一般的でしたが、カーン・アカデミーのコンテンツを
使うことで、生徒が事前に講義を好きな時間、好きな場所で受講し、授業ではその内容に関するディスカッションや
教師による個別指導の時間に充てるなど、授 業のスタイルに画期的な変化を及ぼすのです。こうした授 業の
スタイルは「Flipped Classroom(反転授業)」と呼ばれ、近年注目を浴びつつある手法でもあります。
カーン・アカデミーは現在K-12と呼ばれる「幼稚園から高校生まで」のレベルに向けた教育コンテンツを提供して
いますが、このカーン・アカデミーの躍進が多くの公共教育機関の教育者、大学関係者を刺激し、2011年後半から
米国のエリート大学を中心としたオンライン動画による授業の無料公開というムーブメントにつながっていきます。
次回はこのMOOC(Massive open online course大規模公開オンラインコース)を掘り下げてみたいと思います。
※本文中に紹介しているサイトのアドレスは、執筆当時のものです。参照する際に、移動または削除されている場合が
ありますのでご了承ください。
編集
: 株式会社ディスコ 教育広報カンパニー 企画開発グループ
ライター : 市川裕康(株式会社ソーシャルカンパニー 代表取締役 / ソーシャルメディアコンサルタント)
ソーシャルメディア・コンサルタントとして、ツイッター、フェイスブック等を活用したビジネス・
コンサルティング、非営利団体や企業のCSR / 社会貢献活動の推進・支援に取り組んでいる。
講談社「現代ビジネス」にて「ソーシャルビジネス最前線」、
「デジタル・キュレーション」を連載中。
著書に『Social Good 小事典』
(講談社)がある。
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