■短 報 看護師による身体拘束に関する 最高裁平成22年1月26日判決以降の 民事裁判例動向 Court cases about physical restraint by nurses since the judgement of the Japanese Supreme Court pronounced on January 26, 2010 奥津 康祐 1, 2 Kosuke OKUTSU キーワード :身体拘束、看護師、判例、精神保健福祉法、身体拘束ゼロへの手引き Key words:physical restraint, nurse, Japanese Supreme Court cases, act 【目的】看護師による入院患者・介護施設入所者への身体拘束に関し、法律(法規命令)上の規定は抽象的・不明確 である。この立法下において、司法ではどのような判断がなされているのかを明らかとする。【方法】各種判例データ ベースから、非精神科病棟入院患者への身体拘束に関する最高裁判決が出された平成22年 1 月26 日以降の裁判年月日 で、検索語を「看護師」かつ、「拘束」または「抑制」、にて検索し、看護師による入院患者または介護施設入居者への 身体拘束を巡る責任が争われた民事訴訟事例を抽出・検討する。 【結果】上記最高裁判決を含め 3例抽出された。 【考察】 抽出裁判例は、条文上の根拠に基づき、あるいは統一的な法理論体系で理解することが困難である。臨床現場、こと、 一般病棟では、「身体拘束ゼロへの手引き」と上記最高裁判決を参考にしつつ、様々な事情を総合勘案して判断した上 で身体拘束するかしないかを決定していかざるを得ない。 Ⅰ.緒言 医療者等による患者や施設入所者等への身体拘束 (ここでは、衣類または綿入り帯等を使用して、一時 的に患者・入所者の身体を拘束し、その運動を抑制す ること、をいう)に関する法的根拠として、精神科病 棟に関しては、精神保健及び精神障害者福祉に関する 法律(精神保健福祉法)および昭和 63年厚生省告示第 129 号に規定がある。また、介護老人保健施設につい て は、 平 成11年 厚 生 省 令40号 が あ る(以 上 表1参 照)。その平成 11年厚生省令 40号に関し、厚生労働 省分科会が平成 13 年に「身体拘束ゼロへの手引き」を 示している。これによると平成 11年厚生省令 40号13 条 4 項の「当該入居者(利用者)又は他の入所者(利用 者)等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得な い場合」の判断基準は以下の3要件のすべてを満たす かどうかとする。すなわち、①切迫性:利用者本人ま たは他の利用者等の生命または身体が危険にさらされ る可能性が著しく高いこと、②非代替性:身体拘束そ の他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がない こと、③一時性:身体拘束その他の行動制限が一時的 なものであること、である。もっとも、この「身体拘 束ゼロへの手引き」は法律でも法律の委任を受けた基 準でもない。従って一切の法的効果をもたない。そし て、非精神科病棟における患者の身体拘束の可否、基 準について一般的に規定した法令等は存在しない。精 神科病棟や介護老人保健施設に限定せず一般的な私法 (私人間の関係を規律する法)のルールを定めたもの として民法があるが、そこでは、「善良な管理者の注 意をもって委任事務を処理する義務」(644条:善管 1 東京女子医科大学医学部医療・病院管理学 Department of Hospital and Healthcare Administration, School of Medicine, Tokyo Women s Medical University 2 東京女子医科大学医療人統合教育学習センター統合教育学習室 Information and Communication Technology Laboratory, Education Center for Integrated Medicine, Tokyo Women s Medical University 日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014 61 表 1 参考法令等 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律 36条 1項 精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動に ついて必要な制限を行うことができる。 3項 第1 項の規定による行動の制限のうち…患者の隔離その他の行動の制限は、指定医が必要と認める場合でなければ行 うことができない。 「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第36条第 3 項の規定に基づき厚生大臣が定める行動の制限」(昭和 63年厚生省 告示第129号) …行動の制限を次のように定め…る。 2 身体的拘束(衣類又は綿入り帯等を使用して、一時的に当該患者の身体を拘束し、その運動を抑制する行動の制限をい う。) 介護老人保健施設の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準(平成 11 年厚生省令40 号) 13条 4項 介護老人保健施設は、…当該入所者又は他の入所者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除 き、身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為(以下「身体的拘束等」という。)を行ってはならない。 注意義務)がある、「故意又は過失によって他人の権 利又は法律上保護される利益を侵害」すると不法行為 となる(709 条)、という形で抽象的に規定されている にとどまる(理論上、不適切な身体拘束をしても、必 要な身体拘束をしなくても、善管注意義務違反や不法 行為となり得る)。なお、刑法には緊急避難の規定が ある(37 条1 項本文:自己又は他人の生命、身体、自 由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを 得ずにした行為は、これによって生じた害が避けよう とした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しな い)が、これは民事責任に関する直接の根拠とはなり 得ない。 以上をまとめると、法律(法規命令)の条文上、精 神科病棟に関しては、医療又は保護に欠くことのでき ない限度で身体拘束を含め必要な行動制限ができる、 介護老人保健施設に関しては、緊急やむを得ない場合 には身体拘束を含め行動制限ができる、それらを含め た医療介護施設全般に関しては、善管注意をもって委 任事務を処理すべきこと、故意又は過失によって他人 の権利又は法律上保護される利益を侵害してはならな いこと、といった抽象的な規定しかないことになる。 従って、看護師が身体拘束をするべきか否か、してよ いのか否かを法的な観点から安心して判断できない、 というのが立法の現状である。一方、立法が何であ れ、訴訟となれば司法における判断がなされ、それは 実務の参考となるはずである。平成 22年 1月 26 日に は、非精神科病棟入院患者への身体拘束に関し、いわ ゆる一宮身体拘束事件最高裁判決が出された。最高裁 判例は、その後、裁判所が法令解釈についてそれと相 反する判断をする場合、最高裁判所であれば大法廷 (最高裁判所のすべての裁判官により構成)扱いとな り(裁判所法 10 条 3号)、下級審裁判所であれば最高 裁判所への上告受理申し立て事由(民事訴訟法 318 条 62 日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014 1 項 * 常に最高裁判所へ上告できるわけではない)と され、結果的に裁判所は最高裁判例と異なる法令解釈 についての判断をしにくくなる(* もちろん、法令解 釈ではなく事例判断については、そもそも違う事例で ある以上同じにならない)。その意味で、最高裁判例 は訴訟実務において非常に重い存在である。従って、 本研究では、上記最高裁判決を起点とし、その後司法 においてどのような事例判断がなされているのかを明 らかとし、現場の参考としたい。 Ⅱ.方法 各種判例データベース(裁判所ウェブサイト、第一 法 規 法 情 報 総 合 デ ー タ ベ ー ス、Westlaw Japan、 LEX/DB、 判 例 秘 書HYBRID)か ら、 平 成22 年1 月 26 日以降の裁判年月日で、検索語を「看護師」かつ、 「拘束」または「抑制」、にて検索し(平成25 年 8月 16 日)、病棟入院患者または介護老人保健施設入居者へ の看護師による身体拘束を巡る責任が争われた民事訴 訟事例を抽出、検討する。 Ⅲ.結果 上記最高裁判決(事例①)を含め3 事例抽出された。 1 .事例①(詳細表2) 変形性脊椎症、腎不全、狭心症等の入院患者P(80 歳女性)。5 日ほど前に夜間せん妄と診断。眠剤を服 用し消灯後になっても、オムツが濡れていて眠れない とナースコールをし、看護師が触らせて濡れていない ことを確認させる等していたが納得せず、オムツを交 換するといったことを繰り返したが、午前1:00頃、 車いすでナースステーションを訪れ、立ち上がろうと し、オムツを替えて、私はぼけていない旨大声を出し た。看護師が納得させようとするも納得せず、個室へ 表 2 事例①詳細 患者P:平成〇年11 月 15~16 日当時80歳。同年7 月 16 日、他院トイレ内で転倒して左恥骨骨折。10 月 7 日、変形性脊椎症、 腎不全、狭心症等の診断で当病院再入院。 10 月22~23日 22日午後 11:40頃、大きな声で何か言いながら、ゴミ箱をさわってごそごそする。23 日午前0:00 頃にも20 分くらい意味不明 なことを言う。BUN: 64.6 mg/dl、CRE: 2.1 mg/dl。 11 月3日午後10:30 トイレで立てなくなる。陰部を拭いたティッシュペーパーを自分の目の前に置く。 4 日午後9:30~ 「安定剤下さい、オムツして下さい」と何度もナースコール。その都度説明しても理解せず。午後11:00 には、一人でトイレに 行った帰り、車いすを押して歩いて転倒。CT 検査の結果、負傷はないが脳は委縮。 7~9日 外泊(一時帰宅)。入院前に比べて全然動けず、家族も驚くほどの状態。 9~11日 9日帰院。10日午前0:00のマイスリー(ゾルピデム)投与後、会話のつじつまが合わない状態。医師Aが診察し「言葉がはっき りせず。眠剤(マイスリー)の影響か」とし、医師Bも夜間せん妄の診断。11日、BUN: 83.8 mg/dl、CRE: 2.4 mg/dl。 15~16日 *15~16日の深夜帯人員配置:病棟(定床数41 床)の当直看護師は C、D、Eの 3名。患者数は 27名。 15日午後 9:00~ リーゼ(クロチアゼパム)を服用したが、消灯後も頻繁にナースコールをしてオムツを替えるよう要求。看護師らは、オムツ が汚れていないときはその旨説明し、オムツに触らせるなどしたが、納得しなかったため、汚れていなくてもその都度オムツ を交換する等して落ち着かせようとした。 午後10:00過ぎ頃 車いすに乗って足で漕ぐようにして自力でナースステーションを訪れ、病棟内に響くほどの大声で「看護婦さんオムツみて」等 と訴えた。看護師は、病室に戻してオムツを交換し、入眠を促した。その後も何度も車いすでナースステーションに向かった。 午後11:00頃 再度ナースステーションで「オムツがびたびたでねれない」と訴えた。当直看護師は「オムツは数分前に替えましたよ」「お しっこのこと考え過ぎてない?」と声をかけ、病室へと 促し、汚れていなくてもオムツを交換するなどした。なお、看護師らは、より薬効の強い向精神薬は腎機能が悪いことから危 険だと判断した。 16日午前 1:00時頃~ 車いすでナースステーションを訪れ、立ち上がろうとし、「おしっこびたびたやでオムツ替えて」「私ぼけとらへんて」等と大 声を出した。看護師Cは「おしっこないよ、全然汚れてないよ」「大丈夫だよ」「心配しなくていいよ」と声をかけたが、 「自分 はぼけていない」と言い張った。看護師Cは病室(4人部屋)へいったん連れ戻したものの、同室者への迷惑や転倒の危険を考 え、看護師D とともに、ベッドごとまずナースステーションに、次いで一番近い201 号室(個室)に移動させた。Pは 201 号室 でも「私ぼけとらへん」「オムツ替えて」等と訴えたため、看護師 C・D は声をかけたりお茶を飲ませて落ち着かせようとした が、興奮は一向に収まらず、繰り返しベッドから起き上がろうとしたため、ミトンで両上肢を抑制(看護師Eは休憩中)。P は 口でミトンのひもをかじり片方を外したが、やがて眠り始めた。午前3:00 頃、入眠を確認してもう片方のミトンを外し、明け 方、元の病室に戻した。Pは右手首皮下出血および下唇擦過傷(加療約 20 日、約 7 日の診断)。 移動させても興奮が収まらなかった。そこで看護師が 上肢をミトンで拘束(午前 3:00頃まで)した、という 事例である。裁判所は、患者の年齢や過去の繰り返し の転倒歴(恥骨骨折もある)や、当時看護師らが4時 間にわたりオムツ交換やお茶を飲ませる等落ち着かせ る努力をしたにも関わらず興奮が収まらなかったこ と、27 名の入院患者に対して当直看護師が3名であっ たこと、看護師らが腎不全で薬効の強い向精神薬が危 険であると判断していること等から以下のように述べ た。「本件抑制行為当時、他にP の転倒、転落の危険 を防止する適切な代替方法はなかったというべきであ る。さらに、本件抑制行為の態様は、」「ミトンの片方 は P が口でかんで間もなく外してしまい、もう片方は P の入眠を確認した看護師が速やかに外したため、拘 束時間は約 2時間にすぎなかったというのであるか ら、本件抑制行為は、」「転倒、転落の危険を防止する 日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014 63 ため必要最小限度のものであった」。「入院患者の身体 を抑制することは、その患者の受傷を防止するなどの ために必要やむを得ないと認められる事情がある場合 にのみ許容されるべきものであるが、」「本件抑制行為 は、P の療養看護に当たっていた看護師らが、転倒、 転落により Pが重大な傷害を負う危険を避けるため緊 急やむを得ず行った行為であって、診療契約上の義務 に違反するものではなく、不法行為法上違法であると いうこともできない。」「また、前記事実関係の下にお いては、看護師らが事前に当直医の判断を経なかった ことをもって違法とする根拠を見いだすことはできな い。」(* 上記引用のうち、法令解釈部は「入院患者の ∼許容されるべきものである」であり、「本件抑制行 為は」以下が事例判断である。) 2 .事例②(詳細表 3)1 自宅玄関先での意識消失により救急搬送された患者 Q。意識回復後もアルコール禁断症状があり、深夜、 セレネース(ハロペリドール)を投与し看護師がベッ ド脇に作業机を置いて作業しながら観察していたが、 他室患者の人工呼吸器アラームが作動したため看護師 がその場所を離れた間、ベッドから転落したという事 例である。裁判所は、セレネースの鎮静効果は限定 的、以前ベッドから降りようとした、幻覚があった、 ベッドは自力で安全に降りられない構造であった、転 落時は重大障害を負う危険が極めて高かった、低い ベッドにしたり柵を高くする方策を取り得なかった、 常時監視できない体制であった等の事情から、「抑制 帯を用いて」「体幹を抑制する必要性があり、その義 務があった」とし、上記最高裁判例を引用した上で 「抑制帯を用いて拘束するのも必要やむを得ない事情 があった」が「抑制帯を用いることがなかった」とし て病院側の責任を認めた。なお、一審判決 2 は、 「セレ ネースの投与後、いたずらに不穏状態を招きかねない 抑制帯をあえて使用し、被告を体幹抑制するまでの必 要があったとは認められないから、これをしなかった 原告病院の看護師には、義務違反はない。」(* 被告は Q)としていた。 3 .事例③(詳細表 4)3 介護老人保健施設の入所者 Rで、それまで何度か転 倒し、施設職員の指示に従わず立ち上がろうとしたり 歩行しようとするなどしたため看護師や介護福祉士が エプロン型帯やY 字帯で拘束したという事例である。 裁判所は、「入所利用契約上、被告は原則として原告 の身体を拘束しない義務を負っているが、自傷他害の おそれがある等緊急やむを得ない場合には、施設長等 の判断で身体拘束等を行うことがある旨規定している ところからみて、身体拘束は緊急やむを得ないと認め られる場合には許容されるというべきである。本件に 64 日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014 おいて、被告は、いずれも原告が1人で歩行しようと するなどしたため、原告は同職員の指示を理解するこ とができない状況にあったことから、転倒の危険を避 けるために一時的に行ったものである」「から、原告 の転倒の危険を避けるために身体拘束が必要であり、 他に適切な代替方法があったとは認め難い。しかも、 同職員は、原告を車椅子に座らせたまま、エプロン型 帯又はY 字帯を下腹部付近から車椅子背後で結びつけ て、下半身の自由を制限して立ち上がり等を制限し、 原告が落ち着くなどした後に拘束を解い」ており、 「身 体拘束の態様及び方法は必要最小限度である。このよ うに、被告の上記拘束行為は緊急やむを得ずに行った ものであり、その態様及び方法も必要最小限度である から、入所利用契約上の義務に違反せず、不法行為法 上違法であるということもできない。」(* 原告は R、 被告は施設設置法人)として、この点の施設側の責任 を否定した。 Ⅳ.考察 事例①判決は、看護師による非精神科病棟入院患者 への身体拘束に関する民事責任の有無が最高裁で判断 されたおそらく初の事例であるが、一般的要件や基準 は示されなかった。そもそも何法何条を根拠に「許容 される」としたのかすら示されていない。なお、当事 件の一審判決 4 は「一種の緊急避難行為として、例外 的に違法性が阻却される」として、刑法の緊急避難の 概念のような説明を加えている(ちなみに、民法上も 緊急避難の規定(720 条2 項)はあるが、他人の物か ら生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷しても 賠償責任を負わないという趣旨であり全く別物であ る)。一種の緊急避難とは何か条文上の根拠が示され ていない。 事例②判決は、看護師に身体拘束義務がある場合を 示した。しかし、その論理は、転落が身体拘束以外で 防げなければ身体拘束義務がある、ひいては原則的に 身体の自由に身体の安全が優先するということになり かねず、「身体拘束ゼロへの手引き」の方向性とは逆 行するような理屈であるが、根拠が不明であり、他に 同様の裁判例を見ない。 事例③判決は、「入所利用契約上、」 「自傷他害のお それがある等緊急やむを得ない場合には、施設長等の 判断で身体拘束等を行うことがある旨規定していると ころからみて、身体拘束は緊急やむを得ないと認めら れる場合には許容される」として、契約条項から身体 拘束が許容されるとしたことは目新しい。しかし、契 約条項を根拠に広範に身体拘束が可能となるのであろ うか。特に、精神科病棟や介護老人保健施設以外で、 「医療又は保護に欠くことのできない」、「緊急やむを 得ない」とはいえない身体拘束が契約から許されてし まうのか。そうであれば精神保健福祉法や平成 11年 表 3 事例②詳細 患者 Q:50 代前半男性 平成〇年 3 月 31日~4 月1 日 Q の母が3月 31 日午前6:00 頃、脳出血で倒れ、当病院に入院。Qは見舞後、4月1 日午前1:00頃帰宅。直後、意識を消失して倒れ、強直性の痙攣。救急車 で当病院へ搬送(JCS Ⅲ-300、対光反射なし)。午前2:35、病院到着。痙攣重積状態。脳幹部梗塞疑い、痙攣の精査加療のため入院。午前4:40、集中治療 室(以下ICU)第 4 室入室。午前 6:30、看護師 N1 の呼びかけに時折「おー」と発語し、自力で左側臥位になり、仰臥位にしようとしても四肢に力を込めて 動こうとしなかった。 午前 9:30、JCS Ⅲ-200。対光反射、バビンスキー反射なし。MRI 検査(11:00~50。検査中暴れ、アタラックス P(ヒドロキシジン)投与)や CT検査では新 鮮な梗塞像や出血像は確認できず。しばらくして呼びかけに開眼するようになったが離握手はできず、左側臥位にばかりなる。帰室時には開眼しなく なった。 午後2:20、呼びかけに開眼。ほとんどうつぶせで動かず、仰臥位にしてもうつぶせになる。利尿は良好。 午後3:30、JCSⅢ-200、左側臥位に自力で体位変換。皮膚末梢血管拡張のため、医師は、アルコール多飲に起因するビタミンB1欠乏による脳症と考えた。 午後6:00、呼びかけには開眼せず、両上肢は不動で、両下肢は背屈し、自力で体位変換し、点滴ルートを体に巻き付ける。右瞳孔の対光反射がわずかに 出現。 午後 9:00、点滴ルートがはずれることがあり、体幹抑制。 午後 10:00、意識回復。看護師 N2に「トイレに行かせ、歩いていけるから」、「ここはどこ」、「3 月末からインスリンを打っていない」等と発言。バルーン カテーテルの不快を訴え、起座。血糖値が521 mg/dl、HbAICが15.1%。インスリンを持続投与。 2日 午前 2:00、何度も起きようとし、体幹抑制。覚醒と入眠を繰り返す。いらいら感。従命できず。 午前 4:00、看護師 N3に「ほんま切れるよ。切れてもいい。看護婦さん、起こして、トイレへ行く」と言い、トイレへと歩くと怒り口調で発言し、アタ ラックスP を筋注。 午前6:00、Qは名前・生年月日を言い、「ぼけてないよ、だから外へ出して」と看護師 N3に言う。意識ほぼ清明、従命できるようになってきたが、やや不 穏状態。 午前 7:40、意識レベル上昇。喀痰自己喀出可能となる。 午前 8:00、看護師N3 の報告を受け、医師は酸素投与を中止し、SaO2が 93%以下になれば再開すること、バルーンカテーテルの不快を強く訴えるならば 抜去できること、不穏が強ければセレネースを 1A 投与し、薬効がなければアタラックスPを投与すること(一日 2回各 2Aまで)を指示。 午前8:20、抑制すると興奮し、抑制を解くとベッド上で反対向きになる等し、安静保持できない状態。看護師N3はセレネース1A筋注。 午前 9:20、診察時意識清明。名前・年齢は言えたが、なぜここにいるのかは分からない、意識消失時のことは覚えていない旨回答。ウトウトとし始め、 時折座った状態となり、「しっこ」と言う。 午前 9:40、体動激しく「しっこ」と繰り返し、起座。バルーンカテーテルや点滴をひっぱり、看護師 N3がバルーンカテーテル抜去。看護師 N3は看護師 N4 に安静保持できない要注意患者として引継ぎ。 午前 10:20、何度か突然起き上がり起座したが、おとなしくなり眠り始める。 午前 10:40、覚醒し、看護師N4 の付き添いでふらつきながらトイレへ行き排便と自尿。その後入眠。 午後0:00、診察、意識ほぼ清明。ICUからの退室も可能とされた。 午後 2:00、時々座位になるが、興奮はない。月日は分からず。空き部屋なく ICUからの退室は見送り。 午後4:00、Q は家族と面会後「帰る」と言った。看護師N4 が家族の連絡先を聞くために目を離している間、Qはベッド柵を乗り越え両手でぶら下がった (尻と床との間は10~20 cm 程度) 。看護師N4 が声をかけた途端、落ちて尻餅をつき、倒れて左側頭部を打撲。痛みの訴えなく、バイタルサインや瞳孔 にも著変なし。看護師N4 は、看護師N5 と相談し、ベッドを壁につけ、反対側にベッドを接着し、2台のベッドとも左右の柵を立てた。抑制帯は不使用。 ベッドの高さは、2台ともマットレスまで約88 cm、柵の上まで約 108 cm。なお、看護師N4はこの転落について医師や家族に伝えていない。 午後 4:30、看護師 N4は看護師 N6 に要注意患者として引継ぎ。Qは看護師N6に「どっこも痛とうねぇよ」と言う。右側頭部後方に軽度発赤。午後5:30 に は傾眠。 午後 7:30、Q は妻と長女と面会。帰ろうとしたり、起座したり、枕の位置を変えたりして落ち着かず。 午後 7:40、「アリがおる」とシーツを指す。ベッドの端に寄り、降りようとする。看護師N6はアルコール依存症の禁断症状に似ていると感じた。午後 8:00には傾眠。 午後 11:00、「これは外れんのん」と言って起立し、ふらついてマットに倒れ込んだ。打撲した様子はなく、しきりに三方活栓を触っており、看護師N6 が トイレを勧めたが拒否。 午後 11:10、看護師N6 から報告を受け、医師は、セレネース1A筋注を指示し、薬効がないときにはアタラックスPを、それでも効果がないときには再度 連絡するよう指示。 3日 午前1:00 前、看護師N7 は、看護師N6 から要注意患者として引き継ぎ。看護師N7はベッドの足側から後ろに57 cm 離してテーブルを置き、作業しなが ら観察。 午前 1:00、第1室の患者J(1 歳)が泣き始め、レスピレーターのアラームがかなり大きな音で頻回に鳴り、看護師N7は第1室に向かった。看護師N8 が駆 け付けたため、看護師N7は他室患者の対応に回った。看護師N7が第 2または第3室にいた際、ドスンという音を聞き第4室に向かうと、Q がベッドの足 元側とテーブルの間に倒れていた。Qは「アリがおりゃーへん?アリがアリが…」と繰り返した。右前額部がやや陥没して青あざ。瞳孔に変化はなく、意 識レベル低下なし。しかし、臥位のまま起座できず、脱力気味(その後、上肢は手指がしびれてあまり動かず、下肢は上肢よりも麻痺の程度が強く、起 き上がりや端座位の保持にも介助を要し、歩行できない状態となる)。 * この日のICU状況(患者8名、フリーのN8を含め看護師4名) 担当:看護師N7(夜勤責任者) 担当:看護師N9、N10 第1 室 重症肺炎(1 歳児 J) 第5室 脳内出血 第2 室 左内頸動脈瘤破裂 第6室 肝右葉切除、胆嚢摘出 第3 室 右中大脳動脈瘤破裂 第 11室 脳挫傷 第4 室 Q 第12室 多臓器不全 日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014 65 表 4 事例③詳細 入所者 R:70代後半。自立歩行困難。平成〇年 5 月29 日、入所契約書を取り交わし、当介護老人保健施設に入所。パーキンソ ン病重症度分類は3。 6~12月 6 月 5日、ポータブルトイレの蓋をとろうとして夜中に転倒(本人談)。8 月 28 日、ベッド脇に裸足で倒れている。9月 30 日、 居室トイレに行こうとして転倒(本人談)。11月 14 日、シルバーカーに躓き転倒。12月 18 日、居室トイレに行こうとして転 倒した様子で頭部打撲、額に直系2 cm程度の腫れ。 入所翌年 1 月4日、ベッド脇で転倒。1月12 日、シルバーカーを引いて後ろ向きに歩いて転倒(本人談)。2 月 4 日、床に頭部打撲(本人 談)。3 月1日、転倒(本人談)。4 月1日、ベッドから滑り落ちた(本人談)。4 月 8 日、シルバーカーごと転倒。4 月 17 日、転 倒。5月14日、コールマットに両手をつく。6 月 10日、不穏、ベッド付近をうろうろしバランスを崩して尻餅。6 月 16 日、 ベッド脇に尻餅をついている。6 月25 日、長谷川式認知症スケール12 点。7 月19 日、幻覚、幻視。9 月 30 日、自殺願望、感 情不安定。11月 14日、不定愁訴。 入所翌々年(7 月8日まで) 3 月23日、部屋を出た後戻り、「逃げようとしたわけではない」と言い、かなり混乱。4月 9 日、死にたいからカミソリ取って と言う。4月13日、ズボンとリハビリパンツを脱ぎ、同室者から借りたはさみで切る。6 月 16 日、息子はここに来たことがあ り ま す か と 聞 く(こ れ ま で 何 回 か 来 て い る) 。6 月24 日、 ト イ レ に 話 し か け、 返 事 が な い と 言 い、 下 半 身 裸。 7 月 6日、認知症専門棟に移動。 7月 9以降(抑制はいずれもエプロン型帯または Y 字帯で実施) 7 月 9日、立ち上がりが頻回で立位時不安定。午後 0:00~3:00、看護師が抑制。 7月10日、午前11:30頃、介護福祉士 1人という状況下、ホールで自力歩行しており抑制。午後 6:00頃、ベッドから立ち上がり 歩行しようとしており、介護福祉士は他の入所者の就寝介護に行くため抑制。午後 8:40頃、ベッドから立ち上がったためトイ レに誘導し、入眠を促したが、拒否して意味不明なことを言ってふらつきながら歩き出そうとしたため、介護福祉士が抑制。 7 月 11日、夕食摂取中立ち上がり、「お母さんが」と言い座ろうとしないため介護福祉士が抑制。 7月 12日、昼食後から頻回に立ち上がり、独歩があり、付き添い歩行をするも職員に手をあげ、落ち着きがなく歩行が不安定 であったため、介護福祉士が抑制。 7月 16日、午前9:30頃、落ち着かず、独歩が頻回、歩行が不安定で前傾がひどいため介護福祉士が抑制。 7 月 17日、午前5:30 頃、トイレで転倒。左大腿骨転子部骨折。 厚生省令 40 号の趣旨を無視することになりかねない が、その点ははっきりしない。 事例判断という点、今一度、3 事例をおさらいする と、それぞれその事例の限りにおいてという前提にな るが、事例①は非精神科病棟入院患者へのミトンによ る拘束は許容される(法的にしてもよい。義務ではな い)、事例②は非精神科病棟入院患者に対して拘束帯 を用いて体幹を抑制する義務があった(法的にしなけ ればならなかった)、事例③は介護老人保健施設入居 者へのエプロン型帯やY 時帯での身体拘束は許容され る(法的にしてもよい)、となる。残念ながらまだ実 務の参考とするだけの事例の集積があるとはいえな い。 なお、精神科病棟における裁判例としては平成 22 年以前にいくつかみられる。たとえば、医療保護入院 患者に関する事例 5 では、裁判所は、数度点滴やバ ルーンカテーテルの自己抜去があったことから、「夜 間点滴を行った場合、点滴の自己抜去をする可能性が 想定されたこと、点滴の自己抜去は太い血管に貫通し 66 日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014 た針を無造作に引き抜くものであって、非常に危険な 行為であること、◇医師は、点滴の自己抜去を防止す る意図で〇に対する本件入院中の身体拘束を行ったこ とが推認される。以上の事実に〇に対する身体拘束の 程度(胴と両上肢は拘束されていたが、その拘束状態 は緩やかな抑制状態であって、両下肢は自由であった こと)を総合すると、◇医師が〇に対して行った上記 身体拘束は不必要であったと認めることはできず、か えって、必要であったことが推認される。」とした。 また、家族と無理心中を図ろうとして医療保護入院と なり、その診察中も自分の手で首を絞めようとしてい た患者を保護室に収容し、翌日も拒食があり身体的治 療に非協力的であったため体幹および両上肢を拘束し た、という事例 6 では、裁判所は、「自殺企図又は自傷 行為が著しく切迫していた」、「点滴用のチューブで首 を絞めたり、留置針を引き抜いたりするなどの生命に 危険が及ぶ行為をする可能性も高かったといえ、体動 を抑制しなければ、この危険を防止することは困難で あった」とした上で、「体幹抑制ベルト及び両上肢抑 制ベルトによる身体的拘束の必要性があったというべ きであり、」「身体的拘束を開始したことは、不法行為 に当たらないことは明らかというべきである。 」とし、 拘束を継続したことについても、「いずれもその必要 性が認められるとともに、代替方法も存在しなかった というべきであり」、「違法なものであったとはいえな い」とした。 また、刑事訴訟ではあるが、精神保健指定医の指示 がないまま看護師により行われた身体拘束(胴拘束) の結果、腹部の抑制帯が緩く患者がベッドからずり落 ちて宙吊りとなり死亡したという事例もある(有罪)。 一審判決 7 は、 「あえて指定医の拘束の指示を受けない ままに被害者に対する拘束を行ったものであって、そ の行為自体医療行為としての正当性を欠き、違法に有 形力を行使したものと見る余地もある程のものであ る。」とし、控訴審判決 8 も、「被害者を拘束帯で拘束 することは看護師が単独でもできたということを前提 に、被告人が被害者の腹部を拘束帯で拘束した事実及 びその際の過失の存在を是認して、業務上過失致死罪 の成立を認めたのは正当」(* 被告人:看護師)として 控訴を棄却した。決して明確とはいえない表現にとど まっている。 以上、入手できた数少ない裁判例を見てきた。非精 神科病棟入院患者への身体拘束が許される、非精神科 病棟入院患者への身体拘束義務がある、介護老人保健 施設の入所者への身体拘束が許容されるとした3 事例 と、精神科病棟事例、刑事訴訟事例である。しかし、 それらはおよそ条文上の根拠に基づき、あるいは統一 的な法理論体系で理解することはできない。裁判所の 判断も混迷しているといえよう。もちろん、裁判例の 動向に注意は必要であるが、身体拘束について「単な る『療養上の世話』ではなく、医師が関与すべき行為 であり、看護師が独断で行うことはできない」等とま で断じた一宮身体拘束事件控訴審判決 9(その後、最 高裁判所で破棄)時と同様、評価が確立していない民 事訴訟における下級審裁判所の判断への過剰反応は避 けたい。身体拘束に社会的関心が高まりながらも新た な立法がない状況下では訴訟事例が増えてくるであろ うが、いずれ裁判例が集積されることで裁判所の判断 も安定してくると思われる。 ちなみに、判例評釈レベルで見ると、事例①判決に 関し、「事例判断ではあるが、看護師が入院患者の身 体を抑制する行為が診療契約上の債務不履行又は不法 行為を構成するか否かにつき、最高裁として初めて判 断を示したものであり、実務上重要な意義を有すると 思われる」10,11、事例②判決に関し、「患者の疾患、行 動の態様、施設の規模・性質、職員の人数・配置、転 落の原因・危険性などを総合勘案して判断すべきこと であろう」12 とある。結局、一般病棟の臨床現場で は、「身体拘束ゼロへの手引き」と上記最高裁判決を 参考にしつつ、様々な事情を総合勘案して判断した上 で身体拘束するかしないかを決定していかざるを得な い。この状況下では、善管注意義務違反や不法行為責 任の有無の認定基準である医療水準や社会通念が数少 ない指針である。医療界や社会から見て、身体拘束が 適切であった、もしくは、身体拘束をしないことが適 切であったと判断されるのであれば、責任を負うこと はない。正しい医療・正しい看護であるか、社会に受 け入れられるものかどうかを意識しながら判断してい くことが肝要である。 文 献 1. 広島高等裁判所岡山支部平成22 年12 月9 日判決 2. 岡山地方裁判所平成21 年9月 29 日判決 3. 東京地方裁判所平成24 年3月 28 日判決 4. 名古屋地方裁判所一宮支部平成 18 年9 月13日判 決 5. 京都地方裁判所平成19 年11 月13日判決 6. 東京地方裁判所平成19 年 5月17 日判決 7. 大阪地方裁判所平成23 年4 月15 日判決 8. 大阪高等裁判所平成24 年8 月23日判決 9. 名古屋高等裁判所平成20 年9 月5日判決 10. 判例時報,2070:54 11. 判例タイムズ,1317:109 12. 判例時報,2110:47 日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014 67
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