工場見学 - 日鍛バルブ

シリーズ
Spot of State of the Art Motorcycle Parts Making
工場見学 vol.29
そりゃあ、材料や加工のコストを無視し
2輪エンジンバルブのトップメーカー
日鍛バルブ株式会社 秦野工場(神奈川県秦野市)
高速・軽量化と耐久性を
実現する生産技術の粋を知る
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エンジンを語るとき、ことあるごとに「やれチタンだ、ナトリウム封入の中空だ」と、
引き合いに出される吸排気バルブ。じゃ、実際のところどうなんでしょう。
“何でそう
なのか?”を知らずして、メカニズムや先端技術は語れません。おまけに量産品では、
コストが重要になってくる──まさか、あなたは「エンジンバルブは削り出しで作って
いる」なんて思ってはいないでしょうね?
見た目は変わらないバルブ。
中身はかなり進化しています
面積に対して細ければ細いほど、流れる気体
の抵抗にならない。どちらにしてもステムは
細いほうがよい。となると、強度の保証をし
ないとならない。おまけにガイドと摩擦する
表面部分の滑らかさや耐摩耗性も必要だ。
バルブは回転しながら作動するから、その
真円度やシートとの気密性など、寸法精度が
極めて重要。しかしそれ以上に、強度が問題
となる。しかも、排気側は多くの金属にとっ
てウィークポイントになりがちな高温環境で
たたかれ続ける作動だから、一筋縄ではいか
ない。
■バルブの要求特性
バルブの部位 …… 要求特性
・軸端 ……………… 耐磨耗、耐ピッチング
棒材面取
棒材研摩
据込鍛造
(押し出し鍛造)
盛り金
軸一次研削
傘旋削
RW
GW
機械加工
焼入焼き戻し
傘歪矯正
軸端一次研削
歪取り焼鈍
RW
GW
フェース旋削
軸端二次研削
軸端焼入れ
軟窒化処理
GW
GW
フェース仕上研摩
軸端仕上研削
軸仕上研削
RW
RW
RW
GW
GW
コッター溝・軸端面研削
軸二次研削
GW
バルブ検査
バルブ洗浄
外観検査
完成抜取検査
出荷
●バルブ製造の工程概要。シンプルな単体バルブで約20工
程、高温対応の軸接盛金バルブになると、鍛造成型、熱処理、
盛金、機械加工(切削など)
、表面処理で約30工程にも及ぶ。
GW
境)と材料や技術の普及に応じて、その設計
思想や材質は著しく変化しているのだ。
それが認識しづらいのは、その変わらぬ外
観と、エンジンの最も中心で複雑な位置にあ
るというその性質にあるはずだ。逆にユーザ
ーが気づかないままに、その性能や信頼性を
向上させていくというのが製品開発の本懐で
あるとも言えるのだが……。
軸部はしなやかに。
そして傘部は硬く強じんに…
今回訪問した日鍛バルブは、2輪バルブを
年間1400万本・115万台分以上を製造し、2
輪では70%シェアを誇るバルブのトップメ
ーカーである。その工場を見学して一番感心
したのは、軸接バルブと言われるハイブリッ
ドの排気バルブの存在だ(久びさに無知の徒
の登場である)
。
要するに、排気バルブの中でも特に高温に
さらされる部分(傘の付け根周辺)には耐熱
性の高い材料を使用し、比較的温度が上昇し
ないステム後端部分には通常の材料を使用す
るというものである。おおよそ、量産のバル
ブでは以下のような材料が使用されている。
まず大半の吸気バルブや、排気バルブの一
部にはSUH3、SUH11などのマルテンサイト
系耐熱鋼(ステンレス鋼の一種でクロムが主
な添加合金成分、一部はシリコンを含む)が
使われている。マルテンサイト系耐熱鋼は一
般の鋼と同様に、熱処理(焼入れ・焼戻し)
により高強度・高硬度といった優れた機械的
特性が得られる材料で、高温強度に優れるが
炭素含有量が多く、耐食性の面でやや劣る。
一方、排気バルブではSUH35などのオー
ステナイト系耐熱鋼(クロム、ニッケル、マ
ンガンが合金成分)がメインだ。熱処理や冷
間加工で硬化する、いわゆるオーステナイト
組織を形成している材料で、炭素を固溶した
体心正方格子を取る構成。また、優れた高温
強度特性を示す。
排気バルブにオーステナイト系耐熱鋼が使
用されるのは、高温下での打撃に対する耐久
性を保証する目的。蛇足的に言えば、日本刀
の焼き入れはオーステナイト組織から、刃の
じん
部分を硬度の高いマルテンサイト組織へ、靱
せい
性が求められる胴体部分をトルースタイト組
・コッター溝 ………… 強度、耐フレッティング
・軸
(ステムシール部)… シール磨耗
・軸
(ステムガイド部)… 耐磨耗、耐スカッフ
・首下部
(インテーク)……… ガス流動抵抗の低減
・首下部
(エキゾースト) …… 耐腐食、高温強度
・フェース …………… 耐磨耗、耐腐食、靱性
・傘表 ……………… 耐腐食、高温強度
■吸排気バルブの熱分布
400℃
300℃
200℃
排 気 バルブ
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文●朝倉哲也 写真●岡 拓
摩擦圧接
棒材切断
吸 気 バルブ
キノコみたいな4サイクルエンジンの吸排
気バルブ。基本は、鉄というよりも鋼。エン
ジン回転が1分間に1万回転だったら、その
開閉は5千回。1回の開閉時間はものにもよ
るが、まあコンマ00秒単位。要するに目にも
留まらぬ速さ。NR500やひところの4輪F1
だったら2万回転ですよ。
カム山で燃焼室側に押し下げられ、スプリ
ングの力でバチコンッと戻され、バルブシー
トにたたきつけられる。それが1分間に数千
回。しかも排気側といったら、これ以上ない
過酷な労働環境だ。排気温度はおよそ800
℃、おまけに排気脈動は音速の衝撃波。
そこで、バルブに求められる要件。エンジ
ンをたくさん回したいなら、まずバルブの重
さ(慣性重量)を減らしたいから軽くする。
軽くするにはサイズを小さくするか(バルブ
径は設計段階で決まっているから、おのずと
傘の肉厚やステムシャフトの太さが対象にな
る)
、より軽い材料を使うことになる。
しかも、基本的にステムシャフトはポート
₁サイズ、材質、形状など、種類や用途によってさまざまなタイ
プがある吸排気バルブ。
₂軸接バルブの成形では、傘部のみを高温加熱し部分的に鍛造加
工する「据え込み鍛造」が行われている。
合金)やチタンをバンバン使えば、技術者も
生産現場も楽できるでしょう。しかし、量産
品では大前提にコストがあるから、そうそう
高い材料は使えない。で、性能と価格のバラ
ンスポイントを見つける絶え間ない努力、生
産技術を極める戦いが行われるわけである。
このところ無責任な技術オタクやヤジ馬の
間で騒がれているのは、アルミで作ったバル
ブとか、冷間鍛造で成型する中空バルブと
か、組み立て式4ピースの中空バルブとかな
んて、ハイエンドな話だが、筆者の興味や認
識もそういうところにあった。まぁチタンバ
ルブに関しては、現在の高性能エンジンでは
おおよそ普遍的な存在であり、コストさえク
リアできれば容易に市販投入できるものであ
ると思っておいたほうがいい。
で、恥ずかしながら、多くの市販車に使わ
れる耐熱鋼のバルブに関して、筆者はそれほ
ど深い認識を持っていなかったことを白状し
ておく。興味はあったが、製造現場を見たこ
ともなく、また過去の取材経験においても、
この部分に深く足を踏み入れたことがなかっ
たからだ。
レシプロエンジンの吸排気バルブという
と、古今東西、過去からほとんどそのカタチ
を変えていない普遍的な部品である。機能的
にこれ以上変えようもない究極のカタチと言
えるのだが、そこに盲点がある。
「そもそも、シリンダーヘッドやシートリン
グとは材質が違いますから、熱ゆがみの度合
いも違うわけです。それに対応するために、
吸排気ともバルブの材料はいろいろありま
す」
と語るのは日鍛バルブ秦野工場の工場長。
基本的な製造工程は大昔より変わらないも
のだが、エンジン性能の向上(昔出力、今環
工程概要
前工程
て、航空宇宙用の超合金(ニッケル基耐熱超
800℃
700℃
600℃
・その他 …………… 小型化、軽量化、高精度
●バルブの部位と要求特性。1本のバルブには
実にさまざまな条件が求められるのが分かる。
最高温度:約350℃
最高温度:約800℃
●吸排気バルブの熱分布。吸気側と排気側では、まったく温度条件が異なる。
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織に変態させる作業だが、このような適材適
所の使い分けが吸気バルブと排気バルブにお
いても行われていると言ってもいい。
この排気バルブには、高温下での耐熱性に
加え、
耐酸化性、
高温ガスに対する耐腐食性、
そして熱膨張係数・弾性率・熱伝導率・クリ
ープ強度・靭性・疲労・応力変動など、複雑
な条件が求められる。
特に応力腐食割れと呼ばれる、高温下で引
っ張り応力の生じる部分(傘部の付け根部分
には、バルブが閉じたときに引張る力が加わ
る)に生じる腐食は、割れの原因になること
が多い(オーステナイト系ステンレス鋼の場
合は引張り応力、ハロゲンイオンの存在、温
度などの条件で腐食の状況が左右される)
。
さらに耐熱性を向上させる場合はNCF751
など、いわゆるインコネル材と呼ばれるニッ
ケル基超耐熱合金(一般に言う超合金)が使
用される。超合金は1500℃超で作動するジ
ェットエンジンやガスタービンのブレード、
ロケットエンジンの構造部品でおなじみだ
が、
一般的には鍛造が難しいと言われている。
日鍛バルブの軸接バルブでは、この超合金
とマルテンサイト系耐熱鋼を接合することで
構成されているのだが、その製造方法は、こ
れまで見てきた多くの2輪用金属部品とは異
なる面白さを持っている。
写真を見てほしい。
異なるふたつの材料
(棒
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₁押し出し鍛造(フォージングプレス)で一体成形されたばかりのバルブ。 ₂材料の
棒材は2度押しでご覧のように成形されている。 ₃₄軸接バルブの据え込み鍛造(ア
プセット鍛造)は、傘部のみを通電で加熱し、まずは球状~逆三角形状に押しつぶす。
₅₆バルブ形状の金型に据えてプレスし、傘部を押し広げるように仕上げる。 ₇こち
らは摩擦による軸接(摩擦溶接)
。棒材を挟んだチャックの片側を高速で回転させ、そ
の摩擦熱で接合部を熔解させて接合する。組み立て式バルブではポピュラーな方法だ。
材)を摩擦熱で接合し、次に傘の部分を鍛造
成形するのだが、単一の材料を使ったバルブ
の押し出し鍛造(いわゆるフォージングプレ
ス)とは違い、部分的に鍛造する据え込み鍛
造(アプセット鍛造)を用いている。
据え込み鍛造とは別名ツバ出し鍛造とも言
われ、丸棒材料の先端や中間をふくらませて
ツバを出す(外径を薄く拡大する)鍛造方法
だ。この方法は大正時代には導入されていた
というほど歴史は古く、切削に比べて歩留ま
りが格段に優れているなどの理由で現在でも
ポピュラーなものだ。
「高温下での強度保証要求が上がっているた
め、加工もどんどん難しくなる傾向にありま
す」と工場長。軸接バルブは加工の難しい超
合金を部分的に使用するための方法であると
理解できる。ワンピースものの単体バルブは
鍛造成形一発(実際には二発だが)で作られ
ているが、これを全部超合金で作ったならば
鍛造加工だけでもひと苦労することになるだ
ろうし、コストを考えても、このような製造
方法は非常に合理的だと感心したのである。
この超合金を軸接したバルブは、市販のバ
イクではすでに1990年前後に高性能モデル
で採用されており、例えば'90年のホンダ
CBR250RRでは吸気側にSUH3を、排気側に
は傘部にSUH751、ステム部にSUH3の軸接
バルブを使用しているなど、現在ではかなり
普及している存在。ただ、我々がそのことに
気がついていないだけなのだ。
世の中に出ている材料なら、
何でもバルブに加工できる
写真にもあるレース用モデルに使用するチ
タンバルブの機械加工ラインなどは、通常の
バルブとは違って格段に設備投資のかかった
ライン(要するに手間が格段にかかるのであ
る)で生まれてくる。当然、それはそのまま
コストに反映されることになる。
例えば、そこまでの費用を払ってチタンバ
ルブ採用のエンジンを手に入れて、あなたは
その性能を存分に発揮し、優れた費用対効果
を実現できるのか?という話も頭に浮かぶ。
軽量なチタンバルブは、高回転域でのエン
ジンの信頼性を向上させるには今や常識的な
装備だ。しかし、そんな高性能エンジンを手
に入れても、乗り手にそれを使いこなせるだ
けの能力がなければ、普通のバルブのマシン
に簡単に抜かれてしまうわけだ。
だいたい、ヘタな広告やリリースか何かの
丸写しの文章を読んで、
「チタンだ、
チタンだ」
と騒いでみても、それが純チタンなのか、
6-4チタンに代表されるチタン合金なのかも
知らないようでは、本末転倒も甚だしい。結
局、
“何のために使うのか”という目的で部
品の性能やスペックは決まる。
2
詳しくは書けないが、日鍛バルブではモト
GPマシンや4輪F1といったハイエンドな性
能を追求したバルブも開発・製造しているか
ら、その技術的蓄積もトップレベルにある企
業である。
「やろうと思えば、世の中に出て
いる金属素材なら何でもできます」と、その
自信の片りんをうかがわせるが、その底力は
トップエンドの製品にばかり向けられている
のではないことを認識してほしい。
例えばそれは「環境問題」
。排ガスのクリ
ーン化を考えたとき、基本のひとつは燃焼温
度の引き上げである。そうなれば排気バルブ
はますます過酷な条件下で使用されることに
なるし、また「バルブシートの作り方も変わ
ってきているので、それに対応させたバルブ
も必要」ということになる。
き ぐ
環境規制への対応で、存続が危惧されてい
る空冷エンジンでは、今でも水冷エンジンに
比較して排気バルブは高温下に置かれてい
る。このため、フェース部(シートに当たる
部分)や軸端部にコバルト系ステライト材の
盛金溶着を施して強度を保証しているほどだ。
そのほかにも、バルブには軟窒化処理(耐
磨耗性向上と防錆加工)や高周波焼き入れ、
あるいはクロムメッキなどの表面処理など、
さまざまな加工が施されている。ハイエンド
な現場で生まれた素材や技術を“どう選択し
て、どう形にするか”で、私たちのバイクは
₁熱処理は鍛造成形後のゆがみ修正や、加工後の軸端焼き入れ、完成
後の表面処理(軟窒化処理)などで行われる。 ₂熱処理から切削に
向かう製品。 ₃機械加工ライン。小さいながらも精度を求められる
バルブは、約10工程もの切削や研磨が施されている。 ₄₅チタンバ
ルブの機械加工ライン。基本的に硬度が高く、炭素鋼とは性質の異な
るチタンは別ラインで、より精密な加工が必要となる。 ₆研磨され
仕上げられるチタンバルブ。
形成されている。そういう意味では、十分に
最先端技術という“果実”を私たちは享受し
ているのである。
要求される条件が複雑化するにしたがっ
て、超合金やチタン合金に代表される難削材
(加工が難しい素材)が増えているそうだ。
「場合によってはコストよりも特性が優先さ
れることもあって、ますます材料や加工方法
は多様化しているのが現状です。しかし、そ
れを実現するのが“競争力”だと我が社は考
えております」と、工場長。
製造現場は一見、当たり前のモノを当たり
前に作っているとしか私たちの目に映らない
場合が多い。だが、その内容は私たちの想像
をはるかに超えたレベルから生まれたものだ
と断言してもいい。特に今回のバルブとい
う、シンプルで単純なカタチをした部品を考
えたとき、強くそう思うのである。
「表面にしても、ひところはスパイラル状に
研削することで、空気の流れをより促進する
と思われたこともありましたが、現在では必
ずしもそれが正しいとは言えないのです」と
は、同社の技術担当の言葉。私たちが知って
いるトップエンドの技術は、実は過去のモノ
であるという認識を強いられる場面である。
開発現場で何が行われているか?は、関係
者しか知らない事実だ。その後に生まれた製
品をよく観察し使ってみることで、我々は初
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日鍛バルブ株式会社
●設立 1948年
●資本金 37億9179万3000円(2005年)
●事業内容 自動車用エンジンバルブ(2輪車、
乗用車及びトラック)
、陸上及び船舶用エンジン
バルブ(農業機械、建設機械及び船舶)
、精密鍛
造歯車(農業機械、建設機械、乗用車及びトラッ
ク)
、バルブリフター(自動車及び船舶)
、NTVCP(乗用車)
、その他(上記関連部品及び機械
設備)の製造及び販売
●生産拠点 国内2ヵ所、海外6ヵ所
●従業員数 787名
(国内)
www.niv.co.jp/
めて、そこで何を考え、何を望んだかを理解
する(それを少しでもリアルタイムで伝える
のがメディアの役目でもあるのだが……)
。
年々密閉され、ブラックボックスのように
なるエンジンを前にして、それを確かめる余
地も少なくなっているが、少なくとも滑らか
で静粛な高回転のエンジンフィーリングと、
長時間のハードな運転でも平然としていられ
るエンジンは、そんなところから生まれてい
るのである。
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