古 代 エ ジ プ ト楽 器 、 シ ス トル ム の総 合 的研 究125 古 代 エ ジプ ト楽 器 、シス トル ムの総 合 的研 究 一 永 遠 に 生 き る シ ス トル ム ー 倉 阪 英 恵 シ ス トル ム は 、 楽 器 分 類 法 に お い て 体 鳴 楽 器 の 棒 繋 式 ラ ッ トル に 属 す る 。 古 代 エ ジ プ トで は 、 主 に 儀 式 用 の 楽 器 と し て 古 く か ら 用 い ら れ 、 王 朝 時 代 を 通 して 変 遷 し な が ら も絶 え ず 続 い た 。 現 在 で も エ チ オ ピ ア の ギ リ シ ア 正 教 会 で 用 い られ て い る 。他 の 楽 器 と比 べ て こん な に 長 く続 い た の は 、 シ ス トル ム の み で あ る 。 そ こ で 、 総 合 的(考 古 学 ・美 術 学 ・言 語 学)に シス ト ル ム の 変 遷 や 地 域 性 を分 析 し王 や 女 性 神 官 との 関 係 、 用 い 方 で 長 く存 在 し た理 由 を明 らか に す るの が 目的 で あ る。 しか し、 研 究 す る に あ た り問 題 が 生 じる 。 遺 物 が発 見 され た際 、 コ レク シ ョ ン と して 持 ち 去 られ た た め ど こ か ら出 土 した の か わ か ら な い の が ほ とん どで あ る。 今 後 の 発 掘 で 出 土 地 や 出 土 状 況 が 詳 細 と な り、 考 古 学 的 な視 点 で の 研 究 が よ り明確 に な る こ と を 期待 する。 シ ス トル ムsistrum語 源 は 、ギ リ シ ア 語 の セ イ ス トロ ンseistron(振 に 由 来 す る 。 し か し 、 エ ジ フoト語 で は 、 セ シ ェ シ ェ トsesheshtと に イ ブibuや セ ケ ムsekemuと る こ と) 言 い、後 呼 ば れ た 。 本 来 、 ハ トホ ル 女 神 の 祭 祀 で パ ピ ル ス の 花 束 を 揺 り動 か す 風 習 が あ り 、 こ の 音 が 擬 音 語 で セ シ ェ シ ェ トと 言 わ れ た 。 原 型 は 、 ハ トホ ル 女 神 へ の 捧 げ も の と し て 使 わ れ た の で あ る 。 神 話 の 関 係 か ら パ ピ ル ス の さ ら さ ら し た 音 が と て も 重 要 で 、 シ ス トル ム を 振 る こ と で ハ トホ ル 女 神 を 呼 び 起 こ す 機 能 が あ っ た 。 今 で は 、 セ シ ェ シ ェ ト も シ ス トル ム と 一 括 さ れ 呼 ば れ て い る が 意 味 合 い が 違 うの で 同 名 は 不 適 切 だ と 考 え る 。 そ の 背 景 に は 、 シ ス トル ム の 用 い 方 が 深 く関 わ っ て く る 。 こ の こ と に つ い て 、 後 に 詳 し く述 べ た い 。 98 126 形 態 は 、 ナ オ ス(祠)形 と ア ー チ形 の2種 類 あ る。 ナ オ ス形 シ ス トル ム は 、 取 っ手 の 上 にハ トホ ル 女 神 の 頭 が 双 方 あ り、 そ の上 に ナ オ ス が付 い て い る。 ナ オ ス の 部 分 に横 棒 が2・3本 あ りそ こに 金 属 片 な ど が付 い て 左 右 に 振 る と 音 が生 じ る。 ナ オ スの 両 側 に は 、渦 巻 き装 飾 が 施 され 彫 って あ っ た り 、後 か ら取 り付 け て あ っ た りす る。 こ れ は 、 雌 牛 の 耳 を持 つ ハ トホ ル の 角 を表 現 した もの で あ る。 ア ー チ 形 シ ス トル ム も同 じ く取 っ 手 の 上 に ハ トホ ル 女 神 の 頭 が 双 方 あ り 、 そ の 上 に ア ー チ が 付 い て い る。 ア ー チ の 中 に は 、3・4 本 の 棒 が は り渡 され 、 そ こ に丸 や 四 角 の 小 さ な金 属 片 が 付 い た 。 ま た 、 取 っ 手 の 上 が立 方 体 で あ っ た り直接 、 ア ー チ が 付 け られ た り も した 。 上 記 で も述 べ た が 、 シ ス トル ムの 遺 物 は 諸 外 国 の 収 集 家 に 渡 り、 そ の た め 資 料 を 集 め るの が とて も困 難 で あ っ た 。 私 の 知 る限 りで は 、 エ ジプ トの 遺 物 を所 蔵 して い る博 物 館 ・美 術 館 は全 て調 べ た 。 合 計238点 で あ る。 この 資 料 を用 い て 変 遷 や 地 域 性 を見 て い く。 ナ オ ス形 シ ス トル ム の 変 遷 で 特 徴 的 な の は 、 末 期 王 朝 時 代(第26王 朝) の 遺 物 で 取 っ手 に 王 名 が 刻 まれ て い た 。 又 、 ナ オ ス の頂 上 に は 、 王 と深 く 関係 して い る ハ ヤ ブ サ や ホ ル ス が い た こ とで 、 この 時 期 か らハ トホル 女 神 とい う よ りは 、 王 の 象 徴 へ と変 化 して い っ た 。 一 方 、 ア ー チ形 シ ス トル ム は 、 首 飾 りが 付 け られ た り ギ ザ ギ ザ の 髪 型 や 猫 が い る こ と か らバ ス テ ト女 神 や イ シ ス 女 神 へ と変 わ られ た 。 地 域 性 を見 て み る と上 エ ジプ トは 、 ア ー チ 形 が 多 く ア ー チ の 中 央 に猫 の姿 が 見 られ た。 素 材 は 、 フ ァ イ ア ンス や ブ ロ ン ズ 以 外 に木 製 が ほ と ん どで あ っ た 。 下 エ ジ フ.トは 、 ナ オ ス形 が 多 く ナ オ ス の 中 央 に王 と関 係 が あ る ウ ラ エ ウ スの 姿 が 見 られ た 。 素 材 は 、 フ ァ イ ア ン スが ほ と ん どで 一 時 的 に ブ ロ ンズ が 取 り入 れ られ た 。 その ブ ロ ン ズ製 は 、 ア ーチ 形 で ギ ザ ギ ザ の 髪 型 や 猫 が い た 。 そ して 、取 っ手 は節 々 に な っ て い た り羽 毛 模 様 に な っ て い た り した 。 ロ ー マ と そ の周 辺 の 国 々 は 、何 の 飾 り もな い ア ー チ形 の ブ ロ ンズ製 で あ っ た 。 遺 物 の 変 遷 と地 地 性 を ま と め る とナ オ ス形 シ ス トル ム は 、王 と深 く関 わ 97 古 代 エ ジプ ト楽 器 、 シ ス トル ムの 総 合 的 研 究127 る伝 統 的 な 形 態 で 年 代 変 遷 が あ っ た 。 一 方 、 ア ーチ 形 シ ス トル ム は 、各 地 域 の 信 仰 女 神 に よ り独 自性 が 見 られ た。 シ ス トル ム が描 か れ た壁 画 を通 して 年 代 変 遷 を考 察 す る と 、 ナ オ ス形 シ ス トル ム は 横 棒 が な く必 ず 右 手 で 持 た れ る こ とが 分 か っ た 。 ハ トホ ル 女 神 や 女 性 神 官 が 持 っ て い た が 、 プ トレマ イオ ス朝 や ロ ー マ 時 代 に な る と王 や 王 妃 に変 わ る。 新 王 国 時 代(第19王 朝)は 例 外 で ナ オ ス の 中央 に ウ ラ エ ウ ス を強 調 して描 い た シ ス トル ム を王 が持 っ て い た 。 ア ー チ形 シ ス トル ム は 、 新 王 国 時 代 か ら横 棒 に シ ンバ ル が 通 され て い る。 主 に 女性 神 官 が持 っ て い た。 地 域 性 は 、 や は りハ トホ ル 女 神 を信 仰 して い る上 エ ジ プ トに 多 く描 か れ た 。 特 に ナ オ ス 形 シ ス トル ム が ほ と ん ど で あ る が 一 時 期 、 新 王 国 時 代 (第18.19王 朝)貴 族 の 墓 に ア ー チ形 シ ス トル ム を持 つ 貴 族 女 性 や 女 性 神 官 が 描 か れ た 。 下 エ ジプ トに お い て は 、 あ ま り シ ス トル ム が描 か れ な か っ た。 その 結 果 、 ナ オ ス形 シ ス トル ム は 、 ハ トホ ル 女 神 信 仰 の 儀 式 道 具 か ら取 って 変 わ り王 との 結 び つ き が色 濃 くな って い く。 王 家 の 血 筋 で な くな る新 王 国 時 代(第19王 朝)の 王 か ら 目立 っ て き た 。 ア ー チ形 シ ス トル ム は 、 楽 器 と して の機 能 が あ り女性 神 官 に 好 まれ 用 い られ た。 シ ス トル ムの 遺 物 や 壁 画 に刻 まれ た ヒエ ロ グ リ フ を解 読 す る と 、 中 王 国 時 代(第12王 朝)、 新 王 国 時 代(第18・19王 朝)、 第 三 中 間 期(第22王 朝) の 遺 物 に は 王 名(王 妃)、 あ る い は 王 名 と女 神 名 が刻 まれ て い る 。 しか し、 末 期 王 朝 時 代(第26・27・30王 朝)は 王 名 以 外 に シ ス トル ム を振 る ・歓 喜 す る と刻 まれ 、 女 神 名 もハ トホ ル 女 神 以 外 にバ ス テ ト女 神 や 他 の 女 神 に嘆 願 して い るの が 目立 つ 。 壁 画 も同 様 、 中 王 国 時 代 や 新 王 国 時 代 はハ トホル 女 神 に 関係 す る場 面 で あ っ た の に 末 期 王 朝 時 代 か らバ ス テ ト女 神 や イ シ ス 女 神 が登 場 す る 「遠 方 の 女 神 」、 「洪 水 」 に関 す る神 話 の 場 面 に変 わ って い った 。 これ らの こ と を踏 ま えて 王 と シ ス トル ム の 関 係 を見 る と、 以 下 の こ と が 言 え る 。王 が シ ス トル ム を積 極 的 に遺 物 や 壁 画 に 取 り入 れ た 際 、社 会 的 な 96 128 背 景 が 見 え影 響 して い る こ とが わ か る 。 シ ス トル ム は初 め 、 ハ トホ ル 女 神 の 女 性 神 官 に は な くて は な ら な い儀 式 道 具 で あ った 。 そ して 、 そ れ は 神 を 呼 び起 こす こ と が で き る唯 一 の 媒 体 物 で あ っ た 。 そ こ に 目 をつ け た 王 は 、 シ ス トル ム を持 つ こ と で神 を支 配 しよ う と考 え た 。 特 に 、 新 王 国 時 代(第 19王 朝)の 壁 画 に 多 く見 られ る 。 この 時 代 か ら 下 は 、王 家 の 血 筋 で は な い 者 が な り神 を も支 配 で き る、 す な わ ち 神 と一 体 化 に な れ る こ と か ら正 統 化 させ よ う と した 。 そ の た め 、 民 衆 に わ か り や す く神 殿 の 壁 画 に王 が シ ス ト ル ム を持 つ 姿 が表 わ され て い る。 末 期 王 朝 時 代(第26王 朝)に な る と壁 画 に変 わ っ て遺 物 が 多 くな る。 この 時 代 、復 古 主 義 政 策 が取 られ た 。 これ は 、 王 が エ ジ プ ト人 で は な くア ッ シ リア 人 や ペ ル シ ア人 に な り民 衆 が 不 安 が る と の こ とで 古 王 国 時 代 の宗 教 や 文学 を再 び 甦 らせ よ う と した 。 しか し、王 に とっ て シ ス トル ム は儀 式 道 具 で は な く民 衆 を支 配 す る道 具 で あ っ た と考 え る 。 また 、 この 時 代 か ら壁 画 に ヒエ ロ グ リ フで 権 力 な ど を意 味 す る セ ケ ム が現 わ れ る 。 シ ス トル ム も同 じ表 記 で 呼 ば れ る こ とが あ っ た 。 そ して遺 物 は取 っ手 に ほ と ん ど 王 名 が刻 まれ て い た。 王 と関 係 す る シ ス トル ム は 、 壁 画 も遺 物 も ナ オ ス形 シ ス トル ム で あ る。 そ して 、 王 名 が 刻 まれ た遺 物 の 素 材 は 、 フ ァ イ ア ンス 製 の み で あ っ た 。 な ぜ な ら フ ァイ ア ン ス は貴 重 で 神 聖 な 青 色 だ っ た か らで あ る。 結 局 、 ナ オ ス 形 シ ス トル ム は時 代 を通 して段 々 、王 の 象 徴 物 へ と変 化 して い っ た 。 シ ス トル ム の 用 い 方 を 説 明 す る とナ オ ス形 シ ス トル ム は 、ハ トホ ル 女 神 か ら王 へ と変 わ り象 徴 物 と な っ て い っ た こ とが 上 記 か らわ か る 。 ア ー チ形 シ ス トル ム は 、初 め ナ オ ス 形 シ ス トル ム と 同様 、 ハ トホ ル 女 神 の 女 性 神 官 が主 に 持 っ て い た 。 しか し、 末 期 王 朝 時 代 か ら 「遠 方 の 女 神 」、 「洪 水 」 の 神 話 が 鮮 明 に な り他 の 女 神 を信 仰 す る女 性 神 官 の 中 で シ ス トル ム が 独 自 の 形 態 を持 ち取 り入 れ られ る。 ア ー チ 形 は ナ オ ス 形 と違 い 伝 統 的 な 形 態 を し て お らず シ ンプ ル な形 を して い た か らで あ る 。 ロ ー マ や 他 の 周 辺 諸 国 に も 取 り入れ られ 広 範 囲 に広 が っ て い っ た。 95 古 代 エ ジ プ ト楽 器 、 シ ス トル ム の 総 合 的 研 究129 上 記 で述 べ た が 、 シ ス トル ム と一 括 して 呼 ん で い い の か と い う問 題 で あ る。 ア ー チ 形 シ ス トル ム 、特 に ロ ー マ や 他 の 周 辺 諸 国 の シ ス トル ム は 「振 る こ と」 と い う意 味 の ギ リ シ ア語 で あ る 。形 態 は エ ジ プ トの もの と異 な る。 ナ オ ス形 シ ス トル ム は エ ジ プ ト独 自 の形 態 を し王 に関 係 して い る の で 意 味 あ い が違 って く る 。 そ れ ゆ え 、 エ ジ プ トの も の と ロ ー マ や ギ リシ ア 時 代 の もの を分 け て呼 ぶ 必要 が あ る。 結 果 、 永 遠 に生 き る シ ス トル ム は ア ー チ 形 で 、 一 方 、古 代 エ ジ プ トの 王 朝 時 代 を 反 映 して い るナ オ ス形 は 、王 の 象 徴 的 な もの だ っ た か ら他 の 国 へ 一 切 広 め ず 時 代 と と もに 幕 を 閉 じ た。 ア ー チ 形 は 、 王 に 関 与 され ず 独 自の もの を 自 由 に 作 れ た の で 変 化 に 富 ん だ 。 お そ ら く ロ ー マ 人 も古 代 エ ジ プ ト の 伝 統 を象 徴 した ナ オ ス形 は た め ら い 嫌 っ た と思 わ れ るが 、 ア ー チ 形 は 、 何 に で も変 化 す るの で 受 け 入れ られ た の で あ ろ う。 そ こ で 、 エ ジ プ トに 関 連 す る余 分 な 飾 り を取 り外 し、 た だ 「振 る こ と」 に 専 念 す る シ ン プ ル な 形 態 に して ロ ー マ 独 自 の もの を作 りエ ジ プ トの も の と少 し異 な る シ ス トル ム が広 ま っ た 。 現 在 もな お ア ー チ形 で は な い が 、 シ ス トル ム は 多 様 に形 を変 え消 え る こ とな く生 き続 け て い る 。 94
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