<第6回 担当:岩井 Case 31 – 2014> <解説> 6/29 Case 31-2014 A 50 Year Old Man with Back Pain,Fatigue,Weight Loss,and Knee Sweling 【鑑別診断】 50 歳の男性の運動によって軽快する、進行性の背部痛。 MRI では胸椎の椎間板炎を示唆する所見あり。 椎間板炎を引き起こすものとして、感染、癌、炎症を挙げる。 ①感染 感染は、椎間板炎の最もよくある原因である。特に HIV 感染者や、癌患者や、糖尿病患者 や慢性腎臓病患者や、ステロイド内服者などの免疫不全状態の人には更に多い。 しかし本症例の患者は上記のいずれでもない。 また、血培は陰性で、白血球増加も認めず、これだけで感染性の椎間板炎は除外できない が、CRP や赤沈は通常、大きな異常を示す。従って、感染性の椎間板炎は考えにくい。 ※真性多血症、鎌状赤血球性貧血、うっ血性心不全、などのいくつかの病気では、急性炎症 反応が偽性に低い値を示すが、この患者では考えにくい。 さらに、感染性の椎間板炎は通常、原発巣から直接的または血行性に広がるため、いろん なレベルの脊椎にだけ起こるというのは考えにくい。 感染性の椎間板炎の起因菌として最も多いのは黄色ブドウ球菌である。大腸菌、プロテウ ス属による尿路感染後も椎間板炎を引き起こす。また、緑膿菌などのグラム陰性桿菌も引き 起こす。稀な原因としては、結核や侵襲性真菌感染症がある。 この患者にはこれらの感染のリスクがない。 また、画像で認められる、多脊椎の併発は当てはまらない。また、2年間持続するという のも、結核以外では考えにくい。 この患者は感染症のリスクがなく、また、感染症だけでは末梢性の関節炎も説明できない。 以上より、感染症は否定的。 ②悪性腫瘍 悪性腫瘍は椎間板炎を引き起こす原因として2番目に多い。約 70%の病変が胸椎にあり、 また、いろんなレベルに多発し得る。本患者にも胸椎に異常所見がある。さらに悪性腫瘍の うち 10%は脊椎転移が先に発見されるため悪性腫瘍の既往がなくても、転移性腫瘍は除外 が必要である。 悪性腫瘍の中で脊椎に転移が多いのは、肺癌・乳癌・前立腺癌・大腸癌などであるが、本 患者には、体重減少を除いて、これらを示唆する症状や身体所見がない。(ただし、画像検 索は必要であると考えられる) 1 <第6回 担当:岩井 Case 31 – 2014> また、悪性腫瘍による背部痛の場合、夜間におこり、運動によって影響されないのが典型 的であるが、本患者は歩行によって痛みが軽減するため一致しない。 多発性 骨髄腫を含む脊椎腫瘍は多発性の骨溶解像が起こる。 ・骨髄腫:赤沈や CRP の軽度しか上昇していないことや血算が正常であることからは考え にくい。 ・形質細胞腫:50 代が発症のピークで、全身症状がなく、検査結果も基本的に正常なため あり得るが、形質細胞腫で複数の脊椎におこることは稀。 ・ランゲルハンス細胞組織球増殖症:骨病変を引き起こすが、通常は 20 代までに顕在化す る。 ※その他の稀な原発性腫瘍 ・脊索腫:脊索の遺残に由来する稀な腫瘍だが、典型的には頭蓋または仙骨に位置し、末梢 性の関節症状は説明がつかない。 ・血管腫:興味深い鑑別であり、発症のピークは 50 代で、最も多い発症部位も胸腰椎部で 本患者と一致する。 ・骨肉腫:しばしば腰仙部の脊椎に発症するので可能性はあるが、通常は小児期に発症する。 この診断は、本患者が幼少期にパジェット病の既往があれば、より可能性があるだろう。 ・軟骨肉腫:60 代に発症のピークがある緩徐進行性の腫瘍であり、通常骨幹部に位置し、 小児期より成人発症が多い。 ・巨細胞腫:脊椎に起こることは稀で、本患者とは対照的に、痛みは安静で軽快する。 これらの脊椎腫瘍は全て、MRI で特徴的な所見を示すため、椎間板炎と迷うことはあまり ない。 以上より脊椎腫瘍は考えにくい。 ③炎症性疾患 サルコイドーシスは皮疹、末梢性の関節炎、虹彩炎を引き起こし、稀に椎間板炎を引き起 こす。また、サルコイドーシスは炎症マーカーや白血球が正常レベルのこともある。しかし、 本患者には肺病変がない。さらに、サルコイドーシスは脊椎には腫瘤性病変を呈することが 一般的で、本患者の MRI 所見とは一致しない。 脊椎関節炎は、乾癬性関節炎、反応性関節炎、強直性関節炎、関節炎を伴う炎症性腸炎を 含む、関節の炎症を呈するが、リウマチ因子陰性の疾患群である。 これらは全て脊椎病変を引き起こす。 ・乾癬性関節炎:乾癬患者の約 30%に起こり、皮疹が先行する。乾癬性関節炎は仙腸関節 2 <第6回 担当:岩井 Case 31 – 2014> 炎を引き起こすが、通常非対称的である。いろんなレベルの脊椎病変は乾癬性関節炎には考 えにくい。 ・反応性関節炎(Reiter 症候群):細菌感染症やウイルス感染症の2~4週間後に起こり、 炎症性関節炎・結膜炎・尿道炎を3徴とする。これは、足の非対称性の少関節炎が典型的で、 脊椎の病変は乾癬性関節炎に似ている。しかし、本患者には、先行する感染症の既往がなく、 結膜炎や尿道炎もない。 ・強直性脊椎炎:背部痛は運動によって軽減するのが典型的。また、末梢性の関節炎を合併 する。強直性脊椎炎に合併する関節炎は通常、膝などの足の大関節に起こる。稀なケースだ が、強直性脊椎炎は Andersson 病変(慢性伝染性脊椎椎間板炎やリウマチ性の脊椎椎間板炎 としても知られている)と呼ばれる、椎間板炎に似ている椎骨終板の破壊性病変を伴うこと もある。また、強直性脊椎炎は本患者の既往にもある、腎結石症も合併する。 ・腸疾患合併関節炎:クローン病や潰瘍性腸炎の患者の 25%に起こる。また、3~6%に脊 椎病変がおこる。ただし、炎症性腸疾患と強直性脊椎炎の間には遺伝的関係性があるが、本 患者には、炎症性腸疾患の既往や、貧血、炎症性腸疾患を示唆するような症状や検査所見が ない。 これらの疾患において、炎症マーカーは必ずしも上昇するわけではなく、活動性の病変の ある患者の 40%は、炎症マーカーは正常または軽度の上昇しか認めない。 【臨床診断】 強直性脊椎炎 【解説】 MRI で見られた脊椎の異常を特徴づけるために、CT 検査を施行した(Fig.2)。T8-9 間に、 椎体終板(椎体と椎間板の境界にある組織)の浸蝕性の破壊、T10-11 間に、椎間板のスペー スの拡大、硬化性変化を含む慢性的な変性を認めた。硬化性の骨折線は椎体間から、左右の 椎弓根へと後方に広がっている。これらの所見は、このレベルの胸椎が不安定で慢性的に可 動性があるために、偽関節となっていることを示す。そして、その偽関節形成のきっかけと なる骨折は、11 か月前の転倒の際に起こったと推測される。 また、この他にも、あらゆるレベルで、椎体周囲の靭帯の骨化や椎間板の骨化、椎間関節 の強直、棘突起間を架橋する骨化を認めた。 3 <第6回 担当:岩井 Case 31 – 2014> Fig.2 また、 骨盤部の X 線写真では、 仙腸関節の対称性強直を認め(仙腸関節のラインが不明瞭)、 椎体周囲の靭帯の骨化(bamboo spine)を認めた(Fig.3) 。これらの画像上の特徴は、脊椎関 節炎、なかでも強直性脊椎炎に典型的であり、一般的に仙腸関節から始まり、頭側へと進行 する。 Fig.3 4 <第6回 担当:岩井 Case 31 – 2014> 本患者において、仙腸関節、胸椎、腰椎は、T10-11 を除いて、すべてのレベルでしっか りと融合していた。 強直性脊椎炎は HLA-B27 と関連していて、90%の患者が陽性となる。しかし、10%は陰性 であり、また、陽性の人も全てに発症するわけでもないため、HLA-B27 は診断に必要でも十 分でもない。したがって、HLA-B27 の有無が強直性脊椎炎の診断に使うことはできない。実 際に、本患者は陰性であった。 また、強直性脊椎炎の好発年齢は 40 歳以下であり、本患者より若い。通常は、最初に背 部痛を認めたときに診断されるが、本患者は、HLA-B27 が陰性であったために診断に至らな かった可能性がある。 強直性脊椎炎において、形成される新しい骨は残念ながらもろく、脊椎骨折のリスクが高 いだけでなく、骨粗しょう症にも至る。 強直性脊椎炎では以下の2つの大きな経過をたどって脊椎骨折が起こる。 ①TNF(腫瘍壊死因子)、IL-6 などのサイトカインが、破骨細胞の成熟を促進する RANK リガ ントの受容体を活性化。 ②TNF が直接、破骨細胞前駆体と破骨細胞を刺激。 したがって、強直性脊椎炎の治療には TNF 阻害剤が有効で、患者の 70%に TNF 効果がみ られる。 【診断後の経過】 胸椎の骨折に対して手術を行い、外科的に固定した。 手術の後数日後にⅢ度房室ブロックを認め、ペースメーカの植え込みを行った。 ※房室ブロックは強直性脊椎炎の稀な合併症であり、心伝導系に栄養を与える小動脈の内 膜炎や線維化によって起こる。 その後、リハビリ病院へと転院になった。 本患者はすでに関節変形が起こっているために、TNF 阻害剤を用いた薬物療法では症状の 改善は困難なため、外科的手術やリハビリによって治療を行う方針となったと考えられる。 5
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