スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 トップレベルコーチのコーチングモデルに関する研究 -イングランドサッカーにおけるマネージャーの事例研究- Research on a coaching model of the top-level coach -A case study of a manager of the England football 堀野博幸 Hiroyuki Horino 早稲田大学スポーツ科学学術院 School of Sport Sciences, Waseda University キーワード: トップレベル、コーチングモデル、サッカー、チームマネジメント Key words: top- level coach, coaching model, soccer, team management Summary The purpose of this study was to research a coaching model of the top-level coach. The lecture and interview of an excellent coach were recorded. At first, his recorded contents were classified for every factor. Next we analyzed factors about football coaching and to research whether their factors were applied to the system of various sport coaching. As the results, six factors about the top-level coaching and the team management were extracted from his coaching model as follows; (1) Tactical planning based on definite strategy and scientific analysis, (2) Understanding conditions to gain a victory in the international tournament, (3) Cooperative relations among various stakeholders, (4) Collaborations among other staffs, (5) Coaching for long-term growth as a member of society as a player, and (6) Promoting positive evaluation and practical use of a player’s career. Our findings suggest that top-level coaches are required to adjust various stakeholders and to improve various environments of top athletes as well as enhancing their performances. 【抄 録】 本 研 究 では、トップレベルコーチのコーチングモデルを調 べることを目 的 とした。まずトップレベルのコ ーチの講 演 とインタビューから、コーチングに関 する要 因 を分 析 した。次 に、それら要 因 が他 のスポーツ に適用 可 能 かどうかを考 察した。その結果、本 研 究の対 象としたトップレベルコーチのコーチングモデル においては、「明 確 な戦 略 と科 学 的 分 析 に基 づく戦 術 立 案 」、「国 際 大 会 を勝 ち抜 く諸 条 件 の理 解 」、 「ステークホルダーとの協調関係構築」、「スタッフの協働環境での信頼関係構築」、「選手および社会人 としての長期的成長を見据えたコーチング」、「選手キャリアの積極的評価 と活用の促 進」といった6つの 要因が抽出された。 本研究の結果から、トップレベルのコーチングには、現場でのコーチングに加えて、 選手を取り巻くステークホルダーと協調関係を保ち、選手の競技環境を整備することが重要であることが 考察された。 スポーツ科 学 研 究, 6, 1-16, 2009 年 , 受 付 日:2008 年 7 月 12 日 , 受 理 日:2009 年 2 月 10 日 連 絡先: 堀 野 博 幸 [email protected] 1 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 Ⅰ.序論 われ、その後に 30 分間の質疑応答が行われた。 トップアスリートに対 するコーチングの具 現 化 ・ 講師: Graham Taylor 氏(サッカーのイングラン は、コーチング研 究 の中 でも非 常 に興 味 深 い。ト ド代表元監督) ップアスリートに関 わる指 導 者 たちは、他 の競 技 ・ 講演テーマ: Graham Taylor on the beautiful 者との相対的競技力を維持向上させるため、アス game リートとともに独 自 のトレーニングプロセス構 築 の ・ 講 演 対 象 者 : イングランドプレミア所 属 の複 数 努力を続けている。独自のコーチング内容を公表 クラブの指導 者、スポーツ科 学に関する研究 者 、 することは、自 身の持つ優 位 性を低 下させ、他 者 スポーツ科学関連学部の学生 の競 技 力 向 上 を促 進 する可 能 性 を持 つ。加 え ・ 日時: 2006 年 2 月 16 日(木) 14:00~16:00 て、スポーツのコーチングに関 しては、種 目 特 性 ・ 場所: Liverpool John Moores University が大 きく、特 に戦 術 やトレーニング計 画 につい て、異 なる種 目 のコーチングプロセスを導 入 する 2. 調査対象の選定 ことは容 易ではない。そのため、トップアスリートに Graham Taylor 氏は、イングランドのプロサッカ 対 するコーチングプロセスやコーチングを構 成 す ークラブでの顕 著 な指 導 実 績 を持 ち、イングラン る要 因 のモデル化 、すなわちトップレベルの指 導 ド代 表 マネージャーを務 めたトップレベルの指 導 者 のコーチングモデルの客 観 化 は難 しく、これま 者である。また、イングランドのサッカークラブのマ で体 系 的 な 報 告 はなされていない。 しかし、近 ネージャー(イングランドでは、日 本 で表 現 される 年 、限 定 的 ではあるが、自 らのコーチングプロセ 監 督 のことを「マネージャー」と呼 称 )には、現 場 スを公 表 するトップレベルの指 導 者 も増 えてきた でのコーチングから選手獲得にわたり、トップチー (勝田、2003;平井、2004;木村、2006)。また、異 ムの編 成 と強 化 全 般 に深 く関 与 する権 限 が与 え なる種目のコーチングプロセスに関する共通要素 られている(本研究では、マネージャーと監督とい の存 在 が指 摘 されている(平 尾 、2005)。指 導 者 う呼称を区別するため、コーチングの最高責任者 からの体系的情報発信がなされることの少ない状 を「監 督 」とし、どのような監 督 であるかを具 体 的 況 を鑑 み、トップレベルの指 導 者 のコーチング理 説 明する語 を本 文 中に付 加した。またコーチング 念 を具 現 化 するためには、それら指 導 者 の講 演 とトップチーム編 成 全 般 に決 定 権 を持 つ者 はマ やインタビューから種 々の事 象 を抽 出 し分 析 する ネージャーと呼 称 した)。本 研 究 の対 象 とした講 手法が有効と考えられる。 演 内 容 は、ゲーム分 析 からチームマネジメントま そこで、本 研 究 では、トップレベルにあった指 でトップレベルのコーチングに必 要 は内 容を広 汎 導 者 の講 演 と質 疑 応 答 から、トップレベルの指 導 に取 り扱っていた。そのため、トップレベルの指導 者 のコーチングモデルを分 析 し検 討 することを目 者のコーチング理念の諸要因に関して、氏のコー 的とした。 チングモデルを分析することは本研究の目的と合 致すると考えられた。 各 種 資 料 から作 成 した氏 の略 歴 は、下 記 の通 Ⅱ.方法 り で あ る ( Benn et al., 2006a ; Rollin & Rollin, 1. 講演概要 本 研 究 の対 象 とした講 演 および質 疑 応 答 は、 2006; Soccer Books Limited, 2005; The Football 下記のように行われた。まず 60 分間の講演が行 Association, 2006a)。 2 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 1) 選手としてのキャリア 氏 のイングランド代 表 マネージャーを辞 任 する 氏 は、1944 年 9 月 15 日 イングランド中 部 までの主な指導実績を Table 1 に示す。選手引 Worksop に生誕し、1962 年から Grimsby Town 退 後 、 27 歳 で Lincoln City Football Club や Lincoln City July でサッカー選手としてプレー (Football Club は、以下 FC と略記)のマネージャ した。しかし、腰の傷害から 1972 年に選手を引退 ーとなる。その後 、複 数 のクラブでマネージャーを する。イングランド代 表 など国 際 大 会 でのプレー 務 め、リーグ昇 格 などの顕 著 な指 導 実 績 を挙 げ 経験はない。 る。その指 導 力 が認 められ、1990 年 イングランド 2) 指導者としてのキャリア 代表マネージャーに就任する。 Table 1. Graham Taylor 氏のマネージャーとしての略 歴 クラブ、代 表 シーズン 所 属リーグ 主な実 績 Lincoln City FC 1972 Division 4 27 歳でマネージャー就 任 1975/76 Division 4 リーグ優 勝、上 位リーグへ昇 格 1977 Division 4 マネージャー就 任 1977/78 Division 4 リーグ優 勝、上 位リーグへ昇 格 1978/79 Division 3 リーグ 2 位、上 位リーグへ昇 格 1979/80-80/81 Division 2 リーグ残 留 1981/82 Division 2 リーグ 2 位、上 位リーグへ昇 格 1982/83 Division 1 リーグ 2 位、UEFA カップ出 場 1983/84-86/87 Division 1 リーグ残 留 1987 Division 2 マネージャー就 任 1987/88 Division 2 リーグ 2 位、上 位リーグへ昇 格 1988/89-89/90 Division 1 リーグ 2 位 Watford FC Aston Villa FC England 1990 マネージャー就 任 1991 England Challenge Cup Tournament 優 勝 1992 European Championship 決 勝リーグ進出 代 表 マ ネ ー ジ ャ ー と し て 、 England Challenge (2000/01 シーズン)までマネージャーを務めて引 Cup Tournament で優 勝 、1992 年 欧 州 選 手 権 退する。氏は、イングランドのリーグで、通算 1000 ( European Championship ) の 決 勝 リ ー グ 進 出 を 試合を達成した 3 番目のマネージャーである。 果 たした。しかし、1994 年 アメリカワールドカップ <補足> (以下 W 杯と略記)予選で敗退し、1993 年イング イングランドのプロサッカーリーグは、1888 年の ランド代表マネージャーを辞任した。 1994 年から リーグ創設時の 12 クラブから所属クラブを増大さ は、Wolverhampton Wanderers FC や Watford FC せ、現在では 4 つのディビジョンで 92 クラブが所 のマネージャーとなり、所属クラブを Division 1 や 属している。1992 年(1992/93 シーズン)からは、 プ レ ミ ア リ ー グ に 昇 格 さ せ た 。 そ の 後 、 2001 年 最 上 位ディビジョンが The Football Association 3 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 (以下 FA と略記)の組織に再編され FA Premier 現 在 のサッカー界 では、システム( 選 手 のフォ League(以下プレミアリーグと略記)に、残る 3 つ ーメーション)などの戦 術 的 観 点 から、パフォーマ の デ ィ ビ ジ ョ ン は 、 従 来 ど お り The Football ンス分 析 が盛 んに行 われている。たとえば、プレミ League(以 下フットボールリーグと略 記)の組織 す アリーグの2004/05シーズンに優 勝 したチェルシ る Division 1, 2, 3 に改変された。さらに 2004 年 ーのシステムが注 目 されるなど、試 合 の勝 敗 に関 (2004/05 シーズン)には改称され、上位から プレ する原 因 を戦 術 要 因 に帰 結 する分 析 も多 い。そ ミアリーグ, The Championship, Division 1, 2 とな れらの分析では、チームのシステムの差異や変化 っ て 現 在 に 至 っ て い る ( The Football league, が注目されている。 2006)。本研究のリーグ名称の記載は、当該年度 の リ ー グ の デ ィ ビ ジ ョ ン 区 分 に 対 応 さ せ た ( The Football league, 2006)。 3. 分析方法 本 研 究 では、はじめに録 音 された 講 演 と 質 疑 応 答 を項 目 ごとに整 理 要 約 した。整 理 要 約 に際 し、要 約 の妥 当 性 を高 めるため、著 者 の要 約 した 内 容 をスポーツ科 学 研 究 に従 事 する他 の研 究 者 2名(うち2名は研究歴3年・コーチング経験なし、1 名 は研 究 歴 16年 ・コーチング歴 15年 で本 研 究 の GK 著者)が検 証し確 定した。次に、本 研究 著 者が整 Fig.1 WMシステム 理 した内 容 からコーチングに関 わる要 因 を抽 出 し、 当 該 内 容 の妥 当 性 を客 観 的 資 料 から検 討 した。 しかし、「ボールを奪 い、ゴールを奪 う」というサ 要因抽出に際しては、本研究の目的を勘案し、ま ッカーの本質は、今も昔も全く変わっていない。一 ずは要約された内容から「選手の育成強化」、「チ 方 で現 在 は、システムについても、選 手 の配 置 方 ームマネジメント」に関 わる内 容 であること、「種 目 法に様々なバリエーションが採用されている。これ に特 化 した細 微 な技 術 戦 術 理 論 ではなく他 種 目 に対 して、チームシステムの基 本 的 概 念 は、かつ との汎 用 性 が高 いこと」を基 準 として当 該 部 分 を てのWMシステム(Fig.1)の時代と変わっていない。 選 択 し、類 似 の内 容 について述 べられた部 分 は 現在は、メディアや指導 者、そして選 手が、システ 集約し要因ごとに内容を整理した。 ム重 視 の戦 術 論 を展 開 し、サッカーの戦 略 に関 する理解を難しくしている。 Ⅲ.結果および考察 サッカーで試合に勝つためにはゴールを奪う必 記録された講演及びインタビュー内容を分析し 要がある。この方法は非常に難しいと思うかもしれ た結 果 、下 記 に示 すように、コーチングに関 わる6 ないが、実 は非 常 に単 純 である。その方 法 を導 き つの要因が抽出された。 出 すためには、まず「ゴールがどこから生 まれるの 1. サッカーの戦術論と勝つための戦略 か」、続 いて「得 点 に結 びつきやすい攻 撃 が開 始 <講演内容と質疑応答の要約> 4 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 された地点」を分析し、「その地点からどのようなプ し た シ ス テ ム で あ る 。 こ の シ ス テ ム は 、 1925 年 に ロセスでゴールが生まれるか」を理解すればよい。 「強 固 な守 備 からの速 攻 」を企 図 した戦 略 から考 具 体 的 には、多 くのゴールは、アタッキングサード 案 されてから、長 くサッカーのベースシステムとし (サッカーのピッチを縦に3等 分した中 で相 手ゴー て採 用 され、様 々なシステムへと変 化 した(瀧 井 、 ルに最 も近 いエリア)でボールを奪 い、ボール奪 1997)。つまり、「いかに相 手の強 力 な攻撃を防 ぎ、 取 から3本 以 内 のパスで得 点 に結 びついている。 効 果 的な攻 撃を生み出 すか」という戦 略から創 造 このことさえ理 解 していれば、それを可 能 にするト されたWMシステムは、近代サッカーに最も大きな レーニングを計 画 し、それを実 行 可 能 にトレーニ 影響を及ぼしたシステムと考えられる。 ングすればよい。 次 に 、 氏 の 例 示 し た 試 合 に つ い て 、 Yahoo たとえば、「Liverpool FC vs Arsenal FC(2006 Sports UK & Ireland(2006)をもとに作 成 した分 年2月14日開催)」の試合を考えてみたい。 析データを Table 2 に示した。シュート数やコーナ Arsenal FCは、ほとんどのパスを味方の足元へ ーキック数などは、Liverpool FC が Arsenal FC を ( to player ) 供 給 し て い た 。 こ れ に 対 し て 、 その割 合 で大 きく上 回 っていた。ゴールを奪 うた Liverpool FC は 、 選 手 の 前 方 ス ペ ー ス へ ( for めには、シュートを可 能 にするプレー選 択 が必 要 player)パス供 給 することが多 かった。ボールの支 となる。 配 率は、Arsenal FCが高かったものの、得 点チャ Table 2からは、氏 の指 摘 したように、ゴールを ンスはLiverpool FCの方 が多 かった。そして試 合 奪う確 率の高いプレーを、Liverpool FCが選択 し 結果では、Liverpool FCが1-0で勝利した。このこ ていたことが判 明 した。シュート数 だけでなく、枠 とは、ボールを失うことの少 ないプレーを優 先 する 内シュート数でも、Liverpool FCが大きく上回って ことが、必 ずしも勝 利 に結 びつかず、試 合 に勝 つ いた。このことは、得 点 の可 能 性 の高 い攻 撃 を、 ためには、ゴールを奪 う確 率 の高 いプレーを選 択 Liverpool FCが行 っていたことを裏 付 けている。 することの重要性を示している。 つまり、Arsenal FCは、「組織的な守備からボール <考察> を奪い、ボールを支配しながら相手 ゴールを奪う」 サッカーでは、戦 術に関 連した用 語 が、明 確な という戦略から、「ボールを失う確率 の低い安全な 区 別 なしに使 用 される場 合 が多 い。瀧 井 (1997) パ ス 戦 術 」 を 採 用 し た ( Dean, 2005 ; Liverpool は、チームがどのように戦 うかという上 位 概 念 を FC, 2006)。一方、Liverpool FCは、「組織的な守 「戦 略 的 計 画 」 、その戦 略 的 計 画 を効 果 的 に 遂 備 からボールを奪い、状 況 に応 じて素 早 く相 手 ゴ 行 する方 策 が「戦 術 」であり「システム」であると述 ールに迫 りゴールを奪 う」との戦 略 から、「ボール べている。本 研 究 では、瀧 井 の定 義 をもとに、「い を失 う確 率 も上 がるが、ゴールを奪 うために効 果 かにゴールを守 り、ゴールを奪 うか」という闘 い方 的 なパスを適 宜 選 択 する戦 術 」を採 用 したものと の本 質 的 方 略 を「戦 略 」と定 義 する。そして、その 考えられる(Liverpool FC, 2006)。Liverpool FC 戦略を効果的に遂行し具現化する方策を「戦術」、 のとったゴールから逆 算 した戦 略 と戦 術 を、氏 は 選手の配置を「システム」と定義し考察を進める。 支 持 してい る。しかし、2004/05 、2005/06シーズ サッカーの戦 略 史 変 遷 の詳 細 については割 愛 ンのプレミアリーグやチャンピオンズリーグの結 果 するが、氏が示したWMシステムとは、ゴールキー では、両クラブの順位や成績の優务は一貫してい パーの前 方 に3人 、2人 、2人 、3人 の選 手 を配 置 ない。このことは、1試 合 の結 果 だけで、戦 略 と戦 5 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 術との優务を評価できないことを示している。 含 ま な い ) が 、 32.0 % ( 1998 年 ) か ら 53.2% ( 2002 現 在 のサッカーでは、「組 織 的 な守 備 から意 図 年 )と大 きく増 加 していることが判 明 している。攻 的 にボールを奪 い、そこから相 手 ゴールに向 けて 撃の高速 化 は、守 備 戦 術の向上により、数 多くの 素 早 く攻 撃 を行 う」という戦 略 が、サッカーの国 際 パスをつないでの得 点 が困 難 となっていることに 的 潮 流 となっている。日 本 では、この攻 撃 戦 略 を 起 因 する。つまり、「いかにボールを奪 いゴールを ダイレクトプレー(ゴールから逆 算 した最 短 のプレ 奪うか」を、現代のサッカーに適合させた場合、上 ー)と表 現 し、近 年 大 きく強 調 されている。この戦 記 の戦 略 が顕 在 化 するのである。これは、難 解 な 略 立 案 の根 拠 は、近 年 のW杯 など国 際 大 会 の分 戦 略 ・戦 術 論 でなく、科 学 的 分 析 から導 き出 され 析 に置 かれている(日 本 サッカー協 会 技 術 委 員 たサッカーで勝 利 するための本 質が、過 去 から現 会、2002)。分析からは、ボールを奪ってから10秒 在に至るまでシンプルであることを示している。 以 内 に生 まれた得 点 (セットプレーからの得 点 は Table 2. Liverpool FCとArsenal FCの試 合 データ(2006/2/14実施 試 合) Liverpool FC Arsenal FC 数 割 合 (%) 数 割 合(%) - 56.2 ボール支 配 率 - 43.8 1 - 得点 0 - 22 78.6 シュート数 6 21.4 9 81.8 枠 内シュート数 2 18.2 13 76.5 枠 外シュート数 4 23.5 13 92.9 コーナーキック 1 7.1 2. W杯優勝国に求められる要素 りも少し若いので、経験不足が懸念される。 <講演内容と質疑応答の要約> 3) W杯前の国際大会における経験 W杯 で優 勝 するために求 められる要 素 として、下 前 回 のW杯 後 、コンフェデレーションカップ、 記に示す条件が示された。 欧 州 選 手 権 やアフリカンネーションズカップな 1) W杯の開催大陸の国であること ど、レベルの高い各大陸の国際的な大会を経 W 杯の優勝国は、ブラジルを除いては、すべ 験 して いる 国 が W 杯 で 優 勝 し てい る。 W 杯 で て開催国と同一大陸の国となっている。このこ 優 勝 するためには、それらの大 会 での試 合 経 とを考えると W 杯ドイツ大会では、ドイツをはじ 験が必要不可欠である。 めイングランドなど欧 州 の国 が優 勝 する可 能 4) 特に優れた選手の存在 性は高いかもしれない。 歴 代 の 優 勝 国 に は 、 Pelé ( ブ ラ ジ ル ) や 2) 選手の平均年齢が28-29歳前後であること Maradona(アルゼンチン)に代表されるスーパ 歴代 優 勝国 の平均 年 齢 は、28-29歳 であった。 ースターと呼 ばれる傑出 したパフォーマンスを 現 在 のイングランド代 表 の平 均 年 齢 は、26歳 発揮する選手がいた。現在のイングランドにも、 前 後 である。これまでの優 勝 国 の平 均 年 齢 よ Wayne Rooney という若 くて優れた潜 在 能 力 6 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 を持つ選手が存在する。その潜在能力は多く 構成が重要となる。 の関 係 者 が認 めるところである。彼 が優 れた 2006年 W杯 で優 勝 したイタリアの平 均 年 齢 は、 パフォーマンスを発 揮 できれば、イングランド 歴 代 優 勝 国 の中 で2番 目 に高 く、豊 富 な運 動 量 の優勝の可能性もあるだろう。 が要 求 される現 代 サッカーの状 況 を勘 案 すると、 <考察> 興味深い年齢構成であった。もちろんプレー経験 W杯 優 勝 国 に求 められる要 素 について、歴 代 には、プロ契 約 の時 期 や試 合 出 場 数 、ケガや所 大 会 の結 果 をもとに考 えてみたい。Table 3 には、 属 クラブなど多 様 な要 因 が影 響 するため、必 ずし FIFA の 公 式 記 録 “Previous FIFA World Cups も年 齢 との間 に正 の相 関 関 係 が存 在 するとはい (FIFA, 2009a)”をもとに、W杯の開催国と歴代優 えない。しかし2006年W杯におけるイタリアの優勝 勝国、そして選手の平均 年齢を示した。またFig.2 や歴代大 会 上位進 出国 の年齢構 成 からは、W杯 には、1950年 ブラジル大 会 以 降 の大 会 において、 で優勝に近づくための要素として、体力的充実だ ベスト4に進 出 した国 とそれ以 外 の国 の平 均 年 齢 けでなく年 齢 経 過 から 得 られる種 々の経 験 が 必 を示 した。Fig.2のデータについては、ベスト4か否 要 であるとの氏 の指 摘 が少 なからず支 持 されるも かの大 会 成 績 (2)×大 会 (15)の2要 因 の分 散 分 のと考えられた。 析 を行 った。その結 果 、大 会 成 績 の要 因 に有 意 次 に、特 に優 れた選 手 の存 在 について考 えた な主効果が認められ(F(1, 14)=7.93, p<.005)、ベ い。特 に優 れた選 手 の客 観 的 評 価 は非 常 に難 し スト4に進 出 した国の平 均 年 齢はそれ以 外のチー い。そこで本 研 究 では、国 際 サッカー連 盟 (以 下 ムに比べて高いことが判明した。 FIFA と 略 記 ) の 選 出 す る FIFA 年 間 最 優 秀 選 手 これまでのW杯 において、開 催 国 と同 一 大 陸 (2009b)という基準をもとに、優れた選手の存在を 以外の国が優勝したのは、1958年のスウェーデン 考 察 したい。この賞 は、世 界 の代 表 監 督 とキャプ 大会、1994年のアメリカ大会、2002年の日韓共同 テンの投 票 により、毎 年 1名 が選 出 されFIFAが授 開催 大会で優勝したブラジルしかない。それ以外 賞 する。過 去 のW杯 大 会 優 勝 国 を概 観 すると、 の優 勝 国 は、すべて開 催 国 と同 一 大 陸 の国 であ 2006年 イタリアにはCannavaro(2006年 FIFA世 界 る。これは、気 候 や文 化 的 習 慣 などの地 理 的 環 最 優 秀 選 手 ) 、 2002 年 ブ ラ ジ ル に は 、 Ronaldo 境 がパフォーマンス発 揮 に大 きく影 響 することを ( 1996,1997 、 2002 年 同 賞 ) 、 Ronaldinho ( 2004 、 示唆している。 2005年 同 賞 )、Rivaldo(1999年 同 賞 )が、1998年 次 に、 W杯 は、欧 州 各 国 のリーグ 戦 終 了 後 の フランスはZidane(1998、2000年同賞)、1994年ブ 夏 季に開 催 される。そのため、暑熱 下での連 戦 を ラジルにはRomário(1994年 同 賞 )、1990年 ドイツ 勘 案 した場 合 、運 動 機 能 回 復 能 力 の観 点 から、 にはMatthäus(1991年 同 賞 )がおり、彼 らは自 国 選 手 の平 均 年 齢 は高 くないことが望 ましい。一 方 、 を大 きく牽 引 した。このことから、過 去 のW杯 優 勝 W杯 のような国 際 大 会 で勝 ち抜 くためには、国 際 国 には、FIFA世 界 最 優 秀 選 手 として選 出 される 大 会 などの厳 しい試 合 でのプレー経 験 が必 要 と など非 常 に優 れた選 手 が存 在 したことが分 かり、 なる(Lovejoy, 2002;山本、2002)。つまり、W杯の 氏 の考 え方 が支 持 された。しかし、W杯 開 催 年 の ような世界的な大会では、一定年齢を超える加齢 同 賞 の投 票 行 動 に、W杯 での活 躍 が反 映 される に伴 う「運 動 能 力 の 低 下 」と年 齢 経 過 とともに蓄 可 能 性 は高 い。そのため、W杯 での偶 発 的 活 躍 積 される「プレー経 験 」のバランスを考 慮 した選 手 により同 賞 を受 賞 する可 能 性 は完 全 に排 除 でき 7 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 ない。しかし、上記に挙げた選手のうちCannavaro、 げられる選 手を勘案すると、同賞受 賞選手のパフ Romário 以 外 は 、 W 杯 の 開 催 年 に 限 ら ず 同 賞 を ォーマンスの秀 逸 さは十 分 に担 保 されると考 えら 受 賞 している。また両 選 手 に関 しても、W杯 以 外 れる。 の場 面 での顕 著 な活 躍 や同 年 の選 考 リストに挙 Table 3. FIFA World Cupの開 催 国 と優 勝 国 、選 手 の平 均 年 齢 Year 開 催国 優勝国 優 勝 国 の平 均 年 齢 出 場 国 の平 均 年 齢 (mean±SD)*1 (mean±SD)*1 1930 ウルグアイ ウルグアイ 26.4±2.90*2 23.9±3.28*2 1934 イタリア イタリア 27.2±3.58*2 25.0±3.34*2 1938 フランス イタリア 26.3±3.08*2 26.1±3.58*2 1950 ブラジル ウルグアイ 25.7±4.13 26.5±3.44 1954 スイス 西ドイツ 28.0±3.57 26.5±3.63 1958 スウェーデン ブラジル 25.4±3.59 26.5±3.99 1962 チリ ブラジル 29.9±5.09 25.9±3.94 1966 イングランド イングランド 26.5±3.09 25.8±3.74 1970 メキシコ ブラジル 24.6±3.95 26.0±3.17 1974 西 ドイツ 西 ドイツ 26.7±2.59 26.1±3.25 1978 アルゼンチン アルゼンチン 25.8±2.43 26.2±3.39 1982 スペイン イタリア 27.0±4.62 26.6±3.58 1986 メキシコ アルゼンチン 26.4±3.59 26.6±3.58 1990 イタリア 西ドイツ 27.2±3.28 26.4±3.48 1994 アメリカ ブラジル 27.5±3.51 26.9±3.83 1998 フランス フランス 26.7±3.77 27.0±3.90 2002 韓 国 ・日 本 ブラジル 26.2±3.13 27.0±3.89 2006 ドイツ イタリア 28.3±3.29 26.9±3.87 *1 選 手 の平 均 年齢は大 会 開 始時 点 での満 年 齢 とした。 *2 1930-38年 大 会 では、FIFA公 式 記 録 に欠 損データが多 数含まれるため参 考 資 料 とした。 3. マネージャーのチームビルディング ている。そして、彼 のクラブからの報 酬 も、選 手 に <講演内容と質疑応答の要約> 引けを足らないものと聞 いている。これは、非 常 に 1) チームビルディング 責 任 の重 いマネージャーの仕 事 に対 して、当 然 イングランドのマネージャーは、選手 のコーチン の報 酬 であ ろう。トップチームの成 績 を左 右 す る グから選 手 の獲 得 まで、トップチームの強 化 と編 選手獲得は、マネージャーにとって非常に重要な 成について大きな権限を持つ。私の場合も、選手 仕 事 となる。特 に、リーグ昇 格 や降 格 の考 えられ の獲 得 や初 年 度 の選 手 契 約 (選 手 報 酬 など)の るクラブにとっては、新戦力の獲得は欠かせないト 決定に関与していた。現在であれば、Manchester ップチーム補強策となる。 United FCのマネージャー、Alex Ferguson氏も、 同じように選 手獲得や選手契約などに深く関与し 2) 面白いゲーム 8 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 「面 白 い(魅 力 的 )ゲーム」の内 容 は、答 える人 ど多 様 な価 値 観 の中 で、どのような内 容 のゲーム の立 場 によって大 きく異 なる。たとえば、ファン、メ を行 うのかを決 断 しなければならない。そして、そ ディア、選 手 、クラブ関 係 者 にとっても、それぞれ の決 断は、プレミアリーグのマネージャーの中 でも が面 白 いと思 う試 合 内 容 は異 なる。サッカーのマ 大きく異なる。 ネージャーは、「勝つこと」、「魅 惑 的であること」な 30 ベスト4進出国 それ以外の国 年齢(歳) 29 28 27 26 25 24 1946 1950 1954 1958 1962 1966 1970 1974 1978 1982 1986 1990 1994 1998 2002 2006 大会 Fig. 2 上 位 進 出 国 とそれ以 外 の国における 1950 年 大 会 以 降 の選 手 の平 均 年 齢 推 移 <考察> 本の監督システムよりも増大する。 イングランドのプロサッカークラブでは、マネー また、現 在 のサッカーには、クラブスタッフやフ ジャーがコーチング現 場 の最 高 責 任 者 であるとと ァンに加えて、メディアや様々なスポンサー企業な もに、選 手 獲 得 などのクラブのトップチーム編 成 ど、非常に多くのステークホルダーが関与する。こ にも深く関与する(Kelly, 2003; Bose, 2006)。日 れらのステークホルダーは、クラブや選手に対して、 本のプロ野球や J クラブの監督の場合、多くは現 有 形 無 形 の利 益 や期 待 を求 める。特 に、放 送 権 場 の 指 揮 権 とトップチー ム編 成 など の権 限 が 分 料 やメディア露 出 を意 識 した企 業 からのスポンサ 権 されている。日 本 のプロスポーツの場 合 、この ーシップは増 加 傾 向 にあり、今 後 はこれまで以 上 分 権 体 制 によるトップチーム編 成 の難 しさと分 権 にそれらのスポンサー企 業 を意 識 したクラブ経 営 体 制 の統 合 の必 要 性 が指 摘 されている(星 野 、 を行 う必 要 性 が高 まっている。試 合 の勝 敗 は、彼 2005:木 村 、2006)。トップチームの強 化 と編 成 と らの求める「面白さ」の中 で大きな規定要 因の1つ いう 2 つの権限を併せ持つイングランドのマネー であるが、それがすべてではない。現 在 のプロス ジャーシステムは、現場のニーズをトップチーム編 ポーツには、メディアコンテンツとしての価 値 向 上 成に直接反映することができる。しかし、それに伴 が求 められる。このため、世 界 的 なビッククラブで う職 務 上 の負 担 と責 任 は、両 者 が分 離 された日 は、試 合 に勝 利 することに加 え、創 造 性 あふれる 9 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 魅 力 的 な サ ッ カ ー を 志 向 し て い る ( Manchester Manchester United FCの例は、プロクラブ経営に United PLC, 2006; Gill, 2006)。しかし、勝利と魅 おける魅 力 的 なサッカーの重 要 性 の増 大 を示 し 力 的 なサッカーの両 立 の難 しさは、多 くの指 導 者 ている。 か ら 指 摘 さ れ て い る ( Bose, 2006;Dean, 2005; このように、マネージャーは、クラブ経 営 の世 界 Talor, 2006)。 戦 略 の中 で、勝 利 に加 えて、試 合 内 容 や選 手 の たとえば、イングランドのChelsea FCは、近年プ 起 用 法 についても考 慮 しなくてはならず、マネー レミアリーグでの優勝など、勝敗での結果を残して ジャーの仕事がさらに複雑化している。 いる。しかし、カウンター攻 撃 を主 体 とした創 造 性 が低 い試 合 内 容 は、多 くの批 判 を受 けていた。 4. マネージャーとして最も重要な能力 Taylor(2006)は、「 勝 つ ためのサッカー」を実 現 <講演内容と質疑応答の要約> するChelsea FC のJose Mourinho氏 のマネージ マネージャーとして、最 も必 要 とされる能 力は、 ャーとしての能力を高く評価しながらも、創造的な スタッフ、選 手 が、持 てる力 を最 大 限 に発 揮 でき サッカーへの期 待 を述 べている。これらの批 判 に る環 境 を整 備 することである。それが、マネージャ 対 して、2006/07シーズンまでChelsea FCマネー ーとしての自 分 自 身 が、最 善 のパフォーマンスを ジャーであったMourinho氏 は、ポジションの役 割 発揮することにもつながる。私自身も、初めてマネ とチーム戦 術 の重 要 性 を強 調 するとともに、現 場 ージャーとなったとき、最初の 11 ゲームで 2 敗 9 にとってはゲームに勝利することが最優先され、そ 分 となり、マネージャーを辞めなければならないよ れはピッチの外 で行 われるビジネス面 からの要 求 うな状 況 に直 面 した。その際 、クラブスタッフのサ に 優 先 さ れ る と 主 張 し て い る ( Hatherall, 2005; ポートのおかげでクラブのマネージャーを継 続 で League manager’s association, 2005)。Chelsea き、そしてイングランド代 表 チームのマネジャーま FCの例 は、現 場 の指 導 者 にとって、勝 利 と魅 力 で務 めることができた。これは、スタッフが互 いに 的なサッカーの両立の難しさを示している。 尊重し信 頼 しあうことの大切さを物 語っている。マ ス ペ イ ン の Real Madrid や イ ン グ ラ ン ド の ネージャーとしては、確 固 たるフィロソフィーを持 Manchester United FCは、近年世界的に評価の ち、選手やスタッフに明確な目標と目標達成の方 高 い選 手 を積 極 的 に獲 得 してきた。両 クラブが、 向 性 を示 す必 要 がある。しかし、その目 標 を達 成 試 合 の勝 利 と創 造 性 の高 いサッカーの両 者 を志 するためには、スタッフとの協 働 と信 頼 関 係 が最 向 する背 景 には、知 名 度 や魅 惑 的 なプレーとい も重要である。 った選 手 のブランドイメージを、クラブ経 営 に巧 み <考察> に活 用 する世 界 戦 略 がある(Manchester United スポーツのチームマネジメントに関 して、チーム PLC, 2006; Gill, 2006 、 Houlihan & Parkes, の最高責任 者の影響力 は大きい。チャンピオンス 2006; Scott, 2006)。このような戦略を採ることで、 ポーツである以 上 は、トップチームの最 高 責 任 者 両 クラブは2004/05シーズンから国 内 リーグ戦 や であるマネージャーは、強いリーダーシップを発揮 欧 州 のクラブ選 手 権 などで優 勝 していないにも関 し、明確なビジョンを示すことが求められる わらず、クラブ総 収 入 は拡 大 しており、クラブの経 (Lovejoy, 2002; Kelly, 2003;平尾、2005;星野 営 戦 略 は 成 功 を 収 め て い る ( Scott, 2006; 2005;宿 沢 、2005;木 村 、2006)。しかし、高 い競 Houlihan & Parkes, 2006 ) 。 Real Madrid や 技 レベルのチームには、多 くの専 門 スタッフが協 10 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 働 する。このようなスタッフ集 団 を機 能 させるため 選 手 として、高 額 の報 酬 を手 にすることは決 し には、円 滑 なコミュニケーションをもとにしたスタッ て悪いことではない。しかし、世界的なサッカー選 フ間の信 頼 関係が最も重要であることが指摘され 手であった者が、選手 引退後に様々なトラブルに ている(山 本 、2002)。またトップレベルの指 導 者 見舞われている事実もある。現役選手へのセカン の中 には、優 秀 なメンバーの潜 在 能 力 を最 大 限 ドキャリア教 育 については、サッカー界 としても真 に 発 揮 さ せ るこ と の 重 要 性 を 指 摘 する 例 が 多 い 剣に考えていく必要があろう。 (Lovejoy, 2002; Kelly, 2003;平尾、2005;星野 <考察> 2005;宿沢、2005)。 選 手 のキャリア教 育 や引 退 後 のセカンドキャリ スポーツ心 理 学 の研 究 (斉 藤 ・高 田 、2000)か ア対 策 については、スポーツ界 としても大 きな課 ら、成 員 間 で共 通 した目 標 を 持 ち 、各 成 員 の 役 題 となっている。プレミアリーグクラブのアカデミー 割 を評 価 することで、集 団 達 成 動 機 の高 まること では、‘A charter for Quality’(Wilkinson, 1997) が明 らかとなっている。さらにチームワークを強 調 に基 づいて、アカデミー選 手 の教 育 プログラムの することで、モラールが高まり、集団で積極的に目 導 入 を義 務 付 けられている。加 えて、選 手 のサッ 標 達 成 に向 かう意 識 を高 められることが指 摘 され カー以外の教育プログラムと福祉 を担当する ている。つまり、マネージャーは、明確な目標設定 「Education and welfare officer」の配置を義務付 を行 い、チームメンバーに共 通 目 標 を認 識 させる。 けている。このスタッフは、プロサッカー選 手 を目 そのうえで、各 メンバーが能 力 を発 揮 可 能 な環 境 指 す若 年 選 手 に対 して、教 育 プログラムをアレン 整 備 を行 う。次 に、各 スタッフの仕 事 を積 極 的 に ジし、プログラムへの取 り組みをサポートする役 割 評価しながら、チームとしての協働性を強調する。 を担っている。日本の J リーグでも、同様の目的か マネージャーには、上記のプロセスを実現すること ら、新 人 研 修 プログラムの実 施 やセカンドキャリア が求められ、氏 の指 摘 する点は、スポーツ心 理 学 センターを組 織している(J リーグキャリアサポート からも支持される。 センター、2006)。また、イングランドのプロスポー このようにスタッフの高い能力を引き出すための ツであるクリケットでは、選手の競技力向上やセカ 環 境 整 備 はマネージャーの重 要 な能 力 であり、こ ンドキャリア対 策 を目 的 とした支 援 プログラムを実 れを実現することがトップチームやクラブ全体の成 施しているが、選 手のセカンドキャリアに対する意 長を促進するものと考察される。 識づけの難しさを指摘している(The England and Wales Cricket board, 2006)。 5. 選手のセカンドライフ コーチングは、選 手 のパフォーマンス向 上 を主 <講演内容と質疑応答の要約> 目的としている。しかし、トップアスリートを対象とし 現 在 の 選 手 は、 現 役 時 代 に 高 額 な 報 酬 を 手 たコーチングにおいては、上記に挙げた諸課題を に入 れる。特 に若 い頃 に高 額 の報 酬 を受 け取 る 認 識し、選 手の人間 的 資 質(プレー以 外の資 質 ) ことは、選 手 としてのモチベーション維 持 や引 退 を成 長 させる取 り組 みが必 要 である。また人 間 的 後 の人 生 の目 的 を再 設 定 することを難 しくする。 資 質 を成 長 させることが、競 技 力 の向 上 につなが この課題を克服できずに、選手としてのキャリアを る こ と を 多 く の 指 導 者 が 指 摘 し て い る ( Lovejoy, 縮 めた者 や引 退 後 に多 くの問 題 を抱 えている者 2002;星野、2005;Kelly, 2005; 木村、2006)。こ が存在する。 のことは、コーチが、トレーニングから教育プログラ 11 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 ムにわたる選手のライフスタイル全般に対して、積 が指摘されている(山田、2005)。 極的にコーディネイトする有効性を示唆している。 近 年 、高 い選 手 キャリアを持 つ人 材 に対 して、 しかし、コーディネイトのプロセスで、コーチは、選 指 導 者 資 格 の取 得 期 間 短 縮 する制 度 改 変 が行 手 自 らのコミットメントと自 身 に求 められる役 割 を われてきた。ドイツでは、この課 題 に対 応 して、選 十 分 に理 解 することが必 要 不 可 欠 である。つまり、 手として高いキャリアを有する者に対し、特例的な コーチは、選 手 の意 思 や希 望 を優 先 したうえで、 ライセンス付 与 を認 めている(堀 野 ら、2003)。現 競 技 生 活 のみを優 先 する傾 向 にある選 手 に対 し 在 のドイツ代 表 マネージャーのJürgen Klinsmann て、様 々な視 点 からのアドバイスをしていくことが 氏や前マネージャーのRudi Völler氏は、この特例 重要となろう。 制 度 を適 用 して、現 役 引 退 後 の早 い時 期 に代 表 チームのマネージャーとなり、W杯などで優秀な実 6. 選 手 としてのキャリアと指 導 者 に必 要 とされる 績 を残 している。日 本 サッカー協 会 でも、高 い選 能力の関係 手 キャリアを持 つ者 に対 して、特 例 的 な指 導 者 ラ <講演内容と質疑応答の要約> イセンス取 得 を認 めている(堀 野 ら、2003)。この 「指 導 者 として、選 手 としての優 れたキャリアが 制度を利 用 した指導 者 が、選手 引 退後 短期 間 で、 必 要 か否 か」については、難 しい問 題 である。現 Jリーグの監 督 となり、国 内 で顕 著 な 指 導 実 績 を 在 、プレミアリーグなどで活 躍 しているマネージャ 蓄積している。これらの事実は、選手としての優れ ーの中 で、選 手 として の高 度 な 競 技 歴 を 有 する たキャリアがトップレベルの指 導 者 として、非 常 に 者は尐ない。私自身も、選手としては平凡な競技 大きなアドバンテージとなることを示唆している。そ 歴しか持っていない。そのような経歴の者でも、指 のため、トップレベルの指 導 者 が、トップアスリート 導 者 養 成 プログラムによって、ライセンスを取 得し に対 して、彼 らの持 つ経 験 知 を積 極 的 に評 価 し て、優秀な指導者になることは可能である。しかし、 活 用 することを促 すことは、アスリートの自 己 に対 私個人としては、選手としての経験は非常に大切 する自 信 を高 めるとともに、優 秀 な指 導 者 の創 出 であり、トップレベルの指導者になるために欠かせ に寄与するものと考察される。 ない要素であると考える。現在の指導者養成プロ もちろん、コーチングには、パフォーマンス獲得 グラムでは、選手としての高いキャリアを持つ者が、 プロセスの言語化や様々な科学的知 識の活用な 指 導 者 になるために時 間 がかかりすぎる。これは ど、選 手 としてのキャリアだけでは対 応 困 難 な課 検 討 すべき課 題 であろう。優 れた選 手 キャリアを 題 が多 い。しかし、適 切 な指 導 者 養 成 プログラム 持 つ者 が、もっと早 く指 導 者 としてのキャリアをス を構 築 することで、彼 らの持 つ特 性 を早 期 にスポ タートできるようにすべきである。 ーツフィールドに還 元 することは非 常 に有 効 と考 <考察> えられる。 指 導 者 と選 手 に求 められている資 質 や能 力 は、 異 なるとされている(勝 田 、2003)。しかし、選 手 と Ⅳ.総合考察 して高 度 なレベルで戦 ったことによる経 験 知 は、 本 研 究では、トップレベルにあった指 導 者の講 指導者としての貴重な資産になる。また高い選手 演 と質 疑 応 答 から、トップレベルの指 導 者 のコー キャリアは、選 手に対して、自 身のコーチングプロ チングモデルを分析し検討することを目的とした。 セスの妥 当 性 を認 識 させる有 効 な要 因 となること またコーチングモデルの構 築 に際 しては、その体 12 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 系 化 の必 要 性 から「種 目 横 断 的 なモデルの汎 用 解」、(3) 「ステークホルダーとの協調関係構築」、 性」の観点を重視して分析を行った。 (4) 「 ス タッ フの 協 働 環 境 での 信 頼 関 係 構 築 」 、 その結 果 、本 研 究 対 象 者 のコーチングモデル (5) 「選手の長期的成長を見据えたコーチング」、 を構 成 する重 要 要 因 として、下 記 の6要 因 が挙 げ (6) 「選 手 キャリアの積 極 的 評 価 と 活 用 の促 進 」 られた。(1) 「明 確 な戦 略 と科 学 的 分 析 に基 づく が抽出された。 戦 術 立 案 」、(2) 「国 際 大 会 を勝 ち抜 く条 件 の理 トップレベルコーチの コーチングモデル チーム強 化 の コーチング要 因 チームマネジメント 要因 明 確な戦 略と 科 学的 分 析に 基づく戦 術 立 案 スタッフの協 働 環 境 での信 頼 関 係 の 構築 選 手 および社 会 人 と しての長 期 的 成 長 を 見 据えたコーチング 国 際大 会 を勝 ち抜 く 諸 条件の理 解 ステークホルダー との協 調 関 係 構 築 選 手 キャリアの 積極的評価と 活 用 の促 進 アスリートのキャリア 要因 Fig. 3 トップレベルコーチのコーチングモデル(Taylor 氏 の事 例) 以 上 の6要 因 をもとに、研 究 対 象 としたトップレ 系 化 することは困 難 である。しかし、個 別 の技 術 ・ ベルコーチのコーチングモデルをFig.2に示 した。 戦 術 理 論 適 用 の原 則 となるコーチングの戦 略 構 Fig.3に示 すように、上 記 (1), (2)の2要 因 につい 築 プロセスは、種 目 横 断 的 な体 系 化 が可 能 と考 てはチーム強化のコーチングの観点、続く(3), (4) えられる。本 研 究 で明 らかとなった「ゴールから逆 の2要 因 はチームマネジメントの観 点 、最 後 の(5), 算 したプレーに重 点 を置 き、効 率 的 なトレーニン (6)の2要 因 はアスリートのキャリアの観 点 において グ構 築 と実 践 能 力 を獲 得 する」 というコーチング 重要な要因と考察された。 戦略は、他種目にも適用可能である。また高度化 スポーツのコーチングにおける技 術 ・戦 術 理 論 した今 日 の国 際 スポーツ環 境 では、アスリートに は、競 技 特 性 の影 響 が大 きく、種 目 横 断 的 に体 自 身 のパフ ォ ーマンス最 大 発 揮 を 可 能 にする コ 13 スポーツ科学研究, 6, 1-16, 2009 年 ーチングが求 められている。そのため、トップレベ 加えて、アスリートが競技 生活を通して獲得してき ルのコーチには、 国 際 大 会 を 多 面 的 に 分 析 し 、 たスポーツキャリアの汎用性を高めて、スポーツ界 国 際 大 会を勝ち抜く条 件を理 解することが求めら 以外でのキャリアトランジションに備えることの重要 れる。本 研 究 結 果 は、チームスポーツでのメンバ 性が指摘されている(吉田ら、2007)。本研究で指 ー選 考の判 断 基 準 として、1つの考 え方を提 案 す 摘したアスリートのキャリア問 題への対 応 力は、今 るものであろう。 後のトップレベルコーチには必 要 不 可 欠な要 素 と 次 に、チームスタッフの多 様 化 と分 業 化 が進 む なろう。 今 日 の競 技 スポーツにおいて、スタッフ間 の協 働 高 度 化 する競 技 スポーツにおいて、トップレベ は必要 不 可 欠となっている。高 度な知 識と技能を ルのコーチには、競 技 力 向 上 に関 して種 目 に特 持 つ個 々のスタッフの能 力 を十 分 に発 揮 させ、そ 化 した高 度 な知 識 とスキルが求 められている。一 の力 をチームに活 用 する能 力 が、今 後 のトップレ 方 、ステークホルダーの増 大 やアスリートのキャリ ベルの指 導 者 に強 く求 められる。また同 時 に、今 アトランジションの課題に対応できる広範な知識と 日 の競 技 スポーツにおいて適 切 な競 技 環 境 を整 スキルも、彼らには必要不可欠になっている。この 備するためには、スポンサーをはじめ多くのステー ようにトップレベルのコーチへの要 求 が高 度 化 し クホルダーの支援が重要となっている。そのため、 多 様 化 する中 で、トップレベルコーチの哲 学 や理 本研究結果からも指摘されたように、アスリートとコ 念 、戦 略 といったコーチとしての基 本 要 素 の重 要 ーチに加 え、他のステークホルダーの利 益 も勘 案 性が増している。これらコーチング行動の根幹とな しながら決 断 を下 すことが必 要 となりつつある。競 る要 素 を考 える上 で、トップレベルコーチの経 験 技 スポーツの高 度 化 が進 む中 、トップレベルのコ 知 を体 系 化 することは重 要 である。本 研 究 で示 さ ーチには、スポーツパフォーマンスを現 場 レベル れたコーチングモデルを構成する要因は、他の種 で向 上 させるコーチング能 力 に加 えて、アスリート 目のトップレベルコーチにも重要なものと考察され に関 わる周 辺 環 境 を適 切 にマネジメントする能 力 る。 これまで、トップレベルのコーチの“経 験 知 ” が強く求められる。 は、口 伝 により伝 承 されることが多 く、彼 らの経 験 最 後 に、アスリートのキャリア問 題 について考え 知 が蓄 積 され体 系 化 されることは少 なかった。本 たい。高 度 化 する競 技 スポーツ界 で勝ち抜 くため 研 究では、特 定 種 目 のトップレベルコーチの経 験 には、パフォーマンス向 上 の準 備 に対 して物 理 知 をモデル化 した。しかし、トップレベルコーチの 的 ・心 理 的 資 源 の集 中 投 下 が、アスリートには強 コーチングモデルの体 系 化 を検 討 するために、 く求 められる。このようにスポーツへの専 心 は、ア 様 々な種 目 の指 導 者 に対 して種 目 横 断 的 に同 スリートのキャリアプランニングをアスリートに特 化 様の研究を進めていくことが今後の課題となろう。 してしまう要 因 となる。この中 で、トップレベルのコ ーチには、アスリートのキャリアトランジションにつ 追記 本研究は早稲田大学特定課題研究助成費 いても、十 分 な知 識 と適 切 な関 わり方 が求 められ (2006A-504)を受けて行われた。 よう。その中 で、アスリートが獲 得 してきた競 技 に Ⅴ.引用・参考文献 関する知識やスキルを積極的に評価活用する「ス ・ Benn, J., Brook, A., Goodwin, C. and Young, ポーツ界でのキャリアトランジション」は、トップアス リートのキャリアプランニングの重 要 な柱 となりうる。 14 P. 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