リンゴによるバイオエタノール合成および教材化への

科教研報 Vol.24 No.1
リンゴによるバイオエタノール合成および教材化への応用(Ⅱ)
Synthesis of biomass ethanol by apples and application for teaching material (Ⅱ)
○澤内大樹 A、坂本有希 B、高橋治 C、佐藤真里 D、八木一正 D
SAWAUCHI Daiki, SAKAMOTO Yuki, TAKAHASHI Osamu, SATO Mari, YAGI Ichimasa
岩手大学大学院教育学研究科 A、岩手大学教育学部附属中学校 B
盛岡市立黒石野中学校 C、岩手大学教育学部 D
Graduate School of Education, Iwate UniversityA, The Junior High School Affiliated to the Faculty of
Education, Iwate UniversityB, Kuroishino Junior High SchoolC, Faculty of Education, Iwate UniversityD
[要約] 近年、温室効果ガス増加による地球温暖化防止のため、カーボンニュートラルの観点からバイ
オマスを用いたエネルギーが注目されている。また、今年度から前倒し施行された学習指導要領では環
境教育の一層の充実とともに学習内容が自分たちの生活と結びつく実感を伴った理解が強調されてい
る。このような背景の下、本研究では岩手県の特産であるリンゴを用いた効率的なエタノール合成およ
び教材への応用を視野に入れた研究を行っている。品種や酵母ごとでの検討の結果、糖度の高いリンゴ
ほどエタノールの生成量が多く、酸度の高いリンゴほどエタノールの生成量が抑制される傾向が見られ
た。今後はサンフジについて、時間ごとでの生成量の変化や精製条件のさらなる検討を行う予定である。
また、12 月上旬に授業実践を行い、生徒たちの環境・エネルギーへの意識の変化を調査する予定である。
[キーワード]
バイオエタノール,カーボンニュートラル,教材開発,環境教育
1.はじめに
応用を視野に入れた研究経過を以下に報告する。
二酸化炭素をはじめとする温室効果ガス増加
2.研究の方法
による地球温暖化防止は重要な国際的課題のひ
1)材料の選定
とつとなっている。カーボンニュートラルの観点
エタノール製造の材料はりんごを選定した。こ
から石油由来でない生物資源であるバイオマス
れは岩手県のりんごの生産量は青森県、長野県に
を用いたエネルギーが注目を集め、多くの研究機
次ぐ全国3位の生産量を誇る。また、収穫量から
関で研究され、また実用化され始めている。その
生食、加工用に使われる出荷量との差とみると、
なかでもっとも注目を集めているのが、ガソリン
全国では約 9 万トン、岩手は約 8 千トンと実際に
に添加できるエタノールである。
店頭に並ぶことがないりんごの数が多いことが
しかし、現在行われているエタノール製造は原
わかる。傷がついたり形がいびつなものは加工用
料にトウモロコシやサトウキビが用いられ、食料
に使われるが、適切な管理のされないものはやが
と競合するため、世界的な物価高の原因のひとつ
て腐敗し廃棄される。したがって食糧と競合する
となっている。
ことなくエタノールが合成できると考えられる。
また、今年度から小中学校で前倒し施行された
学習指導要領では、実感を伴った理解、さらにエ
表1.リンゴの収穫量および出荷量(単位:t)
ネルギー・環境教育の一層の充実化が求められて
いる。
このような背景の下、身近にあり、食糧と競合
しない材料に注目して、効率的なエタノール製造
のプロセスの確立および、それらの教材としての
11
収穫量
出荷量
収穫量-出荷量
全国
840,100
748,700
91,400
岩手
56,600
48,500
8,100
リンゴの品種はサンフジ、さんさ、紅玉、ジョ
3)アルコール発酵
ナゴールド、金星を選定した。各品種の糖度およ
リンゴ果汁 100 ml に(2)で調整したバイオ
び酸度を表2に示す。
リアクターを加え、40 度に設定しておいた恒温槽
表2.各品種の糖度および酸度(%)
で 24 時間発酵させる。これをろ過し、ろ液を常
(J.G:ジョナゴールド)
圧蒸留することによりエタノールを得た。得たエ
サンフジ
さんさ
紅玉
J.G
金星
糖度
15-16
13-14
13
13
14
酸度
0.4
0.4
0.8
0.6
0.3
タノールはヨードホルム反応によってその生成
を確認している。
酵母は市販のドライイースト(以下酵母 A)と
独立行政法人酒類総合研究所から提供頂いた日
本酒酵母協会 7 号、協会 11 号、ワイン酵母(以
下それぞれ酵母 B、C、D)を選定した。なお、酵
母 B、C、D は酵母エキス 1%、ポリペプトン 2%、
グルコース 2%の液体培地で 24 時間震とう培養し
たものを用いている。
写真2.発酵の様子
2)バイオリアクターの調整
3.結果と考察
バイオリアクターはアルギン酸ナトリウム 1g
得た蒸留物の密度から算出したエタノールの
に対し、全体が 100 ml になるように水を加えて
生成量を表2に示す。
膨潤させる。その後、酵母 1 g を加え、よく混ぜ
たあと、駒込ピペットを用いて塩化カルシウム水
酵母 A は他の酵母に比べ、生成量が少ないこと
溶液に滴下することによりビーズ状のバイオリ
がわかる。これは酵母 B、C、D はアルコール耐性
アクターを得た(写真1)。
株であり、酵母 A が他の酵母に比べ自身が生成し
たエタノールによってその増殖が阻害されてい
るためと考えられる。品種ごとに見ると、エタノ
ールの生成量が最も多いのはサンフジであり、最
も少ないのは紅玉である。これはリンゴの糖度と
酸度が影響しているものと考えられる。糖度の高
いリンゴほどエタノールの生成量が大きく、酸度
の高いリンゴほどリンゴに含まれる有機酸の影
響を受け酵母の増殖が阻害されているものと考
写真1.バイオリアクター
えられる。
バイオリアクターの作り方は、「人工イクラ」
また、今回の条件では単蒸留を1回しか行って
の作成方法と同じであり、アルギン酸ナトリウム
おらず、精製時のエタノール濃度は 50%ほどであ
ゲルが不溶性のアルギン酸カルシウムのビーズ
る。無水であることが求められるバイオエタノー
となり、視覚的に変化を観察できること、その後
ルではノッキング等のトラブルの原因となり、今
の操作での処理が簡便化するメリットがある。
後は精製条件の検討も課題となる。
12
表2. エタノールの生成量 (単位:ml)
サンフジ
さんさ
紅玉
ジョナゴールド
金星
酵母 A
0.74
1.00
1.03
0.84
0.92
酵母 B
1.55
1.10
1.12
1.19
1.28
酵母 C
1.58
1.43
1.12
1.24
1.34
酵母 D
1.56
0.74
1.14
1.26
1.25
4.本研究における期待される教育効果
にエネルギー変換との関連、化学分野ではアルギ
本研究における期待される教育効果として、身
ン酸ゲルの高分子反応や酵母の生化学反応、エタ
近な材料を使うことにより、身の回りのものでエ
ノールの燃焼といった化学反応や発酵液からの
ネルギーを生産することができるという実感を
エタノールを分離・精製する操作とのつながりが
伴った理解を得ることができると考えられる。ま
考えられる。生物分野では酵母のアルコール発酵
た、エタノールの精製で蒸留を用いており、エネ
という生物活動、地学分野では地球の炭素循環や
ルギーを生産するために多くのエネルギーが使
地球温暖化が原因といわれている異常気象との
われ、実際にできるエタノール量はごく少量であ
関連が考えられる。さらには、岩手県は全国に誇
る。このことからエネルギーを作る難しさを体験
るリンゴの産地であることや、地球温暖化をはじ
し、現在の代替エネルギーのメリットやデメリッ
めとする環境問題やそれらを取り巻く環境時事
トを考察し、自分たちができることを考えるきっ
につながる。各教科や科目を独立して学習してい
かけになると考えている。
た内容が結びつき、実感を伴った理解が得られる
また、本教材の教科・科目とのつながりを図1
もの考えている。より本教材は理科の各科目のみ
に示す。
ならず、社会問題についても考察することができ
る総合的な教材になると期待している。
物理
化学
5.授業実践の計画
エネルギー
化学反応
本教材を用いての授業実践の計画の概要を表
3に示す。なお、本実践は仕込み、分離それぞれ
分離・精製
1時間ずつを予定している
総合的
地理
県内にある
リンゴ産地
リンゴバイオエ
タノール合成の
学習
時事問題
実験
環境問題
生物
地学
微生物の活動
炭素循環
表3.授業実践の計画(概要)
<仕込み>
導入
代替エネルギーについての説明
今回の実験についての説明
展開
異常気象
リンゴの処理
リンゴから果汁を得る
バイオリアクターを加える
図1.
本研究の教科・科目とのつながり
次回まで恒温槽にて静置
まとめ
本実践を通して、物理分野ではエネルギー、特
13
本日やったことの確認
<分離>
参考文献
導入
前日のおさらい
1) Alexander E. Farrell, et al, SCIENCE 331, (2006),
展開
前日に仕込んでいた発酵液のろ過・
506-508.
蒸留
2) 文 部 科 学 省 , 中 学 校 学 習 指 導 要 領
蒸留物の検出(燃焼実験)
(2008).
エタノールを燃料にして模型を走ら
3) 文部科学省, 高等学校学習指導要領
せる(演示実験)
(2009).
まとめ
4) 文 部 科 学 省 , 中 学 校 学 習 指 導 要 領
総則,
総則,
理科,
(2008).
まず、代替エネルギーについての概説を行い、
数ある代替エネルギーの中から身近にもので作
5) 文部科学省, 高等学校学習指導要領
ることのできるバイオエタノールの存在を示す。
(2009).
理科,
6) 北原和夫ら編, 科学技術の智プロジェクト総
そして、リンゴから果汁を取り出す処理を行
い、バイオリアクターを加え、恒温槽に静置して、
合報告書, (2008).
一時間目を終える。
7) 北原和夫ら編, 科学技術の智プロジェクト物
質科学報告書, (2008).
前日に仕込んでおいた発酵液をろ過・蒸留する
ことでエタノールを得る。蒸留したものを燃焼さ
8) 北原和夫ら編, 科学技術の智プロジェクト宇
せエタノールであることを確認させる。最後に実
宙・地球・環境報告書, (2008).
際に使われる例として、エタノールを燃料として
9) 大聖泰弘, 図解バイオエタノール最前線 改
模型を走らせる予定である。
訂版, 工業調査会, (2008).
10) 社団法人アルコール協会, 図解バイオエタ
ノール製造技術, 工業調査会, (2007).
6.まとめ
11) 中 野 英 之 , エ ネ ル ギ ー 環 境 教 育 研 究 , 2
本研究はリンゴによる効率的なバイオエタノ
ール合成のプロセス確立およびそれらを教材へ
(2008), 59-63.
の応用を目的として行っている。リンゴの品種と
12) 野白喜久雄ら編, 醸造学, 講談社サイエン
酵母の種類でアルコール発酵の検討を行い、糖度
ティフィック, (1993).
の高いリンゴほどエタノールの生成量が多く、酸
13) 吉沢淑ら編, 醸造・発酵食品の辞典, 朝倉書
度の高いリンゴほど含まれる有機酸によって酵
店, (2002).
母の増殖が阻害され、エタノールの精製が阻害さ
14) 社団法人
れる傾向が見られた。今後は最も生成量の多かっ
りんご, (1985).
たサンフジについて反応時間のちがいによる検
15) 澤内大樹他,日本理科教育学会第 59 全国大会
討、精製条件の検討を行う。そして、12 月上旬に
発表論文集, (2009), 195.
学校現場での実践を行い、環境・エネルギーに対
する意識の変化を調査する予定である。
14
農山漁村文化協会編, 果樹全書