ユリ属および近縁植物の受粉生態と保全生態学的研究

平成 20 年度 大阪学院大学・大阪学院短期大学 研究助成費 研究概要報告
大阪学院大学経済学部
教授 林 一彦
ユリ属および近縁植物の受粉生態と保全生態学的研究
ユリ科植物の分類系の系統関係については分子系統のデータからほぼ確実に推定
できるようになり(Hayashi et al. 1998; Hayashi et al. 2001)、またユリ属近縁
の種間関係についても Hayashi & Kawano (2000)や Patterson & Givnish (2002).)
によってほぼ確かめられた。
日本産自生ユリは 14 種あり、近縁のバイモ属9種、その他近縁植物は約 10 種
ほどある。日本産自生のユリ類は東北地方から中部地方の海岸に分布するスカシユ
リ、東北地方の山岳部に分布するヒメサユリ、中部地方から九州にかけて分布する
ササユリ、九州と四国のカノコユリ、九州のノヒメユリ、トカラ列島の口之島のタ
モトユリ、奄美大島とその属島のウケユリ、南西諸島に分布するテッポウユリ、ま
た本州と奄美大島にまで広く分布するコオニユリ、日本全域に分布するオニユリと
南北に長い日本列島の地形や気候条件に適合し各々にユリ属は分布する。バイモ属
は、北方四島から九州までであり、コシノコバイモは、山形県から日本海側福井県
までと太平洋側の静岡県から伊豆半島の飛び地に分布する。
今回の報告では、ユリ属とバイモ属についてその生活史と植物種の保全、とくに
植物の次世代確保にとって特に重要な花粉媒介昆虫についての知見を盛り込み報告
する。また植物種の保護に関しては、絶滅危惧種をふくめその生活史が詳細に判明
しなければ守れないことが明白であるにもかかわらず。ほとんどの種において判明
していないのが現状である。そこで本研究では、ユリ属および近縁植物についの生
活史を研究し、エゾスカシユリ、ヤマユリ、ヒメユリの三種のユリ属とバイモ属の
コシノコバイモについてその概要を報告する。
コシノコバイモ
1. 地理的・生態的分布
コシノコバイモは、山形県から日本海側福井県までと太平洋側の静岡県から伊
豆半島の飛び地に分布する。
2. フェノロジーと経年成長の過程
雪融け間がない3月から4月にかけて、3週間程度地上に姿をあらわす、開花
個体でも 10cm にも満たない植物である。そして、植物体にくらべ不釣り合いな大き
な淡黄緑色の花を、数枚ある細長い葉の下に隠れるように下垂して咲かせる。
開花個体の周辺には、長楕円形や卵状楕円形をした1枚の葉をもった植物が見られ
[1]
る。
その中には、長さ数cmの狭
長披針形の幼植物がみられる
が、それがコシノコバイモの
実生である。コシノコバイモ
は、2年目以降はゆっくり1
枚の葉の大きさを増大させて
ゆく。葉の形は、経年成長を
経るに従い狭長卵形から、し
だいに丸みを帯びて卵形から
広卵形に近い形になる。しか
し、この発育相の変化の過程
は、単純な一本道ではなく、
早 春 の わ ず か 三 〜 四 週間し か
地上に姿をとどめないコシノ
コバイモの幼植物が光合成に
よって生産できる同化産物の
量は必ずしも多くはない。年に
よっては、雪融けの開始時期に
も差があるし、早春の林床の温
度環境は変化にとんでいる。し
たがってこの発育相の変化の
変化は、単なるサイズクラスの
間で、かなり行きつ戻りつが繰
り返しされている。
成熟段階の鱗茎は、直径 6〜
12mm 前後で、球形をしている
が、半球形の鱗片は2個のみか
らなる。他の春植物と同様に前
年の 10 月下旬から 11 月上旬に
鱗茎から新たな発根がはじま
り、花芽や葉芽の形成が進む。
[2]
春を迎えて地上部の成長が進む
につれて、前年度に鱗茎内に蓄
えられた貯蔵物質のほぼすべて
が地上部の形成に消費されてし
まう。
3. サイズ・クラス構造と生活
史の特徴
鱗茎の大きさがある一定の
サイズに達すると発育相のきり
替えが起こる。植物体はこれま
での1枚葉から、茎頂に狭披針
形の葉を3枚と少し下部にやや
幅広い披針形、もしくは狭卵形
の葉を2枚、対をなしてつける。
花は1個茎頂に下垂して咲くの
で、しばしばこの上部の葉に隠
れてしまう。
コシノコバイモは順調に成
長しても、少なくとも6ないし7年はかかって成長し、開花・結実して、次世代個
体を生み出している。要するに有性繁殖のみにて集団を維持している多年草にとっ
て性成熟に達するまでの年数がかかる分だけ、予備軍である幼植物の個体数が多く
なければならない。
2m×2m の調査区を設けサイズ構成を調べた結果、開花個体は 28 個体であった。
調査区内の生育するすべての個体の葉の大きさを計り、個体当たりの葉面積に基づ
いて 15 の階級に類別し、各々の階級に属する個体数を調べてみた。実生を含む 1 枚
葉の無性個体数は、その合計が 386 個体あった。このことは、20~30 個体の成熟個
体をささえる、いわば予備軍であり幼植物集団の大きさが、実に 14 倍近いと言う事
実を語っている。1 個体の開花個体が作る種子の平均数は 27 個前後であるので、単
純に数字の掛け合わせをすると 2m×2m の小区画に 756 個もの次世代の担い手が生み
出されていることになる。
[3]
4. 有性繁殖の仕組み:交配システムと送粉システム
送粉はもっぱら昆虫によっているとみなされているが、雪融け間がない3月下
旬から4月上旬には、落葉樹林の林床ではまださほどの昆虫の活動は見られず、そ
の記録は不完全である。コシノコバイモの花は、植物体と不釣り合いな大きさにも
かかわらず緑色がかり実に地味で目立たない。しかし、下垂して開花する咲方と内
部に極めて大型の蜜腺の存在に膜翅目の昆虫依存の形態と構造に分化していると思
える。Naruhashi 他(2006)によると送粉昆虫は、膜翅目のヒメハナバチ科のウズキ
とヒメハナバチであるという。
種子生産数は 1972 年において 11~45 個で平均 27.2 個であった。1973 年にお
いて 14~48 個で平均 36.6 個であった。このように年変動が大きくこれは昆虫の行
動に影響されていると考えられる。強制的に自殖させてみると種子生産数は平均
12.6 個と野外条件よりもかなり小さい数字であった。どうやら不完全ながら自家不
和合性のシステムが分化しているのであろう。
種子は、2mm 前後で球形をしている。その一端にはエライオソームという付属
体があり、種子の散布はアリによって散布されるらしい。Naruhashi 他(2006)によ
ると種子散布は、ハヤシクロアリ、クロヤマアリ、アシナガアリ、トビイロケアリ
である。栄養繁殖は、稀に2個の鱗片からそれぞれ1枚の単葉を出す個体も存在し、
鱗茎が2個に分球し、分離して2個体となる場合がある。
5. 染色体と核型
Fritillaria 属のなかのコバイモの仲間7種はいずれも日本固有種である。形
態的には花型が広鐘形のコシノコバイモ F. koidzumiana Ohwi とアワコバイモ F.
muraiana Ohwi、およびミノコバイモ F. japonica Miq.、傘形のカイコバイモ F.
kaiensis Naruhashi とイズモコバイモ F. ayakoana Maruyama et Naruhashi、筒形
のトサコバイモ F. sikokiana Naruhashi とホソバコバイモ F. amabilis Koidz.の
3 グ ル −プ が 区 別 さ れ 花型 が 分 類形 質と し て 重視さ れ て い る 。
しかし染色体の基本数からは、X=12(2V+10I)のコシノコバイモ、カイコバイモ、
アワコバイモ、トサコバイのグループと X=11(3V+8I)のミノコバイモ、イズモコバ
イモ、ホソバコバイモの2つに分かれる。
このことは、最近の分子系統学的解析でも支持されている。すなわち染色体の
基本数が X=12 から X=11 に減数し、その後に前者のグループがコシノコバイモとカ
イコバイモのループとアワコバイモとトサコバイのグループに分かれ、後者がミノ
コバイモとイズモコバイモのグループとホソバコバイモに分化した可能性を示して
[4]
いる。すなわち、染色体の基本数の減数があって2群に分かれ、その後各群内で花
型が独立に広鐘形から傘形と筒形に平行的に分化したと考えられる。
また、染色体の減数分裂において、コバイモの仲間はどの種も雄側でキアズマ
をつくらない。このことは植物ではコバイモの仲間のみに報告されているきわめて
ユニークな現象である。
6. 自然保護上留意すべき点
コバイモの仲間7種はいずれも低地平野部に隣接した丘陵帯の落葉広葉樹林の
林床に主として分布している。集団サイズの非常に小さい種が大半で極めて局地的
固有種が多い。近年このような地域の開発がしだいにコバイモの仲間の生育地を奪
ったり、生育地の分断が起っている。
送粉昆虫もまだ少ない早春季に開花する春植物にとっては、生育環境そのもの
をそっくり保全することが望ましい。
エゾスカシユリ
1. 地理的、生態的分布
エゾスカシユリ(Lilium dauricum Ker-Gawler)は、学名からダフリア地方(沿海州)
のユリとあるように分布の大部分が海外にある。分類学上は、種とする見解のほかスカ
シユリの地理的亜種(Lilium maculatum Thunberg ssp. dauricum (Ker-Gawler) H.Hara
とされるが、形態学的にも生活史もスカシユリとは区別できるので種としてあつかう。
分布は、シベリア、サハリン、カムチャッカ、沿海州、小・大興安嶺、内蒙古北朝鮮、
中国の遼寧省から南は河南省南部に至る広大な分布域をもつている。
日本おいては、千島列島の得撫島以南、全北海道、津軽海峡を超え下北半島大間崎の
沖の弁天島と、隔離された下北半島中部集団、日本海側の竜飛岬から秋田と山形県境ま
での海岸に自生が認められる。
エ ゾ ス カ シ ユ リ は 中 生 植
物 で あ り 、 オ ホ −ツ ク 海 沿 岸 の 腐食土壌を含む砂地の原生
花園や海岸草原、また岩石海岸上に堆積した土壌に自生し、海岸から離れた山中の岩上
にも自生する。たとえば石狩川の両岸の断崖にそって層雲峡の小函あたりにまで自生が
認められ、夕張山系の超塩基性の蛇紋岩地域の涯山やアポイ岳また大平山などの各地の
内陸部の樹木層が未発達な山地にも自生が見られる。
[5]
2.
フェノロジーと野外集団の
構造
雪解けの5月初旬、鱗茎の同化産
物を消費しつつ茎または葉状鱗片
の葉を展開する。本州北部と北海道
最
で は フ ェ ノ ロ ジ −は 異 な る が 、 開花
盛 期 は 、 秋 田 で 6 月 中 旬 、 オ ホ −
ツク海沿岸では6月下旬から7月
上旬である。種子は受精からおよそ
80 日程度で完熟し、9月下旬から
10 月初旬には熟す。しかし、集団
内にはかなり変異が有り、札幌近郊
では6月初旬に開花が見られ、8月
下旬には種子が完熟している個体
もみられる。
有性繁殖以外に栄養繁殖として
地表部近くに木子を形成するので
集団構造はクラスターと単独個体
の組み合わせで成り立つ。単独個体
のみの個体群は、定着初期集団で定
期的撹乱のある海岸や道路工事のた
めに砂を採取した跡地にみられる。
単独個体とクラスターが混じる個体
群は、原生花園や工事跡地から植生
が遷移した所で見られる。花数が多
くつき個体が大きいクラスター個体
群は、海岸からの風力が届かなくな
り、ヨモギなどの高茎草本が生育し
ているところや人為的に管理されて
いる原生花園に多い。
[6]
3. 地下での挙動
地中温度4℃ぐらいから根を伸長
さす。気温の上昇とともに地中温度
が上昇し、地表面近くの小鱗茎から
茎を伸ばす。この時、鱗茎が小さい
もの、すなわち種子からの1年目あ
るいは前年の木子から生じた鱗茎で
より地表部に近い個体からの出芽が
よりはやく、急速に葉状鱗片の葉を、
あるいは茎を伸ばし普通葉を展開す
る。これらの個体が十分に茎を伸ば
し葉を展開した頃に親個体や大きな
鱗茎が地下から発芽して茎を伸ばし
やがて、娘個体の草丈を追いこし葉
を展開する。また、花芽の分化は、
開花後に鱗茎の中で冬が来る前に終
わっている。
4. 生活史の特徴
開花1週間程度前の蕾の先端の赤紫色の部分から糖度 60%程の蜜を分泌する。蕾期の
蜜の分泌について、生態学的な意味はわかっていない。たぶん、蕾期の食害昆虫を回避
するために蟻などに与える報酬となっているのかもしれない。エゾアカヤマアリが蕾の
先端の蜜を吸蜜していることが観察されている(林、未発表)。
盃状上向きの花型をもち昼夜花を咲かせる種では、雨は大敵である。雨が降れば花粉
が流されて次世代を形成できない。オホーツク海沿岸では、黄昏れ迫るころには空中湿
度が増す。時には霧が迫りやがて植物体には水滴がつく、この頃には葯は閉じられてお
り花粉の流失を防いでいる。なおこの葯の開閉は数回は可能である(林、未発表)。し
たがって夜間の訪花昆虫は受粉に寄与しない。
5. 経年生長の過程
9月初旬から 10 月に散布された種子のうち早い時期に散布された種子は、地中で胚
軸を伸ばし小鱗茎を作り、その段階で気温低下にともない小鱗茎を残し休眠する。大部
分の種子は、翌年の4月下旬から5月中旬にかけて地中で種皮をやぶり胚軸を伸長さし、
[7]
胚軸が 10 ミリ前後に達した頃に胚軸の先端から 1/3 程度のところが膨らみ小鱗茎をつ
くる。すなわち、種子中の胚乳部分の物質を一度鱗茎と言う形に置き換えて、地上部へ
の発葉の準備をしている。さらに2週間程後に、この鱗茎のまん中当たりから第 1 本葉
を伸ばしはじめ、やがて第 1 本葉は地上に姿を表し光合成をはじめる。このような発芽
様式を地下速発芽様式と呼ぶ。子葉は種皮の中の部分から小鱗茎の部分までにあたる。
胚軸はやがて牽引根となる。これらの下根は牽引根となり、小鱗茎を地下に引きずり込
む。初年度は1枚の葉状鱗片で過ごし、地上部は枯死するが、時には 2 ないし 3 枚の葉
状鱗片を形成し地中型植物として冬期の休眠に入る。二年目は葉状鱗片を増し、小鱗茎
は肥大し地中型植物としてすごす。3年目には茎を上げ地上型植物として鱗片数を増す
とともに鱗茎は肥大し、あるものでは夏以後に地下に木子をつくる。4年目には開花に
いたり、開花個体の中にしばしば雌蕊を欠くもの見られる。これは開花に必要な同化物
質の貯蔵が十分に前年にできなかった事よりも、今年の成長期の同化産物の蓄積が十分
でなかったためである。花芽分化には、前年の鱗茎の肥大が必要であり、雌蕊を維持す
るには、その年の十分な光合成が必要である。鱗茎も特徴的なウロコ状の球形になる。
6. 栄養繁殖の役割
実生三年目ないし四年目の個体のあるものは、しばしば地中を茎が這い、鱗茎から
10cm あるいはそれ以上離れたところに木子をつくる。また、蕾をつけた個体も蕾期の
終盤に上根と地表部の間に木子を作り、さく果の完熟期に木子は実生 1・2 年程度の大
きさの鱗茎になっている。なお、木子の数は、親個体が大きければ数個形成される。
また、鱗茎の最外部に関節鱗片が形成され栄養繁殖の役割りの一端を果たす。大きな
鱗茎では二段または三段形成され、さく果期の方が良く発達している。砂の移動や昆虫
の食害に合えば簡単に関節部分から折れて、鱗片の基部部分に小鱗茎を形成し、新しい
個体として出発する。しかし、すべての開花期の鱗茎に関節鱗片があるわけではなく、
個体・集団間の変異がある。さらに、十分に大きくなった個体は分球することもある。
このように木子と関節鱗片および分球によって安定な生態条件下では一つのクラスタ
ーを形成する。
7. 有性繁殖の仕組み:交配システムと送粉システム
チョウは、発達した視角をもっており花色を主要な手がかりとして訪花を行うアゲハ
類は、赤、青、橙、黄色を好むが、特に赤い色に興味を示す。また、チョウを含めた昆
虫類は紫外線(UV)を見ることができ、エゾスカシユリの花にも独特の UV 吸収パターン
が あ り 訪花昆 虫の 探 索 指 標 に な っ て い る と 考 え ら れ る 。 花粉 媒 介 昆 虫は 、 オ ホ −ツ ク 海
[8]
沿岸ではエゾシロチョウが主役であり、本州北部から北海道の海岸ではキアゲハ、アゲ
ハ、カラスアゲ、ミヤマカラスアゲハ、オナガアゲハなどである。吸蜜時に花被片基部
の蜜腺溝に吻を突っ込むために、盃状の花に体全体をのめりこむような姿勢で体を入れ
夢中で吸蜜している際に第二後翅の裏側に花粉をくっつける。ユリ花粉は、粘り気をも
っているために鱗翅類昆虫の翅にびっしりと付着し、花粉は蝶たちが翅を羽ばたかせた
ぐらいでは脱落しない。
ユリ属は、基本的には他殖であり自殖をする場合は種によって程度の差があり 0-10%
の範囲である。エゾスカシユリは、自殖では胚をもった種子をわずかしかつけない。
8. 種子散布の仕組み
さく果は、直径 15.4-24.4mm , 長さ 29.5-50.4 mm 程度で、3室に分かれ、各室に二
列の種子がならんでいる。さく果の中には、255-349 個の種子が入っており、平均 298
個程度である。種子稔性は、13.5-67.6%の範囲にあり、最大 200 個程度の発芽能力のあ
る扁平で翼のある種子が入っている。種子は中心に細長い胚が長径方向にあり、胚乳に
囲まれている。さく果が熟し乾燥してくると胞背裂開し、風に揺すられて種子は親株の
近くにヒラヒラと複雑な軌跡を描き重力散布に近い落ち方をする。しかし、崖のような
急峻な条件下で散布されれば種子の移動距離は大きい。
9. 染色体数と核型
本種は二倍体(2X、2n=24)で染色体は大型である。12 種類の染色体を動原体の位置を
中心にして、短腕の長いものから順に並べ、a から l の記号をつければ、1本の中部(a)
と次中部(b)、7 本の次端部(c~i)、3本(j~l)の端部の各染色体にわけられる。これ
らのなかで a と b は V 字型に、c から I はI字型に似ているために 12 本の基本核型は
2V+10I であらわすことができる。さらに、ユリでは仁形成をともなう二次狭窄(仁狭
窄)があり、a,b,f,g の 4 箇所に仁狭窄をもつ。特に、f 染色体に仁狭窄がホモまたは
ヘテロに出現する。一方、近縁種のスカシユリでは、f 染色体に仁狭窄がほとんど出現
しない。
10. スカシユリ類の仲間とその分布
極東に分布するエゾスカシユリとスカシユリが section Daurolirion とされ、ヨー
ロッパ中南部に分布する L. bulbiferum が section Liriotyps とされているが、これ
ら3種はスカシユリ類とすべきである(林、未発表)。L. bulbiferum は、形態的にも
花被片の透かしのみならず上向き盃状の赤橙色の花をもち、地下発芽型である。このこ
[9]
とは、地下発芽型のエゾスカシユリと極めて類似している。近年 ITS 領域の塩基配列の
分析からもエゾスカシユリ、L. bulbiferum、スカシユリの順に分化した事が示唆され
ている(林、未発表)。
種内分類群として高山型の矮性種のヒメエゾスカシユリ(エゾヒメユリ)var.
alpinum Kuseneva 、 サ ハ リ ン の 湿 地 や オ ホ −ツ ク 海 に 面す る 海 岸 砂 地 に 多 い 細 葉型 の ホ
ソバエゾスカシユリ f. linearifolium Miyabe、エゾスカシユリの黄花品種金剛城 f.
citrinum hort.がある。
11. 自然保護上留意すべき事項
海岸道路を作る際に最適な自生環境が破壊され、ごく一部の集団は観光用として残さ
れた。集団を維持するには、花だけを守るのではなく複雑な昆虫とのネットワークを含
めた生活史全体をみきわめる視点が必要であろう。
ヤマユリ
1.
地理的、生態的分布
自生分布は、東北地方から近畿
地方までである。ただし、伊豆七島
には変種サクユリ L. auratum var.
platyphyllum Baker が分布する。
分布の密度は、東北から関東および
東海地方に高い。北海道や四国さら
に九州にも自生のごとく分布する
が、これらは古い逸出である。自生
環境は平坦な草地よりも斜面の林
縁に多く、特に東南の傾斜地に多い。
また、急な崖に下垂するものもある。
海抜では、まれに 0 メートルから分
布し、500 メートル前後の山地に多
く自生するが、1000 メートル以上
の高地にまで自生することもある。
[10]
中部地方や近畿地方では礫質腐葉土
に自生するが関東地方では火山灰土
地帯に多く育つが、いずれも排水良好
でかつ枯れ葉や落葉が堆積している
腐植質に富む場所である。
2. フェノロジーと野外集団の構
造
花期は近畿地方で7月下旬、東北地
方で8月上旬である。しかし、神奈川
県下では6月下旬(清水, 1987)と早
いようである。近畿地方では、4月中
下旬から5月上旬にかけて鱗茎から
出芽する。そして、栄養成長をへて開
花後、さく果を形成する。さく果は、
12 月中下旬に裂け種子を散布する
が、時には翌年の2月や3月にも一
部の種子がさく果に残存している
事があり、種子散布は自生条件によ
って長期に渡る。
ヤマユリは、木子繁殖も盛んに行
うので年月を経過した個体は、数個
体の開花個体と栄養繁殖個体の混
合のクラスターを形成している事
が多く草原などでは、その状態がよ
くわかる。
3. 地下での挙動:鱗茎も移動し
ている
ユリは、鱗茎をつくる単子葉植
物である。子房上位で3数性の花被
片をもつ。花についてはこのように
[11]
定義されている。単子葉植物には、イネ科植物のように側生すると言う性質がある。十
分に発達したユリの鱗茎の下根を切り取り鱗茎側の裏を見てみると下根が馬蹄型に生
えていた事がわかる。前年の茎から今年の芽(茎)が出来た方向が馬蹄型の先端になり、
前年の茎のあったところの根の一部分が枯死したためにこのような現象が見られる。こ
のように少しずつではあるが、前年の茎の横に新芽を作り、その分だけ横に移動した事
になる。また、鱗茎を構成している鱗片は、もともとは葉であった物で鱗片の表皮をめ
くり顕微鏡で観察すれば気孔のなごりとしの孔辺細胞が観察できる。
雪解けとともに鱗茎から下根が伸長する。この下根は、もっぱら水の吸収にあたる。
やがて鱗茎から茎をのばしながら葉を展開し出すと、茎の地下部分に上根を形成する。
上根は腐葉土層の栄養分を吸収する専属の根となり、下根は水分吸収を、上根は栄養分
吸収をとその機能を分担する。また、この上根は地中を広く張り巡らせられることで、
草丈が高く頭でっかちな花をつけるヤマユリの地上部の支えにもなっている。やがて花
ができる頃には下根と地表面の間に木子を1個ないし数個作りはじめ、さく果が形成さ
れる頃には木子は大きくなり、木子からは下根が伸長している。
4. 生活史の特徴
ヤマユリの生活史上の最大の特徴は、受粉昆虫の選択であろう。昼はアゲハチョウの
訪花を受け、夜はスズメガの訪花をうける。昼夜の訪花昆虫をもつことによって、確実
に雌蕊の受粉率をあげ、種子形成率をあげている。繁殖様式からすれば、盛んに木子を
つくるヤマユリは、クラスター状に株立ちして自生する事が多い。アゲハチョウは比較
的隣花受粉をするのでクローン内の受粉をしやすい。一方、行動範囲の広いスズメガは、
遠距離間の遺伝子交流を、すなわち花粉を運んできてくれる。アゲハチョウは自家受粉
的に、スズメガは集団間の他家受粉的に働いている可能性が高い。しかしながら、後述
するように訪花昆虫を寄せるために甘い芳香を発し、しかも夕方に強くなる香りは、本
来の訪花昆虫は、スズメガだが、アゲハチョウへ送粉者転換を計っているとも考えられ
る。
草原景観が卓越しない日本の環境の中では、ヤマユリが本来自生する林縁では競合種
との競争で群落を作る程個体数を維持できず、転々とクラスターを形成していたであろ
う。
しかし、このような環境では隣花受粉や近距離の株間の受粉は、遺伝的多様性を失いや
がて絶滅を招く可能性がある。たとえば、日本で栽培されているタケシマユリ L.
hansonii D.T. Moore は、全く種子をつけない。タケシマユリは、韓国鬱陵島の固有種
であり、日本に小数個体が持ち込まれ鱗片繁殖で増殖し、長年栽培し続けられたために
[12]
種子繁殖ができなくなっている。ユリ属にはこのような例が多い。つまりクローンにな
っている場合は、種子繁殖はほとんどおこなわれない。このような事態をさけるために
飛翔距離のある大形昆虫であるスズメガを訪花昆虫に選んでいたのであろう。しかし、
行動範囲の広いスズメガを訪花昆虫に選んでいては、変異性の点からいえば均一性がも
たらされてしまう。ヤマユリの変異の少なさは案外スズメガのせいかもしれない。
5. 経年生長の過程
種子の散布が初冬に行われ、種子は地下で春をむかえる。しかし、種子散布の翌春に
は種子は発芽しない。やがて夏を迎え夏の高温がようやく低下し、9 月下旬から 10 月
ごろに種子から胚軸が発芽し出す。やがて親個体から本年の種子が散布し始める頃には、
前年の種子の胚軸の途中に小鱗茎が形成されている。この場合、子葉は種子の種皮の中
から小鱗茎の上部の部分にあたる。この過程はゆっくりと進行する。そして、この小鱗
茎のまま2回目の冬を過ごす。すなわち、種子の胚乳に貯えられていたエネルギーを小
鱗茎という形態に置き換えたとも言える。このような発芽様式を地下遅発芽様式という。
種子の散布から2回の冬を越した春に地表部に狭卵形の第一本葉が出現する。そして第
一本葉のみでその年を過ごす。3年目には第二本葉をあげ、第三本葉あげ、第二本葉と
第三本葉が、平行して地上部に共存する場合もあるが、第三本葉のみが地上部に残り、
秋には枯死する。4年目は茎を上げ普通葉を4—5枚展開する。5年目も茎を上げさら
に普通葉の枚数を十数枚に増し、地下の鱗茎も肥大し、時には秋に木子をつける。5年
目には、開花にいたる。
6. 栄養繁殖の役割
盛んに木子繁植をし、一つのクラスターを形成する傾向がある。これは、訪花昆虫に
目立ちやすく、かつ十分な報酬としての蜜量を確保できるための戦略かもしれない。ヤ
マユリは本来の自生環境は林縁と考えられるので、環境的にはやや不安定なところでは
ある。したがって、種子繁殖だけでなく木子繁殖という栄養繁殖を採用する事により個
体維持をはかっている。また、鱗茎がイノシシに食害され、鱗片の一部が食い残された
場合は、鱗片から小鱗茎を再生し、新たな個体になる鱗片再生繁殖をする場合がある。
しかし、イノシシによる食害の場合はほとんど鱗茎が丸ごと食われ、フィールドでは鱗
片再生繁殖を確認したことはない。
7. 有性繁殖の仕組み:交配システムと送粉システム
ユリ属植物は、他花受精が基本であるが、ヤマユリは自家受精を比較的良くする。
[13]
花の直径が 24cm 前後もあり、ユリ属としては最大の大きさをもつ。この横向きあるい
は斜下向きのパラボラアンテナ状の花には小型の訪花昆虫では受粉できない。しかし、
そこはヤマユリも心得たもので、この大きな花は、20mm におよぶ葯を花糸に T 字合着
さし、6本の葯は重力によって縦に並列する。まるで花への進入を阻止する盾のようだ。
しかも、この葯は、電気掃除機の先端のように自由自在に回転するから、吸蜜のために
訪れたある程度の大きさの個体は接触せざるを得ない。しかも、ヤマユリの葯は、花の
開花後すぐに裂開しはじめる。裂開した葯にはいっぱい花粉が詰まっており、その時雌
蕊の花柱はまだ真直ぐ延びており、葯よりは突出している。このような時に訪花したス
ズメガたちは花に進入時に腹の下に花粉をつける。スズメガの吸蜜姿勢はホバリングす
るものもあるが、ほとんどの種は、花被片上にどんと止まって吸蜜する。時間の経過と
ともに花柱は、上にむかって彎曲し、開花2日目にはすっかり柱頭は上を向き、柱頭表
面は地表面と平行になる。このような時に雌蕊の上方から侵入した大型の雀蛾が胴体の
腹部分を柱頭表面にこするために受粉が成立する。また、雌蕊が上方に彎曲する時に、
風によって揺れた時には自家受粉をする。T 字合着した葯は時間の経過とともに花糸側
に彎曲し開花初期に比べ柔軟な可動性を失う頃には、柱頭表面に花粉が付着している。
ヤマユリには糖度 65%もの蜜をもっており、花の色と強い香りを発散さし、訪花昆虫
の飛来をさそっている。訪花昆虫は鱗翅目昆虫で、主要なものでは昼はアゲハチョウ、
夜はスズメガが主役である。具体的な種はまわりのファウナによって異なる(林、未発
表)が、関東地方ではフクロスズメガ、秋田ではエゾシモフリスズメガである。ヤマユ
リの香りは朝、昼、夕方と順次強くなり、香りの強くなったあとに夜行性のスズメガの
訪花をうける。スズメガにはホウジャクの仲間のように昼行性のものもいる。昼行性の
仲間は体が小さくて訪花をしても、大きなヤマユリの花の中を自由に飛び回り受粉にほ
とんど寄与しない盗蜜者のようにみえるが、花の中を飛び回る時に腹の先端部分の尾に
花粉をつけたり、夢中になってホバリングしながら吸蜜中に尾に花粉をつけるが、効率
的な訪花昆虫とは言えないであろう。
ヤマユリの香りの成分には、オシメン Ocimene,リナロール Linalool などが含まれ(吉
岡、2004;林ら、未発表)甘い香りが特徴であり、花の基色が白いことからスズメガ媒
花の特徴をもっている。しかしながら,リナロールがあるからといってスズメガ媒花で
あるとは言えないようである。しかし、日本自生の蛾媒花のユリに関してはすべての種
がリナロールをもっている(林、未発表)
。
また、昼にはキアゲハ、アゲハ P. xuthus L.、カラスアゲハなどのアゲハチョウの
仲間の訪花をうける。アゲハチョウの仲間は、赤い色の花を好む。しかし、ヤマユリの
花は、花被片が白い基色に.中心に黄色の筋が入り、花被片の中程から中心に向かい赤
[14]
い鹿の子もようの斑点がある。これが蜜票となっている。また、UV 写真を撮ってみる
と赤い鹿の子模様の斑点と雌蕊の柱頭全体および雄蕊の花粉と花糸が紫外線を吸収し
ており、中心に雌蕊と雄蕊、その周りには斑点が見えるのであろう(林, 未発表)。
したがって、昼はアゲハチョウ、夜はスズメガの訪花を受け、他花受精の効率を昼夜
でより確実なものとしている。
このように昼夜の昆虫の訪花を受けるヤマユリだが、受精の面からすれば、ユリ属と
しては自家受精をかなりする種であるが、本来は他花受精の種である。
8.
種子散布の仕組み
受精後 140 日ほどたってヤマユリの種子は完熟する。種子は、さく果の中で成熟し、
さく果は、直径 23mm,長さ 62-70mm 程度である。さく果は3室に分かれ、各室に二列に
扁平で翼がある種子がならんでいる。種子はその中心に細長い胚が長径方向にあり、胚
乳に囲まれている。そして胚乳の周りに翼がついている。さく果の中の種子は、554-595
粒の範囲, 平均 574 粒、種子稔性は、80,3-84.3%, 平均 82.3%であった。発芽能力のあ
る胚をもった種子は 200-470 個程度である。翼がある事から風散布と思われがちではあ
るが、さく果が熟し乾燥してくると胞背裂開し、風に揺すられて大部分の種子は親株の
近くにヒラヒラと複雑な軌跡を描き重力散布に近い落ち方をする。しかし、強い風や崖
のような急峻な条件下で散布されれば種子の移動距離は大きくなる。ヤマユリの種子重
は、日本自生の地下発芽型のユリの種では、カノコユリについで二番目の重量である。
9. 染色体数と核型
ヤマユリは二倍体(2X、2n=24)で染色体は大型である。染色体は動原体の位置によっ
て中部、次中部、次端部、端部、末端部にわけられる。ヤマユリの染色体組みを構成す
る 12 種類の染色体を短腕の長いものから順に並べ a から l の記号をつければ、1本の
中部(a)と次中部(b)、7 本の次端部(c~i)、
3本(j~l)の端部の各染色体にわけられる。
これらのなかで a と b は V 字型に、c から I はI字型に似ているためにの 12 本の基本
核型は 2V+10I であらわすことができる。さらに、ユリでは仁形成をともなう二次狭窄
(仁狭窄)と仁形成をともなわない二次狭窄があり、ヤマユリは a,b,d,l の 4 箇所に仁
狭窄が出現する。しかし地方変異があり、近畿地方では b 染色体に仁狭窄を欠く。また
基本核型のほかに、B 染色体(過剰染色体)を持つ個体もある。B 染色体は、伊豆半島、
関東および東北の太平洋側に限られる。この B 染色体は、小さな端部型であるので常染
色体と比べて著しく小型で動原体が端部にあるのですぐにみわけられる。
[15]
10. ヤマユリ属の仲間とその分布
伊豆諸島には変種サクユリ L. auratum var. platyphyllum Baker が分布する。ヤマ
ユリは鱗茎が黄白色であるが、サクユリは黄色でともに扁球形である。花はヤマユリよ
りひとまわり大きく直径 26cm 程度で草丈も 2m に達するものもありひとまわり大きい。
Nishikawa ら (2002)による葉緑体のスペーサ領域の分子系統学的研究からは、サク
ユリは、ササユリ、タモトユリ、カノコユリ、ウケユリとひとつのクラスターをつくり、
ヤマユリはヒメサユリと別のクラスターを作る事が報告されている。このことは、ヤマ
ユリとサクユリの関係は形態的には極めて近縁に思えるが、塩基配列の上からはかなり
離れている事を示している。ただ、サクユリに関しては、ヤマユリが伊豆諸島への持ち
込まれ、サクユリにヤマユリが交配し、本来のサクユリが見つけにくくなっている。ま
た、荻原(1962)によれば、伊豆半島のヤマユリにサクユリの影響を受けた核型変異を
報告している。したがつて、今日このような分子系統学的研究の結果の解釈には、材料
の採集地を含め慎重さが必要であろう。
ヒロハヤマユリ ssp. latifolium Matsum, et Nakai として、葉の幅の広いものが記載
されている。ほかにヤマユリの紫花品として花の色が紫色のものは、ムラサキヤマユリ
`
L. auratum Lindley var. rubrum Carriere として報告されている。また、ササユリ
とヤマユリの自然交雑種が伊豆地方で報告されている。
11. 自然保護上留意すべき事項
全国的に減少している。とくに近畿地方の集団は絶滅したところがある。原因として
過去には食用としての採集である。たとえば、サクユリなどは、伊豆八丈島などでは戦
時中に日本軍の軍隊が食料として掘ってしまって、見る事ができないと記録している。
最近は園芸用の人の掘り取りと獣害である。緩傾斜地では、シカやイノシシの食害であ
る。とくにイノシシの食害は、鱗茎を掘り返し食べるので甚大な被害を与え、一夜にし
て集団は壊滅的な被害を受ける。また、採草地と森林の林縁が主たる生育のために、放
棄された採草地の森林化にともなって、生育環境事態の消滅が大きい。
[16]
ヒメユリ
1. 地理的、生態的分布
ヒメユリは、いわゆる満鮮要素の植物にあたる。その種の分布は、シベリア南部アム
ール川口に近い N 45゜,E 135゜あたりのシホテアリン山脈の東海岸から、海岸ぞいに
南に下り、アムール川口から本流にそって北西進し、N 55゜,E 125゜あたりを最北とし
て東から西に、ヤブロノボ山脈近くのチタ(N 52゜,E 112゜)まで西進する。さらに南
に下り内蒙古自治区の中部から、河北、山西省の東をかすめ河南省
湖北省から東北に転じて山東
省から日本に渡り、熊本、宮
崎県以北青森県南部まで分布
する。これらの分布域外には、
新彊ウルグイ自治区の東部と
陜西省西部に隔離分布する。
これらの地域では全て内陸部
の山地の草原や潅木林の疎林
の中である。
日本国内においては、山間
部の採草地や石灰岩の山地草
原に自生し、何よりも日当た
りを好む。海抜 300-600m の丘
陵性草原からみられるが、四
国では 600-800m に最も多く、
1000m の高地や、200m 付近の
低山地に自生する。しかし、
四国では 1400m ぐらいまでの
高さでも自生している。また、
奥羽山脈でも 1000m 近くにま
で自生した。
2. フェノロジーと野外集団の構造
自生地の標高によって異なるが 4 月中旬から 5 月上旬にかけて出葉し、6月下旬か
ら 7 月下旬にかけて開花する。その後 80 日ほどかけてさく果が充実し種子が熟す。種
[17]
子の散布は、10 月中旬から11月に
なる。この種は開花までに2—3年
と短く、木子や鱗片再生による繁殖
の頻度は低いので、ほとんど種子に
よる繁殖である。しかしながら、木
子や鱗片再生による繁殖をごく低
頻度でやっているらしく、2—3個
体が株のように固まって自生して
いるのが野外で観察される。
3. 地下での挙動
ヒメユリは、種子から胚軸を伸
ばし、胚軸の上の部分が子葉となる。
胚軸の伸長時に光の当たった部分
が緑色となり光合成を開始し、子葉
となる。光合成を開始しすれば、地
下に小鱗茎を形成し、小鱗茎からは
第一本葉を展開する。この種では、
小鱗茎があまり大きくならない内
にどんどん次の本葉をのばし葉状
鱗片の数を増やす方向にいってい
るように見える。葉状鱗片の数を増
やすとともに根は真直ぐに地下に
のびやがて根には皺が入り小鱗茎
を地下深くに引きずり込む。特に初
期段階では、小鱗茎に比べて根の方
が太く、小鱗茎を急速に地下に引き
込むようだ。地上速発芽型の発芽を
する系統の物は、葉状鱗片の数を増
やすとともに根の数も増えるので、
急速に小鱗茎を地下深くに引きず
り込むことができる反面、葉状鱗片
[18]
基部の肥大より、葉状鱗片全体とくに葉状鱗片の地上部の葉の部分に生体量を多くし、
すなわち、葉状鱗片の地上部の葉部分に同化産物を投資し、秋の地上部の枯死ともに地
下に回収する戦略を取っている。
4. 生活史の特徴
7 月下旬四国カルストではヒメユリの開花期をむかえる。ハンカイソウが満開のと
ころは放牧されたウシ達が食残したハンカイソウが満開のところとは対照的にススキ
とササ草原のところどころに赤い花が点々と見られる。開花期は、気温との関係が深く、
海抜によって異なり、標高の低いところから高いところへ、高温より低温へと順次移っ
てゆく。四国地方では、6 月下旬から 8 月初旬に渡っている。
ヒメユリの生活史上の特徴は、開花期までの期間が比較的ユリ属としては、短い事で
ある。種子の散布から2ないし3年間で開花に至る。発芽様式は、地上速発芽型で、生
活様式が地中型植物から地上型植物(に移項する事であり、種子繁殖に大部分をたよる
ユリであるといえる。
5.
経年生長の過程
10 月下旬から 11 月初旬に散布された種子は、冬を越し、4 月下旬に種子から胚軸を
伸ばし発芽する。そして、ヘヤーピン状に胚軸ともう一方の種皮を地下に残し、子葉部
分が伸長し、やがて子葉は頭に種皮をいだき斜に起き上がってくる。このヘヤーピン状
に地上に表れた子葉部分は光合成を開始し、地下部の胚軸の途中に小鱗茎を形成する。
地下発芽型のユリの発芽時の小鱗茎が、胚乳の同化物質の移動で作られるのに対し、地
上発芽型の小鱗茎は、発芽後の子葉の光合成の稼ぎの結果である。その後2—3週間で
第一本葉を伸長さす。この頃には根は2本でている。ユリでは初期の成長には、鱗片1
枚につき1本の根がでている。やがて、鱗片葉を次々に展開し、葉状鱗片基部に鱗片を
形成する。そして発芽当年は数枚の葉状鱗片葉を展開した後、地上部は枯死し越冬する。
その間、牽引根によって地表面に落下した種子は、胚軸を地下部に突き刺し種子の同化
物質は胚軸と子葉に費やされ、胚軸はやがて牽引根となり、光合成によって途中に形成
された小鱗茎を地下に引き込む。また、鱗片葉を形成するたびに1本ずつ下根を形成し、
それが順次牽引根となり小鱗茎はさらに地下に引き込まれる。したがって1年間で地表
面から数センチメートルは地下に小鱗茎は潜る。
2年目は茎を上げ、茎の伸長にしたがって茎の地下部には上根を形成し、時には上根
と地表部の間に木子を形成する。この木子形成は、親植物が花期を向かえた後にはじま
り、木子が成長すると供にその鱗片からは、鱗片葉を2—3枚発葉してやがて茎の枯死
[19]
とともに親植物とは別個体になる。この2年目にごく少数個体は茎を上げ花を開化する
場合があるが、そのような個体は雌蕊を欠いており雄蕊のみの花となる。
3 年目は茎を上げ、花を普通1花咲かす。この場合も少数個体は、開花期以後に木子
を形成する場合がある。また、前年の木子からの個体は、種子からの実生個体の2年目
個体に相当し茎たちのみを行い次年に開花する。
4 年目以後は前年に種子をどれくらい形成したか、あるいは受粉のチャンスがなく鱗
茎の消耗が小さかったかによって花付きは大いに変化する。
また、時を経た個体の鱗茎が地中で昆虫の食害に合って鱗片がバラバラになった場合、
その鱗片が比較的大きなときには鱗片下部の内側にカルス状の物が形成されるととも
に鱗片は小さくなり小鱗茎が形成される。そして、葉状鱗片を形成し地中型植物(HTP)
“として生活史のサイクルに加わる。
なお、仙頭 (1963)によれば、播種後2年で開花するとあるが標高の高いところでは
3年を要することもある。
6. 有性繁殖の仕組み:交配システムと送粉システム
ヒメユリの開花は、その蕾期から花の開花および花の萎れるまでを観察すると、開
花した時は雌蕊よりも雄蕊の方が長い。この時期では、葯は裂開しておらず、自殖はで
きない。やがて、雌蕊が伸長し出しその折に葯と接触する事があり、自殖する確率が極
めて大きい。このような時に主要訪花昆虫のウラギンヒョウモンや鱗翅類の訪問を受け
れば他殖する。また、長距離移動するアサギマダラなども移動の途中で吸蜜に訪れる(林,
未発表)。ほかに沿海州ではアカボシウスバシロチョウ.の吸蜜がみられる。日本自生の
上向きのユリではヒメユリを除きすべてが空中湿度が飽和したり雨が葯にかかると葯
が閉じて花粉が流れないような仕組みをもっているが、ヒメユリにはこのような仕組み
が発達していない。しかし、他の日本自生の上向きのユリに比べて花数が多くつき次々
に開化するために葯の開閉のしくみを採用しなかったのかもしれない。
7. 種子散布の仕組み
花の開花後 80-90 日で種子は完熟する。種子は、扁平で翼がある。種子はさく果の
中で成熟し、さく果は3室に分かれ、各室に二列の種子がならんでいる。さく果は、直
径 10-16mm, 平均 14mm, 長さ 26-49mm, 平均 38mm 程度である。さく果中には、種子が
323-446 粒の範囲、平均 379 粒, 種子稔性は、34.1-71.1%の範囲にあり、平均 48.6%
であり、この平均値からすれば発芽能力をもつ 183 粒の種子が1さく果中に入っている。
種子は中心に細長い胚が長径方向にあり、胚乳に囲まれている。そして胚乳の周りに
[20]
翼がついている。ユリの仲間としては、種子は小さく、長径 4.8-5.0mm、短径 3.9-4.0mm
で、大きなヤマユリの種子の 1/4 の程度の大きさしかなく、重量も軽い。種子は翼があ
る事から風散布と思われがちではあるが、さく果が熟し乾燥してくると胞背裂開し、風
に揺すられて種子は親株の近くにヒラヒラと複雑な軌跡を描き重力散布に近い落ち方
をする。
8. 染色体数と核型
ヒメユリは二倍体(2X、2n=24)で染色体は大型である。染色体は動原体の位置によっ
て中部、次中部、次端部、端部、末端部にわけられる。ヒメユリの染色体組みを構成す
る 12 種類の染色体を短腕の長いものから順に並べ a から l の記号をつければ、1本の
中部(a)と次中部(b)、7 本の次端部(c~i)、
3本(j~l)の端部の各染色体にわけられる。
これらのなかで a と b は V 字型に、c から I はI字型に似ているためにの 12 本の基本
核型は 2V+10I であらわすことができる。さらに、ユリでは仁形成をともなう二次狭窄
(仁狭窄)と仁形成をともなわない二次狭窄があり、ヒメユリは a,b,f,g,k の 5 箇所に
仁狭窄が出現する。また正規の染色体のほかに、B 染色体(過剰染色体)を持つ個体も
ある。この B 染色体は、基本染色体と比べて著しく小型で動原体が端部にあるのですぐ
にみわけられる。
9. ユリ属の仲間とその分布
日本のヒメユリは茎に毛がない事から中国のヒメユリとは区別され、 Lilium
concolor Salisb. var. partheneion (Sieb. & De Vriese) Bak.とされている。また国
内にもミチノクヒメユリ var. matsuanum Makino として東北地方のヒメユリに園芸的に
は区別して呼ばれており、よく分球する。その他にも園芸的には区別されているものが
あるが、一般的には区別が困難である。
Lilium concolor Salisb. var. concolor は、母種で中国の東北部から西南部の
300-2000m の薮や傾斜草原および丘陵斜面に自生し、花被片には斑点がない。河北,
南,
河
湖北 吉林, 山西, 山東, 陜西, 雲南の各地に分布する。
Lilium concolor Salisb. var.pulchellum (Fischer) Regel は、中国北部の湿っ
た疎林や草原に自生し、河北,
半島,
モンゴル,
黒龍江, 吉林, 遼寧, 内蒙古,
山東省,
山西, 朝鮮
東シベリアに分布し、日本のヒメユリと類似するが茎には細毛があ
る。
Lilium concolor Salisb. var.megalanthun F.T. Wang & Tang は, 中国北東部の
[21]
吉林省の湿った草原に自生し、花被片が var.pulchellum の二倍もある大形の物である。
さく葉標本では一見するとエゾスカシユリの小型と見間違う。
この仲間には黄色の品種が時々表れ、園芸品種として珍重される。
10. 自然保護上留意すべき事項
絶滅危惧 IB 類(EN)に指定されているヒメユリは、園芸用の採集や植生の遷移および
草地の開発(環境庁自然保護局野生生物課, 2000)や生活様式の変化により採草地の放
棄が減少の主な原因である。現在は四国カルストをはじめごく少数の地域に自生するに
すぎない。
ごく一部の自生地ではまだ比較的個体数がおおいが、園芸用の採集は、現在でも行わ
れている。
『改訂・日本の絶滅のおそれのある野性生物—レットデータブック—』には 13
県で自生が確認されているが、中には個体群の構成が二桁前半の県もあり自生地の監視
の強化と保護の重要性の教育の徹底と緊急の対策が望まれる。また、現在の集団を維持
するのに野焼きを実施しているところがあるが、その年のヒメユリを含め植物の状態を
見極めながら実施日を臨機応変に決定することが必要である。
さらに、ここ10年程の間に個体数の減少とともに各地でバイオテクノロジーを利用
して個体数の増殖を計り自生地に返したと新聞報道で見かけるが、定着し集団が回復し
たとは聞いたことがない。ユリ属植物は、適切な環境を維持すれば集団を回復できるの
でバイオテクノロジーを使用するのは最終手段と心え安易に使用すべき道ではない。
参考文献
Hayashi K., S. Yoshida, H. Kato, F. H. Utech, D. F. Whigham and S. Kawano
(1998). Molecular systematics of the Genus Uvularia and selected
Liliale based upon matK and rbcL gene sequence data. Plant
Species Biology
Hayashi K., and S. Kawano
13:129-146.
(2000).
Molecular systematics of Lilium and
allied genera (Liliaceae) :phylogenetic relationships among
Lilium and related genera based on the rbcL and matK gene
sequence data . Plant Species Biology 15 :73-93.
Hayashi K., S. Yoshida, F. H. Utech and S. Kawano (2001). Molecular
Systematics in the genus Clintonia and related taxa based upon
matK and rbcL gene sequences data Plant Species Biology
16:119-137.
[22]
林一彦・河野昭一 (2007).エゾスカシユリ Lilium dauricum Ker-Gawler (Liliaceae)
(ユリ科) 河野昭一監修.植物生活史図鑑 III.夏の植物 No.1 pp.1−
8. 北海道大学出版会。
林一彦・河野昭一
(2007).ヒメユリ Lilium concolor
(Sieb. et de Vriese)
Salisb. var. partheneion
Baker (Liliaceae)(ユリ科)河野昭一監修.
植物生活史図鑑 III 夏の植物 No.1, pp. 9−16. 北海道大学出版会。
林一彦・河野昭一 (2007).ヤマユリ Lilium anuratum Lindl. (Liliaceae)(ユリ科)
河野昭一監修. 植物生活史図鑑 III.夏の植物 No.1 pp.17−24.
北海道大学出版会。
河野昭一・増田準三・林一彦 (2004).コシノコバイモ Fritillaria koidzumiana Ohwi
(ユリ科)河野昭一監修.植物生活史図鑑 I.春の植物 No.1 pp.17−24.
北海道大学図書刊行会。
Kawano, S., J. Masuda and K. Hayashi (2008). Life-history monographs of
Japanese plants. 10:Fritillaria koidzumiana Ohwi (Liliaceae).
Plant Species Biology23: 51-57.
Naruhashi, N., Y. Takata and H.Negoro, (2006).
Polinators and dispersing
insects of seeds in Fritillaria koidzumiana(Liliaceae). J. of
Phytogeogr. and Taxon 54:57-63.
Nishikawa, T., K. Okazaki, and T. Nagamine, (2002). Phylogentic relationships
among Lilium auratum Lindley, L. auratum var. platyphyllum
Baker and L. rubellum
Baker based on three spacer regions in
chloroplast DNA. Breeding Science 52: 207-213.
Patterson, T. B. and T. J. Givnish, (2002). Phylogeny concerted convergence
and phylogenetic niche conservatism in the core Liliales:
insights from rbcL and ndhF sequence data. Evolution 56 :
233-252.
吉岡奈都子. (2004). 花香成分による日本固有種ユリの化学分類. 京都工芸繊維大学
繊維学部応用生物学科 化学生態学研究室 平成 15 年度卒業論文。49pp.
本研究に関する発表著作物
林
一彦 ユリ協会ニュース 第 11 巻 2008 年 「ユリの故郷をもとめて」 1-2 ページ
Kawano, S., J. Masuda and K. Hayashi (2008) Life-history monographs of
[23]
Japanese plants. 10:Fritillaria koidzumiana Ohwi (Liliaceae).
Plant Species Biology23: 51-57.
林一彦・河野昭一 (2007) エゾスカシユリ Lilium dauricum Ker-Gawler (Liliaceae)
(ユリ科) 河野昭一監修.植物生活史図鑑 III.夏の植物 No.1 pp.1−
8. 北海道大学出版会。
林一彦・河野昭一
(2007) ヒメユリ Lilium concolor
(Sieb. et de Vriese)
Salisb. var. partheneion
Baker (Liliaceae)(ユリ科)河野昭一監修.
植物生活史図鑑 III.夏の植物 No.1, pp. 9−16. 北海道大学出版会。
林一彦・河野昭一 (2007) ヤマユリ Lilium anuratum Lindl. (Liliaceae)(ユリ科)
河野昭一監修. 植物生活史図鑑 III.夏の植物 No.1 pp.17−24.
北海道大学出版会。
[24]