Hydroxyethyl starch (HES)製剤の現状と 今後の展望

Hydroxyethyl starch
(HES)製剤の現状と
今後の展望
Present Situation and Prospect in Future
of Hydroxyethyl Starch (HES) Products
in Japan
札幌医科大学医学部麻酔科 講師
山蔭 道明
Michiaki Yamakage
代用血漿剤の hydroxyethyl starch(HES)製剤は,感染の危険性がなく,血液製剤
よりも安価であるなどの利点があり,血液製剤の使用前にその使用が望まれる.しかし,
出血傾向や腎機能障害が懸念され,その利用が控えられているのが現状である.これ
ら合併症は,高分子・高置換度の製剤で懸念された事象であり,本邦で使用されている
低分子・低置換度の HES 製剤では特に問題とならない.また,HES 分子は加温にも安
定であり,保温庫での保存や加温後の使用が可能である.最近,本邦でもさらに優れた
HES 製剤の臨床治験が進んでいる.本邦で使用されているHES 代用血漿剤の有用性
を検証するとともに,本邦で使用可能となるであろう新しい製剤についても概説した.
はじめに
しているのであろうか? 高分子量・高ヒドロキシエチル化
代用血漿剤は,第一次世界大戦時にその必要性から開
HESで問題になっていた副作用を懸念して,いまだにその
発され使用された.ゼラチンや合成ポリペプチドなどい
使用を躊躇してはいないであろうか? 一方,同種血輸血に
くつかの種類が開発されたが,アナフィラキシィや血液
よる弊害が叫ばれる中,希釈式自己血輸血(hemodilutional
凝固障害などの副作用により,臨床使用されなくなった.
autotransfusion:HAT)に代表される自己血輸血が再注
ヒドロキシエチルでんぷん(hydroxyethyl starch:HES)
目されている2).自己血採取による循環血液量減少に対
製剤は,1963年にThompsonとWalton1)によってはじめ
してHESの投与が有効であるが,HESの副作用を含め有
て開発され,その後,数種類のHES製剤が発売され,臨
効な希釈法をわれわれは行っているであろうか?
床応用されている.
本稿では,HES製剤に対する加温法の安全性と有効性
しかし事情はともかく,本邦では低分子の製剤のみが使
の検討を含め,本邦で使用されているHES代用血漿剤の
用可能である.はたしてわれわれ麻酔科医は,本邦で市販
有用性を検証する3)とともに,本邦でも今後使用可能と
されているHES代用血漿剤の性質を,十分理解して使用
なるであろう新しい製剤についても概説した.
38
(2032) Topics
HES製剤の種類
する一方,C6とC1でもグリコシド結合し(α-1,6-グリコ
1. HESの構造と分子量
シド結合),枝分かれする(図 1 )4).
HESは,高度に分枝したとうもろこしでんぷん成分の
代用血漿剤は,晶質液と異なり,HESに代表されるコ
アミロペクチン(amylopectin)から,加水分解とそれに
ロイド成分を含む.このコロイド成分による膠質浸透圧
続くヒドロキシエチル化によって得られる高重合体の糖化
効果によって血管内に水分を引き寄せ,循環血液量を維
合物である.グルコース単位(glucose ring)のC4とC1で
持する.アルブミンは,分子量 69kDalton(kD)と均一
グリコシド結合し(α-1,4-グリコシド結合),主鎖を形成
であるが 5),代用血漿のコロイドは分子量分布に分散性
A
O
CH2OH
CH2OH
H C
O H
C OH H C
C
C
H
⑥ CH2OH
⑤
O H
H C
④
C OH H C ①
O
C
C②
③
H
OH
H C
O
H
H C
O H
O
O H
OH O
H
H C
O
ヒドロキシ
エチル基
OH
α-1,6-グリコシド結合
CHOH
O H
C OH H C
C
C
H
CH2CH2OH
α-アミラーゼ
C OH
C
C
C
CH2OH
C OH H C
C
C
H
O
OH
CH2OH
ヒドロキシ
エチル基
CH2
H C
O H
C OH H C
C
C
OH
CH2CH2OH
H C
O
C OH H C
C
C
H
CH2OH
O H
OH
α-1,4-グリコシド結合
α-アミラーゼ
H C
O
CH2OH
C OH H C
C
C
H
H C
O H
O
O
O H
C OH H C
C
C
H
CH2CH2OH
OH
ヒドロキシ
エチル基
B
α-1,4-グリコシド結合
α-1,6-グリコシド結合
ヒドロキシエチル基
図 1 ヒドロキシエチルでんぷん分枝の基本構造(文献 3 から引用・改変)
(A)グルコース単位(glucose ring)のC4とC1でグリコシド結合し(α-1,4-グリコシド結合),主鎖を形成する一方,C6とC1でもグ
リコシド結合し(α-1,6-グリコシド結合),枝分かれする.静脈内投与すると,血中のα-アミラーゼで分解される.C2 ,C3 ,C4で
ヒドロキシエチル化が可能であり,これによってアミラーゼによる分解の速度が変化する.
(B)具体的には,この図の方がイメー
ジがつきやすい.
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.1-33 2009 (2033) 39
(幅)がある(図 2 )
.よって,その分子量は,分子量の単
あるため,さまざまな置換パターンが考えられる.その
純平均である数平均分子量(number average molecular
中でも,置換様式はC2 /C6 -ヒドロキシエチル化比(C2 /
weight:Mn),あるいは粒子の大きさに重みをおいた重
C6 比)によって特徴づけられる7).この比が高くなるほ
量平均分子量(weight average molecular weight:Mw)
ど,すなわちC2 原子においてヒドロキシエチル化された
で表す
1, 6)
.分子量が大きいほど毛細血管から漏出しに
くいため,循環血液量を長時間維持できる.一方,分子
HESの割合が高いほど,でんぷん溶液の代謝が緩徐にな
るため,生体内での作用も異なってくる8).
量が小さいと,血管外への漏出や腎臓からの排泄により,
投与しても短時間で効果を失う.そのため,分子量は
3. HESの種類
これまで述べたように,生体内でのHESの作用を特徴
重量平均分子量(Mw)で表す方がより臨床的である.
米国では 670kDの高分子量が,EU諸国では130∼200∼
づける重量平均分子量(Mw),置換度(DS),ならびに
250kD の中分子量が,そして本邦では 70kDの低分子量
C2 /C6 比から,HESの構造的種類を表 1 のように分類す
のHES製剤が市販されている.
ることができる 9).例えば,Mw:200 kD,DS:62%,
および C2 /C 6 比:10 の HESを 6 %含んだ溶液は,「6 %
2. 置換度
HES 200/ 0.62/10」と表記する.
でんぷん製剤が使用された初期には,重量平均分子量
HES製剤の特徴を表す指標として,分子量と同様に重
要なのが置換度(degree of substitution:DS)である.
が高く(670 kD),かつ置換度の高い(0.7)HES 製剤が
置換度は,グルコース糖単位あたりのヒドロキシエチル
適用された.置換度が高いために代謝を受けづらく,生
化の割合を示す.全く置換していない場合は置換度は 0
体内分子量も必然的に高いために腎から排泄されづらい.
であり,全部置換した場合は 1 となる.置換度が高いと,
よって,長時間持続性の輸液効果を有する.例えば,置
血中のα-アミラーゼによる分解が遅くなる.
換度の点からいえば,一回投与による追加的な溶液量増
通常,HES製剤を血管内に投与すると,血中のα-アミ
加効果は,10% HES 200/0.62/10では約100%,10% HES
ラーゼによって,ヒドロキシエチル基に置換されていな
い部分が急速に分解され,代謝産物(小さくなったHES
分子)が実際の膠質浸透圧の維持や腎排泄の対象となる
表 1 構造からみたヒドロキシエチルでんぷん製剤の分類
(文献 9 より引用・改変)
(図 2 ).例えば,置換度が小さいと,HES分子は血管内
に投与後すぐに分解され,腎で排泄されやすく,また血
重量平均分子量
(Mw)
管外に漏出しやすくなる.一方,分子の数自体は増加す
るため,膠質浸透圧自体は上昇する.つまり,置換度を
置換度(DS)
変化させることによって,酵素分解速度をさまざまに変
化させ,増量効果の程度と持続時間に影響を及ぼすこと
C2 /C6 比
が可能となる6).
さらに,置換パターンも重要である.ヒドロキシエチ
ル化は,グルコース単位の C2 ,C3 ,C4 ,C6 原子で可能で
α-アミラーゼ
高置換度
低置換度
0.6∼0.7
0.4∼0.5
高C2 /C6 比
低C2 /C6 比
>8
<8
:最近のより正確な測定法により,以前450あるいは470 kDと
いわれていた製剤は670 kDと呼ばれることが多い.
α-アミラーゼ
図 2 代用血漿剤の分子量の分布
kDa
(2034) Topics
670 kD*
130∼200∼250kD
70kD
*
代用血漿剤
40
高分子量
中分子量
低分子量
アルブミン製剤と異なり,分子量は均一
ではない.よって,その分子量は,分子
量の単純平均である数平均分子量(Mn),
あるいは粒子の大きさに重みをおいた重
量平均分子量(Mw)で表す.分子量が大
きいほど毛細血管から漏出しにくいため,
循環血液量を長時間維持できる.
200/0.5 では 50%である10).しかし,この種の分解されに
低い(0.5)HES が発売されている(表 2 ).つまり,生
くい高分子量 HES 製剤は,後述の止血機能に及ぼす影響
体内投与後に速やかに代謝されるため,分子数は増加し,
が大きいため,EU諸国では既に10年以上も前に使われ
急性の循環血液量減少に対して有効な水分保持作用を持
なくなり,中分子量の HES 200 が取って代わった.米国
つ.一方,その作用は長時間持続しないが,そのため後
では,高分子量HESが今日でもなお優先的に使用されて
述のように止血機能や腎機能に及ぼす影響が小さいと考
11)
いる .本邦では,網内系への取込みや臓器障害への懸
念から,さらに分子量が小さく(70 kD),かつ置換度の
以上のような特徴から,各種HES製剤の大まかな特徴
を示すと表 3 のようにまとめることができる.
表 2 日本と欧米で使用されている各種HES製剤
重量平均分子量
置換度 C2 /C6 比
(kD)
商品名
.
えられる(図 3 )
血小板機能や凝固能に与える影響
1. 機序
Hetastarch(USA)
670
0.75
4.6
Pentastarch(USA)
260
0.5
6
血液凝固に関しては,Treibらのグループが精力的に
®
(1)血液凝固
200
0.62
10
研究を行っている6, 8, 12∼14).彼らは10日間に及ぶ血液希釈
®
200
0.5
6
(総投与量は 6 % HESで 7 ∼12.5 L)において,200kDと
Voluven (Europe)
130
0.4
9
70kD の分子量のHESを比較検討した.ヘマトクリット値
70
0.55
4
Elohes (Austria)
Phrimmer (Germany)
®
Hespander ®/SalinHes ®
(Japan)
の低下度(希釈度)は各種 HES 製剤間で有意差はなかっ
たものの,高濃度,高置換度,ならびに高C2/C6 比のHES
アルブミン 69
130
Voluven®
70
670
200
Elohes®
図 3 各種代用血漿剤の分子量の分布
(アルブミンを含む)
Hespander ®
SalinHes®
Hetastarch
それぞれの製剤によって分子量の分布が
大きく異なる.また,前述のように,ヒ
ドロキシエチル基の置換度によって,血
中での代謝が異なるため,循環量維持効
果は,この分子量分布のみからは判断で
きない.
kDa
腎排泄閾値
表 3 各種HES製剤の特徴
70/ 0.55
130/ 0.4
200/ 0.5
200 / 0.5
200/ 0.62
670/ 0.75
6
6
6
10
6
6
80∼90
100
100
130∼150
100
100
1∼2
3∼4
3∼4
3∼4
5∼6
5∼6
70,000
130,000
200,000
200,000
200,000
670,000
0.55
0.4
0.5
0.5
0.62
0.75
C2 /C6 比
4
9
6
6
9
4.6
最高投与量(mL/kg)
20
33∼50
33
20
33
20
濃度(%)
循環血液量増加効果(%)
効果時間(時間)
重量平均分子量(Mw)
置換度(DS)
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.1-33 2009 (2035) 41
製剤(10% HES 200/0.62/10,6 % HES 200/0.62/10,10%
引き起こすことは稀だが,臨床的には小さな傷であって
HES 200/0.5/13)で,プロトロンビン時間(PTT)とト
もかなりの後出血を引き起こす.Treibらの上記の研究
ロンビン時間(TT)が有意に短縮し,活性化部分トロン
において,血液凝固系の異常に比例して,vWF補因子,
ボプラスチン時間(APTT)が有意に延長した.最も影
第Ⅷ因子,ならびにvWF抗原が減少していることから,
響が大きかったのは,10% HES 200/0.62/10 であり,10
HES 分子による第Ⅷ因子/vWF複合体の減少がその機序
日目にAPTTが 43%も延長した(図 4 ) .
14)
と考えられる.
APTTの延長は,第Ⅷ因子/von Willebrand因子(vWF)
(2)
血小板数と血小板機能
複合体の変化に起因する内因性凝固系の異常を示してい
HES製剤が,希釈作用以上に血小板数を減らしたとい
る.第Ⅷ因子/vWF複合体の減少そのものが自発出血を
うデータはない.血小板容積は,おそらく膠質浸透圧の
投与量
(g)
800
分子量(Mw)
(kD)
200
600
血中濃度
(g/L)
30
-10
150
20
400
-20
100
-30
10
200
0
50
A
B
C
D
E
(%) vWF補因子(%変化)
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
-60
-70
-80
-90
A B C D E
トロンビン時間
(%変化)
(%)
0
0
(%)
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
-60
-70
-80
-90
-40
A
B
C
D
E
vWF(%変化)
A
B
C
D
E
フィブリノーゲン
(%変化)
(%)
10
A
B
C
D
E
(%) vWF抗原(%変化)
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
-60
-70
-80
-90
A B C D E
30
-20
-30
10
-40
A
B
C
D
E
-50
A
B
C
D
A
(%)
0
B
C
D
E
プロトロンビン時間
(%変化)
-10
-20
-30
-40
-50
A
B
C
D
E
A:10% HES 200/0.62/10
B: 6% HES 200/0.62/10
C:10% HES 200/0.5/13
D:10% HES 200/0.5/6
E: 6% HES 70/0.5/4
20
-30
-40
-50
1日目
5日目
10日目
40
-10
-20
0
活性化部分トロンボ
(%)プラスチン時間(%変化)
50
0
-10
-50
ヘマトクリット値
(%変化)
(%)
0
E
0
A
B
C
D
E
図 4 各種HES製剤による血液希釈療法時の血液凝固検査値の変化(文献 14から引用・改変)
希釈の程度はどの HES 製剤を使用しても同程度であるにもかかわらず,分子量が大きい,置換度が高い,あるいはC2 / C6 比が高
い方が,血液凝固系に及ぼす影響が大きい.
42
(2036) Topics
上昇によってもたらされるが,血小板機能への影響は小
用して,HES,アルブミン,ならびに乳酸加リンゲル液
さいようである13, 15).HES 分子が血小板表面に付着して
による“in vitro ”希釈が血液凝固線溶系に及ぼす影響に
あるいは損傷させ,血小板機能を障害するという報告も
ついて観察した 36).希釈の度合いに従って,HESで最も
ある16).
血液凝固能が障害され,線溶能も亢進する結果であった.
しかし,代謝と排泄の早いHES 70/0.5/4を用いた in vitro
2. 止血機能に及ぼすHESの影響
での研究であり,その評価には疑問が残る.
この点に関しては,古くは Treibら14)の総説に詳しく
一方で,HES 製剤が血液凝固系に影響を与えないとす
検討されている.1980∼1990年代に,主にくも膜下出血
る研究がある37∼40).このうち,3 つの研究においては,開
の治療に好んで高分子量 HES製剤(670 kD)が使用され
心術後に 37),あるいは手術中に 38, 39)HES 製剤あるいは
ていた米国において,出血あるいは出血傾向を認めた報
アルブミンを投与し,手術の凝固系検査ならびに術後出
告がいくつか発表された
17, 18)
.また,時期を同じくして,
血量に有意差がなかったとするものである.敗血症性
高分子あるいは中分子量の HES 製剤を周術期に使用し
ショックに投与した検討 40)もあり,この研究においても
て,出血あるいは出血傾向を認めた症例も相次いで報告
HES製剤とアルブミン製剤間に有意差はなかった.これ
19∼23)
.その報告のほとんどが,Hetastarch( 6 %
らの研究では,高分子量∼中分子量の HES 製剤が使用
HES 670/0.7)という高分子量・高置換度のHES 製剤で
されており,また使用量も500∼1,000∼2,000 mLと血液
あった.中分子量HESを使用した報告においても,高濃
希釈あるいは血漿増量剤として十分な量であった.最近
度(10%)の HES 製剤を投与したもの,あるいは高置換
の研究においても,希釈自体があるいは手術侵襲自体が
度の Elohes®(HES 200/0.62)を大量に長期間投与したも
凝固系の活性化を引き起こすため,HES 製剤による多
された
23)
の(数日間で10 L 以上) であった.Boldtら
16)
は,各種
代用血漿剤を人工心肺を用いた開心術で検討し,高分子
少の凝固抑制は,その作用を打ち消すもので問題ないと
する報告もある41).
量のHetastarchを使用した群でのみ出血量が有意に多い
ことを報告した.また,Villarinoら24)は,開心術の患者
を検討した結果,Hetastarch を大量に投与された群で出
3. 総合評価
総合的な評価としては,de Jonge & Leviの総説 25)に
まとめて記載されている.つまり,HES 200/0.5/13 や
血量が多かったことを報告している.
最近になっても,継続して数多くの研究が行われてい
HES 200/0.62/10 のような中分子量・高置換度のHESは
る25).Mortelmansら26)は,股関節全置換術中に 6 % HES
代謝されにくいため,このような溶液を反復投与すると,
200/0.4 - 0.55を20 mL/kg 投与し,術後の出血量が有意に
巨大分子の蓄積をきたし,第Ⅷ因子/vWF 複合体を減少
増加することを報告した.さらに,Kütunenら
27)
は,HES
させることによって,血液凝固に影響を与え,また血漿
400 を投与し,出血量が増加したことを報告している.
粘度も上昇する.一方,HES 200/0.5/6 のような中分子
注目すべきは,この報告はすべて中分子量∼高分子量の
量・低置換度の HES は比較的代謝されやすいため,長期
HES製剤で研究が行われている点である.
に投与しても巨大分子の蓄積はきたさず,臨床上明白な
健康成人にHESを投与した研究では,一概に血液凝固
能を障害するという結果であった
28, 29)
.つまり,500∼
出血傾向を助長することはない.よって,本邦で使用さ
れている低分子量 HES 70/0.5/4 は最も良好な流動性を持
1,000 mLのHES 製剤を繰り返し投与することによって,
ち,反復投与しても希釈効果以上に血液凝固能に影響し
第Ⅷ因子,vWF,そしてフィブリノーゲンが減少し,TT,
ない.この種のHESの血液増量効果は短いが,逆にコン
PTT,そして出血時間が延長する.このような変化は動
トロールしやすいということが言える.
物での研究でも同様の結果が得られている30).これらの
総合的に判断すると,第Ⅷ因子/vWF複合体の減少は,
検討では手術が施行されていないため,これら検査上の
HESの高投与量,高分子量,高置換度,ならびにC2 /C6
変化が有意な出血や出血傾向を示すのか分からない.手
比が高いことと正の相関がある14).つまり,凝固系疾患
術中での検討もあるが
31)
,
出血量の増加は認めていない.
この類の研究は,2000年以降も精力的に行われた
32∼35)
.
は,排除されない巨大分子によって引き起こされるので
ある.そのため,出血性副作用は生体内での分子量の小
概して結論づければ,高濃度,高分子量,高置換度のHES
さい適切な性質のHESを使用することで避けることがで
製剤ほど,血液凝固系検査に影響が大きいということで
きる(表 4 )42).
ある.われわれも過去に,トロンボエラストグラムを使
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.1-33 2009 (2037) 43
希釈式自己血輸血での有用性
2)
2. 希釈の程度と輸血開始のトリガー
1. 希釈式自己血輸血法の適応
適切な希釈に関する研究は少ない.血管内容量を十分
希釈式自己血輸血(hemodilutional autologous blood
に保っていれば(normovolemia),ヘマトクリットが 30%
transfusion:HAT)
に関しては,KreimeierとMessemer 43)
の時点が最も酸素運搬能力(oxygen transport capacity:
が具体的に概説している.HATの目的は,同種血輸血自
酸素含量[CaO2 ]×心拍出量)が高く,20%程度になるま
体を減少させることと,その投与による危険性の回避に
では,希釈前と同程度の運搬能力を持つとされる.イヌ
ある.検査精度の向上ならびに放射線照射により,感染は
での研究でもヘマトクリット30%程度が最も酸素運搬能
減少し,また移植片対宿主病(graft-versus-host disease:
力が高い 46).これは,血液希釈による血液粘度の低下と
GVHD)は激減した.しかし,感染のウインドウ期間に
代償性の心拍出量増加に依存するものである.この代償
献血された輸血剤はスクリーニングを通り抜け,いまだ
性の心拍出量の増加は,β遮断薬を服用している患者 47)
に問題になっている一方,同種血輸血による輸血反応や
でも認められるものであり,したがってそのような患者
免疫抑制はなくすことはできない.そのため,HATが最
を含め,全身麻酔下で安全に希釈を行うことが可能であ
近再注目されている .一般的な適応を表 5 に示した.
る.術前のヘモグロビン値にもよるが,日本人では,体
注意しなければならないのは,赤血球のみならず他の血
重 60 kg,ヘモグロビン値 14 mg/dLを基準として,脱血
球成分ならびに凝固因子も希釈されるため,血液凝固障
量として800∼1,200 mL 程度が適切であると思われる.
2)
害あるいは血小板減少を術前より合併している場合は,
輸血開始のトリガーに関しては,EU 諸国での多施設
適応外とすべきである.年齢はそれ自体では禁忌となら
研究 48)があるが,結論としては輸血開始のトリガーは
ない 44, 45).
施設間で大きく異なっていたということである.極端に
表 4 各種HES製剤の長期投与による薬物動態,血液流動,ならびに血液凝固パラメータに及ぼす影響
(文献14より引用・改変)
HES
分子量
in vitro
in vivo
200/ 0.5/ 13
200 / 0.5/ 6
200/ 0.62/ 10
70 / 0.5/ 4
214
96
180
84
270
120
60
57
ヘマトクリット値
赤血球凝集
血漿粘度
または
プロトロンビン時間
第Ⅷ因子/ vWF
vWF:von Willebrand因子
表 5 希釈式自己血輸血の適応基準(文献43より引用・改変)
1. 予想出血量≧1,500mL(=全血液量の30%)
2. 術前ヘモグロビン値≧12.0g/dL(脱水による血液濃縮がないことが条件)
3. 正常な心電図と心機能(虚血性の兆候がない,ST 変化がない,不安定狭心症がない,心不全がない,駆出率≧
50%)
4. 拘束性あるいは閉塞性肺疾患がない(術前の胸部 X 線写真で確認,できれば肺機能検査を行う)
5. 腎機能障害がない(BUNとクレアチニン値が正常である,乏尿がない,片腎機能障害がない)
6. コントロールされていない高血圧と肝硬変がない(収縮期血圧≦160/拡張期血圧≦100 mmHg,血液凝固因子
が正常である,血清アルブミン値が正常である)
7. 血液凝固能異常がない(血液凝固因子が正常である,血小板数≧150,000 / mm3,先天性の血液凝固異常がない)
8. 感染がない(臨床兆候,発熱がない,白血球増多・減少を認めない)
44
(2038) Topics
は,輸血開始のトリガーをヘモグロビン値 3.0 mg/dLで
HES 加温の安全性とその効果
あっても,予後には影響をきたさないとする報告まであ
1. 低体温による悪影響
49)
る .一般的には,米国血液バンク協会の指針である 8
麻酔,手術さらにわれわれが行っている輸液管理に
mg/dL50)あるいは周術期輸血に関するNIH委員会の指針
よって患者の体温が低下し,それによってどのような悪
である 7 mg/dL 51)が適切であると考えられる.
影響が引き起こされるかについては,1990年代に精力的
に研究が行われた.シバリング 54, 55)や覚醒の不良 56, 57)は
3. 採血の方法と保存,投与方法
もちろんのこと,出血量が増加したり58),創部感染率が
採血は,麻酔導入後に確保した 2 本目の静脈路から行
増加し59),入院期間が延長する.Frankら60)は,狭心症
う.循環血液量を維持するのが本方法のポイントである
発作や心筋梗塞なども合併も増加するため,低体温を管
ため,後述の適切な代用血漿剤を並行して同量投与する.
理するだけで,術後心イベントの発生率を55%削減でき
採血後は,採血バッグに番号(採血順)と名前の付いた
るとしている.このような事実が明らかになった以上,
タグを貼り,血小板機能を保持するために,室温下で保
循環・呼吸管理と同様,体温管理も厳密に行わなければ
存する.
ならない.
手術の進行状況,出血量,ヘマトクリット,および循環
動態を考慮に入れ,自己血の返却時期を決定する.最初の
2. 点滴剤加温の方法とその有用性
採血バッグが最も赤血球,血小板および凝固因子を含ん
術中に補液を行うと,その補液剤の温度,質,投与速
でいるため,なるべく最後に返却する.つまり,採血順と
度ならびに投与経路に依存して体温が低下する61, 62).点
は逆から投与する.感染および凝固因子や血小板の半減
滴剤の適切な加温法とその有用性に関しては,過去の総
期を考慮して,採血から12時間以内に返却すべきである.
説 63)に詳細に記載されている.点滴剤そのものを加温
する方法は,投与中に温度が低下し,投与速度が遅い場
4. 適切な代用血漿剤
晶質液は,血管から急激に組織間液中に漏出するため,
合は有効な方法とは言えない.よって,通常は点滴剤投
与中のルート途中を加温する方法が採られているのが現
適切な希釈剤とは言えない.それだけでなく,血管内容
状である.簡便で安価な方法として,水槽式がある.他
量を保つために投与した大量の晶質液のために,組織の
に,乾熱式,二重チューブ式,さらには温風式もあるが,
浮腫(とくに肺)を合併する.
膠質液は晶質液と比較して,血管内容量を保つと同時
に酸素運搬能力を維持できる52).その中でもアルブミン
それぞれの加温法の特徴を把握して,それぞれの症例
(手術術式や予想出血量など)に合った加温法を選択す
べきである64).
が最も適切であることは言うまでもない.しかし,コスト
ならびに未知の感染源という点で第 1 選択とはならない.
3. HES製剤加温の安全性と有効性
合成コロイド剤の中では,デキストラン70とHES 200が
HES製剤は,急激な出血時 65)あるいは希釈式自己血
適切とされる43).凝固系への影響を考慮し,1 日の総投
時 66)の代用血漿剤として有用である.また,急速に投与
与量は 1.2∼2.0 g/kg を上限とする(体重 60 kg で 6 % HES
することが多いため,点滴剤そのものの加温法が有用で
1,500∼2,000 mL).本邦で使用されているHES 70 を使用
あると予想される67).われわれは,本邦で使用されてい
した際の詳細な検討はない.われわれは,泌尿器科手術
るHES製剤ヘスパンダー® の保温庫での長期保存の安全
(前立腺がん,膀胱がん)で HAT が適応である手術にお
性,ならびに希釈式自己血輸血時の急速投与が体温維持
いて,HES 70(ヘスパンダー® )を代用血漿剤として使
に有用かどうかを検討した 67).それによれば,40℃(相
用し,その有用性について検討した.HATを行うことに
対湿度 70%)の保温庫に 3 カ月という長期間保管したと
より,同種血輸血を有意に減少させることができ,また
しても,何ら輸液剤の性状に変化はなかった.また,自己
HES 製剤投与による副作用等も認めなかった.このよう
血採血中に本代用血漿剤を投与すると(1,000 mL/30分),
ながん患者の根治術においても希釈式自己血輸血は有用
室温保存下のものを投与した群では,核心温が平均 0.8℃
2)
であると考えられる .HES 70 は半減期が比較的短く,
低下したのに対して,保温しておいたものを投与した群
また蓄積性も低いため,手術中に反復して投与すること
では,それが 0.3℃にとどまった(図 5 ).本方法は,何よ
53)
も可能である .極量がどの程度かは今後の検討を待つ.
りも簡便であり,安全であり,そして有効な方法である.
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.1-33 2009 (2039) 45
これからのHES 製剤
るHES製剤の臨床治験が着々と進んでいるようである.
冒頭でも述べたように,高分子・高置換度のHES製剤
ここでは,その 1 つであるHES 130/0.4/9(Voluven® ;
の弊害が明らかになり,低分子・低置換度のHES製剤が
Fresenius Kabi, Bad Homburg, Germany)
(図 3 )の特
広く使用されるようになった(図 6 ).欧米,とくに欧
徴について概説する.
州ではその後も分子量と置換度の検討がなされ,さらに
優れたHES 製剤を臨床使用している.欧州では本製剤
1. 基本的特徴
の使用上限は 50mL/kgと安全域が高い.一方,米国で
HES 130は本邦で使用可能な製剤と比較すると,やや
はヒト血漿に近似した組成を有する乳酸電解質に 6 %高
高分子量であるが,置換度が低く,しかし C2/C6 比が高
分子HESを含むHextend ®(HES 670/0.75)が1999年に
いため,
α-アミラーゼによる分解がやや緩徐である.そ
承認され,これまでの高分子HES に代わって幅広く使
のため,血中に投与すると130 kD の分子量は,約 60 kD
用されている.本邦では,他の麻酔薬と同様,HES製剤
程度(アルブミンと同程度)に速やかに分解されるが,
においても欧米に遅れをとったことになる.それでも,
その後この分子量を保つ(図 7 A ).一方,反復して投
ここに来てようやく,現時点で最も優れているといわれ
.
与しても蓄積性が低いのも特徴である(図 7 B )
2. 血液希釈での影響
血 液 希 釈 時 の コ ロ イ ド 浸 透 圧( colloids osmotic
0
pressure:COP),血液粘稠度(viscosity),血中濃度の
核心温の変化(℃)
推移ならびに組織酸素分圧(tpO2 )の推移に対する影響
を観察した研究がある(図 8 )68).本研究によれば,HES
-0.5
130 はコロイド浸透圧や血液粘稠度を上げずに,組織酸
素分圧を上昇させる.つまり,血液希釈してヘモグロビ
ン濃度が低下しても,この効果が組織の低酸素を防いで
1,000mL HES 20℃ or 40℃
-1.0
くれる可能性がある.
20℃
40℃
-1.5
0
5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60
(min)
3. 血小板機能に与える影響
ここでもHES 130 は他のHES製剤よりも有利であるこ
とが報告されている(図 9 )69).血小板の凝集機能を鋭
敏に反映するある指標(PFA-Closure Timesならびに
fluorescence intensity of PAC-1)を用いたところ,他の
図 5 加温したあるいは室温に放置した HES 製剤の核心
温に与える影響(文献 67から引用,改変)
HES 製剤はHES 70 製剤を含め,すべて血小板機能に与
急速投与を行う場合,保温庫に保存しておいた HES 製剤
は,体温の急激な低下をある程度予防することが可能で
ある.
ほとんど影響を与えなかった.この結果は,HES 130 製
えたが,HES 130製剤は生理食塩水と混合したのと同様,
剤が,本邦で唯一使用可能なHES 70よりもより優れた製
剤であること示すものである.
HES製剤のMw
670/0.7
4. 炎症反応と腎機能に及ぼす影響
200/0.5
炎症反応ならびに腎機能に及ぼす影響も観察されてい
130/0.4
る(図10)70).アルブミンとの比較であるが,腎機能に
はアルブミンと同様,影響を与えず,一方,炎症反応に
関しては,逆に抑制する作用を示している.機序につい
70/0.5
ては明らかではないが,術中の補液としてHES 製剤を考
1974
1977
1980
1999 年
慮することで,術後の患者予後にも影響することが考え
られる.
図 6 HES製剤の開発の流れ
46
(2040) Topicss
B
150
120
8
1日目
10日目
血中濃度(mg HES/mL)
血中の平均分子量(kDa)
A
90
60
30
6
4
2
0
0
0
2
4
6
8
0
10
5
投与後の経過時間(hr)
10
15
20
25
投与後の経過時間(hr)
図 7 HES 130/0.4/9(Voluven ®)の薬物動態(Fresenius Kabiより資料提供)
(A)血中に投与すると130 kD の分子量は,約 60 kD 程度(アルブミンと同程度)に速やかに分解されるが,その後この分子量を保
つ.
(B)一方,投与を継続しても蓄積性を低くしてあるのも特徴である.
*
COP(mmHg)
血中HES濃度(mg /mL)
*
30
*
28
26
24
22
12
10
8
6
4
2
0
0
1
2
3
4
5
6
7
0
100
時間(hr)
*
*
tpO2の相対変化(%)
粘度(mPa S)
1.20
1.15
1.10
1.05
0
1
2
3
4
300
400
時間(min)
*
1.25
200
5
6
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
0
7
*
*
1
2
3
4
5
6
7
時間(hr)
時間(hr)
HES 70
HES 130
HES 200
図 8 HES 130製剤による血液希釈の影響(文献68より引用・改変)
HES 130はコロイド浸透圧や血液粘稠度を上げずに,組織酸素分圧を上昇させる.血液希釈してヘモグロビン濃度が低下しても,
この効果が組織の低酸素を防ぐ可能性がある.*:P<0.05,基準値に対して.
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.1-33 2009 (2041) 47
*
80
60
*
50
*
40
抗CD62p抗体に結合する
血小板の割合(%変化)
PFA-Closure 時間(%変化)
70
PAC-1平均蛍光強度
(%変化)
90
30
20
10
0
40
30
20
10
0
-10
-20
-30
-40
*
*
40
30
20
10
0
-10
-20
-30
-40
-10
生理
食塩水
* *
*
*
生理
食塩水
HES
70
HES
130
HES
200
HES
450
生理
食塩水
HES
70
HES
130
HES
200
HES
450
HES 70 HES 130 HES 200 HES 450
ADP
TRAP
図 9 HES 130製剤の血小板機能に及ぼす影響(文献69より引用・改変)
血小板の凝集機能を鋭敏に反映するある指標(PFA-Closure Timesとfluorescence intensity of PAC-1)を用いたところ,他
のHES 製剤は HES 70 製剤を含め,すべて血小板機能に与えたが,HES 130 製剤は生理食塩水と混合したのと同様,ほとんど
影響を与えなかった.この結果は,HES 130 製剤が,本邦で唯一使用可能な HES 70よりもより優れた製剤であることを示す.
*:P<0.05,生理食塩水群に対して.
IL-6(pg /mL)
125
100
†
†
75
sELAM-1(ng /mL)
25
14
マイクログロブリン
(mg / mL)
*†
400
*†
300
*†
†
†
200
†
100
0
50
12
10
8
6
4
2
0
ベース
ライン
手術終了
ICU入室
5hr
HA
1st POD
HES130
sICAM-1(ng/ mL)
クレアチニンクリアランス
(mL/hr)
150
150
*†
125
*†
100
†
*†
†
75
50
25
500
450
400
350
300
250
200
*†
*†
*†
†
ベース
ライン
手術終了
ICU入室
5hr
1st POD
図 10 HES 130製剤の炎症反応ならびに腎機能に及ぼす影響(文献 70より引用・改変)
アルブミンと同様,腎機能には影響を与えず,一方,炎症反応に関しては,逆に抑制する作用を示している.術中の補液として
HES 製剤を考慮することで,術後の患者予後にも影響することが考えられる.*:P<0.05,群間,†:P<0.05,ベースライン
に対して.
48
(2042) Topics
5. 術後合併症
塩液ベースの製剤と比較して血液凝固系への影響が少な
最近,Restricted fluid therapy(制限輸液療法)なる概
くなる73)よう設計されている.2002 年に行われた米国
念が注目されている.これは漫然と晶質液で術中管理す
FDAのBlood Product Advisory Committeeで,Hespan®
るのではなく,循環血液量の補充をHES 製剤をうまく利
をはじめとする生理食塩液ベースの 6 %高分子HES製剤
用していこうという概念である.これによって,術後の
は心臓バイパス手術時の使用における過剰出血の危険
71)
悪心嘔吐が軽減したり ,術後の腸管運動の亢進ならび
性に係る警告を添付文書に記載することが義務づけられ
に入院期間の短縮まで影響する結果が報告されている72).
た 74)ものの,Hextend ® はその対象から外れている.本邦
でも,新しいHES製剤の臨床使用が待ち望まれるところ
である.
おわりに
最近,重篤な敗血症患者に対する補液療法として HES
本邦で臨床使用されているHES製剤は,低分子量・低
製剤を用いた場合,腎機能の悪化のみならず,患者の予
置換度であるため,循環血液量の維持効果は少ないもの
後にも悪影響を与えるというショッキングな結果が報告
の,血小板・血液凝固能ならびに腎機能に対する影響が
された 75).本研究結果は有名なN Engl J Med に掲載さ
少ない.
れたため大きな反響があった.しかし,本研究で用いた
さらに最近,本邦でもより優れた HES 製剤の臨床治
HES 製剤は HES 200/0.5 であり,また10%と高濃度を使
験が進んでいる.今回紹介したVoluven® もその 1 つで
用していたものであった.本研究は重篤な患者に特殊な
あり,米国で広く使用されている高分子・高置換度の
HES 製剤を用いたものであり,手術時の急性出血時や血
Hextend ® もその 1 つである.Hextend ® は従来の高分
液希釈に用いるHESの有用性を否定するものではない.
子・高置換度HES製剤の問題点を克服するために,ヒト
血漿近似組成および電解質バランスを有するCaイオン含
有の乳酸電解質を溶媒にすることにより,従来の生理食
本稿の要旨は,日本麻酔科学会第55回大会(2008年,横浜市)
で発表した.
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.1-33 2009 (2043) 49
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