81 ロレンスをめ ぐるロセ ッテ ィの女たち* 中 西 弘 善 初期の D. H.ロレンス ( D.H.La wr e nc e,1 8 85 -1 9 30)の作品群 において,青年 ロレンスが 女性の登場人物 を造型す る場合, ラフェエル前派-の言及がそれ とな く頻繁 になされているこ とに気付 く。 この種の タイプの女 は,人間性のなかの 「 動物」 を拒否 し,ロマ ンチ ックで 「 夢 ,『侵入者』 みる女」 ( . Dr e a mi ngWo me n' )の タイプである。 よく知 られている例 をあげれば ( TheTr e s pas s e r)のヘ レナ ( He l e na)であ り,『 息子 と恋人』( So nsand Lov e r s)の ミ1 ) アム ( Mi ia r m)の性格描写の中核 をなす要素である。処女作 『自孔雀 』( The Whi t e Pe ac o c k)のなかでロレンスは,ラファエル前派ふ うな女性性 の規準 をよ りどころ として女性 の 人物設定 をするにいたるまでにロレンス固有の概念 を確立 している。 この中心 をなす重要な場 A n na b l e)の最初の妻, クリスタベル夫人 ( La dyCr ys t a面で,語 り手 は,森番のアナブル ( l )について批判的な意見 を聞か される。 be ・ shebe ga nt og e ts o ul y・ Apoetgothol do fhe r ,a nds hebe ga n t oa fe c tBur ne Jo ne sI 0 rWa t e r ho us e- i twasWa t e r h o u s es h ew a sal o tl i k eo n eo fh i s X I E wo me n- L̀adyo fSha l o t t ' ,∫be l i e ve・ 「 彼女 は精神的な女 にな りは じめた。彼女 はバー ン ・ジ ョウンズを装いは じめたォーターハ ウスか もしれないに非常 に似ていた- ウオー ターハ ウスだった- ウ 彼女は彼の描 く女性たち ≪シャロッ ト姫≫だった と思 う。 」 クリス タルベル夫人の ように,ロレンスの初期 に登場す る女性 たちは,典型的にラファエル 前派的な精神的態度 をとって女性 自身にとって唯一望 ましい状態で誇示する。 ロレンスが造型 す る男性 は,アナブル とい う原型 にならって, これ らの女性の態度が気取 って非現実的で偽善 的であると非難する。初期の男性登場人物 はこぞって,これ らの女性 に否定的な反応 を繰 り返 す。 しか し,後年 になるにつれて,男性 はラファエル前派特有の精神的態度 と苦闘・最終的に は拒絶することになる。 P̀r e 本稿では,ロレンスをめ ぐるこうした女性原型のルーツを,「ラファエル前派兄弟 国」( Da nt eGa b ie r lRo s s e t t i , Rapha e l i t eBr o t he r ho o d' ) を導いた最大の牽引者であるロセ ッテ ィ ( 1 82 8 -8 2)の女性美の原型 と比較 し, と くに初期 と晩年の詩編 を検討 してみたいo ロセ ッテ ィ とロレンスの各各の芸術家の創作手法が,現実の女性のなかに, ときには創造的な, ときには 破壊的な女性のアーキ タイプを探 し求めることにあ り,両者の生涯のテーマが理想の女性像の 神話 を提示することにあったか らである。 *本稿は,日本現代英米詩学会 第1 2 回大会 の一部に加筆訂正 したものである。 ( 1 9 9 9 年1 1月2 0日,於大妻女子大学)において口頭発表 した内容 82 天 理 大 学 学 報 くロセ ッティをめぐる女のアーキタイプ) ロセ ッテ ィの生涯 と作品 を考 える場合,彼の心 をとらえた 3人の女性 は特筆 に値する。精神 El i z abe t h Si ddal ),肉体的な妖 しい までの官能美 をた 的,理想 の女性エ リザベス ・シダル ( Fa n nyCo r nf or t h) ,そ して精神 と肉体 の融合 タイプであ たえたファニー .コー ンフォース ( Ja n eMo r iS r )である。 るジェイン ・モ リス ( まずエ リザベスは痩せていて肉感的 とい うよ り清純 な女性である○いつ も蒼 白い肌 を して, 緑青色の目,赤味がかったブロン ドの髪 をもち,消極的で,この世な らぬ 「 修道女的純粋 さ」 ( 王 ) Si rJo hnEve r e t tMi l l ai s,1 8 2 9 -9 6)の最高傑作の一つ を秘めた霊的な女性である。 ミレー ( である 《オフィー リア》( Ophe l i a)のモデルをつ とめたエ リザベスは,彼女 自身 も自分 をオ フィー リアと重ね合わせていたようであるo ロセ ッテ ィはエ リザベスと結婚 にこぎつけるが, 彼女の生来の病弱な肉体,アヘ ン剤中毒や女児の死産 によって,その悲惨 な運命は,彼女の事 故死で幕 をとじる。 ロセ ッテ ィの彼女-の哀惜か ら,エ リザベスは霊的に変容,理想化 され, 超 自然的な恍惚で充満 した ǹl eBl e s s e dDamo z e l '( 「 祝福 され し乙女」 )とい う女性像 にみご ( 3 ) b̀l es s ed・ )少女の胸 には純粋 と処女性 の象徴 で とに結晶する。若 くして 「 天国 に昇天 した」( ある 「自バ ラ」がつけ られ,手 には 3本のユ リの花,美 しいブロン ドの髪 には 7つの星が きら めいている。天国の宮殿の欄干か ら乙女は,下界 に残 された青年 と広大な空間 と次元 をへだて no l o 即 e' ) をかわす。 うい うい しい甘美 な詩 は,後年 に措かれた て神秘的′ な変の 「 独 自」(m̀o 同 じタイ トルの絵 にも窺われる超現実的な霊気が漂っている。 ,「魂の美」 (s̀oul'sBeauty') と対比 される肉体美 をたたえたふっ くらと肥えた ファニーは 肉感的な女性であるo彼女 を基調 とした とみ られる,ソネッ ト7 8番 ・ Bo dy, sBea ut y,( 「肉体の ・ 生命の家』Th eHous eo fLi f e所収)は,妖艶な性的魅惑 によって若者をとらえ,黄金 美」 『 ( 4 ) 色の髪 を彼 に巻 きつけ,破滅においやる残忍 な魔女が奔放 に表現 されている。 BODY' sBEAUTY OfAda m' Sf ir s twi f e,L il i h,i t ti st o l d ( Thewi t c hhel o vedbe f わr et hegi 氏o fEve, ) That ,e r et hes na ke' S ,he rs we e tt onguec o ul dde c e i ve, A dhe n re nc ha nt e dhai rwast hef ir s tgo l d. Ands t i l ls hes i t s ,yo ungwhi l et heear t hi so l d, And,s ubt l yo fhe r s e l fc o nt e mpl at i ve, Dr a wsme nt owat c ht hebr i ghtwe bs hec anwea ve, Ti l lhea rta n dbo dya n dl i f ear ei ni t sho l d. Ther o s ea n dpo ppyar ehe rf lo we r s ;f o rwhe r e l sheno tf わ und,0Li l i t h,who ms he ds c e nt Ands o 允s he dki s s e sands o 氏s l e e ps ha l ls na r e ? Lo!ast hatyo ut h' se ye sbume da tt hi ne,s owe nt Thys pe l lt hr o ug h hi m,andl e thi f ss t r ai h tnec g kbe nt Andr o undhi she ar to nes t r angl i nggo l de nha i r . ロレンスをめ ぐるロセ ッティの女たち 8 3 「肉体の美」 アダムの最初の妻 リリス,伝説 によれば ( エ ヴを霧わる以前 に彼が愛 した魔女,) 例の蛇以前 に,彼女はその美 しい舌で男 を惑わ し, うっとりする髪の毛は最上の金髪であった。 この世は老いて も,彼女は相変わ らず若若 しい, そ して,巧妙 に思いをめ ぐらして, 男 を引 き寄せて彼女が織 り込 む光 り輝 くクモの糸にみ とれ させ そのはてに身 も心 も命 さえもとりこにされる。 バ ラとケシはこの女の花,おお りリスよ, 高い薫 りとやわ らかい接吻 となごやかな眠 りの わなにかか らない男はいるだろうか ? 見 よ !若者の眼がお まえを見て燃 えたつ と お まえの魔力は男 に及び, まっす ぐな首 はうなだれ 男の心臓 をただ一本の金髪が締めつける。 リリス という女性 は,ヘブライの伝説 による と,アダムの最初の妻で,誘惑者であ り,魔性 の女性であ り,あ らゆることに権利の平等 を求める強い女で あ岩 ' o ロセ ッテ ィの油彩 《レディ ・リリス≫( L ad yLi l i t h)では,元のモデル として ファニーが起用 されている。 フT ム フTタ ー ル 「宿 の女」 ジェインとの出会いは,エ リザベ ス と婚約 中の ことである 。1 8 5 7 年 の秋, ロ ス タ ナー セ ッテ ィはラファエル前派 の画家 とモデルにな りそ うな s̀ t unne r '( 「 絶世の美女」 )探 しにか ・ 命 こつけてオクスフォー ドに芝居見物 に出かけ,ジェインを劇場で発見 した。「イギ リス女性 と ( は思 えぬ容貌で,顔色 は青 ざめて, 目は深 く透 き通 るような灰色 を し,黒みがかった豊かな髪 6 ) は,華麗 に波打 っている」 とロセ ッテ ィは告 白 している。それ以後 もロセ ッテ ィとジェインの 交流 は,精神的にふかい関係へ と展開 してゆ く。 こうして彼 はジェインと恋 に落ちたが,責任 感か らエ リザベス と結婚す る。「 最 も純潔な男性」の一人であるロセ ッテ ィが,友人の恋人 に 求愛す ることは男の誇 りが許 さなかったのであろうか ? 1 8 5 9 年春 にジェインはウイリアム ・ モ リス ( Wi l l i a m Mo r iS,1 r 8 3 4 1 9 6 )と結婚する。 ロセ ッテ ィの 「誤 った誠実 さ」のために妻 ェ リザベスを苛立 たせ裏切 り半ば自殺 に追いやる破 目にな り,その 「 誤 った結婚」のために宿 命の恋 に落 ちたジェインを苦悶 させる結果 となる。だが,ロセ ッテ ィは,霊 肉を兼備 した女性 原型 ジェインへの妄執の愛か ら解放 されることはなかった。 ジェインもまたロセ ッテ ィの個性 に魔力 を感 じていた。 くロ レンス をめ ぐる女 の ア ーキ タイプ ) おう いん ,若 き日のロレンスの「 精神的な愛」( ・ s pi ir ロレンスの初期の押韻詩のなかの大部分の詩編 ' は t ua ll o ve ・ ) と 「肉体的な変」 (p̀hys i e a ll o ve ' ) に関する悩み,換言すればロセ ッテ ィ的霊肉 s̀ p l i t l o v e ' の詩である。 分離のギャップをうたった Je s s i eChambe r s )がい ロレンスには初恋の少女 ミリアムことジェシー ・チェインバーズ ( た。純粋詩 ( pur epo e t r y)T̀heWi l d Co mmo n'( 「 荒れはてた共有地」) D̀o gTi r e d'( 「 疲れ 8 4 天 理 大 学 学 報 はてて」 )R̀enas c e nc e '( 「 復 活」 )L̀oveont heFa r m'( 「 農場 の恋」 )な どには, ジェ シー- の 活純 な思慕が直接 的 に訴 えて くる ものが あ る。 だが, ジェ シー との愛 は,「エ デ ィプス ・コ ン プ レ ックス」 (Òe d i pusCo mpl e x' )の 関係 を思 わせ る母 親 か らの独 占的 な母 性 に よって, ま たその母性愛 に助長 された と考 え られ る息子 の異常 に分裂 した精神 のか らみ あ い の ため に, 「肉体 的な愛」 に よって成就 す るこ とはなか った。 しか し,即 興 詩 Vi r inYo g ut h'( 「 童 貞」 ) L̀o t usa n dFr o s t '( 「 蓮 と霜 」 ) な どが 示 す よ う に,青 年の 肉体 は 「 精神 的 な愛」 だけで は満足 で きない うず く欲 情 を もって い た。 ロ レ ンス は, ジェ シーや母親- の愛 に よって は満 た されない青年期特有 の苦痛 ,欲望 を満 た して くれな い女性- の苛立 ちを定型詩 L̀i g ht ni ng '( 「 稲妻 」 ) À Whi t eBl o s s o m,( 「白い花 」 ) L̀i l i e si n 「 火 の なかのユ l )J) s̀c e nto fI is r e s '( 「アヤ メの匂 い」 )・ Co l d ne s si nLo v e( 「 愛の t heFi r e '( つ め た さ」 ) R̀e mi nd e r '( 「 想 い出 させ る もの」 ) な どに記 してい る。 また,精神 と肉体 両 面 の 神秘 的 な交感 に よって成就 され る, と くに後期 の詩 に一貫す る,真 の愛 の完成- の憧 れ を,Ì n a Bo a t '( 「ボー トのなかで」 )R̀ed MoonRi s e '( 「 赤 い月の出」 )M̀ys t e r y ,( 「 神秘 」 )な どで 何度 も絶叫 している。 彼 は ジェシーに よっては満 た され ない もの を,ヘ レン ・コー ク ( He l e nC。 r ke )お よびル イ -ズ ・バ ロウズ ( Lo ui s eBur r o ws )に求 め ようと した。T̀heAp pe a l ,( 「うったえ」 ). Exc ur - s i o n Tr a i n'( 「 遊覧列車 」 ) R̀e l e a s e '( 「 解放 」 ) p̀a s s i ngVi s i tt oHe l e n,( 「束の間ヘ レンを訪 ねて」 ) な どはヘ レンに呼 びか けた詩編 であ り,K̀ is s e si nt heTr a i n'( 「 車 中の接 吻 」 ) S̀na p Dr a g o n'( 「 金魚草 」 ) T̀heHa nd so ft heBe t r o t he d'( 「 婚約者 の手 」 ) な どはル イ-ズ とい う 女性 についての きわめて官能的 な詩編 であ る。 そ して 一 種 の 機 会 詩 と み ら れ る ÀWi nt e r ' sTa l e '( 「 冬 も の が た り」 )・ La s tW。 r d st 。 Mi ia r m'( 「ミリアムへ の最後 の言葉 」 ) は,一連 の 「ミリアム もの」 と して長 い間続 い た ジェ シー との関係へ の 「 訣別」 を告 げる作 品であ る。 か くして 1 91 2 年春 に ドイ ツ生 まれ の霊 肉融 合 の女性 原 型 ,あの フ リー ダ ( Fr ie da) との 出 会い までの ロ レンスは,常 にア ンビヴ ァレン トで起状 に満 ちた心理状態 であ った。広大 な 「 未 知の世界」 を前 に して,充足 され ない異性 との関係 ,いわば至福 の状態 に昇華 で きず,強烈 な 欲望 を解放す るこ とがで きない詩人 の苦痛 と混乱が ,「 定型詩編」 (R̀h y mi ngPo e ms , )にお け る箱 反す る愛 の詩 を作 り出 した。 くモチーフとしてのベルセポネ) 興味 ぶかい こ とに,後年, ロセ ッテ ィもロ レンス も,ベ ルセポ ネを自己表 出の主題 と した作 品 を創作 している。霊 肉一致 の女性原型 の集大 成 ともい える二人の代表作 を通 して両者 の類似 点 と相違点 を検討 してみ たい。 そ もそ もベ ルセポ ネ とは,ギ リシア ・ローマ神 話 に出 て くる最高 の支 配者 ゼ ウス ( Ze us ) とデ メ テ ル ( De me t e r )の娘 で あ る。 あ る 日,ベ ルセ ポ ネ ( Pe r s e pho neギ リシア神 話 の 名 前。 ローマ神 話 で は プ ロセル ピナ Pr o s e r pi ne )が, シチ リア島のエ ンナの野原 で花 を摘 んで いた ときに,冥界 の王ハ -デス ( Had e s ,別名 ブル ー ト Pl ut o 。 ローマ神話 で はデ イス Di s ) に誘拐 され る。地上へ帰 るこ とを許 されていたはず だが,地獄 の禁断の果実 「ざ くろ」 を食べ て しまったため永遠 に地上 に戻 れ な くなった。 ロセ ッテ ィの 《プ ロセル ピナ》( Pr o s e r pi ne) は, ジェ イ ンをモ デル に した絵 の代 表 的 な傑 作 であ る。油彩 の なかの プロセル ピナは, 閉 じ込 め られている地下の暗い宮殿 に照 り込 んで き ロレンスをめ ぐるロセ ッティの女たち 85 たつかのまの光 にかつて見ていたなつか しい地上の故郷 を渇望す るようにまなざ しを向ける。 T̀a r t a r e ang r e y' ) に閉 じ込め られたプロセル ピナのイ デ イスにか どわか され 「 冥界の暗闇」( メージは,夫 に縛 り付 けられ,つかのまの光の世界 しか味 わうことので きない女神 として,ロ セ ッテ ィが見ているジェインの姿 をよ く物語 っている。絵 につけた同 じタイ トルの詩 「プロセ o s e r pi na' )は,ロセ ッテ ィの心情 を集約 した一種の 「プロセル ピナ哀歌」 として ル ピナ」( ( 8 ) P̀r 読める。 PROSERPI NA ( Fo raPi c t ur e ) Af a ra wa yt hel i h tt g hatbr ingsc o l dc he e r l l , -O nei ns t a nta ndnomo r e Unt ot hi swa Admi t t e da tmydi s t n tpal a a c e do o r . Af a rt hef lo we r so fEnnaf ro mt hi sdr e ar Di r ef hl i t , whi c h,t as t e do nc e,mus tt hr al lmehe r e・ A払rt ho s es ki e sf ro mt hi sTa r t ar e n g a r e y Thatc hi l l sme:andaf ar ,ho wf ra a wa y, Theni ht g st hats hal lbef ro mt heda yst ha twe r e ・ Af arf ro m mi neo wns e l fIs e e m,a n dwi ng St r n gewa a ysi nt ho ug ht ,andl i s t e nf o ras i g n: Ands t i l ls o mehe a r tunt os o mes o uldo t hpi ne, ( h o W s es o undsmi nei nne rs e ns ei sf ai nt obr ing, co nt i nual l yt o ge t he rmum ur i ng, )" wo e ' smef わ rt he e,unha ppyPr o S e r pl ne! " 「プロセル ピナ」 冷 えきった慰めをもたらすかなたの光は この壁 に- ほんの一瞬のことで もう存在 しない はるか遠い私の宮殿の扉 に射 し込 んでいた。 エ ンナの野原の花花か ら遠 く離れて, この憂 うつないまわ しい果実 を,一度 口に したため,私 はここに 幽閉された。 タ ルタロ ス なつか しい地上の空か ら離れて,この冥肘の薄闇は 私 をこお りつかせ る。そ してこの繰 り返 される夜の世界は, かつて過 ご した昼の世界 となん と隔たっていることだろう。 かつての 自分 自身か らも遠 く捨ておかれたように思われて, ちぢ 心 は千千 に乱れなが らも,かすかな気配 にも耳 を傾 ける。 いまもなお魂 に向 き合 う心は思い こがれている。 8 6 天 理 大 学 学 報 ( 私は心の耳 をそばだて,その きざ しを感 じとるの をい とわない。 絶えず こうつぶや きなが ら) 「ああ悲 しいかな,不幸なプロセル ピナ よ !」 と。 ( I ) る 。 B̀a var 他方,ベルセポネをモチーフに したロレンスの詩には,遺稿 「 バ ヴァリア りん どう」( i a nGe nt i a ns ' )があ BAVARI ANGENTI ANS No te ve r yma nhasge nt i a nsi nhi sho us e I ns o tSe f pt e mbe r ,a ts l o w,s adMi c hae l mas . Ba var i ang e nt i ans ,t al landda r k,butdar k dar ke ni ngt heda y t i met o r c hl i kewi ht t hes mo ki ngbl ue ne s so fPl ut o ' Sgl o o m, ibbe r dhe l l i s hf lO we r se r e c t ,wi ht t he i rbl az eo fdar ne k s ss pr e adbl ue, bl o wnf l a ti nt opo i nt s , byt hehe a v ywhi t edr aug hto rt heda y. To r c hlo f we r so ft hebl ue s mo ki ngdar ne k s s ,Pl ut o ' sdar kbl uebl az e bl a c kl a mpsf ro mt hehal l so fDi g ,s mo ki ngda r kbl ue gl Vl ngO fda r ne k s s ,bl uedar ne k s s ,upo nDe me t e r ' sye l l o wI Pal eda y who m ha veyo uc o mef ♭ r ,he r ei nt hewhi t e C as tda y? Re ac hmeag e nt i a n,gl Vemeat O r C h! l e tmeg ui demys e l fwi t ht hebl ue ,f o r ke dt o r c ho faf lO we r r s ,whe r ebl uei sda rke ne do nbl ue ne S S do wnt hedar ke ra ndda r ke rs t ai do wnt hewa yPe r s e pho neg o e s , j us tno w,i n丘r s t ro f s t e dSe pt e mbe r , t ot hes i ht g l e s sr e al m whe r edar ne k s si sma r ie r dt oda r k a ndPe r s e pho nehe r s e l fi sbutavo i c e,asab r i de, agl o o mi nvi s i bl ee nf わ l de di nt hede e pe rda r k o rt heam 告o fPl ut oasher a vi s he she ro nc ea ga l n andpi e r c e she ro nc emo r ewi t hhi spas s i o no ft heut t e rda r k a mo ngt hes pl e ndo uro fbl ac kbl uet o r c he s ,s he ddi ngf at ho ml e s sda r ne k s so nt he nupt i al s . Gi vemeaf lo we ro nat a l ls t e m,a ndt hr e edar kf la me s , f o rIwi l lgot ot hewe ddi ng,a ndbewe ddi ngg ue s t att hema na geo ft hel i vi ngdar k. 「 バ ヴァリア りんどう」 だれで も家に りん どうを持 っているわけではない 穏やかな 9月,静かな悲 しい ミカエル祭 に。 ロレンスをめ ぐるロセ ッテ ィの女たち 87 バ ヴァリア りん どう,高 く暗 く,ただ暗 く ブルー トの薄暗が りの青 く煙 る,たい まつの ように,昼間を暗 くし, 葉脈がある地獄 の ような花が まっす ぐに,その暗闇の炎 は青 くひろが り 昼の重 く白いす きま風 に,吹かれて平 らな先端 になる。 青 く煙 る暗闇のたい まつの花, ブルー トの暗青色の輝 き デ イスの神殿 か らの黒 いラ ンプ,暗 く青 く煙 る デメテルの淡黄色 の昼 に,暗闇,青い暗闇 を放つ 白い光が さす昼 にここに,だれをあなたは迎 えにきたのか ? 私 に りん どうをとって くれ,私 にたい まつ を くれ ! 青 い,二又 になったたい まつの花で,私 を導 いて くれ ます ます暗 くなってい く階段 を下へ,そ こは青が青 さの うえに暗 くな り ベルセポネが行 く道 を降 りて, ち ょうどい ま,初霜の降 りる 9月に, 闇が暗黒 と結婚す る見 えない国へ そ してベルセポ ネ自身は声だけになる,花嫁 として 見 えない暗が りが,一層深い暗黒 に包み こまれ ブルー トの両腕の,彼が彼女 を も一度奪 い 彼女 をも一度 まった き暗闇の情熱で貫 く時 黒青色のたい まつの輝 きのあいだに,測 り知れないほ ど深 い暗 さを その婚礼 に注 ぐ。 私 は高い茎の うえの花,そ して三つの暗い炎 を くれ, なぜ なら私 はその結婚式 に行 き,結婚の招待客 になる 生ける暗闇の結婚で。 詩人 は 「白い光が さす昼」 ( ẁhi t ec as tda yり の世界か ら りん どうのたい まつ を道案内 とし て薄暗い階段 をだんだん下 に降 りて行 く。そ こは青 い りん どうの花 の色 よりもさらに暗い黄泉 t̀ he nupt i al s ' )が執 り行 なわ の国,冬の暗黒の地下世界である。 この暗黒 の下界で 「 婚礼 」 ( れ ようとしている。詩人 を 「 立会い人」 ( ẁe ddi ng gues t ' ) として,ベルセポネ とブルー トの 。上 皮」地上で誘拐 とい う手段 によって奪取 され t̀ h。 W。 ddi ngり がそれである 「 結婚式 」 ( たベ ルセポネが,下界で 「も一度」 肉体 の交わ りによって奪取 される。地上か ら下界 に堕落 し t̀ h。 l os tbr i de , ) となったベ ルセポネは,その花婿 と神秘的なコ ミュニオ ン 「 堕 ちた花嫁」 ( としての男女の結合 を達成す る。か くしてベ ルセポネはブルー トと永遠の結婚 「 生ける暗闇の he ma r iage o r ft he l i vi ng da r k・ ) を成就 す る。冥界の王 と女神 は,祝福 の うちに 結婚」 (t̀ t̀ hes i ht g l es sr eal m, )で 「暗闇の栄光」 (G̀l o r yofDa r n es k s i I ) 0 ㌦こ輝 き・詩 「 見 えない国」 ( 人がそれをはっ きり見 とどける。 ロセ ッテ ィの プロセル ピナには, ロセ ッテ ィの ジェイ ンへ の愛の呪縛 を反映 してか ,「忘却 で きない,やむにや まれぬ イメージ」 ( haunt i ng and c o mpe l l i ng i mage s ' )が支配 してい たo プロセル ピナの背後の壁 には う 「ツタ」の枝 は, ロセ ッテ ィとジェイ ンに 「まといつ く記 88 天 理 大 学 学 報 c̀ l i ng i ng me mo Ⅳ' ) を象徴 していた。それはプロセル ピナの生命 ともい うべ き小波の よ 憶」 ち ( ぢ うな縮れ毛の曲線 と共鳴す るようにオーバーラ ップす る。 この作 品が持つ個人的な性格 は,刺 作 の動機 に認め られるだけでな く,作品 自体 にも明 白に認め られる。それ を証明す るかの よう に,油彩 に添 え られ た定型詩 「プ ロセル ピナ」 は,既成 のギ リシア ・ローマ神話 (c̀ l as s i c al my t ho l og y' ) にみ られるコノテーシ ョンの枠 か ら寸分の逸脱 もみ られなか った。 定型詩 を脱 し自由詩の フォームで現 われたロ レンスのベルセポネは,既成の領域か らすす ん でず りおちている。従来の神話の秩序 をね じまげることによって,新 たに根源的な生命力 を作 みち 品の基底 に吹 き込 ませ,ベ ルセポ ネがほん とうに生 きる途 を暗示 しようと してい る。従 って 「 バ ヴァリア りん どう」 は,修正 され合成 され たベ ルセポ ネ ・プル- ト神 話 「 改訂版」であ る。それは沈潜 したムー ドのなかで真の生 ( 性)の世界の可能性 を説いた詩 といえる。ベ ルセ ポ ネの堕 落 の物 語 の小 説 版 と もい うべ き 『チ ャ タ レ イ夫 人 の恋 人 』 ( Lady Chat t e r ey' l s Co nni e) の行為 は,旧体制 に しがみついているひ とにとっては,確 か に堕 Lov e r) のコニー ( 落であろ う。 しか し, コニーが既成 の人 間社会 を堕 ちる こ とに よって 「 古 い 自我」 を消滅 さ せ,肉体的 に も精神的 にも完全 に健康 を回復 した姿 を思い出 されたい。 e nt if r ugal i t y' )が ロセ ッテ ィのプロセル ピナは,下界へ の全 き反擬,暗闇か らの遠心性 (c̀ 強 く働 いていた。それに比べ て, ロレンスのベ ルセポネは下界 との全 き合一,暗闇への求心性 (c̀ ent r i pe t al i t y' )が静かな信念 を もって作用 している。 肉体 の死が ロ レンスの前 に立 ちはだ か り,切迫す る死 を自覚 しつつあるなかで うたわれた 「 バ ヴ ァリア りん どう」 は, まざれ もな くロレンスの 「 ベ ルセポネ賛歌」 であ り, この詩人の命 の終 りの 「 結婚祝歌」 となった。 ロセ ッテ ィに しろロレンスに しろ両者は,初期 の精神 と肉体 の対立 と相克,あるいは霊肉分 衝動 にか られるように して帰着 していった。二人の芸術家の女性の移 りゆ きには,女性原型 に み るか ぎり共通 した魂 の軌跡 が窺 える。 だが ロセ ッテ ィは 「 古 い 自我」の なかで達巡 し,「 既 婚の女」 と運命 を ともにす る道 ゆ きを用意す る ことはなか った。 もっ とうが った こ とを言 え ば,彼 の 「 古 い 自我」のたゆたい こそが, きわめてラファエル前派的なのである。 ロレンスは どうか と言 えば,伝統的で古典的な用語法や リズム,そ してイメジャリーか らの解放 に照応す るかの ように, フリーダ体験 による 「 真の結婚」 の信念 に死 の床 まで も対峠 しっづ けた。 しか もこの経験 その ものへ の誠実 さをより深 く走着 させ る新 しい言葉の探求が止 むことはなか った のである。 反キ リス ト教的,異教の冥界 を舞台 に,è l e g y'か ら E hy m n'へ ,「哀歌」 か ら 「 賛歌」へ t り 「 死 の絶望」 の淵か ら 「 回生の歓 び」へ, プロセルピナ とい う神話の女神 をモチーフに した末 と 不幸 な結婚」 に迷いつづ けた一人の古い霊魂 1 ' ,r 新 しい天地」 を切 りさいて 廟 の詩編 には,「 生 きた もう一人の新 しい霊魂 の推移の記録 と詩人の特質が読み取 れる。 注 (1) D. H.La wr e nc e .TheWhi t ePe ac o c k.Ed.A nd r e w Ro be r t s o n( Ca mbr idg e:Ca mbr idg e UP,1 9 8 3) p.1 5 0.バーン ・ジョウンズは,ラファエル前派の信奉者である Si rEd wa r dBume Jo ne s( 1 8 3 3 -1 8 9 8 )のことであ り, 「 眠 り姫」の主題 を扱 った連作 ≪プライア一 ・ローズ ( い ばら姫) 》( BT ・ i aT ・ Ro s es e ie r s )がある。ウオーターハウス ( Jo hnWi l l i a m Wat e r ho uS e,1 8 49 ロレンスをめ ぐる ロセ ッテ ィの女 た ち 89 -1 91 7) は,死 を予感 した女 ≪シャロ ッ ト姫≫ を主題 に した絵 を数点描 いている。 ヒロインの 感情や物語の表現 に特色がある。 (2) ポール ( Paul )のプラ トニ ックな恋人 ミリアムが ,「 尼僧」の ように精神的で,その強烈 な 宗教心 によって普通の生活か ら切 りはなされてお り,世の中を 「 修道院の庭か楽園」 (à nun・ ne r ygar de n,o raPa r adi s e ' ) と化 して見ている女性 として描写 されていることは単なる偶然 の一致であろうか。 T. 'ことジェシー ・チェインバーズ ( Je s s i eChambe r s ) なお, ミリアムのモデルである È. が著わ した D. H.Lawr e nc e :APe r s o ' wIRe c o r d( Lo ndo n:Jo nat ha n Cape,1 9 35)は,イー ス トウッ ド ( Eas t wood)時代のロレンス との思い出を綴 った私記であるが, この資料 にはロ レンスの文学的開眼の契機 となったロセ ッティの T̀heBl e s s e dDamoz e l 's̀i s t e rHe l e n'の詩 をは じめラファエロ前派への言及が見受けられる。 (3) TheCol l e c t e dWo T ・ k so FDant eGabr i e lRo s s e t t i ,Ed.Wi l l i am M.Ro s s e t t i( l J O ndo n:El l i s andEI ve y,1 89 0)v o l .1,pp. 232 -236. (4)I b i d. ,p.21 6. (5) 女権拡張運動 に深 く関わ り社会運動 に も接 していたアリス ・ダックス ( Al i c eDa x)がモデ ル と考えられるクララ ・ド-ズ ( Cl ar a Da we s)は,灰色の目と白い蜂蜜色の肌 とい くらかそ りあがった上 くちびるを して,男を軽蔑 しているようなタイプの女性である。ポールが興味 を me n' sRi ght ' )にたず もった肉感的なこの夫人は,夫 と別居 していて女性の権利の問題 (ẁo さわっている。 (6) Da nt eGabr i e lRo s s e t t i :Hi sFaT ni l yLe t t e r swi t haMe mo i r .Ed.Wi l l i am Mi c ha e lRo s s e t t i ( Lo ndon:El l i sa ndEI ve y,1 895)v o l .1,p.1 9 9. (7) D. H.La wr e nc e.TheCo mpl e t ePo e ms .Eds ,Vi iandeSo v l aPi nt oandWar r e nRo be r t s ( Lo ndo n:Pe ng ui nBo o ks ,1 99 3)pp. 31 -1 8 0. eCo l l e c t e dWo 7 1 k so f Dant eGa br i e lRo s s e t t i ,o p. c i t . ,pp.37 什371 . (8) Th ただ し,本稿 に引用 された詩編 は,p̀r o s e r pi na' の英語訳である。油彩の右上 に付 け られた イタ リア語による詩の 「 原文」は,以下の通 りである。 PROSERPI NA ( pe runQuadr o) Lung i色lalucecheinBuqueStOmur° Ri ra f n gea ppe na,unbr e vei ns t nt a es c o r t a De lr iopal az z oal l as o pr anapo r t a. Lung i que if io id' r Enna,0l i doo s c ur o . Dalf r ut t oI , uof a t lc a heo maim' 色dur o. 90 天 理 大 学 学 報 Lung lque lc i e l odalt arta r e oma nt o Chequimic uo pr e:el ung ia hil ung ia hiquant o e not L t ic hes a r n da a id ic hef ur o. Lung i damemis e nt o;eo gno rS o g na n do c o,er e s t oas c o l t at ic r e , ・ Ce r c oer ic e r Equal c hec uo r eaqual c heani madi c e, ( Dic uimig iu n gei ls uo ndaquandoi nquando. )Cont i nuame nt ei ns i e mes o s pi r ando, " Oi m台pe rt e ,Pr o s e r pl nai nf el i c e! " (9) TheCo mpl e t ePo e ms ・o p・c i t , ,p・9 6 0 1ロレンスの死後刊行 された 幅 後の詩集』( La s t Ri c har dA】 di ng t on)ならびにジュゼ ッペ ・ Po e ms)は・友人 リチャー ト オールデ イン トン ( オリオ- リ ( Gi us e ppeOr i o l i )が共同編集 した ものであるが,残 されたロレンスの原稿本は 2 冊あ り,「 バ ヴァリア りんどう」に関係す る詩編 も本稿で引用 した もの を含めて 4種類 の異稿 が存在する。 ( 1 0) I b i d・ , pp・9 5 8 19 6 0・F D・ H・ ロレンス全詩集』の・ App e ndi x, として同名の タイ トルの詩が収 録 されているが,この 1編は 「インキ原稿」 と 「 鉛筆原稿」か ら成 っている。それ らは浄書 さ れのちに発表 されることになる 「 バヴァリア りんどう」 よりず っと早い段階の草稿 と考 えられ るが,テーマやイメージを解明する手がか りを与えて くれる。 ( ll ) ロセ ッテ ィ自身が ≪プロセル ピナ》の絵 に詩 を書 くにあたって,当時の心情 を詩人ウ イリア Ⅶl l i am A】 l i ngham)宛の手紙 ( 1 8 5 6年 3月 6日付 け)のなかで印象深い リ ム .アリンガム ( フレインを駆使 して吐露 している。 」 「 私 はここで永久に過ごさねばならないのか/ただやるせ な くこの 『 絶望』の帝国で ? Le t t e r so FDant eGab r i e lRo s s e t t i ・Eds ・0・Do ug ht ya n dJ・R・Wahl( Oxf o r d. ・Oxf o , dU.P. , 1 9 6 5 -1 %7 )vo l .1,p.2 91を参照 されたいO
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