岡野 1 日本アフリカ学会第 50 回学術大会口頭発表 2013 年 5 月 26 日

岡野 1
*
本資料はウェブに公開しているため、発表時に配布した資料に若干の修正を加えてあります。ご了承ください。
日本アフリカ学会第 50 回学術大会口頭発表
2013 年 5 月 26 日(日) 於 東京大学
サブ・サハラ・アフリカの武力紛争
―定量的研究に隠れる 1960 年代から 2000 年代までの傾向―
岡野英之
日本学術振興会特別研究員(PD)・大阪大学大学院国際公共政策研究科
okano.hideyuki[at]gmail.com
http://okanohideyuki.web.fc2.com
はじめに
・目的 本発表の目的は、1960 年代から 2000 年代にサブ・サハラ・アフリカ(以降、「アフリカ」と
表記)で見られた内戦の動向を明らかにすること。
・リサーチクエスチョン
本研究では、量的分析で最も頻繁に用いられているデータセットのひとつである PRIO (オスロ平
和研究所)と UCPD(ウプサラ紛争データプログラム)が公開している武力紛争データセット(Armed
Conflict Dataset)を検討する(以下、このデータセットを「PRIO のデータセット」と呼ぶことに
する)
。データセットとは、統計分析に用いられるために公開された調査資料である。PRIO のデー
タセットは第二次世界大戦以降に世界で見られた武力紛争の発生件数を示した資料である。
本発表では、このデータセットで定義される内戦とはいかなる性質をもち、どのような傾向が読み
取れるのかを、アフリカに限定して明らかにする。
1. PRIO のデータセットにおける内戦の定義
量的研究で用いるデータセットでは、武力紛争および内戦に対して、数値として計測できる客観
的で明確な定義を設定している。PRIO のデータセットでは「武力紛争」を以下のように定義す
る。
政府および領域についての争いで、二者間で武力を用いて争われるもの。そのうち一つの主体は
政府でなければならず、戦闘に関する死者数が 25 名以上のものとする。
(UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset Codebook, 2009: 1-2)
*
この定義は「武力紛争」(armed conflict)の定義であり、その中には①システム外紛争(extrasystemic
conflict) (植民地解放闘争など)
、②国家間紛争(interstate conflict)、③内戦(internal conflict)、④国
際化した内戦(internationalized internal conflict)の 4 つが含まれる。そのうち、本発表では、③④を
扱う。
データセットでの定義は明確である。一方、この定義の問題点として、紛争期間が個々の国で
紛争期間とされている時期と必ずしも一致していないことがあげられる。活動休止期間や和平
交渉期には必ずしも戦闘が起きているとは限らないからである。この問題点は定義の厳密性を
考えるとやむを得ない。
2.分析の方法
・PRIO のデータセットにおける武力紛争(armed conflict)のうち、「内戦」(internal conflict)およ
び「国際化した内戦」(internationalized internal conflict)を考察の対象とする。以降、両者をま
とめて「内戦」と呼ぶ。
・独立以前の紛争は扱わない。独立後、国内がまとまらずにそのまま内戦に突入した場合も、独立
から内戦が始まったと考える。
・国単位の分析とする。PRIO のデータセットでは、一国内で複数の内戦が戦われている場合、そ
れを別個の内戦と見なしている。一方、本分析では、その区別を設けずに国単位で内戦の有無を
岡野 2
判断する。
↓
↓
データセットにみられる内戦の質的な側面に注目して分類・整理することで、1960 年から 2011
年にアフリカで見られた内戦の動向を把握する。
3.分析①
 グラフ1.アフリカにおける内戦の発生件数
このグラフは、アフリカの内戦の件数を表したグラフである。1990 年代に紛争が多発したことを
主張するためにしばしば用いられている。しかし、このグラフの内訳についてはほとんど論じら
れません。
グラフ1.アフリカにおける内戦の発生件数
(UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset に基づき発表者が作成)
 グラフ 2.国別にみる紛争の経験①
ハンドアウトにはグラフ2の一部を示した。パワーポイントを見てほしい。このグラフは、一国一国の
内戦の有無を示している。横軸は西暦、縦にアルファベット順で国名を記した。灰色の部分が、その国
が内戦を経験した年であることを示している。黒塗りはまだ独立していないことを示す。このグラフの
始まりは 1960 年ですが、もちろん、それより以前に独立した地域もあります。ただし、このデータセ
ットにおいてアフリカで内戦が見られるようになるのは 1960 年からである。そのため、1960 年を起点
としたグラフとした。
60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10 11
Angola
Burukina Faso
Brundi
Cameroon
CAR
Chad
Comoros
Congo(Brazaville)
Djibouti
このグラフでは、サブ・サハラ・アフリカ計 49 カ国のうち 38 カ国が内戦を経験している(内戦を経験
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していないのは、ボツワナ、ナミビア、スワジランド、ザンビア、カーボヴェルデ、ベナン、タンザニ
ア、モーリシャス、マラウィ、セーシェル、サントメプリンシペ)。

グラフ 3.国別にみる紛争の経験②
グラフ3 最後のページに掲載
グラフ 3 は、内戦の性質に基づいて各国を分類したグラフである。同じ国でも複数の異なる性質の紛争
が起こっているため、完全な分類とはいえない。ゆえに、この分類はおおまかなものと考えてほしい。
4.分析②:紛争の分類―グラフ 3 基づく
グラフ 3 から、PRIO のデータにはいかなる内戦が含まれているのかを見ていくこととする。
<分類1>独立直後の政変
ひとつめの分類が独立直後の政変である。分類 1 は、グラフ3の中に分類として作ってはいない。
グラフ 3 の全体に、
で囲まれた内戦がある。それが分類 1 である。これらの内戦は、独立直
後、国家の制度が未熟であったために発生したものである。1
⇒独立直後、アフリカでは複数政党制が見られたが、国内のアクターを統括するため、多くの
国で専制的な統治形態や長期政権への移行が見られた。本分類の内戦はそのことを示すもの
といえる。
<分類2>1980 年代までに、内戦が慢性化している国(「慢性内戦国」と名付ける)
エチオピア、スーダン、チャドでは独立直後から内戦が長期化している。独立後、全国の統治を達
成できず、その状態がそのまま継続しているといえます。そこに 70 年代にはウガンダ、80 年代に
はソマリアが加わっている。これらの地域では 2011 年までほぼ継続的に内戦が継続している。
地図1.北東アフリカにみられる武装勢力と隣国の支援の関係
(出典:Reno 2012: 123)
1
この中には、①独立しても国内のアクターをまとめきらないまま独立した場合(つまり、中央政府がひとつにならなか
った場合)
、②中央政府が成立したものの、内部の権力闘争によってクーデタが発生した場合、③一度は中央政府が国を
まとめたものの、国内で反乱組織が台頭した場合、を含む(個々の事例は、付録資料を参照)
。
岡野 4
地図 1 は、ある政府が隣国の武装勢力を支援するということをお互いしていることを示しています。
70 年代、80 年代を通じて、この構図が紛争を拡大していくことになる。これらの国は、数か国の
まとまりとなって存在しており、相互に影響を与え合うことで内戦が長期化している「内戦連鎖地
帯」を形成していることがわかる。
<分類3>白人支配に対する闘争――ジンバブエ、南アフリカ
<分類4>ポルトガルからの独立以降、安定しなかった国――アンゴラ、モザンビーク
<分類5>80 年代のクーデタ
PRIO のデータを見ると、80 年代に短期間の内戦が確認できます。この内戦はクーデタである。こ
れらのクーデタは 1970 年代から続く経済悪化の結果、中央政府が分裂することで発生したと考え
ることができる。
ブルキナファソ、カメルーン、ガンビア、ガーナ、ケニア、トーゴ、コモロ(*)、リベリア(*)
* 1990 年代に入り紛争を経験したコモロ、リベリアはそれぞれ分類 6、分類 7 に記載して
ある。コモロでは、分類 5 に該当するのは 1989 年であり、1997 年の内戦は分類 6 に該
当する。リベリアで分類 5 に該当するのは 1980 年の内戦であり、1989-90 年、2000-03
年の内戦は分類 7 に該当する。
=============================================
以降に提示する分類 6 と 7 は 1990 年代以降の内戦である。1990 年代には内戦が頻発したといわれてい
る。その要因は、経済悪化と政治的自由化(複数政党制の導入)が重なることだった。本発表は、そう
して発生した 1990 年代の内戦を、隣国への影響の有無に基づいて二つに分類した。
=============================================
<分類 6>「1990 年代の内戦(独立型)
」
経済悪化と政治的自由化によって誘発された内戦で、隣国の内戦との関連が薄いと思われるもの
(コモロ、コンゴ共和国[ブラザビル]、ジブチ、ギニアビサウ、レソト、セネガル)。グラフ 3 を見
ると、大半の紛争は 1990 年代で終わっていることがわかる。
<分類 7>「1990 年代の内戦(連鎖型)
」
経済悪化と政治的自由化によって誘発された内戦で、隣国の内戦との関わりが強いと思われるもの。
これらの国では国家が弱体化している中で、さらに隣国からの影響を受けることで内戦に陥ってい
る。また、隣国へと内戦を波及させる場合もある。これらの国は、数か国のまとまりとなって存在
している。すなわち、1990 年代以降は、新たな「内戦連鎖地帯」が形成されていったのである(地
図 2)
。
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地図 2. 1990 年代の 3 つの内戦連鎖地帯
チャド・ダルフ
ール・中央アフ
リカ
西アフリカ大
西洋中央地域
大湖地域
 連鎖地域①:太湖地域(ウガンダ~ルワンダ・ブルンジ・コンゴ民)
この地域ではウガンダからルワンダへと内戦が波及し、ルワンダがコンゴ民主共和国およびブル
ンジへと内戦を波及させた。
 連鎖地域②:西アフリカ大西洋中央地域(リベリア、シエラレオネ、ギニア、コートディヴォ
ワール)
この地域では、リベリアで始まった内戦がきっかけとなり、リベリアが周辺国(シエラレオネ、
ギニア、コートディヴォワール)に内戦を「輸出」した。

連鎖地域③:チャド、ダルフール(スーダン)
、中央アフリカ
この地域は 2000 年代に入り内戦が顕著となった地域である。ダルフールの武装勢力は、チャド
領内を後方基地として利用した(白戸, 2009, 214 頁)
。チャドや中央アフリカにも複数の武装勢
力が存在しており(Prunier, 2008)
、互いに隣国を後方基地としている(Debos, 2008)
。
*
マリ・ニジェール
トゥアレグ人がマリ、ニジェール(およびリビア、アルジェリア)に分布している。マリ、および
ニジェールで反政府活動を展開している。

1990 年代に新たに内戦を経験した国(分類 6 と 7)を見ると、70 年代・80 年代に内戦を経験した
国は少ない。
結論
アフリカの内戦の動向はいかなる傾向があったのか。
それを考えるために、白人からの解放闘争である分類 3 と、ポルトガルから独立し、内戦に陥った国で
(分類 4)を除いて考えてみる。そのうえで改めてグラフを描いてみるとグラフ4のようになる。
(次ページへ)
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グラフ 3. 国別にみる紛争の経験② (再掲載)
分類<1>独立直後の政変(グラフ全体に点在)
分類<2> 慢性内戦国 (エチオピア、スーダン、チャドでは1960年代から紛争に陥っている。70年代には、それにウガンダ、80年代にはソマリアが加わっている。)
Year
1960
65
1970
75
1980
85
1990
95
2000
05
2000
75
1980
85
1990
95
2000
05
2000
75
1980
85
1990
95
2000
05
2000
95
2000
05
2000
1990
95
2000
05
2000
1990
95
2000
05
2000
1990
95
2000
05
2000
Ethiopia
Sudan
Chad
Uganda
Somalia
分類<3> 白人支配に対する闘争(南部アフリカの二国。1990年までには紛争が終結している)
Year
1960
65
1970
South Africa
Zimbabwe
分類<4> ポルトガルからの独立して以降、安定を見せなかった国
Year
1960
65
1970
Mozambique
Angola
分類<5> 80年代にクーデターを経験した国(軍の離反が政府の勢力を分割する内戦に発展する場合もあるが、これらの国では短期に混乱が終結している)
Year
1960
Burukina Faso
Cameroon
Gambia
Ghana
Kenya
Togo
65
1970
75
1980
85
1990
分類<1>解放闘争勢力がまとまら
ないまま独立し、そのまま内戦へ
分類1. クーデター(エンクルマの追放)
* その他にも、リベリア、コモロもここに該当(分類の重複)
分類<6> 1990年代の内戦(独立型): 1990年の力学で紛争が起こった国で、その不安定化と隣国の紛争との関連が弱いと思われる国。
Year
1960
65
1970
75
1980
85
Comoros Congo(Brazaville)
Djibouti
Guine-Bissau
Lesotho
Senegal
分類<5>5
分類<7> 1990年代の内戦(連鎖型): 1990年代の力学で紛争が起こった国で、その不安定化と隣国の紛争との関わりが強いと思われる国。
Year
1960
65
1970
75
1980
85
Rwanda
Brundi
DR Congo
Liberia
Sierra Leone
Ivory Coast
Guinea
CAR
Mali
Niger
例外
Year
Gabon
Madagascar
Mauritania
Niegeria
Eritrea(91年独立)
South Sudan
分類<1>クーデター
分類<1> カタンガ、西カサイ、CNL
分類<5>5
1960
65
1970
75
1980
85
分類<1>MOININAの反乱
分類<1>
クーデター
西サハラ(例外)
分類<1>ビアフラ戦争
(
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グラフ 3 から 1960 年代から 2000 年代までにアフリカで見られた内戦の動向は以下の
ように説明できる。
―1960 年代には、新生国家で政変が発生した(分類1)。その一方、独立から継続的に内戦を経験
している慢性内戦国(分類2)が存在していた。
―1980 年代には、経済悪化の結果、クーデタが頻発した(分類5)
。しかし、それは大規模なもの
にならなかった。
―1990 年代にはこれまで内戦を経験していない多くの国で内戦が発生した(「単独型」および「連
鎖型」
)
。しかし、1990 年に内戦が多発したという傾向は、1980 年代までの内戦に隠されていた。
すなわち、白人からの解放闘争(分類 3)
、ポルトガルから独立した国の内戦(分類 4)
、そして、
1980 年代のクーデタ(分類5)に隠れて見えなかったのである。それらを除外して考えると、
独立直後の政変以降、これまで内戦を経験したことのない国が、1990 年代には多数内戦に巻き
込まれたことを物語っている。
―また、
「1990 年代の内戦(単独型)
」は 2000 年代に入ると収束傾向を見せ 2003 年に見られなく
なっている。一方、「1990 年代の内戦(連鎖型)」、および「慢性内戦国」(チャド、スーダン、
エチオピア、ソマリア、ウガンダ)は 2011 年まで依然として続いている。
分析結果
* こうした傾向に、白人政権からの解放闘争を経験したジンバブエ、南アフリカ(分類 3)
および、ポルトガルからの独立を遂げたアンゴラ・モザンビーク(分類 4)を加えると
アフリカの大まかの内戦の傾向がつかめるのではないか。つまり、定量的研究に隠れる
1960 年代から 2000 年代までの動向が見えてくるのではないか(グラフ 5)
。
・結論で述べた内戦の傾向は、あくまでも PRIO のデータから言えることです。これまで量的データの
中に見られる内戦の分析は十分にしてこられませんでした。内戦という現象は複雑なため、捉え方が
さまざまである。あえずのところ、本発表は、アフリカの内戦を理解するための数ある解釈のうちの
ひとつとしてこの結論を提示する。
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付録資料
個々の内戦の概要(特に断りがない場合、UCPD Conflict Encyclopedia に依拠している)。
<分類 1>独立直後の内戦
ブルンジ
1965 年、選挙後の混乱をきっかけに軍部のフトゥ派閥がクーデタ
コンゴ民主共和 1960-62 年、カタンガ/60-62 年、南カサイ鉱山国/64-65 年、CNL[国民解放
国
委員会]/1967 年、ルワンダから反乱軍の侵攻
ガボン
1964 年、クーデタ
ガーナ
1966 年、コトカ大佐らによるクーデタ[エンクルマ大統領の追放]
マダガスカル
1971 年、MOININA[マダガスカル国家独立運動]による反乱
ナイジェリア
1966 年、クーデタ/67-70 年、ビアフラ紛争
カメルーン
1960 年独立、国内がまとまらず。UPC の活動
<分類 2>1980 年代までに、内戦が慢性化している国(
「慢性内戦国」
)
スーダン
1956 年独立。第一次スーダン内戦(1955-72 年)、第二次スーダン内戦
(1983-2005 年)
。
エチオピア
地方や民族を基盤とした反政府運動が続く。1974 年の革命を契機としたメン
ギスツによる軍事社会主義体制への移行後も同様に反政府運動が継続した。
エ
リトリアの分離独立運動を含む。
チャド
1960 年に独立。1962 年、南部出身の初代大統領トンバルバエによる一党制導
入。以降、北部の反乱が続く。
ウガンダ
1970 年代より内戦が慢性化(1971 年アミン政権の成立となったクーデタ、
1972 年 Kikosi Maalum、その後、複数の武装勢力が台頭)。1981 年には NRA
による蜂起。
ソマリア
1980 年代より内戦状態。1991 年のバーレ政権崩壊以降、内戦状態。エチオピ
アによる反政府勢力 SNM の支援が紛争を激化させる。
<分類3>白人支配に対する闘争
ジンバブエ
白人政権による独立以降、解放闘争(1965-79 年)
。
南アフリカ
1960 年代から 80 年代、
ANC (African National Congress)、
PAC (Pan African
Congress)、SACP (South African Communist Party)による反アパルトヘイ
ト運動。
<分類4>ポルトガルからの独立以降、安定しなかった国
モザンビーク
独立(1975 年)
。1977 年、中央政権である FRELIMO に対して、武装勢力
RENAMO が蜂起。白人政権下のローデシアおよび南アフリカからの支援を受
ける。モザンビークの内戦は南アによる RENAMO の支援がなくなったため
終結したともいえる。
アンゴラ
国内の反植民地闘争勢力がまとまらないまま独立し、そのまま内戦に。南アフ
リカの支援のほかにも、米ソ両陣営からの支援を受けていた。冷戦の周縁によ
り国外からの支援がなくなったものの、
支配地域で産出するダイヤモンドや石
油の採掘を原資に紛争は継続された。
<分類5>80 年代のクーデタ
ブルキナファソ
1987 年、クーデタ。サンカラの失脚とコンパオレの就任。
カメルーン
1984 年、クーデタ未遂事件。配置換えを拒否した大統領官邸警護隊の抵抗に
より、数日間にわたる銃撃戦に発展。後、鎮圧される。
ガンビア
ジャワラ大統領に対するクーデタ未遂事件。
ガーナ
1981 年、ローリングスによるクーデタ。1983 年、クーデタ未遂事件、一日の
間に鎮圧される。
岡野 9
ケニア
トーゴ
*コモロ
*リベリア
1982 年、モイ大統領に対するクーデタ未遂事件。
1986 年、エデヤマ大統領に対するクーデタ未遂事件。
1989 年、ボブ・ディナール配下の大統領警護隊によるクーデタ。フランスと
南アの圧力によるディナールとその兵士は国外退去となる。その後、モハメ
ド・ジョハルが大統領に就任。
1980 年、ドーによるクーデタ。ドーの大統領への就任。
* 1990 年代に入り紛争を経験したコモロ、リベリアはそれぞれ分類 6、分類 7 に記載してある。コモロでは、
分類 5 に該当するのは 1989 年であり、1997 年の内戦は分類 6 に該当する。リベリアで分類 5 に該当するの
は 1980 年の内戦であり、1989-90 年、2000-03 年の内戦は分類 7 に該当する。
<分類6> 隣国の内戦との関連が弱いと思われる内戦
コモロ
1996 年、二つの島の自治権が奪われたことにより、それに抗した武力紛
争が勃発。
コンゴ共和国
総選挙をきっかけに政治エリートの対立。
ジブチ
政府での代表割り当てが十分でなかったことを契機とし、アファール人
が主体となる反政府勢力 FRUD(統一と民主主義回復のための戦線)が
蜂起。
ギニアビサウ
1998 年、軍の一部が離反し、反政府勢力となる。
レソト
1998 年 9 月、軍部の一部が離反し反政府勢力となるも、レソト政府がボ
ツワナと南アの支援を受け 11 月には鎮圧される。
セネガル
カザマンス紛争。
<分類 7>「1990 年代の内戦(連鎖型)
」
 連鎖地帯①:太湖地域(ウガンダ~ルワンダ・ブルンジ・コンゴ民)
この地位ではウガンダからルワンダへと紛争が波及し、ルワンダが DRC およびブルンジへと紛
争を波及する形で広がった。
1990 年、ウガンダからルワンダへと反政府組織 RPF(ルワンダ愛国戦線)が侵攻。1996 年にはハ
ビャリマナ政権と RPF の間でアルーシャ協定が結ばれる。しかし、内戦で創られた緊張は、ジェ
ノサイドへとつながる。RPF は首都へと進行し、虐殺の主体となった政府系勢力を放逐する。政府
系勢力はコンゴ民主共和国へと逃亡した(「元ルワンダ政権勢力」と表記)。ルワンダを掌握した
RPF(以降、
「RPF 政権」と表記)は、コンゴ民において元ルワンダ政権勢力を支援しているモブ
ツ大統領を放逐するため ADFL(コンゴ・ザイール解放民主勢力連合)を支援し、モブツを追放し
た(第一次コンゴ内戦、1996-97 年)
。ADFL の議長であったカビラが大統領に就任するも、政府
内の分裂が第二次コンゴ内戦(1998-2003 年)を招く。その混乱は現在まで継続している。一方、
ブルンジでは 1996 年以降、中央・地方の有力政治家や政党による民兵が割拠する状態に。ルワン
ダで RPF 政権成立後、こうした民兵に旧ルワンダ政権勢力の戦闘員が流入した。
 連鎖地帯②:西アフリカ大西洋中央地域(リベリア、シエラレオネ、ギニア、コートディヴォ
ワール)
この地域では、リベリアで始まった内戦がきっかけとなり、リベリアが周辺国に紛争を「輸出」
する形で展開している。
1989 年、コートディヴォワールから反政府勢力 NPFL(リベリア愛国戦線)が侵攻し、リベリ
アが内戦に突入する(第一次リベリア内戦、1989-96 年)
。NPFL が隣国シエラレオネの反政府勢
力 RUF(革命統一戦線)に支援を与えることにより、シエラレオネでも内戦が勃発した(1991 年)。
第一次リベリア内戦は終結したものの、その後、シエラレオネにて反政府勢力 LURD(リベリア民
主和解運動)が形成され、リベリアへと侵攻した(第二次リベリア内戦、2000-03 年)。ギニアでは、
2000 年 9 月以降、隣接するシエラレオネおよびリベリアからの武装集団 RFDG (ギニア民主勢力連
合)による襲撃事件が発生している。RFDG はシエラレオネの反政府勢力 RUF とチャールズ・テイ
ラー大統領のリベリア政府からの支援を受けていたとみられる。一方、コートディヴォワールでは
バボ大統領の軍機構改革で退役を迫られたことなどを不服とする軍人ら約 750 人による武装勢力
岡野 10
MPCI(コートディヴォワール愛国運動)が、アビジャンやブアケなど主要都市で蜂起した。この
内戦にはリベリアから戦闘員が流入したと言われている。
 連鎖地帯③:チャド、ダルフール(スーダン)
、中央アフリカ
この地域は 2000 年代に入り紛争が顕著となった地域である。ダルフールでは、ザガワ人が中心と
なった JEM(正義と平等運動)やフール人が中心となった SLA(スーダン解放軍)といった反政府
勢力が台頭したが、彼らはチャド領内を後方基地として利用した(白戸, 2009, 214 頁)。一方、チ
ャドは複数の武装勢力が存在しており、その中にはスーダンや中央アフリカを後方基地として使用
している勢力もある同様に、中央アフリカにも複数の武装勢力がおり、チャドを後方基地として利
用している(Prunier, 2008)
。チャド、ダルフール、中央アフリカ共和国の間では戦闘員が行き来
し、武装勢力を渡り歩いている(Debos, 2008)
。
 連鎖地帯?―――マリ・ニジェール
トゥアレグ人がマリ、ニジェール(およびリビア、アルジェリア)に分布している。マリでは、1990
年代から、MPA(アワザド人民運動)
、FIAA(アザワド・アラブ・イスラーム戦線)といったトゥ
アレグ人の武装勢力の活動が見られる。2007 年からは新しい勢力 ATNMC(変革のための北部マ
リトゥアレグ連合)の活動が見られる。一方、ニジェールでも複数の武装勢力の活動が見られる。
なお、2012 年以降に見られたマリでの新しい展開については本発表の考察対象外となる。
参考文献
Debos, Marielle (2008) “Fluid Loyalties in a Regional Crisis: Chadian ‘Ex-Liberators’ in the Central
African Republic,” African Affairs. 107 (427): 225-241.
Prunier, Génard (2008) “Armed Movements in Sudan, Chad, CAR, Somalia, Eritrea and Ethiopia,”
Center for International Peace Operations (Berlin/Germany).
Reno, William (2011) Warfare in Independent Africa. Cambridge, New York, Melbourne, Madrid,
Cape Town, Singapore, Sao Paulo, Delhi, Tokyo, Mexico City: Cambridge University Press.
白戸圭一 (2010)『ルポ資源大陸アフリカ―暴力が結ぶ貧困と繁栄』東京:東洋経済新報社。
武内進一(2005)
「冷戦後アフリカにおける政治変動―政治的自由化と紛争」日本国際政治学会編『国
際政治』第 140 号:90-107 頁。
―(2009)
『現代アフリカの紛争と国家―ポストコロニアル家産制とルワンダ・ジェノサイド』東京:
明石書店。
岡野 11
日本アフリカ学会第 50 回学術大会口頭発表
2013 年 5 月 26 日(日) 於 東京大学
サブ・サハラ・アフリカの武力紛争―定量的研究に隠れる 1960 年代から 2000 年代までの傾向―
岡野英之
グラフ3.国別にみる紛争の経験②
分類<1>独立直後の政変(グラフ全体に点在)
分類<2> 慢性内戦国 (エチオピア、スーダン、チャドでは1960年代から紛争に陥っている。70年代には、それにウガンダ、80年代にはソマリアが加わっている。)
Year
1960
65
1970
75
1980
85
1990
95
2000
05
2010
75
1980
85
1990
95
2000
05
2010
75
1980
85
1990
95
2000
05
2010
95
2000
05
2010
1990
95
2000
05
2010
1990
95
2000
05
2010
1990
95
2000
05
2010
Ethiopia
Sudan
Chad
Uganda
Somalia
分類<3> 白人支配に対する闘争(南部アフリカの二国。1990年までには紛争が終結している)
Year
1960
65
1970
South Africa
Zimbabwe
分類<4> ポルトガルからの独立して以降、安定を見せなかった国
Year
1960
65
1970
Mozambique
Angola
分類<5> 80年代にクーデターを経験した国(軍の離反が政府の勢力を分割する内戦に発展する場合もあるが、これらの国では短期に混乱が終結している)
Year
1960
Burukina Faso
Cameroon
Gambia
Ghana
Kenya
Togo
65
1970
75
1980
85
1990
分類<1>解放闘争勢力がまとまら
ないまま独立し、そのまま内戦へ
分類1. クーデター(エンクルマの追放)
* その他にも、リベリア、コモロもここに該当(分類の重複)
分類<6> 1990年代の内戦(独立型): 1990年の力学で紛争が起こった国で、その不安定化と隣国の紛争との関連が弱いと思われる国。
Year
1960
65
1970
75
1980
85
Comoros Congo(Brazaville)
Djibouti
Guine-Bissau
Lesotho
Senegal
分類<5>5
分類<7> 1990年代の内戦(連鎖型): 1990年代の力学で紛争が起こった国で、その不安定化と隣国の紛争との関わりが強いと思われる国。
Year
1960
65
1970
75
1980
85
Rwanda
Brundi
DR Congo
Liberia
Sierra Leone
Ivory Coast
Guinea
CAR
Mali
Niger
例外
Year
Gabon
Madagascar
Mauritania
Niegeria
Eritrea(91年独立)
South Sudan
分類<1>クーデター
分類<1> カタンガ、西カサイ、CNL
分類<5>5
1960
65
1970
75
1980
85
分類<1>MOININAの反乱
分類<1>
クーデター
西サハラ(例外)
分類<1>ビアフラ戦争
(
(
(UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset、2011 に基づき発表者が作成)