生理検査(心電図)

岐臨技 精度管理事業部 平成 24 年度 総括集
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生理検査(心電図)
野久
設問 1.
66 歳、女性。右胸心の 12 誘導心電図を図 1 に示す。
正しいものはどれか。
a. I 誘導で、P 波、QRS 波、T 波は陰性である。
b. aVR 誘導で、T 波は陽性である。
c. 胸部誘導で、V1~V6 のすべてで R/S>1 である。
d. 広範な前壁中隔心筋梗塞を疑う。
e. 内臓逆位を伴う場合の方が伴わない場合より
心奇形の合併が少ない。
1. a.b
2. b.c
3. c.d
4. d.e
5. a.e
正解:5
正解率:96.8%
《出題意図》
右胸心の心電図所見を問う問題。波形の特徴を
理解し、追加記録時の誘導などの記録方法を確認
しておきたい。
《解説》
・心臓の大部分が右胸郭内に位置するものを右胸心
(dextrocardia)という。
・内臓逆位を伴う「鏡像型右胸心」と内臓逆位を伴
わない「孤立性右胸心」とがある。
・心奇形合併率は、内臓逆位を伴うもので 5%、内
臓逆位を伴わないもので 90%。
・設問の図 1 に示す 12 誘導心電図について・・・
「QRS 波はⅠ誘導で陰性、aVR と aVF で陽性であり
右軸偏位(平均電気軸は+145°)である。
P 波は、I,aVL 誘導では陰性で、II,III,aVF 誘
導では陽性であり、やはり電気軸は右下方へ向か
っている。
(正常では心房・心室ともに興奮は左下
方へと向かうのに対し)本症例においては右下方
へ向かっていることになる。
胸部誘導では、V1 から V3 へと R 波は減高し、
V4~V6 には R 波を認めない。(V1~V6 で R/S<1)
以上の所見に加え、本症例では内臓逆位を認めな
いことが確認されており、鏡像型右胸心(通常の
謙
位置の左右逆、つまり矢状面に対して鏡像)の心
電図であると考えられる。
・四肢電極を左右付け間違えた場合の波形とは、胸
部誘導所見の相違から容易に鑑別可能である。
設問 2.
図 2 に示す 12 誘導心電図について誤っているものは
どれか。
a. 心房細動である。
b. 年齢による有病率の差は無い。
c. 通常型である。
d. V1、Ⅱ、Ⅲ、aVF 誘導などに細動波(f 波)を
認める。
e. 肺静脈起源の期外収縮がこの不整脈発生の原
因となることがある。
1. a.b
2. b.c
3. c.d
4. d.e
5. a.e
正解:2
正解率:100%
《出題意図》
心房細動に関する基礎的事項を問う問題。過去
のサーベイでも幾度となく出題されている不整脈
であるが、今一度、発生のメカニズムから治療に
関わる内容まで、さらに一歩、理解を深めたい。
《解説》
・心房細動の心電図所見・・・
①P 波の消失 ②細動波f波の存在 ③RR 間隔の
不規則性など。
・f波の形態は、ほとんど平坦に見えるもの(慢性
心房細動に多い)から、心房粗動の鋸歯状 F 波に
近いものまで様々で、かつ常に変動している。f
波高が高いものの方がf波高の低いものより除細
動され易い傾向にある。
・一般にf波が明瞭に認められる誘導は、V1、V2、
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Ⅱ、Ⅲ、aVF。
・f波の頻度は 350~600 拍/分であり、F 波の頻度
は 250~300 拍/分で規則正しい。
・心房細動は一般に頻脈性であるが、心室興奮は房
室結節の伝導能に依存しており、伝導性が低下し
ていれば徐脈性になることもある。
・RR 間隔が不規則になることを絶対条件とするが、
完全房室ブロックを合併すれば RR 間隔は一定。
・心房細動では、発作の持続時間と自然停止の有無
によって分類される。発作性に出現し7日以内に
自然停止すれば「発作性」
、7日以上持続し自然停
止しなければ「持続性」
、除細動されず、永久的に
持続すれば「慢性」と分類される。
・心房細動発生のトリガーとなる心房期外収縮は、
90%以上が肺静脈内、あるいは開口部起源。
・WPW 症候群に心房細動が合併すると、副伝導路の
不応期が短いために著明な頻拍となることがあり、
デルタ波により wide QRS を呈し、一見心室頻拍様
に見えるため鑑別が必要である。
・正常心筋細胞の不応期は、先行する心周期に依存
する為、先行する RR 間隔が長いほど、またその直
後の RR 間隔が短いほど変行伝導をきたし易い。
(Ashman 現象)
設問 3.
83 歳、男性。主訴は意識消失発作。図 3 はこの患者
の安静時 12 誘導心電図波形である。最も疑われる疾
患はどれか。
1.
2.
3.
4.
5.
ブルガダ症候群
WPW 症候群
肺気腫
心筋梗塞
肥大型心筋症
正解:4
正解率:80.6%
《出題意図》
脚ブロック時の虚血性変化について問う複合問
題。右脚ブロックと左脚ブロックに分けて、その
心電図所見を確認しておきたい。
《解説》
・図 3 は右脚ブロックに合併した広範囲前壁中隔心
筋梗塞。胸部誘導 V1~V6、肢誘導Ⅰ、aVL に Q 波
-2と陰性 T 波を認める。
・右脚ブロックがあっても左室の興奮過程には影響
を与えない為、異常 Q 波、急性期の ST 上昇、亜急
性期の冠性 T 波は通常の経時的心電図変化として
現れる。
・但し、後壁梗塞では、その特徴である右側胸部誘
導(V1、V2)での ST 低下と T 波増高、R 波増高な
どは、右脚ブロックの所見と重なり診断は困難。
この場合、V1 誘導に注目し、完全右脚ブロックで
は陰性であるはずの T 波が陽転しているようなと
きは、後壁梗塞による陽性 T 波の可能性がある。
・左脚ブロックや WPW 症候群では急性期の ST 上昇
や亜急性期の冠性 T 波の出現時期は診断可能であ
るが、慢性期ではもともとの平均ベクトルの偏位
が大きいため、異常 Q 波はマスクされてしまい診
断は困難。この場合は、心エコー、心筋シンチな
どにより診断する。
・本症例の主訴である意識消失発作は、心筋梗塞後
の合併症の 1 つである心室頻拍によるものである
と考えられた。
設問 4.
72 歳、女性。主訴は労作時胸痛。この患者にマスタ
ー2 階段負荷試験を実施した際、運動終了直後から
約 10 分間程度、12 誘導心電図に ST 変化を認めた。
図 4-1:負荷直前、図 4-2:負荷直後、図 4-3:負荷
後 1 分、図 4-4:負荷後 3 分、図 4-5:負荷後 5 分、
図 4-6:負荷後 10 分の、各々の 12 誘導心電図を示
す。正しいものはどれか。
a. 冠動脈に有意狭窄の存在が疑われる。
b. ST 低下を認めた誘導から、心筋虚血領域を判
断する。
c. マスター2 階段負荷試験の実施に際して、血圧
に関する中止基準は無い。
d. 胸痛が無ければ波形の変化はみられない。
e. ST 低下の程度や出現時間は、冠動脈病変の重
症度に関連する。
1. a.b 2. b.c 3. c.d 4. d.e 5. a.e
正解:5
正解率:64.5%
《出題意図》
マスター2 階段負荷心電図に関する問題。問い
としては基礎的な内容であるが、患者の生命に関
わる重大事故を引き起こすことがあるため、検査
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方法から禁忌・中止事項、緊急時の対応に至るま
で十分理解しておきたい。
《解説》
・運動負荷心電図検査は、胸痛を有する症例におい
て良い適応である。また、糖尿病患者や高齢者で
見られる、無症候性心筋虚血のスクリーニング検
査としても有用である。
・心電図変化は主に ST 変化に現れる。QRS 終末から
80msec ~60msec(2.0~1.5mm)以上持続する 1mm
以上(マスター負荷試験の場合は 0.5mm 以上)の
水平型または下降型の ST 低下あるいは ST 上昇を
陽性とする。
・ST 変化の最高値だけでなく、その経時的変化も考
慮する必要がある。負荷後すぐに ST 低下が基線に
戻る例は偽陽性が多く、逆に、負荷後 2~3 分に、
右下がりの ST スロープがより深くなる例は真の
陽性の可能性が高い。
・急性心筋梗塞においては、ST 上昇を示す誘導から
梗塞領域を予測することが可能であるのに対し、
負荷試験の ST 低下誘導は心筋虚血領域とはあま
り相関を示さず、責任病変の予測は困難である。
V5 誘導中心として、比較的広い範囲に ST 低下を
示すことが多い。
・設問 4 の症例では、負荷直後の心電図(図 4-2)
で 0.5mm 以上(V3、V4 で 2mm 以上)の ST 低下を
認め、この時点で“負荷陽性”と判定できる。
図 4-3(負荷後 1 分)から 4-5(負荷後 5 分)まで、
右下がりの ST 低下所見が aVR と aVL 誘導以外の誘
導で認められる。ST 低下の消失は負荷後 10 分以
上経過してからであった。
本症例は、後日実施した心臓カテーテル検査で、
前下行枝近位部(#6)に 90%の狭窄を認めた。
設問 5.
図 5-1 から図 5-5 は、ホルター心電図記録より得ら
れた拡大波形である。このうち促進型心室固有調律
(AIVR)を示すものはどれか。
1.
2.
3.
4.
5.
図 5-1
図 5-2
図 5-3
図 5-4
図 5-5
正解:4
正解率:90.3%
-3《出題意図》
ホルター心電図記録における不整脈の判読に関
する問題。各種不整脈の判読で重要となるのは、
洞性 P 波の有無や PQ 間隔、QRS 波形の特徴などに
ついて十分に理解しておくことが必要であり、こ
れらを整理して覚えておきたい。
《解説》
・通常、心室固有調律は完全房室ブロック時に示す
30~40 拍/分程度であるが、種々の心疾患(心筋
梗塞の再還流後に多い、その他、急性心筋炎、慢
性心不全など)に伴い、心室筋または Purkinje
線維の自動能亢進により 60~120 拍/分の調律を
生じるものを促進型心室固有調律(AIVR)と呼ぶ。
・発症時に心拍が徐々に速くなり(warm up 現象)、
停止時には徐々に遅くなる(cool down)現象を認
める場合がある。
・設問の図 5-4 は、心拍数は 70 拍/分程度である。
第 1 拍めと第 2 拍めは(最後から 2 拍も)洞刺激
による正常収縮と思われるが、第 3 拍め以降は PR
間隔が一定ではなく、QRS レートが P レートより
僅かに多いため、QRS 波が徐々に P 波を追い越し
ている。つまり房室解離であることがわかる。こ
れらの特徴から、促進型心室固有調律(AIVR)と
診断される。なお、第 3 拍めと最後から 3 拍めは
fusion beat と考えられる。
(図 5-4 の心電図では、明らかな warm up 現象や
cool down 現象は認めない。)
・図 5-1 は非持続性心室頻拍、図 5-2 は完全房室ブ
ロック、図 5-3 は心室性期外収縮(3 段脈)or 副
調律、図 5-5 は左脚ブロックをそれぞれ示す。
※ 完全房室ブロックと房室解離との違いは?
房室解離では、P 波は必ず房室結節~心室の不
応期(QRS 直前~T 波)に出現し、不応期以外での
P 波は心室に伝わるために QRS 波を伴う。一方、
完全房室ブロックでは、不応期以外での P 波も心
室に伝わらないため QRS 波を伴わないことが大き
な違いである。
設問 6.
図 6 は DDD ペースメーカー装着患者から記録された
心電図モニター波形である。このモニター波形で認
めないものはどれか。
1.ペーシング不全
岐臨技 精度管理事業部 平成 24 年度 総括集
2.センシング不全
3.心房ペーシング
4.心室ペーシング
5.心室性期外収縮
正解:3
正解率:93.5%
-4た症例であった。
文献
1)循環器病の診断と治療に関するガイドライン
《出題意図》
ペースメーカー心電図の判読に関する基礎問題。
ペースメーカ(以下、PM)心電図の判読に際し
ては、PMの作動原理を理解し、PMの種類、モ
ードや条件設定を確認しないと正確な評価は難し
く、日常業務の中で根気よく習得していく必要が
ある。
不整脈の非薬物治療ガイドライン
2011 改訂版
2)田中秀央:なぜ心房細動は起こるのか
京府医大誌
119(4), P261-268, 2010
3)高橋淳:心房細動の非薬物療法
拡大肺静脈隔離を
基礎としたカテーテルアブレーション
日薬理誌(Folia Pharmacol.Jpn.) 135 P66-69
4)松川啓義
ほか:Kartagener 症候群を伴う完全内臓
逆位症に対して肝切除を施行した 1 例
《解説》
・設問 6 の症例は、DDD モードのPMが埋め込まれ
ている。DDD モードとは、PMのリードが心房と
心室に留置され、心房に留置されたリードで自己
の心房波を感知、心室に留置されたリードで心室
に流れてくる電流を感知する。設定された時間内
に自己の心房波が出現すれば心房刺激(ペーシン
グ)を抑制応答し、設定された時間内に自己の心
房波が出現しなければ心房をペーシング、心室で
は心房同期と心室抑制応答するモードである。
・PM心電図の判読では、まずスパイクが規則正し
く出ているか、スパイクは心房・心室を捕捉して
いるかどうかを判定し、また自己心拍を認める症
例では、スパイクが自己の P 波・R 波で抑制(セ
ンシング)されるかどうかを判定する。
・図 6 のモニター心電図で目立つのは、心室ペーシ
ングによるスパイク波の後に何の波形も観察され
ないペーシング不全の所見である。この段階で心
室リードの不具合が考えられる。
・心室性期外収縮の頻発も認める。
・最上段の波形を見ると、第 2 拍と 3 拍めの下向き
の QRS 波が心室ペーシングによる波形と思われる。
そして、その 2 秒ほど後に見られる第 4 拍めの QRS
波は心室補充収縮(自己波)とみられるが、この
自己波が出ているにも関わらず、すぐその後に心
室がペーシングされており、センシング不全の所
見を認める。
・次に、洞性(自己波)と思われる P 波を確認する
と、ほぼ規則正しく出現しており心房ペーシング
を示すスパイク波は認めない。
・本症例は、心室リードの先端が右室心尖部心筋か
ら遊離しかかった状態となってPM不全をきたし
日消外会誌
5)矢崎義雄
40(12) : 1915-1920, 2007
ほか:心電図を読む
改訂版)メジカルビュー社
6)村川裕二
心電図
ほか:(新)目で見る循環器病シリーズ
2007
7)小川聡
不整脈
(Heart View 新装
2004
ほか:(新)目で見る循環器病シリーズ
2005
8)池田隆徳
ほか:レジデントノート Vol.12 No.2
心電図の読み方、診かた、考え方
9)青沼和隆
羊土社
2010
ほか:新・心臓病診療プラクティス
不整脈を見る・治す
文光堂
2009