「Wii」,「Nintendo」商標法違反事件〔刑事事件〕 名古屋高判 平成 25 年

2013 年 3 月 14 日
第一東京弁護士会
知的所有権法研究部会
恵古 陽一
「Wii」,「Nintendo」商標法違反事件〔刑事事件〕
名古屋高判 平成 25 年 1 月 29 日 (平成 24(う)125)
1. 原判決(名古屋地判 平成 23(わ)2197 等)
被告人による以下の行為は商標権侵害罪に該当し、被告人は有罪
1) (第 1)任天堂株式会社が商標登録を受けている「Wii」及び「Nintendo」の各商標を
付した家庭用テレビゲーム機Wiiについて,Wii専用アプリケーション以外の各種ア
プリケーションのインストール及び実行も可能になるように内蔵プログラム(ファーム
ウエア)等を改変した上で,上記各商標を付したまま前後3回にわたり計3名に販売
して譲渡した行為(商標法 78 条)
2) (第 2)自宅においてそのように内蔵プログラムの改変をしたWii4台を譲渡のために
所持した行為(みなし侵害。商標法37条2号,78条の2)
2. 控訴趣意
原判決には、次の(1)ないし(3)のような判決に影響することが明らかな法令解釈適用の
誤り又は事実誤認があり、被告人は無罪
1) 各行為に係るWiiは,いずれも任天堂が正規に流通に置いた真正なWiiに対し,ハ
ードウエア面における変更は一切加えず,書換えが可能かつ予定されている内蔵プ
ログラムを改変したにとどまり,かつ,その改変も,Wii本体が備えている初期化機
能や内蔵プログラムのアップデート(更新)により,改変前と機能上同程度に復元で
きるものであるから,本件Wiiは,商標権の出所表示機能を損なうような同一性の欠
如は来していない。それにもかかわらず,真正品との同一性を失ったと認定し,本件
各行為が商標権侵害に当たると認めた点において,原判決には,事実誤認ないし法
令解釈適用の誤りがある。
2) 被告人は,本件Wiiを初期化することにより改変前の状態に復元できると認識してい
たから,同一性を損なうような改変をしたという認識を欠き,商標権侵害の故意が存
在しない。原判決は,商標権侵害罪の故意が成立するためには,他人の登録商標
であると認識(未必の故意の場合も含む。)して商標を使用することをもって足りると
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して,真正品と改造品の同一性の喪失を根拠づける事実の認識を問うことなく,故意
を認定した点において,事実誤認及び法令の解釈適用の誤りがある。
3) 被告人は,第1の行為当時,MODチップなどの部品を付加する改造をしたWiiの出
品は禁止されていて違法であると認識していたが,本件Wiiのような内蔵プログラム
だけを改変したものについてはそのような制限がなく,その後,インターネット上の質
問サイトにおいても,出品は適法であるとの回答が寄せられていたから,違法性の
意識の可能性はなく,被告人に違法性の意識を期待できるのは,せいぜいその後に
ヤフーオークションへの出品制限がかけられてからである。原判決は,原判示第1の
行為当時の違法性の意識の可能性の有無に関係しない事後的な事情や,被告人
の供述調書などに対して誤った推論や評価をすることにより違法性の意識の可能性
を認めたという事実の誤認がある
(以下も含め、下線はすべて報告者)
3. 本件判決
控訴棄却
1) 本件Wiiに加えられた改変と真正品との同一性(前記2. 1)の論旨)について
・商標権者又はその許諾を得た者により,適法に商標が付され,かつ,流通に置か
れた商品(真正商品)が,転々と譲渡等される場合は,商標の機能である出所表
示機能及び品質保証機能は害されないから、実質的違法性を欠き(最高裁平成1
5年2月27日)、商標権侵害罪は成立しない。消尽論は採用していない。
真正商品であっても,[商標権者又はその許諾を得た者]以外の者によって改変
が加えられ,かつ,その改変の程度が出所表示機能及び品質保証機能を損なう
程度に至っているときには,これを転売等して付されている商標を使用することに
つき,実質的違法性を欠くといえる根拠が失われる。
・本件Wiiはファームウエアが書き換えられ(「ハック」),真正品と機能,動作におい
て次の点で異なるものとなっている。
① 真正品ではインストール及び実行がされるはずのないHBC,Wiiflow,各種エ
ミュレータなど,正規のものでなく,かつ,Wii専用のものでもないアプリケーシ
ョンが,インストールされて実行可能となっている。
② 真正品では実行することが不可能とされている,SDカードスロットやUSB接
続されたハードディスク等の外部記憶装置から,そこに複製されたWii専用で
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はないゲームプログラム等を実行することが,上記で不正にインストールされ
たHBCやWiiflowを実行することにより可能になっている。
以上の事実関係によれば,本件Wiiは,ハードウエアそのものに何ら変更は加え
られていないが,ファームウエアが書き換えられたため,真正品が本来備えていた
ゲーム機としての機能が大幅に変更されていることが明らか。
・ファームウエアは,あくまでソフトウエアであり,ハードウエアであるWiiとは別個の
存在と観念できるが,ゲーム機としてのWiiの機能及び個性を規定するもので,か
つ,Wiiにおいて,ファームウエアが担う機能について,性質上,メーカーが提供す
るプログラム以外のものをユーザーが任意に用いることが予定されていないことも
明らかであるから,ファームウエアは,ハードウエアとしてのWiiと不可分一体かつ
不可欠の構成要素であると認められる。そうすると,その改変は,それ自体におい
て,商品としてのWiiの本質的部分の改変に外ならない。
・このようなファームウエアが改変された本件Wiiの品質の提供主体は,付された商
標の商標権者である任天堂であると識別し得ないことは明らか。また,商標権者
である任天堂が配布したものではない非正規のファームウエアによっては,ゲー
ム機としての動作を保証できないことも明らかであるから,需要者の同一商標の
付された商品に対する同一品質の期待に応える作用をいう商標の品質保証機能
が損なわれていることも疑いを入れない。
・いずれのWiiも,真正品に付された前記各商標はハック後もそのままにされており,
また,これらを打ち消す何らの表示もされていないから,被告人が「ハック済み」で
あることを明示してインターネットオークションに出品していることは,商標権侵害
の成否を左右する有意の事情とはいえない。
・本件 Wii は容易に真正品と機能上の差異はない状態に復元できるなどの主張は、
本件の問題は,ファームウエアが改変された本件Wiiを,その状態で,原判示の商
標を付したまま譲渡等することが許されるかどうかの問題であるから,失当。
一般ユーザーにおいて,ごく簡単に真正品と同じ状態に原状回復ができる場合
には,そもそも本質的部分の改変があるとはいえないと解する余地があるとの仮
定的な前提に立ち,念のため所論に立ち入って検討しても,本件は,そのような場
合ということはできない。
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2) 被告人の認識と商標権侵害の故意の成否(前記2. 2)の論旨)及び違法性の意識
の可能性(前記2. 3)の論旨)について
・本件Wiiは,いずれも被告人が自らハックしたものであり,被告人は,これによ
り・・・ゲーム機としての個性及び機能が真正品とは大きく変わっていることを認識
していたことは明らか。その上で,被告人は,真正品と同じ商標を付したままの本
件Wiiを,販売して譲渡し,又は,譲渡する目的で所持したものであり,これら各行
為についての認識にも欠けるところはない。そうである以上,被告人の商標権侵
害に当たる事実の認識に欠けるところはなく,同罪の故意が認められる。
・被告人は,本件Wiiを初期化などせず,ハックした状態で譲渡等しているのである
から,被告人が初期化機能等により改変前の状態に復元できると認識していたと
しても,商標権侵害の故意が阻却されるものではない
・原判決は,本件事案において,商標権侵害罪の故意が成立するためには,真正
品と改造品の同一性の喪失を根拠づける事実の認識が必要である,とする原審
弁護人の主張に対し,他人の登録商標であると認識して商標を使用することをも
って足りると説示し,商標が登録されたものであることの認識が認められることを
根拠に商標権侵害の故意を認めている。しかし,本件のような登録商標の付され
た真正品を改変して譲渡等する場合における商標権侵害の事実の認識として,真
正品の本質的部分に改変が加えられていることの認識が必要であることは当然で
あるから,これを認定することなく故意を認めた原判断は,誤った法令解釈の下,
必要な事実の認定を欠く誤りを犯しており,所論が指摘する事実誤認及び法令適
用の誤りがあるといわざるを得ない。しかし,既に述べたように,被告人にその認
識があることは明らかであるから,これを含んだ商標権侵害の故意を認めること
ができるのであり,原判決の上記誤りは,判決に影響するものとは認められない。
・被告人に商標権侵害に当たる事実の認識がある以上,自己の行為が違法である
ことを認識することは十分可能であって,自己の行為が法に触れるとは思わなか
ったというのは,単なる法の不知にすぎず,故意ないし責任を阻却しない。
・所論が種々指摘する諸事情中に,適法性について権威のある機関の見解に従っ
たなど,適法性についての誤信がやむを得なかったと認めるに足りる事情は,何
ら含まれておらず,記録中にもこれをうかがうことはできないから,違法性の意識
の可能性がない旨の主張は,失当。
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4. 所感
・ 本件は、従来の判例の延長線上にある判断内容であり、結論においても、概ね異論
のないケースではないかと思われる。
・(参考2)のケースは、任天堂の製造販売するファミリーコンピュータのハードウェアに改
造を加えた被告商品に、登録商標である”Nintendo”商標を付したまま販売した行為が
商標権侵害に該当するとして損害賠償が認められたケースであるが、本件はハードウ
ェアには一切改造を加えていないところ、書き換え可能なメモリに書き込まれたファー
ムウェアの改変による機能の違いのみから、製品の同一性が失われたこと、ひいては
商標の出所表示機能及び品質保証機能が損なわれたことを認定した点で、真正品の
改造が商標権侵害となるケースの考え方を、より明確にしたと言えるのではないか。
(参考1) 最判平成 15 年 2 月 27 日(平成 14(受)1100)〔フレッドペリー事件〕
「商標権者以外の者が,我が国における商標権の指定商品と同一の商品につき,その
登録商標と同一の商標を付したものを輸入する行為は,許諾を受けない限り,商標権
を侵害する(商標法2条3項,25条)。しかし,そのような商品の輸入であっても,(1)
当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により
適法に付されたものであり,(2) 当該外国における商標権者と我が国の商標権者とが
同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があるこ
とにより,当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであって,(3)
我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場に
あることから,当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商
標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合には,いわゆる真
正商品の並行輸入として,商標権侵害としての実質的違法性を欠くものと解するのが
相当である。けだし,商標法は,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業
務上の信用の維持を図り,もつて産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護
することを目的とする」ものであるところ(同法1条),上記各要件を満たすいわゆる真
正商品の並行輸入は,商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能を害するこ
とがなく,商標の使用をする者の業務上の信用及び需要者の利益を損なわず,実質的
に違法性がないということができるからである。」
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(参考2) 東京地判平成 4 年 5 月 27 日(昭和 63(ワ)1607)
「原告商品に対し被告が加えた改造が、原告商品の本件及びコントローラーのいずれ
にも及ぶものであり、・・・右改造部分に相当する販売価格は・・・原告商品の価格の約
五四パーセントに及び、また被告自身が被告商品を「高速連射可能」、「ビデオ出力端
子装備」及び「ステレオ出力端子装備」の機能を持つ「ファミコンの最終兵器」であるとし
て、被告商品が原告商品の内部構造を改造したものとして売り出していたものであって、
被告商品が原告商品と同一性のある商品であるということはできない。また、・・・被告
商品に原告の本件登録商標が付されていると、改造後の商品が原告により販売され
たとの誤認を生ずるおそれがあり、これによって、原告の本件登録商標の持つ出所表
示機能が害されるおそれがある。さらに、改造後の商品については、原告がその品質
につき責任を負うことができないところ、原告の本件登録商標が付されていると、当該
商標の持つ品質表示機能が害されるおそれがあるとも認められる。したがって、被告
が、原告商品を改造した後も本件登録商標を付したままにして被告商品を販売する行
為は、原告の本件商標権を侵害するものというべき。」
「被告は、被告商品には、・・・被告が原告商品を改造して販売する商品であることを示
す「HACKER JUNIOR」の表示がなされていたし、被告商品の広告は、原告商品を
使用するマニア向けの雑誌において、広告中に被告の商号を明記したうえで行ってお
り、これらの雑誌を購読し、被告商品の広告に注目する者は、原告商品の機能を熟知
しているし、また、被告は被告商品を販売する際、品目を「HACKER JUNIOR」とし、
被告の商号、所在地及び電話番号を明記した保証書を発行しているから、被告商品を
購入しようとする者は、被告商品が原告商品それ自体でないことを知っていたといえる
のであり、被告商品の需要者の間では被告商品が原告の製品であると混同されること
はない旨主張する。
しかしながら、原告が原告商品に付したままの態様で被告商品に付されている本件
登録商標及び原告表示が、前述のとおり、原告の販売する商品であることを示す表示
として広く認識されているものであると認められる以上は、被告商品の需要者の間にお
いて、改造後の原告商品である被告商品の出所が原告であるとの誤認が生ずるもの
と認められるのであり、たとえ被告商品に「HACKER JUNIOR」の表示が、原告標章
及び本件登録商標とともに付されていたとしても、このことによって、被告商品が原告
の商品であるとの右混同が打ち消されることにはならない。」
以上
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