別紙様式 平成26年度新分野創成センターブレインサイエンス研究分野プロジェクト 実 施 報 告 書 平成27年4月15日 新分野創成センター長 殿 研究代表者(所属・職名・氏名) 京都大学大学院医学研究科認知行動脳科学分野・助教・三浦健一郎 1.プロジェクト名 精神疾患を対象とした霊長類認知ゲノミクスのためのトランスレーショナル指標の確立 2.実施体制(所属・職名・氏名:研究代表者には◎) ◎京都大学医学研究科認知行動脳科学分野・助教・三浦健一郎 大阪大学大学院大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学連合 小児発達学研究科附属子どものこころの分子統御機構研究センター・准教授・橋本亮太 自然科学研究機構生理学研究所認知行動発達研究部門・助教・吉田正俊 京都大学医学研究科認知行動脳科学分野・教授・河野憲二 3.予算額 1400千円 4.支出額(見込額を含む。 ) 1400千円 (内訳) 消耗品費 __480千円 設備・備品費 __526千円 旅費 __252千円 謝金 ____0千円 その他 ___42千円 一般管理費 __100千円 ※千円以下は四捨五入(合計額と一致しない場合がある) *設備・備品費内容(品名、型番、価格、設置場所) ビデオ式眼球運動計測装置一式 (内訳) Grasshopper3、GS3-U3-41C6NIR-C、 166 千円、 京都大学 あご台、 SR-HDR、 360 千円、 京都大学 5.実施場所(研究機関名) 京都大学医学研究科 認知行動脳科学分野 大阪大学医学研究科 精神医学教室 自然科学研究機構 生理学研究所 6.実施計画時の目的・目標 精神・神経疾患の病態メカニズムを解明するためには、ヒトを対象とした研究に加えて霊長類モデルを用いた 研究が欠かせない。その二つの研究を効果的に繋ぐためには、精神・神経疾患において顕著な異常が起こり、ヒ トと動物モデルで共通に評価することができるトランスレータブルな行動指標が必要である。眼球運動は精神・ 1 神経疾患において特徴的な異常が認められることが多く、ヒトばかりでなく齧歯類や霊長類にも認められる動物 に共通する行動指標である。特にマカクサルはヒトとの類似性が高く、機能メカニズム解明のための実験動物モ デルとして用いられている。本プロジェクトでは、精神・神経疾患の病態機序の解明を目指し、ヒトと霊長類モ デルの両方に適用できる霊長類認知ゲノミクスのためのトランスレータブル行動指標を確立する。 本研究では、病因において遺伝的要因が強く働いていることが明らかにされている統合失調症に焦点をあてる。 申請者らがこれまでに進めてきたヒト精神・神経疾患患者を対象とした共同研究では、静止した視標を見続ける 注視課題や、動く対象を眼で追跡するスムースパシュート課題、画面に呈示される絵や写真を自由に見るフリー ビューイング課題で観察される眼球運動の特徴に統合失調症患者群と健常者群の間の顕著な差が出ることを示 してきた。また、フリービューイング課題で観察された眼球運動については、視覚的注意の計算論的モデルを用 いた解析により認知行動異常のメカニズムの理解を進めてきた。本研究では、これまでの研究を発展させ、ヒト とマカクサルの両方に適用できる眼球運動検査課題及び眼球運動特徴を利用したトランスレータブル指標を確 立し、眼球運動特徴と遺伝子型との関係を明らかにすることを目的する。 7.実績の概要(A4:1枚以内) 本研究では、①ヒト統合失調症の眼球運動特徴の分析と関連する遺伝子多型の探索及び②サルの行動解析と トランスレータブル指標の開発を行った。 ① ヒト統合失調症の眼球運動特徴の分析と関連する遺伝子多型の探索 申請者らが統合失調症の眼球運動異常の研究で用いてきた、静止した視標を見続ける注視課題、動く視標を眼 で追跡するスムースパシュート課題、絵や写真を自由に見るフリービューイング課題を用いて、患者と健常被験 者の眼球運動データの収集を進め、統合失調症患者35人および健常者113人から眼球運動の記録・解析を行 い、大阪大学にて運営されるヒト脳表現系コンソーシアムのデータベースに統合しゲノムデータ及び認知機能や 脳構造などの他の中間表現型のデータと共に眼球運動データを利用できるように整備した。これまでのデータと 本研究で得たデータを併せ、確定診断に至った統合失調症患者(75人)と健常被験者(182人)のデータを 対象として患者群と健常者群の間の眼球運動特徴を分析した結果、28個の眼球運動特徴に患者-健常者間で違 いがあること、5つの眼球運動特徴を用いて85%以上の判別率で健常者と統合失調症を鑑別できること、前頭 葉機能と関連が示唆される眼球運動特徴において顕著な差が認められることを示した。また、フリービューイン グ課題の視線解析の結果、患者の画像の探索系列にも健常者と異なる特性が認められた。さらにフリービューイ ング課題の眼球運動特徴とCOMT遺伝子型との関係を示唆する所見を得た。今後の研究において本結果の再現性 の確認およびゲノムワイド関連解析による眼球運動関連遺伝子の検討を行っていく計画である。 ② サルの行動解析とトランスレータブル指標の開発 京都大学、生理学研究所で保有しているマカクサルを対象として、統合失調症患者の検査課題を用いて眼球運 動記録実験を実施した。本研究では、マカクサルに適用するフリービューイング課題を開発し、サルの眼球運動 特徴を詳細に解析した。実験の結果、フリービューイングに関する特別な訓練をしなくとも、画面に呈示された 画像を自発的に視線を変えながら見るという行動が観察された。頭部を固定したマカクサルから計測された眼球 運動データは、ヒトの疾患研究で開発した方法と全く同じ方法を適用して解析することができ、サッケード頻度 や注視の持続時間を定量的に解析した結果、ヒトと良く似た視線移動を行うことを示す所見が得られた。頭部非 固定のサルでは、キャリブレーションフェーズでは視標を繰返し見る眼球運動が、テストフェーズでは視線移動 を行いながら写真を見る行動が観察された。また、頭部非固定にも関わらず58%の試行時間で両眼の視線計測 が可能であった。頭部非固定のサルの眼球運動計測課題は異常行動を示すサルをハイスループットでスクリーニ ングする際に有効と考えられる。また、頭部固定のサルを用いた実験系は、正確な眼球運動計測及び神経活動計 測が可能であり、病態のメカニズムを詳細に調べるための実験系として有効と考えられる。いずれの実験条件か ら得られた結果もこの検査課題がヒトとサルの両方に適用でき、その検査で得られる眼球運動特徴がトランスレ 2 ータブル指標として有効であることを示している。今後、サルの頭数を増やして、本結果を検証すると共にトラ ンスレータブル視標としての有効性をさらに検証していく予定である。 8.実績(詳細) (書式自由、枚数の制限なし、別添資料可) 本研究では、病因において遺伝的要因が強く働いている統合失調症に焦点をあて、①ヒト統合失調症の眼球運 動特徴の分析と関連する遺伝子多型の探索、②サルの行動解析とトランスレータブル指標の開発の二つの項目で 研究を実施した。 ① ヒト統合失調症の眼球運動特徴の分析と関連する遺伝子多型の探索 研究代表者及び連携研究者らがこれまでに進めてきたヒト精神・神経疾患患者を対象とした共同研究では、静 止した視標を見続ける注視課題や、動く対象を眼で追跡するスムースパシュート課題、画面に呈示される絵や写 真を自由に見るフリービューイング課題で観察される眼球運動の特徴に統合失調症患者群と健常者群の間の顕 著な差が出ることを示してきた(Miura et al., 2014) 。また、フリービューイング課題で観察された眼球運動を 対象として、視覚的注意の計算論的モデルを用いた解析により統合失調症患者の認知行動異常のメカニズムの理 解を進めてきている。本研究項目では、これまでの研究を発展させ、眼球運動特徴と遺伝子型との関係を明らか にすることを目的として研究を行った。 本研究では、統合失調症患者の眼球運動異常を定量的に評価するために、研究代表者らがこれまでの研究で用 いてきた、静止した視標を注視し続ける注視課題、動く視標を眼で追跡するスムースパシュート課題、絵や写真 を自由に見るフリービューイング課題の3つの眼球運動課題を用いて、患者及び健常被験者の眼球運動データの 収集を進めた。被験者が見る視覚刺激はMATLABとその機能拡張であるPsychotoolboxを用いて作成し、その視 覚刺激を見ている被験者の眼球運動はビデオ式眼球運動計測装置を用いて計測した。本年度において、統合失調 症患者35人および健常者113人から眼球運動の記録・解析を行った。本データを大阪大学にて運営されるヒ ト脳表現系コンソーシアムのデータベースに統合し、ゲノムデータ及び認知機能や脳構造などの他の中間表現型 のデータと共に眼球運動データを利用できるように整備した。 申請者らのこれまでの研究及び本研究で得られたデータから確定診断に至った統合失調症患者(75人)と健 常被験者(182人)のデータを対象として詳細に解析した。3つの課題の眼球運動データから得られた28個 の眼球運動特徴に患者-健常者間で統計的に有意な違いが認められた。また、5つの眼球運動特徴を用いること で85%以上の判別率で健常者と統合失調症を鑑別できることもわかった。これらの成果は過去の研究代表者ら の研究結果を支持すると共に、統合失調症の眼球運動障害をさらに詳細に示すものである(三浦、2014;藤本ら、 2015) 。本研究で認められた眼球運動異常には、注視課題におけるサッケード数の増加(妨害刺激に対するの反応 増加) 、スムースパシュートの速度ゲイン(=眼球速度/視標速度)の低下、及びフリービューイング課題における 探索の減少が含まれる。また、フリービューイング課題で得られた視線データを視覚的注意の計算論的モデルを 用いて解析した結果、視線の先にある画像のサリエンシー値の時系列に有意な違いが認められ、視覚的注意を制 御する機能に健常者との違いがあることが示された(吉田ら、2015) 。さらに42名の患者の遺伝子データとの関 連解析の結果、フリービューイング課題での注視持続時間に前頭葉機能と関連するCOMT遺伝子型の影響がある ことを示唆する所見を得た(ANOVA, p<0.05)。今後の研究において本結果の再現性の確認およびゲノムワイド関 連解析による眼球運動関連遺伝子の検討を行っていく計画である。 ② サルの行動解析とトランスレータブル指標の開発 眼球運動は精神・神経疾患において特徴的な異常が認められることが多く、ヒトばかりでなく齧歯類や霊長類 にも認められる動物に共通する行動指標である。 本研究では、 精神・神経疾患の病態メカニズムの解明を目指し、 ヒトと霊長類モデルの両方に適用できる霊長類認知ゲノミクスのためのトランスレータブル行動指標を確立す るため、ヒトとの類似性が高く、機能メカニズム解明のための実験動物モデルとして用いられているマカクサル を対象として研究を行った。 3 京都大学及び生理学研究所で保有している2頭のマカクサルを対象として、統合失調症患者の検査課題を用い て眼球運動記録実験を実施した。モデル動物が本来持つ認知行動機能を測るためには、出来る限り訓練を要しな い実験課題を用いる必要がある。統合失調症の研究で用いられた眼球運動検査課題はいずれも少ない訓練で達成 できる課題であるが、上記の眼球運動検査課題のうち特にフリービューイング課題はその要件を良く満たすと考 えられる。本研究では、サルが行うことができるフリービューイング課題を開発し、その課題を遂行するサルの 眼球運動特徴を計測し、 サルの眼球運動特徴を詳細に解析した。 京都大学では頭部を固定したサルを対象とした。 眼球運動の計測には電磁誘導式眼位計測装置およびビデオ式の眼球運動計測装置を用いた。サルは前もって注視 課題を訓練された。ヒトで用いた課題と同様、サルの眼前に置いたコンピュータモニタの画面中央に注視点が呈 示され、サルがその点を一定時間注視すると画面全体に写真や図形が呈示された。サルの視線が呈示された画像 の範囲内に4秒間維持された場合に報酬が与えられた。生理学研究所では頭部を自由な状態にしたサルを用いた。 尚、サルはチェアに座ることのみを訓練された。眼球運動の計測にはビデオ式の眼球運動計測装置を用いた。本 実験においては、まず、視線位置の校正データを得るために画面4か所にサルの興味を惹く小さな写真を4秒間 呈示した(キャリブレーションフェーズ) 。その後に、画面全体に写真や図形が8秒間呈示された(テストフェ ーズ) 。サルが画面の範囲内に視線を維持している間に報酬が与えられた。 いずれの実験条件でも、フリービューイングに関する特別な訓練をしなくとも、画面に呈示された画像を自発 的に視線を変えながら見るという行動が観察された。頭部を固定したマカクサルの視線計測では、43.9%の 試行で4秒の間視線を変えながら画像を見続ける行動を観察できた。また、その眼球運動データは、ヒトの疾患 研究で開発した方法と全く同じ方法を適用して解析することができた。 定量的な解析の結果、 サッケード頻度 (一 秒間あたりに行ったサッケード運動の数)は平均3.53回/秒、一回あたりの注視の持続時間の中央値は20 8ミリ秒であった。ヒト健常者(N=182)のサッケード頻度は2.83±0.52回/秒、注視の持続時間は 247.9±37.4であり、ヒトと良く似た視線移動を行うことを示す所見が得られた。頭部非固定のサル では、キャリブレーションフェーズ(4秒間)において4つの視標を繰り返し見る眼球運動が観察された。また、 テストフェーズ(8秒間)においても視線移動を行いながら写真を見る行動を観察することができた。頭部非固 定にも関わらず58%の試行時間で両眼の視線計測が可能であった。 頭部非固定のサルの眼球運動計測課題は、簡便な方法で計測できることから異常行動を示すサルをハイスルー プットでスクリーニングする際に有効な行動パラダイムになると考えられる。また、頭部固定のサルを用いた実 験系は、正確な眼球運動計測が行えるばかりでなく神経活動計測も可能であり、病態のメカニズムを詳細に調べ るための実験系として有効と考えられる。いずれの実験条件から得られた結果も、検査課題及び眼球運動特徴が ヒトとサルの両方に適用できるトランスレータブル指標として有効であることを示している。今後、サルの頭数 を増やして、本結果を検証すると共にトランスレータブル視標としての有効性をさらに検証していく予定である。 また、現在、新分野創成センターブレインサイエンス研究分野の郷康弘特任准教授が進める精神神経疾患モデル のサルを抽出するプロジェクトと連携しているが、その研究において精神神経疾患に関わる遺伝子型を持つサル が同定される、あるいは遺伝子導入法の確立により作出された時に活用する行動解析実験の基盤技術になると考 えられる。 関連する研究業績: Miura K, Hashimoto R, Fujimoto M, Yamamori H, Yasuda Y, Ohi K, Umeda-Yano S, Fukunaga M, Iwase M, Takeda M. An integrated eye movement score as a neurophysiological marker of schizophrenia. Schizophr Res. 2014 160(1-3):228-9. 三浦健一郎、眼球運動による精神疾患補助診断法の開発、第五回脳表現型の分子メカニズム研究会、2015 年 12 月 6 日、港区 橋本亮太、三浦健一郎、藤本美智子、山森英長、安田由華、大井一高、福永雅喜、武田雅俊、統合失調症 の眼球運動異常 -補助診断法の開発へ-、第10回日本統合失調症学会、2015 年 3 月 28 日、千代田区 4 藤本美智子、橋本亮太、三浦健一郎、山森英長、安田由華、大井一高、岩瀬真生、武田雅俊、統合失調症 における生物学的マーカーとしての眼球運動スコアの信頼性、第10回日本統合失調症学会、2015 年 3 月 28 日、千代田区 吉田正俊、三浦健一郎、橋本亮太、藤本美智子、山森英長、安田由華、大井一高、福永雅喜、武田雅俊。 伊佐正、統合失調症患者の静止画自由視の視線データはサリエンシー計算論モデルによって説明できる、 第10回日本統合失調症学会、2015 年 3 月 28 日、千代田区 ※本報告書は公開を前提とします。 5
© Copyright 2024 Paperzz