講義レジメ

2014 年 6 月 14 日
千葉商科大学政策情報学部 公開講座
正しい情報で政策判断する社会へ
―― リニア新幹線問題を例に考える ――
橋山 禮治郎
政策は重要か 国民生活、社会、国の在り方を決定する
政策決定に求められるもの ▼ 何が目的か
▼ どの様に実現するか
(いつ、どこで、誰が、何を、どの様に)
重要政策例
対外政策:戦争、貿易摩擦、エネルギー政策
国内政策:憲法、所得倍増、列島改造、石油危機、バブル経済、社会保障
成功への
必要条件
▼ 目的に妥当性、必要性、合意性があり、明確であること、
且つ
▼ 実現が確実に可能であること(経済性 × 技術的信頼性 × 環境適応性)
成功の評価
成功 = 利用者・国民の満足 + 社会的貢献 + 投資回収(民間投資の場合)
維持可能(公共施設の場合)
政策決定プロセス
問題発見―目的設定―計画―決定―実施―完工―供用開始―実績検証
事前評価
成功事業例
失敗事業例
着工前中止例
中間評価
事後評価
東海道新幹線、名神東名高速道路、黒四ダム、東京TDL(民間)
東京湾横断道路、関西国際空港、本四架橋、福島原発、超音速機(英仏)
成田新幹線、新型転換炉、石炭液化、栗東新幹線駅、川辺川ダム、独リニア
失敗の主原因
■ 事前評価の欠如
目的の曖昧さ
甘い事業見通し(需要、コスト、社会経済的変化)
現実や情報を冷静に分析・洞察する計画能力の不足
技術選択の誤り
政府審議会の形骸化
環境問題、民意、住民の反対等(外部不経済)の軽視
良いことだけを考え、リスクや失敗を考えない
■ 意思決定の誤り
情報収集力、情報開示、歴史や失敗例からの学習能力等の不足
政官業癒着、 国への甘え・依存心
政策決定プロセスの歪み(不透明性、政治的圧力)
恣意的な費用便益分析 B/C
政策決定者の判断能力の欠如
無謬性(固定観念)
■ 無責任な判断
■ 国民の意識
■ 事後評価せず
(検証を回避)
独善的判断、 御用学者や虚業コンサル会社の甘言
無関心、議論・判断・意思表明せず、空気を読む、政治家へ一任、
政策決定・行政責任の不在、転嫁
つくること自体が目的化(政治家、首長)
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リニア新幹線計画の概要
建設営業主体 JR 東海株式会社(国鉄分割民営化で誕生した民間公益事業会社)
路 線
東京―名古屋(286km) 直行 40 分(平均時速 429k/h)
東京―大阪
停車駅
(438km)
14 年着工、27 年開業
67 分(平均時速 392k/h) 38 年再開、 45 年開業
品川―相模原(橋本)―甲府南―飯田郊外―中津川西―名古屋―亀山?−奈良?―新大阪
運行本数 毎時直行 4 本(将来上限 7 本)
、各駅停車 1 本、乗客定員約 1000 名(全指定)
工事費
東京―名古屋 5.43 兆円、名古屋―大阪 3.6 兆円
計 9.03 兆円
建設単価 206 億円/km(建設金利含まず、中間駅:切符窓口、待合室なし。駅前広場、売点は地元負担
駆動方式 超電導磁気浮上方式(10cm 浮上)
、最高時速 500km、運転士不在、遠隔操作
建設目的 ①輸送力が限界で増強が必要 ⇒だからバイパスを
②東海道新幹線の老朽化
⇒だからバイパスを
③大幅な高速化が必要
⇒だからリニアを
どの様に 超電導リニアで世界一の高速鉄道を実現し鉄道革新を先導する
だから最短・直線ルートで走る。やむなく 1 県 1 駅だけ追加
駆動方式
路線設定
だから大深度地下トンネルしかない。86%はトンネル、車窓なし 建設方式
建設費は全額自社負担。東名間開業後 10 年間工事中断
財源方式
関係者はどんな効果を期待しているか
大幅な時間短縮 / 大動脈輸送機能拡充 / 東海大地震時の代替機能 / リニア輸出 / 東名
間が通勤可能圏に / 人口、企業転入増 / 保養観光振興 / 週末農業 / 国際環境都市実現
リニア計画の事前評価
目的:上記の通り。妥当性があるか? 必要性があるか? 国民合意が得られるか?
手段:経済性
需要と供給がバランスしているか?(投資回収の決定要因)
需要側:需要がどれだけあるか? どこから出てくるか? 長期見通しは?
今後の変動要因をどう見るか? 海外輸出は可能か?
利用者は何を求めているか?(時間、安全、安心、便利、快適、低料金)
供給側:良質なサービスを安く提供できるか?(工事費、設備、輸送力、資金等)
収 支:プロジェクト収支は大幅赤字が避けられない。社長「リニアは絶対ペイしない」
インフラの収支構造は、長期間減価償却と金利負担が重く、開業後の収支改善は
不可能(東京湾横断道路、本四架橋、関西国際空港)
経営破綻の処理は?(上記3件、国鉄、英仏海峡トンネル)
技術的信頼性
リニア技術の特性、信頼性、外部性 (資料参照)
超電導磁気浮上技術選択の誤り(実証・信頼性、開発運営コスト、技術波及性、技術動向)
鉄車輪に対するリニア高速優位性は縮小している。鉄道人の信念は『鉄道は経験工学である』
環境適応性
自然環境破壊リスク / 社会環境破壊リスク / 生活環境破壊リスク が大きい。
環境政策が不十分である(制度、環境影響評価手法、権限、財源、住民参加等)
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リニア計画に対する政策評価、意思決定における日独比較
新幹線(国鉄当時)
計画立案者
政府与党+国鉄
整備新幹線
政府与党 +
鉄道建設運輸機構
同左
リニア新幹線計画
JR東海
独リニア計画
民間共同企業体
同左(実質無視)
電導磁気浮上鉄道
法を特別に制定
法律的根拠
全国新幹線整備法
事前評価者
与党・運輸省
与党・国土交通省
政府審議会中央
新幹線小委員会
運輸省科学委員会、
同委員会が再評価
計画決定者
政府 閣議決定
国会承認
政府 閣議決定
国会承認
大臣一存で認可。
閣議了解・決定・
国会承認一切なし。
当初は政府が承認。
6年後に国会が最
終的に中止を決定。
財源負担
国鉄
民間+国鉄(一部)
建設費単価
7 億円/km
国 2/3 、 地方 1/3
JR東海(全額)
(JR は賃貸料支払い) (不動産取得税免除)
50~90 億円/km
206 億円/km
建設事業者
施設所有者
事業運営者
経営責任者
国鉄
国鉄
国鉄
国鉄
鉄道建設運輸機構
鉄道建設運輸機構
JR旅客会社
JR旅客会社
JR東海
JR東海
JR東海
JR東海?
24 億円/km
(上海は 50 億円/km)
民間企業体
民間企業体
民間企業体
民間企業体
注1.政府審議会は「新幹線は安全性、信頼性、省エネ性、速達性、ネットワーク性、定時性、建設費用等
の点では優れているが、リニアの方が高速性の点では優れているので、リニアが適当である」と答申。
2.リニアは全国新幹線整備法に定められた三つの目的、
「全国幹線網の整備」
「中核都市を有機的、効率
的に連結」
「地域振興に資する」
に全く合致していないが、
それでも政府は整備新幹線として承認した。
3.全幹法は、リニア方式(軌道がなく新幹線網へ相互乗り入れできない異質の鉄道)を想定していない
が、その導入の是非についても検討は全くされなかった。
4.本件が国策民営プロジェクトであるか、両者の責任はどこにあるか、曖昧のまま進められている。
政府は特別 JR 東海に不動産取得税を免除。更に自民党は最近国費投入で全線同時開業を決議した。
5. ドイツの常電導磁気浮上リニア計画を2000年連邦議会が再度審議し中止を決定した。その理由は、
①技術的代替案がない、②需要見込みが過大、③建設費が高く投資回収は困難、④在来の国内線、E
U域内の国際列車の相互乗り入れができず、利便性に欠ける、⑤緑地の減少、⑥電磁波懸念 であっ
た。現在EU域内では、軌道幅、電圧、周波数、信号、通行方向、ホーム高さ等の規格統一(全体最適
性)を進めている。
日本は軌道幅が違う路線間で相互乗り入れできるフリーゲージトレインを開発中だ
が、実用化に至っていない。
6.ドイツ政府委員会(審議会に相当)は多面的視点から厳しく事前評価し、再評価の結果を尊重した連
邦議会は、失敗を事前に回避すべきと判断し、計画中止を決定した。わが国も学ぶべき点が多い。
3
リニア計画に対して求められる政策判断(結論)
▼ 現行計画は、採算性、技術的リスク、環境対策等で多くの問題が内在し、修正することなく着工すれば、
事業者、利用者、地域住民、わが国の鉄道網、国土利用にとって私的・社会的便益は期待できない「負
の投資プロジェクト」になることはほぼ確実である。
▼ 鉄道は地域独占を認められている公益企業であり、本件は単なる一民間企業の私的投資ではなく、将来
の国民と国土利用に関わる公共公益性が高い「国策民営プロジェクト」として位置づけられるべきある。
それ故に、政府及び国会は、計画の必要性、有用性、効率性、持続可能性等について、リニア導入の適
否を含め、長期的視点から真剣な検討を行い、必要かつ合理的な政策判断をすべき時である。
▼ 政策決定過程では、これまでの内外における公共的プロジェクトの成功・失敗からの知見・教訓等を謙
虚に受け止め、本件プロジェクトの失敗を事前に回避する方策を、事業者、政府、国会は真摯に検討す
る必要がある。いま政府と国会がすべきことは、民間企業の投資行動に対する無責任な傍観、放任や我
田引鉄の財政支援ではなく、国家百年の誤ちを避けるべく、政府および国会の政治責任において凍結、
中止、大幅な計画変更等によって事前に失敗を回避させることである。
▼ 現行計画で強行着工すれば、東京―名古屋間の開業は可能であろうが、当初からの大幅赤字で名古屋・
大阪間の工事遂行は困難となり、事業者、政府、国会の責任が問われるのは必至であろう。着工認可の
前に、当時の英サッチャー首相に倣って、当事者の責任の所在を明確に定めておくべきである。
▼ 政府及び国会は、本件プロジェクトと北陸新幹線との有機的相互関係を明確にするとともに、将来破綻
が懸念される JR7社体制の再編成との関係も考慮して、リニア計画の是非を検討する必要があろう。
▼「負の投資」を回避し、国民、事業者、将来日本にとって望ましい代替案として、
「新幹線方式への計画
変更」を提案したい。経験工学で築き上げてきた新幹線をさらに発展させ、ルート、中間駅、建設方式
等を一部変更すれば、
より高い安全性、
信頼性、
利便性、
快適性、
ネットワーク性、
高速性
(350~400km/h)
、
低廉性
(低コスト、
低料金)
、
景観享受性が確保された中央新幹線が今後 10 年程度で実現可能であろう。
鉄道のネットワーク性を遮断するリニア導入は、交通政策的観点からも国家百年の愚策である。
以上
公開講座の終わりに ――将来を担う学生諸君へ――
より良い社会にするために何が求められているか、それを実現するために自分には何ができるか。それを考え、発見し、
実践するために、過去の歴史を学び、情報を集めて現実を正確に分析理解し、将来の在り方を考察するのが、政策関係者(政
治家、首長、行政担当者、学者、研究者、学生等)と国民に課せられた重要な社会的責任であろう。今日、わが国でそれが
果たされているだろうか。
社会を改善、進歩させる作業は一人ではできない。国民が選択し実現すべきものである。ゆえに私達は多くの議論、検
討を重ねた上で合意を見出し、具体的な政策を提示し、実践を促す作業に参加しなければならない。政策は漸進的社会進
歩を実現するために不可欠な手段であるが、同時に「実践なき理念は空虚であり、理念なき実践は危険である」ことにも
留意しなければならない、と思う。
[注]本文は著者の承諾なくして転載、複写等は法律により禁止されています。なお著者の考えは『必要か、リニア新幹線』
(岩波書店)
、
『リニア新幹線 巨大プロジェクトの真実』
(集英社)に詳述しておりますので、お読み頂ければ幸いです。
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