3次元多様体から曲面へのカスプ付き単純安定写像について 金丸 峻 2 内容 1. 序文 3 2. 準備 5 2.1. 安定写像 5 2.2. 3 次元多様体から 2 次元多様体への安定写像 5 2.3. 横断多様体と CPN 8 2.4. 単純安定写像とグラフ多様体 15 3. 主結果 18 3.1. カスプ付き単純安定写像 18 3.2. 主結果 19 3.3. 具体例 28 参考文献 30 3 1. 序文 M, N を多様体とし,M から N への C ∞ 級写像全体の集合を C ∞ (M, N ) とする.写像 f ∈ C ∞ (M, N ) について,f の微小近傍に含まれる任意の写像が f と右左同値であると き,f を安定写像という.安定写像は Whitney,Thom,Mather に始まる,可微分写像の 特異点論の基礎をなす重要な概念である [4, 7].安定写像から多様体 M の位相型を調べる ことができる.M から R への安定写像は Morse 関数のことであり,M の位相型との繋が りは Morse 理論として知られている.M から曲面,あるいはより高次元の多様体への安 定写像についても,これまでに様々な研究が行われている ([2, 6] 参照).本修士論文では, 3 次元多様体から曲面への安定写像を扱う. M を連結かつ向き付け可能な閉 3 次元多様体,N を連結な 2 次元多様体とする.滑ら かな写像 f : M → N が安定写像であるならば,任意の点 p ∈ M に対して,p を中心とす る局所座標 (u, x, y) と,f (p) を中心とする局所座標 (X, Y ) が存在して,f は以下のいず れかで与えられることが知られている. (1) X ◦ f = u, Y ◦ f = x (p:正則点) (2) X ◦ f = u, Y ◦ f = x2 + y 2 (p:定値折り目特異点) (3) X ◦ f = u, Y ◦ f = x2 − y 2 (p:不定値折り目特異点) (4) X ◦ f = u, Y ◦ f = y 2 + ux − x3 (p:カスプ) 安定写像が特異点として 2 重点を持たず,カスプ特異点も持たないとき,この写像を単 純安定写像という.単純安定写像は安定写像の中でも特別なクラスで,それを許容する 3 次元多様体はグラフ多様体に限られる.グラフ多様体とは,コンパクトな 3 次元向き付け 可能多様体 M で,互いに素な埋め込まれたトーラス T1 , · · · , Tr が IntM の中に存在して, ` M − ri=1 IntN (Ti ) の全ての連結成分が曲面上の S 1 束であるような多様体である.ここ で,N (Ti ) は IntM の中での Ti の管状近傍である.佐伯氏は 1995 年の論文 [5] で,単純安 定写像が存在することと多様体がグラフ多様体であることは必要十分条件であることを 示している. 本修士論文では,単純安定写像にカスプ特異点を持つことを許したカスプ付き単純安 定写像について調べた. 主定理.f : M → N をカスプ付き単純安定写像とする.このとき,M はグラフ多様体で ある. 4 この主張は,カスプ付き単純安定写像 f を C ∞ (M, N ) 内で上手く動かして,Levine に よるカスプ消去 [1] を行うことで通常の単純安定写像に作り変え,佐伯氏の結果を適用す ることで示すことができる.本修士論文ではカスプ付き単純安定写像そのものを考察する ことで,直接的な証明を与えた. 証明では,安定写像の像を正則な部分と特異点の像の部分に分け,それぞれに S 1 束が 入ることを示す.これは,佐伯氏の証明方法に準拠しており,すでに正則な部分の引き戻 しと特異点集合のカスプを持たない連結成分の像の近傍の引き戻しが S 1 束の構造を持つ ことが佐伯氏により示されている.あとはカスプを持つ連結成分の像の近傍の引き戻しに S 1 束が入ることを示せば,M がグラフ多様体であることが従う.本論文では,この引き 戻しを具体的に書き下すことで,S 1 束が入ることを示す. 第 2 章では,まず安定写像の定義を紹介し,3 次元多様体から曲面への安定写像に対し て横断多様体および coordinatized product neighborhood(CPN) の定義を述べ,安定写像 の各特異点について,その CPN を求める.後半では単純安定写像とグラフ多様体の定義 を与え,3 次元多様体から曲面への単純安定写像が存在することと,その 3 次元多様体が グラフ多様体であることが必要十分条件であるという佐伯氏の結果を紹介する. 第 3 章では,カスプ付き単純安定写像を定義し,3 次元多様体から曲面へのカスプ付き 単純安定写像が存在するときもまた,その 3 次元多様体はグラフ多様体であるという主結 果を証明する.証明の流れとしては,まずカスプをもつ連結成分の像の形を決定し,カス プの像の近傍の引き戻しの形を求める.その後,カスプの像それぞれに近傍を取り,その 引き戻しを貼り合わせることで,カスプを持つ連結成分の像の近傍の引き戻しを具体的に 書き下す.その書き出した図形に S 1 束が入ることを示し,証明が完了する. 最後に,本論文を作成するにあたってご指導頂き,多大な助言を頂いた石川先生に深く 感謝する. 5 2. 準備 この章では,3 次元多様体から 2 次元多様体への単純安定写像を定義し,それとグラフ 多様体との関係について佐伯氏の結果を紹介する.本論文では,位相空間 M に対し,そ の境界を ∂M と書く. 2.1. 安定写像. 定義 2.1. M, N を C ∞ 級多様体とする.それらの間の C ∞ 級写像全体の集合 C ∞ (M, N ) = {f : M → N | f は C ∞ 級 } を M と N の間の写像空間という. 定義 2.2. M, N を C ∞ 級多様体とし,f, g : M → N を二つの C ∞ 級写像とする. (言い換 えれば f, g ∈ C ∞ (M, N ) である. )二つの C ∞ 級微分同相写像 Φ : M → M と Ψ : N → N が存在して,以下の図式が可換になる(つまり,Ψ ◦ f = g ◦ Φ となる)とき,f と g は右 左同値(right-left equivalent)であるという. f M −−−→ Φy N yΨ g M −−−→ N 定義 2.3. C ∞ 級写像 f : M → N が安定写像 (stable map) であるとは,f の C ∞ (M, N ) における近傍 Uf が存在して,Uf の任意の元 g が f と右左同値になるときをいう.ただし ここで,写像空間 C ∞ (M, N ) にはホイットニー C ∞ 位相1 を入れて考えている. 2.2. 3 次元多様体から 2 次元多様体への安定写像. 以下,特に断りのない限り,M を連 結かつ向き付け可能な閉 3 次元多様体,N を連結な 2 次元多様体とする.滑らかな写像 f : M → N が安定写像であるならば,以下の性質を満たすことが知られている. 命題 2.4. 任意の点 p ∈ M に対して,p を中心とする局所座標 (u, x, y) と,f (p) を中心と する局所座標 (X, Y ) が存在して,f は以下のいずれかで与えられる. (1) X ◦ f = u, Y ◦ f = x (p:正則点) (2) X ◦ f = u, Y ◦ f = x2 + y 2 (p:定値折り目特異点) (3) X ◦ f = u, Y ◦ f = x2 − y 2 (p:不定値折り目特異点) 1 ホイットニー位相については,[4, 7] を参照. 6 (4) X ◦ f = u, Y ◦ f = y 2 + ux − x3 (p:カスプ) この命題は Whitney,Thom,Mather の研究より従うものである.(詳しくは [4, 7] を 参照.) 以下,特異点集合を S(f ) = {p ∈ M | rankT fp < 2},S0 (f ) を定値折り目特異点から なる集合,S1 (f ) を不定値折り目特異点からなる集合,C をカスプからなる集合とする. S0 (f ) と S1 (f ) は必要に応じて S0 ,S1 と書くことがある.また本論文では,カスプ p の像 f (p) もカスプと呼ぶことにする. 補題 2.5. f : M → N を安定写像とする.このとき,以下の 3 つが成り立つ. (1) f (S(f )) は,カスプ以外でははめ込まれた曲線である. (2) 各カスプの近傍では,f (S(f )) は図 1 のような曲線である. (3) カスプから伸びる f (S(f )) の 2 つの曲線は,一方は f (S0 (f )) に含まれ,もう一方は f (S1 (f )) に含まれる. 特に,カスプの数は偶数個である. (0 個の場合を含む. ) f (S (f )) 図 1. カスプの近傍 証明. まず (1) を示す.p ∈ S0 (f ) のとき,安定写像 g1 : (u, x, y) 7→ (X, Y ) は X = u, Y = x2 + y 2 と表される.ヤコビ行列は 1 0 0 0 2x 2y であるから,特異点集合は Z1 = {(u, x, y) ∈ R3 | x = y = 0} となる.よって f |Z1 : (u, 0, 0) 7→ (u, 0) となるので,これははめ込みである.p ∈ S1 (f ) のときは,安定写像 7 g2 : (u, x, y) 7→ (X, Y ) は X = u, Y = x2 − y 2 であり,同様にして Z2 = {(u, x, y) ∈ R3 | x = y = 0},f |Z2 : (u, 0, 0) 7→ (u, 0) となるので,はめ込みであることが分かる. 次に (2) を示す.p ∈ C のとき安定写像 g3 : (u, x, y) 7→ (X, Y ) は X = u, Y = y 2 +ux−x3 と表される.ヤコビ行列は 1 0 0 2 x u − 3x 2y であるから,特異点集合は Z3 = {(u, x, y) ∈ R3 | u = 3x2 , y = 0} となる.よって, f |Z3 : (3x2 , x, 0) 7→ (3x2 , 2x3 ) となるので,カスプの近傍は図 1 のようになっている. 最後に (3) を示す.p ∈ C のとき,特異値集合は {(X, Y ) | 4X 3 = 27Y 2 } である.特異 値集合上のカスプ以外の点 (a, b) の引き戻しを考える.ただし a > 0, b 6= 0 である. X = u = a, r 4a3 Y = y 2 + ux − x3 = b = ± 27 q 3 2 3 であるので,(a, b) 上のファイバーは y + ux − x = ± 4a で与えられる.ただし符号 27 は b > 0 のとき正,b < 0 のとき負とする. q 3 b > 0 のとき,h(x, y) = y 2 + ax − x3 − 4a とおくと,ヤコビ行列は 27 ³ a − 3x ´ 2 2y pa pa p a a p a q 4a3 であるから,h の特異点は (x, y) = (± 3 , 0) である.h( 3 , 0) = a 3 − 3 3 − = 27 pa 0 より,h = 0 は ( 3 , 0) で特異点を持つ.この点が原点になるように平行移動すると p p p h(x + a3 , y) = y 2 − 3 a3 x2 + x3 となり,ファイバー h = 0 は ( a3 , 0) では 2 重点である ことが分かる.命題 2.4 でファイバーが 2 重点を持つのは (3) であるから,これは不定値 折り目特異点である. q p 3 とおくと,同様にして h = 0 は (− a3 , 0) b < 0 のとき,h(x, y) = y 2 + ax − x3 + 4a 27 p p で特異点を持つことが分かる.h(x − a3 , y) = y 2 + 3 a3 x2 − x3 となり,ファイバー h = 0 p は (− a3 , 0) の近傍では 1 点であることが分かる.命題 2.4 でファイバーが点を連結成分 として持つのは (2) であるから,これは定値折り目特異点である. (1),(2) より,f (S(f )) は円のはめ込みかカスプを持つ区分的に滑らかな閉曲線のはめ 込みである.特に,カスプを持つ場合は定値折り目特異点のなす開曲線と不定値折り目特 異点のなす開曲線が交互に現れる.よってカスプの数は偶数個である. 8 例えば,f (S(f )) の曲線は図 2 のようになっている. 図 2. f (S(f )) の曲線の例 2.3. 横断多様体と CPN. 定義 2.6. M1 , M2 , N を多様体とする.滑らかな写像 f : M1 → N と g : M2 → N が以下 の条件 (1),(2) のいずれかを満たすとき,f と g は z ∈ N で横断的に交わるという. (1) z ∈ / f (M1 ) ∩ g(M2 ). (2) z ∈ f (M1 ) ∩ g(M2 ) で,任意の p1 ∈ f −1 (z),p2 ∈ g −1 (z) に対し,T f (Tp1 M1 ) + T g(Tp2 M2 ) = Tz N . 任意の z ∈ N で f と g が横断的に交わるとき,f は g に横断的であるといい,f t g と 書く. 定義 2.7. J = [−1, 1] ⊂ R とし,α : J → R2 を区間の埋め込みとする.任意の z ∈ R2 に 対して,z が α(J) の内点で,α t f ,α(J) ∩ f (S(f )) = {z} ∩ f (S(f )) を満たすとき,α を z における横断曲線 (transverse arc) と呼ぶ.p ∈ M に対し,α が f (p) での横断曲線な ら,p を含む f −1 (α(J)) の連結成分を,p での横断多様体 (transverse manifold) という. 命題 2.8. f : M → R2 を安定写像とする.また,I = (−1, 1),J = [−1, 1] とし,I × J から I への射影を pr1 とする.このとき z ∈ R2 に対して,z = ψ(0, 0) となるような滑ら かな単射 ψ : I × J → R2 が存在して,h = pr1 ◦ ψ −1 ◦ f : f −1 (ψ(I × J)) → I は自明束と なる. 9 証明. 写像 h が固有な (proper) 沈め込みであることを示せば,Ehresmann のファイバー 束定理2 からファイバー束であることが従い,加えて h が I への全射であることを示せば 主張が従う. f の正則値の集合を regval f と書く.z ∈regvalf の場合,ψ(I × J) を十分小さく選ぶこ とで,ψ(I × J) ⊂regvalf とすることができる.M は閉多様体,つまり境界の無いコンパ クト多様体であるから,z の近傍上では h は固有な沈め込みである. 次に z ∈ f (S(f )) の場合を考える.まず,ψ : {0} × J → R2 を,(0, 0) 7→ z でかつ z での 横断曲線になるように定義する.具体的には,z ∈ f (S0 (f )) や z ∈ f (S1 (f )) なら,それら は滑らかな曲線だから,それと横断的な線分が ψ の像となるように ψ を選ぶことができる. z ∈ f (C) のとき,z の近傍で安定写像 f : (u, x, y) 7→ (X, Y ) は X = u, Y = y 2 + ux − x3 と表される.ヤコビ行列は 1 0 0 x u − 3x2 2y であるから,p1 ∈ f −1 (0, 0) に対し,T f (Tp1 M ) は Y 軸に対して横断的である.そこで ψ : ({0} × J) → R2 を ψ(0, t) = (0, t) とおくと,p2 ∈ ψ −1 (0, 0) に対して T ψ(Tp2 ({0} × J)) は Y 軸に接している.よって T f (Tp1 M ) + T ψ(Tp2 ({0} × J)) = Tz R2 となり,ψ が横断的 であることが分かる. 写像 ψ : ({0} × J) → R2 を,滑らかな単射 ψ : I × J → R2 で,任意の u ∈ I に対し ψ|{u}×J t f かつ ∂ψ(I × J) = ψ(I × ∂J) ⊆regvalf となる写像に拡張する.これは区間 I を十分小さく選べばいつでも可能である. 結果 ψ ,および ψ|I×∂J は f と横断的に交わり,f −1 (ψ(I × J)) と f −1 (ψ(I × ∂J)) は滑 らかな多様体となる.ψ(I × ∂J) ⊆regvalf なので f : f −1 (ψ(I × ∂J)) → ψ(I × ∂J) ∩ f (M ) は全射沈め込みである.ここで,ψ(I × {−1, 1}) の各連結成分は f (M ) に含まれる か f (M ) と交わらないかのいずれかである.z がカスプか不定値折り目特異点の像であ るなら ψ(0 × {−1, 1}) ⊆ f (M ) より全ての連結成分は f (M ) に含まれる.z が定値折り 目特異点の像なら ψ(0 × {−1, 1}) の 2 点のうち1点が f (M ) に含まれるので,ψ(I × ∂J) の連結成分の一方だけが f (M ) に含まれる.いずれにしても,全ての場合で ψ(I × ∂J) の少なくとも1つの連結成分は f (M ) に含まれるので,pr1 ◦ ψ −1 |I×∂J は I への全射沈 2 Ehresmann のファイバー束定理.f : M → N が固有な沈め込み写像であるなら,f は可微分ファイ バー束になる. 10 め込みである.最後に,任意の u ∈ I に対し f t ψ|{u}×J なので,(u, v) ∈ ψ −1 (z) は T f (Tp1 M ) + T ψ(T(u,v) ({u} × J)) = Tz (R2 ) を満たすので,ψ は像への微分同相写像であ るから,T (ψ −1 ◦ f )(Tp1 M ) + T(u,v) ({u} × J) = T ψ −1 (Tz R2 ) が成り立つ.さらに,射影 pr1 は T(u,v) (u, J) を 0 ベクトルに移すので,T h(Tp1 M ) = T (pr1 ◦ ψ −1 )(Tz R2 ) = Tu (I) が 成り立つ.よって,任意の p1 ∈ f −1 (ψ(I × J)) で,h は階数1を持つ.つまり h は沈め込 みである.M はコンパクトなので h は固有であり,h|∂(f −1 (ψ(I×J)) が全射であることから, h の全射性が従う. 任意の z ∈ R2 に対して ψ : I × J → R2 を上の定理のように選ぶ.定理の束は自明な ので,そのファイバー曲面を T̃ とすると,微分同相写像 φ : I × T̃ → f −1 (ψ(I × J)) で h ◦ φ : I × T̃ → I が射影となるものが存在する.写像 g : I × T̃ → J を可換図式 φ I × T̃ −−−→ I×g y M f y ψ I × J −−−→ R2 により定義する.p ∈ f −1 (z) に対して,T (p) を φ({0} × T (p)) 3 p を満たす T̃ の連結成分 とする. 定義 2.9. I を開区間,J を閉区間,T を境界の付いた曲面とする.以下の条件を満た す 3 つの写像の組 (φ, ψ, g) を,p ∈ M での f : M → N の coordinatized product neighborhood (CPN) という. • φ : I × T → M は滑らかな単射. • ψ : I × J → R2 は滑らかな単射. • g : I × T → J は f ◦ φ = ψ ◦ (1 × g) を満たす滑らかな写像. f を M から N への安定写像,p と p0 を M 上の点とする.このとき,p と p0 が f のファ イバーの同じ連結成分に属しているとき,p と p0 は同値であると定義し,Wf を M を上の 同値関係で割ったものと定義する.つまり Wf = M/ ∼ である.また,qf を M から Wf への商写像とし,f¯ を f = f¯ ◦ qf で定義する. 補題 2.10. p ∈ M とし,p での CPN(φ, ψ, g) が与えられたとする.このとき,同相写像 θ : W1×g → Wf が定義できて,次が可換になる. 11 I T (p) M q1g 1g W1g qf 1g I f Wf f J R2 図 3. CPN が定める可換図式 証明. 図 3 の 2 つの三角形と一番外側の四角形は,定義より可換である.写像 θ を,(u, w) ∈ I × T (p) に対し,θ(q1×g (u, w)) = qf (φ(u, w)) と定義する.この定義が well-defined であ ることは以下のように確認できる.q1×g (u, w0 ) = q1×g (u, w) とすると,(u, w0 ) と (u, w) は (1 × g)−1 (u, g(u, w)) の同じ連結成分 K に属する.また,g(u, w0 ) = g(u, w) であるか ら,f (φ(u, w)) = f (φ(u, w0 )) になる.φ は滑らかな単射だから,φ(u, w0 ) と φ(u, w) は f −1 (f (φ(u, w))) の同じ連結成分 φ(K) に属する.したがって,qf (φ(u, w)) = qf (φ(u, w0 )) が成り立つ.よって θ は well-difined であり,図 3 は可換である.また,W1×g と Wf は共 にファイバーの連結成分を同一視する商写像で定まるので,θ が同相であることは明らか である. qf (S(f )) を Σf ,qf−1 (qf (S(f ))) を Σ̂f と書くことにする. 命題 2.11. (1) f¯ |Wf \Σf : Wf \ Σf → R2 は,はめ込みである. (2) M が向き付け可能ならば,q : M \ Σ̂f → Wf \ Σf は自明な S 1 束である. 証明. f¯ |Wf \Σf は局所的に同相なので,(1) は明らかである.(2) について,任意の点 p ∈ M \Σ̂f の任意の横断多様体は J ×S 1 に微分同相で,CPN(φ, ψ, g) は 1×g : I×J ×S 1 → I×J が射影になるように選ぶことができる.W1×g = I × J より,θ(I × J) 上の qf |M \Σ̂f の局所 自明性は補題 2.10 より従う.また可換図式 φ I × J × S 1 −−−→ M \ Σ̂f qf 1×g y y I ×J θ −−−→ W \ Σf より,M \ Σ̂f は向き付け可能であることから,束は自明である. 12 次の 3 つの命題で p ∈ S0 ,S1 ,C のそれぞれの場合について CPN を具体的に与える. 命題 2.12. p ∈ S0 とする.このとき,横断多様体は円板と微分同相である.また CPN を 以下の図式を満たすように取れる.ここで D は円板である. (図 4 を参照. ) φ I × D −−−→ 1×g y M f y ψ I × J −−−→ R2 証明. 主張の前半は,定値折り目特異点の写像の式から直接確認できる.後半は,写像 g を定義する可換図式そのものである. u S (f ) y 0 x 図 4. R3 での定値折り目特異点の近傍 不定値折り目特異点の CPN について述べる前に,単純特異点の定義を導入する. 定義 2.13. p ∈ S(f ) とする.qf−1 (qf (p)) ∩ S(f ) = {p} となるような点 p を単純特異点 (simple singular point) という. p ∈ S(f ) が単純特異点であるとは,つまり f を p を含む S(f ) の連結成分に制限したと き,その像が f (p) において 1 対 1 になっている(つまり自己交差がない)ことを意味す 13 る.不定値折り目特異点の場合は,その特異値集合が自己交差をもつ可能性があり,その 場合は CPN を各分岐に制限して構成する必要がある.ここでは単純特異点と仮定して, 自己交差がない状態での CPN を扱うことにする. 命題 2.14. p を S1 上の単純特異点とし,g : T (p) → J を 1 つの鞍点を持つような全射と する.このとき,1 × g : I × T (p) → I × J が積写像になるような CPN(φ, ψ, g) が存在す る.また,T (p) が向き付け可能なら,T (p) は 2 つ穴の開いた円板と微分同相で,Wg は Y の形をしたグラフである. S (f ) u 0 y x 図 5. R3 での不定値折り目特異点の近傍 証明. 命題 2.8 とその後の説明に従い,p での f の CPN(φ0 , ψ 0 , g 0 ) を 1 つ構成しておく.構 成から任意の u ∈ I に対して,gu0 : T (p) → J は 1 つの鞍点をもつような安定写像で,そ の像は 0 ∈ J である.ここで gu0 は,u ∈ I を固定して g 0 を u に制限した写像である.gu0 は T (p) の境界を J の境界に移すので,u ∈ ∂T (p) で gu0 は連結成分ごとに定値写像である. gu0 は任意の u に対して安定なので,ある微分同相写像 1 × γ : I × T (p) → I × T (p) が取 れて,p での CPN が (φ = φ0 ◦ (1 × γ), ψ = ψ 0 , 1 × g = (1 × g 0 ) ◦ (1 × γ)) となるような g : T (p) → J が取れる. T (p) は p の近傍では十字型の帯をしているが(図 5 を参照),各ファイバーはコンパク トなので帯の端と帯の端は次のいずれかの組み合わせで繋がることになる: 14 (1) 帯の中心線が円 1 つのはめ込み, (2) 帯の中心線が円 2 つのはめ込み. そのうち (2) の場合は,帯が向き付け不可能だと T (p) の向き付け可能性に反する.帯が 向き付け可能でも,帯の境界が円 1 つなので,これは T (p) としては実現されない.よっ て (1) のようになる.帯が向き付け不可能だと,やはり T (p) の向き付けに反する.した がって,T (p) は図 5 のように 2 つ穴の開いた円板に微分同相になる.商写像 qg の定義か ら,Wg は Y の形をしたグラフである(図 6 を参照).以上で主張が示された. g qg T (p) Wg = Y J 図 6. T (p) と Wg 命題 2.15. p ∈ C とする.p での M の横断多様体 T (p) は,穴が一つ開いた円板に同相で ある.また,p での f の CPN(φ, ψ, g) が選べて,gu : T (p) → J は,u < 0 では特異点を持 たず,u > 0 では鞍点と極小値を持つ.ここで gu は,u ∈ I を固定して g を u に制限した 写像である. 証明. まず p の近傍で f : (u, x, y) 7→ (u, y 2 + ux − x3 ) として考える.f で移った先の座標 を (X, Y ) とし,十分小さい長方形 I × J を取る.f (S(f )) = {(X, Y ) | 4X 3 = 27Y 2 } で あるから,X < 0 のときは,gu : T (p) → J は特異点を持たない.したがって,T (p) は M 内では穴が一つ開いた円板に同相である.よって命題 2.8 より全ての横断多様体は穴 が一つ開いた円板に同相であり,主張の前半が従う.X > 0 のとき,gu : T (p) → J は {u} × J ∩ S0 と {u} × J ∩ S1 のみに特異点を持つ関数である.前者は極小値であり,後 者は鞍点である. 15 J usp Y f (S1 (f )) X J I f (S0 (f )) 図 7. カスプの近傍の引き戻し 2.4. 単純安定写像とグラフ多様体. 佐伯氏の結果を紹介するために,単純安定写像とグラ フ多様体の定義を与える. 定義 2.16. 安定写像 f : M → N が以下の 2 つの条件を満たすとき,f を単純 (simple) で あるという. (1) f はカスプを持たない. (2) 任意の点 p ∈ S(f ) に対して,f −1 (f (p)) ∩ S(f ) = {p} が成り立つ. 単純安定写像とは,つまり f (S(f )) が埋め込まれた曲線になっているということであ る.例えば f (S(f )) は図 8 のようになっている. 16 図 8. 単純安定写像の特異点の像の例 定義 2.17. コンパクトな 3 次元向き付け可能多様体 M に対し,互いに素な埋め込まれた `r トーラス T1 , · · · , Tr が IntM の中に存在して,M − i=1 IntN (Ti ) の全ての成分が曲面上 の S 1 束であるとき,M をグラフ多様体という.ここで,N (Ti ) は IntM の中での Ti の管 状近傍である. 定理 2.18 (佐伯 [5]). M を 3 次元向き付け可能閉多様体とする.このとき,ある 2 次元多 様体 N への単純安定写像 f : M → N が存在することと,M がグラフ多様体であること は,必要十分条件である. 本論文の主定理はこの主張をカスプ付き単純安定写像に拡張するものであるが,カス プとは関係ない部分では上の定理の証明をそのまま適用することができる.ここでは,主 定理の証明に関係している部分を中心に,上の定理の概要を述べておく. 証明の概要.Σ0 (Wf ) = qf (S0 (f )), Σ1 (Wf ) = qf (S1 (f )), Σ(Wf ) = Σ0 (Wf ) ∪ Σ1 (Wf )(= qf (S(f ))) とする.U を Σ(Wf ) の Wf 内における正則閉近傍とし,∂U を U の境界とする. ∂U ∩ Σ(Wf ) = ∅ である. このとき,T 0 = qf−1 (∂U ) の任意の連結成分は,S 1 上の S 1 束に 微分同相な M 内の向き付け可能な曲面,つまりトーラスである.したがって,T 0 は互い に素な埋め込まれたトーラスの和である. R1 , · · · , Rs を Wf \Σ(Wf ) の連結成分とし,Ri0 = Ri −IntU とすると,qf−1 (Ri0 ) は曲面 Ri0 上の S 1 束である.このとき,T 0 の十分小さい管状閉近傍を N (T 0 ) とすると,M \IntN (T 0 ) と qf−1 (U ) t (tsi=1 qf−1 (Ri0 )) は微分同相である. C1 , · · · , Cm を Σ0 (Wf ) の連結成分,C10 , · · · , Cn0 を Σ1 (Wf ) の連結成分とする.U (Ci ), ¢ ¢ ¡ n −1 ¡ −1 0 U (Cj0 ) を Ci ,Cj0 の正則な近傍とすると,qf−1 (U ) = tm i=1 qf (U (Ci )) t tj=1 qf (U (Cj )) が成り立つ.各 Ci について,命題 2.12 より,qf−1 (U (Ci )) は S 1 上の D2 束と微分同相で 17 ある.M は向き付け可能であるから,これは D2 × S 1 と微分同相であり,よって D2 上の S 1 束である. Cj0 については,命題 2.14 より P を 2 つ穴の開いた円板とすると,qf−1 (N (Cj0 )) は S 1 上 の P 束である.S 1 上の自然な単位ベクトル場の引き戻しで微分同相写像 h : P → P を 定める.つまり h はモノドロミー写像である.g : P → J を命題 2.14 における P = T (p) から J への写像とし,∂− P = g −1 (−1), ∂+ P = g −1 (1) とする.∂P = ∂− P ∪ ∂+ P であ る.このとき,h(∂− P ) = ∂− P, h(∂+ P ) = ∂+ P が成り立つことが直接確認できる.した がって,h は恒等写像か,∂+ P の 2 つの境界成分を入れ替えるような写像 h0 : P → P に イソトピックである.もし h が恒等写像にイソトピックなら,qf−1 (U (Cj0 )) は P × S 1 に微 分同相で,これは P 上の S 1 束である.もし h が h0 にイソトピックなら,qf−1 (U (Cj0 )) は P × h0 S 1 = P × [0, 1]/(x, 1) ∼ (h0 (x), 0) に微分同相で,これは重複度 2 の特異ファイバー を 1 つ持つ Seifert ファイバー空間である.よって,グラフ多様体である. 逆に M を向き付け可能閉 3 次元グラフ多様体とする.グラフ多様体のトーラスによる 分解に従い M を分解し,各連結成分に S 1 束の構造を入れ,それらを上手く繋ぎ合わせ ることで M から S 2 への単純安定写像が構成される.よって M から 2 次元多様体への単 純安定写像が存在する. 18 3. 主結果 前章と同様に,特に断りのない限り,M を連結かつ向き付け可能な閉 3 次元多様体,N を連結な 2 次元多様体とする. 3.1. カスプ付き単純安定写像. 定義 3.1. f : M → N を安定写像とする.任意の点 p ∈ S(f ) に対して,f −1 (f (p))∩S(f ) = {p} が成り立つとき,f をカスプ付き単純安定写像という. 以下,f : M → N をカスプ付き単純安定写像とする.このとき f (S(f )) はカスプを持 つ埋め込まれた曲線になる. (例えば図 9 を参照.) 図 9. カスプ付き安定写像の特異点の像の例 補題 3.2. カスプを含む f (S(f )) の曲線 γ は以下の条件を満たす. (1) 曲面内の γ の管状開近傍は (0, 1) × S 1 に同相である. (2) γ に向きを入れて,それに沿って一周したとき,カスプは常に右側を向いているか, もしくは常に左側を向いている. 図 10. カスプ付きの曲線の形 19 証明. まず初めにカスプの近傍でのファイバーの連結成分数を考察する.f (u, x, y) = (X, Y ) を X = u, Y = y 2 + ux − x3 とする.(X, Y ) = (², 0) の f による引き戻しは,f −1 (²) = {(u, x, y) | y 2 + ²x − x3 = 0} である.ここで,y 0 := y 2 と置くと,y 0 + ²x − x3 = 0 より,y 0 = −²x + x3 となる.² > 0 のとき,グラフは図 11 の左上の図になり,よって y 2 + ²x − x3 = 0 のグラフは左下のようになる.このときのファイバーの連結成分数は 2 である.同様にして,² > 0 のときのグラフは右下のようになるので,ファイバーの連結 成分数は 1 である. y2 y2 x x >0 <0 y y x x 図 11. カスプの近傍のファイバー M 全体でのファイバーの連結成分数を考察する.γ の管状近傍が向き付け不可能のと きは,γ の両側のファイバーの連結成分数は等しくなるので,矛盾が得られる.また,右 向きのカスプと左向きのカスプが両方存在するときも同様に連結成分数に矛盾が生じる. よって,(1) と (2) が従う. 3.2. 主結果. 定理 3.3. f : M → N をカスプ付き単純安定写像とする.このとき,M はグラフ多様体 である. いくつかの補題に分けて,定理を証明を行う. 20 補題 3.4. I = [−1, 1],J = [−1, 1] とする.また,f : M → N をカスプ付き単純安定写像 とし,p ∈ C とする.このとき,f (p) の周りに長方形の近傍 I × J が取れて,その引き戻 しのカスプを含む連結成分は図 12 のようになっている. 図 12. カスプを含む連結成分 証明. 引き戻しを Nc (p) とする.命題 2.8 のように I ×J を選ぶ.また命題 2.15 より,{−1}× J の引き戻しは特異点を持たないアニュラス,{1} × J の引き戻しは最小値と鞍点を持つ アニュラスである.f は Nc (p) の境界を I × J の境界に移すので,Nc (p) の上面のアニュ ラスを I × {1} に,Nc (p) の下面のアニュラスを I × {−1} に移す.また,{−1} × J の引 き戻しは Nc (p) の内側の側面,{−1} × J の引き戻しは Nc (p) の外側の側面になっている. 以上より,カスプの像の近傍の引き戻しが Nc (p) であることが示された. 補題 3.5. f : M → N をカスプ付き単純安定写像とする.このとき,カスプを含む f (S(f )) の曲線の近傍の引き戻しは図 13 のような,[−1, 1] × S 1 × S 1 から n 個の開球体を除いた 空間に,以下で説明するように,n 個の円柱を貼り合わせた空間である. 円柱の貼り合わせ方.∂D13 , · · · , ∂Dn3 を開球体を除いたときに現れる境界成分とする.各 ∂Di3 上の互いに交わらない円板 ai , bi を用意する.各 i = 1, · · · , n について,組 (bi , ai+1 ) に対し,D2 × [−1, 1] を円板 bi と ai+1 が D2 × {−1} と D2 × {1} と一致するように貼り 付ける.ただし,an+1 は a1 とみなす. 21 図 13. カスプを含む f (S(f )) の曲線の近傍の引き戻し 証明. 補題 3.4 より,カスプの周りに長方形の近傍が取れて,その引き戻しは Nc (p) の形を している.c1 , · · · , c2n をカスプとする.ここで補題 2.5 より,カスプの数は偶数個である. また,c2i−1 と c2i を繋ぐ曲線が不定値折り目特異点の像になるように,添え字番号を付け ておく.全てのカスプに長方形の近傍を取り,その引き戻しを N (c1 ), N (c2 ), · · · , N (c2n ) とする. まず,不定値折り目特異点の像の曲線の管状近傍の引き戻しを考える.si を2つのカス プ c2i−1 と c2i を繋ぐ不定値折り目特異点の像の曲線で,上のカスプの長方形近傍たちに 含まれない部分とする.si の管状近傍を,それぞれのカスプ近傍について,四角形 I × J と {1} × [², 1] で貼り合うように選ぶ(図 14 を参照).ただし,² ∈ (0, 12 ) とする.この管状 1 0 図 14. N (c2i−1 ) と N (c2i ) の不定値折り目特異点に沿った貼り合わせ 近傍の引き戻しは2つ穴開き円板と開区間の積集合であり,これを N (si ) とする.N (si ) は N (c2i−1 ) と N (c2i ) に {1} × [², 1] の引き戻しに沿って貼り合わされる.N (si ) を変位 22 レトラクトで潰して考えると,N (c2i−1 ) と N (c2i ) を {1} × [², 1] の引き戻しに沿って貼 ることになる.図 14 で言うと,青い斜線部分を左右対称の位置にある点同士で貼り付け ることに対応している. 貼り合わせた後は図 15 のようになり,これが n 個存在している.この図形を N (c1 , c2 ), N (c3 , c4 ), · · · , N (c2n−1 , c2n ) とする.各 N (c2i−1 , c2i ) は,D2 × S 1 から開球体を除いた空間 と同相である.図 15 をもう少し詳しく説明する.{1} × [², 1] では N (c2i−1 ) と N (c2i ) は 外側上半分の面で貼りあっているが,外側下半分の面では貼りあっていない.貼りあって いない面の連結成分は2組あり,定値折り目特異点に対応する部分は円板の境界に沿って 貼り合わされ,よって球面として境界に現れる.もう一方は図 15 の底面からくり抜かれ た「四角形 ×S 1 」として表されている. 1 1 図 15. N (c2i−1 ) と N (c2i ) を貼り合わせた後の図 次に,定値折り目特異点の像の曲線の管状近傍の引き戻しを考える.ti を2つのカス プ c2i と c2i+1 を繋ぐ定値折り目特異点の像の曲線で,上のカスプの長方形近傍たちに含 まれない部分とする.ただし,c2n+1 = c1 とする.ti の管状近傍を,それぞれのカスプ近 傍について,四角形 I × J と {1} × [−1, −², ] で貼り合うように選ぶ.ただし,² ∈ (0, 12 ) とする.この管状近傍の引き戻しは「互いに素なアニュラスと円板」と開区間の積集合で あり,アニュラスに対応する部分を N1 (ti ),円板に対応する部分を N2 (ti ) とする.N1 (ti ) および N2 (ti ) は N (c2i ) と N (c2i+1 ) に {1} × [−1, −²] の引き戻しに沿って貼り合わされ 23 る.特に,貼り合わせ面の連結成分は,アニュラスと円板の 2 つになる.図 16 で言うと, 青い斜線部分を左右対称の位置にある点同士で貼り付けることに対応している. 0 1 図 16. N (c2i−1 ) と N (c2i ) の定値折り目特異点に沿った貼り合わせ まず,アニュラスの部分に N1 (ti ) を貼り合わせる.N (c2i , c2i+1 ) では,貼り合わせ面は, 図 15 においてくり抜かれた 四角形 ×S 1 の 2 つの側面の −² より下の部分であり,これは 2 つのアニュラスである.各 N (c2i−1 , c2i ) は,D2 × S 1 から開球体を除いた空間と同相で あるから,2 つのアニュラスは D2 × S 1 の表面上では,ロンジチュードに沿った平行な 2 本の曲線になっている.このうちの 1 つを表面上でイソトピーで動かすことで図 17 が得 られる.Ai と Bi を図の位置にある貼り合わせ面とする. A i a i b i B i 図 17. N (c2i−1 , c2i ) の表面上の貼り合わせ面 24 ここで N1 (ti ) をこの貼り合わせ面に貼る.N1 (ti ) はアニュラス ×[−1, 1] だから,組 (Bi , Ai+1 ) に対し,アニュラス ×[−1, 1] を,Bi と Ai+1 が アニュラス ×{−1} と アニュ ラス ×{1} と一致するように貼り付ける.ただし,An+1 は A1 とみなす.すると,図 18 が得られる.この空間は,図 13 と同相である. 最後に円板部分を N2 (ti ) で貼り合わせる.各 i = 1, · · · , n について,組 (bi , ai+1 ) に対 し,D2 × [−1, 1] を,円板 bi と ai+1 が D2 × {−1} と D2 × {1} と一致するように貼り付 ける.ただし,an+1 は a1 とみなす.以上で主張の図形が得られた. 25 A1 a1 b1 B1 A i a i b i B i A n a n b n B n 図 18. N (c2i−1 , c2i ) たちを N1 (ti ) で貼り合わせた図 26 補題 3.6. カスプを含む f (S(f )) の曲線の近傍の引き戻しの連結成分は,グラフ多様体で ある. 証明. 図 13 に S 1 束の構造を入れることを考える.図 19 のようにこの空間内に埋め込ま れたトーラスを選び,空間を「(2 つ穴あき円板)×S 1 」と「D2 × S 1 から n 個の開球体を除 いた空間」に分割する.前者は積空間であり,自明な S 1 束になっている(図 20 を参照). よって,主張を示すためには後者,つまり図 21 に n 個の円柱 N2 (ti ) たちを貼り付けた空 間がグラフ多様体であることを示せばよい. 図 19. 青いトーラスで分解すると図 20 と図 21 が得られる. 図 20. 2 つ穴あき円板 ×S 1 27 図 21. D2 × S 1 から n 個の開球体を除いた空間 図 21 の図形を M1 とし,それに n 個の円柱 N2 (ti ) たちを貼り付けた空間を M2 とする. 各 i = 1, · · · , n について,M1 内で ai+1 と bi を繋ぐ曲線を選び,それと N2 (ti ) の中心線を 繋いで得られる単純閉曲線を γi とし,M2 内での γi の微小管状近傍を N (γi ) とする.N (γi ) たちの境界で M2 を n 個のソリッドトーラス N (γi ) と残りの部分 M3 に分解する.ソリッ ドトーラスは D2 × S 1 であるから S 1 束である.M3 から N2 (ti ) を除いた部分には図 22 の 緑色の円たちが表すように S 1 束の構造が入る.この S 1 束の構造は,N2 (ti ) \ IntN (γi ) に 自然に拡張される.よって M3 は S 1 束の構造を持つ. a1 b1 a2 an bn b2 図 22. D2 × S 1 から n 個の開球体を除いた空間から,さらに N (γi ) を除い た空間に入る S 1 束の構造 28 定理 3.3 の証明.補題 3.6 より,カスプを含む曲線の近傍の引き戻しの連結成分はグラフ 多様体である.また他の連結成分も,定理 2.18 の証明の概要で述べたようにグラフ多様 体であることが分かる.よって,主張が成り立つ. 3.3. 具体例. この節では,カスプ付き単純安定写像の例を挙げる.通常の単純安定写像に ついては,[3] に例が書かれている. 補題 3.7. f : M → R2 を,f (S(f )) がカスプをちょうど 2 つ持つ単純安定写像とする.こ のとき,f (S(f )) を含む円板 D2 の引き戻し f −1 (D2 ) は D2 × S 1 と同相で,∂(f −1 (D2 )) で の f のファイバーは D2 × S 1 のロンジチュード方向に入っている. 証明. カスプを含む曲線の近傍の引き戻しは,図 15 から球面である境界成分に円柱 N2 (γ1 ) を貼り,さらにくり抜かれた「四角形 ×S 1 」の −² 以下の部分を自然に貼りあわせてでき る図形である.これを M とする.M の境界の連結成分は 3 つあり,図 15 の外側の表面に 対応する境界の成分を ∂1 M , 「四角形 ×S 1 」を閉じた後に現れる境界の成分を ∂2 M ,円柱 N2 (γ1 ) の側面を含む連結成分を ∂3 M とする.いずれもトーラスと同相である.f のファ イバーは,境界 ∂3 M では円柱に巻きつく方向に入り,それ以外の境界では図の水平方向 に入る.f (S(f )) に囲まれた領域は正則値のみからなり,その引き戻しは 2 つの D2 × S 1 で,ファイバーはロンジチュード方向に入っている.これらは,∂2 M と ∂3 M のそれぞれ にファイバーが一致するように貼り合わされるので,主張のようにロンジチュード方向に ファイバーが入った D2 × S 1 が得られる. 例 3.8. f : M → R2 を,f (S(f )) が図 23 であるような安定写像とする.外側の円は定値 折り目特異点の像である. 補題 3.7 より,カスプを囲む円板の引き戻しは D2 × S 1 であり,ファイバーはロンジ チュード方向に入っている.f (S(f )) の外側の円上の定値折り目特異点の近傍の引き戻し も D2 × S 1 であり,図 4 のように,メリディアンに沿ってファイバーが入っている.こ れら 2 つの D2 × S 1 をファイバーに沿って貼り合わせると,3 次元球面が得られる. より一般に,次の定理が成り立つ. 定理 3.9. カスプ付き単純安定写像 f : M → R2 について,f (S(f )) の連結成分 r0 , r1 , · · · , rs が次の条件を満たすとき,M は 3 次元球面である. (1) r0 は定値折り目特異点の像で,r1 , · · · , rs を囲む単純閉曲線である. 29 図 23. カスプ付き単純安定写像の具体例 (2) 各 i = 1, · · · , s について,ri はカスプをちょうど 2 つ持つ単純閉曲線で,ri 上を反時 計回りで動いたとき,カスプは常に右側を向いている. (例えば,図 24 を参照. ) 図 24. 定理の条件を満たすカスプ付き単純安定写像の具体例 証明. ri を他の rj たちを囲まない,一番内側にある連結成分とする.補題 3.7 より,rj を 含む円板の引き戻しは D2 × S 1 で,ファイバーはロンジチュード方向に入っている.こ こで,この部分を自然な射影 D2 × S 1 → D2 を S 1 束とする D2 × S 1 に置き換えると, f1 (S(f1 )) = f (S(f )) \ ri となる別の単純安定写像 f1 : M → R2 が得られる.同様にして, 他の rj たちも内側から順々に除くことができ,最後には r0 のみが残る.この写像を例 3.8 と同様に考察すると,M が 3 次元球面であることが従う. 30 参考文献 [1] H. Levine, Elimination of cusps, Topology 3 (1965), 263–296. [2] H. Levine, Classifying immersions into R4 over stable maps of 3-manifolds into R2 , Lect. Notes in Math. 1157, Springer-Verlag, 1985. [3] 村井知美,レンズ空間から S 2 への simple stable map の構成,修士論文 (津田塾大学),2003. [4] 西村尚史,特異点の数理2「特異点と分岐」,第 I 部「特異点とマザー理論」,共立出版,2002. [5] O. Saeki, Simple stable maps of 3-manifolds into surfaces, Topology 35 (1995), 671–698. [6] O. 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