業績向上に効く組織風土改革

業績向上に効く組織風土改革|第1回 |
日本企業の精神論経営に限界
今こそ人材多様性を踏まえる
グローバル競争を生き抜く企業体質とは
スコラ・コン サルト/柴田
今
昌治
号から組織風土改革の新連載を始める。本連
れ主義、縦割り思考など様々な弊害を生み出す要因と
載では、日本企業のグローバル化や多国籍化
もなってきた。そうした現象が「大企業病」として、社
など競争条件の変化を踏まえたうえでの組織風土改革
会的に認知されるようになってきたのもこの時代だ。
を考えていきたい。組織風土改革はより広い視野を企
企業の扶養家族と化してきた社員は細分化された仕
業内にもたらしていくが故に、業績向上に貢献する。こ
事をただこなすという傾向を強め、不要な仕事を作り
の連載では世界競争時代の組織風土改革を想定して話
出し、日本の企業社会全体が高コスト体質になってき
を進める。
た。かつては高度成長を支えてきた日本的組織の持つ
思い起こせば、高度成長を謳歌していた 1960 年∼70
同質的な諸特性が次第に経済発展の足かせとなる状況
年代の日本は、誠に分かりやすい国であった。何しろ、
は、誰の目にも明らかであった。
努力をすればするだけ、その見返りが(多くの場合)誰
90 年代以降、バブル崩壊後の日本は大企業病からの
にでも分かる形で結果として残されていく時代だった
脱却を自らの課題として掲げ、構造改革に着手した。
からである。中根千枝氏が書籍『タテ社会の人間関係』
管理職定年制、肥大化した中高年社員のコスト削減を
(講談社)で序列意識、丸抱え的な企業集団など「ウチ」
手始めに、リストラや成果主義の導入など、古きよき時
「ソト」を強く意識する日本社会の特徴を指摘したのは
代のアンチテーゼとして、欧米的経営手法を次々に取
1967 年のことである。
世界を牽引する勢いで急速に成長する日本の経済を、
その内から支えてきたものは、勤勉、同質、共同体的な
り込んでいった。
アジアで衝突を起こす「日本的精神論経営」
仲間意識といった日本的な特性であった。こうした日本
この改革における致命的な問題点は、手法は取り入
の持つ特性が強力な原動力として機能することこそが、
れても、価値基準の見直しは全くと言ってもいいほど
急速な高度成長を可能にしてきたのである。
なおざりにされたままだったことである。
ただ、この日本的特質の持っていた もう一つの側面
確かに改革の結果、制度や仕組みは表向きには変わ
が、高度成長に陰りが見え始めた 80 年代の半ばにもな
っていったが、冷静に見てみると、考え方や価値基準は
ると、組織内部に官僚主義やセクショナリズム、事なか
従来とほとんど変わることなくそのまま残ってしまっ
ている。特に注視すべき問題だと思われるのは、高度
しばた まさはる氏● 1986 年に企業の風土や体質問題に目を向けて変革支援をす
るスコラ・コンサルトを設立。文化や風土といった人のありようの面から企業変革に
取り組む「プロセスデザイン」という手法を結実させた。一方、大学院在学中にド
イツ語語学院を始めて経営に携わり、30 代ではNHK テレビ語学番組の講師を務
める。2009 年、日本企業のアジアビジネス支援のため、シンガポールに会社を設
立した。著書に『考え抜く社員を増やせ!』
『なぜ社員はやる気をなくしているのか』
(以上、日本経済新聞出版社)
などがある。
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成長時代には通用した「正論で推し進める精神論経営」
である。失敗はするべきではない、といった あるべき
論 の横行はその典型的な例だろう。
最近でいえば、原子力発電は安全であるべきである、
という原発事故対策における建前(精神論)がある。原
子力をオペレーションする技術が高度に発達している
●グローバル展開でマイナスに作用する「日本的経営」。ハード
の改革をいくらやっても体質は変わらない
ことは事実であっても、原子力自体は危険でデリケート
構造改革
成果主義
コンプライアンス
ダイバーシティー…
なものなのだ。だからこそ、安全を期して最善を尽く
さなくてはならないはずなのに、そうはならなかった。
「安全であるべきだ」がいつの間にか、当然のように
「安全なのだ」という思い込みにすり替わっていくとこ
ろが精神論の精神論たる所以である。実態とかい離し
た正論(精神論)で経営を推し進めると、結果はこうな
っていく。
このように、日本的経営をその本質にまでさかのぼ
って見直すことができないまま 改革 を推し進めてき
新しい経営手法を
次々に導入
● 日本的社会集団の〈負の特性〉●
本音と建前の使い分け
事実・実態・中身よりも形式・秩序・序列
(勤勉、同質、共同体的仲間意識)
「こうあるべき」という正論が幅を利かす組織
● 正論
(精神論)
経営の弊害 ●
官僚主義、
セクショナリズム、事なかれ主義、縦割り思考、
与えられた分業仕事、失敗を隠す、面倒なことは言わない・やらない
という傾向を「正論」が覆い隠す
た結果、先進国のなかでは最も社員のロイヤルティーが
低下しているのが日本の会社という、少し前の日本的
経営なら想像もできない事態に陥ってしまった。
会社がこうなると社員は、言われたことはやるけれ
後れを取っている。すなわち、グローバル競争では を
ども、基本的に会社とは心理的に一線を画してしまう。
握ると思われる「経営の現地化」は圧倒的な遅れを見せ
何か問題が発生しても「会社の責任」と文句を言うばか
ているのだ。
り、というのが当たり前になってしまう。
もちろん、こうした状況が問題だということ自体は
こうした状況を抱えたまま、国内市場の低迷という
既にかなり一般的な認識にはなっている。ただ、問題は
事態に直面した日本企業は、外へ外へと目を向けざる
「なぜこのような状況になってしまったのか」について
を得なくなり、90 年代に入ると、市場としてのポテン
は、いまだにほとんど語られていないことだ。やり方が
シャルの極めて高いアジア地域への進出が急速に拡大
まずかったからたまたまそうなってしまった、と思って
していった。
いる人がほとんどだろう。しかし実際は、たまたまそう
「経営の現地化」が進まないのは必然
なったのではない。明確な背景があって、経営の現地化
は(必然的に)遅れてきたのだ。
ただ、残念なことに多くの日本企業は、旧来の序列
すなわちバブル崩壊後、旧来の、事実や中身よりも
意識に代表されるような日本的価値基準、本社主導の
あるべき論という形式に重きを置きがちな閉鎖的経営
意思決定の仕組みやアジアを一段低く見がちな感覚な
体質にメスを入れることがなかった、という致命的な
ど、グローバルに競争をする際には克服しておかなく
問題の見落としが、こうしたことの背景にはある。
てはならない多くの課題を、何の疑問もなくアジア地
形を取り繕う内向きの価値基準から、近代的でダイ
域に持ち込んでいった。
ナミズムのあるものの考え方や見方・価値基準へと脱
その結果、例えば経営人材のローカル化という点を
皮していくための
見ても、ローカル人材の成長度合いに応じて権限委譲
ン的な経営の仕組みや制度を取り入れて 改革 と称し
を積み重ねてきた欧米企業に比べると、日本企業にお
てきたことによる空洞化。それはバブル崩壊後の「日本
けるローカル人材の経営陣への登用は明らかに大きく
的経営改革」がもたらした、つけでもある。
藤を避け、形だけアングロサクソ
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January 2013 日経情報ストラテジー
欧米の現地法人と比べれば、日本のそれにはドライ
イヤルティーの低い社員がいて、何でもいいから自分の
な厳しさというのがあまりない。数値で徹底的に管理
在任中は余分なことをせず平穏に過ごさせてくれ、と
され、成果を出せなかったらクビ、といった割り切り方
公然と言ったりもしている。ちなみに、この「余分なこ
をする日本企業は、もしあったとしても例外的だろう。
と」というのは、問題意識を持ち、現状にメスを入れる
そんな日本企業の現地法人だから、ローカル人材にと
ことを指している。こうした駐在員の下で優秀なロー
っても居心地は決して悪くない。
カル社員がやる気を無くしてしまうのは当然だ。
ローカルマネジャーを経営の中枢に据える
しかし、グローバル展開の海外拠点において、ローカ
ル社員に対する期待と要請は年々高まっている。さら
少し前までは、日本企業で働く典型的なローカル社
に、求められる役割も明らかに多様性を増している。
員像というのがあった。すなわち、日本語ができること
かつては、日本企業の営業先といえば日系企業とい
と、日本人が何を望んでいるのかを察する能力を売り
うのが当たり前だったが、最近では取引先の多様化が
物にした古参のローカル人材、というのが重宝されて
急速に進み、営業先を非日系企業にも広げる必要性が
きたからだ。さすがに今では、そんなことばかりをやっ
高まっている。それだけではない。環境やインフラ関連
ていては優秀な若手のローカル人材のやる気が失せる
事業をはじめとする政府の許認可が必要な領域ともな
ことに気づいてきてはいるが。
れば、ローカル人材が持つ情報及び人的ネットワークの
いずれにせよ、日本企業のゆるい雰囲気を好む社員
活用如何が競争にもろに影響する。
がたくさんいることによる離職率の低さだけが取り柄
ただし、このようにローカル社員の必要性が高まる
であった日本企業も、定期昇給の結果、次第に高騰して
なかで、会社がローカル社員を便利に使うようになっ
くる現地人材のコストと見比べ、本当にそれだけの生
てきた、という事実と、かの社員自身が経営の当事者
産性を上げているのか、という点での見直しを迫られ
としての意識を高めている、ということの間には依然
るようになっている。
として大きな溝が横たわっている。というのは、ローカ
経営判断を迫られたり、責任を問われたりするよう
ル社員が重要な案件ベースで活躍するということと、
なポジションを好むタイプと好まないタイプがいるの
経営の中枢に関与してくるということとは、全く別物
は、ローカル人材でも同じである。今のような日本企業
だからである。
の状態だと、前者のタイプは日本企業を選ばず、後者
のタイプが増えていくのは当然の帰結だ。
日本人同士で付き合い、物事を決める習慣
一定のキャリアを積み重ねていくようなタイプであ
私たちが今まで関与してきたケースでは当初、ほと
れば、誰だって自ら権限を持って仕事に取り組みたい
んどの場合、ローカル社員は経営の中核を構成する会
と思うだろう。そしてまた優秀な人材であればあるほ
議のメンバーにはなっていなかった。つまり、本当に大
ど、こうした傾向が強くなるのは当然なのだ。
切な、現地法人の戦略的な課題に関するようなテーマ
にもかかわらず、常に日本人の下で、最終判断を日
は、基本的に日本人同士、日本語で話し合うのが普通
本人に仰がなければならない状態を押し付けているの
であった。
では、優秀な人材のモチベーションを維持することは
こうした状況の背景にあるのは、
(明らかにその方が
難しい。しかも、この判断を仰ぐ日本人駐在員は多く
合理的だという事実認識の下に)事実・実態に誠実で
の場合、数年ごとに交代する。
あろうとするよりも、内部の価値基準である形式や序
最近は、こうした日本人駐在員の中にも会社へのロ
列を優先してしまう日本人の感覚であろうと思われる。
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業績向上に効く組織風土改革
ある大手商社の中堅駐在員から聞いた話だが、日本
どと言っていたローカル幹部が議論を数回積み重ねて
から転勤して来た彼はまず自分から積極的にローカル
いくと、明らかにその意識を変化させていく。
社員を誘って、一緒に昼食に行こうと努力した。そうし
そのオフサイトミーティングで話したのは、市場とか
たら、同僚の駐在員たちから「何でそんなことをわざわ
顧客、提供している価値、そもそもの企業の目的など
ざするんだ」と異端者扱いをされているそうだ。ローカ
から始まって、競合のこと、将来の市場予測、競合を買
ル社員とプライベートな付き合いなどする必要はない、
収する可能性など、多岐にわたるテーマである。あえて
というのである。
取り上げなかったのは、当面の営業数値だとか、今走っ
海外に行くことが当たり前の大手商社の駐在員でさ
ている大きなプロジェクトに関する具体的な課題だ。
えこうなのだ。こうした日本人商社マンの言動に、ロー
まず彼らは、日本人幹部と会社の戦略的な方針に関
カル人材へのある種の優越主義的な序列意識が働いて
わるような大きなテーマで一緒に話をするという経験
いるのは間違いないだろう。
を今までしたことがなかった。彼らは、パートも入れる
言語環境の問題というのも間違いなくある。日本人
と 150 人くらいの工場の工場長であったり、設計の責任
の多くは日本語以外、あまり得意とはいえない。日常
者の 1 人であったりと、会社の中枢を担ってきた人たち
の業務はかろうじて英語を使ってやっているとしても、
である。今まで彼らは目の前の課題を業務として回す
突っ込んだテーマを英語で話せるとは限らない。レベ
ことにのみ、全精力を傾けてきた。
ルの高い言語能力を必要とされるからだ。
確かにそれでも仕事はとりあえず処理できる。今ま
ということは、ほとんどの日本人駐在員は「自分たち
で工場長は、工場のことのみを考えて仕事をしてきて
であるとか、
「お
のやっている仕事が持つ社会的な意義」
いた。これは、後に当の工場長が「今まで私は自分の工
客様に提供しようとしている価値」などのような突っ
場のことしか考えていなかった。今は前工程である設
込んだテーマでローカル社員と会話をした経験がない、
計や営業のことも考え、情報を取り込みながら仕事を
ということになる。
するようになった」と言っていたことからも明らかであ
多くのローカル社員の、自分が所属している日本現
る。自分の工場のことしか考えていなくても、とりあえ
地法人に対するロイヤルティーは、お世辞にも質が高い
ずオペレーションは回るということだ。
とはいえない。もっと給料の高いところから誘いが来
経営と社員との間に信頼関係が成立していない状態
たら躊躇なくジョブホッピングする、というのがごく一
だと、どんなに素晴らしい戦略を立てても、正論で命
般的だと言えるだろう。辞めていないのは、単に目の
令や指示を下そうとも、それらが空回りするだけなの
前にそうしたチャンスが見えていない、というだけの
は日本でも海外でも全く同じだ。
理由なのである。ただ、多くの場合、ローカル社員のロ
海外では、そこに日本人とローカル社員との信頼関
イヤルティーに対するケアはあまりなされていない状
係も関わってくるから、信頼関係が崩れた時は大変だ。
況だから、やり方次第で変化は起こる。
会社は早晩立ち行かなくなる。こんな時、腹を割った
オフサイトミーティングを実施し、本音を聞く
対話と、誠実な対応が日々繰り返されることで、初め
て相互の信頼関係は築かれていく。
私たちの経験では、ローカル社員も交えた幹部社員
いずれにせよ、過去の負の遺産である日本的経営の
のオフサイトミーティングで当初、
「ローカル社員が望
価値基準と決別することを通してしか、グローバルな
むものは給料ですよ。高ければそっちに行く。私たちは
競争に打ち勝っていく道はない、ということを今こそ
もう 50 代だから、そんなことはありませんけどね」な
肝に銘ずるべきなのである。
(次号に続く)
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January 2013 日経情報ストラテジー