キャッシュ・バランス・プランと年齢差別 Ⅰ はじめに――アメリカ法の基礎

Dec. 12, 2003
年金理論研究会
キャッシュ・バランス・プランと年齢差別
――Cooper vs. IBM 判決を素材として――
森戸 英幸
Ⅰ
はじめに――アメリカ法の基礎知識
・連邦法と州法;先占(preemption)
・判例法主義;制定法にはあまり柔軟な解釈の余地があってはいけない
・正式事実審理を経ない判決(summary judgment)
・集団訴訟(クラス・アクション)
Ⅱ
Cooper 事件
1
事実の概要
(1)1995 年改定
・
「ペンション・エクイティ制度」
;PCF(pension credit formula)による給付算定
・65 歳支給開始の終身年金給付額=年齢に応じて毎年蓄積する「基礎ポイント」
(BP、
最大 425)÷ 100×年収が最も高かった連続する 5 年間の平均年収÷ 年齢に応じて定ま
る給付変換係数(benefit conversion factor, BCF)
・そのほかに「超過ポイント」も考慮される
(2)1999 年改定
・CBF(cash balance formula)
;仮想の個人アカウント(PPA)に給付が蓄積
・毎月、給与の 5%の「給与クレジット」と、資産残高について1年もの国債の利率
+1%の「利息クレジット」がアカウントに蓄積
2
原告側の主な主張
(1)1995 年改定
・BCF が年齢に応じて上がっていくため、PCF では年齢あるいは勤続年数が増える
とともに給付が減少する。よって ERISA204 条(b)(1)(G)違反
・同じ年収で同じ年数働いても若年者の方により多く 65 歳時給付が発生する。つま
り、年齢を理由に、あるいは一定年齢到達を理由に給付発生率が減少するので、
-1-
ERISA204 条(b)(1)(H)違反
・ERISA204 条(b)(1)(A)(B)&(C)(バック・ローディングの禁止)違反
(2)1999 年改定
・PPA の利息クレジットの蓄積の仕方が年齢差別、ERISA204 条(b)(1)(H)違反。
・ 年 金 制 度 の 水 平 的 部 分 終 了 ( horizontal partial termination 、 財 務 省 規 則
1.411(d)-2(b)(2))が生じているので、その時点までの発生給付に受給権が付与される
べき
3
判旨
(1)当事者適格
・ERISA204 条(b)(1)(G)&(H)による訴訟は、標準的退職年齢(65 歳)に到達した者
でなくても提起できる。ERISA502 条(a)(3)により、
「加入者(participant)
」には訴権
あり。差し止めや原状回復その他の救済が可能。
(2)1995 年改定
(ア)ERISA204 条(b)(1)(G)
・DB における「発生給付」の定義→ERISA3 条(23)(A)「標準的退職年齢(65 歳)
到達時から支給される年金額の形で表された」もの
・年齢差別を示す例
①35 歳から 15 年勤めた場合と、50 歳から 15 年勤めた場合とで、前者は 15,110
ドル、後者は 13,189 ドルで、発生給付額が前者の方が 2000 ドルほど多くなる
②25 歳から 65 歳まで勤めると仮定。58 歳では 24,072 ドルの給付が発生している
が、その後 BP は上限があるのであと2ポイントしか増えない。しかし BCF は年齢
とともに数が増えていくので、59 歳では、発生給付が 24,065 ドルと逆に減ってしま
う。65 歳では 23,355 ドルまで下がる
・このように、PCF の中の BCF が、年齢が増すに連れて発生給付を縮減する。これ
は(G)違反。
(イ)ERISA204 条(b)(1)(H)
・PCF では、今退職したらもらえる(immediately-payable)給付の額は年齢とと
もに増えていく。先ほどの例でも、退職時にいくらもらえるか、という計算をすれば、
50 歳退職時の金額は 65 歳での金額を 15 年割り引いたものになる。他方で、50 歳から
65 歳の場合は金額そのまま。
・(H)の the rate of benefit accrual が、
(G)ででてきた accrued benefit の定義同様、
65 歳でもらえる額の増え方、の意味なのか、それとも即もらえる額とみるのか、が問
題となる。被告側は違う意味だと主張。
-2-
・結論的には、エリサの解釈としては、
(H)でも(G)同様、DB の給付発生に関し
ては 65 歳からいくらもらえるかの話だ、と解釈すべき。したがって、ここでも違反成
立。前掲の例でいえば、給付発生率が前者は 1.68%、後者は 1.47%。また BP に 425
の上限があるため、年齢が 60 とか 65 になると給付発生率が急激に低下する。
(ウ)ERISA204 条(b)(1)(C)
・(C)は「ある加入者が退職時に有する発生給付が、もしその加入者が 65 歳まで毎
年現時点での報酬と同額の報酬を受け取り続けたとしたなら 65 歳到達時に権利を得た
であろう給付年額の一定割合(実際の加入年数÷ 65 歳までの年数)以上である場合に
は、本項の要件は充足されたものとなる」とする。でそれに沿って計算すると違反が
成立
(3)キャッシュ・バランス・プラン
・IBM の制度が財政豊かであること、CB 導入が高齢者の給付削減につながったこ
と、アクチュアリーが高齢者に不利益な変更であると認識していたことなどを指摘。
・CB も DB であり、その規制に従うのが原則である。
(ア)ERISA204 条(b)(1)(H)
・CB の利息クレジットも、発生給付の規制に従わないといけないし、またそれを判
断する際には 65 歳からの年金の形でチェックされるのが法の建前。ということは、同
じ利息ポイントでも、当然若い従業員が得たものの方が、65 歳からの金額で比較すれ
ば大きくなる。つまり、年を取るごとに、給付の発生率が低下していくのは明らか。
よって違反。
・IBM は DC に移行しちゃえばこの規制の問題なかったのに、しなかった。DB の
中で CB をやることを選んだ。それは税制上の考慮から。IBM 自身が、CB 実施前に法
的規制の中身は十分知っていたはずである。
(イ)制度の部分的終了
・重要な事実について争いがあるので、summary judgment ではダメ。
Ⅲ
評釈・コメント
1
ADEA と ERISA
・ADEA の概要;1986 年改正
・
「年齢」ダメだが、
「勤続年数」なら OK
・Hazen Paper 事件(1993)
2
判決の評価
(1)当事者適格
-3-
・日本法→「辞めてから言ってこい!」
――ハクスイテック事件・大阪地判平 12.2.28 労判 781 号 43 頁など
・
「制度」にも当事者適格(ERISA502 条(d)(1))
(2)年齢差別禁止規定違反の成立
・経済学的(数理的?)にはともかく、法的には・・・
(3)バック・ローディングに関する判断
3
CB と年齢差別:wear-away 問題
・移行前制度では、毎年年収(10 万ドル)の 2 パーセントが発生。A(34 歳)も B(64
歳)も 10 年勤続し、年収の 20 パーセント(2 万ドル)が 65 歳支給開始の終身年金とし
て累積。
・この発生給付額と、仮に最初から 10 年間 CB に加入していたと仮定した場合にアカ
ウントに溜まるであろう金額、どちらか多い方を用いる。CB は毎年 5000 ドルずつ拠出
でで利息は 8 パーセントとする。仮に最初から CB に 10 年間入っていたとしたら、現時
点でのアカウントバランスは 78、227 ドル。一方、終身年金毎年 2 万ドルは、たとえば一
時金に直すと 162,720 ドル。
・B の実際の移行時バランスは、1年分割り引けばいいので、150,667 ドル。これは
78,227 ドルより高い。ということは給付は当分 accrue しない。他方で A で同じ計算を
すると、移行時バランスは 31 年分割り引くので、14,972 ドル。よって移行時バランスは
78,227 ドルで、すぐ給付がまた発生していく。
4
Eaton 事件
・1986 年改正法の立法趣旨や経緯を盛んに引用
・204 条(b)(1)(H)はそもそも標準引退年齢到達前の者には適用なし――立法の経緯や議
員の発言、各種報告書、IRC411 条(b)(1)(H)の「標準引退年齢以降の給付発生の継続」とい
うタイトルから
・給付発生率は 65 歳支給年金について計算しなくてよい
5
なぜ DC より CB か
・reversion tax
・会計上の問題
・積立不足でも移行可能
・労働者側を欺きやすかった?
おわりに
-4-
参照条文:
ERISA3 条(23)
The term ``accrued benefit'' means-(A) in the case of a defined benefit plan, the individual's accrued benefit determined
under the plan and...expressed in the form of an annual benefit commencing at normal
retirement age...
ERISA204 条(b)(1)
(G) Notwithstanding the preceding subparagraphs, a defined benefit plan shall be
treated as not satisfying the requirements of this paragraph if the participant's accrued
benefit is reduced on account of any increase in his age or service.
(H)(i) Notwithstanding the preceding subparagraphs, a defined benefit plan shall be
treated as not satisfying the requirements of this paragraph if, under the plan, an
employee's benefit accrual is ceased, or the rate of an employee's benefit accrual is
reduced, because of the attainment of any age.
IRC411 条(d)
(3) Termination or partial termination; discontinuance of contributions.
Notwithstanding the provisions of subsection (a), a trust shall not constitute a
qualified trust under section 401(a) unless the plan of which such trust is a part
provides that...
(A) upon its termination or partial termination, or
(B) in the case of a plan to which section 412 does not apply, upon complete
discontinuance of contributions under the plan,
the rights of all affected employees to benefits accrued to the date of such termination,
partial termination, or discontinuance, to the extent funded as of such date, or the
amounts credited to the employees' accounts, are nonforfeitable.
26 CFR 1.411(d)-2
(b) Partial termination
(2) Special rule. If a defined benefit plan ceases or decreases future benefit accruals
under the plan, a partial termination shall be deemed to occur if, as a result of such
cessation or decrease, a potential reversion to the employer, or employers, maintaining
the plan (determined as of the date such cessation or decrease is adopted) is created or
-5-
increased. If no such reversion is created or increased, a partial termination shall be
deemed not to occur by reason of such cessation or decrease. However, the
Commissioner may determine that a partial termination of such a plan occurs pursuant
to subparagraph (1) of this paragraph for reasons other than such cessation or decrease.
ADEA4 条
(i) Employee pension benefit plans; cessation or reduction of benefit accrual or of
allocation to employee account; distribution of benefits after attainment of normal
retirement age; compliance; highly compensated employees.
(1) Except as otherwise provided in this subsection, it shall be unlawful for an
employer, an employment agency, a labor organization, or any combination thereof to
establish or maintain an employee pension benefit plan which requires or permits-(A) in the case of a defined benefit plan, the cessation of an employee's benefit accrual,
or the reduction of the rate of an employee's benefit accrual, because of age, or
(B) in the case of a defined contribution plan, the cessation of allocations to an
employee's account, or the reduction of the rate at which amounts are allocated to an
employee's account, because of age.
(2) Nothing in this section shall be construed to prohibit an employer, employment
agency, or labor organization from observing any provision of an employee pension
benefit plan to the extent that such provision imposes (without regard to age) a
limitation on the amount of benefits that the plan provides or a limitation on the
number of years of service or years or participation which are taken into account for
purposes of determining benefit accrual under the plan.
-6-