NIRA ケーススタディ・シリーズ 「永遠の日本のふるさと遠野」の地域再生策 ―地域資源の総合的活用による遠野スタイルの実現に向けて― 山田晴義 NIRA Case Study Series No.2007-05-AA-1 2007 年 5 月 総合研究開発機構 National Institute for Research Advancement Yebisu Garden Place Tower,4-20-3, Ebisu.Shibuya-ku,Tokyo 150-6034,Japan http://www.nira.go.jp/ NIRA ケーススタディ・シリーズは、政策等に関する個別事例について蓄積・収集し、そ れらを政策形成のための知的インフラとすることを目的としています。 論文の内容や意見は、執筆者個人に属し、NIRA の公式見解を示すものではありません。 なお、NIRA のホームページより本論及びケーススタディを閲覧することができます(ホ ームページ・アドレス http://www.nira.go.jp/)。 「永遠の日本のふるさと遠野」の地域再生策 -地域資源の総合活用による遠野スタイルの実現に向けて- 山田晴義 * 【要約】 遠野には「永遠の日本のふるさと」と称されるような、地域イメージ・地域ブランドが 形成されている。事実、交流人口は確実に増加しており、その圏域は拡大している。また 新規転入者も一定程度増えているようだ。こうした一定の成功を得るためには、遠野にお ける昭和 40 年代以降脈々と行われてきた様々な取り組みが大きく寄与してきている。 その展開状況を、1.地域環境を活かした交流型まちづくり(「道の駅風の丘」「遠野ツー リズム」「新たな交流と定住促進」「第三セクターの再編」)、2.グローカルな経済活性化策 (「コミュニティビジネスの推進」「農業・林業の振興」「中心市街地の再生と商業振興」)、 3.包括的生活サービスシステムと情報共有(「トオノピアプラン」「ケーブルテレビネット ワークシステム」)という 3 つの代表的な領域に区分して、多様な観点から考察すると次 のような特徴がわかる。 まず「①継続性と価値の付加」をあげることができる。首長が変わっても施策の理念を 引き継ぎつつストックの有効活用と付加価値を高めることにより、財政的にも負担の小さ い地域づくりがなされている。また、「②包括性・総合性」、すなわち、生活サービスや人 づくりから産業振興策に至るまでバランス良く目配りされ地域政策が展開されている。さ らに、経済活性化策にとどまらない、「③地域資源の重視と活用」、地域内外の業種・人々 を結びつけることを狙いとする様々な「④交流・連携」、新規参入者を含めた「⑤市民エネ ルギーの活用・推進と協働」、素早い実行・課題への挑戦などの「⑥柔軟性と機動性」など も重要な特徴といえる。さらに、分野を超えた行政組織の再編によって生まれた新しいシ ステムによって、官民共同により結果的に新規性のある施策が生まれており、「⑦新規性」 という特徴も加わっている。 特に、遠野の市民が継承してきた生活文化を市民が直接利用者に発信する場の提供がで きたこと(「ふるさと村」などの交流事業)、また、新しく定住してきた住民の活用が成功 したこと(「遠野ツーリズム」)、地域資源の活用と市民の直接参加によって、市民のやりが いと市民への利益還元(暮らしの糧と生きがいの獲得)の好循環が形成されたことなどは 重要な成功要因といえる。 今後の課題として、産業振興にかかわる包括的なマネージメント機構、環境資源の管理、 市民との協働がある。経済面の課題として、地域への入り込み客の行動と地域の産業とを どう結びつけるかが課題であり、農林業、製造業、商業における対策が必要であろう。遠 野ツーリズムを核にしながら、農林業、製造業、商業をマネージメントする機構の形成が 求められる。また遠野ブランドの基盤は自然を含む地域資源でありこれらに対する景観計 画(現在策定中)が期待されるところである。また、これまで以上に市民との協働がすす み、市民と行政が対等な立場で提案し、共同で活動し、適切に役割分担をしながら地域を 維持していくという関係の確立が望まれるところである。 *県立宮城大学事業構想学部教授 目 次 目 次 第 1 章 遠野市における地域再生の目的と課題··············································· 1 はじめに ································································································· 1 第 1 節 地域政策の目的··········································································· 1 第 2 節 地域再生の課題··········································································· 2 第 2 章 地域再生策の展開状況····································································· 3 第 1 節 地域環境を活かした交流型まちづくり············································ 4 1 遠野物語と交流拠点整備·································································· 4 2 遠野ツーリズムの推進····································································· 5 3 日本のふるさと再生特区·································································· 6 4 新たな交流と定住促進····································································· 7 5 交流拠点の経営主体第三セクターの再編············································ 8 第 2 節 産業のグローカル化による経済活性化策······································· 10 1 コミュニティビジネスの推進 ························································· 10 2 農業振興······················································································ 12 3 林業振興······················································································ 13 4 中心市街地の再生と商業振興 ························································· 14 第 3 節 包括的生活サービスシステムと情報共有······································· 15 1 包括的生活サービス······································································ 15 2 情報共有ツールとしての遠野テレビ················································ 16 第 3 章 施策の特徴と効果ならびに今後の課題············································· 17 第 1 節 施策の特徴 ··············································································· 17 1 継続性と価値の付加······································································ 17 2 包括性・総合性 ············································································ 18 3 地域資源の重視と活用··································································· 18 4 交流・連携型事業········································································· 19 5 市民エネルギーの活用・促進と協働················································ 19 6 柔軟性と機動性 ············································································ 20 7 新規性························································································· 20 第 2 節 施策の効果 ··············································································· 20 第 3 節 今後の課題 ··············································································· 22 1 産業振興にかかわる包括的なマネージメント機構の整備···················· 22 2 環境資源の管理 ············································································ 23 3 市民との協働 ··············································································· 23 参考文献 ······························································································· 23 第 1章 第 1章 遠野市における地域再生の目的と課題 遠野市における地域再生の目的と課題 はじめに 本稿のタイトルである「永遠の日本のふるさと遠野」は、最新の遠野市総合計画のテ ーマでもある。 「遠野は日本のふるさと」と言われて、それほど違和感を持つ者はいない だろう。このことは、遠野にはある種の地域イメージが定着していて、いわば一定の地 域ブランドが形成されていると言ってよかろう。近年、定年を迎えるシニア層が田舎暮 らしに憧れ、その地を探し求める人々が増えるなか、こうした地域ブランドは重要な意 味を持つにちがいない。ところで、この遠野のイメージは柳田國男の「遠野物語」が一 役買っていることは確かだが、それだけでは遠野の地域ブランド定着の説明はできない。 もちろん一発勝負のイベントや箱物づくりの政策によるものでもないことは言うまでも なく、そこには先人たちの地域づくりにかけてきた多くの知恵と努力の継続的な積み重 ねを忘れてはならない。長いスパンで展開される政策についてケーススタディを行うこ とは容易ではないが、これによって、衰退地域の活性化に多少とも貢献できれば幸いだ と考え、挑戦してみる。 第1節 地域政策の目的 遠野市は 2005 年 10 月 1 日に隣接する宮守村と合併して 32,262 人の人口を有する地 域となった 1。合併直前の旧遠野市は約 27,000 人でピーク時の 1956 年からほぼ 1 万人 が減少しており、特に 1965 年以降の人口減少が著しい。また、人口減少に加えて少子 高齢化も急速に進行し、2000 年には 27.6%であった高齢化率が 2005 年には 31.2%ま で上昇しており、このことは同時に生産年齢ならびに年少人口の減少を意味している。 つまり、就業人口の流出による担い手の減少とその結果としての地域活力の低下、なら びに出生数の低下という現実をみれば、活力ある地域の持続性に赤信号が点灯している のは確かだろう。 1960 年代にすでに遠野市は、地域活性化策を外部資本の誘致や国の進める農林業の構 造改善事業に頼るという方法だけでは、地域の問題解決は難しいということに気づきは 1 本稿における検討内容と各種データはすべて合併前の遠野市のものである。 1 第 1章 遠野市における地域再生の目的と課題 じめており、それまでの負の流れを食い止めるために、地域資源の活用を重視する方法 で人口誘致や産業振興に取り組むことが重要だと考えていたようである。その具体的な 証拠は 1966 年に第 3 代遠野市長になった工藤千蔵氏のもとで策定された総合計画「ト オノピアプラン」から読み取ることができる。「トオノピアプラン」は、トオノ(遠野) とユートピアをもじった造語で、市民がひとしく幸せで物心ともに豊かに暮らすことが できる郷土「大自然に息吹く永遠の田園都市」をつくりあげるとしている 2。 つまり、遠野市における地域政策の大目的は地域再生にあるといってよかろう。遠野 市ではこの「トオノピアプラン」にもとづいて地域政策が展開され、2002 年に市長とな った本田敏秋氏はこの精神を受け継ぎつつ、現状における社会的状況に適合する新たな 地域再生策を展開してきた。 第2節 地域再生の課題 遠野市における地域再生は単に経済活性化策だけに焦点を当てているわけではない。 経済活動を支える住民の暮らしの質を高めることに大きな関心を払っているところに特 徴があり、それが結果的に遠野ブランドを支える基礎になっていることを忘れてはなら ない。そのことは、 「トオノピアプラン」に示されている市の将来像からもみることがで きる。それは、 「大地と光と水と緑がいっぱいの生産加工都市―インダストリアルリサイ クルを基調に」 「 明るく人間性豊かな健康文化都市―ヒューマンリサイクルを基調に」 「自 然と歴史と民俗の博物公園都市―ナチュラルリサイクルを基調に」と表現されており、 言い換えればこれが遠野市における地域再生のための課題であり、これをもとに主要施 策を展開してきたのである 3。 この都市像を実現するための基本施策のひとつが「市民センター構想」である。その 中身は人づくりで、それを実現する手立ては教育文化行政と生活行政の融合であり、そ のためには行政組織の再編が必要であることが明確に提示されており、その受け皿とし てのサービス拠点である関係施設の総合化・複合化が具体化されてきた。 基本施策のもうひとつは「カントリーパーク構想」であるが、これは小学校を中心に した地域における住民の活動と生活サービスの拠点の整備構想である。その考え方は、 第一次生活圏に地区のコミュニティセンターを核にして、必要な生活施設を一体的に配 2 3 日本地域開発センター、1982 年、「トオノピアプラン」(清文社) 遠野市政策研究会(編集代表・山田晴義)、2004 年、 「遠野スタイル」 (ぎょうせい)第1章第1節を 参照。 2 第 2章 地域再生策の展開状況 置し、専門職員・行政職員を地区ごとに配置してきた。さらに、核となるコミュニティ センターは画一化を避けて地区の特性を生かした施設づくりが行われてきたのである。 以上を要約すると、遠野市の地域づくりとして、生産加工都市、健康文化都市、博物 公園都市という 3 つを目標に掲げ、そのうちの健康文化都市と博物公園都市については、 市民センター構想とカントリーパーク構想という、いわばひとづくりという方法で実現 のための手立てが提示されていたのであるが、生産加工都市については、明快な手法が 用意されていなかったととれる。また、これらの目標実現のために、いずれも拠点的施 設の整備とそれを経営する第三セクターの設置という方法がとられてきたのである。そ れが結果的に市の財政を逼迫することになるとともに、事業が施設中心に展開されるこ とから、その成果の及ぶ範囲も限定され、さらに時代変化に柔軟に対応することが難し くなり、結果的に「トオノピアプラン」だけでは地域再生が実現できなかったというこ とも事実だろう。 そこで、現市長の本田氏のもとで、それまでの施策を見直し、 「交流人口の拡大と産業 振興によるまちづくり」 「これまで培ってきた有形・無形の財産を有効活用したまちづく り」 「住民と行政の新たな関係による地方分権社会の構築」を主要課題として、新たな地 域再生の取り組みが始まったところである 4。 つまり、 「トオノピアプラン」は遠野のブランド形成のきっかけとはなったものの、こ のままでは拠点的施設整備という断片的な施策に終わってしまい、これまで全国いたる ところで展開されてきたハコモノ行政とそれほど明快な差別化はできなかったと言えよ う。その後の新市長を中心としたまちづくりの理念と手法が、それまでの投資を有効に 息づかせ、遠野まちづくりの成果が具現化されようとしていると考えてよい。その意味 で遠野のまちづくりは、長い時代の積み重ねの延長上にあり、継続中だといえよう。 第 2章 地域再生策の展開状況 以上、遠野市における地域政策の目標と特徴を第一章で述べてきたが、第二章では分 野別に地域再生施策の展開状況を整理してみる。しかし、多種多様な施策を羅列したの では、その遠野市全体の施策の展開を読み取ることは難しいので、ここでは 3 つの領域 に区分して整理を試みる。その第一には遠野のイメージづくりのきっかけとなった交流 4 遠野市総合計画「永遠の日本のふるさと遠野」、2006 年 3 第 2章 地域再生策の展開状況 型のまちづくりを取り上げ、第二に地域資源を活かしつつも地域外に視野を広げた産業 活性化策についてまとめる。さらに第三には暮らしの質を上げるための生活サービスと 人づくりについてまとめる。 第1節 地域環境を活かした交流型まちづくり 1 遠野物語と交流拠点整備 遠野市のまちづくりは柳田國男の「遠野物語」が起点であり、またその後のまちづく りに重要な役割を果たしてきた。遠野物語が 1910 年に出版されてから今日まで多くの 研究者によって議論や評価が行われてきたが、1970 年代にスタートした市民の手づくり による文化活動としての「遠野物語ファンタジー」や「遠野常民大学」 「遠野物語ゼミナ ール」、さらにこれにつづく「遠野物語研究所」などの活動が、遠野物語の発信と遠野イ メージの定着に大きく貢献してきた。 一方、遠野市では博物館(1980 年)、とおの昔話村(1986 年)、伝承園(1984 年)な どの施設を整備して、遠野物語と遠野郷の生活文化を重ねながら発信し続けてきたが、 これらの取り組みが遠野イメージの定着につながってきたと言えよう。このように、遠 野イメージはこうした行政と市民によるそれぞれの活動のうえに形づくられたものだと 考えられる。 遠野市では、以上のような整備に関連して、市の浄水施設と宿泊体験機能を併せた「た かむろ水光園」(1981 年)、「馬の里」(1993 年)、「ふるさと村」(1996 年)、「道の駅風 の丘」(1988 年)、ホテル機能をもつ「ふれあい交流センター(あえりあ遠野)」(2001 年)、中心市街地再生の拠点的施設としての「城下町資料館」 (2002 年)なども整備して きた。 これらのなかで「ふるさと村」は、この拠点施設を土俵に、遠野の市民が継承してき た生活文化を、住民が直接利用者に発信する場となっている。このように、遠野におけ る暮らしの知恵や技術を、住民が自ら発信して利用者との交流をはかり、自分たちのや りがいのあるビジネスの場となる仕組みが用意されたことによって、この「ふるさと村」 は交流型まちづくりの拠点として重要な役割を果たしてきた。また、 「道の駅風の丘」に は、農家が遠野市農産物直売組合を組織して運営する産直市場が用意され、地区の婦人 グループ「あやおり夢を咲かせる女性の会」が、道の駅の前にある広場の一角で「夢咲 4 第 2章 地域再生策の展開状況 き茶屋」を経営して収益事業をはじめた。さらに「風の丘」には地域外の人たちのため に、農業体験のインフォメーション機能も用意されている。以上のように、 「ふるさと村」 や「風の丘」は、そこに行政が市民の活躍の場を用意することで、交流型のまちづくり を推進する拠点の役割をはたしている。 これらの施設より以前に整備された「伝承園」「たかむろ水光園」「博物館」なども、 遠野市民と地域外の訪問者が直接交流できる場にするという意図が根底にあったことは、 その機能構成をみれば明らかである。伝承園はもともとカントリーパーク構想のひとつ に位置づけられており、土淵地区の特色を活かした地区館として整備されたもので、地 区公民館が敷地内に設けられている。 「たかむろ水光園」も浄水場に宿泊施設や民家園な どを隣接させ、1995 年にはソーラー発電施設まで設置している。博物館も遠野文化を発 信する拠点として観光客の利用も少なくないが、建物は市民図書館と併設されている。 このように柔軟に異なる機能を複合させ、同時に地域内外の人々が交流する契機を生み 出そうとする発想は、従来から今に引き継がれていることは明らかで、そこにも遠野の 地域政策に貫かれてきた考え方を読み取ることができる。 2 遠野ツーリズムの推進 遠野市では、2001 年に策定した遠野市観光推進基本計画において、グリーンツーリズ ムを基調とした遠野型観光スタイルの総称として「遠野ツーリズム」というキーワード を使用した。これは、遠野を取り巻く自然と遠野物語の環境のなかで、地域とそこで暮 らす人々が育んできた地域文化や農林業をはじめとする生産の成果を体感してもらおう というものであり、遠野の地域再生策の重要なテーマとなっている。 この遠野ツーリズムの展開は、これまで述べてきた行政と市民によるそれぞれの活動 の成果であることに間違いないが、一方で、遠野に魅力を感じて定住を始めた新規参入 者が重要な役割を果たしてきたことを見逃すことはできない。それぞれが都市の生活や 仕事で手にした技術や考え方をもって、遠野ツーリズムに参画することによって、その 特徴がいっそう明確化されることになったのである。図表 1 は、遠野ツーリズムの中核 となる組織として 2003 年に設置された「特定非営利活動法人遠野山・里・暮らしネッ トワーク」の組織図であるが、この設立にも新規参入者が重要な役割を果たしてきた。 この遠野山・里・暮らしネットワークは、図表中に示すように、遠野物語に関する民間 の研究組織から、新規参入者が農家を巻き込んで外部からの人を受け入れる「ファーマ 5 第 2章 地域再生策の展開状況 ーズネット」まで、多様な組織を結びつけてきた。 また、遠野ツーリズムの特徴を示す一つの取り組みとして、民間の自動車学校を誘致 した「遠野ドライビングスクール」(2004 年)がある。これは、遠野に宿泊しながら短 期間で自動車免許を取得できるようにした施設で、自動車学校とツーリズムを結びつけ た遠野ならではの発想である。 図表 1 (特非) 遠野山・里・暮らしネットワークの組織図 3 日本のふるさと再生特区 行政は前述の「遠野山・里・暮らしネットワーク」の支援を行うとともに、グリーン ツーリズム推進室を庁舎内に設置し、民間とのパートナーシップを確立してきたが、さ らに「日本のふるさと再生特区」として、遠野市の構造改革特別区域計画を策定し、2003 年には内閣総理大臣から認定をとりつけ、遠野における交流型まちづくりの推進を図っ てきた。「日本のふるさと再生特区」の目標は、「ぬくもり」と「もてなし」の心でつく る遠野ツーリズムの推進と、 「おもしろさ」と「やる気」を感じるあらたな起業の促進で ある。前者は地域資源を活用して都市との交流を拡大しようというものであり、後者は 地域に根ざした自発的な取り組みの広がりによる産業の活性化を実現させることを目的 としており、以下の 4 つの特例を獲得することを考えてきた。 第一は「農家民宿における簡易な消防設備等の容認事業」であり、農家民宿を行うた めのハードルを低くして住民の遠野ツーリズムへの参加を容易にしようとするものであ 6 第 2章 地域再生策の展開状況 る。 第二は「特定農業者による濁酒製造事業」で、農家民宿や農園レストランを営む農業 者がどぶろくの製造を可能にするためのものである。 第三は「地方公共団体または農地保有合理化法人による農地または採草放牧の特定法 人への貸付事業」であり、これによって株式会社等法人による農業への参入を可能にし、 農業の担い手不足や遊休農地の解消に努めようとするものである。 第四は「農地の権利取得後の下限面積要件の特例設定基準の弾力化による農地の利用 増進事業」であり、農地の権利を取得して農業に従事しようとする場合の下限面積を、 50 アールから 10 アールに引き下げて、新規参入者などによる農業参入の可能性を拡大 しようとするものである。これらの考えからは、遠野ツーリズムの推進によって、市民 が自立的な経済活動に参画しやすくしようとする意図が明確である。 4 新たな交流と定住促進 これまでの交流型まちづくりに加えて、 図表 2 定住促進組織「で・くらす遠野」の概念図 より質の高い交流と定住への機会を拡大 しようという施策が 2006 年に用意され た「で・くらす遠野」市民制度である(図 遠野ツーリズムの確立と交流人口の拡大・定住促進策 受入態勢(定住促進体制図) 市役所内に 事務局設置 平成18年10月1日 平成18年10月1日 誕生 表 2)。これは都市住民に地域の特産品を 送りつけるというだけでなく、遠野をよ く知ってもらうために、地域での暮らし 市民と行政が一体となった 定住促進体制を構築 の参加機会を増やしていこうという趣旨 で用意されている。この施策は、さらに、 【市民組織】 【市民組織】 で・くらす遠野サポート市民会議 で・くらす遠野サポート市民会議 【行政組織】 【行政組織】 で・くらす遠野推進委員会 で・くらす遠野推進委員会 -35- 定住促進組織としての「で・くらす遠野」 も用意され、市民組織「で・くらす遠野サポート市民会議」と行政組織「で・くらす遠 野推進委員会」を用意して、官民協働で交流から定住への促進を支援しようというもの である。遠野市にはこれまでも 30 組以上の新規参入者世帯の存在が確認できるが、こ の二つ施策は、いきなり地域への移住を促すというのではなく、地域の特性や価値を十 分に知ってもらった上で、それぞれのライフスタイルにあった地域への参入を促進しよ うというものである。わが国の人口減少時代にあって、遠野における多様なライフスタ イルの可能性を提示し、これを交流人口や定住人口の拡大に結び付けようという、少子 7 第 2章 地域再生策の展開状況 化時代の地域政策に注目したい。 また、早池峰山のふもとにあり、早池峰神社に隣り合って設置されている大出小中学 校は、近々閉校が予想されているが、図表 3 に示すように、市外から遠野ツーリズムを 求める人たちや、新規参入を模索する人たちの定住体験の場として再生することが検討 されている。これによって、地域の現場における交流から定住へのひとつの窓口が用意 され、交流人口の拡大とその定住化の実験的な施策モデルとなることが期待される。 図表 3 学校施設の再生による交流拠点の整備 (仮称)遠野早池峰ふるさと学校構想企画案 遠野ツーリズム&遠野ライフの複合型拠点づくり展開案 遠野ツーリズム&遠野ライフの複合型拠点づくり展 開案 構 想 戦略概要 戦略概要 基本方針 基本方針 企画意図 事業概要 交流推進 交流推進 ○在郷の交流拠点 ○在郷の交流拠点 ・・ セカンドスクール セカンドスクール ・・ 子どもたちの合宿 子どもたちの合宿 ・・ 外国人向け滞在施設 外国人向け滞在施設 ○遠野ツーリズム推進拠点 ○遠野ツーリズム推進拠点 ・・ 東北ツーリズム大学 東北ツーリズム大学 本校舎 本校舎 遠野ツーリズムや遠野ライフなどのイメージを高め、 遠野ツーリズムや遠野ライフなどのイメージを高め、 本気で、遠野を志向する人々にとっての価値を付加して 本気で、遠野を志向する人々にとっての価値を付加して 遠野に対するブランドイメージを定着させる。 遠野に対するブランドイメージを定着させる。 ○交流事業から定住相談、定住体験まで、遠野ツーリズムや ○交流事業から定住相談、定住体験まで、遠野ツーリズムや 遠野ライフが体感できる機能を、ここに集中! 遠野ライフが体感できる機能を、ここに集中! ○先行事例(廃校利用の交流施設)を情報技術的超越をもって ○先行事例(廃校利用の交流施設)を情報技術的超越をもって キャッチアップする。 キャッチアップする。 遠野ツーリズムや遠野ライフの 遠野ツーリズムや遠野ライフの 象徴となる拠点がない 象徴となる拠点がない 着 着 眼 眼 企画意図 企画意図 そこで、本提案は、従前の体験交流施設とは そこで、本提案は、従前の体験交流施設とは 一線を画した、本気で遠野ツーリズムや 一線を画した、本気で遠野ツーリズムや 遠野ライフを志向する人向けに企画した。 遠野ライフを志向する人向けに企画した。 差別化 差別化 特に、「交流から定住へ」向けて不可欠な 特に、「交流から定住へ」向けて不可欠な 遠野のイメージ戦略に着目し、他地域の 遠野のイメージ戦略に着目し、他地域の 定住施策との差別化を図る。 定住施策との差別化を図る。 5 地域生活 地域生活 ○コミュニティ活動拠点 ○コミュニティ活動拠点 ・・ 地域住民の交流施設 地域住民の交流施設 ・・ 森林愛護少年団 森林愛護少年団 ○市内の子どもたちの ○市内の子どもたちの 自然体験施設として活用 自然体験施設として活用 (滞在機能付 (滞在機能付 エコ・ツーリズムの拠点) エコ・ツーリズムの拠点) ・・ 大出小中学校の統合 大出小中学校の統合 ・・ 教員住宅等、すぐに滞在できる施設がある 教員住宅等、すぐに滞在できる施設がある ・・ 早池峰神社や神楽など、豊富な周辺資源 早池峰神社や神楽など、豊富な周辺資源 ・・ 学校に代わる地域コミュニティの核が必要 学校に代わる地域コミュニティの核が必要 ・・ で・くらす遠野の立ち上げ で・くらす遠野の立ち上げ ・・ 東北ツーリズム大学の校舎がない 東北ツーリズム大学の校舎がない 背 背 景 景 定住促進 定住促進 ○で・くらす遠野の一部機能 ○で・くらす遠野の一部機能 ・・ 本気な定住相談窓口 本気な定住相談窓口 ・・ 遠野ライフ短期滞在 遠野ライフ短期滞在 →教員住宅を再活用 →教員住宅を再活用 (で・くらす会員は無料) (で・くらす会員は無料) ○ロケーションを活用し、 ○ロケーションを活用し、 定住施策をプロモーション 定住施策をプロモーション その他 その他 ○ロケ地誘致 ○ロケ地誘致 ・・ ロケ地として紹介 ロケ地として紹介 -37- 交流拠点の経営主体第三セクターの再編 遠野市がこれまで整備してきた交流拠点の大半は、市が第三セクターなどの組織を設 置して運営してきた。その手始めは 1957 年の①「株式会社青果市場」であり、ついで 1978 年に②「財団法人水道業務管理公社」が設立され、水道事業に加えて「たかむろ水 光園」の運営・経営を担当してきた。1987 年には③「財団法人遠野畜産公社」が設立さ れて牛の放牧部門を担当してきたが、1993 年からは「遠野馬の里」を併せて管理するこ とになった。1988 年には④「社団法人遠野ふるさと公社」が設立されて、地場産品の開 発と販路の開拓・拡充、地場産業の振興、人材確保などに携わってきた。この公社はそ れまでに設置されていた「伝承園」のほかに、その後設置された「遠野ふるさと村」 「遠 8 第 2章 地域再生策の展開状況 野市情報交流センター」「物産センター」「風の丘」などの管理を受託し、さらに姉妹友 好都市である武蔵野市に置かれているアンテナショップ「麦わら帽子」の運営も行って きた。1992 年の⑤「遠野アドホック株式会社」は、中心市街地の下一日市地区の活性化 と、地区内に整備された「城下町資料館」 「とおの昔話村」などの管理運営を行う目的で 設置された。また、2001 年に宿泊機能を持つ「遠野ふれあい交流センター(あえりあ遠 野)」を整備した際に、⑥「株式会社遠野」を設置し、このほかに学校給食センターの運 営業務も担当させている。2000 年には⑦「株式会社遠野テレビ」を設置して、情報サー ビス・情報共有のほかに多目的な社会サービスの手段としても活用している。この遠野 テレビについては第三節で詳しく述べる。 本田市長は、2003 年に県内外の有識者による「遠野市地域経営懇談会」を設置して、 上記の 7 つの法人のあり方について意見を求めた。懇話会は 2004 年に終了したが、そ の結果「財団法人水道業務管理公社」は、収益の低下が著しい水光園の業務と、水道事 業を分離し、前者の宿泊機能などツーリズムにかかわる事業を「社団法人遠野ふるさと 村」にその管理を移行させることが提案され、2004 年に実行された。また、水道事業に ついても民間委託の検討が求められた。 「 株式会社青果市場」はその役割を終えたとして、 懇話会からの提案を受けて 2004 年には解散し、一部必要な機能は「遠野ふるさと公社」 に移管された。 「財団法人遠野畜産公社」は牛の放牧部門と馬事振興部門を分離し、前者 は遠野地方農業協同組合が中心となった経営が模索され、後者は、収益性とは別に遠野 ツーリズムにとって重要な役割を持つことから、遠野市が支援することで準備が進んで いる。遠野市では、馬事振興プロジェクトを策定して、日本一の乗馬生産地の確立を図 りつつ、馬を活用したスローライフの提供により、交流人口の拡大と定住促進に結び付 けようと力を入れはじめたところである。 「遠野アドホック株式会社」は、地域活性化に関する活動が十分機能していないこと から、その再編が求められてきたが、現在もまだ対応を検討中である。 「社団法人遠野ふ るさと公社」は、活動が停滞してきたいくつかの法人再編の受け皿としても期待され、 その事業拡大の方向が検討されている。 このように、これまで遠野の地域活性化を担ってきた第三セクターなどの法人に対し て、外部の力を借りて敏速に再編することによって、地域経営に関わる主体の再構築を 強力に推進し、継続性と同時に進化・発展性のある活性化策を展開しようとする姿勢は 注目すべきだろう。 9 第 2章 地域再生策の展開状況 図表 4 第三セクターの決算と見直し 平 成 18 年 7 月 28 日 定例記者懇談会資料 総 務 部 総 務 課 第三セクターの決算及び主な見直し状況 1 決算概要 当期は、12団体中、黒字団体が7団体でした。内容は、前期の赤字から黒字になった団体が2団体、また、前期の黒字から赤字に なった団体が2団体でした。 3団体に大きな損失があるので、現在、経営の見直しに取り組んでいる。 2 改革に係る取り組み 遠野市経営改革大綱に基づき、各三セクの公益性の検証を行いながら、自立した経営を目指し、改革に係る取組みを実施中である。 (単位:千円) 決算状況 № 法 人 名 収 支 当 1 社団法人遠野市畜産振興公社 放牧事業 馬の里事業 期 前 期 当 剰余金(損失) 期 前 期 主な見直し状況 △ 15,590 △ 2,850 △ 115,867 △ 101,372 △ 2,749 △ 1,095 △ 113,118 △ 100,277 放牧頭数、牧野利用再編等の方針の 策定に向けて調査中 △ 12,841 △ 1,756 △ 2,749 △ 1,095 育成調教部門の一部民営化 2 社団法人遠野ふるさと公社 4,934 3,955 16,944 12,010 企画営業部門及び公社機能を強化す るため、本社機能の移転を検討中 3 株式会社遠野 7,474 2,337 8,831 3,557 組織体制の強化を図るため、専任の 取締役を配置し、改善に取り組んでい る。 4 株式会社遠野テレビ 5,578 1,730 9,507 3,929 宮守町へのエリア拡大及び加入促進 5 遠野アドホック株式会社 1,978 5,440 217 △ 1,761 中心市街地活性化を図るため、「遠 野まちなか賑わい創出プロジェクト チーム」を設置し、基本方針を策定中 6 財団法人遠野市水道業務管理公社 (赤字⇒黒字) 361 △ 754 1,804 1,442 役員数の縮減(10名から6名に減) 7 株式会社宮守ブロイハウス (黒字⇒赤字) △ 1,223 22,821 △ 58,785 △ 57,563 8 上猿ヶ石川観光株式会社 △ 1,018 △ 1,801 △ 15,736 △ 14,718 かしわぎだいら地域経営改革作業 チームを設置し、経営状況の分析や経 営改善策について厳しい検証を行いな がら、地域一体の方向性について検討 中 9 社団法人わさびバイオテクノロジー公社 98 117 284 186 連携協定に基づく岩手大学農林研究 会との花卉等の新たなバイオテクノロ ジーの研究開発に取り組み、公社の事 業拡大の可能性を探る。 10 株式会社リンデンバウム遠野 (赤字⇒黒字) 2,907 △ 8,588 3,152 246 遠野地域木材総合供給モデル基地内 事業体と連携を強化した営業展開を図 る. 11 有限会社武蔵野交流センター △ 46 △ 122 △ 280 △ 233 商品、情報提供を通した交流拡大に より、友好都市の産業振興及び文化交 流の促進を図る。 △ 2,292 677 24,860 27,152 取得用地の保有長期化と取得原価の 抑制対策について、調査研究を行う。 遠野市土地開発公社 12 (黒字⇒赤字) 黒字団体 7団体 7団体 赤字団体 5団体 5団体 注 社団法人遠野市畜産振興公社の収支(前期分)の内訳が異なるのは、単位未満を四捨五入したことによる。 第2節 産業のグローカル化による経済活性化策 5 1 コミュニティビジネスの推進 遠野の経済活性化策の特徴のひとつは、地域資源の活用と市民の直接参加にあると言 えよう。これによって、市民が自らやりがいを感じ、同時に利益が市民に還元されると いう循環が形成されていることが重要だと言えよう。そして、その循環の手助けのため 5 グローカルとは、ここでは地域の資源を重視しながら、地域を越えて広く活動を展開するという意 味で使用した。 10 第 2章 地域再生策の展開状況 に市が施策を用意してきたと考えてよかろう。 その典型例が、前節で「風の丘」について述べた「夢咲き茶屋」を経営する「あやお り夢を咲かせる女性の会」6の活動であり、婦人たちの兼業あるいは副業の場をつくり出 してきた。この会では、自分たちの生きがいを求めて社会的な非収益的事業など多様な 活動を起こして地域貢献をしてきた。 「夢咲き茶屋」にしても単なる食堂ではなく、地域 で昔から日常的に食してきた郷土料理を提供し、地域の生活文化を発信する役割も果た してきたが、同時にこれが自分たちの生きがいにも結びついている。これをコミュニテ ィビジネスと呼んで差し支えなかろう。 また、「遠野ふるさと村」の南部曲がり家などで、ここを訪れる人々に遠野の生きた暮 らしぶりを伝えている「まぶりっと衆・早池峰の会」7の活動も「あやおり夢を咲かせる 女性の会」と同じような意味をもっている。彼らはふるさと村のなかの田畑を耕して、 昔からの穀物や野菜などの作物を育て、遠野地方の昔話を囲炉裏端で聞かせ、かつての 生活用具などを作り、伝統行事を再現して見せるのである。 「遠野ふるさと村」には、 「ま ぶりっと衆・早池峰の会」のほかに 10 に近い活動グループが、それぞれの特技を生か して参加しており、 「まぶりっと」の総数は 120 人近くに及ぶと言う。この活動は、 「夢 咲き茶屋」ほどの売り上げには至っていないものの、お年寄りをはじめ多くの市民のた めの生きがいの仕事を生み出しており、活動の一部には若者も参加をしている。 さらに、市内には「風の丘」の産直市で農産物や加工品を販売する産直組合のほかに も多くの類似組織があり、自ら生産した農産物などの販売を行っているが、その多くは 市が建設した拠点施設の一部を活用し、その施設にとっても欠かせない存在となってい る。このほかにはワーキングホリデイや農家民宿、あるいは農家レストランなどで収益 を得ながら遠野ツーリズムに貢献している市民も少なくない。 このように、生産額や売り上げの額はそれほど大きなものとは言えないものの、遠野 ツーリズムを実現するために欠かせない役割をはたしつつ、暮らしの糧と生きがいを獲 得している点で、遠野のコミュニティビジネスは重要な意味を持っている。なかにはい くつかの拠点施設内の飲食施設のように、公益性・共益性の点から厳密な意味でコミュ ニティビジネスとは言えないものも含めると、遠野市民にとって遠野ツーリズムによる 経済効果は大きく、そのような現場を多くつくりだしてきた遠野の地域政策の効果が見 6 7 2003 年国土交通省主催の「地域づくり表彰」で「全国地域づくり推進協議会会長賞」を獲得した。 「まぶりっと」とは「まぶる(守る)」という意味の方言からつけられた。 11 第 2章 地域再生策の展開状況 えてきたといってよかろう。 2 農業振興 遠野市の基幹産業は農林業であるというものの、市民所得の 2003 年度における第 1 次産業の比率は 4.4%、農業だけでは 4.0%に過ぎない。しかしながら、農業就業人口で は年々減少傾向にあるとはいえ全就業人口の 20%を超えており、多くの市民が農業にか かわりを持つとともに、遠野にとっては生産額や所得の面だけでは見えない重要な意味 を持っていると言えよう。2004 年度の農業粗生産額は 64 億 9 千万円で、このうち畜産 が 23 億 4 千万円を占めており、耕種では米、野菜、葉タバコ、ホップなどの順で栽培 面積は大きい。 しかしながら、これまで遠野市の農業は産直市などコミュニティビジネスや交流によ る消費に期待する傾向が強く、これだけでは経済活性化の点で限界がある。遠野市では 2000 年に農業粗生産額は 100 億円を超えていたが、上記のようにこの数年で大幅な減 少を見せてきた。市では、その回復を目指して「農業生産 100 億円達成アクションプラ ン」を策定して取り組みを始めたところである。その方法として「遠野農業活性化本部・ あぐりステーション遠野(AST:アスト)」を組織して関係機関の連携を図りながら、情 報提供、ブランド形成、マネージャーの配置などを通して、生産の質と量の拡大を図ろ うとしている。(図表 5) 図表 5 農業生産 100 億円にむけての「AST」 「あぐりステーション遠野」にマンパワーを結集 アクションプラン推進組織 アスト 遠野農業活性化本部 「あぐりステーション遠野」(AST) ■農業生産一割増産運動の展開 ■先導的農業経営の育成 ■農業技術情報の提供(CATV) ■スタディーグループの育成 ■ブランドの確立 ■販売技術の確立 ■マネージャーの配置 など JA 営農指導 1つひとつの成功事例の育成 1つひとつの成功事例の育成 新しい遠野農業の 新しい遠野農業の 創造の動きを拡大 創造の動きを拡大 農業生産 農業生産100億円 100億円 の達成に向け挑戦 の達成に向け挑戦 マンパワーの結集 経営改善 技術・普及 市 県 -18- 12 第 2章 3 地域再生策の展開状況 林業振興 遠野市は 54,000ha を超す森林を有し、これは旧市域の 82%にあたる。農業と同様に、 遠野市にとっては林業も「日本のふるさと」の環境を維持するという点で、生産額の大 小とは別に重要な意味を持っており、適正な森林資源の循環が求められている。 遠野では、1990 年に「株式会社リンデンバウム」を設立し、生産組織から製材業、大 工・建設業、そして都市の住宅機器メーカーなど 50 団体を結び、遠野の木材を直接大 都市に供給するシステムを構築しようとしたが、参加組織間の不具合とそれぞれの組織 が有する設備に依存する事業展開であったことから、一部に生産能力に問題が生じ、結 果的に頓挫するという経緯があった。しかしながらこの交流型の生産流通システムの整 備は、遠野林業にとっては不可欠であり、新たな挑戦が行われてきた。 1993 年から、林野庁事業により約 80 億円を投資して「遠野地域木材総合供給モデル 基地」の整備にとりかかり、2003 年に施設が完成した。ここには、業種の異なる 7 つ の事業所による事業協同組合、森林総合センター、遠野職業訓練校で一団地を形成して いる。施設としては、原木集出荷施設、大型製材施設、木材乾燥施設のほか、集成材、 プレカット、パネル、木製家具、木製建具の各加工場、ならびに木造建築協同加工工場 が整備され、木材に関する交流型産業拠点としての木工団地が完成した。2004 年には「協 同組合森林のくに遠野協同機構」が設立され、生産地から消費地を結ぶ人づくりを含ん だ運営システムが動きはじめたところである。(図表 6) 図表 6 遠野地域木材総合供給モデル基地(木工団地) 木工団地の課題と活性化方針 【木工団地の支援施策】 ①経営不振事業体の支援 経営改善による回復誘導 → 内部努力の限界 黒字事業体による回復誘導 → 組織の統廃合・販売促進 協同機構と連携 【地域材販売サポート】 ■ 東京都東村山市プロジェクト (住宅25棟整備) ■ 都市型遠野住宅「木の香る家」 (遠野ブランドの確立) ■ 工務店と連携 (関東地方の需要の喚起と供給体制の整備) ■ 原木供給体制の政策的確立と、市場の確保 ②公共建築物の木造化の推進 ■ 県内公共施設の木造化 ■ 住田町・川井村との連携 → 大断面を遠野、小中断面を住田・川井で展開 東京大学弥生講堂 -16- 13 第 2章 地域再生策の展開状況 4 中心市街地の再生と商業振興 遠野市の中心市街地には、先に述べたように 1980 年代当初より、博物館やとおの昔 話村などが設置されてきたが、1991 年に国道 283 号線のバイパスが市の北側に整備さ れたことを機に中心商店街の空洞化が一層目立つようになってきた。また、遠野市への 観光客が訪れる対象は、上記の 2 施設をのぞくと農村部が多く、中心商店街への経済面 での還元もそれほど期待できるものではないことから、中心市街地の活性化が従来から 求められていた。 中心市街地の活性策が具合的な動きを見せたのは、1985 年に遠野市 HOPE 計画「街 づくり部会」で、かつての城下町の時代から残されてきた中心市街地の資源に着目した のが契機であり、商住混合地域である大工町の景観整備のために景観形成協定が定めら れ、町並み整備が少しずつ進んできた。この取り組みにあたって住民組織が結成される など、地域住民や地元で建築に携わる専門家の役割は大きく、この官民一体となった町 並み整備で経済同友会の大賞を受けることになった。 遠野市は 1988 年に全国で最初に中心市街地活性化基本計画と TMO 構想を策定して おり、当時から中心市街地活性化への熱意は高い。遠野市の TMO は遠野商工会が受け 皿になって組織され、テーマを「人にやさしい遠野コリドールの形成」とした。また、 中心市街地の商業者を「町衆」と名づけて、遠野の町並み形成に配慮したストリートフ ァニチュアーなどの整備、それぞれの個性的な店づくり「一点一逸運動」、商工会女性部 による「遠野町家のひなまつり」の開催、空き店舗を活用してお年寄りのための無料休 憩所とした「よってがんせ」などを整備して注目されている。 1991 年になり、一日市地区土地区画整理事業のための調査が行われ、そのうちの下一 日市地区で土地区画整理事業が成立・着工された。最近になって、区画道路の整備や城 下町資料館の整備、民家の移築などが大方出来上がり、遠野市らしさに配慮した町並み が形成されてきた。地区内には資料館や民家のほかに、物産館やレストランなどの経営 もはじまり、さらに区画整理地区の隣接地にホテル機能をもつ「ふれあい交流センター (あえりあ遠野)」などが整備された。こうして次第にこの地区を訪れる観光客も増え始 め、その成果が期待されている。 中心市街地の再生にとって重要な取り組みは、中心市街地にあった外部資本が経営す る大型店舗の撤退に際して、市はこれを国の補助事業を活用して買い取り、 「中心市街地 14 第 2章 地域再生策の展開状況 活性化センター(とぴあ)」として 2002 年末に再生した。テナントは、市の商工業者が 組合を設置して店を持ち 8、産直組合を組織して産直市(がんせ)が設けられた。首都圏 から専務理事として人材を招聘して経営にあたらせ、このほかにも新しいアイデアによ る店舗・飲食スペースの導入を図るなどで、利用者は倍増した。また、休日も利用でき る市役所の出張コーナーや展示コーナーなど公益的なスペースも用意し、市民に親しま れる拠点として再生された。しかし再生前に比べて、確かに売り上げは増加したものの、 その率は入場者数の増加ほどには至っておらず、楽観は許さない状況といえよう。 ひとつひとつの事業では、なかなか投資の効果は見えてこないが、上記のように中心 市街地の魅力が少しずつ備わってきた中で、周辺地域の集客施設を含めた利用プログラ ムが用意され、その利用のための多様な移送システムを創出していくべき段階にきてい ると考えられる。それらによって、今後の中心市街地の活性化が期待できる。 第3節 包括的生活サービスシステムと情報共有 1 包括的生活サービス 「トオノピアプラン」は、市民センター構想とカントリーパーク構想という二つの基 本施策から手がつけられたことは、冒頭に述べたとおりである。市民センターの建物は 第 1 期工事が 1971 年に、また第 2 期が 1974 年にはじまり、ホールや研修施設を持つ 中央公民館、スポーツ施設、勤労青少年ホームなどが複合的に整備された。また、近く に「とおの昔話村」や、博物館と図書館を複合した施設も市民センターの一環として建 設され、こうして生涯学習機能が総合的に整備された。 市民センター構想は、単なる施設の複合化だけを狙いとしたのではなく、その運営形 態に特徴がある。それは大規模な行政改革と連動しており、市民センターの開設に合わ せて、生活行政部門(市長部局)と教育文化部門(教育委員会)がひとつの組織として 再編され、市民への総合的なサービスを展開するようになったのである。2001 年には老 朽化したこれらの施設にかわって「ふれあい交流センター(あえりあ)」が整備されてい る。 中央施設の整備に対応して、各地区には地区センター(地区公民館)が設置され、こ こでは地区センター所長(市職員)、公民館主事のほかに、保健師が常駐配置され、総合 8 「協同組合遠野商業開発」。なお旧大型店内には「協同組合遠野ショッピングセンター」として店舗 を出していた。 15 第 2章 地域再生策の展開状況 的に住民の生活サービスを担う拠点となった。カントリーパーク構想は、この地区セン ターを核にしながら、学校、体育施設、農村広場、資料館などを隣接して一体的に設置 するという方法をとっている。資料館はトオノピアプランのひとつの柱「自然と歴史と 民俗の博物公園都市」を実現しようとするもので、地区ごとにその地域の特性をテーマ にしてネーミングされ、それが地域ごとの資料館として 7 つの地区に設置されてきた。 カントリーパーク構想は、医療・保健・福祉にかかわる生活サービスでも重要な意味 をもっていた。つまり、地区センターに保健師が常駐することにより、地域に密着した サービスが可能になった。また、保健師は各種の福祉サービスにかかわる情報提供も併 せて行うよう努めたことにより、住民は居住する地域の中で包括的にサービスを受ける ことが可能になった。しかし、保健サービスは地区ごとに展開され、一方で在宅高齢者 の医療は在宅ケア推進室が行い、そして福祉は福祉事務所が担当するというように、そ れぞれのサービスの拠点が分散していることによる問題も顕在してきた。そこで、市は 1993 年に保健福祉計画「ハートフルプラン」を策定して、医療・保健・福祉のサービス を連携して総合的に提供する拠点「健康福祉の里」を整備した。これによって、ヘルパ ーと保健師の連携は強くなったものの一方では、地区センターから保健師がいなくなる ことによって、新たな問題も生じてきた。従って、医療・保健・福祉の包括的サービス に関しては、財政的制限の中で、新たなシステム創出が求められている。 2 情報共有ツールとしての遠野テレビ 遠野市のケーブルテレビネットワークシステムは、中山間地域におけるさまざまな問 題解決のための多くの示唆をあたえるものと考える。遠野市は 1997 年に「田園マルチ メディアモデル整備事業などの基盤整備事業採択を受け、その後 4 年間をかけて市内全 域に光ファイバーを施設し、包括的な情報サービスシステムを整備した。地形的条件か ら来るテレビの難視聴地域の解消はもちろん、行政情報の提供、農業情報サービス、在 宅福祉・医療サービス、インターネットサービスなどを総合的に提供するためのネット ワークシステムが構築されたのである。その運営は、第三セクター「株式会社遠野テレ ビ」を設けて行っており、全世帯の 7 割近くが加入している。この情報システムの整備 によって、中山間地域に囲まれた遠野市にあって、生活・文化・産業・行政にかかわる 諸課題に応え、行政と市民が情報共有を実現するための貴重な手段となっている。 図表 7 は、宮守村との合併にともなって、ケーブルテレビのサービス拡大が行われる 16 第 3章 施策の特徴と効果ならびに今後の課題 ことを示している。 図表 7 遠野テレビのサービスシステムとその拡充事業 宮 守 エ リ ア ケ ー ブ ル テ レ ビ 拡 張 事 業 総務省交付金 遠野市地域情報通信基盤整備推進交付金事業 農林水産省交付金 元気な地域づくり交付金事業 (情報基盤整備事業) 農林水産省交付金 元気な地域づくり交付金事業 (情報基盤整備事業) ビル 図書館 (YOUソフト館) 健康管理センター 病院 消防署 消防宮守出張所 鱒沢小学校 IP音声告 知 達曽部小学校 文化交流センター 鱒沢地区サブセンター 光ファイバー100Mbps IP音声告 知 達曽部地区サブセンター 遠野ケーブルテレビ 旧宮守村エリア ・TV再送信 ・自主放送番組 ・N-VOD ・音声告知 旧遠野市エリア 行政サービスの双方向化に向けて 総合行政サービスを等しく住民に提供し、利便性とサービスの向上を図る。 行政分野:行政情報提供システム、行政相談システム 教育分野:学校間教育交流システム、図書館蔵書検索システム 保健・福祉分野:健康管理システム、在宅健康管理システム、 光ファイバー100Mbps 在宅安否確認システム 環境・防災分野:防災モバイルメールシステム ・インターネット ・農業気象 ・農業市況 ビル 宮守総合支所 インターネッ ト 市民センター ビル 既設光ファイバー1Gbps 旧遠野市地域公共ネットワークイントラ 小・中学校16ヶ所 屋外ショッピング センター 遠野市役所 トピア総合窓口 屋外ショッピングセンター 旧遠野市エリア 主要公共施設は光ファイバー接続による住民 向け行政ネットワーク構築済み 行政からのお知らせ、案内、行政相談、公 共施設予約確認、保健・福祉、市政への提言 (電子会議室)など、 行政の双方向サービスを実施 遠野テレビ加入者 コン ビ ニ エ ン ス ス トア 清養園他3ヶ所 音声告知 消 防署 消 防 署 教 会 遠野テレビ局舎 ビ ル 地区センター7ヶ所等 図書館・博物館 ビル 病 院 健康福祉の里 遠野テレビサービス -28- 第 3章 音声告知 音声告知 施策の特徴と効果ならびに今後の課題 以上に述べてきたように、遠野市の地域政策は、特定のいくつかの政策にスポットを 当てるだけではその特徴を捉えることは難しく、したがって、遠野の地域イメージ形成 の要因は見えてこない。そこで、本章では、遠野市の施策の特徴と思われる要素を拾い 出して解説し、その上で、施策全体の効果と今後の課題を整理する。 第1節 1 施策の特徴 継続性と価値の付加 遠野市の政策の特徴の第一は、連続性あるいは継続性であり、それは前節で述べた「ト オノピアプラン」から「日本のふるさと」づくりへの展開でも明らかであろう。結果的 に拠点整備主義となった「トオノピアプラン」であるが、本田市長がリーダーとなって、 それらのハードの有効活用と経営主体の再編成などを行うことで、「トオノピアプラン」 17 第 3章 施策の特徴と効果ならびに今後の課題 が持っていた先見性をいっそう高度化して具体化することになった。このように、施策 の理念を引き継ぎつつストックを有効活用し、付加価値を高めていくことは、多くの地 方自治体行政に求められていることである。前首長が残した遺産を、有効に活かして新 たな価値を付加していくことにより、結果として財政的にも負担の小さい地域づくりが 可能になる。 既存施設の有効活用の典型例は、これまで述べたように「下一日市区画整理事業とこ れに続く街づくり事業」「とおのふるさと村」「馬の里」ならびに「中心市街地活性化セ ンター(とぴあ)」などが上げられる。 2 包括性・総合性 第二の特徴は、施策の包括性・総合性にあるといえる。それはまず、 「トオノピアプラ ン」の時代からすでに、生活サービスや人づくりから産業振興策に至るまで、バランス よく目配せされて地域政策が展開されてきたことから明らかである。 一方、「市民センター構想」と「カントリーパーク構想」に見られるように、行政シス テムや生活サービスなど特定領域においても包括的・総合的に施策を展開してきた。し かし、医療・保健・福祉については、その広い分野の包括性を実現するためのサービス 拠点を一箇所に集中させることだけでは、市民が居住する地域の近くでサービスを受け たいというニーズを受け止めることは難しいという矛盾も生じてきた。この問題の解消 には、医療・保健・福祉にかかわる専門的人材の確保とサービス体制で工夫が求められ るが、一方で移送システムや情報システムとの連携で解決することも試みられている。 産業面では、 「遠野地域木材総合供給モデル基地」に見られるように、多様な木材関連 産業にかかわる事業者を一体的に配置することによって、木材生産・供給にかかわる合 理的なシステムを形成してきたことからも、包括性・総合性は明らかだろう。 3 地域資源の重視と活用 第三は、地域特性・地域資源の重視であるが、遠野市ではこの考え方は単にものづく りなど経済活性化策にとどまらない。それは農業戦略としての「アスト」や、コミュニ ティビジネスの素材のほかに、「遠野博物館」や「伝承園」の資料に加え、「とおのふる さと村」における「まぶりっと」など人材面でも地域資源の重視と活用の姿勢は十分に うかがうことができる。 18 第 3章 4 施策の特徴と効果ならびに今後の課題 交流・連携型事業 遠野市における交流・連携型の具体的な施策は、経済政策をはじめ多くの局面で見る ことができる。産業面では地域の内外を結ぼうとする「とおのリンデンバウム」が典型 的であるが、 「遠野地域木材総合供給モデル基地」では、特に異業種を結ぶことに重点が 置かれ、すでに事業が進行している。また、第二章に掲載しなかったが、遠野市では 2003 年に「総合産業振興センター」を設置して、行政職員を含む多様な分野の市民からの産 業起しに関する提案と実現の制度を用意していた。そこでは「遠野の産業を元気にする 元気チーム」を用意して市民からの提案を受け、地域外の研究機関の協力によって産業 化することをもくろんでいた。さらに、提案者が事業化するための「遠野元気ファンド」 を用意して、資金提供の仕組みを構想していた。この取り組みは、まさに遠野らしい交 流型の産業形成システムだといえるが、現在は資金確保などの点で事業が休眠状態にあ り、その再構築が求められるところである。 また、遠野ツーリズムにかかわるいくつかの拠点では、地域外との交流を前提に事業 を取り組んでいることは言うまでも無い。 5 市民エネルギーの活用・促進と協働 遠野市の地域再生策を支えてきたのは歴代の首長と、これを具体化してきた行政職員 の存在を見落とすことはできないが、さらに様々の個性的な活動を展開してきた新規参 入者を含む市民の存在が重要であり、これが遠野市の地域政策の特徴に大きく影響を与 えてきたことは冒頭に述べたとおりである。 新規参入者を含んで、市民が主体となって推進してきた「遠野常民大学」 「遠野ファン タジー」「ファーマーズネット」「あやおり夢を咲かせる女性の会」などの活動は、いず れも遠野のイメージを形成する上で貴重な存在となってきた。そしてこれらが今日まで 活気をもって継続することができたのは、行政が資金や情報、あるいは場の提供など側 面から支えてきたことが要因になっている。また「遠野市グリーンツーリズム研究会」 「遠野山・里・暮らしネットワーク」なども、市民が主役になりながらも行政が支えて 設立・維持されており、市民と行政が協働でつくり上げた活動と言えよう。 このように、第五の特徴として、市民エネルギーの活用・促進と協働をあげることが できる。 19 第 3章 施策の特徴と効果ならびに今後の課題 6 柔軟性と機動性 これまでに述べてきた第三セクターの見直しにかかわる懇談会の提言については、市 は懇談会による全体の結論が出るのを待つことなく、個別の提言が出た段階で、課題ご とにすぐさま実行に取り組んできた。また、市は 2003 年に若手職員で組織される「遠 野市政策研究会」を組織して、翌年にはその成果「遠野スタイル」を発行してきたが、 そこであげられた課題については、すぐさま 2006 年策定の遠野市総合計画やこれに基 づくプロジェクトとして具体化の方針が検討されている。その具体的な例としては、こ れまでにあげた定住促進策のほかに、市民協働の指針づくりや景観政策の整備など 9があ げられている。 7 新規性 以上の 6 つの特性は、結果的に創造的な施策を生む源泉となり、従って施策の新規性 を特徴の第七にあげることができる。遠野市の施策は、市民センター構想で述べたよう に、分野を超えた行政組織の再編によって新たなシステムが生まれ、産業面でも市民や 新規参入者が活躍できる環境づくりに加え、官民が協働することにより、結果的に新規 性のある施策が生まれるのは当然といえよう。 第2節 施策の効果 以上、施策の特徴について述べてきたが、地方中小都市圏の大半は人口減少傾向を示 し、同時に第一次産業が衰退傾向にある中で、効果を数量的に証明することは難しい。 また、こうした状態にある疎住地域の活性化を測る数値を特定してそれを用意すること も容易ではない。しかしながら、限られたデータから、遠野市の施策の効果について検 討を試みる。 施策の効果を定住人口の推移と交流人口でみる。交流の質を考えると観光客数などが 指標として適切かどうかは疑問も残るが、ひとつの目安にすることはできよう。 定住人口はこれまでの 10 年間は年間 0.8~0.9%の減少であり、遠野市の立地条件か ら見れば堅調といえるだろう。社会増減も少しずつだがマイナスが続いてきたものの、 9 現在策定中の構想や事業として、これまでにあげたほかに、①遠野広域経済圏の確立、②医師確保 確立対策推進事業、③遠野型助産院ネットワーク構想、④遠野市景観計画、⑤健康づくり総合大学 構想、⑥遠野市総合給食センター構想、三陸地域災害後方支援拠点施設整備事業、などがあげられ ている。(出典:遠野市政策企画作成資料) 20 第 3章 施策の特徴と効果ならびに今後の課題 2002 年以降の転入数は増加傾向に転じた。新規参入者数は 2003 年に「遠野市政策研究 会」で調べたときには 32 世帯であり、その後この種の調査は行われていないようだが、 遠野への移住の問い合わせも少なくないという現状に加え、先に示した「で・くらす遠 野」という制度も生まれており、新規参入の拡大は一定程度進んでいると言えそうだ。 いずれもあまり明快な証拠は示せないが、これまでの一連の施策によって、地域の持続 性が保たれてきたと見たい。 一方、2005 年と 2006 年の観光客の入込数は旧遠野市だけで年間約 152 万人(このう ち「風の丘」が約 98 万人)をキープしている。2000 年前後は、拠点施設がオープンし た年度を除くとおおむね 55 万人前後であり 3 倍に増加しているが、その多くが「風の 丘」の効果であることがわかる。また、県外客の比率は 1989 年に 58%であったものが、 2006 年には 62%と拡大している。しかし宿泊客の比率は 1975 年から 1999 年までの平 均が 10%前後であるのに対して、2006 年は 4%代と減少している。 このように、交流人口は確実に増加し、その圏域は拡大しているものの、滞在型の増 加はそれほどではないことがわかる。このことから、遠野のイメージは国内の広い範囲 に拡大しているものの、地元の経済効果に直結しているとは言えないのが現状だろう。 このことは、経済関係の指標をみても明らかだ。農業粗生産額は先に述べたように減少 傾向に歯止めはかかっておらず、商業販売額でも横ばいあるいは減少傾向にある。この 中にあって、製造品出荷額は 1995 年に約 160 億円であったものが、年々確実に増加し て 2004 年には 300 億円に達しているものの、木材関係などで増加が見られるわけでは なく、これまでの施策の効果だと言い切ることは難しい。 しかし、上記のような経済指標にはあがってこないが、民宿の受け入れ農家数は 2005 年度に 63 件で増加傾向にあり、 「風の丘」や「とぴあ」など産直組合数とその加入者数 は確実に増加している。また、「あえりあ」「伝承園」など市民の雇用の場は確実に増加 していることに加え、 「ふるさと村」でのお年寄りなどの得意技による小さなビジネスの 存在は、遠野市民に大きな元気を与えている。そして、先に述べた新規参入者の増加も 市民の地域に対する自信につながっていると言えよう。 以上のような事実から、遠野の市域再生策はデータ面からも一定の成功と言えよう。 21 第 3章 施策の特徴と効果ならびに今後の課題 第3節 1 今後の課題 産業振興にかかわる包括的なマネージメント機構の整備 遠野における地域再生にむけての今後の課題を考えてみる。まず経済面では、地域へ の入り込み客の行動と地域の産業とをどう結びつけるかが課題であり、それは農林業、 製造業、商業の三分野における対策が必要であろう。その中で農業における「アスト」 の展開は重要であり、その展開によって遠野ツーリズムの資源としての価値も拡大する。 また林業や製造業においても、遠野ルーリズムあるいは遠野ブランドとのかかわりにお いて、商品化を含めた対策が求められる。遠野の取り組みを「包括性」を持つ施策と評 図表 8 遠野市が考える遠野広域経済圏の構想 遠野広域経済圏の確立 ~遠野市の将来像:内陸の交流拠点ビジョン~ 将来を見据えた 生活圏域の設定 東北新幹線 東北自動車道 R396 R340 三陸縦断自動車道 ② 釜石市・大船渡市 の重要港湾整備の 進捗 立丸峠整備促進 空港 ③ 県南への産業集積 と沿岸部との広域 物流ネットワーク の形成 R283 釜石秋田道 JR釜石線 R107 広域防災圏 医療圏 重要港湾 産業集積 ① 高速自動車道釜石 秋田線(東和・遠野 間の整備)) ④ 広域経済圏の政策的 誘導とこれに伴う各 生活圏域の再編 ⑤ 生活圏域に依拠し た広域的防災体制 の整備・充実 遠野広域経済圏 -12- 価したが、産業面ではいくつかの拠点の整備を除いて、多様な分野にわたって目配せす る施策を展開しているという程度に止まっているのではないだろうか。そこで、遠野ツ ーリズムを核にしながら、農林業、製造業、商業の全分野をマネージメントする機構の 形成が求められるのではないだろうか。つまり、多様な要素が存在するというだけでな く、統合されたシステムとして運営されなければ新しい価値は生まれにくい。現在は本 田市長をリーダーとして行政がその役割を負っているようだが、行政とのパートナーシ 22 第 3章 施策の特徴と効果ならびに今後の課題 ップを保ちながら運営されるマネージメント機構の確立を期待する。それを既存の第三 セクターの再編によって実現することも考えられるだろう。最近になって、遠野市では 経済振興の課題として「遠野広域経済圏の確立」 (図表 8)をあげているが、それは単に 交通システムの話としてではなく、どのように人・モノ・情報・環境をマネージメント していくかにかかっており、上記の機構が深くこの構想にかかわる必要がある。細部に ついてみれば、コストのかかる「馬の里事業」を上記との関係でいかに活用していくか も重要だろう。 2 環境資源の管理 遠野ブランドの基盤は自然を含む地域資源であることは言うまでも無い。現在遠野市 では景観計画を策定中であり、その対象として遠野の多様な資源に対して目配せがされ ており、効果的な適用が期待されるところである。 3 市民との協働 遠野市における市民と行政との関係はこれまでにも述べてきたとおり、それぞれのエ ネルギーが活かされ遠野のまちづくりを実現してきた。また、行政がさまざまな機会を 通して、市民が参加する場を用意してきたし、最近では総合計画策定に当たって、市民 の声が大きく取り入れられた。さらに、遠野テレビなどを通して情報の共有を実現して きたという点で、遠野市における市民参加は高く評価されてよかろう。 次の段階として、市は協働の指針を策定中であるが、それを通して、市民と行政が対 等な立場で提案し、協働で活動し、適切に役割分担をしながら地域を維持していくとい う関係の確立が望まれる。そのためには、この協働の指針づくりのプロセスを、協働の 実体を形成するための機会とすべきだろう。 参考文献 日本地域開発センター編、1982 年、『トオノピアプラン』、清文社. 遠野市、2006 年、『遠野市総合計画―永遠の日本のふるさと遠野』. 遠野市、2006 年、『遠野市市勢要覧 2006』. 遠野市、2002 年、『遠野市観光推進計画』. 遠野市政策研究会編、2004 年、『遠野スタイル』、ぎょうせい. 23 NIRA Case Study Series No.2007-05-A A -1 「永遠の日本のふるさと遠野」の地域再生策 ―地域資源の総合的活用による遠野スタイルの実現に向けて― 2007 年 5 月 発行 著 者 山 田 晴 発 行 総合研究開発機構 〒150-6034 電話 義 東京都渋谷区恵比寿 4-20-3 03(5448)1735 ホームページ http://www.nira.go.jp/ 無断転載を禁じます。 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