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熱海の海の魅力

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資料1
熱海の海の魅力(市ホームページ寄稿文から)
株式会社
スパ・マリーナ熱海
ハーバーマスター
遠藤光幸
熱海の海の魅力は景観がすばらしいことです。
伊豆山から網代までの海岸線。背後に山をいただき窮屈そうに立ち誇るホテル・マンショ
ン。地中海風のビーチとマリーナ、景勝、錦ヶ浦の海からの眺めは圧巻です。多賀湾はい
つも穏やかでヨットでアンカー(錨)を打ってのんびり過ごしたり、ボートで水上スキー
やウェイクボードも楽しめたり最高のスポットです。セーリングで 1 時間もすると初島に
入港できます。マリーナに舫って定番のイカ丼と、ところてんを食してから灯台にのぼる
と相模湾と伊豆半島の 360°パノラマ景色は必見です。時期によっては熱海の山の上に富
士山を眺めることができます。静岡県では唯一の有人島である初島が、ちょうど良い距離
のところにぷかりと浮いているのでマリンリゾートを広げてくれています。
私は少し沖にでて見る熱海の景観が大好きです。ヨット・クルーザーで訪れる方、遊覧船
に乗られた方、見た人誰もが景観に感動し、皆さん素晴らしいと言います。豪華客船『に
っぽん丸』の船長も 5 年前の初寄港の際に『まるでモナコのようだ』とおっしゃっていま
した。
先日、渚デッキのオープンカフェにいらっしゃった年配の方が「熱海の海は変わったなぁ」
とおっしゃっていました。この方は 40∼50 年前は、たびたび熱海に訪れていたそうです。
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熱海が温泉町として隆盛だったころです。確かに当時、熱海市街の海岸線は釣り船と初島・
大島航路の発着所しかなく、堤防とテトラポッドの殺風景な景色が広がっていました。そ
のため、海水浴といったら曽我浦か多賀の長浜海岸まで出掛けなければなりませんでした。
また、私が子供の頃は、台風が襲来すると波が堤防をはるかに超えてきて、海岸近くにい
るとびっしょりになってしまったのを思い出します。
昭和 50 年代に入り砂浜を取り戻そうという機運が高まり、まず人工海浜(熱海サンビーチ)
が整備されました。のちに親水公園へと整備地域が広がっていき、21世紀に入ると殺風
景だった海岸線が高級リゾート感あふれるベイエリアに様変わりしました。
(写真は昭和 50 年代前半現在のレインボーデッキ付近)
熱海サンビーチはバックにホテル・リゾートマンションが立ち並ぶ市街地にありながらも、
ヤシ並木が続き、波も穏やかでシーズン中は大勢の観光客で賑わう人気のビーチです。ま
た、親水公園にはリゾート地に相応しいマリーナがあり、陸と海が一体化した水際の景観
を演出しています。
熱海で夏の海のイベントは欠かせません。その中でも最も有名なのが毎年 8 月4日に開催
される「初島・熱海間団体競泳大会」です。熱海市の初島を正午にスタートし泳者 3 人、
指導者1人、指揮船 1 隻で 12 キロ先の熱海サンビーチを目指します。大会は大正 15 年に
熱海の青年たちが覇を競ったのが初めと言われています。熱海の海岸にある巌谷小波(い
わやさざなみ )の「何の苦も夏の潮路や島三里」の句碑は、この青年たちの勇気をたたえ
たものです。今年で 65 回の開催になりました。
熱海の海岸線はモナコなどの地中海地域に例えられることが多いのですが、モナコといえ
ばF1 グランプリ。熱海も 1995 年まで海のF1
『熱海オーシャンカップ』が28回開催
されていました。パワーボートのレースです。オフショア・スーパークラスでは熱海∼初
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島間 20 ㎞ 2 時間の耐久レースで、多数のボートがものすごいスピードと爆音で青い海に何
本もの白い航跡を残して疾走していました。
今でも 7.5 岸壁にはオーシャンカップの勝者を称えた石碑が存在します。
外洋モーターボートレース『オーシャンカップ』、外洋ヨットレース『ジャパンカップ』等
が華々しく開催され、熱海は日本の稀有なるオーシャンリゾートタウンとして世に知られ
ておりました。
世界の一流のリゾート地にはスーパーヨットのマストがそびえ立ち、メガボートが見渡す
限りぎっしりと係留されております。それがその地のステータスであり一流のリゾート地
としての証にほかならないと思います。スーパーセレブ御用達の『オーシャンカップ』
『ジ
ャパンカップ』の熱海開催復活を願い、スーパーヨットのマストがそびえ立つ風景をオー
プンカフェから潮風を受けて夢見ている今日この頃です。
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