第 14 回:フランス フランスの小学校教育における食育 ─ 味覚教育と栄養教育の取り組み ─ ● 戸川律子[大阪府立大学大学院 人間社会学研究科 人間科学専攻 後期博士課程] フランスは、食文化についての国民の意識を高めるための食育 を毎年全国規模で行っている食育先進国である。2001 年には、 対策として「国民栄養健康プログラム」を打ち出している。その 政策の基軸の一つが小学校での「味覚教育」と「栄養教育」であ る。なぜ、フランスはこれらの食に関する教育を小学校児童向 けに選択したのか。そして、実際にはどのようなことが行われ ているのか。その目的と実践を現地からレポートする。 はじめに とがわ りっこ ● 大阪府立大学大学院人間社会学研究 科人間科学専攻文化形成論分野後期 博士課程。 フランス・カシャン高等師範学校に 留学中。 ● 調査概要 調査時期 2007 年 10 月 15 日∼ 21 日、2008 年 3 月 19 日、2008 年 9 月 調査場所 ディジョン市とパリ市の小学校、学校施設 パリ市の団体飲食業(A.S.E.I.Restauration, C.C.C.Restauration)合同施設 調査方法 小学校の授業や学校食堂施設で行われている子どもたちへの「栄養教育」 、 「味覚教育」の授業観察、関係者へのインタビュー調査 調査目的 フランスの子どもたちに行われている食育実践の内容を明らかにすること 策 を 策 定 し た 栄 養 健 康 国 家 計 画 * 2 ( Le Programme 近年、牛海綿状脳症(BSE)や鳥インフルエンザ、産地表示 Nationale Nutrition Santé 、以下 PNNS と表示)を採択し、 偽装など、食の安全に関わる問題が世界中で多発している。 その政策に関わる国民教育省は、食育として「味覚教育」と 日本ではこのような状況にかんがみ、2005 年に食育基本法が 「栄養教育」を学校教育カリキュラムに組み込んでいる。特に 制定された。法案では「改めて、食育を、生きる上での基本で 「味覚教育」には、美食の国であるフランスが長い間取り組ん あって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置付 けるとともに、様々な経験を通じて〈食〉に関する知識と〈食〉 できた独自のメソッドがある。 今回の調査では、 「味覚教育」の基になるメソッドを提供し、 を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができ その教育実践者養成と食の知覚及び行動に関する研究を目的 る人間を育てる食育を推進すること」 (前文)が求められてい とした組織「フランス味覚研究所」の味覚形成教育責任者で る。制定に至った理由として、共働き夫婦の増加や、子ども あるナタリー・ポリーゼ氏に、 「味覚教育」がどのような目的 の塾通いや習い事による多忙のため、現在の家族は生活時間 で行われているのかをうかがった。また、ディジョン市とパリ のずれが大きく、食卓を共有する時間を十分に持つことがで 市の小学校や学校施設、給食施設で観察調査を行い、そこで きず、家庭で食育を行えなくなったことが指摘されている。 実践されている「味覚教育」と「栄養教育」とについて、どの 一方、フランスは、食と健康についての政策を打ち出した、 ヨーロッパで初めての国である* 1 。96 年にイギリス政府が発 ような方法で、どのような食に関する教育が現場で行われて いるのか、この二つの教育目的の違いは何なのかを探った。 表した BSE の問題以降、フランス国民は食の安全性に大きな 40 関心を抱くようになった。このような国民の食に対する意識 政府主導の食育活動 の変化は、食の安全性から〈食〉そのものについての関心を高 ●フランス味覚週間(La semaine du goût) めた。政府は 01 年には栄養学的諸要因の分析に基づいた改善 「味覚週間」は、8 割以上のフランス人に認知されている国 民的イベントである。 「味覚週間」は、国の食育活動の中でも 重要な位置を占めており、小学校での「味覚授業」にも大き く貢献している毎年 10 月の第 3 週目の 1 週間を味覚週間とし てフランス全土で開催され、誰もが参加でき、いろいろなイベ ントがそれぞれの地域で開かれる。 90 年にジャーナリストで料理評論家のジャン=リュック・ プティルノー氏と砂糖業者団体が中心となり、350 人のシェフ がパリの小学生に「味覚の日」としてレッスンを行ったのが最 初である。その当時、 「味覚の日」は 29 %のフランス人に認知 されていただけであった。92 年に、 「味覚の日」は現在の「味 覚週間」になった。その後、フランス国立食文化評議会も加 わり、3,000 人のシェフが小学校でレッスンをするようになっ [写真1] 味覚週間の昼食メニューのポ スター(カシャン小学校) 食育テーマ「香辛料」 前菜:キャベツの千切りとク ルトンのパプリカムース メイン料理:カルダモン風味 の薄切り牛肉とブルターニ ュバターの潰しジャガイモ デザート:クミン風味のゴー ダチーズとシナモン風味の 新鮮フルーツミックス生ク リームホイップ添え た。9 万人の子どもたちがこの味覚のレッスンに触れている が、次第に大人に対してもレッスンを始めるようになった。 思春期用 子どもを持つ親用(0∼3歳) 子どもを持つ親用(0∼18歳) 02 年、砂糖業者団体は企業などのパートナーを受け入れ、03 年には農業・食品・水産省などが加わり、国家的イベントに なった。 取り組み内容は四つに分類される。① 「味覚のレッスン」 、 ② 「味覚週間の食卓」 、③ 「味覚のアトリエ」 、④ 「味覚の才 人」である。 「味覚のレッスン」は、90 年から始められた最も [写真2]PNNのガイドブック「健康は食によって」の例 重要なイベントで、多数のシェフや食の職人が小学校を訪れ、 われる食のイベント活動で、商業イベント、味覚のラリー、シ 「1 日に五つのフルーツと野菜を食べよう」というスローガ ンポジウムなど、600 以上のイベントがあり、市役所、市民団 ンの下に、子どもに対しては以下のような施策が実施されて 体、商工会議所、学校、全国食品産業協会(ANIA)加盟企業 いる。まず、栄養学習のできる環境を提供し、楽しく学べる などが中心となって企画する。 栄養学習教材を作成し配布。小学校では市が中心となって、 有名な星付きレストランなどの飲食店は、この週間のため 生産者の協力を得て子どもたちに果物と野菜を無料で提供し の味覚のメニューを用意し、学生には学割を利用した特別価 ている。また、子どもや思春期の子どもたちの野菜と果物の 格で料理を提供する。日頃そのようなレストランを利用でき 摂取を促進させるために、駅や学校に設置されている飲料な ない層が新しい味覚を発見する機会でもある。 どの自動販売機に果物(1 ユーロ以下の値段)を加えている。 ●栄養健康国家計画(PNNS) 小学校教育と食育実践 栄養健康国家計画は、栄養学的観点から国民の健康を増進 フランスでは、ほとんどの学校が政府の国民教育省の管轄下 するために、01 年に厚生・連帯省によって策定された。国民 に置かれており、国民教育にかかる費用は、GDP の 6.1 %を占 教育省、農業省、健康省などの管轄にも属する政策であり、 める。 フランスの栄養指標の公的基準を示している。各世代に対応 2009 ている。 NO.15 味覚の授業を行う。 「味覚のアトリエ」は、フランス全土で行 フランスの小学校の児童数は、約 3,924 万人で、3 万 8,741 したガイド・ブック(写真 2)の配布、テレビ・ラジオ・雑誌 の広告、ポスターの掲示、ホームページ* 3 などを通じた大規 模な広報活動によって、同プログラムは国民に広く認知され * 1 Le PNNS 2001 ∼ 05 http://www.sante.gouv.fr/htm/actu/34_010131.htm(2008 年 12 月 2 日確認) * 2 ここではフランス大使館の日本語訳を踏襲する。 * 3 PNNS の HP http://www.mangerbouger.fr/(2008 年 12 月 2 日確認) 41 図表[1]小学校の授業時間数―フランスと日本 ― 年間授業時間数(時間) 学習科目 [写真3]パリ13区の小学校(下校時) (公立は 3 万 3,452)の小学校教育機関がある。1 クラスの児童 数は 25 人程度である。登下校の際は安全面から保護者(ベビ フランス 日本 1年 2年 3、4、5年 3年 4年 5年 国語* 360 272 280 288 235 235 180 算数 180 144 155 180 150 保健体育 108 外国語 54 図画工作 81 90 108 とが義務付けられている。フランスでは 8 割の女性がフルタイ 総合教育* ムで働いているので、登校は父親、下校は母親などと、それぞ 合計 150 90 54 68 70 理科、社会* 家庭、音楽 。 (写真 3) 日本 1、2年 ーシッターなどそれに代わる者を含む)によって送迎されるこ れの仕事の事情で分担している共働き夫婦が多く見られる フランス 78 60 60 50 156 140 175 180 60 60 110 81 170 175 864 782 840 175 175 180 864 910 945 ※文部科学省初等中等教育局 2002 年(日本)、教育省 2008 年 8 月更新分(フ ランス)より作成。フランスについては*が付いた教科の時間の一部が食 育授業に使用されている。 ほとんどの公立小学校では日曜日以外は水曜日が休日とな り、土曜日も休みか半日授業のところが多い。水曜日には、 感覚機能の説明では、視覚・嗅覚・触覚・聴覚・味覚の五 子どもたちは、ピアノや演劇、絵画教室などの芸術活動、水 感についての説明を行った後、フランス語の教師がさまざま 泳、柔道、サッカー、ゴルフ、フェンシング、テニスなどのス な感覚機能を言語で表現できるかテストを行う。匂いを嗅ぎ ポーツをする。休暇は春、夏、万聖節、冬の年 4 回である。授 分け、何の匂いに似ているか、何枚か質の違った布を子ども 業時間数に関しては特に国語教育では、日本の小学校に比べ たちに触らせた触感を言語で表現させる。次に味覚の全体図 多くの学習時間をとっている(図表 1) 。 を提示し、食べる前に受ける刺激(視覚・聴覚・嗅覚)と食 小学校の「味覚授業」と「栄養授業」は、小学校 1、2 年生 べている間に受ける刺激(触感・聴覚・嗅覚・味覚)につい は国語と総合教育、3、4、5 年生は国語と理科、社会の時間に て学ぶ。味覚には四つの基本味* 4、甘み・塩み・苦み・酸み 行われるが、昼の休憩時間(2 時間)や、学内外で計画される があること、それは温度によって変化があることを知る。スパ 特別授業においても実施される。授業の参加者は児童と親、 イスやハーブなどが持っている刺激を学ぶと同時に、料理や 学校の職員全体で、栄養士や料理人、企業などの食の関係者、 飲み物が、ねっとりしている、さらさらしている、パリパリし 保健関係者、教育関係者など授業に関連したさまざまな資格 ているなどの触感をあらわし、その刺激は聴覚にも働きかけ を持った人たちを外部から招くこともある。教師たちはこれ ることを学習する。そして、その刺激をその都度、言語化でき らの活動のためにさまざまな資料や教育手段を自由に使うこ ることを説明する。 とができる。 実践では、感覚機能の説明に応じて、まずは食べる前の刺 激から実践していく。同じくらいの大きさにカットされた野 42 ●「味覚教育」についての事例 菜や果物を視覚、嗅覚を使って確認する(写真 4) 。何を食べ 観察対象:ディジョン市内の小学校の 8 ∼ 10 歳の 180 人の小 るかが分からないように目隠しをして、嗅覚で確認した後、 学生。 さらに噛んだ音によって聴覚を確認し、最後に味覚を確認す 授業内容:授業内容は、① 「感覚機能の説明」 、② 「実践」 、 る(写真 5) 。ここでは、子どもたちによく噛むことを強調し、 ③「地方と食」 、の三つで構成されている。 触感を言語で表現させる。最後に何を食べていたかを想像さ [写真4]同じくらいの大きさにカットされた野菜や果物 [写真5]目隠しをすることで、視覚からの先入観をなくす [写真6]参加する保護者 [写真7]濃度の違う液体をすべて同じ形の容器に入れる [写真8]栄養アドバイスマシーンで料理を選択する小学生 せ、目隠しをとって食べていたものを確認させる。次に、すべ [写真9]マシーンは同じ食品群の料理を選択すると× 印をだす 図表[2]判定表 て同じ容器に入れられた、見た目はまったく同じ水溶液を味 見する(写真 7) 。四つの基本的な味覚を味わえるように用意 された水溶液を試飲し、自分の感じた濃度を判定表(図表 2) に記入する。感覚機能には個人差があるので、自分がどれぐ 刺激 (スパイス) らいの味覚の知覚閾値* 5 を持つのかをそれぞれの水溶液の味 甘み 10 8 6 4 2 0 塩み で確認する。 「地方と食」については、地理の先生と歴史の先生が中心に なって授業が行われる。なぜ、農作物の味や好まれる料理の 酸み 苦み 違いがあるのかをその地方の風土や歴史によって説明する。 次に進むことができない(写真 9) 。子どもたちが昼食に選ん 観察対象:パリ 17 区の小学校で観察したのは、すでに基礎食 だ料理の組み合わせについて、栄養のバランスがとれている 品群を学び、いろいろな食品を同じグループに選別する学習を かをマシーンが分析し、栄養のバランスの良い悪いによって した児童に、給食時に行われた特別授業。対象は 9 歳の 24 名 異なるポイントを進呈する。選択した料理は、チケットになっ の小学生。 て食堂に注文が入り、皆で昼食をとる。栄養士を交えて、自 授業内容:昼食前に、基礎食品群をもう一度復習した後、給 分のポイント数がどのような理由で多かったのか、少なかっ 食のメニューを渡し、どのような料理を選択できるのかを子 たのかを話し合う。 NO.15 ●「栄養教育」についての事例 2009 品群の中から二つの料理を選んでしまうと画面に×印が出て、 どもたちに教える。子どもたちは、栄養アドバイスマシーンを 使って自分の食べたい昼食を、前菜、メイン料理、デザート の順番で選び構成していく(写真 8) 。選択の途中で、同じ食 * 4 基本味が甘み・苦み・酸み・苦みの四つだけとは考えられていない。試食 するものによって判定表は異なる。 *5 塩みなのか、甘みなのか、などその味が知覚できる濃度の値。 43 「味覚教育」と「栄養教育」の成果 ナタリー・ポリーゼ氏 へのインタビュー 「味覚教育」の基になるメソッドを 提供し、その教育実践者養成と、食 ●味覚教育での言語表現の重要性 フランスの小学校では、読むこと、口頭で表現すること、 書くことが最重要課題として位置付けられている* 6。 「味覚教 育」においても、味覚の言語表現が重要な位置を占めている。 の知覚及び行動に関する研究を目 しかし、五感を言語で表現することは、非常に困難で、かつ 的としている組織、 「フランス味覚 訓練が必要である。それゆえに、子どもたちはフランス語教師 研究所」の味覚形成教育責任者、ナ タリー・ポリーゼ氏に「味覚教育」 がどのような目的で行われているの とともに感触の微妙なニュアンスの表現を探す。味覚教育は、 子どもたちに味覚の言語化を学ばせることを通じて、子どもた かをうかがった。 ちの味覚を研ぎ澄まし、味わうことに熱心にさせることを目的 フランス味覚研究所:味覚形成教育責任者(感覚評価と食品科学を としている。それは、自ら知覚したことを他人に伝えるだけで 専門とする農学技術者) 質問 1 ■ 味覚の授業の目的とは 味覚教育は、子どもたちの感覚を言語表現によって引き 出すことを目的としています。味覚の授業のメソッドは、 いろいろな専門家たちが協力し合い実践を重ね、長い期間 をかけて、その方法をつくりあげてきました。その結果、 なく、自分自身においてもその知覚が他の知覚とどのように違 うのかということを正確に判断することを可能にする。 塩みに敏感な子どもや、甘みに鈍感な子どもなど、味覚の 閾値や好みには個人差がある。味覚教育は、自分が他人と比 べてどの程度の位置にいるのかを確認させ、よく味わうこと 味わうという行為は、子どもたちの興味をそれだけにとど を学ばせることで味覚を鋭敏にさせる。自分の味覚の閾値や めないことが分かっています。子どもの食のレパートリー 好みを知ることは、自分で料理の味付けや食事の組み合わせ を増やし、食品から情報をキャッチし、自ら味わうこと、 ついには料理をすることにも目覚めさせることが可能だと いえるでしょう。そして同時に、誰もが同じ味覚を持って をコントロールできるようになるために重要なことはいうまで もない。 いるわけではないことを知り、それを理解し合うことも大 切な目的です。 質問 2 ■ なぜ、8 ∼ 10 歳を対象にしたのか 4歳児までは、はっきりと好みを表現することは難しい ことが多いです。食した経験の有無によって、その食品を とるかどうかを決めるのです。特に苦みなどは危険に感じ 「栄養教育」では、規則正しく食事をとることの重要性や、 たんぱく質や炭水化物、脂肪などの食品群を学び、食品をそ れぞれの食品群に選別できるようになることを基本として学 る味覚でもあるので、好みとは別に生理的に拒否すること ぶ。また、小学校の低学年から、栄養学を楽しく学ばせるた があります。6、7歳になると少し微妙な違いを表現できる めにゲーム感覚の DVD などを教材に利用することが多く、同 ようになり、8歳からは記憶をたどっての表現ができてきま じ品目をとりすぎないように、食事をする度によく考え自然 す。しかし、だいたい10歳を超えると思春期の入り口で、 それまでの味覚と違ってくるし、男女の差も出てきます。 質問 3 ■ 家庭で気をつけることは 家庭の食卓は、それぞれ家の習慣や文化によってつくら れるので、皆さんはすでにいろいろなことに気を付けてい に行動できるようになるまで、繰り返し行われる。低学年か ら始めるのは、なるべく早い段階で良い食行動を身に付けさ せ、同時に単純な基礎知識を取得させることができるためで ある。 ることでしょう。私たちがアドバイスできることは、子ど 栄養アドバイスマシーンを利用した授業は、そのような学 もたちを急がせないことです。食べる前にはどのようなも 習期間が終わった後の生徒のために企画された。フランスの のを食べるのか、注意しなければなりません。きちんと味 わうために、必要な時間を与えることです。そして、子ど 食事形式は日本のようにご飯、おかず、漬物、味噌汁などの もに食べさせる前に味見をしてください。料理が適温であ ように並べて食べる、いわゆる三角食べ* 7 といわれるスタイ るかも大切なことです。あとは、食べるという楽しい機会 ルではなく、一皿ずつ順番に食べていくスタイルなので、スー をより多く与えてください。 44 ●栄養教育に見られるフランスの学習方法 プ、前菜、魚や肉のようなメイン料理、チーズやデザート、果 物という組み合わせのバランスを考えて料理を選択すること を学ぶ。料理を選ぶ選択肢があることで、モチベーションを高 文化や環境が大きく作用する。一見困難に見えるこの学習は、 めていることが観察できた。 どのように食べるかは別にして、食べるという行為がどの民 族にも共通した行為であること、食に関する知覚を表現する 食育政策のコンセプト 言葉は常に用意されているものではないことが、どのような環 観察の結果、フランスの食育政策には以下の三つのコンセ 境にある子どもたちにも食に対する興味を抱かせる。同じ物 プトがあることが理解できた。① 栄養バランスの配慮等、栄 を分かち合って食べながら、それに対応する表現を探し、細 養学的観点から正しい栄養摂取行動を身に付ける繰り返し学 やかに違いを表現する過程を通じて、味覚には真偽や良し悪 習、② 食に接する機会を多様化させ、味覚を育てることを目 しはなく、味覚は個人で違うことを理解させる。 的とした自発的学習、③ 食に関する教育を媒介とした社会的 ① の学習の採択は、これまで肥満などの問題にあまり注目 「栄養教育」と「味覚教育」の授業観察、味覚養成責任者ポ されてこなかったフランスが、近年、英米のような肥満増大 リーゼ氏のインタビューを通じて、フランスにおける二つの食 の問題に直面したことが、最も大きな理由の一つである。そ に関する教育の特徴が明らかとなった。 「栄養教育」は基本的 の原因は、クリスマスにしか食べられなかったフォアグラなど な食行動を自分で行えるようになることに重点を置いている ハレの日の料理が日常的に食べられるようになったことや、 のに対し、 「味覚教育」は、食べるという行為が社会的行為で 食の簡便志向の増加、交通の発達による運動不足など生活ス もあるという側面に重点を置いている。 タイルの変化が著しいにもかかわらず、過去からの食行動に 日本の学校教育現場においても、食育の名の下に多くの取 ついての改善がなされていなかったことにある。科学的な根 り組みがなされている。しかし、フランスで実践されているよ 拠に裏付けられた正しい栄養学的配慮に基づく食行動は、子 うな「味覚教育」は、教育カリキュラムに組み込まれた形では どもの時から習慣化させることが重要なので、自然に食構成 まったくなされていない。フランスの「味覚教育」の実践の中 ができるようになるまで、楽しく繰り返し行う方法でそれを には、日本の食育においても取り入れられるべき、多くの重 身に付けさせることをこの学習は目的としている。 要な要素が含まれているのだ。 ② の学習は、自分たちの持っている五感を総動員させると それらのうち、特に言語教育には以下の三つの極めて重要 ともに、食は地理、歴史、科学などにまで渡る広いテーマを持 な狙いが含まれており、それらは日本の教育現場でも取り組 っていることを理解させ、好奇心を持ちながら食と向き合う まれるべき意義を持っていると思われる。第一は、味覚を言 姿勢を学ばせる。最終的には自発的に味をコントロールし、 語化することによって、味覚が鋭敏になり、その鋭敏になっ 料理をする行動にまで駆り立てることが目的で、自発的な行 た味覚が言語表現をより豊かにするという、感覚と言語との 動の根源が味覚だと考えられている。① の学習だけでは料理 相互作用効果である。第二は、言語によって、互いに他者と を薬のように扱ったり、栄養的数値で考えたり、味が規格化 の相違を理解し、自分の感覚を相手に正しく伝える相互的コ されることが懸念される。そのため、① と②の学習が同時に ミュニケーション能力の向上である。第三は、見ただけではそ 行われることに意義があるといえよう。味覚を確立した子ど の味覚が想像しにくい未知の食べ物について、言語表現を介 もたちが、食の消費者になることで、フランスの食業界を切 した想像力によって、否定的・拒否的な先入観を取り払い、 磋琢磨させ、フランスの遺産である食文化を継続することに それを受け入れる経験を通じて、未知なるものへと心を開く 大きく貢献することが期待されている教育プランである。 ことである。 「味覚教育」における言語教育とは、感覚と言語 ③ の学習については、食と同様に言語表現が学習の大きな 鍵となる。フランスでは、自分の思っていることを論理的に相 の方法的訓練を通じた、総合的人間教育の具体的実践の場な 2009 おわりに NO.15 統合を目的とした学習、である。 のである。 手にきちんと表現できるように小学校から教育される。しか し、フランスは多民族国家でフランス語の習得が困難な家庭 環境にいる子どもも少なくない。そして、食は各家庭の持つ * 6 文部科学省『フランスの教育基本法∼ 2005 年学校基本法と教育法典∼』 2007年 * 7 汁物→ごはん→おかず→ごはん→漬物……と、バランスよく食べる方法を さす。 45
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