高圧縮比高効率ガソリンエンジン

◆第9回新機械振興賞受賞者業績概要
高圧縮比高効率ガソリンエンジン
マツダ株式会社
代表取締役社長 山内 孝
パワートレイン技術開発部
山川 正尚
パワートレイン技術開発部
西田 正美
エンジン性能開発部
増田 幸男
パワートレインシステム開発部 江角 圭太郎
燃料の持っている熱量を100%
100 輻射、未燃損失
Heat Energy Balance(%)
はじめに
近年ハイブリッド車や電気自動車の開発が活
発化し、電気デバイスによる燃費改善技術の採
用が進んでいるが、2020年時点でも自動車の多
排気損失
80
60
冷却損失
40
機械抵抗損失
損失
ポンプ
20
有効仕事
くは内燃機関を動力源として搭載していると考
0
えられている。さらに、今後、アイドリングス
0
20
40 60
Load(%)
80
100
図1 ガソリンエンジンの効率の現状
トップや減速エネルギー回生等の電気デバイス
が量産効果によるコスト低減で普及していくと
思われるが、その効果を十分発揮させるために
は、ベースとなる内燃機関の効率向上が重要で
ある。そこで、理想の燃焼を追求した高圧縮比
の新燃焼コンセプトを中心に、吸排気システム
や機械抵抗損失を徹底的に見直すことで、高効
率なエンジンを開発した。その結果、コンパク
トカークラス(1.3Lエンジン)では10-15モードで
30km/Lという他社のハイブリッド車と同等の燃
費を実現した。今後は、次世代ガソリンエンジ
ンとして、主力車種に広く展開していく予定で
に伴って圧縮し、火花で点火し燃焼させる。そ
のとき圧力が上がるのでピストンを押し下げる
ことで仕事を取り出す。そしてまたピストンが
上がるときに排気ガスを外に出す。これを繰り
返して動力を連続的に取り出している。図1で
は、横軸に負荷(アクセル開度0がアイドル、
100が全負荷)、縦軸に燃料の持っているエネル
ギーを100%として、仕事としてどの程度取り出
せているかの割合を示している。これから分か
るように燃料のエネルギーの内、仕事として取
り出しているのはわずか30%程度である。つま
ある。
り、内燃機関の燃費を改善するには、排気損失
開発のねらい
(排気ガスの熱)、冷却損失(冷却水などへの
内燃機関の仕組みは、ピストンが下がるとき
に空気を吸って燃料と混ぜ、次にピストン上昇
放熱)、ポンプ損失(吸入・吐出の抵抗)、機
械抵抗の4つを低減する必要がある。図2はこれ
-1 -
低減すべき損失
制御可能な因子
冷却損失
圧縮比
燃費改善率 (%)
高圧縮比高効率ガソリンエンジン
20
2 0 0 0 r pm 2 0 0 kPa
λ = 1 , 燃焼期間3 5 C A
15
10
5
現行
0
図示熱効率
燃焼期間
空燃比/EGR
空燃比/EGR
排気損失
燃費改善率 (%)
8
エンジン
熱効率改善
10
12
14
16
圧縮比 (-)
10
18
20
2 0 0 0 r pm 2 0 0 kPa
λ = 1 , 圧縮比1 5
5
現行
0
0
-5
20
40
60
80
100
-10
燃焼タイミング
燃焼技術領域
ポンプ損失
ポンピング損失
燃費改善率 (%)
燃焼期間 (CA)
40
2 0 0 0 r pm 2 0 0 kPa
圧縮比1 5
燃焼期間3 5 C A
30
20
10
0
機械抵抗損失
燃費改善率 (%)
0
機械効率
機械抵抗
燃焼限界(圧縮着火)
限界
現行
2
4
6
空気過剰率 (λ )
20
8
10
2 0 0 0 r pm 2 0 0 kPa
λ = 1 , 圧縮比1 5
燃焼期間3 5 C A
10
現行
0
0
20
40
60
80
100
-10
ポンプ損失 (kPa)
図2 ガソリンエンジンの燃費改善の可能性
燃料の化学反応利用
ら4つの損失を低減するため、燃焼領域で制御
可能な因子を理想に近づけるアプローチでシ
排気系
Cooled EGR
直噴マルチホールインジェクター
プリイグニッション
センシング
ミュレーションしたものである。その結果、燃
焼領域だけでも50%以上の改善の可能性がある
ことが分かった。そこで、その中で燃費改善効
果の比較的大きな高圧縮比化に取り組んだ。
電動可変
バルブタイミング
圧縮比14
キャビティー付きピストン
機械抵抗低減
・コンロッド軽量化
・ローラフォロア
・チェーン油膜
・ウォーターポンプ
・電子制御オイルポンプ
・補機ベルト張力低減
図3 高圧縮比ガソリンエンジンの概要
装置の概要
図3に開発した高圧縮比ガソリンエンジンの
火炎伝播を待たずに自己着火するノッキングが
主な採用技術を示す。以下では、その技術につ
発生し、激しい音やピストン溶損をもたらす。
いて説明する。
ノッキング防止のためには点火時期を遅らせる
必要が生じる。そうすると、トルクが低下する
技術上の特徴
ため、圧縮比は10~11程度に留まっているのが
高圧縮比化によって効率向上を図る場合、全
現状である。そこで、本開発では、高圧縮比化
負荷付近において温度・圧力が高くなり過ぎて
に伴い現れる点火前の化学反応を発見したこと
燃料と空気の混合気が通常の点火プラグからの
により、その活用と従来からのノッキング改善
-2 -
◆第9回新機械振興賞受賞者業績概要
手法である急速燃焼と混合気冷却に新技術を導
入 し、高圧 縮比を 実現す る燃 焼技術 を開 発し
た。
1. 燃料の化学反応
図4にノッキングの発生しやすい低速全負荷
における、圧縮比とノッキング限界点火時期で
の正味平均有効圧力(∝トルク)の関係を示す。
圧縮比11.2から13では正味平均有効圧力の低下
図4 圧縮比とノッキングによる出力低下
は あっ たが、それ 以上の 圧縮 比では 低下 しな
点火前のプラスの仕事*
(燃料の化学反応の発見)
かった。これは、圧縮比を13より高めると図5
燃焼圧力
に示すようにピストンが最も上昇する上死点
(TDC)付近で、燃料の化学反応による熱が点火前
に発生し、それによる温度上昇で急速燃焼化で
きたためである。一般に、圧縮比11.2と15の低
点火
速全負荷では、トルクが30%以上低下すると予測
クランク角
TDC
されるが、この作用により12%程度の低下に留
*分子内部の結合が切れることによる発熱
図5 燃料の化学反応による出力向上
まった。そして、この現象の発見こそが高圧縮
比エンジンを開発する大きなきっかけとなっ
TDC
Air Motion
た。
ATDC20°
Turbulence
2.燃焼室形状によるノッキング改善
TDC
Air Motion
高圧縮比化でノッキングが発生しやすくなる
ATDC20°
Turbulence
のは、圧縮比の向上に伴って燃焼室形状が扁平
Calculation
になり火炎伝播に障害を及ぼし燃焼速度が低下
Transparent engine
図6 キャビティー付ピストンの燃焼速度向上効果
することにもある。そこで、筒内流動を減衰さ
スワールインジェクター
マルチホールインジェクター
せないことと、点火プラグ直下の初期火炎面を
ピストンに接触し難くして初期火炎をスムーズ
に成長できるよう図6のように圧縮比を14.5に
してピストン頂部のキャビティーを考案し、燃
焼速度の向上を図ってノッキングを改善した。
図7
噴霧による混合気冷却
3.噴霧によるノッキング改善
燃料と空気の混合気を噴霧の気化潜熱によって
ジェクターを新たに採用し、ピストンからでは
効果的に冷却して温度を下げるため、図7に示
なく混合気から熱を多く奪える噴霧配置にし
す よう に、従来の スワー ルイ ンジェ クタ ーか
た。その結果、シミュレーションでは筒内平均
ら、噴射方向に自由度のあるマルチホールイン
温度が10K以上低下し、ノッキングが改善した。
-3 -
高圧縮比高効率ガソリンエンジン
吸気管
4.排気系によるノッキング改善
低コストでハイブリッド車同等の燃費を得る
EGR Valve
ため、図8に示すようなCooled EGR(冷却-排気
再循環)システムを開発した。EGRクーラで冷却
EGR Cooler
された排気ガスを吸気に還流させ、自己着火発
生までの時間を長くすることでノッキングの抑
排気管
制を図った。
図8
5.性能改善効果
200
図9に高圧縮比エンジンのトルク改善効果を
WOT
190
Torque
トルク [Nm]
示す。量産型の圧縮比11.2、ピストン改良前の
圧縮比15、そして、これまで述べてきた各技術
を導入した圧縮比14.5のトルクを示す。このよ
うに圧縮比14.5でも11.2とほぼ同等のトルクを
180
170
1000
図9
点を加重平均した燃費指標は、理論熱効率の改
燃費改善率 [%]
Improvement
of Fuel Comsumption [%]
どの大型電気デバイスなしで実現することがで
3000
4000
5000
6000
7000
高圧縮比エンジンのトルク改善効果
12%
善率に近いレベルにまで高めることができた。
社のハイブリッド車と同等の燃費をモーターな
2000
Engine Speed [rpm]
エンジン回転数
なり、図10に示すように、車走行燃費の代表
トカークラスでは10-15モードで30km/Lという他
圧縮比 15
CR15.0
圧縮比 14.5
CR14.5
(improved)
140
キャビティー付ピストンによって燃焼が良好と
エンジン本体の燃費を約15%改善し、コンパク
圧縮比
CR11.211.2
160
150
得ることができた。また、燃費改善についても
実用上の効果
Cooled EGR排気系
きる。そのため、燃費面のみならずコスト面・
10%
Theoretical Thermal Efficiency
8%
Cavity Piston
CR=11.2
6%
CR=13.0
CR=11.2
S/V=0.430
S/V=0.356
[1/mm]
[1/mm]
S/V=0.356
[1/mm]
CR=13.0
CR=11.2
CR=11.2
CR=13.0
S/V=0.356
[1/mm]
CR=15.0
CR=14.0
S/V=0.508
[1/mm]
S/V=0.430
[1/mm]
CR=14.0
S/V=0.430
[1/mm]
S/V=0.356
[1/mm]
4%
CR=14.0
CR=13.0
S/V=0.470
CR=14.0
S/V=0.430
[1/mm]
S/V=0.470
[1/mm]
CR=15.0
[1/mm]
S/V=0.470
[1/mm]
CR=15.0
S/V=0.470
[1/mm]
S/V=0.508
[1/mm]
S/V=0.508
[1/mm]
CR=15.0
S/V=0.508
[1/mm]
2%
0%
10
重量面からも合理的な車づくりに貢献できる。
11
12
13
14
15
16
Compression
Ratio [-]
圧縮比
知的財産権の状況
図10
高圧縮比化による燃費改善効果
本開発品の主要特許登録は下記の通りであ
むすび
る。
① 日本国特許第4793295号
名称:火花点火式ガソリンエンジン
② 日本国特許第4582217号
名称:火花点火式直噴エンジン
③ 日本国特許第4702408号
名称:火花点火式内燃機関の製造方法
全ての車種に展開可能なエンジン本体の効率
をあげる技術の開発により、現在は車種が限定
されているハイブリッド車を含めて、多様なガ
ソリンエンジン搭載車でより広く地球環境保全
への貢献ができるものと考えている。
-4 -