平成28年度 豊川市キュパティーノ中学生使節団 派遣報告書 Report on the Student Delegation Of Cupertino 平成28年9月22日(木)~9月30日(金)【7泊9日】 アメリカを感じ「ホームステイ」だからこそ感じたこと 南部中学校3年 石川 陽生 ホームステイはとても貴重な体験。個人で行こうとしてもなかなか行けません。今回この ようなチャンスを頂けたことに感謝します。そして、ホームステイを受け入れてくれたサラ ング、オースティン家に「Thank you」と。 多国籍の人が住む町 Cupertino。様々な国の人たちがいました。最初にお世話になったサ ラング家はインド系の家系でした。部屋の中にも日本で言う仏壇?らしきものが置いてあり ました。宗教的な問題もあり肉類は食べないのかな?と思ったけど BBQ をしてくれました。 靴も玄関で脱ぎました。オースティン家は、THE アメリカとい う感じで、靴もそのままでした。両家とも冷蔵庫のところに水 が出るウォーターサーバーがありました。 「水」 「氷」 「砕けた氷」 の3つを選択できるようになっていてドリンクバーのようでし た。 【アメリカの冷蔵庫】 1.スケールの違い まず訪れたサンフランシスコで感じたことは、「きれいな街」でした。ゴミが落ちていな いなどではなく、歴史のある建物や新しいビル、多くの世代のものもあり、山・海・都会3 つがそろっています。テレビで見た時と、実際に自分が歩いてみてイメージがガラッと変わ りました。そして「あぁこれは日本では表現できないな」と素直に思いました。ビルの多く もデザイン性に優れているものがあり建設中のビルも多く、さらに都会化が進められている と思いました。 2.家族との日々 サラング家ではアップル社に連れて行ってくれました。知り合いの方が案内してくれて社 内食堂で lunch を取りました。食堂ではバイキング方式となっていて本格的なものばかり …贅沢すぎですよ。知り合いのお兄さんに「ここで働いている人たちはみんなアップルウォ ッチをつけているのですか?」と聞くと「もちろん」と笑いながら話してくれました。意外 と僕たちがイメージしている通りなのかも…世界的にも有名なアップル社、働いている人た ちもエリートばかり。話しているところを聞いてみるとユニークな意見、面白い考えが多く 上がっていて「頭の回転が早いんだなぁ。流石だ」と思いました。 サラング家とオースティン家で Santa Cruz まで ROARING CAMP RAILROADS とい う列車に乗って行きました。乗車中、町の中を通ると列車が汽笛を鳴らしました。すると町 の人や車の中の人、僕が覚えている限り、ほとんどの人が手を振ってくれました。日本では 恥ずかしがってしまい、あまり見かけない光景でした。こういうところにもコミュニケーシ ョンの違いなどが出ているのかな? 1 Santa Cruz でもノリのいい人が多く、楽しめました。オースティン家では、お父さんの 働いている Google の見学をさせてもらいました。そして、特別に社員の人 only のオフィス に入ることが出来ました。トレーニングルームや仕事場などあの有名な Google の裏側を見 ているようで興奮しました。 3.学校訪問「生徒として」 僕たちは Hyde Middle School に行きました。この学校はとても多くの国の人たちがいる 学校です。日本人の生徒は他にも数人いるようでした。授業の風景で日本と違う点が多かっ たです。例えば授業中に席を立ち、水を飲みに行っている生徒がいました。他にも大学のよ うに自分の受ける授業の場所に移動する形で、教室(クラス)というものがありませんでし た。授業内容も、日本のように先生が書いたものをノートに写すというよりも、話し合った りする時間が多かったです。特に日本にも取り入れたい!と思ったのは体育の授業(室内) の時、音楽を流していることです。これをすることで、気分が盛り上がりみんなのやる気を あげてくれました。Lunch time では、給食ではなく、みんな専用のカードで購入していま した。(現金だとトラブルになる危険があるのかな?)また、お弁当を持ってきている人も いました。自分が受けた数学の授業は復習だったけど日本とは使う文字が違うので、解けな いところもありました…。 4.日本とのつながり 日本の文化も多く取り入れられていました。例に挙げると、 Sushi や Anime などがあります。和食は無形文化遺産に登録さ れていて、アメリカでも好まれているようです。また、日本のア ニメはアメリカでも有名です。もっとつながりが広がるといいと 思います。 【アメリカのアニメクラブ】 5.もう一度 アメリカ・キュパティーノ市訪問は僕にとってどれだけ大きな出来事になったか分かりま せん。「ホームステイ」だからこそ知れた事もたくさんあります。家族、市役所の方々、ア メリカの方々、そして第二の家族と最高の仲間に感謝の気持 ちでいっぱいです。今回学んだ経験をしっかり生すことがで きるようにする!それが「課題」になりました。自分自身が もっと成長し、もう一度みんなと交流できるようにしたいで す。このすばらしい経験に… 「Thank you very much」 「ありがとう」 【BEST 2 FRIENDS】 初の海外アメリカで感じたこと 代田中学校3年 石原 希穂 僕はアメリカへ行って言葉の違いによる壁をとても感じました。しかし、言葉の壁よりも さらに大きい驚きを感じることができました。ついた直後から日本とは違うものが目に入っ てきて、バスにしても日本とスケールの違う大きさでした。アメリカでの体験は15年間で 最高の経験でした。 1.気候 僕たちがアメリカへ行った時期、日本ではまだまだ暑い季節でした。しかし、サンフラン シスコにおりたとき肌寒さを感じました。ですが空は曇りがかっていたわけではなくむしろ 雲がほとんどない快晴でした。下の写真はツインピークスから撮ったものですが雲のない絶 景でした。僕が驚いたのはその後です。肌寒かったはずだった気温が昼頃には暑くて上着を 脱いでしまうほど気温が上がったのです。なんと朝と昼の 気温差は20度にも及びました。 写真の下から中央に注目して下さい。訪問前に乾燥して いると聞いていましたが山の色や道路脇の草木をみてもら うとわかるようにとても乾燥していました。日本ではここ まで乾燥している場所はそれほどないはずです。しかし、 ゴールデンゲートブリッジは晴れている日が少ないよう で、逆に湿気が多く普段は霧がかっていることが多いそう 【ツインピークスからの景色】 です。 同じくらいの緯度で同じ時期なのにこんなにも気候が違うことに驚きました。 2.生活 僕のホームステイ先のカイル家は、キュパティーノではよく見る住宅街の中にありました が、庭にはプールがついていました。日本の一般家庭では滅多にない光景に正直驚きました。 家の中に入ったら日本と同じように靴を脱いでいましたが、ソファーに座ったりしている 時以外ではサンダルを履いていて裸足で歩くことはありませんでしたし、床に座ったりする 事がなくすべて椅子だったのでサンダルが邪魔になることがな かったです。僕は日本のように脱いだり履いたりと言った動作や アメリカでよく聞く家の中でも靴のままで生活するのは日本と アメリカの家具や暮らし方といった文化の違いなのだとわかり ました。 カイルたち家族とともに生活していくうちに、やはり会話のコ 【カイルやシドニーと】 ミュニケーションがスムーズに取れないことがもどかしく感じ ました。しかし、カイルたちは、僕たちの伝えたい言葉や意思を 理解しようと努めてくれてとてもうれしかったです。また僕たち自身もどのように伝えたら 良いか考えることができたので、向こうでの生活がとても新鮮でした。 3 3.学校生活 ハイドミドルスクールは僕の通っている中学とは大きく異なることに驚きました。 一つ目は、授業です。学校に入ったときはとても広いと思っていたら理由がすぐにわかり ました。日本とは違い各クラスに先生が来るのではなく生徒が自分の受けたい授業の教室へ 移動するからです。授業中にも違いがありました。特に体育ではドッジボールをやったけれ ど当たってしまったときや、投げたボールをとられたときに体幹運動をするという罰ゲーム がありました。そのため全員必死に楽しくプレーできるのでただ単にドッジボールだけをす るよりも日本の中学生には効果があるのではないかと思い ます。 社会の授業では、話し合いの時間は iPad などを使って一 人一人が盛んに話し合っていてとても良い雰囲気でした。 また、同じ教室で読書の時間がありました。僕の中学校で は朝の10分間ですが、ハイドでは1時間の読書時間が与 えられており、読書の好きな僕から見るととても羨ましく 【ハイドでウェブリーダーたちと】 思いました。 二つ目は放課の時間やブランチという時間です。僕の行 っている学校では10分ほどなのにハイドでは5分しか放課がなかったため、かなり急ぐ必 要がありました。しかし、1階建てだったので階段を上り下りする時間をかけずにすんだの は良かったです。ブランチでは、一度軽食をとったりすることでリフレッシュする事ができ て授業に集中できるから非常に良い時間でした。また、ランチ以外に家から軽食を持ち込む ことができるので、空腹にならず集中して授業を受けることができると思いました。 最後は積極性です。日本ではまだまだ見知らぬ外国人が来たときに挨拶したり話しかける 人はあまり見かけません。しかし、ハイドでは多くの人が日本語で「こんにちは」といった 挨拶や英語でいきなり質問してきてくれる子もいたりします。僕も学校だけでなく、普段の 生活から今以上に積極性を持って行動していきたいです。 4.生まれて初めての海外で アメリカで暮らしていると何もかも違うところばかりで衝撃でした。また、英語の教科書 に載っていたクラムチャウダーを実際に食べることができたり、フルハウスというドラマで 写るゴールデンゲートブリッジに一度は行ってみたいと思っていましたが、現実に目の当た りにしてとても感動しました。今回はホームステイで周りのみんなに助けてもらいながら生 活をしてきましたが、1人ではこのような楽しい経験はできなかったと思います。この経験 は自分のこれからの人生においてとても貴重なものとなりましたし、将来必ず生かしていき たいと思います。 最後に市役所の方々や引率の先生方、機会を用意してくれた家 族、使節団の15人のみんなのおかげで、このような経験ができ たことを心から感謝します。これからも、このような機会をより 多くの方に経験してもらい、いつか年代を問わず、同じような体 験話で盛り上がることができればうれしいです 4 自分の将来へ 代田中学校3年 石原 柚希 僕は、初めての海外でとてもよい経験をすることができました。アメリカの家、学校、シ ョッピングセンター、生活など日本との違いを自分の肌で感じることができました。少しで もアメリカと日本の文化の違いを知ることができ、本当に楽しく自分の人生の宝になりまし た。 1.キュパティーノの学校 アメリカは、すべてが大きいイメージがありました。僕たちが行かせて頂いたハイドミド ルスクールもやはり大きかったです。僕の予想を上回る規模の大きさに驚きました。学校は 平屋建てでした。大きさだけでなくいろんなところが違いました。まずは、移動教室です。 授業が終わり次の授業に行くとき、日本では学級があるためクラス全員が移動しますが、ア メリカでは、個々で移動していました。そのため先生は移動せず、生徒たちが移動する形態 になっていました。また、授業と授業の間の時間があまりないため走って移動する時もあり ました。次に、ブランチについてです。日本では見たことがなくブランチという時間がある ことに驚きました。ブランチは、お菓子タイムのような感じで、みんなお菓子を食べジュー スを飲みながら、雑談する時間でした。日本ではこのような時間は無くアメリカらしさを感 じました。最後に、カフェテリアについてです。日本の中学校は給食があり、教室で食事を 摂りますが、アメリカではカフェテリアと呼ばれる体育館のような場所で自由に食事を選び、 自由に食事ができる場所があることでした。多人種国家なので、いろんな食べ物があり、宗 教によって食の決まりがあるため、それに合った食事の種類もたくさんありました。日本で は感じることができない驚きと新鮮味を味わうことができま した。また、キュパティーノの学生と話したり、一緒に体を 動かし汗を流したりすることで、言葉が違ってもコミュニケ ーションをとり、楽しく過ごすことができまた。日本でも交 換留学生もいるので、これからも機会があれば、積極的にコ ミュニケーションを取っていきたいと思います。 2.アメリカの自然 【ハイドミドルスクールのみんなと】 飛行機からサンフランシスコ空港に着き上を見てみた ら、本当に素晴らしい空が僕たちを迎えてくれました。本当に驚きでした。アメリカに到着 した瞬間からすがすがしい気持ちになりました。また、ホストファミリーに連れて行って頂 いたビーチでは、砂浜には一つもゴミがなく、とにかく綺麗で、 海と空がうまくマッチしていて感動しました。日本は季節にもよ りますが、特に初夏から秋にかけては雨が降り湿度が高いので過 ごしにくい環境ですが、キュパティーノは、雨が降らず乾燥して いてさっぱりしていました。また、僕たちが滞在しているときは、 ずっと晴れており、自然豊かでした。気候など細かなところまで 【カ―メルビーチにて】 日本との違いを感じることができました。 5 3.ホストファミリーとの生活 僕は、Tsuchitani 家に泊まらせて頂きました。彼の家族は、お父さん、お母さん、妹の Akemi ちゃん、Kohei の4人家族でした。お母さんは日本語を話すことができ、僕たちが英 語がわからなくなった時に日本語で通訳してくれました。僕たちは朝食にパンケーキ、ソー セージ、スクランブルエッグ、フルーツといったアメリカらしいものを本当に美味しく食べ させて頂きました。普段慣れない食事でしたがとても美味しかったです。多少の味の違いも ありましたが、それもアメリカ人と日本人の好みの違いなのかなあとも思いました。 休日には、ジェリーベリー工場に行かせて頂きました。日本でも有名なアメリカのお菓子 の工場です。僕は静岡県のうなぎパイ工場へ行ったことがあります。そこと比較すると工場 の大きさは約2倍で当日人はいませんでしたが、大きな機械がたくさんありました。数では 表せない位のジェリーベリーがありました。10,000個はあったと思います。スケール の大きさに驚き、「これがアメリカか、、、」と感じました。 日曜日には、Kohei のいとこの家に行きました。とても大きく立 派で、日本庭園があるアメリカでは珍しい家でした。Kohei の祖父 母、叔父さん、叔母さんもいました。そこでは自分から積極的に話 しかけたり質問に答えたりすることができたと思います。言語が違 ってもジェスチャーやニュアンスで何とかコミュニケーションを 【Kohei のいとこの家で】 とっていけることを感じることもでき、自信につながりました。ま た、みんなとても優しく人情味のある家族で、本当に楽しく過ごすことができ、最高の思い 出になりました。今でも感謝しています。 4.アメリカ人の信号の優しさ アメリカと日本の違いは信号にも表れていました。日本の歩行者用の信号は、青から急に 点滅し、赤になります。しかしアメリカの歩行者用の信号は、青になったらカウントダウン が始まります。そしてカウントが0になれば赤になります。僕は、ここからアメリカの歩行 者に対する配慮があると思いました。信号にカウントがあると、急いで渡れば良いのか、ゆ っくり渡っても良いのかがわかります。それは歩行者として便利なのではないでしょうか。 アメリカと日本の違いというと物の大きさを考えがちですが、このような違いもありました。 そんなことも知ることができて本当に良かったです。 5.今後の将来につなげる 僕は、小さい頃からの夢であった海外に行くことができ本当に 良かったです。すべてが自分の目で見てみないとわからないこと ばかりでした。今後の人生の宝になりました。また、この体験を 【キュパテイーノ市役所にて】 無駄にせず、お互いの国の良さを周囲に伝えていければと思いま す。このような素晴らしい貴重な体験を自分の将来に生かしていきたいと思います。そして、 このような体験ができたことに誇りと自信を持ち、市役所の方々、引率の先生方、保護者、 キュパティーノの方々、そして、キュパティーノ市をともに滞在し、協力してすごした使節 団のみんなとホームステイの家族に感謝します。いつか再び行きたいと思える本当に素晴ら しい体験ができました。 6 キュパティーノ市を訪問して 音羽中学校3年 神谷 駿介 僕は、キュパティーノ滞在中、ハイド中学校、IT 企業、NASA など色々な所へ行き、建物 や食べ物、アメリカという国のスケールの大きさに驚きの連続でした。また、アメリカと日 本の文化の違いや陽気で積極的な国民性にとても刺激を受けました。 1.キュパティーノ市について キュパティーノ市は IT 産業が盛んで、アップル社、インテル社、 グーグル社など、多くのハイテク企業がありました。僕のホストファ ミリーの Kyle のお父さんもインテル社の研究者で、インテル社を案 内してくれました。パソコンだけでなくスマートフォンの中にもイ ンテル社の IC チップが使われていることや、日本の東芝等にも輸出 【インテル社の前で】 しているということ等を詳しく教えてくれました。最先端の技術が 駆使された極小の IC チップを見て、世界の技術力の高さに感動しました。 2.アメリカと日本の違い 気 候 アメリカは日中の気温差が大きく、僕達が行った9月末でも昼間はとても暑く気 温が38度になる日もありました。明け方や夜は気温が下がり、とても寒く感じ、トレーナ ーを着て過ごしました。しかし僕のホストファミリーの Kyle は1日中半袖、半ズボンで過 ごしていて気温差に慣れている事にとても驚きました。 日本の夏はジメジメしていて湿度が高いけれど、アメリカは気温が高くても空気が乾いて いて、カラッとしていると感じました。 アメリカ 日 本 特 徴 9月末の最低気温 12度 19度 アメリカの1日の 気温差23度!! 9月末の最高気温 35度 25度 気 候 地中海性気候 温暖湿潤気候 空気が乾いている 食べ物 僕が一番驚いたことは、食べ物の大きさです。バ ケツの容器に入ったアイスクリームや5L もあるオレンジジ ュースなど、特大サイズの食べ物がたくさんありました。 ステーキやハンバーガー、ピザも日本のサイズの1.5倍 の大きさで、1人では食べきれない時がありました。 【特大ステーキ】 飲み物 キュパティーノ滞在中は、飲み水は市販の水や家の中にあるウォーターサーバー の水を飲みました。僕は水を買って飲む習慣がなかったので、ホストファミリーの家の倉 庫に大量にストックされている水の量を見て驚きました。日本では水道をひねってそのま ま水が飲めることは当たり前だけれど、衛生上問題があり、水道水をそのまま飲むことが できない国が多いという事を知り、日本の食べ物、飲み物の安 全性の高さを改めて実感しました。 水の他にもいろいろな種類の飲料水が売られていました。日 本と比べ原色の飲料水が多く、赤色や青色のスポーツドリンク があったので、どんな味だろう?と思い買ってみたら、見た目 【赤・青・黄・緑色の飲料水】 とは違い、味が薄かったです。 7 3.アメリカの学校生活 僕達は、ハイド中学校へ2日間通いました。ハイド中学校は アジア系、南米系の生徒も多く、様々な人種の生徒が一緒に学 んでいました。運動場はとても広く、全て芝で、バスケットコー トが外に5面もありました。昼放課になると多くの生徒が外に 出て遊んでいました。 アメリカ 日本 特 徴 登校手段 車(親の送迎)、徒歩 自転車、徒歩 スケボーで来る生徒もいた 授業 選択制 クラス単位 自分が受けたい授業を選択 放課 3分(教室移動) 10分 昼休みが長い(30分) 昼食 売店で購入、弁当 給食 売店で果物が売られていた 僕の学校でのペアはジェイコブ君でした。彼はとても積極的な性格で、英語でたくさん話 しかけてきてくれました。昼休みに「アメリカ大統領選のトランプ氏についてどう思う?」 と聞かれとても驚きました。日本の中学生同士では、政治や総理大臣について話すことはほ とんどないからです。アメリカは選挙権を持つ人が直接大統領を選ぶことができるので、中 学生でも選挙への関心度が高いと感じました。 授業はジェイコブが選択する数学、理科、社会、英語(母国語)を受けました。僕は理科 の「ダイラタンシー現象」の授業がとても心に残りました。 実験や動画を見ながらの授業だったので、英語が聞き取れ なくても目で見て理解することができ、先生や生徒のリア クションも大きくてとても楽しい授業でした。 またアメリカの中学生は少しでも分からないことがあ ると授業中でも積極的に手を挙げて質問し、先生に聞いて いました。自分の考えを言葉にし、堂々と意見を言う姿を 見て、僕も見習いたいと強く思いました。 【学校でのペアのジェイコブと一緒に】 4.アメリカ訪問を終えて 僕はキュパティーノ市を訪問し、英会話の能力よりも、気持ちや態度で相手に伝えるこ とが大事だということを学びました。アメリカに行く前、僕は完璧な英語を話さなければ 相手に理解してもらえないと思っていました。しかし、ホストファミリーやハイド中学校 のみんなは「Hi !!」と気軽に話しかけてくれて、僕の単語をつなげた片言な英語でも理解 してくれました。滞在中だんだんと英語が聞きとれるようになり、Kyle や妹の Sydnie と トランプやプールで遊んでいる時は自然と英語で会話ができ、とても楽しい時間を過ごす 事ができました。 これからの日本は、今以上に国際的になり、英語 を使って会話するのが当たり前の社会になると思い ます。英語や外国についてもっと勉強し、このキュ パティーノ使節団で経験したことを生かし、世界で 通用する人間になりたいです。そして、また絶対に キュパティーノに行きたいです。 豊川市役所の方や引率の先生をはじめ、多くの人 に支えられて、この素晴らしい体験をすることがで きました。ありがとうございました。 【お世話になったホストファミリーと一緒に】 8 国を越えた人との絆 東部中学校2年 米谷 俊 キュパティーノで過ごした9日間は僕にとって驚き、感動、発見であり、あっという間 に過ぎていきました。最後の日、「僕はずっとここにいたい。」そう思えるほど毎日が充実 していました。 1.キュパティーノの気候・風景 キュパティーノで過ごし、日本との違いを感じたことはまず気候です。朝晩と昼間の気 温差がとても大きかったことです。この温暖の差に慣れていない僕たちにとって、羽織れ るものは必要不可欠なものでした。また、キュパティーノはとても乾燥しており、日本の ように高温多湿でジメジメした暑さはなかったです。ガイドさんが「雨は半年ぐらい降っ ていない」と言って驚きました。次にアメリカの風景に驚かされました。道路が広く、広 大な景色が広がっていました。日本のように家の向きがバラバラではなく、一列に並んで いました。そして Twin Peaks からのサンフランシスコは絶景でした。僕はその景色を見 て、世界は広いと改めて思うことができました。 2.ホストファミリーとの生活 僕は6月にキュパティーノから使節団としてき たサラングとオースティンの各家庭にそれぞれ3 日ずつお世話になりました。どちらの家族も僕た ちを家族の一員として受け入れてくれ、英語もゆ っくりと分かりやすく話してくれました。日本か らのお土産を渡すとき、どちらの家族も日本語で 「ありがとう」と言ってくれました。とても嬉し く思いました。休日で印象強かったのはまず、「サ 【サラングとオースティンと共に】 ンタクルーズ・ボードウォーク」です。ビーチと 遊園地が一体化して最高に楽しい場所でした。そしてみなさんとてもフレンドリーで知ら ない人でも目が合うとにっこり笑って、電車の上から手を振ると笑顔で振りかえしてくれ ました。日本ではあまりない習慣に驚き、見習うべきだと思いました。その他にはスタン フォード大学や一年の教科書にも出てきたサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地であ る AT&T パーク、ゴールデンゲートブリッチなど世界でも有名な場所にたくさん行くこと ができ、とても勉強になりました。夜にはアメリカのスーパーにも行きました。想像では どこもかしこも大きくてカートもビックサイズなんだろうなと思っていました。行ってみ ると予想通りでした。スーパー自体もとても大きくて全部見るのが大変でした。ですがア メリカの家庭の身近な風景を見ることができ、新鮮でした。とてもよい体験でした。 9 3.IT の中心地シリコンバレー シリコンバレーの一部でもあるキュパティ ーノ市は Apple や Google などの本社があり ます。街はとても美しく教育水準が高いそう です。そして僕は Apple、Google、Facebook の3つの本社に行きました。Facebook の中 には入れませんでしたが Apple は敷地がとて も広く会社の中心部に緑の広場や食堂があり 環境設備が整っていました。ビルもすべて3 階建てで社員が一生懸命働けるような環境が 【Google にて】 たくさんありました。それは Google も同じでした。ジムがあり会社の中に緑がたくさんあ りました。このような環境だからこそ素晴らしい製品ができるのだと思いました。 4.ハイド中学校 ハイド中学校には驚きがたくさんありました。学校自体も一階建てでそれほど大きくあ りませんでしたが、敷地は日本の学校くらいの広さでした。授業スタイルは学級というも のがなく自分の受ける授業が決まっていて日本では集団で協力して関係を築くことが多い ですが、こちらでは学級がないことでたくさんの人と関わり合うことができるように感じ ました。授業内容では僕は数学、体育、フランス語、理科、技術を体験したのですが多く の授業でタブレットを使用していました。タブレッ トに問題がありそれをノートに解く感じでした。教 室もキュパティーノの昼間はとても暑いのでクーラ ーがかかっていました。その為か、みんな集中力が 持続しているように感じました。 昼食はさまざまな宗教の子がいるので給食ではあ りませんでした。食べる時、ハイド中学校の子は男 女構わずみんな仲が良いのでとても楽しそうでし た。日本でもみんなで食べる給食は楽しいので共通 【ハイド中学校にて】 していました。 5.交流を終えて 僕にとって今回の体験は自分の未来を大きく広げてくれたと思います。毎日が新しい発 見ばかりで訪れないとわからないことばかりでした。異国の生活の中で自然な英語に触れ ることができ、国を越えて繋がる絆を作ることができました。僕は英語力を必ずつけ、将 来もう一度キュパティーノに行きます。この貴重な体験を自分の将来に生かし、今後生き ていきたいです。 10 アメリカが教えてくれたこと 一宮中学校2年 山本 紗也 僕が海外に行ったのは、この豊川市中学生使節団で9回目です。海外の雰囲気は味わっ たことがありますが、ホームステイは初めての経験です。キュパティーノ行きが決まった 時は多少の不安がありました。しかし、入念な準備、そして事前の学習会のおかげで、僕 は何の不安を感じることなく出発の日を迎えました。6月に出会ったキュパティーノの彼 らにまた会えることが楽しみで仕方ありませんでした。 1.ホストファミリー ホストファミリーは僕と同じ年の Kohei、妹の Akemi、 お父さんお母さん、そして2匹の犬 Rosie と Luna でし た。Kohei は常に明るく、僕たちを楽しませてくれまし た。Akemi はとても無邪気で、容赦なく普段通りの速さ で話しかけてくれました。僕があまりの速さに英語が分 からずに首をかしげていても、ニコニコしながら話を続 けてくれます。Akemi が話している内容を Kohei が簡単 な英語にしてくれると、ようやく意味が分かります。そ れでも通じないときは、日本語を話せるお母さんが登場 するという流れでした。Akemi のおかげで英語を聞き取 る力がずいぶん鍛えられました。 Tsuchitani ファミリーは日系の方たちだったので、 時々日本らしさを感じることがありました。家の中にひ 【 Carmel Beach 】 な人形が飾られていたり、パーティーではお寿司が並ん でいました。馴染みのあるものに囲まれて、自分の家にいるようにリラックスして過ごせ ました。ただ、家の中で一つ戸惑ったのは、靴をどこで脱げばいいのかということです。 日本と違って「ここで靴を脱ぐ」という玄関の明確なラインがなく、家に入って「なんと なくこの辺りで」という感じでした。 2.Hyde Middle School ハイド中学校は僕が想像していた学校とは違いました。まず、日本の小学校高学年の年 齢からが中学生だということに驚きました。僕を案内してくれたヤシックは11歳でし た。校舎は一階建てでとても広く、休み時間は3分しかないので、移動の時は広大な敷地 を走らなければいけませんでした。休み時間が短いので、チャイムが鳴ると生徒たちはさ っと荷物をしまい次の教室へと向かいました。昼食も教室で給食を食べるわけではないの で、売店で自分で買わなければいけません。慣れない移動でとても慌ただしく感じました。 11 僕が受けた授業のうち、体育や理科などはハイド中学校の生徒たちと楽しむことができ ましたが、歴史とスペイン語の授業は内容がほぼ分かりませんでした。今まで触れたこと のないスペイン語を英語で学ぶという、日本の学校には絶対ない面白い体験ができました。 教室内は日本のように机が全て前を向いているわけではなく、生徒が自由に意見を言っ ていました。生徒はみな私服で、先生はコーヒーを飲みながら授業を進めたりするので、 学校全体がとても自由な雰囲気でした。選択授業が多く、学年全員が同じ勉強をしている わけではありませんでした。集団を大切にする日本と、個々を大切にするアメリカとの大 きな違いを感じました。 3.アメリカを肌で感じて この使節団で感じたことは、キュパティーノの人々はとてもおおらかでフレンドリーだ ということです。学校やレストランでもたくさんの人が気軽に話しかけてくれました。ま た、市長や市議でさえも公式の場で冗談を言って僕たちを和 ませてくれました。日本では静かで緊張するような場面で も、とてもリラックスして過ごせました。キュパティーノに は様々な人種が集まっています。日本ではどうしても他と違 うものは目立ってしまいますが、キュパティーノでは様々な 環境の人々が互いを尊重して生活しているからこそ、僕たち 【 Sister Cities Sign Post 】 を自然に温かく迎えてくれたのだと思います。僕は上手に英 語を話せるわけではありませんが、最高の仲間たちと共に9日間でたくさんの貴重な体験 をしました。伝えようとする気持ちと 理解しようとする気持ちさえあれば、 言葉は関係なく心は通じるということ が分かりました。 このような素晴らしい体験ができた のは、日本とキュパティーノで僕たち をサポートしてくださった方々、そし て家族のおかげです。この経験を生か し、これまで以上に多くのことに挑戦 していきたいです。すべての出会いに 感謝し、これからも交流を深めていき 【 リビングにて 】 ます。そしていつの日かまたキュパテ ィーノを訪れたいです。 12 キュパティーノの風を感じて 中部中学校3年 井指 ひかる 私が初めに泊まった家庭には、驚くことがたくさんありました。一つは家に靴で入るとい うことです。キュパティーノでも珍しそうですが、ドラマなどで見る海外の雰囲気が味わえ ました。二つ目は家の中に食料がためてある食料倉庫があることです。朝食や夕食は、日本 の2倍ほどあるオーブンで作ってくれました。一つ一つのものが大きく驚きました。三つ目 は、家から歩いていける距離に Apple の本社があることです。家の近くに世界の最先端が あることがすごいなと思いました。家にも iPad が、一人一台あり驚きました。ホストマザ ーも Apple Watch をはめていました。さすが Apple の街だなと思いました。 次に泊まった家庭は家に大きな車庫がついていました。ホストファザーが車やカメラが大 好きで、たくさん趣味のものが置いてありました。中でも興奮したのは、オープンカーです。 私とペアの子は乗ったことがなく、チャンスを逃さないように乗りたいと言い、学校にオー プンカーで送ってもらいました。アメリカの風を肌で感じながら行くことができました。 どちらの家庭も優しくフレンドリーで、すぐに家族の一員になれた気がしました。私の家 はお茶屋なのでお土産でティーポットを渡しました。とても喜んでくれたので、日本に興味 を持ってくれているなと思い、嬉しかったです。 【あったかホーム 左:オードリー家 右:リリック家】 1.体験活動 一日目に Pizza My Heart に行きました。家族経営でやっているそうで、家族のつなが りを大切にしていると言っていました。私の家も自営業ですが、身内だけでやっていると いうことがすごいなと思いました。名前の由来は、従業員の愛を届けるという意味でつけ たそうです。はじまりは、両手を広げていっぱいの店を海辺でやっていたそうです。です が、今では店舗がいくつかあり、世界大会に出て1位をとるほどまでになったと言ってい ました。でもそれは、家族のつながりがあるからだと思いました。店では秘密兵器とよば れる男の人がピザを回していました。床に寝転がったりしながら回していてかっこよかっ たです。 その後にパターゴルフに行きました。ですが、ゴルフをやるような雰囲気ではなくテー マパークのような感じでした。噴水や風車をモチーフにした建物もありました。それに、 コースも一つ一つ違う楽しみがありました。驚いたことはホールインワンをする穴が1つ ではないということです。どこに続いているかというのがわからないので、一人一人が違 うゴールになるという楽しみもありました。そこには、ゲームをするところがありました。 ダンスをするゲーム機に日本の音楽も入っていて驚きました。ゴルフやゲームで争ったこ とで一気に使節団と仲良くなれました。 13 夜はアメリカンスタイルのバーベキューを楽しみました。肉がとても大きくておいしか ったです。ヴェジタリアンの方がいる関係で野菜を焼いたものもありました。宗教に違い があるのは、様々な国の方が住んでいるからだと思いました。アメリカの食べ物はカラフ ルでした。綿菓子もピンクでチェリー味でした。ケーキはカラフルなクリームがたっぷり のっていて、日本のケーキよりも甘かったです。アメリカらしい食べ物をたくさん食べる ことができました。 2.学校生活 学校では、パートナーの子と一緒の授業をしました。生 徒は私服で生活していて自由さを感じました。アメリカは 先生が移動をするのでなく、生徒が急いで移動をするとい う形でした。理科では、等加速運動など私も一度学んだこ とがあることをやりました。ですが、タイムを計る機械な ど最新で見たことないものもいくつかありました。理科室 には元素記号など日本と同じものもありました。昼は給食 【パートナーのエリザベスと がなく自由に広場で食べていました。アメリカの学校は、 nice smile】 どこにいても楽しくて、挨拶をするとてもいいところだな と思いました。日本との違いだけでなく、同じことを学んでいることに気が付き、勉強は 世界共通だから頑張らないといけないなと思いました。 3.アメリカ100% ホストファミリーと一緒に色々なところに行きました。ショッピングモールはとても大 きかったです。通路は、人が20人以上並ぶことのできるくらいの幅でした。ショッピン グモール内に、「ありがとう寿司」と「Tokyo」という店がありました。日本のものが海外 にあることがすごいなと思いました。また、普通にドローンが売っていました。ショッピ ングモールだけで買い物が済んでしまうくらい色々な店がありました。 遊園地には2日連続で行きました。グレートアメリカとサンタクルーズいうところで す。グレートアメリカは、夜中の12時までやっていてすごく賑わっていました。サンタ クルーズは、ビーチ沿いにあり美しい景色が広がっていました。乗り物は、激しくて高さ があるものばかりでとても怖かったです。 最終日には、IN-N-OUT というところでハンバーガーを食べました。日本のものより 肉厚がすごくてすぐに満腹になってしまう量でした。その後に映画館に行きました。日本 でも公開予定の「コウノトリ」を見ました。もちろん英語だけど十分楽しめました。 最後に、日本の方が働いている店に連れて行ってくれました。そこには日本のお酒や食 べ物がありました。私はそこで働いている日本人の従業員さんがかっこいいなと思いまし た。外国の中で、堂々としていたからです。キュパティーノに訪れてたくさんいい刺激を 受けました。この素晴らしい思い出を作らせて下さった方に感謝し、一生の宝物にしたい と思います。 14 アメリカの風に吹かれて 南部中学校3年 伊藤 志瑛梨 雲一つない青空、湿気の少ない心地よい風。親切で温かなジャクリンとクレア、そしてホ ストファミリーをはじめ、たくさんのキュパティーノの方々に囲まれ過ごした9日間は、私 の将来にも大きく影響を与える、貴重なものとなりました。 1.言語と文化 私がアメリカに行って一番初めに感じたことは、日本人との人柄の違いです。日本語と比 べて英語はきっちりとした敬語が少なく、知らない人との間に隔 たる壁が低いと感じました。例えばスーパーの店員さんが誰とで も気軽に色々なことを話している様子を見て、人との交流の豊か さから日本との違いを感じると同時に、人々の笑顔が印象的でし た。 日本の敬語は人を思いやったりいたわる気持ちが伝わってく る素晴らしい言葉で、日本の良さであると思いますが、結果的に 消極的になったり自分をさらけ出していない印象を与えてしま ったりして、自分の意見を言えない原因につながったりしている ように感じます。謙虚さは必要ですが、世界で求められるのは自 分の意見を堂々と言える人材であるということを学びました。 【ホストファミリーと】 また様々な人種が共存する中で、生徒たちが何の偏見もなく過ごしている状況を見て、外 国人というだけで言葉が出てこなくなってしまう日本人とは大きく異なる環境下で生活し ていることも新鮮な体験でした。 2.勉強への意識や学校の違い 私たちが訪問させて頂いた中学校では、受ける授業を自分で選択できるシステムであるた めか、一人一人がとても自立していました。一つの発言 にかける時間、発言する内容のポイントの多さなどから、 授業への積極性がクラス全員から伝わってきました。そ して、生徒一人一人の学習に対する意欲や目的意識の高 さなどについて、私達日本の中学生とは大きな差がある と感じました。また、このシステムからは、 「自由の国 ア メリカ」という印象も強く感じました。 【Apple 本社にて】 「授業を選択するのは自分の自由だけれど、責任を持 つのも自分だけ」という厳しさもあるからです。アメリ カでは、留年になる人もいるそうです。その上で、学習面の管理をすべて自分で行う難し 15 さを知り、私も受験を近くに控えているので、幼 いうちから責任という意識を持たなければならな いという環境に囲まれていることが、羨ましかっ たです。 そして、教室の施設の違いも大きかったです。電 子レンジや、ポット、エアコン、水道など、日本の 教室にはないものがたくさんありましたが、一番 大きな違いは、電子ホワイトボードを使っていた 【スーパーマーケットにて】 ことです。近くにシリコンバレーや、アップルのよ うな大手企業があることで、影響を受けやすく、キ ュパティーノ周辺の学校では、最新の技術を用いた教育が受けられることを知り、とても驚 きました。 3.食事について 初めはアメリカの食べ物は、全てのものが甘いか、油っこいものなんだろうなと思ってい たけれど、実際に食べてみるとそのようなものはごく一部で、美味しくないと感じる物はほ とんどありませんでした。私が今回初めて知ったのが、「アメリカン料理」というものがな いことです。アメリカの食べ物は、イタリア料理やフランス料理、日本料理など、様々な国 の食べ物が入ってきているので、アメリカン料理は、ハンバーガーくらいしかないそうです。 4.感想 私は今回のアメリカ訪問で、育った環境も話す言葉も、食べる物も違う人々と同じ時を過 ごし、親しくなれて交流を深められたことに、とても幸せを感じています。また今まで一生 懸命勉強してきた英語で、自分の言葉を伝えられたり、語り合えたことに、本当に感動しま した。 自分の話せる言葉が1つ増えるだけで、何百、何千、何 万、またそれ以上の人々と意見を交わすことができ、自分 の知識ももっと充実させられて、自分の見ることができ る世界も広げていけるんだと感じました。私はこの9日 間の経験から、将来英語を生かした職業に就きたいとい う気持ちがより一層強まりました。いつか英語を話せる ようになって、またキュパティーノを訪れた時には、今回 の恩返しができるように日々の学習の努力を惜しまず、 そして人として成長していきたいと思います。 16 【ハロウィンのコスチュームで】 同じ星の違う国、アメリカ 一宮中学校3年 今泉 玲奈 誰もが学校で勉強しているであろう英語。しかし、 「私は幸せです。」とか「私は興奮して います。」などいつ使うんだろう?と思ったことはないだろうか。だが、キュパティーノに 訪問した7日間はまさに興奮、驚き、幸せを感じられるような毎日だった。 1.たくさんの初めまして まず、私は飛行機に乗るのが初めてだった。離着陸の時、機 体が揺れて少し怖かったが、その恐怖心よりも初フライトの 興奮の方が勝っていた。他の乗客が落ち着いている中、重力と 戦うのを楽しんでいた。サンフランシスコに着いてまず、日本 ではありえない光景を目にした。道を行く人々の服装はタン クトップの人もいればダウンを着ている人もいるのだ。私達 にとっては肌寒く厚い上着を置いてきたことを後悔したくら 【色々な服装の人々】 いだった。四季がある日本とは違い一年中乾燥しているキュ パティーノの使節団が日本へ来た時、各個『日本は暑い』と言っていた理由がよくわかる。 そして、一番私にとって大きな初めましてはホストファミリーに会ったことだ。市役所で滞 在中お世話になるジェイミーのお母さんのスーザンとクリスティーンのお父さんのダンに 出迎えてもらうも緊張してなかなか言葉が出てこず、ひとり慌てていたが2人ともとても優 しく私のつたない英語を理解しようとしてくれた。 2.もしも暮らすなら・・・ サンフランシスコで驚いたのはたくさんの坂があったことだ。しかもその傾斜は日本と比 べものにならず30度以上のものもあり、平坦な場所は少ない。坂に車を停める時は急な傾 斜で車が落ちてしまわぬよう前輪を斜めにして停車する事が法律で定められている。健康思 考が主流のアメリカではその傾斜さえも活用しようとマウンテンバイクに乗った人を多く 見かけた。それもそのはず、マウンテンバイク発祥の地らしい。何より驚いたのは食べ物の 大きさだ。ジェイミーの家族に連れて行ってもらったイタリアンレストラン『Buca』で食べ た食事は一生忘れることはないだろう。スパゲッティの上のミートボールは、野球ボール程 の大きさ。しかもそれが3つ。ティラミスを取分けるスプーン は握りこぶし大だった。中でも私のお気に入りはフルーツだ。 スイカ、パイナップル、メロン…どれも甘くみずみずしい。雨が 少ないカリフォルニアの気候は、これらの栽培に適していると 想像する。もしアメリカで暮らすならおいしい食事に健康思考 と素晴らしい生活を送れる事だろう。しかし、セキュリティ面 ではやはり日本は優れていた。サンタクルーズのジェットコー 【ロンバート・ストリート】 スターのセキュリティバーはとても安心できるものではなかっ た。まさにアメリカの寛大さを痛感する一面となったが、アトラクションはどれも日本にな いような物ばかりでとても楽しい時間を過ごす事ができた。まさに It was exciting!!だった。 17 3.『自由』が中心の国 学校を訪問した際『自由』というものをとても大きく感じた。 私たちの日常の授業で生徒が自由に席を立ち勝手に水を飲みに 行ったらどうなるだろうか。きっと授業の妨げとなり、先生か ら注意を受けることになる。しかしアメリカは違った。実際に そのような光景を見かけたが日常として時は過ぎ、私はとても 驚いた。他にも日本とは違う『自由』があった。まず制服や指 【授業の様子】 定のかばんがない。しかもメイクやアクセサリー、髪染め、マニキュアが許されている。そ れでも秩序は乱れることなく、母国を問わず皆仲良くしていた。また、勉強をする環境がと ても整っていた。授業は教科ごとに生徒が教室を移動するというやり方だった。各教室は冷 暖房完備で、朝は肌寒く昼は暑いキュパティーノでは欠かせない設備なのだろう。さらに、 各教室には飲み水用の冷水器があり、授業ではスマートフォンやタブレットを活用し学業面 での充実を感じた。それにしても授業においてもスマートフォンを使うとはさすが Apple の おひざ元だ。そして、かなり衝撃的だったのが教科書の厚さだ。私が見た社会の教科書は、 532ページもあり文字が小さく写真が大きく使われていた。これに比べ私達の教科書は約 290ページ程で文字が大きく写真のスペースが小さい。アメリカの方が見やすく、写真に 興味を持ちやすい印象がある。それと、もう一つ興味深かったのは、数学での一次関数の授 業だ。私たちはy=ax+bと習う。定数はa。しかし、アメリカではy=mx+bと表す らしい。定数はmなのだ。アルファベットがなんであろうと問題はない。けれど、数学は世 界共通で公式などは同じだろうと思っていた私は違いがあることに驚いた。国が違うだけで 公式の文字さえ変わってくるなんてかつて数学はどうやって世界に広がったのか気になるとこ ろである。 4.かけがえのない時間 私はチャン家とマクラフリン家に滞在した。どちらの 家族にもとても優しくしてもらい、素晴らしいアメリカ での生活を送ることができた。ところで、アメリカをは じめとする外国の家というのは日本と違い、室内でも土 足で生活するというイメージがある人も多いのではない だろうか。しかし、私が滞在した両家とも靴を脱いでの 生活だった。他の使節団員の話を聞くとすべての家庭で 靴を脱ぐということはないようだが、これにはかなりイ 【アメリカの二人のお母さんと親友】 メージを覆された。 キュパティーノには色々な国の人々が住んでいる。例えば、インド系、中国系、韓国 系、アジア系…もちろん日本人もいた。こんなにたくさんの人種の人々が住んでいれば文 化が入り混ざることも不自然ではないだろう。 5.夢 私は今回の滞在で様々なことを見て、聞いて、学んだ。しかし一番大きく感じたのは今 まで自分が見てきた世界はちっぽけなものだったということだ。そして、私を支えてくれ た全ての方々に感謝し、これから自分が知らない世界を探求することを心に決めた。 18 新しい世界 西部中学校3年 田中 李奈 私がホームステイしたのは、ヒンドゥー教の家庭とお母さんが中国人の家庭です。出会っ た人はとても親切で優しく、私たち日本人に興味を持ってくれました。知っている日本語を 話してくれてとても嬉しかったです。 1.食文化について 私がホームステイした家庭は、ベジタリ アンだったのでどんな食事が出されるのか とても楽しみでした。家族全員がベジタリ アンかと思い込んでいましたが彼女だけが ベジタリアンだと知り驚きました。彼女は 動物が大好きだから動物を殺して食べるこ とはできないという話をしてくれました。 私は彼女たちと出会いベジタリアンといっ ても一括りにできないビーガン(肉類・魚貝 [ホストファミリーとレストランで食事] 類・卵・乳製品など動物性食品は一切食べな い)、ペスクタリアン(肉類は食べないが魚は食べる)などの様々な種類があることを知りまし た。そして何より自分の考えによってベジタリアンの生活を選んでいること、家庭の中でも それぞれの価値観が存在するということを感じました。 日本での外食ではベジタリアンの食事は選択肢が限られているように感じましたが、アメ リカではベジタリアンへの理解が深いので彼女は肉抜きのメニューの注文をしていました。 アメリカのホテルやレストランではベジタリアンに対応したメニューを提供するところが 多いようです。アメリカには、中国系、インド系、ヨーロッパ系等様々な人種の人がいるの で、様々な食文化があるのだと感じました。 2.住居について 私のホームステイした家庭は、アパートと 一軒家でどちらの家もすごく広く部屋数が多 くありました。アパートには共用のテニスコ ートとプールがありました。私が泊まったゲ ストルームにはトイレやシャワールームもつ いていました。どこの家も広い庭があり、 BBQ を楽しむためにソファーやキッチンが [ソファー] 外にあったのは驚きました。私たちのために 19 パーティーを開いてくれてたくさんの友達や家族ができました。日本とアメリカの住宅事情 の違いを感じました。 3.ハイド中学校 私たちはハイド中学校に2日間通いました。こ の学校はライオンがシンボルになっていました。 毎日朝は7時45分から0時間目がスタートし ます。1時間は51分で、放課は3分しかありま せん。カフェテリアで食事をしたり、ブランチタ イムがあったりとリフレッシュの時間は多く取 られています。一つの授業が終わると急いで次 の教室へ移動します。日本の学校のように所属 [ハイド中学校] するクラスがないので、様々な学年の生徒と一 緒に授業を受けます。先輩後輩などの上下関係はなく、みんなフレンドリーにコミュニケー ションを取りながら授業を受けます。生徒は私服で登校し、制服や体操服はありません。部 活動の参加は生徒の自主性に任されており、有志が集まり活動をするそうです。アメリカで は常に自分で考え選択する行動をするということを学校体験で感じました。 4.終わりに 自分の英語が通じるか不安もあ りましたが、相手を理解しようとす る気持ち、相手に分かってもらうた めに伝えたいと思って行動するこ とでたくさんの人とつながってい くと感じました。この短い期間でと ても貴重な経験をたくさんさせて 頂きました。これから、英語を学び 今回以上に深くコミュニケーショ ンを取りたい、もっと勉強したいと 強く感じました。様々な国に行き、 [アメリカのお母さん] 様々な国の人と積極的に関わって いきたいと思います。 今回の派遣事業に携わり出会えたすべての方々に感謝します。ありがとうございました。 20 私のキュパティーノ 東部中学校2年 中山 朋美 「自分の視野を広げたい。」そんな思いで今回の派遣事業に申し込みました。本当にすば らしい体験ばかりで、日本との違いだけでなく、逆に同じところも見つけられた旅でした。 日本にいて、本を読んで勉強しているだけでは分からなかったアメリカを肌で感じることが できました。派遣前と変わったことは、自分に自信がついたことだと思います。今回、キュ パティーノ中学生使節団に参加できたことをとても光栄に思います。 1.アメリカンサイズ 皆さんは「アメリカンサイズ」というと、どのくらいの大きさを想像しますか?私は食べ 物でも家でも、とにかくとても大きいのだろうなと思っていましたが、まさにそのとおりで した。 まず、スーパーに行って驚きました。売っているヨー グルトは、バケツサイズと言っても過言ではないほど大 きなもので、日本のものとはまるで違いました。それな のに$2.79だというので更に驚きです。他にも「3 個買ったら1つおまけ」のような宣伝もよく見かけまし た。アメリカは、大量生産、大量消費のサイクルが出来 上がっているのだと感じました。 アメリカンサイズといってもう1つ思い浮かぶのは、 【スーパーに並んだヨーグルト】 ホームステイ先の家がどの家もとても大きかったことです。家の庭にはハンモックやキャン プファイヤーのできる炉までありました。土曜日の夜に、みんなでキャンプファイヤーをし てとても楽しかったことは良い思い出です。 2.学校の授業 私たちはハイド中学校に行きました。そこでは、私 の通う日本の学校とは違うことばかりで、驚きの連続 でした。 アメリカの授業は、生徒と先生の両方が話し合いな がら授業を作り上げていることに気が付きました。先 生が質問し、生徒が答える。またその逆に、生徒が質 問したら、先生は生徒と一緒に答えを導き出していく ということもありました。日本の学校でも同じような 方法を取りますが、アメリカほど生徒がたくさん話す 機会はないと思いました。 21 【ハイド中学校にて】 そして先生はとにかくたくさんほめていました。Great! や That’s good! などたくさん ほめて自信を付けさせてあげようとしているように思いました。生徒のやる気を出す為にた くさん工夫しているのだと感じました。 3.一番心に残っている出来事 私はキュパティーノに滞在中、熱を出してしまいました。というのも、朝夕がとても冷え 込み、健康に自信のある私ですら風邪をひいてしまうほどだったからです。ホストファミリ ーと過ごす大切な土曜日と日曜日に熱が出てしまい、本当にたくさんの人にご迷惑をお掛け しました。特に2人のホストマザーはとても心配してくれました。食事に気を遣ってくれ、 おかゆやお味噌汁まで作ってくれました。ホストマザーが「この子は私の娘だから」と実咲 さんに話していた事を帰国してから知り、涙が溢れそうになりました。 そして、もう2人看病して下さった方がいます。現地に住む日本人の広子さんとその旦那 さんのデイブさんです。広子さんは使節団の通訳をして下さっていて、前日に私たちと行動 を共にしていましたが、その時はあまり話しませんでした。広子さんは突然のことだという のに病気の私を受け入れ、日曜日に丸一日自宅で休ませて下さいました。本当に広い心をお 持ちだと思いました。午後から体調が回復すると、旦那さんとショパンを連弾したり、一緒 にテレビで野球を見たりしました。すごく楽しい時間でし た。きっと私が休日をホストファミリーと過ごせなかった 分、楽しませてあげようとの思いからだと感じました。 アメリカでたくさんの人に心配をしてもらい、人を思う 気持ちというのは、日本でもアメリカでも同じなんだと知 り、何だか心が温かくなりました。熱を出してしまったの は本当に残念でしたが、人の優しさを体全体で体験できた 【デイブさんとの連弾】 ことは良かったです。 4.最後に 私はアメリカに行くにあたって、言葉の壁があることをすごく不安に思っていました。 「ど うしたら伝わるだろうか。」、 「伝わらなかったらどうしよう・・・。」しかしその不安はアメ リカに着いてすぐに消えました。キュパティーノの人々はみんなフレンドリーで温かく、私 たちの意思を読み取ろうとして下さるからです。身振り手振りを交えながら一生懸命伝えよ うとすれば、大抵のことは伝わることが分りました。 今回キュパティーノへ行くことができて本当に良かったです。文化の違いや言葉の違いを 学ぶだけでなく、人の優しさにも触れられたこの旅は、私にとって一生の思い出となるでし ょう。今回の旅で学んだことを無駄にしないように、これからの人生に生かしていきたいで す。 22 キュパティーノ派遣 ビフォーアフター 西部中学校3年 彦坂 千愛紀 皆さんはアメリカについて、どんな印象を持っていますか?キュパティーノを訪れてか ら、私の中で、アメリカの印象が大きく変わりました。派遣 前はどちらかというと自己主張が強く攻撃的なイメージを 持っていましたが、実際に現地に行って交流してみるとそん な事はなく、キュパティーノの人々は優しく、黒人白人の差 別の無い国でした。日本人は「自由」という言葉が苦手です が、アメリカでは「自由」を実感しました。その自由とは、 【ホストファミリーの出迎え】 生活している上でのゆとりです。アメリカでは中学校での選 択式授業を始め、自分のやりたい事をみんなの合意の上でやっているからです。 1.スケールの大きさ 空が真っ青で、カラっと爽やかな気候。道が広く、人が 密集していないので、のびのびとしている。また、ステイ 先の家や庭はとても広く、家電が大きく、ドラム式の大き な洗濯機が2台もありコインランドリーのようでした。冷 蔵庫は日本の1.5倍程ありました。貸してもらったバス タオルは、あまりの大きさに、私が使うと床に引きずって 【街の様子】 しまう程でした。連れて行ってもらったスタンフォード大 学はとても面積が広く、建物は宮殿のようでした。色々なものが日本より大きく圧倒されま した。 2.遊びを通じて 1軒目の家庭には、ボードゲームがあり、チェスを教えてもらいました。話していること を理解するのは難しかったけど、身振り手振りで一生懸命ルールを教えてくれたので、対戦 できるようになりました。他にも中国のボードゲームなどがありました。音楽は韓国の歌が 好きだと聞きました。多様な文化を受け入れていると感じました。 ポケモンは人気でした。特に滞在先の10歳の男の子はポケモンに詳しく、カードを集め たり、部屋にポスターを貼っていたりしました。遊戯王のカードもありました。アメリカの 暮らしの中で日本を見つけることは嬉しいことでした。キャラクターの呼び名は、ピカチュ ウは PIKACHU のままでしたが、カビゴンは SNORLAX、プリンは JIGGLYPUFF と訳さ れていて面白いなあと思いました。 2軒目の家庭では、テレビゲーム(Wii)が置いてあり、マリオやマリオカートを一緒に 楽しみました。 3.IT の街の魅力 アップル社やグーグル社に連れて行ってもらいました。グーグル社では、会社の敷地が町 23 一つ分くらい広かったので、敷地内を自転車で移動し ました。駐輪場がいたるところにあり、どこでも乗り 降りできるようになっていました。また、食堂や美容 院、寮もあり、働いている人が社外に出なくても生活 できるようになっていました。時間を効率的に使えて 合理的だと思いました。アップル社では、広く迷子に なってしまいましたが、ロボットに助けられ無事ホス トファミリーと再会できました。 訪れた中学校では、タブレット端末で問題を解き、 答えを黒板サイズの大きな画面に映し出していまし 【Google】 た。日本より進んでいて、さすが IT の街だなあと思い ました。 4.カラフルでスイートな食文化 朝食は、パンケーキやワッフルを頂きました。牛乳やオレンジジュースが、5L くらいの 大きなポリボトルに入っていて驚きました。夕食後は、毎回アイスを食べていました。 ショッピングセンターでの買い物は、野菜など新鮮なものを毎日というよりは、保存でき る商品を大きなカートに入れてまとめ買いするという感じでした。 ハンバーガーは滞在中3回も食べましたが、厚みがあってビッグサイズで、あごが外れる 程の大きさにどのように食べるか悩んでいたら、ホストファミリーからつぶして食べると教 わりました。 ハロウィンの時期が近いためか、青や緑のパスタが出て きたことに驚きました。 お菓子はカラフルで想定外の味のするものもありました。 甘いアメやガムが家の各部屋に置いてあり、甘いものを目 にしない日はありませんでした。驚いたのは、マシュマロを 火であぶって板チョコと一緒にクッキーにはさんで食べた 【スーパーで買い物】 事です。 5.現地交流の大切さ 私は、このキュパティーノ派遣で、実際に現地で交流・体験することの大切さを感じまし た。派遣前に持っていたアメリカに対するイメージが180度変わってしまうような体験が できたので、キュパティーノ派遣に参加できて本当に良かったです。 新鮮で充実した時間を過ごすことができたのは、送り出してくれた市の方々、受け入れて くれたキュパティーノの皆様、そして一緒に参加した素晴らしい仲間のおかげです。出会っ た全ての人に感謝したいと思います。言葉の壁はありましたが、あらゆる手段を用いてコミ ュニケーションを取ることで、お互いの理解は深まりました。キュパティーノの人は皆、気 軽に話かけてくれて、とても嬉しかったです。今後も積極的に様々な国の人と関わり、異な る文化に触れて理解を深めたいと思いました。 更に勉強して、もう一度キュパティーノ、そして世界各国を訪れたいと思っています。 24 初めてのホームステイ 一宮中学校2年 福田 ひなた 私 は ホ ス ト フ ァ ミ リ ー の Chang 家 と Elizondo 家に滞在させて頂き、どちらの家庭 も私達を優しく受け入れてくれました。両家庭 と一緒に過ごしていく中で、日本とアメリカの 文化の違いや、アメリカの生活スタイルを学ぶ ことができました。 1.日本とアメリカの学校の違い 26日と27日の2日間、私はハイド中学校 に学校体験をさせて頂きました。その中で、ア 【ホストファミリーと】 メリカと日本の学校との違いに驚いたことがたくさんあります。まず服装や交通手段、全て が自由ということに驚きました。また、日本の学校では禁止されている、おやつを持ってく ることが許されていたのでびっくりしました。アメリカの学校では、ブランチというおやつ を食べる時間があるため、おやつを持ってくることが許されているそうです。なので、とて も羨ましいと思いました。次に驚いたことは、授業についてです。アメリカの学校では、ク ラス制では無く日本の大学のように受ける授業の先生の教室に移動して授業を受けていま した。教科書を使用する授業がほとんどなく、タブレットを使用した授業ばかりで、とても 進んでいると驚きました。また、教科書がとても分厚く、重くて持ち運びが大変なため、1 教科の教科書が授業用と家での宿題用で2冊あるそうです。 最後に、日本とアメリカの教室の 違いが2つあります。一つ目は、黒板 ではなくホワイトボードで、ほとん どパソコンからホワイトボードに映 像を映して授業を行っていました。 日本の学校より遙かに進んでいると 思いました。二つ目は、全ての教室に エアコン、水道場、電子レンジがあり ました。エアコンがあるので、夏や冬 はとても羨ましいと思いました。ま た、暑い時に教室にエアコンがある 【ブランチの様子】 ことで、より勉強しやすい環境が作 られているのかなと感じました。 25 2.ホームステイを体験して ホームステイをしてみて、私は日本とアメリ カの生活の違いについて感じたことが2つあ ります。一つ目は食事です。食べ物の量がとに かく多くて、現地の人は毎日こんな量を食べて いるのか、すごいなぁと思いました。あと、ハ ンバーガーとピザの大きさにびっくりしまし た。ハンバーガーは大きすぎて口が開かなかっ たし、ピザは一切れの大きさが自分の手の大き さ以上だったので、これがアメリカンサイズな 【教室のホワイトボードと映像】 のかと実感しました。食べ物の味はとても濃く て、特にチョコなどのお菓子はとても甘かった のでそこに驚きました。味が濃すぎる所が日本との大きな違いだと感じました。 二つ目は、家についてです。まず、家の外観は、ほとんどの家が平屋で、周辺の家はほと んど同じような外観をしている住宅街が多くありました。同じような外観をしている家が多 いのは、区画ごとに決まっているからなのかなと思いました。家の中の造りは、基本はダイ ニングとリビングが分かれていて、ダイニングは食事をとる場所、リビングは家族との団ら んを楽しむ場所、と分かれていました。また、トイレと浴室の部屋が同じで、浴室にお湯は 張らずシャワーを浴びていました。日本のようにトイレと浴室が分かれてはいませんでした。 そこが日本の家の造りの違いの一つであるのかなと感じました。 3.最後に 私は、今回の訪問を通して日本とアメリカの 文化の違いを学ぶと共に、自分自身も成長する ことができました。また、キュパティーノ市の 方々と沢山交流し、友情をより深めることがで きました。言語の壁があっても、積極的に話し ていくことで気持ちが通じ、会話が出来るとい うことが分かりました。これらの貴重な経験や アメリカで過ごした思い出は、私にとって一生 の宝物です。この経験を絶対自分の将来に生か します。今回のキュパティーノ派遣に関わって くださった家族、市役所の方々、派遣団のみん 【Jacqueline とハイド中学校にて】 な、先生、友達に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。 26 私が感じたアメリカと日本の違い 代田中学校3年 藤村 成華 私は、キュパティーノ市の訪問を通してたくさんのことを知りました。アメリカと日本の 違いや家庭での生活など忘れられない体験ができました。 1.食事 私が一番驚き、そして大変だったことは食文化の違いです。私は2家庭にホームステイし たのですが、どちらの家庭も肉料理中心でした。そして肉の量がとても多かったです。外食 の食事の量も日本では考えられないくらい多く、食べ きれないことがよくあり大変でした。料理に使う油の 量も多いものもあり、日本との違いを感じました。 そしてアメリカの料理は甘いものと辛い物が一緒に なったものが多くありました。サラダにイチゴが入っ ていたり、鮭にマンゴーがのっていたり、日本にはな い発想の食事もあり、とても美味しく楽しめました。 ここでも食文化の違いを感じました。またどちらの家 でも夜10時になると甘いデザートを食べる時間があ 【苺のサラダ、鮭とマンゴー】 りました。デザートはアイスクリームやパイ、クッキ ーなど、とても甘い物でした。日本では就寝前に食べる習慣があまりないのでこれにも驚き ました。 2.学校の違い 私はアメリカと日本の学校や教育の違いに興味があっ たので、学校を体験できて感動することがたくさんあり ました。私はハイドミドルスクールという中学校に行き ました。日本の学校に比べ敷地が広く、たくさん教室があ りました。私がまず驚いたのは、日本では教室に先生が来 て授業を受けますが、アメリカは目的の教室へ生徒が移 動する方式だったことです。授業と授業の間は3分ほど しかなく、広い校舎を移動するのが大変でした。 【広い学校施設】 教室の数は、教科や目的ごとに一つずつ設けられてい ました。日本は人数で分けられ教室の数が決まりますが、アメリカは教科で教室の数が決ま っているようでした。また部屋の内装が教科にあったデザインになっていたので、可愛い部 屋が多く、楽しく学べる気がしました。とても興味深かったです。 ハイドミドルスクールの生徒はとてもフレンドリーでした。日本人は初対面ではあまり積 極的に話しかけないのに比べ、アメリカの子たちは言語の違いを越えて私たちにたくさん話 しかけてくれたので、安心して授業を受けることができました。アメリカの同世代の子との コミュニケーションで、日本人の私たちも見習うべきことがたくさんあると感じました。ま 27 たアメリカの学校では制服がなく、みんな私服で、女の子はおしゃれを楽しんでいるように みえました。 キュパティーノの学校の昼食は給食ではなく、自分で用意する方式でした。お弁当を持っ ている子や購買で買う子、様々でした。そして、驚いたのは昼食を買う購買にお菓子やジュ ースが売っていたことです。日本の学校では考えられないことです。さらに驚いたのはブラ ンチの時間があることです。キュパティーノの子たちはそこで軽食をとったり、お菓子を食 べたりしていました。私は日本でもこの時間があったらいいのにな、と思いました。日本は 朝の部活から給食までが長いと感じるからです。ブランチの時間があれば3,4時間目にも お腹が空くことなく授業に集中できると思うのでい いと思いました。 他には、アメリカの学校はレベルが高いと感じまし た。日本の学年でいうと中学3年で習う内容を13歳 (日本では中学1年生)の子が習っているのを見たか らです。日本は年齢で区切り一斉に学びますが、アメ リカは個人のレベルに合わせて授業を受けているよ うでした。これは学びたいことを自ら進んで学んでい ける大変良いシステムだと感じました。 【絶景の中で写真撮影】 3.気候の違い キュパティーノ市では、昼は夏のような暑さ、夜は冬のような寒さでした。また、日ごと の気温の差も大きかったため、寒暖の差が激しく気温の変化についていくのが大変でした。 雨はほとんど降らず乾燥しており、水不足も深刻な問題で、節水のため洗濯の回数も制限 されているようでした。水の豊かな日本と水不足のキュパティーノ市との違いを強く感じま した。水は大切な資源なのだと実感しました。 しかし、その一方で晴れが多いため空は雲一つなく、高いところからの眺めは素晴らしか ったです。 4.キュパティーノ市の訪問を終えて 私は今まで何度か海外旅行に行ったことがありますが、 旅行では味わえない経験がたくさんできました。ホームス テイ先では、ジャックオーランタンの作成、T シャツの染 色、夜にはアメフトの試合観戦などアメリカの文化をたく さん体験させてもらいました。日本の家庭との違いや、文 化の違いを多く発見できました。アメリカと日本の良いと 【Jaimie&Kristine と】 ころをこれからの生活に取り入れてステップアップして いきたいです。そしてこの経験から得たものを伝え、発信していきたいです。 最後に、今回知り合えたたくさんの方たちと、使節団の素晴らしい仲間と、この機会を与 えてくださった方々に感謝します。ありがとうございます。 28 キュパティーノから見た日本の姿 南部中学校3年 藤原 亜衣 約1週間キュパティーノに滞在して、日本との文化の違いで苦労することは多かったです。 しかしその反面、新たな発見に驚くこともありました。 1.食事を見て アメリカはどの家庭でも食事の量が多いと思っ ていましたが、私のホームステイ先では、2軒とも 量は日本とあまり変わりませんでした。朝食は主に トーストやマフィンとジュース、夕食はピザやハン バーガーを食べに行くことが多かったです。また、 日本のものも食べてもらいたかったので、フルーチ ェを持って行きました。作り方の簡単さに驚いてい る様子でしたが、おいしいと言われました。日本の 食べ物を気に入ってもらえてうれしかったです。 【ARIGATO SUSHIの様子】 また、街でも面白い発見がいくつかありました。 例えば、「ARIGATO SUSHI」というすし屋や日本食料理店、私たちが普段よく利用する コンビニエンスストアもありました。アメリカに来ているのに日本語の看板が見られて、新 鮮な気分でした。 私が見たどの店も、たくさんのお客さんが入っていました。日本の食文化がアメリカでも 愛されていることは、とても誇らしかったです。 2.文化を見て 私にはペアが2人いましたが、1人は日本のアニ メが大好きで、部屋にはワンピースやセーラームー ンのグッズがたくさんありました。もう1人はジブ リが大好きで、映画のDVDをたくさん持っていま した。部屋にもぬいぐるみがたくさん置いてありま した。日本のアニメ文化が海外でも人気だというこ とは知っていましたが、こんなに身近に感じてもら えていると知り、驚きました。また、その様子は街 でも見られました。 【TOKYO の様子】 私がホストファミリーに連れて行ってもらったシ ョッピングモールには「TOKYO」という店があり、ぬいぐるみやフィギュア、文房具など がたくさん売っていました。また、看板の下の方に Japanese Lifestyle と書いてあるだけ あって、商品は日本語のものがほとんどで、店内の看板にあった看板のキャッチコピーも日 本語でした。日本語で書かれていたら読めないから買いにくいのではないかと思ったけれど、 29 逆に日本製だと分かるので安心できる、といった様子でした。また、ダイソーやカラオケな どもあり、日本がどんどん外国に受け入れられていると感じました。 3.技術を見て アメリカに日本の企業があったように、マクドナル ドやスターバックスなど日本にもアメリカの企業がた くさんあります。中でも、キュパティーノはシリコンバ レーの心臓部とも言われているため、IT 企業が発達し ています。 私は、ホストファミリーにフェイスブック社に連れ て行ってもらいました。敷地がとても広くてまるで一 【フェイスブック社の様子】 つの町のようでした。パスを発行してもらって中に入 ると、カラフルな建物やテラス、たくさんの植物があっ て、とてもあのフェイスブックの会社とは思えませんでした。なかなか日本にはこういう会 社はないので、あったら面白そうだと思いました。 また、アップルストアにも行きました。店の中にはいろいろな種類のスマートフォンやタ ブレットがありました。他にもTシャツやマグカップなども売っていて、とても充実してい ました。よく見てみると、ホストファミリーが使っているスマートフォンやパソコンはすべ てアップル製でした。また、街に出てみてもほとんどの人はアップル製のものを使っていま した。アップル社がいかにキュパティーノの人に愛されているかが分かりました。 4.お互いの存在 キュパティーノにはアップルの本社やフェイスブック社があります。これらは全て、世界 的に有名な会社です。もちろん日本でもたくさんの人の役に立っています。キュパティーノ の人にとってアップル社が身近な存在であるように、日本でもなくてはならない存在です。 逆に、日本の人にとって身近である和食文化やアニメ文化は、たくさんの店を構えているキ ュパティーノの人にとってもなくてはならない文化になっていることが分かりました。世界 的にグローバル化が注目視されている今、お互いの文化を尊重しあえるこのような関係があ ることは理想的であり、大切にするべきだと思います。私がキュパティーノから見た日本の 姿、それは独自かつ世界で愛されている文化を持っていて、いろいろな国に影響を与え、与 えられて成長しているという姿です。そして、日本へ帰ってきてから改めて見たアメリカの 姿、それは世界中の技術の発展に大きく貢献しつつ、自らもどんどん他国の文化を受け入れ 成長しようとしている姿です。これらには日本とアメリカ、お互いの関係がカギを握ってい ると思いました。しかしこれは、日本にいただけでは気づくことができなかったと思います。 私は今回のキュパティーノ使節団としての活動を通して、国際的な視野を持つことがいかに 大切かが分かりました。ここで学んだことは、これからの将来を考えるときに生かしていき たいです。最後に、このような機会を与えてくれたすべての人に感謝したいです。 30 「つながり」を感じて 東部中学校3年 山口 莉音 アメリカと聞いて一番最初に思い浮かべたこと。それは、自分の意見をきちんと言葉にし て相手に伝えることができる、コミュニケーションがとてもオープンな国であるということ です。日本では、心では思っていることでもハッキリとは口に出さずに言葉をぼかしたり、 何も言わなくても相手の気持ちをくみ取ったりするような『言わない美徳』があります。私 は、今回アメリカでは、できるだけ自分から進んで色んなことにチャレンジして、他人から 与えられる受身な姿勢だけではなく、前向きな気持ちを持って行動することを目標に、『言 う美徳』でコミュニケーションをとれるよう頑張ってみようと思いました。 1.まちの様子 想像以上に広大な国、アメリカ。丘から見えた高い建物 は一箇所に集まっていました。まちには、ランニングをし ている人や青空の下でスポーツを楽しむ人を多く見かけま した。また、まちの色んな所で“日本”を見つけました。 TOYOTA 車が多く走っていたり、寿司屋があったり、シ ョッピングモール内でも日本の文房具コーナがあったり と、遠くて近いアメリカと日本の関係を見つけることがで 【まちで見かけた野生動物】 きました。 スーパーマーケットやお土産屋さんなど、多くのお店でハロウィングッズを見ました。 仮装グッズや大きなお化けの置き物、カップケーキやお菓子など、とても多くの種類の物 が売られていて、アメリカではハロウィンが大きなイベントの1つであることがわかりま した。 2.人々の様子 私は2つの家族にホームステイをしました。Nitya の住む Yerraguntla 家と June の住む Freund 家です。 私はここでは、人と人との結びつきを感じることがで きました。どちらの家に泊まった時でも遊びに行く時 は4人で会うことができ、サンタクルーズへ行った時 や野球場へ GIANTS の試合を見に行った時も一緒に 過ごせる時間を作ってくれました。学校の友達を呼ん 【BBQ パーティーにて】 でホームパーティをしたり、昨年の豊川使節団員であ った私の姉がキュパティーノでつながった昨年度のキ ュパティーノ使節団の2人と会える時間を作ってくれたり、更にその家族も含めて、4家族 31 集まってレストランで食事したりと、人と人とのつながりを大切にする、国土面積だけでな く、心も広い国なんだと思いました。 3.食べ物 とにかくサイズの大きさに驚きました。Nitya の家の冷 凍庫には日本では売られていないような大きなサイズの アイスクリームがありました。 食卓にはお米(日本のものより長細い形)が上がること もありましたが、ピザやハンバーガーやサンドウィッチ など、ほとんどはパンが中心でした。 健康的な問題ではなく、好き嫌いでもなく、宗教的な理 由で食べるものが制限されることは、日本ではあまり馴 【ハンバーガー】 染みのないことですが、多人種が暮らすアメリカでは、ベジタリアンは珍しいことではない のかもしれません。 4.学校と授業の様子 Hyde Middle School は、私が日本で通っている 中学校よりも敷地がとても広く、校舎が1階建てで あったり、全体的に縦よりも横に広がっている感じ がしました。学校を訪問した日は、学校の中を案内 してくれた私の WEB リーダーの誕生日で、彼女が 背負っていたリュックには、友達から贈られたであ ろうたくさんのカラフルな風船がついていました。 中には“HAPPY BIRTHDAY”と書かれた風船もあ 【Hyde Middle School】 り、校内を歩く彼女はとても目立っていました。そ れを見て彼女の誕生日に気が付いた別の友達がま たお祝いの言葉をかけたりして、アメリカならではのフレンドリーな光景を見ることができ ました。 5.訪問を通じて 私は、今回の訪問を通じて、様々なことを学びました。伝えようとしたり理解しようとす る前向きな気持ち、感謝の気持ち、これらのことを生かして、何事にも諦めない心を持ち続 けてこれから頑張りたいと思います。そして、今回感じることができた人と人とのつながり の深さと温かさを忘れずに、また必ずキュパティーノへ行きたいです。 15歳の私に素晴らしい機会を与えてくださった市の職員の方々や引率の先生方、アメリ カでお世話になった方々に感謝します。ありがとうございました。 32 「私の中で、キュパティーノが変わっていった」 豊川市立御油小学校 校長 清水 洋一 1.はじめに 学生時代、物理学を専攻していました。20世紀を代表する物理学者の一人であるファインマ ン博士は、次の言葉を残しています。 『本は事実を示してくれるが、そこに命を吹き込むのは君 の想像力だ』 『本やインターネットは想像力を高めてくれるが、実際に体験したことにはかなわ ない』 つまり百聞は一見にしかずということです。この使節団の実体験を通して、私の中でキ ュパティーノ(以下キュパ)が変わっていきました。 2.思いの変化 (1)訪米前のキュパ:不安 知っていることと言えば、①姉妹都市として38年のつきあいである ②食べる量が遙かに多 い ③雨がほとんど降らず、湿度が低い ④緯度が同じなので日照が同じ ⑤コンピュータに40 年携わっている私にとって聖地 でした。訪問への魅力が全くない、わけではありませんでした が、それよりも、無事に行ってこなければならないことと、私の英語力が錆び付いていることへ の不安ばかりが先行していました。 (2)訪米2日前:不安から一転 ホストファミリーであるクリスさんから、メールが届きました。 Sharon and I are planning for an enjoyable weekend with trips in our area and a special event at NASA Ames Research Center on Sunday. It will be a very busy 6 days. 「えっ!?、ナサ?」 「そういえば、クリスさんのご主人(カールさ ん)は NASA の職員だ」「NASA に行ける!!」その瞬間、私の中 でファインマン氏が「行って、見て、触れてこい」と、私の気持 ちをエキサイティングなものにしました。 (3)到着~歓迎 BBQ:温かさとおおらかさ ツインピークスから、ゴールデンゲートブリッジやアルカトラ ズ島、サンフランシスコの町並みを見たとき、 「ついに来た」と実 感しました。キュパ市庁舎では、現市長さんと前市長さんも一緒 になって、温かく迎えていただきました。日本人は優しいと自負 していますが、キュパの人たちは、すべてがアットホームな温か さでした。家族のように受け入れていただき、気疲れなく過ごす ことができました。その分、形式立てられていないので、式次第 は細かくありません。日本では席を決めて接待しますが、キュパでは、それぞれ好きな場所に、 思い思いに座り、自由に振る舞っていました。日本ではきめ細かさが中心となって構成されます が、ここでは、(温かいですが)とても自由でおおらかでした。 (4)土・日:ワクワク・ドキドキ、エキサイティングな週末 土曜日はレッドウッドの森にピクニック、そして日曜日はエジプト博物館と NASA を訪れま した。NASA のビジターセンターもウキウキでしたが、カールさんが NASA 職員であることか ら、ゲート内に入ることができました。本当に、ワクワク・ドキドキの体験をすることができま した。 「行け!」と告げたファインマン博士と、何よりローソン夫妻に感謝です。 (5)食事:エンゲル係数は結構高い。そしてカロリーはものすごく高い 33 野菜、肉、フルーツや飲料水・ジュース類は日本に比べて安いものが多いのですが、スターバ ックスや外食などは日本と同じような料金体系だと感じました。ただし、一つ一つのサイズが大 きい(多い)ので、満腹感はものすごく大きいです。何より違うのは甘味です。必ずデザートが 提供されました。とても大きく、糖度も高かったです。フルーツにはシロップがかかっていまし た。日本のスイーツのようなほのかな甘みではなく、こってりとした甘みでした。朝食のワッフ ルにもバターに加えシロップをたっぷりかけます。とても高カロリーな食生活となります。外食 も多いので、エンゲル係数もそしてカロリーも高くなるように感じました。 (6)町並み:木よりも低く、地価高騰中 建物は、木よりも高く建ててはいけないとのことです。地価が高騰している地域です。バーベ キューができる庭があったり、プールのある家もあったりしますが、建物はそれほど大きくあり ません。治安が良く、滞在中にパトカーのサイレンを聞いたのは1回だけでした。公園では散歩 やスポーツが行われています。朝・夕にジョギングや散歩をしている大人を見かけることはあり ましたが、家の外を出歩く子どもたちを見ることはありませんでした。 (7)気候:緯度は同じだから、日差しは似たようなものなのに 日・月と「インディアン・サマー」となり、日中は40℃を超えました。しかし、夜は20℃ ほど下がりました。雨は年に数日しか降らないので、本当にからっとしていました。十分に水分 補給をしないとすぐに熱中症になる危険がありました。水は300km 程の距離にあるシエラネ バダ山脈の雪解け水を利用しているようです。水不足なので、利用制限がかかっていました。一 方、北に30km ほどしか離れていないサンフランシスコでは、日中も20℃を下回っていて、 ダウンを着ている人もいました。霧も頻繁に出ていました。少し離れ るだけで、独自の気象条件を持っています。インディアン・サマーは、 小春日和と訳されることがあるようですが、日差しが「ギラギラ」と 「ほんわか」の表現くらい様相が異なっています。 (8)小・中学校:児童・生徒はまじめに学習をしっかりしている 授業時間の区切りが5分単位ではなく、2時間目(9:33~10: 32)、3時間目(10:52~11:43)のようにいろいろな時間 設定となっています。また曜日によって、各授業時間の始まる時刻が 違っていました。2時間目と3時間目の間に17分間のブランチタイ ムがありますが、その時刻も曜日で違います。食べ物は学校で購入(カ ード支払い)することも、自分で持ってくることもできます。授業時 間中に校庭内を自由に歩いている子どもたちもいましたが、サボって いるわけではないようです。遅刻も授業中に食べている子も、寝てい る子もいませんでした。教科書はかなり厚く、ボリュームがありました。重いので、家と学校に それぞれ1冊ずつ置いてありました。欠席や学習状況などはデータを通して、教師→事務員→家 庭へと伝わっています。いじめや不登校の率は少なく、留年も8年間なしとのことでした。ただ し、市と教育委員会の連携は密ではないようです。 3.終わりに わずか8日間でしたが、誰もが別れを惜しむほど、濃密な関係となりました。頭の中で想像し、 理解しようとしていた文化の違いが、実際に、語り合い、ふれ合ったことで、私の中でのキュパ という町のあり方が変わってきました。今、私にとって、 「キュパ」は「キュパティーノ市」で はなく、 「クリスさんの住む町」へと変わっています。 旅を終え、このような機会を与えていただいたことを光栄に、そして幸せに感じています。 34 かけがえのない財産 豊川市立東部中学校 橋本 洋介 1.はじめに 今の英語教師としての自分があるのは、中学生の時に、カナダからの留学生のホストファ ミリーになったことがきっかけであると思っています。当時の私は、英語は好きでしたが、 英語はほとんど話せませんでした。それでもなんとかコミュニケーションを取ろうと、単語 をならべて言ってみたり、ジェスチャーを交えたりして、一緒に生活をしたことを覚えてい ます。その後、カナダ留学を経験し、様々な国の人と接する中で、「英語は言葉であり、コ ミュニケーションを取るための一つの手段である」と肌で感じました。 今回、キュパティーノに行った使節団全員が同じような経験をしたのではないでしょうか。 そこにはきっと教科としての英語ではなく、言葉としての英語が溢れていたことと思います。 2.IT の街の学校 滞在中には、多くの学校を訪問させて頂きました。まず、私が驚いたことは、訪問先のキ ュパティーノの学校は、インド系、中国系の生徒がほとんどであったことです。IT の街と は聞いていましたが、実際に目の当たりにすると、よりそのことを強く感じました。 そして、授業はほぼ全ての授業でグループ学習の スタイルが基本でした。日本の多くの学校のよう に「はい、じゃあ今からグループになって。」では なく、それがあたり前になっていました。そのた めか、生徒たちは自然とグループで相談をしたり、 協力をしたりしていました。そして、キーとなっ ていたのが、iPad です。一人一台 iPad があり、 生徒たちはそれを使って何かを調べたり、グルー プ内の生徒と意見交換をしたりしていました。ま た、多くの授業で、グループで何かを調べて、そ 【iPad を使ったグループ学習】 れを発表するという形が取られていると感じまし た。中でも、印象的だったのが、グループでダンスについて調べて、そのダンスはどういう 歴史や、特徴があるかを述べ、実際にダンスを発表するという授業です。様々な国をルーツ に持つ生徒たちが自然とこういったグループでの学びを経験していることに日本の学校と の大きな違いを感じました。 また、キュパティーノ市内でも特色ある教育を実 践している学校として知られる、 Murdock Portal Elementary School では、とてもユニークな教育スタイルを見せて頂きま した。この小学校では、円形に教室が3つほど配置されており、教室間を生徒も教師も容易 に行き来することができます。そのため、授業も、例えば小学校1年生のクラスと2年生の 35 クラスの合同授業も頻繁に行われていると のことでした。他にも、“kimochi”と呼ばれて いる小さなマスコトットが各教室に置いて あり、気持ちを表す表情のマスコットの裏側 にはその気持ちを表す単語が書かれていま した。まだ自分の感情をうまく表現できない 小学生に「今どんな気持ちなの?」と問いか けながら、マスコットを選ばせるのだそうで す。そうすることで、生徒自身も自分の今の 気持ちを客観的に捉えることができるのだ 【“kimochi”マスコット】 そうです。生徒同士で何か言い争いが起きた ときにも「相手はどんな気持ちだと思う?」と、同様にマスコットを使って相手の気持ちを考 えさせるときにも活用しているとのことでした。日本語の“kimochi”を使ったこの実践にと ても感銘を受けました。 3.第38回 豊川市キュパティーノ中学生使節団 16名の使節団は、お互いに緊張した 表情で迎えた初回の研修会から、回を重 ねるごとに団結をし、互いの絆を深めて いきました。時には、パフォーマンスの アイデアがうまくまとまらなかったり、 実際に練習をし始めても思うようにダ ンスができなかったりと、苦労したこと もあったと思います。そんな中、協力し、 真剣に練習を重ねました。そしてキュパ ティーノ市での2回のパフォーマンス。 そこには自信に満ちた使節団の姿があ 【ヨーグルトランド前にて】 りました。 私を含め、使節団全員にとって、このアメリカでの経験は、きっとかけがえのない財産に なると思います。そして中学生の皆さんが、将来何らかの形で活躍する日を楽しみにしてい ます。 最後に、豊川・キュパティーノ市の方々、ホストファミリー、保護者の皆様、そして団長 をはじめとする使節団全員に心から感謝申し上げます。 「We are the Perfect Team!」 36 成長、そして感謝 豊川市役所企画部秘書課 1.はじめに 平成28年5月に行われた結団式。使 節団員のみんなと初めて会った日が、と ても懐かしく思い出されます。派遣を終 えた16人の使節団員は、大きく立派に 成長し、団員同士やキュパティーノ市の みなさんと強い絆を築くことができまし た。今回、このような貴重な機会をいただ き、彼らの成長する姿や、頑張っている姿 を間近で見ることができ、本当に幸せに 感じました。 山田 実咲 【お別れセレモニーでの集合写真】 2.使節団員の様子 使節団員16人は、8月から英語の学習会とパフォーマンスの打合せをしてきました。 初めは消極的な場面が多く、自分の意見を述べたり、自ら率先して行動したりすることが 少なく、全員がまとまるのだろうか、パフォーマンスが完成するのかと、正直不安な気持 ちが少しありました。しかし、学習会・打合せの回数を重ねていくにつれ、積極的に発言 したり、自ら考えて行動したり、お互いに声 かけをしたりし、使節団全体の雰囲気が変 わっていきました。学年関係なく、みんなで 協力し合いながらそれぞれの役割を懸命に 果たそうとする姿は、本当に頼もしく見え ました。 キュパティーノ市では、現地の方々に対 し、緊張しながらも、積極的に笑顔で会話を していました。言葉の壁はあっても、コミュ ニケーションをとろうとする姿は、とても 立派でした。 【素晴らしいパフォーマンスを披露した後】 3.ホストファミリーや関係者の皆様 キュパティーノ市へ行って一番驚いたことは、キュパティーノ市の皆様のあたたかさと、 この派遣事業には多くの方の支えがあるということです。 私のホストファミリー・シャロンは、姉妹都市委員会の副会長として、この派遣を支え る中心的役割を担っていました。毎日夜遅くまで、派遣事業に関する仕事をして、忙しい のにも関わらず、笑顔を絶やさず、家族の一員として接してくれました。おかげで、楽し く充実した毎日を過ごすことができたと思います。 37 また、使節団員が体調を崩した時、ずっと看病をしてくれたホストマザーに感謝の気持 ちを伝えると、「私の娘だから」という言葉が返ってきました。あたたかな微笑みととも に自然に発せられたその言葉は母親そのもので、本当に驚きました。わが子のように接し てくれたおかげで、使節団員は安心して過ごすこと ができたのだと思います。 この派遣事業では、市長をはじめ、市関係者、姉 妹都市委員会、教育委員会関係者、学校関係者、ボ ランティアの通訳など、随所で、私たちをあたたか く歓迎し、もてなしてくれました。その方々の支え があったからこそ、充実し有意義な日々を送ること ができたのだと思います。この派遣事業には、本当 に多くの関係者の皆様の協力があるからこそ成り立 っているということを実感しました。 【引率3人のホストファミリーと】 4.引率者の役割 私の役割は、使節団員16人がいい経験だったと思えるように、また、使節団員のいい 思い出となるように努めることでした。9日間家族と離れて過ごすため、使節団員が感じ る不安感や緊張感を少しでもやわらげられるよう、話しやすい関係を築くことが大切だと 考え、できる限り使節団員の性格を知り、滞在中は使節団員の表情や言動に注意し声かけ をしながら見守りました。使節団員が困っていたら、自分で解決できるように背中を押す などをしていましたが、逆に使節団員から教えてもらうことや助けてもらうことも多かっ たように思います。私自身もとても成長させてもらいました。 5.おわりに 今回の派遣を通して、たくさんの方と出会い、関わることができました。この出会いと 経験が、ひと回りもふた回りも大きく成長させて くれたと感じる派遣でした。最後に、笑顔で送り出 してくれた使節団員のご家族の皆様、ホームステ イを受け入れてくれたご家族の皆様、両市でこの 事業を支えてくださった方々、そして、引率の先生 方、使節団員のみんなに、心から感謝申し上げま す。全員無事に派遣を終え、このメンバーで貴重な 時間を過ごすことができたことを本当に幸せに思 っています。ありがとうございました。 【最終日の豊川市使節団19人】 38
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