2006 野沢温泉村制50周年記念誌

2006 野沢温泉村制50周年記念誌
私たちのふるさと 野沢温泉村
【明石地区】
【東大滝地区】
【七ヶ巻地区】
【虫生地区】
野沢温泉村制50周年記念誌
50年の歩み
P 2 私たちのふるさと 野沢温泉村
P14 昭和31年∼昭和56年
P 4 村制50周年集合写真
P16 昭和57年∼平成8年
P 6 安心・安全・快適な地域づくり
P18 平成9年∼平成18年
P 8 個性を生かし地域で育てる
P20 1998オリンピック・パラリンピック開催
P10 活力と魅力あふれる交流拠点
P21 FISワールドカップ・スペシャルオリンピックス開催
P12 簡素で効率的な行政運営
P22 野沢温泉スキー場を民営化
P13 みらいを担うこどもたち
P23 野沢菜発祥250年
P24 地域の文化財 P26 地域に伝わる道祖神まつり
P27 村制50周年に寄せて(河野村長)
P28 村章、村木、村花
2
【矢垂地区】
【平林地区】
【坪山地区】
【重地原地区】
【豊郷・前坂地区】
3
4
平成18年9月24日撮影
野沢温泉村制50周年記念 村民運動会にて
5
安心・安全・快適な地域づくり
1
だれもが安心して
暮らせる福祉社会の形成
全ての住民が住み慣れた地域でいきいきと、安
心して暮らせる地域社会を築くことが求められて
います。このため高齢者や障害者の自立生活を支
える地域全体での見守りと、生きがいや健康づく
りのための事業を進めます。
また近年、子供や高齢者に対する虐待のケース
いつまでも健康でくらすための「ふれあいサロン」
が急増しております。この虐待防止に関する早期
発見の取組みと関係機関での連携による支援体制
の充実を図ります。
2
健やかな生活を守る
地域保健・医療の充実
子供たちの健康を守る検診・予防接種
健康は幸せな生活を営む基本です。村では乳幼
きらり かがやく ふるさと のざわ
児検診をはじめとし、住民一般検診、各種がん検
診等を実施するとともに、保健師・栄養士による
保健活動により疾病の早期発見・予防に努めてい
野沢温泉の人達が大好き
ます。また介護保険制度を中心に、医療・福祉・
保健分野の連携を強めながら、介護予防に資する
上倉ゆみ子さん
事業の推進を図り、年々進む高齢化に対応した在
宅生活への支援を行ないます。「要支援・要介護」
私はこの村を出て生活をしたことがなく、周りの事
高齢者には必要なサービスを円滑に利用できるよ
はよく分かりませんが、子供の頃から学校に行く時に
うに、地域ケア体制を充実させるとともに多様化
は「いってらっしゃい」、帰りには「お帰り」とみんな
する利用者のニーズに柔軟に対応する環境づくり
が声をかけてくれる、そして、近所の人が温かくて、
に努めます。
優しくて大好きです。
今後も、健康づくりを基本とした施策を展開し
私も母親となり、子育て中ですので、子供たちが過
ながら、地域保健・医療の充実を図るとともに、
ごしやすく、自然と温泉とスキー場がある素晴らしい
仮に疾病・障害となっても、住み慣れた地域で幸
環境で子育てができることはとても素晴らしいこと思
せに暮らしていけるよう包括的な支援を行ってい
いますので、この環境を子供たちに残して行けたらい
いと思います。
きます。
【ミズバショウ】
【ヤマボウシ】
早春の山中で、この清純な
梅雨のころ、小雨にけむる
花に出会うと感動を覚える
花の白さは出合ったら忘れ
と同時に、疲れをも忘れさ
られない花。
せてくれます。
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3
それぞれの役割と責任を
だれもが安心して暮らせる
果たし、自然環境を充実
福祉社会の形成
循環型社会形成に向け、住民・事業者・行政が
一体となったリサイクル活動を図り、分別収集の
徹底、資源の再利用化など、村民の衛生思想の高
揚を図ってきました。
ダイオキシン対策のため、問題となっている事
分別収集の徹底とごみの減量化を進めます
業所や個人の小型焼却炉の廃止、野焼きの禁止等
を推進するとともに、日常生活で排出されるゴミ
の減量化に村民の協力を求め、生ゴミに対しては
処理機等導入助成や水切りの徹底など減量化を進
めています。
4
安全で住みよい
村民生活を目指して
一人ひとりの防災意識が地域を守ります
年々増加傾向にある交通事故や犯罪に対応する
きらり かがやく ふるさと のざわ
ため、交通安全に関する住民意識の育成を進めな
がら、村の交通安全条例に基づき、地域住民自ら
自主的な交通安全の推進を図る活動を支援してい
「いなか」らしい所が大好き
きます。
また、近年増加傾向にある自然災害(豪雪、豪
富井ちえりさん
雨など)に対応するため、地域防災組織について
も地域住民とともに検討し、安心・安全な住みよ
私は今、長野の中学校に通っています。長野の友達
い村づくりを進めています。
には24時間営業しているお店はあるの?と聞かれます
が、無いことが良いと思います。自然の雄大さもそう
ですが、時間がゆっくり流れているのが、ほっと安心
するのだと思います。田舎の中だけにいると分からな
い事もたくさんあると思いますが、良いことは取り入
れて行って欲しいと思いますが、村にしかできないも
のや、無いものがあると思うので、大切にしていって
欲しいと思います。
地域住民による雪下ろし
【ネジバナ】
【ヤナギラン】
桃紅色の小さな花が、ねじ
れてついています。「モジズ
リ」としても詩歌に詠まれ
ています。
7
美しいピンク色の花を、
下から順々に咲かせるの
で「柳蘭」の和名がありま
す。
個性を生かし地域で育てる
1
暮らしを彩る
生涯学習の形成
村民の誰もが、自らの個性や能力を伸ばし、生
きがいのある充実した人生を送るために、生涯に
わたって学ぶことができるよう、社会教育の中核
機関として公民館を設置し、関係機関・社会教育
関係団体等と連携を図りながら、村民の多様な学
習や創造活動を振興し、人々が温かくふれあい、
やすらぎのある生涯学習社会の実現を図っていき
押し花教室(生涯学習講座)
ます。
2
次世代を支える
創造性に満ちた人間育成
子供たちを心身ともに健全で豊かな感性と創造
性にあふれた人間に育てるため、生涯学習活動と
きらり かがやく ふるさと のざわ
相互連携を図りながら特色ある教育や学校づくり
を目指し、基礎学力の向上と、一人ひとりの個性
をのばし、「生きる力」を育成する総合的な教育
四季折々の食べ物が大好き
と情報教育、国際教育、環境教育、福祉教育など
の時代の変化に対応した教育を推進します。
平田 菜緒さん
きのこや山菜、畑で採れた野菜など、季節ごとにで
きたものをいただくのは、とても嬉しいことです。中
でも、きのこが大好きで、きのこの風味を生かした料
理を作って食べます。今は、子供が小さいのでなかな
かきのこを採りに行けませんが、また行きたいと思っ
ています。観光も大切で開発することも必要だと思い
ますが、自然を活かした村づくりをしていただいて、
村の人が自然の恵みをありがたくいただけるような村
になっていって欲しいと思います。
【オカトラノオ】
【ヤマユリ】
道端で、よく見かける多年
やまゆりは、ゆりの中でも
草で7、8月ごろ白い花をた
王者の風格があります。
くさんつけた花穂が風に揺
れてきれいです。
8
3
21世紀の
だれもが安心して暮らせる
子供たちへの支援
福祉社会の形成
出生率の低下により児童数が減少していること
と、女性の社会進出に伴い育児にかける時間が持
てない状況が生まれて、未満児の入所希望者が増
加しているなど保護者のニーズが多様化してきて
おり、これらのニーズに応えるため低年齢児保育
の拡大や一時保育の実施、開所時間の延長やこば
と・ひばり保育園の統合を行い、保育の充実を図
っています。
平成18年4月に統合された のざわ保育園
4
共に生きる心の醸成
「野沢温泉村差別撤廃人権擁護総合計画」に基
づき、従来の同和問題解決に向けた行動を踏まえ
きらり かがやく ふるさと のざわ
ながら、人権感覚や人権意識の一層の向上を図る
ため同和対策・障害者・高齢者・外国人・女性・
子どもなどの課題に総合的に取組み、人権のむら
野沢温泉の人が好き
づくりに向けて、人権教育の研修・教育・人権教
育指導員体制を充実させ、地域単位の社会教育研
小田切美幸さん
修会を行う他、「人権フェスティバル」「社会人権
教育指導者研修会」を開催しています。
自分が知らない人が気軽に声をかけてくれたり、お
店で仕事をしている時に通りすがっただけでも挨拶し
てくれるのが嬉しいです。仕事を始めてから出会った
地元の人も多いですが、面白い人がたくさんいると思
います。村にずっといるので、一度は出てみたい気も
しますが、いろんな人の話を聞くと地元が一番いいと
聞きます。これからは、若い人がたくさん地元に帰っ
てきてくれるような村になって欲しいと思います。
お互いを尊重しあう人権教育
【ホタルブクロ】
【ヌスビトハギ】
花色は、薄紅紫色が普通で
すが色のない白花もありま
す。
9
道端や日の光がよく差し
込む林に生えかわいい薄
紫色の花をつけます。
活力と魅力あふれる交流拠点
1
風情ある街並みと
潤いのある住環境の形成
2
住民主体の地域づくり
それぞれの地域が持つ自然環境や街並み、歴史
生活環境の変化に対応し、活力と生きがいのあ
や生活習慣などに配慮して、地域性を活かした総
る行政運営を展開するには、村民の主体的かつ積
合的なグランドデザインの形成を図ります。また、
極的な行政参加が不可欠となっています。
緑地の保全と緑化の推進を官民一体となって総合
民意を結集し地域の実情に沿った個性溢れる地
的に実施し、生活の豊かさを実感できるまちづく
域づくりを主体的・自主的に運営するため、住民
りを進めます。
参加と住民意見の
反映のための仕組
みづくりを進める
とともに、街づく
り団体、NPO、
ボランティア等と
のパートナーシッ
まちづくりワーキンググループによる
タウンウォッチング
3
プを構築します。
豊で快適な
生活基盤の整備
地域参加による生活環境整備
きらり かがやく ふるさと のざわ
上信越自動車道の開通に引き続き、北陸新幹線
の整備も着々と進み生活基盤がさらに充実する
野沢温泉の街並みが大好き
中、より効率・効果的な村内道路整備及び維持補
修を推進していきます。
江尻ルリ子さん
上下水道事業では、安心安全なおいしい水の供
麻釜に続く坂道や路地を歩いても、四季折々の風景
給と、下水道加入率100%を目指し、美しく豊か
な自然環境と、快適な生活環境づくりに努めます。
があって絵になる所が素敵だと思います。私は神戸に
住んでいたので、野沢温泉ほど四季の移り変わりがハ
ッキリしていませんでしたので、四季折々に移り変わ
る風景はとても感動的です。特に冬から春に移り変わ
る季節は、雪どけと芽吹き、色とりどりの花が一斉に
咲く感動を味わえてとても贅沢なことだと思います。
自然がたくさんある所なので、自然を大切にして子供
たちが住みやすい村になって欲しいと思います。
終末処理場の回転円板改修
着々と工事が進む北陸新幹線
【ミゾソバ】
【ノコンギク】
山野の湿地や溝などで見ら
気高く清くにおう花、きれ
れ、小川をふさぎ水の流れ
いな野菊うすむらさきよ、
を止めるほどなので「カワ
と歌われ親しまれてきた草
フサギ」とも呼ばれます。
花です。
10
4
地域特性をいかした
だれもが安心して暮らせる
活力ある産業の振興
福祉社会の形成
●安定した農業経営に向けて
他産業との所得格差や高年齢化等から農業従事
者の減少が進んでいます。当村では健康な生活の
●ぬくもりのある観光地づくり
もととなる良質な食料の安定供給を目指すため、
社会情勢の変化や価値観の多様化に伴い、自然
担い手への農業の集積や集落営農システムにより
観察や体験型観光等、観光に対する需要も変化し
農業の振興を図ります。
ています。そこで近隣市町村と連携を取り、通年
また、森林は国土保全や水源かん養等といった
型の滞留・滞在型
重要な役割を果たしていますが、高齢化・後継者
及びリピート型の
不足により森林の手入れが行き届いていない状況
観光地づくりを、
のなか、森林整備計
観光関係者が主役
画に基づき優良材生
となって進められ
産を目指した林業経
る体制づくりを推
営の確立と観光を結
進し、自立した観
びつけた活用を目指
光地を目指します。
していきます。
体験型の新たな観光メニュー
きらり かがやく ふるさと のざわ
●スキー場経営基盤の安定
スキー場経営基盤を安定させるためには、公営
企業によるスキー場経営から脱却し競争力のある
野沢温泉の「温泉」が大好き
組織に作り替える必要がありました。そこでスキ
ー場経営組織、経営形態の見直しを重ねたスキー
品澤 マキさん
場経営検討委員会の提言を受け、地元住民による
いままで、いろんな所に旅行に行って、たくさんの
民営会社により現在経営を行っています。
温泉にも入りましたが、やっぱり野沢温泉の温泉が大
また、スキー場を永続的に存続・発展するため
好きです。
に資産等は村が保有
たびたび温泉健康館にも行きますが、とても気持ち
し、経営部門を民営
よく過ごすことができました。よく知っている所です
会社に委ねる上下分
し、どこに行っても知り合いがたくさんいて、気楽で
離方式で運営し、将
安心できます、そして何より自分が生まれ育ったふる
来的には資産等も民
さとですから。
営会社が保有し経営
今後は観光客が増えて、もっともっと良くなってい
を行うことを目指し
ています。
ってもらいたいと思います。
野沢温泉スキー場
【フジバカマ】
【アキノキリンソウ】
秋の七草の一つとして名前はよ
く知られていますが、実物を手
にすることは少ないものです。
一つ一つの花は筒状で、それを
袴に見立てたのでしょうか。
11
直立した茎の先に、黄色
の頭上花を穂のようにた
くさんつけ、野草の中に
一際美しく咲き誇るこの
花が目を引きます。
簡素で効率的な行政運営
1
行政組織のスリム化と
持続可能な行政運営
●住民と行政の協働による行政運営
年々複雑多様化、専門化する行政需要に対応す
るため、情報公開を進めながら、村民の意向を的
確に把握し、柔軟で合理的な行政運営を進めると
ともに、地域行政を住民自ら決定し、その責任を
自らが負う「自己決定」「自己責任」の行政シス
テムの構築を目指し、住民と行政の協働による村
づくりを推進します。
また、厳しい財政状況の中、行政と住民がそれ
ぞれ担うべき役割を再認識し、行政組織のスリム
化と徹底した経費削減に努め、計画行政による健
全財政を推進し、財政運営の適正化に努めます。
2
住民参加による
まちづくり
●多くの人で支えあう地域社会の創造
野沢温泉村では村づくりを住民と共に進めるた
め、住民公募による「村づくり推進委員会」を組
行政と各地区との懇談会
織し、協働による地域づくりを進めています。ま
た、村民(自治組織)、民間団体、行政の連携と
協働に基づく「地域経営」の視点に立ち、より積
極的な住民参加を促し、一人ひとりが担うべき役
割を認識し「住民自らできる者は自ら行う」こと
を前提に、集落の経営・維持管理について自覚と
自己責任のもと、役割分担を明確にし自助・共
助・公助のもとに多くの人で支えあう地域社会を
目指します。
村づくり推進委員会が中心となったボランティア作業
【マルバマンサク】
【シラネアオイ】
「マンサク」の花が、雪深い
残雪が散見できるころ、薄
野沢の地に春の訪れを告げ
紫色の花は清楚で疲れを癒
てくれます。
してくれます。
12
きらり かがやく ふるさと のざわ
温泉も人もあたたかい村
野沢温泉村の良い所
野沢温泉中 3学年 久保田 健斗
市川小 5年 吉越 春香
僕がこの野沢温泉村に生まれて15年の歳月が経とうとして
野沢温泉村の良い所は、緑が多いと言う事だと思います。
います。野沢温泉村のすばらしさは、やはり自然の豊かさと
都会にはない自然な森。野沢温泉村の一つの特徴だと思いま
人の温かさです。先日、毛無山に登り竹の子を採りました。
す。だからこそ、市川小などの「緑の少年団」が、より一層
途中の展望台から見た野沢温泉の景色はいつ見ても最高だ
緑を増やしていかなければならないと思います。
と思います。いつまでもこの景色が変わらないでいて欲しい
緑を守る活動は、今すぐにでも出来ます。例えば、「たば
と思います。
こをやめる」という事も、緑を守ることのできる第一歩です。
この野沢温泉村で僕のもう一つの好きな所は温泉です。僕
私たちも、緑を守り、緑を育てていきたいです。
は友達とよく外湯に行きます。そこでは、村の方や観光客の
方などいろいろな人とふれあうことが出来ます。
僕たちはまず出会った方にあいさつをするようにしていま
す。そうすると、相手の方もあいさつを返してくれます。そ
こからいろいろな話題へと発展していきます。
大好き市川小
村の方と話をすると、温泉の歴史やスキーの歴史など熱く
語ってくださいます。また、郷土の民話や伝統なども熱心に
話してくださいます。
市川小 6年 関口 智也
そして、観光客の方は野沢温泉の事について聞いたり、自
分の住んでいる所の話をしたりしてくださいます。僕にとっ
ぼくは、市川小学校が大好きです。特に、季節の行事が大
て外湯はたくさんの方と知り合い、知識をさらに広める場に
好きです。春は、全校が集まって食べるお花見給食があり、
なっています。
夏は、地域の人たちが参加してくれる運動会。秋は、みんな
僕は自然の豊かさと温泉や人の温かさこそ野沢温泉の宝だ
が楽しみにしている全校キャンプ。冬は、たくさんの雪での
と思います。
クロスやスキー教室などの楽しい行事があります。
それと、もうなくなってしまいましたが、こばと保育園の
園児たちと放課後あそんだときもありました。
でも、残念なことに市川小学校が統合してしまうそうです。
ぼくは、市川小学校がなくなったら子どもたちの遊び場など
野沢温泉のあたたかな人々
に利用すればいいと思います。そうすれば、子どもたちが休
みの日に遊びに行けると思います。市川小学校のグランドは
野沢温泉小 6年 富井えみり
桜の木が多いので、花見会場も出来ると思います。ひよこ山
の斜面をソリで滑るのも楽しいです。
私はこの村にしか住んだことがないので、村の好きな所と
ぼくの大好きな市川小学校がなくなってしまっても、子ど
いってもあまり実感がありませんが、他の市や町とは明らか
もや地域の方々の役に立つ場所として残していきたいです。
に違っている事があります。
一つは、村のあちこちにたくさんの温泉が湧いていて自由
に入れることです。そこでは、私の知らないおばさん達が、
なぜか私の事を知っています。これは、学校の登下校の時に
もあります。知らないおじさん、おばさんが挨拶してくれま
もっと市川地区を知りたい
すし、話しかけてきます。学校では、知らない人と話しては
いけない、と教えますが、私が知らなくても、向こうのおば
チビタン2 米持 翔
さん達は知っているようです。私はこんな風にいつも私たち
の事を気付いてくれている大人、何かいつも守られているよ
ぼくは、市川小学校がずーっと好きです。ぼくの夢がある
うなこの村のおじさん、おばさんが大好きです。
二つ目は、思う存分スキーが出来る事です。私達はリフト
からです。ぼくたちが3年生の時にトウモロコシを売って校
の搭乗券を使いいつでもスキーやスノボが出来ます。こんな
歌を作った人に会いに行くためです。その夢は、まだ実現し
事は他の町ではめったにあり得ません。
ていません。ぼくの夢のもとになっている物は、自分たちで
三つ目は、村中の子供からお年寄りまで、お祭りが大好き
学校を作っていくと言う気持ちです。来年の4月に新しい学
な事です。季節ごとにお祭りがあって、大人は仕事そっちの
校に行くまでにやりたい事があります。それは、校歌の歌詞
けでお祭りに命をかけています。
の意味を調べたり、校歌を作った人の事を調べたりして市川
地区の事をもっと知りたいです。その事が自分たちで学校を
私はそんな大人を見て、この村が大好きな大人になるだろ
作る事につながって行きます。
うと思います。
13
昭和31年
昭和30年頃
スノーセット(前坂)
昭和31年
9月30日 野沢温泉村発足
11月
新村建設5カ年計画策定
昭和32年
9月
新農村建設事業指定
七ヶ巻線バス運行開始
昭和33年
4月 1日 国民健康保険事業開始
12月22日 前坂簡易水道完成
昭和34年
9月25∼27日 伊勢湾台風
11月28日 有線放送施設事業開始
12月 8日 市川小中学校改築
昭和35年
9月
10月
東大滝簡易水道完成
新農村建設事業完成
昭和36年
7月
公共下水道終末処理場事業着手
9月16日 第2室戸台風
11月
平林へき地保育所開設
昭和37年
4月
12月
昭和38年
10月
11月
12月
12月
12月
12月25日
へき地出張診療所設置
虫生へき地保育所開設
公共下水道供用開始
昭和39年
5月29日
7月
8月
11月19日
12月
村章制定
上ノ平キャンプ場開設
野沢温泉村村史編纂事業着手
全村水道完成祝賀会
国設スキー場開設
昭和40年
3月31日
7月10日
10月
10月
11月
12月
上ノ平温水溜池完成
市川小中学校プール完成
上ノ平スキーセンター完成
上ノ平草地造成改良事業完成
公共下水道終末処理場完成
スキーリフト第8施設完成
昭和41年
2月5∼7日
2月
5月
9月10日
12月
第1回スキー祭り
野沢温泉中学校札幌オリンピック強化指定校
上ノ平牧場開設
野沢温泉村合併10周年記念式典
スキーリフト第9施設完成
昭和42年
8月
8月 8日
10月
12月 8日
12月
12月
山村振興事業地域指定
野沢温泉小中学校プール完成
長坂スキー場ナイター設備工事完成
市川小中学校寄宿舎完成
従業員宿舎完成
七ヶ巻スキー場開設(昭和57年閉鎖)
昭和43年
4月
全国町村会長表彰受賞
6月19日 明治100年記念植樹祭
7月
上ノ平キャンプ場開設
豪雪地帯対策特別措置法に基づく豪雪地帯に指定
ひばり保育所開設
スキーリフト第5、第6、第7施設完成
長坂スキー場並びに長坂センター開設
平林、虫生簡易水道完成
スキーリフト経営村移還
昭和44年
11月16日 野沢温泉ソング新作発表
11月30日 こばと保育園完成(昭和45年4月から常設保育園)
11月
七ヶ巻簡易水道完成
昭和30年頃の前坂地区
昭和39年 村章決定
昭和41年 野沢温泉村合併10周年祝賀式
小学校の様子(昭和30年代)
昭和40年 市川小中学校プール完成
昭和42年 七ヶ巻スキー場開設
14
∼56年
12月
12月
12月
昭和47年
有線放送自動化
野沢温泉村営中型ジャンプ台(40m)完成
上ノ平休憩舎完成
スキーリフト第11、12,13施設完成
昭和45年
3月
6月
8月
11月 2日
塵芥焼却場完成
奥志賀スーパー林道工事着手
上ノ平高原保健休養地分譲開始
市川小中学校体育館完成
昭和46年
2月 7日
3月
8月
11月
12月
サンアントン村と姉妹村提携調印式
第1回シュナイダー杯争奪アルペン競技大会
野沢温泉村70m級ジャンプ台完成
村営南原運動場完成
向林、柄沢スキー場開設
昭和47年
9月30日
10月15日
11月17日
12月16日
市川支所閉所
村営体育館、公民館完成
地域農村青少年集会所完成
市川地区冬期行政連絡自動車運行開始
昭和48年
6月
10月 1日
11月
11月 3日
11月14日
第2期山村振興計画地域指定
岳北広域消防野沢分署発足
有線放送自動化工事完成
第1回村功労者表彰式挙行
住民健康管理事業開始
7月
海と山の子交流始まる
7月 2日 第33回国民体育大会冬季スキー競技会開催決定
昭和51年
1月23日
3月
11月 2日
11月 2日
12月 4日
五一豪雪対策本部設置(最大積雪297cm、2月7日)
ジャンプハウス、距離ゴールハウス完成
野沢温泉村合併20周年記念式典
村花(菜の花)
、村民憲章制定
野沢温泉スキー資料館開館
昭和52年
6月
同和地区環境改善事業着手
10月12日 奥志賀林道開通
11月16日 市川橋完成
昭和53年
2月19∼22日 第33回国民体育大会冬季スキー競技会開催
8月19日 第1回野沢温泉サマージャンプ大会開催
9月25日 つつじ山霊園完成
昭和54年
10月 1日 公共下水道終末処理場共用開始(通水式24日)
12月 3日 長坂ゴンドラリフト運行開始
昭和55年
4月 1日
5月18日
7月
12月20日
昭和49年
3月30日 野沢温泉村史発刊
7月
福祉センター開所(温泉寺を借用)
(除幕式)
12月 8日 ハンネス・シュナイダー胸像完成
昭和50年
第2次林業構造改善事業指定
2月 1日 岳北広域行政組合発足(保健衛生施設
組合と広域消防事務組合を統合)
統合野沢温泉中学校開校(竣工式11月1日)
南原テニスコートオープン
第3期山村振興計画地域指定
学校給食センター・野沢温泉小学校体
育館完成(業務開始1月12日)
昭和56年
1月
3月 6日
4月17日
11月18日
12月 1日
新林業構造改善地域に指定
五六豪雪対策本部設置(最大積雪305cm、1月22日)
長期振興総合計画(基本構想)策定
地域経済振興対策推進地域に指定
明石洞門完成
明石積雪観測所設置
昭和47年 野沢温泉村体育館・公民館完成
昭和52年 市川橋完成
昭和55年 統合野沢温泉中学校開校
昭和51年 日本スキー資料館開館
昭和53年 第33回国民体育大会開催
昭和56年 明石洞門完成
15
昭和57年
昭和58年
村営バス運行開始(七ヶ巻線)
昭和57年
4月28日
9月 1日
11月2・3日
12月21日
昭和61年
3月21∼27日
6月
11月24日
11月18日
11月18日
千曲川にサケの放流開始(昭和61年4月まで)
初の婦人消防隊結成(坪山9/1・七ヶ巻12/1)
第1回野沢莱まつり開催
ひばり保育園完成(翌年1月10日開園)
昭和58年
3月18日 下水道終末処理場汚泥コンポスト化施設
完成
8月 1日 七ヶ巻線を村営バスで運行開始(廃止路線代替)
9月28・29日 台風10号による被害続出
昭和58∼59年 岡ノ峰遺跡発掘調査
昭和62年
3月 1日
5月19日
6月18日
7月17日
8月23日
昭和59年
2月 9日 豪雪で災害救助法適用(最大積雪344cm、
3月1日/明石観測所505cm、2月19日)
3月20日 クアハウスのざわ、ふるさとセンター完成
(4月27日開館)
11月21日 国道117号市川バイパス(坪山・平林間)
一部供用開始
12月 2日 日影ゴンドラリフト完成
8月26日
10月31日
11月20日
12月 1日
昭和59年 日影ゴンドラリフト完成
戸狩野沢温泉駅誕生
つつじ山霊園墓地完成
野沢温泉ふるさと会設立(交流会開催)
やまびこスポーツ公園開設
第1回国際スキー連盟(FIS)公認
サマージャンプ大会開催
野沢温泉のシンボルマーク決定
ローラースキーコース新設
野沢温泉村自治大臣表彰を受賞
国道117号バイパス矢垂大橋完成
昭和63年
5月 8日 第1回菜の花健康マラソン全国大会開催
11月 1日 役場庁舎・保健センター完成
(業務開始11月7日)、旧庁舎解体(12/1)
11月24日 飯山野沢温泉線関沢バイパス開通
12月20日 市川小学校全面改築完成
(授業開始12/26)
(竣工式H1 1/13)
昭和60年
3月27日 岳北クリーンセンター(竣工式)
7月 1日 越後湯沢定期急行バス運行
7月17日 野沢温泉小学校完成(授業開始7/22)
(竣工式11/19)
10月31日 北ノ入競技専用コース
(カンダハーコース)開設
11月30日 下水内、下高井地方事務所を統合し、
北信地方事務所と決定
昭和59年 温泉健康館クアハウスのざわ完成
サンアントン村長ほかチロル州訪日団来村
同和対策墓地移転事業完了
野沢温泉中学校プール完成
70m級オールシーズン野沢温泉シャンツェ完成
合併30周年記念式典
平成元年
4月 1日 北信合同庁舎完成(業務開始)
8月 2日 第1回婦人模擬議会開催
11月
40m級ジャンプ台全面改修及び
ジャッジハウス改修完成
12月27日 ふるさと創生事業「村民連帯のチャイム」完成
昭和60年 岳北クリーンセンター稼動
平成60年 野沢温泉小学校完成
16
昭和61年
オールシーズンシャンツェ完成
昭和63年 市川小学校全面改築完成
∼平成8年
平成2年
1月
1月31日
4月 1日
4月 1日
7月10日
10月 1日
12月 1日
平成3年
1月18日
4月16日
5月27日
6月16日
7月
11月 1日
12月31日
平成6年
動く歩道「遊ロード」完成
12月16日 日影ゲレンデ整備(ふるさと憩いの館、食堂街改築)
室内ゲートボール場(平林)完成
第15回インタースキー招致を議会で議決
養護老人ホーム『千曲荘』竣工
スキー選手強化育成事業開始
大湯坂手づくり郷土賞受賞
おぼろ月夜の館竣工(一般公開10/2∼)
長坂ゴンドラリフト(12人乗り)完成
第15回インタースキー野沢温泉村で開催決定
福祉センター完成
岡本太郎氏、名誉村民第1号
1998年冬季オリンピック開催地長野に決まる
財団法人野沢温泉村振興公社設立
上ノ平地区公共下水道供用開始
こばと保育園完成
(竣工式:平成4年1月16日)
平成4年
2月
アルベールビル冬季オリンピック大会
(河野孝典選手コンバインド団体金メダル)
2月5∼7日 第29回全国中学校スキー大会開催
9月10日 道祖神祭りが県無形民俗文化財に指定される
12月
第15回インタースキー野沢温泉大会
組織委員会(1日)、実行委員会設立(22日)
信州博覧会開催
戦後最悪といわれる冷害
11月10日 野沢温泉アリーナ、国際会議場竣工(オープン11日)
12月
豊郷砂防ダム完成
12月13日 道祖神祭り国の重要無形民俗文化財に指定
平成3年 こばと保育園完成
5月
11月
11月21日
11月30日
12月 1日
12月 3日
12月12日
リレハンメルオリンピック(河野孝典
選手コンバインド団体金メダル、個人
銀メダル、西方仁也選手ジャンプラー
ジヒル団体銀メダル)
'98長野冬季オリンピックバイアスロン
競技会場に正式決定
七ヶ巻に「モーターランド野沢」オープン
奥山堰完成(スバ∼莫沢)
虫生活性化センター完成
国道117号市川バイパス全線開通
CATV「テレビ菜の花」開局
動く歩道「遊ロード」(竣工式)
外湯「大湯」建て替え
平成7年
1月17日
1月22∼27日
4月28日
8月 1日
阪神淡路大震災
第15回インタースキー野沢温泉大会開催
ちびっこスポーツ広場完成
「ゴルフパーク遊」のパターゴルフコースオープン
2月 5日
平成8年
1月 7日
3月16・17日
7月31日
11月
平成5年
7月
平成2年 おぼろ月夜の館完成
平成6年
2月
名誉村民、岡本太郎氏逝去
第1回国際スキー技術選手権大会開催
「ゴルフパーク遊」のショートコースオープン
七ヶ巻、東大滝農業集落排水施設供用開始
(全村下水道完成)
11月 1日 村木(ぶな)制定
11月 1日 野沢温泉村40周年記念・全村下水道完成記念式典
12月 2日 バイアスロン会場完成
平成5年 野沢温泉アリーナ
(屋内レジャープール、国際会議場)完成
平成6年 CATV「テレビ菜の花」完成
17
平成6年 虫生活性化センター完成
平成7年 第15回インタースキー野沢温泉大会開催
近代10年のあゆみ
平成9年
1月30日 議員定数削減(法定数16名→14名)
2月26日 御宿町との姉妹都市提携(調印式)
11月22日 自動改札システム導入(スキー場)
平成10年
1月∼4月
2月7∼22日
3月5∼14日
3月26日
野沢温泉スキー場75周年記念事業
第18回オリンピック冬季競技大会開催
第7回パラリンピック冬季競技大会開催
特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、
老人福祉住宅(竣工式)4/1業務開始
11月 7日 天ケ沢イベント広場整備事業(竣工式)
11月12日 国土庁長官表彰(行政と住民が一体と
なった地域づくり)
平成10年 長野冬季オリンピック開催(バイアスロン競技会場)
平成11年
4月 1日 野沢温泉村生涯学習基本構想策定
6月22日 ベスト・オブ・ザ・クラシック・
マウンテン・リゾート(Mt・6)設立
8月16日 8.16集中豪雨災害
平成12年
2月 8日
4月 1日
4月 1日
7月10日
9月 6日
H12年∼16年度
平成10年 パラリンピック開催
FISワールドカップ コンバインド大会
北信広域連合の設立
介護保険制度施行
野沢温泉小学校グラウンド整備事業
東大滝「山女魚の里交流施設」整備事業
中山間地域農業直接支払事業
平成13年
8月 5日 野沢温泉村において長野県ポンプ操法
・ラッパ吹奏大会開催
12月 1日 森林組合の広域合併
平成14年
3月31日 長野電鉄木島線廃止
4月 1日 湯の花号バス運行開始
4月26日 観光施設事業経営健全化研究会発足
(スキー場健全経営化に向けた研究会)
9月30日 戸籍事務電算化開始
11月 6日 観光施設事業経営健全化研究会
「研究成果報告書」を村長に提出
平成11年 8・16豪雨災害発生
平成15年
1月22日 のざわな蕪四季會社 H14年度地域づく
り総務大臣表彰「活力あるまちづくり部門」
受賞
2月 6日 飯山市・木島平村・野沢温泉村合併問題
研究会設立
4月 1日 プラスチック製容器・包装分別収集開始
4月 1日 村消防団3分団制に再編成
8月10日 野沢温泉スキー場経営検討委員会 設置
平成16年
2月2∼29日 飯山市・木島平村・野沢温泉村合併問題
研究会最終報告・懇談会(村内全地区)
3月26日 飯山市・木島平村・野沢温泉村合併問題研究会 解散
平成14年 湯の花号運行開始(野沢温泉∼戸狩野沢温泉駅)
18
(H9∼H18)
4月 7日 飯山市・野沢温泉村合併研究会設置
4月29日 温泉健康館クアハウスのざわ運営民営化
5月10∼22日 飯山市・野沢温泉村合併研究会
地区説明会(村内全地区)
5月25・26日 飯山市との合併についてアンケート調査
(18歳以上の全村民)
6月21日 構造改革特区「湯の郷・野沢温泉どぶろく
特区」認定
6月23日 野沢温泉村の合併について意思を問う
住民投票条例制定
7月 7日 飯山市・野沢温泉村合併協議会設置
7月22日 自律検討委員会・合併推進検討委員会設置
8月 4日 野沢温泉スキー場経営検討委員会 提言書提出
8月30日 スキー場経営会社設立準備会 設置
10月23日 新潟県中越地震
(小千谷市で震度6、当村は震度4)
10月25日∼11月4日
中越地震被災地へボランティア派遣、被災者受入
11月10日 「自律提言書」村長へ提出
11月11日 合併推進検討委員会活動報告書提出
12月6∼17日 飯山市・野沢温泉村合併協議会及び
自律検討委員会 住民説明会
12月26日 野沢温泉村の合併の意思を問う住民投票
(投票率86.93%)
(賛成1,446票、反対1,735票)
平成17年
1月 4日 臨時村議会(飯山市・野沢温泉村合併
協議会廃止議案可決)
1月14日 飯山市・野沢温泉村合併協議会解散
1月19日 村議会臨時会でa橋村長辞職を可決
2月26日∼3月5日
2005スペシャルオリンピックス開催
5月31日 第1回地域創生会議開催
8月16日 集中豪雨災害
(1時間最大44ミリ、24時間162ミリ)
8月27・28日 G Downhill Marathon NOZAWA大会
開催(日本初)
9月26日 村と㈱野沢温泉、スキー場運営業務協定書調印
11月 9日 あつまれ稲城っ子!野沢温泉塾調印
12月 1日 地域創生会議「中間提言書」提出
平成18年
1月 4日 平成18年豪雪対策本部設置
1月 7日 長野県知事、副知事等豪雪状況視察、
災害救助法の適用を申請
1月12日 野沢温泉観測所331cm、明石観測所460cm
4月 1日 ひばり・こばと保育園を統合し、
のざわ保育園に改名
4月23日 「健康づくりの村」宣言
5月13・14日 第1回野沢温泉菜の花パノラママーチ開催
5月27日 北信州植樹祭
6月 9日 小学校統合実行委員会を設置
8月16日 村制50周年記念ラジオ体操・みんなの
体操会開催
11月 1日 村制50周年記念式典
平成16年 近隣市村との合併協議会解散(住民投票により)
平成16年 新潟中越地震発生、被災地への支援活動実施
平成17年 住民による新会社へスキー場管理運営を移管
平成17年 スペシャルオリンピックス開催
平成18年 村制50周年NHK夏期巡回ラジオ体操開催
19
1998長野冬季オリンピック
・パラリンピック開催
冬季オリンピック
バイアスロン開催
1998年に開催された、長野冬季オリンピック
において、野沢温泉村はバイアスロン競技会場と
して男女合わせて6種目が行われ、村民をはじめ
多くのスタッフやボランティアによって大会運営
が行われました。
オリンピック競技とはいえ、バイアスロン競技
は銃を使用するため日本では馴染みがなく、戸惑
また、村内の全20地区が飲食物の提供や、伝統芸
いと不安がありましたが、大会
能の披露、雪像・かまくらなど、それぞれ工夫し
運営は長年培われた競技スキー
た一品を出してもらう一区一品運動が行われ、大
の経験とノウハウにより、スム
会を盛り上げ、訪れた観客からも大変好評でした。
ーズな大会運営が行われました。
オリンピックは私たちに大きな感動とたくさんの
思い出を残してくれました。
パラリンピック
冬季競技会開催
開催期間 :1998年2月7∼22日
観客動員数:33,475人
きらり かがやく ふるさと のざわ
オリンピックと同年に開催された、パラリンピ
ックでは、障害を乗り越え競技に打ち込む姿は私
たちに勇気と感動を与えてくれました。
村に暮らす人の人柄が好きです
また、東京都代々木公園陸上運動場で当村の道
祖神まつり方式によるパラリンピックでの聖火採
火式が行われ、開閉会式場の長野市エムウェーブ
富井 聖さん
前には、道祖神の社殿が聖火台として建てられ、
大会期間中聖火を灯し続けました。
私はベットタウンに住んでいたので、野沢温泉村に
来て、誰もが「知り合い」ということに驚きました。
開催期間:1998年3月5∼14日
また、始めてきた私にも、ここに暮らす人と同じよう
に温かく接してくれたことがとても嬉しかった事を覚
えています。以前は、時々重く感じてしまうこともあ
りましたが、その人間味こそ大切なのだと思うように
なりました。この先も、私が初めて野沢温泉に来た時
のようなやさしい人柄であふれた村であって欲しいと
思います。
【フクジュソウ】
【フキ・フキノトウ】
日が出ると開き、日がはい
ちょっと見ただけでは見過
ると閉じ、曇りの日は開こ
ごしそうですが、雄のホウ
うか、開くまいか迷った様
キントと雌のホウキントが
子がうかがえます。
あるんです。
20
FISワールドカップ
・スペシャルオリンピックス開催
FISワールドカップ
コンバインド開催
2000年2月8日に開催された、FISワールドカ
ップノルディックコンバインド野沢温泉大会に
は、10カ国48名の選手が参加し熱戦を繰り広げ、
当村からも3人の選手が出場しました。
大会は、1日でジャンプとクロスカントリーを競
い勝者を決めるスプリ
ント形式で行われ、日
本での初開催となりま
した。
スペシャルオリンピックス
開催
当村で行われた3つ目のオリンピックとなるス
きらり かがやく ふるさと のざわ
ペシャルオリンピックスは2005年に開催されま
した。3つのオリンピック開催は世界でも初めて
であり、小さな村での開催は村民に大きな自信と
野沢温泉のお祭りが大好き
感動を与えてくれました。
“Let’s
Celebrate Together!”(皆で集い、
河野 悦代さん
共に楽しもう!)をテーマにスノーシューイング
競技の他にスペシャルオリンピックスタウンが設
道祖神、秋祭り、盆踊りはじっとしていられません。
けられ、地域の人たちとの交流も行われました。
お祭りは、ここに住んでいる人も村外に住む人もみん
開催期間:2005年2月25日∼3月4日
なが一つになってわくわくすることができます。そし
て、何より元気なふるさとを感じる事ができるので、
お祭りが大好きです。
野沢温泉はお祭りが原点にあ
るのだと思います。道祖神まつりの唄にもあるように、
「サアてば友達良いもんだ」を原点に、村民が一つにな
って、小さなことからひとつひとつできる事をやって
いけたら素晴らしいと思います。
【カタクリ】
【タニウツギ】
万葉の昔から美しい花とし
5月下旬から6月にかけて、
て親しまれ、赤紫の花は野
ピンク色に咲き競い初夏を
草とは思えない美しさをも
告げる花
っています。
21
野沢温泉スキー場を民営化
昭和38年12月、地元スキークラブの手で経営
スキー場民営化への経緯
されていたスキーリフトが村に移管され、名実と
平成14年 4月 野沢温泉村観光施設事業
もに村営スキー場となってから43年、幾多の困難
経営健全化研究会設置
を乗り越えお客様に支えられて、全国一の村営ス
平成15年 8月 野沢温泉スキー場経営検討会設置
キー場として発展を続けてきました。しかし、平
平成16年 8月 経営検討会から7項目の提携受理
成3年度をピークに収益の減少が続き、平成9年
8月 スキー場経営会社設立準備会設置
度からは単年度赤字となる中、平成12年度からス
12月 野沢温泉スキー場民営化
キー場のありかたについて検討を重ね、平成16年
基本構想プロジェクト会議
8月に民営化に向けての基本となる提言を受け、
スキー場民営化に向けた検討を進めてきました。
平成17年 4月 スキー場民営会社設立会議
6月 民営会社設立発起人会
大きな時代の変化に対応し、スピーディーで効
7月 株式会社野沢温泉設立
率的なスキー場経営と、村民による、村民のため
10月 スキー場の運営管理開始
のスキー場経営を目指し、平成17年7月に「株式
会社 野沢温泉」を設立し、同年10月1日から指
定管理者制度により株式会社野沢温泉がスキー場
の運営管理を開始しました。
きらり かがやく ふるさと のざわ
村人は野沢温泉の大きな財産
河野 博明さん
野沢温泉スキー場は、多くの村民の努力によって大
きな発展を遂げたのだと思う。時代に対応するために
は、時代にあった変化が必要だが、老舗スキー場には、
日本のスキー文化が育ってきた歴史がある。また、野
沢温泉は地域文化や自然、歴史だけでなく、それを守
り、育ててきた村人を含めて大きな財産だと思う。ウ
インタースポーツだけではなく、四季を通じた野沢温
泉の体制作りを村民と共に一丸となってスキー場の建
て直しをすれば、必ず大きな成果を上げることができ
ると信じている。
野沢温泉スキー場全景
●
塩煮いも
●
●
竹の子汁
小芋をいかした知恵料理。
春を代表する家庭料理。こ
畑で収穫したじゃがいもの中
の地域ではさばの水煮缶と根
で、小さすぎる小芋を使いま
曲がり竹(チシマザサ)、た
す。塩茹でして砂糖と醤油で
まねぎでお味噌汁を作りま
煮込むだけのシンプルな料理
す。竹の子をそのまま焼いて、
ですが、ほのぼのとしたふる
味噌やマヨネーズを付けて食
さとを感じさせます。
べても最高!
22
●
野沢菜発祥250年
◆京都や大阪は昔から日本文化の中心と言われて
◆野沢温泉観光協会では、野沢菜を愛するお客様
きましたが、野菜についても優良品種がいくつか
と村民がシャレとユーモアで楽しみながら、交流
あります。例えば京菜、千匡菜、すぐき菜、聖護院
する「のざわな蕪四季会社」を設立し、蕪券や季
大根、九条ねぎ、天王寺蕪など。野沢菜はこの天王
刊誌「蕪四季思情」の発行、交流イベント「蕪主
寺蕪がルーツといわれています。
総会」などを行っています。
◆全国に知られる野沢菜漬はその名が示すとお
り、ここ野沢温泉が本場。発祥の地です。今から
250年前、宝歴6年(1756年)に健命寺八代住職晃天
園瑞大和尚が京へ遊学の折、天王寺蕪の種を持ち
帰り蒔いたとこ
ろ、葉柄・茎丈が
大きく成長。南国
育ちの蕪が野沢温
泉の気候や地味に
のざわな蕪四季會社 蕪主総会
よって変化してで
きらり かがやく ふるさと のざわ
きたのが野沢菜の
発祥と伝えられて
春には菜の花(野沢菜の花)が
咲き乱れる健命寺
います。
野沢温泉の郷土料理が
大好きです
◆平成18年には、野沢菜発祥250年を記念し、毎
年11月1日を「野沢菜の日」として定め、野沢菜
岸 朋子さん
発祥の地として、野沢菜の素晴らしさ、美味しさ
私は、すぐ近くの小布施町に住んでいましたが、イ
をできるだけ大勢の方に知っていただきたいと願
モナマスも知りませんでしたし、ゼンマイも水煮しか
っています。
知りませんでした。初めてイモナマスを食べたときは
「大根のなます」なのかしら?と思いましたが、ジャガ
イモと聞いてびっくりしました。でも地域のみなさん
と、お祝いの席などで作る地域の味にとってもひかれ
ています。
今は、子供達が私の料理の味見役です。子供達には
いつの間にか「郷土の味覚」が育っているのですね。
野沢菜の漬け込み
●
野沢菜漬け
●
●
いもなます
今や信州の郷土料理の代名
何度作っても納得の味は難
詞ともなった「野沢菜」は野
しい料理。じゃがいもとは思
沢温泉村が発祥の地。11月上
えない味とシャキシャキした
旬に収穫され、各家に代々伝
食感が特徴です。古くから受
わる漬け方で漬け込まれ、12
け継がれている郷土料理で、
月中旬から2月頃までが食べ
冠婚葬祭やお正月料理には欠
ごろ。
かせません。
23
●
地域の文化財
1
明石のエノキ
2
同種の落葉樹で村内一の古樹。
推定樹齢300年、高さ15m、目
通り周囲415cm。樹葉の茂りが
豊かで、かつて谷筋の道を行く
旅人が涼を求めたと思われる。
3
観音堂のアカマツ
5
丸石積(マルイシヅミ)
清道寺のシダレザクラ
8
西浦城跡(ニシウラジョウセキ)
平林の千曲川の岸壁に沿って、
空堀りをもった面積300坪位の城
跡。別名市川城。鎌倉時代より
近世初頭まで、志久見郷を支配
した市河氏系列の平林氏の城跡。
11
野沢温泉の道祖神祭り
平林のナラガシワ
従来カシワと呼ばれていたよ
うだが、葉柄がカシワより長い
のでナラガシワと判定。推定樹
齢250年、高さ20m、目通り周
囲328cmのまれに見る巨木。
10
岡ノ峰遺跡(オカノミネイセキ)
縄文時代中期の竪穴式住居跡
で、およそ3千年前のものと言
われ、現在一棟を復元し往古の
人達の生活ぶりを思い起こす資
料としている。
12
毎年正月15日に行われる壮大
な火祭り。高さ18mに及ぶ5本
のブナの木を立て、巨大な「道祖
神の社殿」が築かれます。豪壮な
社殿をめぐる攻防は勇壮。(国指定)
13
館城土塁(タテジロドルイ)
南北朝時代にこの一帯を治め
ていた平林氏の住居地(当時は館
と呼んでいた)を敵から守るため
に築いた土塁跡。現在は国中平
(くぬちむけ)神社となっている。
清道寺のものは平林の関口氏
が中野市田上の寺から持ち帰っ
て移植したと伝えられている。
高さ14m、目通り周囲365cmで
この種の樹木としては村内第一。
9
矢垂十二社大明神の
雌株のイチョウ
村内第一の雌株の巨木。高さ
23.5m、目通り周囲455cm。雄
株に対し、雌株の方が毎年の結
実のため、幹囲等の成長は遅い。
6
文化9年平林村に生まれた丸山
忠衛門が考案した石積工法。外
石面を丸みを帯びさせ、優美さ
と堅牢さを兼ね備えている。東
京品川砲台の台場建設にも参加。
7
虫生の県道沿いにある高さ
21m、目通り周囲315cmの古樹。
古来より日本民族が利用してき
た代表的な繊維植物。古代の人
達の生活を知る貴重な記念木。
4
矢垂大橋右手の土手にある観
音堂のそばにあるアカマツで、
この種の樹木としては村内第一
の巨木。推定樹齢300年、高さ
21m、目通り周囲415cm。
虫生のオオバボダイジュ
つつじ山百番観音
温泉街の北側、ヤマツツジに
覆われた小高い山。山麓から山
頂に向かう歩道脇には西国、坂
東、秩父霊場になぞられた百体
の観音様がまつられている。
麻釜(オガマ)
14
その昔、麻、からむしなどを
茹でたことからこの名が付いた
と考えられる。90度を超える熱
湯が湧出。住民は野菜や山菜な
どを茹でる場として活用している。
24
湯沢神社の大杉
温泉街近くの湯沢神社にある
大杉で推定樹齢300年以上、高
さ38.5m、目通り周囲535㎝。一
直線に高く伸び、太くしっかり立
つこの木は、神の心の象徴のよう。
15
湯沢神社本殿
16
本殿は覆屋の中にあり18世紀
前期、作風から宝永年間の越後の
工匠のものと推定される。一間社
流造りという型で軸部は欅材漆塗
り、周囲には色彩された彫刻。
17
湯沢神社の灯籠連れ
12種類、100本を越える灯籠
が列をなし、ロウソクに火を灯し
て村内を練り歩く様は盛観。要所
要所で天狗舞、獅子舞、三十六歌
仙舞などが勇壮華麗に行われる。
銅造阿弥陀如来立像
善光寺仏の独尊像で完形仏とし
て貴重。堂々とした姿から当時の
武士社会の思潮がうかがえる。以
前は薬師堂に安置されていたため
「お薬師さん」と呼んでいる。
25
野沢温泉村文化財マップ
地域に伝わる道祖神まつり
生(前虫生、上向、下向、品沢)、七ヶ巻、東大滝、
明石の各地区で道祖神祭りが行われていました。い
つ始まったかは定かではありませんが、各地の道祖
神碑に刻まれている年号から江戸時代後期にはすで
に各地で盛大に行われていたことが推察できます。
第二次世界大戦で中断しましたが戦後それぞれ復活
しました。近年人口減少、生活環境の変化により、
規模が縮小されたり、中止されたものもあります。
●野沢温泉村の道祖神祭り
道祖神は「ドウロクジン」、「サエノカミ」などとも
呼ばれ、主に村境や辻において災厄の侵入を防ぐ神
とされ、ほぼ全国に広く祀られている民間信仰の神
で、石像などを刻んで村境などに祀り、この祭りと
して小正月に火祭りが行われています。野沢温泉村
でも野沢、中尾、前坂、重地原、坪山、平林(下手
組、上町組と中町組、真町組、久保組)、矢垂、虫
1 野沢温泉道祖神まつり
②坪山のドウロク神
④虫生の道祖神
③平林のドウロクジン
(真町組)
⑤七ヶ巻のドウロク神
③平林のドウロクジン
(上・仲町組)
⑥東大滝のドウロク神
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下根の道祖神
天保10年建立
中尾の道祖神
天保15年建立
真町組の道祖神
建立:不明
上・仲町組の道祖神 建立:不明
村制50周年に寄せて
私達の手で「明日の野沢温泉村」を
野沢温泉村長
河野 幹男
戦争の傷がまだ残る昭和31年、当時の野沢温泉村
温泉村という地域、そして自分達を存続させること
と市川村の合併により「新・野沢温泉村」が発足し
は出来ない、との決意を固めました。その力の源は
て50年を迎えました。
私達が育てられ、また育てて来た、この地域の文化
この間、日本の経済成長とともに、スキーと温泉
(生き方)であり、その文化に対する誇りです。「豊
を中心とした観光産業の振興によって、村の社会資
かな田園・自然環境」も今後も自動的に存続するわ
本の充実にも大きな恩恵を受けて来ました。
けではありません。地域も自然も、私達が強い意思
しかし、世の中の動きはまことに目まぐるしく、
を持って守り育てなければ存続はしません。
いつの間にか野沢温泉村が得意でいられる時代は過
激動に感じるこの50年も、その前の50年を思え
ぎていました。
ば奇跡的とも言える平穏な時代でした。厳しい時代
国の大きな方針によって、野沢温泉村においても
を生き抜いた先輩たちによってこれまでに育てられ
合併をめぐっての「住民投票」という初めての経験
た野沢温泉村を、一人前にして次の世代に渡すこと
も経ながら、大きな論議が繰り広げられました。こ
が今の時代に生きる我々の責務です。美辞麗句では
の論争の中から私達は、苦しさはあっても自分達で
なく、本気になって「明日の野沢温泉村」を創る、
この時代を切り抜ける力を持たなければ、今後もあ
今がその時です。
りうるであろう大きな歴史の流れに抗してこの野沢
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27
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村木〈ぶな〉
村花〈野沢菜の花〉
野沢温泉村では4月の終わり頃にな
ると、「ぶな」が灰色の幹と対照的なラ
イトグリーンの芽吹きを見せ、春の訪
れを告げます。
野沢温泉村を代表する特産物「野沢
菜」の種子は雪解けとともに成長し、
5月には黄色の織物をふっくらと着せ
たような菜の花畑になります。
( 平成8年、40周年記念事業の
)
一環として村木に制定
( 昭和51年、20周年記念事業の
)
一環として村花に制定
野沢温泉村制50周年記念誌
発行/平成18年11月
野沢温泉村
〒389−2592 長野県下高井郡野沢温泉村
TEL. 0269−85−3111 FAX. 0269−85−3913
http://www.vill.nozawaonsen.nagano.jp/gyosei/
e-mail [email protected]
制作/野沢温泉村制50周年記念誌編集委員会
協力/クボタ写真館、村民のみなさん
印刷/シマダ印刷