北畜会報 3 8:2 8 3 1,1 9 9 6 飼育下のエゾシカ (Cervusnippony e s o e n s i s ) およびヤクシカ ( C .n .yαk u s h i m a e ) における精巣体積および造精機能の季節的変化 黒埼達也・亀山祐一・石島芳郎 東京農業大学生物産業学部,網走市 0 9 9 2 4 S e a s o n a lc h a n g e so ft e s t i svolumeands p e r m a t o g e n e s i si n YesoS i k ad e e r(Cervusnip ρony e s o e n s i s )a ndYakushima C .n .y a k u s h i m a e )u n d e rh o u s i n g . S i k ad e e r( TatsuyaKUROSAKI,YuichiKAMEYAMAandYoshiroISHIJIMA a c u l t yo fB i o i n d u s t r y, Laboratoryo fAnimalResources,F TokyoU n i v e r s i t yo fA g r i c u l t u r e1 9 6Yasaka, A b a s h i r i s h i0 9 9 2 4 キーワード:ニホンジカ,精子形成,精巣 Keyw o r d s:s i k ad e e r,s p e r m a t o g e n e s i s,t e s t i s ぴ夕、、マシカ (ASHERe tal .;1 9 8 8 ) などではすでに研 要 約 究が実施されている.しかしながら,ニホンジカは飼 飼育下におけるエゾシカとヤクシカの繁殖特性を明 育の歴史が浅いため,人工授精や基礎となる飼育下で らかにするため,精巣体積,陰嚢周囲の長さおよび、精 の繁殖特性はまだあまり報告されていない(辻井・川 子形成の季節的変化を調べた.対照動物としてはヤギ 瀬 ;1 9 8 7,瀧沢・安井;1 9 7 9,佐藤ら;1 9 8 1,正木ら; (韓国在来種)およびヒツジ(雑種)を用いた.エゾシ 1 9 9 0 ).著者らはこれまでニホンジカの造精機能の季節 カとヤクシカの精巣体積および、陰嚢周囲の長さは,繁 的変化を知るため,有害鳥獣駆除,狩猟および交通事 殖期前の 2~3 カ月で急増し,その後減少する傾向を 故で死亡したエゾシカ精巣の組織学的検査を実施して 示した.この季節的変化は同様の傾向が見られたヒツ きた(石島ら;1 9 9 3 ) . しかし,これらの材料は定期的 ジよりも明瞭で、あり,陰嚢周囲の長さにおいて特に顕 に入手できないため,年間を通して観察することがで 著であった.精巣と精巣上体から生検標本を採取した C e r v u s きなかった.そこで本実験では,エゾシカ ( n争pony e s o e n s i s )およびヤクシカ(c.n .y a k u s h i m a e ) ところ,対照動物のヤギ, ヒツジでは年間を通して精 子の形成と成熟が観察きれたが,エゾシカおよびヤク の飼育個体を対象に,精巣体積,陰嚢周囲の長き,精 シカではそれらの休止期が春から夏にかけて存在し 巣および精巣上体尾部から採取した生検標本における た.これらの結果から,エゾシカおよびヤクシカにお 精子の存在の季節的変化を調べた. ける精巣体積は明瞭な季節変化を示したものの,繁殖 材料および方法 季節以外の時期にも精液を採取できる可能性が示唆さ 本実験は 1 9 9 3年 1 1月から 1 9 9 4年 1 0月にかけて実 れた. 施した.供試動物には東京農業大学生物生産学部(北 緒 亘 4度)で飼育されている雄エゾシカ 1頭および雄ヤ 緯4 近年,諸外国における養鹿産業の進展にともない, クシカ 2頭を用いた.対照動物としては雄ヤギ(韓国 C e r v u sn i P p o n )の飼養が試み わが国でもニホンジカ ( 在来種) 1頭および雄ヒツジ(フィニッシュ・ランド られている. しかし,わが国における養鹿は海外の情 レース系雑種) 2頭を使用した.これらの動物は,い 報をもとに篤志家が先行している状態であり,生産技 ずれも成熟した個体であった.給餌は,朝 (8~ 9時), 術の体系化が急がれている.飼育下におけるシカの生 タ (15~ 1 6時)の 2固とし,粗飼料として乾草または 産は家畜で確立きれている人工授精法の導入により向 青草を飽食量給与した.濃厚飼料としては,規格外小 上するものと思われ,アカシカ (HAIGHandBOWEN; 麦およびオカラをそれぞれ 7 0gお よ び 3 0 0g程 度 給 ta l .;1993A) およ 1 9 9 1 ),エルドジカ (MONFORT e 与した. 精巣の長径および短径は横臥位でノギスにより測定 受理 1 9 9 6年 2月 1 6日 した.短径は 2カ所の平均値をもって測定値とした. -28- ニホンジカの精巣体積と造精機能 精巣体積は楕円体積の公式 (V 二4 / 37ta b2,α二長径の 示したが, 1 2月の体積の急減は試験開始によるストレ 半径,b=短径の半径)により算出した.また,陰嚢の スに起因すると思われ,今回観察された精巣体積の変 外周をメジャーで測定した値を陰嚢周囲の長さとし, 動は季節的な変化を示すものとは考えがたかった.一 精巣体積との比較を行った. 方,ヒツジの精巣体積は 8月に最大値, 精巣および精巣上体尾部の生検標本は,注射針 ( 1 9 2月に最小値 を示し,その変化の幅は1.7~2.0 倍であった.ヒツジ GX1 1 / 2 ) を付けた 1mQシリンジで吸引して採取し は季節繁殖動物であるものの,雄は明瞭な繁殖季節を た.採取した標本は 100μ4の 0.9%NaClに懸濁し,塗 示きないとされている(福井;1 9 8 9 ) . しかし,精巣重 抹標本を作製した.精子の有無はカルボルフクシン法 量,乗駕欲および精液性状に季節差が存在することは で染色して観察した. 知られており(福井;1 9 8 9 ),今回の結果も精巣体積は 雌 の 繁 殖 季 節 (9月から 2月)と対応して増減するこ 結果および考察 とを示していた. エゾシカおよびヤクシカにおける精巣体積の季節的 エゾシカおよびヤクシカとヤギおよびヒツジにおけ 変化を図 1に示した.いずれの個体でも明瞭な季節的 る陰嚢周囲の長さの季節的変化を図 3および 4に示し 変化が観察され,そのパターンはアクシスジカ た.陰嚢周囲の長さは精巣体積を反映するため,各動 (LOUDON and CURLEwrs; 1988), エ ル ド ジ カ 物種の最大値と最小値は精巣体積と同時期に記録され (MONFORT e ta l .;1993B) およびダマシカ (GOSCH た.このため,繁殖季節と対応した陰嚢周囲の長さの andFrscHER;1 9 8 9 )とほぼ一致した.エゾシカの精巣 季節的変化は,精巣体積と同様にエゾシカ,ヤクシカ は1 0月に最大値, 6月に最小値を示し,野性個体にお および、ヒツジで観察され,陰嚢周囲の長さは精巣活性 ける報告(増田;1 9 9 3 ) と一致した.一方,ヤクシカ の指標になることが示唆された. の精巣は 9月に最大値, 1月から 7月に低値を示し, 精巣および精巣上体尾部(以下精巣上体)から生検 亜種間に大きな差は認められなかった.また,エゾシ 標本を採取して精子の存在を観察したところ,表 1に カにおける精巣体積の最大値は,最小値の 4.4倍,ヤ 示す結果が得られた.エゾシカおよびヤクシカは精巣 クシカでは 3.4~3.8 倍であった.この変化の幅は明瞭 および精巣上体の両者,または精巣上体から精子を回 な季節変化を示唆するものであり,ダマシカでの報告 収できない時期が存在し,精子の形成休止期があるこ (GOSCH and FrscHER;1 9 8 9 ) とほぼ一致するもので とが推察された.エゾシカの精巣からは 8月から 5月 あった. にかけて精子が回収され,精巣上体からは 1 0月から 5 対照動物としたヤギおよびヒツジにおける精巣体積 月にかけて精子が回収された.また,ヤクシカ精巣か 1月 の季節的変化を図 2に示した.ヤギの精巣体積は 1 らは 8月または 9月から 4月にかけて精子が回収さ に最大値, 1月に最小値を示し,その変化の幅は 3.3倍 0月から 4月にかけて れ,精巣上体からは 8月または 1 であった.このょっにヤギの精巣は大きな体積変化を 精子が回収された.ヤクシカの精巣および精巣上体か 140 120 A凸 J'b ¥、、 ‘ 、a ¥.1‘ ・l J -n ・ ︼ ・'企' ' ' , , , -VQ ハハ' l 固い d AU ,, 6 l n 200 i 口--0' 周ハ 20 RA 口 匹=島-1iIt"企 -A-~弘、Al a 4 ‘ ‘ 、 ‘ 1 40 ハu b ハU 60 ハU n u (吉)掘削推蝋挺 , ' / 、 も 64. " 口 、 ρ . (ち)煙草誠艇 • 80 悶 ‘ ‘ 800 100 冒、 凪、企、、 、、‘ -rl'lsA伯、 JJ 1000 。 。 2 4 6 8 10 12 2 測定時期(月) 8 10 12 測定時期(月) 図 2 ヤギおよびヒツジにおける精巣体積の 季節的変化 図 1 エゾシカおよびヤクシカにおける精巣 体積の季節的変化 -29- 黒埼達也・亀山祐一・石島芳郎 50 a' 句 内〆﹄ M門川川 OO 、 ン ‘ ン ‘ ン カカ力 ゾクク エヤヤ 十十十 25 周 、 40 ト 20 初 5 1 5 去 : 喧G ;β 刊 . 宏 、 圃 J / J 困 ~ 530 困 眠 欄 鈍 ¥弘 、 ' t l . 6 . , 回 企 ~\ 鈍 醐 回 20 1 0 ・ . 署 'E-‘圃込 - 1 ,、~崎~、 , 5 1 0 5 2 4 6 8 2 1 0 1 2 4 6 8 1 0 1 2 測定時期(月) 測定時期(月) 図 3 エゾシカおよびヤクシカにおける陰嚢 周囲の長さの季節的変化 図 4 ヤギおよびヒツジにおける陰嚢周囲の 長さの季節的変化 表 1 精巣および精巣上体尾部における精子の存在 動物種 採取部位 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 1 0月 1 1月 1 2月 精巣 精巣上体尾部 0 0 0 0 0 0 x 0 0 0 0 0 0 x x x 0 0 x x ヤクシカ N o . 1 精巣 精巣上体尾部 0 0 0 x 0 0 0 x 0 0 x x x x x x x x 0 0 0 x 0 0 ヤクシカ N o . 2 精巣 精巣上体尾部 0 0 0 x 0 0 0 x 0 0 x x x x x x 0 0 0 0 0 0 0 0 ヤギ 精巣 精巣上体尾部 o 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 エゾシカ 0 0 0 0 ヒツジ N o . 1 精巣 精巣上体尾部 0 0 0 0 0 0 0 0 ヒツジ N o . 2 精巣 精巣上体尾部 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0:精子が存在している, X 精子が存在していない らは 3月にいったん精子が回収きれなくなったが, 4 からニホンジカの繁殖季節は 9月から 1 2月とされて 月に再度精子が回収された.すなわち,精巣および精 いるものの,精巣は 8月または 9月から 4月もしくは 巣上体内には 4月まで精子が存在するものの,その数 5 月まで精子を形成し,形成された精子は 1~2 カ月 は 3月の時点で、すで、に低下していると推測された.お 程度かかって精巣上体に移動することが推測された. そらく精細管内における精子の形成は 3月から 4月に また,精子の形成休止時期は精巣体積およぴ陰嚢周囲 かけて徐々に停止し,精巣上体内の精子もこの時期に の長さの最低値を示した月の前後に記録され,これら は消失することが推測された.また,いずれの種でも の増減と精子形成には関連があると思われた. 精巣上体内の精子出現が精巣よりも遅れる現象が観察 ヤギおよびヒツジでは,年間を通じて精巣および、精 され,この時間的ずれは新たに形成された精子の移動 巣上体で精子の存在が確認された.韓国在来種ヤギは に要する期間を示すものと考えられた.これらのこと 周年繁殖性であり(天野ら;1 9 9 5 ),ヒツジでも季節性 30- ニホンジカの精巣体積と造精機能 を伴う精子の周年形成が確認されている (TOMKINS andBRYANT;1 9 7 6 ) . したがって,本実験の結果は, o fa n t l e randt e s t i c u l a rgrowthi nana s e a s o n a l A x i sa x i s ) .] .Reprod.F e r t ., 8 3 :7 2 9 t r o p i c a ld e e r( 7 3 8 . これらを裏づけるものであった. 正木淳二・大谷健・島崎琢也・銭 以上の結果より,エゾシカおよびヤクシカにおける 精巣体積は明瞭な季節的変化を示したものの,繁殖季 1 9 9 0 ) 電気刺激法 池田昭七・中馬亮一・鹿股幸喜, ( による日本シカ精液の採取,特にヤギとの比較.第 節以外の時期にも精液を採取できる可能性が示唆され 8 3回日畜学会講演要旨, 2 5 . 増田奏, ( 1 9 9 3 ) 雄 エ ゾ シ カ にe r v u sn i P ρonyesoens i s )における生殖器の発達について.日甫乳類科学, f こ. 文 暁喬・武田武雄・ 献 天野卓・林智人・横演道成・田中一栄・李載洪, ( 1 9 9 5 ) 韓国在来ヤギの生理学的特性.実験動物, 4 3:7 7 3 7 7 7 . .W.,J .L .ADAM, R .W. ]AMES and D . ASHER,G 1 9 8 8 )A r t i f i c i a li n s e m i n a t i o no ffarmed BARNES,( a m a ) :Fixed-timei n s e m i n a f a l l o wd e e r(Dama d 7 : t i o na tas y n c h r o n i z e do e s t r u s .Anim.P r o d .,4 4 8 7 4 9 2 . 福井豊, ( 1 9 8 9 ) めん羊の繁殖技術.第 1版,東京農 業大学出版会,東京. GOSCH, B .andK .FISCHER,( 1 9 8 9 )S e a s o n a lchanges o ft e s t i svolumeandspermq u a l i t yi na d u l tf a l l o w h e i rr e l a t i o n s h i pt ot h e d e e r(Damadama)andt .Reprod.F e r t .,8 5 :7 1 7 . a n t l e rc y c l e .J .c . , A .D .BARTH,明T .F .CATES and G .J . HAIGH,J GLOVER, ( 1 9 8 5 )E l e c t r o e j a c u l a t i o n and semen .B iol .Dee r .P r o d .,2 2 :1 9 7 e v a l u a t i o no fWapiti 2 0 3 . J .C .andG .BOWEN,( 1 9 9 1 )A r t i f i c i a li n s e m i HAIGH, r v u s dゅh u s )withf r o z e n n a t i o no fr e dd e e rにe .Reprod. F e r t .,9 3 :1 1 9 thawedw a p i t isemen.J 1 2 3 . 石島芳郎・加藤ゆかり・亀山祐一・横演道成・門司恭 1 9 9 3 ) エゾシカ C e r v u sn i p p o ny e s 典・堤義雄, ( o e n s i sの造精機能の季節的変化.東農大農学集報, 3 8:2 0 8 2 11 . LOUDON, A .S .1 . and J .D .CURLEWIS,( 1 9 8 8 )C y c l e s 3 3:1 0 1 2 . .L . , G .W.ASHER, D .E .WILDT, T .C . MONFORT,S .SCHIEWE, L .R .WILLIAMSON, M. WOOD, M.C 1 9 9 3 A )S u c c e s s f u li n t r a BUSH andW.F .RALL,( C e r v u se l d i u t e r i n ei n s e m i n a t i o no fE l d ' sd e e r( t h a m i n )withfrozen-thawedspermatozoa.J .R e 9: 4 5 9 4 6 5 . p r o d .F e r t .,9 .L . , ] .L .BROWEN, M.BUSH, T .C . MONFORT,S .WEMMER,A .VARGAS,L .R .WILLIAMWOOD,C .J .MONTALIandD .E .WILDT,( 1 9 9 3 B )C i r SON,R c a n n u a li n t e r r e l a t i o n s h i p s among r e p r o d u c t i v e e h a v i o u r,e j a c u hormones,grossmorphometry,b h a r a c t e r i s t i c s and t e s t i c u l a rh i s t o l o g yi n l a t e,c C e r v u se l d it h a m i n ) .J .Reprod. E l d ' sd e e rs t a g e( 8 :4 7 1 4 8 0 . F e r t .,9 佐藤考則・丹後輝人・芳賀良一, ( 1 9 8 1 ) エゾシカ ( C e r v u sn i P ρony e s o e n s i sHEUDE) の分娩とその 兆候,および 1 4 9一1 5 7 . 瀧j 畢晃夫・安井園彦, ( 1 9 7 9 ) 飼育下のホンシュウジカ 1:6 5 6 9 . に関するいくつかの知見.動水誌、, 2 T .andM.J .BRYANT,( 1 9 7 6 )I n f l u e n c eo f TOMKINS, matingp r e s s u r eands e a s o nont h esemenc h a r a c 2 :3 7 1 3 7 8 . t e r i s t i c so fr a m s .Anim.P r o d .,2 辻井弘忠・川瀬晶士, ( 1 9 8 7 ) 放牧下におけるヤクシカ ( C e r v u sn i p p o ny a k u s h i m a e )の性行動について.信 -31- 4:9 7 1 0 2 . 大農学部紀要, 2
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