英国の金融サービス市場法と日本へのインプリケーション

英国の金融サービス市場法と日本へのインプリケーション
大和証券投資信託
林
康史
<報告要旨>
はじめに
金融商品販売法と消費者契約法が施行された。特に、金融商品販売法は日本版金融ビッ
グバンの法整備の一環として施行されたものである。一方、世界的な視野で見渡すと、米
国では 1999 年に「金融サービス現代化法」が、英国では 2000 年に「金融サービス及び市
場法」(以下、金融サービス市場法)が成立する等、金融制度改革及び金融法制の改正が各
国で行われている。
本報告は、英国の法改正1について簡単に触れた後、特に英国との比較という視点で、わ
が国の金融商品販売法を検討し、金融法制度のあり方について考察したい。
1.世界的潮流∼金融制度改革及び金融法制の改正の動き
金融制度の改革は、わが国2ばかりでなく、世界的な潮流である。諸外国の制度改革も、
金融サービス業が拡大3して業際・国際のボーダレス化が進んだことが背景4にあり、この
* 大和証券投資信託委託株式会社調査本部。兼任 一橋大学大学院国際企業戦略研究科 非常勤
講師。一橋大学大学院法学研究科博士課程。[email protected]
1
詳細は、拙稿「英国の金融サービス法制の展開」2000 年3月(修士論文。要約版は、
「英国の
金融サ ービス 法制 の展 開 」大蔵 省財政 金融 研究 所 ディス カッシ ョン ・ペ ー パー00A-01。
http://www.mof.go.jp/jouhou/soken/kenkyu/ron005.PDF )参照。英国の金融サービス市場法
(案)の概要を俯瞰し、金融サービス法制の史的展開を記述し、英国における自主規制制度廃止の
意義を考え、さらに附論で、投資者の自己責任という言葉の意味を考察し、消費者保護法として
の側面から金融サービス法制を論じ、最後に、経済的な視座から英国の金融サービス法制の比較
制度分析を付け加えた。その中で、1986 年の金融サービス法は金融サービス市場法(案)との比較
において業法としての性格が濃厚であること、立法の経緯からすれば、1986 年法は投資者保護が
目的であったが、2000 年の大改正は市場の効率性に着目したものである可能性、また、英国のビ
ッグバンが経済学でいう、いわゆるビッグバン・アプローチではなかったのではないかという疑
問等を提起した。
なお、新しい制度の下での金融サービス機構の本格的な稼動は、2001 年秋以降と見られる。制
度の詳細は、機構のルールやコードの公表を待たねばならず、また、本法自体の改正もあり得る
ことから、現時点での本法をもって制度が確定したと決めつけることは危険であるが、当面のと
ころ、大局的な思想としての法体系は著変がないものと考えてよいだろう。
2
例えば、蝋山昌一先生は、金融制度改革は1996年の橋本首相のビッグバン宣言以降に急に話が
持ち上がったという見方には異論があると述べている。M&C Report Vol.2 2000.12.1.
3
根本的な変化は市場化の進展による。これは社会的なリスク受容とともに起こっているが、
従来の業界の枠に関係なく、さまざまな金融商品が生み出されるようになり(異なった業界に
属する業者が似た金融商品を開発・販売すること等が行われるようになっている)、従来の制
度を見直すことが必要となった。拙稿「金融リスクと巨額損失事例」『生命保険会社の金融リ
1
潮流は従来の業法5を中心とした法制度の限界を改正しようというものである。
米国では、1999 年に「金融サービス現代化法」6が成立し、ほぼ 70 年にわたり存在した
銀行・証券・保険の垣根が低められる7方向にある。
英国でも、2000 年に「金融サービス市場法」が成立した8。基本的には 1986 年法(金
融サービス法)を踏襲しているが、2000 年の大改正で名実ともに英国は広義の市場法に基
づく法制度9となった。
米英では、金融制度の改革に伴う法が確実に整備されつつある。
2.英国の金融サービス市場法制度の概要10
英国では、
ビッグバンと歩調を合わせる形で 1986 年に金融サービス法が制定されたが、
スク管理戦略』参照。
4
背景がまったく同じというわけではないが、わが国では、証券・金融市場の機能の回復が
原点であり、米英では、機能の強化であった。クリントン大統領は、「金融サービス現代化法」
の署名に際し、「競争の障碍を除去すれば、われわれの金融制度の安定性は強化されるだろう。
金融サービス会社は提供する商品を多様化し、収益源も多様化できる。金融サービス会社は
グローバルな金融市場において競争するための新たな対策を考えることができるようにな
る」と述べている。また、英国のブラウン大蔵大臣は、1998 年7月の「金融サービス市場法
案:諮問文書」の序文に、英国はその金融サービスにGDPの7%の生産、100 万人以上の
雇用創出、産業の基本的機能の提供を負っているという認識を示している。世界中で、金融
サービス業の競争力を強化すべく金融制度の見直しが行われているのである。
5
業法は講学上の名称であり、一般的には、業者の取締法規であって、国の許認可の業務に
つき監督助成を行う法といえる。
6
グラム・リーチ・ブライリー法。新たに認められる金融持株会社は、子会社を通じて金融
業務のすべてを行うことができる(銀行・証券の兼業を認めるものではない)。1933 年のグ
ラス・スティーガル法(1933 年銀行法あるいはその一部の条文<第 16 条、第 20 条、第 21
条、第 32 条>の別称。今回の改正で一般にグラス・スティーガル法が撤廃されたといわれる
が、廃止されたのは、第 20 条<銀行・証券兼営の禁止>と第 32 条<銀行・証券の役員兼任
の禁止>であり、第 16 条<銀行による、公共債を除く証券の引受の禁止・自己売買の禁止>
と第 21 条<証券による、預金受入の禁止>は残っている。つまり、欧州型のユニバーサルバ
ンクが認められたものではない)及びこれに関連する 1956 年銀行持株会社法の当該条項が撤
廃され、持株会社の下で、銀行・証券・保険が兄弟会社となることが可能になった(実際に
は、銀行・証券間は 1987 年、1996 年にグラス・スティーガル法の拡大解釈を行うことで規
制緩和されていた)。それ以前は、例えば、有名な事例に、1998 年 9 月、シティコープ社と
トラベラーズ・グループ社の合併は、保険会社のトラベラーズ社を2年(加えて1年限りの
猶予が3回)以内に売却することを条件に認められたということがあった。
7
規制方法に関しては、機能別規制である。例えば、銀行持株会社の証券取引に関する事項
は証券取引委員会が監督し、包括的な監督は連邦準備制度理事会が行う。連邦準備制度を除
く連邦金融規制機関及び州金融規制機関は各種子会社の規制機関と位置づける。いわゆるデ
ュアル・レギュレーションである点が英国の制度改革とは大きく異なる。
8
日本証券経済研究所から翻訳『イギリス 金融サービス市場法∼外国証券関係法令集』が出て
いる。
9
金融・証券・保険等すべての金融サービスを包括した広範囲な統一業法という側面も有す
る。広義の市場法は、業法を包括した市場取引に関する法律といえる。
10
この節については、特に拙稿「英国の金融サービス法制の展開」(要約版)を参照。
2
1997 年 5 月のブレア労働党政権の誕生以来、金融サービス法制度の改革が進められてき
た。1997 年 10 月には新しい単一規制機関 FSA(金融サービス機構。以下、機構という)
が発足し、2000 年 6 月には、条文 30 部 433 条及び附属規定 22 からなる新しい「金融サ
ービス市場法」が成立した。
新法は、機構の目的や権限はじめ、認可制度、補償制度、裁判外紛争処理制度等を定め
ているが、新しい制度がこの分野における技術変化や発展を考慮に入れることができるよ
うに、枠組みの法律となっていることが特徴である。細部は大蔵省と機構によって補充さ
れる。法に規定されるところの金融サービスの定義が広がり、預金が含まれ、保険の範囲
が拡大された。狭義の投資ではなく、形式上は文字通り、すべての金融サービスをカバー
するものとなっており、これまで、銀行・生保・投資(証券)の 3 業態に分かれていた規
制に共通の枠組みを適用することで、複雑でない制度にしようとしている。新法制定に伴
って、
従来の金融関連諸法及びルールはほとんど廃止あるいは変更され、
「法定の自主規制
制度」は「広範な実務家が関与する法定の制度」へ移行した。
金融サービス市場法成立前に、従来の 9 つの規制・監督機関が実質的に機構に一元的に
統合された。公認専門職団体の制度も廃止され、弁護士等の専門職は直接に機構に規制さ
れ、もともと監督官庁のなかった自治組織のロイズも機構に規制された。機構は公的資金
援助のない民間の保証有限責任会社であるが、①市場の信頼性 ②公衆の啓蒙 ③消費者の
保護 ④金融犯罪の削減 の 4 つを法定目的としている11。機構は広範かつ柔軟な権限を持
ち、市場の発展に対応してルールの策定・修正を行うことができる。一方、それに応じて
アカウンタビリティも高く、例えば、規程策定権限を行使する際には費用便益分析を公表
すること等が義務づけられている。
行為の規制内容も若干の変更が見られる。例えば、金融サービス法の下では異なったル
ールによって規制されていた投資広告と不招請の勧誘に加え、インターネット上の広告・
勧誘等も統一的に規制されることとなり、また、誤解を招く陳述及び慣行、インサイダー
取引等は、市場における不正行為(市場の濫用)という概念に整理された。
金融サービス市場不服審判所の制度も強化された。機構による不正行為への罰則等につ
いて不服のある業者は、法務省の管轄である不服審判所に申し立てることになっているが、
従来、調査権しか有していなかったものが審理する権限を持つようになり、これまで制度
のなかった保険も不服審判ができるようになった。金融サービス・オンブズマンの制度も、
機構が設立する法人として統合され、統一的に運営されるようになった。なお、機構がオ
ンブズマンの決定に干渉することはできない。補償制度も統合された。補償制度は、機構
が設立する法人を事務局として運営されるが、機構が補償の決定に干渉することはできな
11
公衆の啓蒙は当初のドラフトにはなかったが、後に盛り込まれたことに留意したい。
3
い。このように、新しい法制度は、手段を統合しただけでなく、新しい需要に対処するた
めの規制構造を示すものである。
今回の改正の背景は、金融サービス業の進展・拡大、また、自主規制機関を中核とした
規制・監督が公益と業界利益の二兎を追うものとなっていたこと等であり、技術の進歩に
伴う時代の要請でもある。改正の狙いは、第一に、投資・保険・銀行の監督の統合他、金
融機関の一元的な規制へ向けたものと見ることができ、第二に、自主規制から政府規制へ
の転換を図ったものということができる。第三は、消費者保護も目的とするが、投資者保
護を主眼とした 1986 年時と比較すると、今回はロンドンの金融センターとしての競争力
の強化も狙いとする等、市場の効率性・市場法の実効性の強化が主目的であると思われる。
2000 年金融サービス市場法の構成
パート1
パート2
パート3
パート4
パート5
パート6
パート7
パート8
パート9
パート 10
パート 11
パート 12
パート 13
パート 14
パート 15
パート 16
パート 17
パート 18
パート 19
パート 20
供
パート 21
パート 22
パート 23
パート 24
パート 25
パート 26
パート 27
規制機関
規制業務及び禁止される活動
認可及び適用免除
規制業務の遂行許可
規制業務の遂行
公式上場
業務譲渡の統制
市場における不正行為に対する制裁
聴聞会及び不服申立
規則及びガイダンス
情報収集及び調査
認可業者に対する支配力
参入業者:機構による介入
懲戒措置
金融サービス補償制度
オンブズマン制度
集団投資スキーム
公認投資取引所と清算会社
ロイズ
専門職団体のメンバーによる金融サービスの提
相互組合
監査人とアクチュアリー
公式記録、情報の開示及び協力
倒産
差止及び原状回復
通知
違反行為
パート 28
パート 29
パート 30
雑則
解釈
補則
付属規定1
付属規定2
付属規定3
付属規定4
付属規定5
付属規定6
付属規定7
付属規定8
付属規定9
付属規定 10
付属規定 11
付属規定 12
付属規定 13
付属規定 14
付属規定 15
付属規定 16
限
付属規定 17
付属規定 18
付属規定 19
付属規定 20
付属規定 21
付属規定 22
金融サービス機構
規制業務
EEAパスポートの権利
条約上の権利
集団投資スキームに関わる者
許認可条件
パート6における適格機関としての機構
パート6に基づく機能の移管
非上場証券の目論見書
賠償の免責
証券の申込
譲渡スキーム:証書
金融サービス市場不服申立審判所
競争委員会の役割
情報と調査:関連する者
公正取引庁長官により課せられる禁止及び制
オンブズマン制度
相互組織
競争情報
部分的かつ必然的な修正
経過規定
廃止
3.わが国の対応∼金融商品の販売等に関する法律12
4 月 1 日、金融商品販売法(金融商品の販売等13に関する法律)が施行された。日本版金
融ビッグバンの法整備の一環としての施行であり、業者の説明義務14と勧誘方法の適正15を
12
金融商品販売法以外にも、金融庁の設置、投資信託法の改正、資産の流動化に関する法律の
改正等、法制度の改革は行われてきたが、ここでは、この法律を中心に取り上げることとする。
13
代理と媒介も含む。
14
第 3 条。
15
第7条。
4
規定し、説明義務違反があった場合の効果として業者は損害賠償16の責任17を負い、元本欠
損について顧客の立証責任が軽減されたことが特徴である。
説明義務は、市場リスク・信用リスク・法制リスク等から生ずる元本欠損のおそれ、期
間の制限18等が対象である。当然、商品の内容についての説明はその前提と考えられる。
説明の程度については、「顧客の内心の立証の問題である」
との政府の国会答弁を根拠に
「一般的な大多数の顧客にとって理解できる程度でよい」とする見方が多いようだが、実
際の裁判では、現実に顧客が理解したかどうかが問われると考えておくべきだろう。
今回、適合性の原則19は法律に直接的には盛り込まれなかったことから、消費者契約法20
における不適切な勧誘に抵触21しなければよいとの意見もあるようだが、説明義務の程度
の解釈によっては損害賠償の対象となることはありえよう22。
不招請勧誘はわが国では馴染みの薄い概念だが、簡単には「依頼されていない勧誘」と
考えてよい。金融商品販売法で勧誘の方法・時間帯等を勧誘方針に盛り込むこととなり、
不招請勧誘の一部は確保されたと考えられる23が、立法過程で参考にしたと思われる英国
の金融サービス法制度における概念からは程遠いものである。
金融商品販売法の施行自体は一定の評価をすることができるものであるが、本法は名称
通り、金融・証券・保険等の業法の販売・勧誘のルールに関する部分を束ねた法律でしか
16
元本欠損額についてのみである。
第4条。
18
ワラントを念頭においての規定と思われる。
19
金融審議会第一部会では、適合性の原則を狭義(一定の利用者に対する販売・勧誘の禁止)
と広義(利用者個別の状況に適した販売・勧誘の義務)に分けているが、これは概念として
は誤解を生じるおそれがあると思われる。適合性の原則は狭義の意味に限って用い、広義の
意味では、最適商品提示(最適助言)義務、最適商品販売義務等と言ったほうがわかりやす
いと考える。ここでは詳述しないが、取引注文の最良執行義務等とともに、業者の信任義務
(fiduciary duty)に近い概念であると考えられる。
20
金融商品販売法と同じく、4月1日施行。
ちなみに、消費者契約法は金融商品販売法とはまったく関連なく審議されてきたという経
緯がある。以下、簡単に比較しておく(ともに業者に説明責任あり)。
金融商品販売法
消費者契約法
業法(金融法)
○
×
金融
消費者契約一般
適用対象
個人(リテールの法人含む) 個人のみ(詐欺と強迫。信義則)
救済の対象
投資者
消費者
救済の手段
損害賠償
契約の取消
17
21
第2章。消費者契約法においては、金融商品との関連では、不適切な勧誘に基づく意思表
示の取り消しが民法の特別規定として盛り込まれた点が重要と思われる。山本豊「消費者契
約法」法学教室 241・242 号参照。
22
説明義務違反による損害賠償責任については、民法も適用される。第6条。
23
消費者契約法第4条では、困惑による取消権の規定があり、勧誘適正化策の一部は実現済
みと考えられる。
5
ない24し、いわゆる金融サービス法体制の一部分をなすものでしかない。そもそも本法が
必要であったこと自体がわが国の現行の金融法制度の問題点を示していよう。換言すれば、
業法主体の従来の法制度では齟齬が生じつつあり25、緊急避難的に取り繕ったのが金融商
品販売法である。
ちなみに、金融商品販売法と英国の金融サービス市場法を比較すると、金融商品販売法
の規定は適用対象が拡大された業法の一部をなすものであり、その規定の多くは英国の法
制度においては政省令に規定される内容のもの26である。
4.金融法制度の日英比較
ここで、英国の金融サービス機構の法定目的等を参考27にしながら、簡単に日英の法制
度を比較しておく。
規制機関
自主規制の有無
消費者の概念28
公衆の啓蒙
日本
デュアル
有
狭い
×
英国
シングル
無
広い
○
規制機関のあり方、自主規制の効果については議論の余地があるところである29が、消
24
前述したように、適合性の原則や不招請勧誘の禁止等、法律に盛り込まれなかったルール
も多い。また、郵貯・簡保、商品先物等、適用除外が多いのも問題となろう。本法の本来的
な意味合いは、類似の金融サービス全体に対して規制することのはずである。例えば、商品
取引員の一部には、業法の規定が厳格であるので改めて金融商品販売法が必要ではなかった
という意見があるが、それを言うなら、例えば、保険業法の規定も厳格である。主務官庁の
監督権限を巡っての争い以外に、郵貯・簡保、商品先物等が適用除外になる理由は稀薄であ
る。英国でも、省庁間の垣根を超えて大改正が実現した。
25
例えば、本法の施行前は外貨取引専門の会社を直接的に取り締まる法律はなかった。
26
わが国が採用している業法の枠組みでは、政省令ではなく、法律として制定せざるをえな
い。英国の金融サービス市場法は枠組みの法律とも言われ、具体的な規制が述べられていな
いことも特徴である。なお、金融サービス機構は、ルール(規則)、コード(規約)、一般的ガ
イダンスを出す機能、及び、機構が遂行する特定の機能に関係づけて、全体的政策と原則を決
定する機能を有する。第2条第(4)項。
27
便宜上、市場の信頼性と金融犯罪の削減の重要性に対する認識は日英では同一水準である
と仮定した。
28
英国の金融サービス市場法における「消費者」の定義は、
(a)規制業務の遂行における認
可業者、又は指定代理人として行動する者が提供するサービスを利用している若しくは利用
したことがある者、又は利用を考えている若しくはその可能性のある者、
(b)その他の者に
よる係るサービスの利用から生じる若しくはそれに起因する権利又は利益を有する者、又は
(c)自己の名において又は自分に関する受託権限において行動する者が行うサービスの利
用により不利な影響を受ける可能性のある権利又は利益を有する者、となっている。第 138
条第(7)項より。金融監督庁設置法には、第3条に「預金者、保険契約者、有価証券の投
資者等を保護するとともに」とあったが、金融庁設置法では、「預金者、保険契約者、有価証
券の投資者その他これらに準ずる者の保護」と改められた。このことにより、解釈に裁量の
余地が生じたと考える。
29
私見では、自主規制は規制の効果が担保できず、デュアル・レギュレーションも規制が安
6
費者保護30、公衆の啓蒙の点だけに言及しても、英国の法制度のほうが予防法学的である
と言えよう。
5.わが国の金融法制度のあり方∼日本版『金融サービス法』の制定に向けて
わが国でも、予定31では平成 15 年 12 月を期限として金融サービス法等の検討を行うこ
とになっているが、実現へ向けての具体的な動きはまだ明確には打ち出されていないよう
だ。
日本版金融サービス法の制定に向けての動きが進まない理由の一つは縦割り行政だ。し
かし、例えば、銀行が投資信託や保険を販売するような時代に移行しつつある。英国では、
大蔵省やイングランド銀行の規制当局自体が、縦割りの規制では限界があるとの認識から
制度改革に動いたのである32。
わが国も、省庁再編が終わったことでもあり、国家百年の視座に基づいた法制度の整備
が望まれる。この問題に対して、国民も業者も政治家も意識が低すぎるように思う。
そもそも金融制度の改革は、直接金融や市場型間接金融を目指し、金融市場の効率性を
高め、効率化から生じる種々の問題から消費者を保護し、市場の失敗を事前に抑止するこ
とが目的である。それを担保するのが金融サービス法制度であり、本来、企業にとっても
望ましい法律のはずである。衡平正義の観点からばかりではなく、社会コストの面からも
早急な金融サービス法制度の整備が必要である。縦割り規制の業法から市場横断的な機能
別の規制に転換し、ルール違反に対しては民事上の責任も追及する法制度を整備できるか
否かが、金融ビッグバン成功への鍵でもある。
金融は国家経済の血液である。巷間、構造改革といわれるものの最たるものが、金融ビ
ッグバンの成功であるはずであろう。広く国民の金融および金融法に関する概念を変え33、
易に流れ疎漏が生じるおそれ(鍋底への競争)があると考えるが、この点は法文化の観点か
ら別途、論じたい。いずれにせよ、社会全体のコストとベネフィットを考えることが必要で
ある。
30
ただし、消費者保護の水準の適切性の判断に関し、金融サービス市場法第5条第(2)項第
(d)号には、「消費者は、自らの決定に責任を負うべきであるという一般的原則」を考慮す
るよう定められており、1986年法にはなかった、caveat emptor (買い主、注意せよ)という
考え方が盛り込まれたことに留意したい。
31
金融システム改革法の施行後5年以内。
32
英国で制度改正が進んだ理由は、わが国と比較していくつかの理由が考えられる。成文法の
成立以前に実際の機構改革等の改正を進めたこと、そのために国民に対し制度改革のアナウン
スが徹底したこと、従来の規制機関の制度改革へのインセンティブをうまく利用したこと等が
考えられる。また、金融サービス法の主要部分の施行された 1988 年以降もブルーアロー事件、
ユニット・リンク保険販売問題、マクスウェル事件、年金不正販売事件、ベアリング社の破綻
等の金融事件があり、複雑な規制構造・非効率等が指摘されるようになっていた。現実に、さ
まざまな事件が起こったことが理念の具体化を促進したと考えられる。
33
例えば、英国では、家族構成、収入、資産、負債、投資家としてのニーズ等、顧客側の情
7
その知識の水準を高めることで弱者を削減し、消費者や納税者の保護を図りつつ、市場の
効率化を進めなければならない。
日本版金融ビッグバンとは、パッチワークのような継ぎはぎで間に合う制度改革ではな
いはずだ。小手先の対応策ではなく、できる限り体系的な法制度を目指すべきである。少
なくとも、金融サービスに関する憲法として位置づけられる「金融サービス基本法」が早
急に制定されねばなるまい34。法制度が完成しなければ、制度改革は振り出しに戻る。そ
れでよいはずはない。
報も事実調査書(fact-find form)等によって顧客が業者に開示することになっており、顧
客側がそれを拒むことは可能だが、拒めば顧客側が不利益を被ることになる。わが国におい
てもそういった社会通念の醸成が必要であろう。
なお、金融商品販売法第3条第4項には説明義務の適用除外の規定がある。
34
制度改革に対する合意がコンセンサスをえられたものであればビッグバン・アプローチが望
ましく、そうでない場合は漸進的アプローチたらざるをえないと言われるが、英国はビッグバ
ン・アプローチを選択したにもかかわらず、結論的には時間がかかったことを斟酌すると、漸
進的アプローチの有効性には疑問が残る。
8