各国分析(ベトナム)

●アジア裁判官コンファレンス
各国分析(ベトナム)
Nguyen Tran Tuyen*
¸ α社は「ドラゴンハンバーガーショップ」
の営業に対して,司法上,行政上,または
その他の方法でどのような救済措置を求め
ることができるか。
この事例では,β社による「ドラゴンハン
バーガーショップ」の名称の使用という行為
は,α社の登録商標である「ドラゴンバー
ガー」の侵害とみなされるものである(知的
財産法第 129 条第1項)。さらに,「ドラゴン
ハンバーガーショップ」の店舗のデザインは
「ドラゴンバーガー」の店舗のデザインに類
似しており,不正競争行為,具体的には混同
を引き起こす表示行為とみなされる可能性が
ある(競争法第 39 条および第 40 条)。した
がって,ベトナムの法令に従って,α社は以
下の措置をとることが可能である。
a)β社に対し,「ドラゴンハンバーガー
ショップ」の商標の使用中止,謝罪,公
衆への訂正および損害賠償を書面で求め
る(自己による保護措置として)(知的
財産法第 198条第1項)。
b)県・省レベルの市場管理部や省レベル
の経済警察,科学技術省傘下の監査部な
ど権限のある国家機関に対し,β社によ
る侵害行為を行政手続によって処分する
よう書面で求める(行政措置として)(知
的財産法第 198 条第1項)。侵害者に適
用することができる主要な制裁措置は,
警告または罰金(押収された侵害品の価
値の少なくとも同額,5倍以下)であり,
以下の補完的な制裁措置の 1 つまたは複
* 弁護士,Vision & Associates, Vietnam
228 ―
― Ë 営業免許
数が適用される場合がある。½
Ì 侵害の実行に使用された
の取り消し,½
Í 侵害要素の除
材料および道具の没収,½
去および非営利目的での処分,ならびに
Î その利用が人体および動植物に悪影響
½
を及ぼす可能性のある侵害品の廃棄。
c)裁判所が講じる以下の民事的な救済措
置によって正当な権利および利益を保護
するため,管轄裁判所で訴訟を提起する。
侵害行為を中止させる,公衆に対し訂
正・謝罪させる,民事上の義務を履行さ
せる,損害を賠償させる,侵害品の廃棄,
分散または非商業目的での使用をさせる
(民事措置として)(知的財産法第 198条
第3項および第 202条)。この事例では,
裁判所によって,1つまたは複数の暫定
措置(または差止命令による救済)が適
用される場合がある(知的財産法第 206
条および第207条)
。
d) 工 業 商 業 省 監 督 下 の 完 了 管 理 部
( Completion Administration Department)に対し,競争法および関連規則
に基づき,β社の不正競争行為に関する
調査・処分を書面で要請する(不正競争
防止措置として)(競争法第 39条,第 40
条,第 49条,第 117条,第 118条および
第 119条)。侵害者に適用することがで
きる主要な制裁措置は,警告または罰金
(最高 7,000 万ドン=約 4,352.6 米ドル)
であり,以下の補完的な制裁措置の1つ
Ë
または複数が適用される場合がある。½
営業免許,認可証,専門職業従事証の取
Ì 違反行為の実行に利用された
り消し,½
Í 公衆に対する訂正。
設備の押収,および½
e)理論的には,α社はP社長による商標
権の侵害について,産業財産権の侵害に
対してP社長の捜査と訴追を求めて,警
察に告発する権利を有する(刑事措置と
して)(刑法第 171条)。ただし,我々の
経験からすると,実際にはP社長が経営
する _ 社による商標権の侵害は刑事訴訟
の構成要素とはみなされない可能性があ
Ë 共同体および社会に
る。その理由は,½
Ì P社長
対する影響が重大でないこと,½
が経営する _ 社による最初の侵害行為で
あることである。
¹ 前述の救済措置では,裁判所ではどの措
置が適用されうるか。
前述の救済措置のなかでは,aおよびcは
管轄の人民裁判所で取り扱われなければなら
ない。
Ë.民事訴訟による差止命令の場合,どの
ような判断が必要とされるか。
知的財産問題に関する民事訴訟では,α社
は管轄裁判所に対し,知的財産権侵害の疑い
のある物品またはそのような物品の製造また
は取引に使用された材料,原料もしくは道具
に関して,以下の暫定措置(または差止命令
による救済)の1つまたは複数の適用を検討
するよう要請することができる。
―留置
―差押え
―封印,状態の変化の禁止,または移送の
禁止
―所有権の譲渡の禁止(知的財産法第 207
条)
―債務者の資産の凍結(民事訴訟法第 102
条)
―関係者に対する特定の行為の禁止または
強制(民事訴訟法第102 条)
Ì.民事訴訟による懲罰的損害賠償の場合,
賠償額はどのように見積もられるか。
原則的に,賠償額は知的財産権を侵害され
ることで知的財産権者が直接的に被った物理
的・精神的の両方の損害を含む実際の損害に
よって決定される。物理的被害には,_財産
の損失,`収入および利益の減少,a事業機
会の損失,bそのような損害の防止・回復に
Ï 合理的な弁護士費
費やされた合理的支出,½
用,ならびにcその他の有形損害が含まれる
場合がある。また,精神的損害には,¸名誉,
尊厳,名声,評価に対する損害,および¹
その他の精神的損害が含まれる場合がある
(知的財産法第204条)
さらに,知的財産法第 205条に基づき,提
供されたデータを利用して,α社は以下に基
づいて裁判所に賠償額の算定を要請する権利
を有するものとする。
Ë 全物理的損害相当額(前述の項目_)
½
および被告が侵害行為によって得た利益
(前述の項目`)ならびに
Ì 金額に換算した精神的損害(存在する
½
場合)。α社が商標権の侵害が精神的損
害をもたらしたことを証明することがで
きれば,α社は損害の程度に応じて,裁
判所に 500 万ドン(約 310.9 米ドル1)
から 5,000万ドン(約 3,109米ドル)の損
害賠償を決定するよう要請する権利を有
する。
したがって,この事例では,α社はβ社に
以下の金額の賠償を求めることができる。
112,500米ドル( #)+×[310.9 米ドルから
3,109米ドル]
(#)=[625米ドル /日[500米ドル(財産の
損 失 ) + 125 米 ド ル ( 収 入 の 減 少 :
2,500米ドルの 5 %]× 180日間(6カ
月に相当))
Í.β社 and/or P 社長に対する刑事訴追
が行われた場合,どのような判決が下さ
れるか。α社は当該訴追に対してどのよ
うな対処が可能か。
P社長が管轄検事によって刑事手続に従っ
て起訴される場合,P社長は以下の刑事罰の
1つを科される可能性がある。
―2,000万ドン(約 1,243.6 米ドル)から2
億ドン(約 12,436.2 米ドル)の間の罰金
刑
229 ―
― ―拘留を伴わない最高 2 年の再教育あるい
は
―6カ月∼3年の自由刑(刑法第171 条)
ベトナムの刑事訴訟法の下では,この事例
では,α社は侵害者(P社長)を警察当局,
検察当局または人民裁判所に告発するため,
商標権の侵害について告発状を作成・提出し
なければならない。これは,産業財産権の侵
害に関する訴訟の義務的要件である(刑事訴
訟法第 100 条,第 101 条および第105 条)
。
º β社 and/or P社長は前述の(2)のË,Ì
and/or Íについてどのような不服を申し
立てることが可能か。
Ë の判決が下された場合,β社は以下
_ ½
の不服を申し立てることができる。
知的財産法第 206条および第 207条,なら
びに民事訴訟法第 102 条に従い,暫定措置は
知的財産権侵害の疑いのある物品または製品
に対してのみ適用され,本事例のように知的
財産権侵害の疑いのある役務に適用されるも
のではないため,本事例では暫定措置を適用
する適切な理由は存在しない。
Ì の判決が下された場合,β社は以下
` ½
の不服を申し立てることができる。
以下の理由から,本事例においてβ社によ
る商標「ドラゴンバーガー」に対する商標権
の侵害と,α社の減収を引き起こした損害と
の間には直接的な関係は存在しない。
・A県とB県の距離は遠く離れている(約
2,000 km)。
・α社は売上高の大半をA県であげており,
B県には空港に目立たない店舗が1店あ
るのみである。この店舗はβ社の「ドラ
ゴンハンバーガーショップ」のある場所
から離れている(バスで約90 分)
。
・「ドラゴンバーガー」のすべての顧客は
A県民であり,B県民ではない。
・「ドラゴンハンバーガーショップ」の利
益は「ドラゴンハンバーガーショップ」
独自の風味によるものであり,「ドラゴ
ンバーガー」の評判によるものではない。
・「ドラゴンハンバーガーショップ」のす
べての顧客はB県民であり,A県民では
ない。ほとんどのB県民は「ドラゴン
バーガー」について知らない。
Í の判決が下された場合,P 社長は以
a ½
下の不服を申し立てることができる。
本事例では,以下の理由からP社長を起訴
する根拠はない。
・本事例において,P社長の経営するβ社
による侵害の結果は共同体および社会に
対する影響が重大ではない
・P社長の経営するβ社による最初の侵害
である
・本事例において,P社長の経営するβ社
による商標「ドラゴンバーガー」に対す
る商標権の侵害とα社の減収を引き起こ
した損害との間には直接的な関係は存在
しない
» ¹の判決が下された場合,α社はどのよ
うに判決の結果を執行するか。
民事訴訟の場合,関係当事者が自主的に執
行を行わない場合,裁判所の判決または決定
が法的に執行可能となった日から3年以内に,
判決債権者または判決債務者は管轄判決執行
当局に対し,そのような判決または決定につ
いて執行の決定を下すための法的執行を要請
しなければならない。これは裁判所の判決ま
たは決定の執行に関する義務的要件である
(民事訴訟法第 375条,第 376条,第 377条お
よび第383条)
。
刑事訴訟の場合,裁判所の判決もしくは決
定が法的に発効してから,または上訴裁判所
の判決もしくは決定,破毀審理もしくは審理
再開の決定を受け取ってから 7 日以内に第一
審での裁判長は判決を執行するための決定を
下すか,同レベルの裁判所に対し,判決を執
行させるための決定を下すよう委託しなけれ
ばならない。本事例では,第一審を行った裁
判所が判決の執行を要請する義務を有する
(刑事訴訟法第256条)
。
230 ―
― 注
1
1米ドル=16,082ドン